それは、とても優しい歌だった。
心を包み込むような。
それでいて何か心の奥底に痛みのようなものを感じさせるような。
そして、何か遠く昔に忘れてしまった何事かを思い出させるような。
一言でいえば、母の歌声というものは、このようなものなのかもしれない。そんな感慨を抱くような歌声だった。
――母は、歌は苦手だったな。
抱いた感慨が、とうの昔に別れた母の後ろ姿を思い出させるに至り、私は静かに声を発した。
「――歌、聞こえないか?」
その静かな声は、しっかりと響いた。この高級乗用車の車内に。
「――歌、でありますか?」
この車のハンドルを握る、運転手を務めてくれている自分の歳の半分にも満たないであろう若い士官がオウム返しに聞き返した。車内に響くのは、僅かに唸るエンジンの音とタイヤの転がる音くらいだ。
「いや、聞こえないのなら、いい」
私は僅かに窓の外を流れる景色に視線を送りながらそう答えておいた。窓を流れる景色は、いつもの夏の景色だ。
「――お疲れでありますか?」
バックミラー越しに士官が深刻そうな表情を送る。考えてみれば、彼が私の運転手を務めるようになってしばらく経つが、彼とこのような事務的ではない会話を交わしたのはこれが初めてかもしれなかった。心配もするわけだ。
「――心配するな、多少の疲れ程度でどうにかなる私ではない」
威厳を保ち、なおかつ自らに渇を入れる意味も込めてそう返したが、内心少し疲れているのかもしれない、という疑念は消え切ってはいなかった。
「失礼いたしました」
彼も内心を感じ取ったのか、それ以上何も聞いてくることはなかった。
「そろそろ到着いたします」
彼は車のスピードを落とし、ハンドルを切った。『呉鎮守府』と刻印された表札のかかる堂々たる門の前で一旦停車する。門を守る衛兵が車の中を一瞥し、すぐに背筋を伸ばし気持ちのいい敬礼を返したところで門が開き、車は再び走りはじめる。そしてその敷地の中で最も存在感を放つ赤レンガの建物前の車寄せに入り、車は止まった。
運転手が素早く降り、後部ドアを開ける。ご苦労、と運転手に声をかけ、その建物と対峙した。
「おはようございます、提督」
そこへかけられる、絹のように柔らかで優しい女性の声。その声は、建物の扉の前で待つひとりの女性、それも少女から発されたものだった。
「おはよう榛名」
その声の主は、慣れた動作で私のそばに寄り、重厚な建物の入り口を開き共に入って行く。
彼女の名は榛名。金剛型戦艦三番艦『榛名』の魂を持つ艦娘。
そして私はここ呉鎮守府を束ねる提督。今日もまた、こうして呉鎮守府の一日が始まる。
◇
鎮守府での一日は、私の秘書艦を務めている榛名が話す鎮守府での出来事を執務室へ向かいながら聞くところから始まる。彼女の話す内容は事務的なものではなく、やれ、曙がまた誰彼と喧嘩をしただの、那珂がまた新曲を作り歌っていただのと、おおよそ海軍の軍事拠点の中で聞く内容の対極を行くようなものであった。それこそが、大きな戦争の時代に戦う艦として生まれそして生涯を終え、うら若き少女として転生した艦娘が集う鎮守府の特徴であるともいえるのだが。
彼女の話す艦娘たちの日常を無自覚のうちに頬を緩ませながら聞いているうちに、長い廊下の先にある提督執務室に到着する。
「榛名、いつものものを頼む」
「はい」
彼女が備え付けの流しへ向かい、好みを完全に知り尽くしたうえで淹れてくれるコーヒーを待つ間、机に積まれた書類の山に目を通し、決済を済ませていく。
彼女が淹れてくれたブラックのコーヒーをすすりながら各鎮守府や泊地から届けられる情報に目を通していると、執務机に置かれた無線機がザッと音を立てた。
『呉鎮守府艦隊司令部、こちら第二艦隊旗艦日向……』
