<Chapter2-5-2>
暑さが増してくるにつれて、吹き出す汗の量も増してくる。
とは言え、穂織の立地上どちらかと言えば熱がこもるかと言えば酷いものでもなく。
近くに山……木々が多数あることも考えれば、故郷よりも余程過ごしやすい場所ではあった。
はっ、はっ、はっ。
息を吸っては吐く。
意図的に緩急を付ける。
自分にできる範囲、という大前提は残っているけれど。
「おや、おはよう。」
「おはようございますっ!」
滅多に見ないけれど、行きで見かけた人に挨拶をしながら。
廉太郎の家前を通り過ぎれば、珍しく彼奴の姿を見ることはなく。
(……ああ、
普段のルートを少しだけ変え、志那都荘前へと足を伸ばせば。
旅館の制服を着込んで、掃き掃除をしている彼奴の姿が目に入る。
向こうが先に気付いて手を上げ、小走り程度の速度で近づき声を掛ける。
「おっす。」
「おっす。 お前、今日は?」
「玄関前だけ掃いたらやるさ。 特に午後は直接的に手伝えないわけだし、出来る範囲で手伝っとく。」
そう言われればそれもそうか、と思い直す。
ただ、純粋に疑問が浮かばないわけでもない。
「実際問題さ、新しい子……? が手伝いに来るとして、やれる範囲ってまあ狭いよな?」
「そりゃな。 俺だって祖父ちゃんの孫って前提がある上でそれなりに見てたから出来る事もあるし。」
「だよなぁ。」
まあ、今の内から仕込んで本番……人数が増え始める頃には間に合わせようとかそういう考えなんだろうか。
ひとり増えるだけでもやれることは違うだろうし。
「まあいいや、俺も手伝えること……力仕事とかあったら声掛けてくれ。」
祖父ちゃんには世話になっていることだし。
これくらい言っておく位は何でも無い。
そう思える気分というのもあって、言葉にする。
「おう、あったらな。」
それを何処まで真面目に捉えたのか。
受け流すように返答を返した廉太郎を細目で見つつも、今日の予定の再確認を行う。
「んで、だ。」
「おう、なんだ改まって。」
「今日の予定とでも言うのか? 祖父ちゃんには電話で聞いてるけど、摺合せしとこうと思ってな。」
ああ、と。
掃き続ける箒の手を止めようとする廉太郎。
それこそ邪魔になってしまうから、手早く済ますことにする。
「とりあえず二時頃に此処に来るように言われてるんだが、間違ってないよな?」
「合ってる合ってる。 で、お前一人?」
「いや、常陸さんも一緒かな。」
芳乃ちゃんに関しては……まあ、言わなくてもいいよな。
夕食に関しては茉子ちゃんにも一応聞いてから頼むか決めればいいし。
「ほー。 まあ分かった、そんじゃあ午後な。」
「ああ、お前も手伝い頑張れよ。」
「言われるまでもねーよ。」
手を上げ、挨拶代わりに背を向ける。
ざっ、ざっと掃き掃除を再開する音が遠ざかり。
それに合わせて、少しだけ何故か敗北感に似た感情も覚えつつ。
何故か、と言われれば。
廉太郎がきちんと手伝いを行っているのに俺は、という自虐が発端だから余り考えないにしても。
(
自分がやるべきことと違う、というのは分かっていても。
元々自分がやる予定だった事を、というのを考えると少しばかり心が暗くなる。
そんな気持ちを晴らそうと、朝日を浴びながら走り。
「…………はぁ。」
額に汗が滲み出て。
背中は汗でぐっしょりと濡れ。
息を吐きながらも、神社の正面へと舞い戻る。
からから、と住宅側の玄関を開けて中へ入れば。
香ばしい、恐らくは味噌汁だろう匂いが微かに鼻先へと届いてしまう。
ぐぅ、と鳴る腹音に頬を少し染めながら。
叢雨丸を取りに自室へ。
「んお? ご主人、今日もご苦労じゃったな。」
「ああ、おはよう。」
途中、廊下を浮遊するムラサメちゃんと遭遇。
挨拶だけを介し、俺は部屋へ。
彼女は……良くはわからないが、キッチン側に向かった様子で。
何か茉子ちゃんに用事でもあるのか、なんて思いつつも叢雨丸を手に取る。
(勝手に振って変な癖でも付いたら不味いんだけど……。)
実際の所、
刃を立てる、普段使うことのないモノを振るう事。
それに足捌きなど役立つのは間違いないけれど。
それでも竹刀と真剣では重みも違うし、扱い方も変わってくる。
暫くは持ち歩くことをメインにする、という以前の考えに従いつつ腰に佩き。
その内手入れの方法でも教えて貰おうかな、と思いつつも今出来る範疇で。
庭に出て、正中に構えて腕を慣らすことくらいは出来ることの筈だから。
(さて、やるか。)
そんな、慣れない日常の中。
時間を過ごし、訓練を行い。
空腹具合がある一定を越えようとするくらいで。
「将臣さん。 ご飯できましたよ?」
廊下から。
聞き慣れてしまった、少女の声が耳に入る。
昨晩のことを思い出し、少しだけ照れ臭さを思い出しながら。
「分かった、着替えたら行くよ。」
刃を鞘に納め。
そちらに顔を向け。
朝から笑顔の茉子ちゃんに、笑顔を返した。