<Chapter1-1-8>
「…………。」
暫く一人で待たされていると不安しか浮かんでこない。
『まさかこんな事が……。』
『よもや本当だったとは……。』
あの後周囲から聞こえた声を考えると誰も想定してなかった自体だというのは分かる。
分かるからこそ只待たされているのが非常に怖い。
何しろあのイベントは穂織が観光客を集める重要イベント。
それを潰したとなると……うん。
「祖父ちゃんに土下座でなんとかなればいいかな……。」
そんな風に思考も逃げたくなる。
損害賠償とかって事態になったら……御神刀だけで済めばまだマシ。
イベント全体の迄要求されたら俺の人生何回分になるんだろう。
想像したくもないので別の思考に逃げる。
「しかし、この刀……。」
何度見ても惹かれる、というか何かが宿っているようにも感じる雰囲気。
刀の表と裏をひっくり返しながら眺め、気付いたら正座で待機していた。
こんな凄いものが何故簡単に折れたのだろう。
そんな事を考えること少し。
余りに静かすぎたのか、なんだか聞こえるはずのない声が聞こえ始めた。
「ふむ。 お主が吾輩のご主人か?」
「へ?」
ついつい声に出してしまった。
え、刀が喋った?
余りにアレ過ぎる現状に頭が遂に狂ったか?
「こっちだ、こっち。」
刀ではなく、上から……?
その声に引かれるように、見上げた。
「……はっ!?」
頭上には
緑色の髪をした、古風の和服に身を包んだ少女。
……いやそれにしても立ち位置からして視界が危ないんだが、ってそうじゃねえ!
「お。 ちゃんと見えておるし聞こえておる、ということで良さそうじゃな。」
「は……幻覚、じゃないとしたら何だ、幽霊!?」
「幽霊などと一緒にするでないわ!」
「ならなんだよ!? つーかさっきまでいなかっただろ!?」
そっちが怒るのも大分理不尽じゃないのか!?
何にしろ浮いてるなら幽霊じゃないにしても生霊とか、「霊」的存在なのは間違いないと思うんだが!?
「吾輩の名前はムラサメ。 『叢雨丸』の……管理者と言うか、宿る魂と言うか。 そのようなモノだ。」
「既に折れてるんだが。」
「……良くも折ったなー!」
「復讐する気じゃねえか! 悪霊の類だろそれ!?」
「悪霊などではない! 寧ろ真逆じゃ!」
霊ということを認めてるが……話が進まないので一旦置いておく。
「ま、冗談はさておき。 この程度なら叢雨丸ならばすぐに直る。」
「は? 真っ二つに折れておいて?」
「神からの預かりものじゃぞ? ま、百聞は一見に如かずという。 見ておれ。」
その少女……ムラサメが目を瞑り、何かを小さく唱えた。
すると。
「お、おお……?」
俺の持っていた刀の柄が浮いていく。
目の前で起こっている異常な光景に理解が及ばないが、それでもどんどん何かが進んでいく。
刀身が光り輝く。
目を焼くほどの光なのに、何処か暖かさを感じる光。
そのままじっと眺めていることが出来ず、一度瞼を閉じ――――。
「ほれ、この通り。」
次に目を開いた時には、元の形へと戻った刀……叢雨丸が宙に浮いていた。
ぽかん、という気持ちが頭の大体を支配して。
「……本当に?」
「疑り深いご主人じゃのう。 その気持ちも分からんでもないが。」
そう言いながら、少女が地面へと降りてくる。
「よ、っと。」
地面に降り立ったときにも、足音などは聞こえず。
そもそも人が単独で浮くことなんて俺の中の常識ではあり得ないことだったから。
「改めて。 吾輩はムラサメ。 この『叢雨丸』の管理者であり、神力を司るものだ。」
「……いやもう何でもありだな。」
「宜しく頼むぞ、ご主人。」
「というかそもそも、そのご主人ってなんだ?」
一周回って落ち着いてきた。
目の前のものを受け入れてから考えたほうが落ち着くというのも皮肉なものだが。
「? いや、だから叢雨丸を抜いただろう?」
「何故か
「吾輩に敬語を使う理由もよく分からないが……だからこそ、ご主人は叢雨丸の担い手として選ばれたという証左なのだ。」
「折ったのに?」
「そうだ。 そもそも、叢雨丸は担い手が選ばれない限り神力に依って常に護られておった。」
なんだろう、ゲームや小説なんかでありそうな展開。
だが、その舞台に自分が立たされるとなれば話は別だ。
「だがご主人は簡単に折ったのだろう?」
「……そうだな、発泡スチロールの板を折るくらいには簡単に。」
「その例えもよく分からぬがのう。」
「で……その、折ったり出来るのが担い手の証と。」
「その通り。」
要するに外的要因を及ぼせるのが『担い手』として選ばれた証……ということか。
「それじゃあ今の……刀を直したのは?」
「叢雨丸は土地神様の力を宿した神刀。 神力を用いればどのような状態からでも万全の状態に戻すことが出来る。」
……折れようが幾らでも直せる刀。
本来は刀は使い捨てのものだったと言うし、そのデメリットを無視できるのは流石に神の武器。
「その……刀と俺を結ぶのがお前、ということでいいのか?」
「お前ではなくムラサメだ。 何度も言わせるでない。」
「ムラサメ……ね。」
「呼び捨てにするか、ご主人。」
女性、というか少女の人格。
どうやって宿したのかは分からないが、普通に女の子として扱えば良いのか?