それは、航空戦艦運用演習のために姉妹艦の伊勢や、護衛を務める駆逐艦娘とともに出港し、予定通りならば今ごろ九州沖を呉に向けて東進しているはずの日向からであった。時計に目をやると、その針が指し示す時間は事前に決められた定時連絡の時間ではなかった。
「呉鎮守府艦隊司令部。日向、現在地と現状を知らせ」
『現在、長崎五島列島沖北西約30キロの海上を北北東に艦隊行動中。15分前、この海域を航行中に所属不明の艦娘と遭遇。現在、艦隊に同伴させ航行中だ』
「――日向、現在周辺で戦闘、および深海棲艦は確認できるか?」
日向の報告に、私は僅かな違和感を覚えていた。傍に来ていた榛名の顔にも、似たような表情が浮かんでいた。
『――現時点で戦闘、および深海棲艦は確認していない。いたって平和な海だ』
その報告に、抱いていた違和感が加速度的に大きくなっていくのを感じた。
所属不明の艦娘が航行中の艦隊と遭遇すること自体は決して珍しいことではない。この鎮守府に属する艦娘にもそのように海域で遭遇し、この鎮守府に迎え入れた艦娘は多くいる。
ただ、それは深海棲艦との戦闘が行われた直後の海域での出来事だ。一部では深海棲艦を倒すことによってその核をなす艦娘が解放され、その海域に現れるのではないかとも言われており、海外ではそんな彼女たちとの遭遇を『ドロップ』と呼ぶこともあるという。
だが、今日向が航行している海域では戦闘は確認されず、深海棲艦の気配もないという。そのような海域で所属不明の艦娘と遭遇したという事例は、少なくとも自身で把握している範囲では、ない。
「――了解した。その遭遇した艦娘の詳細は?」
内心に満ちていく疑念を声色に出さぬよう細心の注意を払いながら、日向に詳細を問いただした。
『艦種は潜水艦、艦名は伊号第507潜水艦。特異点として……、20.3センチ連装砲を1門装備している』
その瞬間、私は自身の耳を疑った。それは榛名も同じであった。そして恐らく無線機越しの日向は、自らの眼を疑っている。
潜水艦娘が巡洋艦娘クラスの砲を装備? そんな艦、日本では聞いたことがないぞ……?
「日向、特異点をもう一度報告してくれ」
それは、思わず聞き直さずにいられない特異点だった。
『もう一度言う、彼女は20.3センチ連装砲を1門装備している』
今度こそ間違いなく聞きとれた。しかし、にわかには信じがたい事態であった。
「了解した。現在君たちに同行しているということは、指示には素直に従っているということだな?」
『私の指示には素直に応じている。鎮守府へ向かうことにも同意している』
「――了解した。このまま彼女を連れて呉へ帰投せよ」
そう指示を出したものの、心の奥底には引っ掛かるものがある。その引っ掛かる何物かを一瞬吟味し、もうひとつ指令を付け加えることにした。
「もし、もし僅かにでも疑わしい点があれば、状況によっては――」
一瞬榛名へ目をやる。彼女も同じ考えであると、目が訴えていた。
「武器の使用を許可する」
『――了解した』
我々の危惧は無線越しに十分に彼女に伝わったようだ。彼女の声の真剣味が一段と増す。
「以後は予定通り定時連絡で状況を報告するように」
『了解』
通信は終わった。
「――榛名、伊507という艦名に聞き覚えは?」
椅子の背もたれにジワリと背中を預けながら、自らの疑問を口に出した。
「いいえ、少なくとも私の覚えている限りでは……」
彼女は首を横に振った。
「深海棲艦の上位種は、人型をしているな」
しばしの沈黙を破り、ゆっくりと頭の中を巡る文字列を言葉にしていく。
「――しかし、深海棲艦には肌の色などに特異点が……」
「もし、それすらも変えることのできる未確認の種類が存在しているとしたら……?」
それ以上言う必要は、もはやなかった。
