<Chapter2-6-12>
お邪魔します、という声が3つ。
「いらっしゃい。 巫女姫様にお二人も。」
表の戸を開けて中に踏み入る。
医者、薬品を扱う場所特有の薬の匂いが少しだけ染み付いているような室内。
その中でも待合室を超えて医師のいる部屋……或いは研究室か。
若干そんな雰囲気を漂わせた部屋を通り過ぎ、その先へ足を進めれば。
私室と思わしき部屋で、テーブルに座りつつも目線を向けて。
傍らに紐で留めたような
「みづはさん、昨日お伝えしたことですが……。」
「ああはい、電話で聞いた件。 色々と資料を当たっておいたので。」
だからか、その古びた本は。
読む時に掛けるだけなのか、或いは何やら別の意味合いでもあるのか。
普段遣いの物に変えつつも、どうぞと3つの席を勧めてくる。
一度それぞれで目線を交わし、ムラサメちゃんだけは浮いたまま。
手近な椅子に座り、話をする体勢を各々取った。
「まず、前提の確認。 教室に澱んだ空気……”瘴気”と呼んでおきますか。それが漂っていると。」
「はい。 直接それを見ているのは私と将臣くん。」
「それと感覚で感じているのが鞍馬廉太郎。 俺の従兄弟です。」
ふむ、と一度頷く。
「霊力の影響が大きいのかね。 玄十郎さんの一族はそういったものが強い可能性はなくもない。」
「へ?」
「また気になるなら教えるよ。 ただ、今は別の話だろう?」
……どういうことだ。
余計に迷いつつも、姿勢を正した。
「では改めて。 前提として、正しい意味合いでの”瘴気”……周囲に悪影響を与えるような空気、と言った要素は
「……念の為に理由を聞いても?」
「元々は西洋から入った考え方ではあるが、日本でも似たような思想……”妖気”という言葉があってね。」
問い掛け、当然だと言うばかりに返答を返す。
研究者、専門家。
こういった物を調べるのも当然でありつつ、ライフワークとなっている。
そんな彼女だからこそ、立て板に水のように言葉が流れる。
「妖怪の気配、ですか?」
「いや……多分文字通り『妖しい気配』でいい筈。 ……昔から対策はされていた、ということですか?」
「私のご先祖様周りがね。 加持祈祷は専門外の筈なんだが、知識だけは同僚に借りたのかも。」
首を傾げる茉子ちゃんに、フォローする俺。
更に言葉を継ぎ足して、何となく納得がいくように進めていく。
良く創作の中で語られる妖怪退治。
それらはオカルト的な皮を被った現実的な対応という側面と。
『分からないものを名付ける』事で敬い、祓う二つの要素があったと何かで見かけた覚えがある。
……穂織に来て、実際にそれらさえも事実の一部を幻想で覆った物だった、と知れたのだが。
「穂織は基本的に巫女姫様に常に清められている土地だ。 だからこそ、巫女姫様の周囲には祟りの呪詛以外は近寄ることも出来ずに霧散する。」
「……私自身が、ですか?」
「それ程に薄く、弱いんだよ。
ただ、その原則が変わった。
そう口が動き、同時に顔を顰めた。
「だから、私としてはやはり二つの想定理由を挙げたい。」
「二つ?」
ピースサイン。
二つ、と手で表現して。
「一つは以前も話していたが、呪詛……依代の力が強まっていること。」
「……対応のために?」
「だろうね。 祓われようとしてそれを受け入れるほうが珍しいらしいから。」
このあたりも伝聞で申し訳ない、と口にする。
特に長期間、百年単位で悪意を放ってきた怨霊を超える存在だ。
言いたいことは理解できるし、納得できる。
「そしてもう一つは……いや、推測に過ぎないのだが。」
「……。」
生唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
脳裏に過ったのは、最近やってきた金髪の美少女。
「呪詛とそのエネルギーの影響が分離している可能性だ。」
「……? レナさんが要因ではなく、ですか?」
けれど、聞こえた内容は別のもので。
少しだけ外された気分になりつつ、代表して芳乃ちゃんが口にする。
「その少女……レナさん? よりは可能性が高いと思っている。」
「と、言いますと。」
「以前にも話したけれど、呪物と呪詛の関係性……そして周囲の負の感情の影響は覚えているね?」
……俺が質問したときだな。
「はい、勿論。」
「それならば想像して欲しいが、他の思念……
「……当初の始まりから変わらない可能性。」
少し、想像をする。
――――そもそもの切掛の情報が聞けていない、という事を加味しても。
限りなく低いだろう、という推測は立ってしまう。
「その顔なら分かっているだろうが、これは幸にも不幸にもなる想定だ。 何の証拠もないけれどね。」
「……幸運になりますか?」
「恐らくは。 変質化する以上、最初の理念からは絶対に変わります。」
仮に最初の想定……力が強まっていると仮定しても。
それをする為にはやはり燃料、切掛が必要になる。
何にしても停滞から変化へと移ろっているのは間違いなかった。
「私はもう少し書物を当たろう。 巫女姫様たちは……念の為、その少女にも気を配っておいて下さい。」
「それははい、勿論。」
「その子が要因の可能性は低いとは思いますが、
燃えやすい発火物のように。
霊媒体質、古くからの巫女のように。
だから、分かるね?
そんな風に目線を向けられた気がして。
小さく、しっかりと頷いた。
多分、それを見ていたのはムラサメちゃんくらいのもの――――そう、思いたい。