芳乃ニーとかやってもいいのかなぁ……?
<Chapter2-7-7>
汗が玉の形を取って宙に舞う。
一定のテンポでなく、体勢も一定ではなく。
振りやすいように、けれど連続した行動に続くように。
足元の泥濘に跡を付けながら、一人荒い息を吐く。
(……まだ、まだ。)
一日の内で一番高温になる時間帯。
雨が上がった後だから、湿度も普段より明らかに多く。
いつもの温湿度に慣れている身だからこそ、身体から吹き出る汗は留まるところを知らない。
(祖父ちゃんみたいに、ずっと続けてきたわけじゃない。)
拭うことも忘れ、内に埋没する。
縁側――――部屋の前の庭に面した窓だけが少しだけ開き。
其処に置いたままの、繰り返し流す状態に設定した動画からは。
見知らぬ老人が、見知らぬ男性が、女性が。
刀を握り、振る模擬……演舞を、剣舞を、技を表示させている。
(だから、俺に出来るのはこうして手に馴染ませる事くらい。)
霊力を宿す神刀。
祟り神を打ち祓う為の武具。
『人』を相手にする訳では無いとしても。
それらの動き方は『人』としての動き方、次への繋がり方を意識して体系付けられた長年の結晶。
……昔だったら秘伝とかそういう部類なんだろうな。
いや、隠すべき場所は見せてないんだろうけど。
(
上下左右、突きに受け。
そうして体を動かすこと自体は嫌いではなかったからなのか。
或いは、
……自分で考えても、完全な結論ははっきりしない。
(今は少しでも――――。)
そうして、集中しているのか。
雑念に飲まれているのか。
何方だったのか分からない程に刀を振っていれば。
「ん……?」
そうして落ち着いてしまえば顔中に張り付いた汗が気になってしまう。
腕で顔を拭いながら音のした方、廊下側を見れば。
いつもの格好……正式な恰好なのだろうか、写真などでも余り見ない特殊な巫女装束姿の少女。
「将臣くん。」
少しばかり顔を赤くしているようにも見える芳乃ちゃんが此方を見つめている。
何処か気疲れしている様子も伺えるが……まあ、そりゃそうだよな。
「ああ、芳乃ちゃんか。 お疲れ様。」
「……いえ、もう慣れてますからね。」
恐らく慣れてはいけない……というよりも慣れてる方が珍しすぎる事ではある。
本当の意味での上流階級、外国の貴族だとか金持ちならこういうのが当たり前なんだろうか。
それを思うと、やはり苛立ちが起こってしまう俺が未熟な部分もあるんだろうけど。
「……掘り返すようで悪いんだけどさ。」
「はい?」
「茉子ちゃんからもちょっとは聞いたんだけど、こういうケースってやっぱり多いの?」
こういう。
一度口の中で転がすようにもごもごと呟いた後。
百面相のように変わった表情は、つんと能面のように冷たい姿に切り替わった。
「いえ……此処まで失礼な方は
その言い方だと極少数はいるってことになるんだけど。
指摘するかちょっと悩みつつ。
『次は――――。』
……ああ、止めないとな。
会話を続ける前にちょっとごめん、と一声かけて。
未だに流れたままになっている動画を一時的に止める。
「あ。 すいません、ひょっとして邪魔を……。」
「いやいや、丁度良かったと思う。 集中しすぎてたんだか分からないけど汗凄いことになってるし。」
水分、塩分補給。
そんな事も忘れて振っていられる程考えていた。
いや、振るという事に逃げ込んでいたのかもなぁ、と。
少しばかり浮ついた脳が答えを一つ。
「確かに……はい。 凄い汗、ですね。」
「湿気も残ってたからだと思うけどね。」
何方ともなく縁側に腰掛ける。
用意していたスポーツドリンクを浴びるように含み、体内に染み渡らせる。
こういう水分を取る瞬間、指先まで冷たい水が走っていくような錯覚。
熱中症とかの二歩程手前の状態は割と昔から悪くない、と思っていた。
「「あの。」」
チラチラと俺を見る芳乃ちゃん。
その視線が普段よりも浮ついたような、あちこちを見ている気がしたのは勘違いだろうか。
一本丸々飲み干し、互いが互いの目を――或いは身体を――眺めた後。
そんな形で声が同時に放たれる。
「あ、俺は後でいいよ?」
「いえ、私こそ後回しで大丈夫です。」
「いやいや。」
「いえいえ。」
何故か互いに譲り合う。
俺のことは何でも無い……汗臭い状態で彼女の前に居続けるのがちょっと恥ずかしいというかそんな感じで。
チラチラ見ている理由はそれ由来かなぁ、と聞こうとした位。
だから、彼女の言葉を先にして欲しいと伝えても何故か譲り合って。
いやいや。
いえいえ。
そんな言葉を何故か何度も何度も、それこそ子供のように繰り返し。
……気付けば、互いに小さく笑っていて。
俺達を探しに来た茉子ちゃんが、不思議そうに首を傾げているのが。
特に、印象的だった。