「私は軍令部へ連絡を取る。榛名、このことは第二艦隊の帰投まで一切口外しないように」
「――はい!!」
榛名に気分転換のコーヒーを入れてくるように言い、彼女は再び流しへ向かっていく。
腰掛けた椅子を静かに回し、これまで背中を向けていた大きな窓越しに、外に広がる夏の青空を見上げた。抜けるような蒼に、白と影色のツートーンで構成された大きな入道雲が立ち上る、典型的な夏の空。その空が今日はやけに澄んでいるように感じられた。
長い一日が始まりそうであった。
◇
定時連絡から数時間後、提督は榛名を引き連れ岸壁へと向かっていた。傍に立つ榛名は先ほどと打って変わって艦娘を艦娘たらしめる装備を身にまとっていた。視線の先に広がるキラキラと輝く海原を、5人の人影が横切って行く。緊急の哨戒任務に出撃させた水雷戦隊の面々だった。万が一の事態を考え、緊急に召集し出撃させたのだ。
遠ざかって行くその影と入れ違いに、別の人影の一団が海原を滑ってくる。帰還した第二艦隊だ。制帽を目深にかぶり直しながら、接近してくる影に視線を投げかけ続ける。米粒のような大きさだった影が徐々に大きくなり、次第に各々の識別がつく距離まで接近してきたところで、前後を他の艦娘に護衛され航行する「彼女」の姿を捉える事ができた。
「――来ました」
「あぁ……」
ジワリと、流れる汗のように湧きあがってくる緊張感を表情から追い出すことに努めながら、とうとう岸壁の傍まで到達し上陸した艦隊の面子を一瞥した。
「第二艦隊、航空戦艦運用訓練を完遂し、全艦只今帰還した」
帰還の報告を行い敬礼を行う艦隊の旗艦を務める航空戦艦『日向』。それに続いて敬礼する僚艦であり姉妹艦でもある『伊勢』。
そして護衛役を務めた駆逐艦『陽炎』『不知火』。
一日ほど前に送り出したよく知る顔ぶれの隣に、ひとりの見知らぬ艦娘がそこにはいた。
漆黒、という言葉がふさわしい潜水服を身にまとう身体は芸術的と評して大げさではないであろう曲線を描き、肩の高さほどの長さを持つやや艶のないブロンドの髪が靡くその顔はまるで西洋人形のように端正な顔立ちをしていた。一切の表情が伺えないその表情が彼女の持ち合わせている空気をより引き締める。
そして、華奢としかいいようのない左腕に装着された武骨な20.3センチ連装砲の存在感が、彼女の立ち位置を如実に示していた。そう、『異端者』と。
「戦利潜水艦、伊507、只今呉鎮守府へ帰還いたしました」
唯一敬礼をしていなかった彼女が静かにその名を名乗り、敬礼した。
『帰還』、その言葉の中に含まれている意味については疑問が多いに残るが、まずは彼女の横に並ぶ彼女たちへの命令が先であった。
「ご苦労だった。日向以下4人は現時刻を以って艦隊を離れ、別命あるまで待機とする。後で事情聴取を行うのでそのつもりで。なお、伊507に関する一切の発言は、許可を出すまで固く禁ずる、いいな?」
その命に、唯一陽炎のみが疑問を抱いたようだったが、これといって表情を変えずに敬礼で返した残り3人に合わせ、渋々といった体で答礼した。
「――間宮のところで何か甘いものでも頂いてきなさい。お代は私が持とう」
何から何まで異常事態続きの今回の任務後半であったであろう彼女たちへの、それがささやかな詫びの印であった。
「以上、解散」
その掛け声に、ゆっくりとした足取りでその場を離れ、各々の居場所へ散っていく4人の姿を見送ると、私は彼女と再び向き合うことにした。夏の強い日差しを浴びているはずだが、その姿は妙に涼しげに見えた。いや、涼しげというよりは、金属の輝きが持つ冷たい光のようであった。その表現のほうがしっくりくるようであった。
「改めて説明するまでもないとは思うが、私が、この呉鎮守府の提督だ。そして隣が私の秘書艦の――」