「なら、ムラサメちゃん?」
「それはそれで威厳がないが……ご主人だからな。 それでよかろう。」
「なら質問の続きだ。 その神力? とか魂? に関してもう少し詳しく。」
例えば一定量しかない、とか言われても困る。
そもそもこの刀で何が出来るのか、ということ自体も疑問なんだが。
……建実神社の神主一族なら抜ける、とかならまだ納得できるんだけど。
「うむ。 良いか? 叢雨丸は神力を以って妖力を打ち払う神の剣。 即ち神の力を宿すには普通の鉄では足りぬ。」
「……太陽光に当て続けた石と鉄とか?」
「そんなものは要らん。 必要となるのは、神と鉄を間持つ……”人の魂”だ。」
……ん?
今嫌な言葉が聞こえた気がする。
「それだと……人の魂がムラサメちゃんってことは。 生贄になった、ってことか?」
「人柱、と言ってほしいがな。」
「それだと結局霊ってことに変わりはないのでは……?」
「幽霊ではないったら無い! そんなものと一緒にするな! 吾輩は神の使い、神使と呼んで差し支えない存在だぞ!?」
結局それ魂だけなんだから幽霊、或いはそれに親しい存在なのではないだろうか。
ただ当人が違うと言っているのだし、強く言い過ぎても仕方ない。
「そして、神刀と化した叢雨丸を振るうには担い手が必要になる。 それが即ちご主人、という訳だ。」
「選ばれる基準は?」
「分からん。 少なくとも叢雨丸……というよりも土地神様との相性的な物があるのは間違いないと思うがな。」
「飽くまで管理、制御者に過ぎない……と。」
一部の権限を預かるために人柱。
……必要だったから行ったのだろうとは言え、余り気分がいいものでもない。
「そしてご主人には吾輩が見えるようになり、声が聞こえるようになる。 そんな形なわけだ、今は。」
「あー……その、ご主人にならないと見聞きできないってこと?」
「一部の例外を除けば、な。」
虚空に話しかけてる怪しい人って見られるよなぁこれ。
聞きたいことがある場合でも、場所を考える必要があるわけだ。
「ついでに言っておくと、ご主人でも吾輩には触れることはできん。」
「……こんなにちゃんと見えててか?」
「すり抜けてしまうのだ。 こんな風に。」
ムラサメちゃんの手が伸びたのは叢雨丸の柄。
その小さな手が触れる瞬間、確かに柄の内部に埋め込まれるようにしてすり抜けてしまった。
「この通り、物体に触れることが出来ないわけだ。」
「はー……。」
「試してみるか? ご主人。」
「えー……そうだな、触れないんだよな?」
「勿論。」
なら試しておこう、自信満々だし。
手をそおっと伸ばし、すり抜けてしまうのを確認しようとして――――。
「????」
「お、お、お……。」
何だこの感じ。
薄っすらと柔らかい物を感じるのは間違いないんだが、それよりも先に来るのが指先に通じる硬質さ。
そのまま互いに数秒硬直した後。
「きゃああぁぁあああああああぁぁあぁぁーーーーーー!?」
そのまま板敷きの床に叩きつけられ、尻餅をついた。
もう少し強かったら多分背中を叩きつけられていただろう。
「痛いなおい!?」
「あれ……すり抜けない……?」
「怪我したらどうすんだよ!?」
「ごごご主人が吾輩の胸に触るからではないか!」
え、胸? さっきの感触が?
確かに一瞬柔らかさは感じたけど。
「なんか違う……。」
「あ゛!? 我輩を愚弄するのか!?」
「おおおおすまんつい本音が!」
「キシャーーーッ!」
うわ怒った! めっちゃ怒ってる!
「ごめん口が滑った! ロリっ娘万歳! ペッタンサイコー!」
「それは罵倒してるのではないのかぁ!?」
「してねーよ!」
「そそそそれに硬いのは骨だ骨! 胸の上から骨に触れたから硬いんだ!」
あれ、骨の感触か……。
もう少し女の子の胸には夢を抱いていたかった……。
「ぐぬぬ……初めて触られてしまった……。」
「すみません。 本当にそれに関してはすみません。 ……ただ、俺からは触れないはずだろ?」
「勿論だ! でもなければ触ってみろ、などと言う筈もない。」
「だよなぁ。」
そもそも、突き飛ばされたのもおかしい。
向こうからも此方からも触れられるのなら、それは浮いているだけで殆ど人と変わらない。
けれどムラサメちゃんの認識は『触れられない』のだから……。
「叢雨丸の影響か?」
「そんな筈はないのだが……なぁ。」
「煮え切らないな。」
「胸を触られた影響で頭が回らんのだ……。」
……触ったってほどだっただろうか。
いや確かにちょっとは柔らかかったけど。
「ごおおお主人んんん?」
「うお!? 何だよ!?」
「今お主『大したことなかったな……』とか考えてたであろう!?」
「え、そんなに顔に出てた?」
「やはりかー!」
ぎゃあぎゃあ、わぁわぁ。
外から見れば一人芝居。
実際には二人芝居。
そんな騒ぎを、暫くの間していた。
気付いたら、焦っていた思いは何処かに消えていた。