「戦艦榛名さん、ですよね。直接会うのははじめまして、ですが」
話す言葉を遮り彼女が発したたどたどしい言葉は、艦隊の到着前に連絡した軍令部とのやりとりをした私にとっては少なからずの衝撃を与えた。表情を見るまでもなく、榛名も同じものを受けているに違いない。いや、それ以上だろうか。
「――私を、知っているのですか?」
榛名の問いかけは、もはや絞り出さなければ声として出てこない有様だった。
「はい、少し遠いですけどあの日、私もいましたから」
この呉に。そう続いた言葉に、榛名は完全にその次の言葉を続けることを封じられていた。
「姿かたちは変わってしまいましたが、私は、戻ってきました、この呉に」
先ほどと変わらないトーンで言葉を紡ぎ続ける伊507。その姿に、ひとつのイメージが形作られ、それがひとつの単語として浮かび上がる。
魔女。
ゆったりとした動作で空を見上げ周囲を見渡す潜水服の魔女。その姿はとても印象的であり、そして、寂しさも感じさせた。何がそう感じさせるのか、それは分からなかった。だが、それこそが彼女の核心なのであろう。そんな気がした。
今年の夏は、忘れられない夏になるかもしれない。ひとり、ひどく無責任な感慨が浮かんでくるのを私は感じていた。
◇
「改めて聞こう、伊507、君は何者なんだね」
場所を執務室に移し、私と榛名、そして伊507は応接ソファー越しに顔を突き合わせていた。
「伊500番台は、戦利潜水艦、つまり生まれは別の国、ということだそうだが……」
報告を上げた軍令部から伝えられた断片的な情報を頭の中で引き出しながら質問を続けていく。
「前歴はドイツ海軍戦利潜水艦UF‐4。そして、進水式で頂いた最初の名は、シュルクーフ」
「シュルクーフ?」
「フランス海軍に属していました。フランスがドイツに占領されたのちは、一時的にイギリス海軍を経て、自由フランス海軍に属していました」
そこから、彼女が『シュルクーフ』を名乗っていた頃の話が、淡々と語られていった。大西洋哨戒の任を帯びるも、大きな戦果をあげることなく、メキシコ湾でアメリカの商船と衝突し、水底へ自ら望まぬ沈降をすることになったことを。
「しかし、そこで私は辛うじて再び浮上することができました。そこをUボートに拿捕され、名前をUF‐4と変えました。ドイツでは大きな改装を施され、そして――」
彼女が一旦目を閉じるとまた開き、水底のような色をした碧眼が私の眼を見つめた。
「私はローレライの眼を手にしました」
ローレライ。ドイツ・ライン川に伝わる、船乗りを惑わし難破させるといわれる伝説の中に登場する妖精の名。その名を頂く『眼』とは、一体。
「そのローレライの眼の力を図るために、そして自身を守るために、幾隻もの艦を沈めてきました。いつからか『ゼーガイスト』と呼ばれるようになっていました」
「ゼーガイスト、海の幽霊、か……」
「そして、ドイツは倒れ、私たちはこの国へ身を寄せ、伊507という名前をもらいました。そして、この呉の港から、最後の出撃へ、向かいました。1945年、7月24日でした」
そこまで話すと、彼女は静かに口をつぐんだ。
私は彼女の口から語られた断片的な生い立ちを咀嚼しながら、ふと榛名の横顔を眺めた。
「あの日、あの呉軍港空襲のあの日に、あなたは、あそこに……?」
その顔は驚愕と疑念に満ちていた。
「はい」
「停泊していたのは……?」
「柱島、です。そこから、空襲される乗員が乗った船を救うために早瀬ノ瀬戸の辺りまでは……」
「早瀬ノ瀬戸……」
その単語で、私も理解した。
この軍港より先、島と島の間を通る瀬戸だ。そして、その近くが航空戦艦伊勢、重巡洋艦青葉が艦艇としての最期を迎えた場所、と聞いている。
(こことよく似た、別の世界で、か……)
「横目にですが、日向さんを見ました。爆撃を受け、もうもうと煙を上げる……」
彼女はそれ以上何も言わなかった。
「そうか」
私は僅かながらの沈黙を破ることにした。話を先に進めなければならない。それが務めだ。
「榛名、日向を呼んできてほしい」
榛名が日向を呼ぶために立ち上がり、外へ出ていく姿を眺めながら、自身の中で少しずつ凝固し始める疑問を吟味し始めていた。
この違和感は、何者なのか、と。
◇
「結論から言おう、私はあの日、あの海域を動く潜水艦を見ていない」
榛名の隣に腰を降ろしこれまでの事の成り行きの説明を受けた日向は、私の質問にきっぱりとこう答えた。
「確かにあの日、私は情島沖で激しい空襲を受けた。数え切れないほどの爆弾を浴び、艦橋をもぎ取られ、艦長をはじめかなりの数の乗員を失ってしまった。その時のことは、今でも鮮烈に覚えている。一片の欠けもなく、だ」
日向はそこまで言いきると榛名が淹れてくれた緑茶を啜った。
「そこを、特異な構造をした潜水艦が通りかかり、なおかつ浮上したとなれば、間違いなく私の印象に残っているはずだ。しかし、あの日あの海域を通った潜水艦どころか、艦艇自体の記憶が、私にはない」
日向が視線を伊507へ向けた。
「伊507、それは、本当にあの7月24日の出来事なのか?」
そう問う日向の顔にも、普段まず目にすることのない不安や疑念の色が濃く現れていた。
疑念は、刻々と形をなし始めていた。
「提督、今後、彼女をどうされるおつもりでしょうか」
結局日向への質問の後に伊勢・陽炎・不知火の遭遇時の全ての艦娘を執務室に呼び状況を聞きだしたが、話すことはどれも似たり寄ったりで、日向からの第一報の情報を多少補足する程度のものであった。
「とにかく、しばらくは行動を監視しながらこの鎮守府で身柄を預かる。軍令部が今後横槍を入れてくるという可能性も無きにしも非ずだが、海上で遭遇し鎮守府へ連れ帰った所属不明、または未所属の艦娘の身柄の処遇を決める権限は各鎮守府の提督に一任されている。その可能性は低いだろう」
そう話しながら、しばらく前に流れてきたある話を思い出し、彼女に説明することにした。
横須賀の鎮守府で、今現在主力となっている艦娘が艦艇として生まれた時代より後に就役したと思われる艦が艦娘として建造ドックで建造され、就役しているという。その艦娘は特に軍令部などから身柄の引き渡しなどを求められることもなく、現在も鎮守府内で活躍しているとのことだ。
「確か艦娘の名は……、はるなとひえい、だったな」
「――はるな、ですか?」
榛名が何を寝ぼけたことを、といった風情でおうむ返しに応えた。
「ちなみに彼女たちの名はひらがな表記だそうだ。ヘリコプター搭載護衛艦、と艦種を名乗ったと聞いている」
「――聞いたことのない艦種ですね」
榛名はそう答えると自らで入れた緑茶を啜る。自身の知ることの範疇を超えた話題の連続に、落ち着きたいのだろう。
「元々不確定要素の多いわが軍だ、どんな艦娘がやってくるか見当もつかない、ということのようだ」
そう言いきったところで応接ソファーから立ち上がり、執務机の椅子へ腰を下ろした。そして緩慢な動作で机の上に置かれたこの執務室が漂わす雰囲気―要は第二次大戦という時代の雰囲気だ―にそぐわないプッシュホン式電話機に手を伸ばし、電話番号を打ち込んだ。受話器を耳に当て、呼び出し音が終わるのを辛抱強く待ち続ける。そして、
「もしもし、久しぶりだな。――あぁこっちはなんとかやっている。さて、早速で申し訳ないが少し尋ねたいことがある」
その口から流暢、と胸を張って言いきれるほどではないが、決して聞き取りにくいわけではないフランス語をこぼし、質問を投げかけた。
「潜水艦の『シュルクーフ』のことについてだが」