椰子の実と魔女   作:蒼崎一希

6 / 6
後日譚―拝啓私様―

 うだるような夏から暦の上では秋に変わったはずですが、9月初頭のここ呉は相変わらず残暑とは言いにくいほどの暑さが続いています。その暑さから解放される空調の効いた昼下がりの教室の中に今私いおなはいます。部屋の中では私の他に赤城先輩、そして衣笠先輩が並んで立ち、その様子を教室の椅子に腰かけ眺めているしおい、加賀先輩の姿がありました。

「それでは次はいおなさん、唄ってみましょうか」

赤城先輩に促され、私は一歩前に立ちます。スッと息を吸い込み、ゆっくりと声を空間に向けて放ちます。

「名も知らぬ 遠き島より 流れ寄る 椰子の実一つ」

唄うのは、もう何度歌ったかわからない唄いなれた調べ。遠い異国であり、それでいて懐かしさを私に感じさせるこの国で生まれた曲、その名前は『椰子の実』。

 生まれ育ったフランス・シェルブール。ドイツ時代を過ごしたキール、そしてこの呉。私を形作った街の風景や、乗組員たちの顔を浮かべながら、唄は進んでいきます。その様々な思いの籠った歌声に、椅子に座って様子を見ているしおいと加賀先輩が、さらに隣に並んで立っている赤城先輩や衣笠先輩も耳を傾けています。

「思いやる 八重の汐々 いずれの日にか 国に帰らん」

唄い終わり、僅かに息を整えて一礼すると、座っていたふたり、そして隣に立っているふたりからも拍手が沸き起こりました。

「いつ聴いてもいいなぁ、いおなちゃんの唄」

「そうね、こんなに素敵な唄、早々聴けるものではないわね」

「いおなさん、本当に素敵な歌声ね」

「はぁーっ、ここまでの歌声聴かされたらもっと練習しないとなぁ……。あと二週間かぁ……」

それぞれの言葉に、私はちょっと恥ずかしくもあり、同時に嬉しかったりします。

 

    ◇

 

 私がこの呉の街に艦娘として生を受けやってきてもうすぐ二カ月になります。はじめは上手く行かなくて空回りしていましたけれど、今ではこの鎮守府の生活にも慣れて、気軽に話せる相手も増えました。

 そんな中で、私が気にしていたことがひとつありました。

「私にしかできないことって、なんだろう」

艦娘としては、各艦種それぞれ能力の特徴があります。戦艦なら強力な火力、空母なら空から海を制する航空戦力、駆逐艦なら機動的な雷撃能力、などなど。

 そしてそれとは別に、みんなそれぞれに特技を持っている艦娘もいます。

 例えば鳳翔さんや大和先輩は料理が、青葉先輩は写真と文章が、そして秘書艦の榛名先輩はお菓子作りが得意などと、艦娘としての特技以外の得意な物を持っている艦娘もいます。

 そんな先輩たちを見て自分の事を振り返ってみると、私の特技とは、と思い至ってしまったわけです。

 巡洋艦クラスの主砲を持つ潜水艦という特殊な立ち位置の自身を戦闘に組み入れるのは少々難しいことであるのは私自身が良く分かっています。そのため普段は遠征任務や訓練をこなしながら、いつ私が必要とされてもいいように準備を整えていますが、なかなか私が必要とされる場面がやってこないのが現実です。そうなれば戦闘的な特技以外にも何か特技を身につけたいと思ってしまうのが人情ならぬ艦娘情というもので、あれこれと習い事を始めたのでした。

 料理・裁縫・整備etc.

 しかしやってみてなんとか形になったものもあったものの、どれもそうたやすくすでに得意にしている皆さんに並ぶほどに上達できるほど甘くはないわけで。

 どうしたらもっとこの鎮守府に貢献できるだろうか、そのことが常に頭の片隅にありながらの毎日が続いていました。

 

「君には唄があるじゃないか」

提督にそう言われたのは、今から二週間ほど前のことでした。私の悩みをどうやら榛名先輩経由で耳にしたらしい提督から執務室に呼び出され、その一言を頂きました。

「唄、ですか?」

確かに唄うことは好きですが、しおいなどごく一部の人に聴いてもらったことがあるくらいで、その唄でこの鎮守府に貢献するなど、考えたこともありませんでした。

「あぁ。約一カ月後だが、この呉出身の歌手が文化ホールでミニライブを開くそうだ。その前座で唄ってくれる人を探しているという話を聞いたものでね。――唄ってみないか? この鎮守府の広報活動として」

提督のその言葉に乗せられる形で、さらに有志を募った結果集まった赤城先輩と衣笠先輩の三人で、呉鎮守府の広報活動としてのライブパフォーマンスが決定し、本番に向けて各自練習をすることになったのでした。

 

    ◇

 

「練習中にごめんなさいね、いおなさん、郵便が届いているわよ?」

みんなからの言葉にほんの少し浮ついていた私を、教室のドアをノックして入ってきた大淀先輩が現実に引き戻しました。

「郵便、ですか?」

彼女が手にしていた手紙を受け取り、表面そして裏面に目を通します。両面に流麗な筆記体が踊っていました。

「国際郵便よ、提督宛以外で初めて見たわ。見たところ英語ではなさそうだけど、どちらのお知り合いからかしら」

大淀先輩の言葉を耳にはさみながらふと目にとまった文字列に、私はハッとしました。

「――フランスですね。私のよく知っている相手からです」

「ねぇ、よかったら私に見せて~」

「しおいさん、人様に届いた手紙の中味を詮索するのはよくないわ」

「でも気になりません? ね、赤城先輩?」

「それは……、全く気にならないわけではありませんけど」

「赤城さん、正直すぎます」

「私もちょっと気になるな―」

周囲の艦娘たちは見慣れぬ筆記体の国際郵便に興味津々です。思えば国内からの郵便ですら艦娘にはそうそう届くものでもありません。それが国際郵便ともなればなおさらなのも分からないわけではありません。

「この手紙はですね」

私は手紙の封を開け、中の手紙を取り出します。せっかくですから、皆さんにも話しておくことにします。私のことについてを。

「遠くにいる『私』からの手紙、です」

 

    ◇

 

 拝啓 伊507さま 突然のお手紙のご無礼をお許しください。

 私は、フランス海軍・シェルブール軍港所属の潜水艦シュルクーフと申します。

 日本から遠く離れたフランスから、初めての手紙を送ることにしました。

 提督からあなたのことを聞き、『もうひとりの私』であるあなたのことが気になっていました。提督があなたの所属している鎮守府を知っているということだったので、無理を言って教えてもらいました。

 私は今、フランス北西部、イギリス海峡に面したシェルブールという街にある軍港に所属しています。あまり戦闘に出撃する機会には恵まれてはいませんが、毎日訓練を欠かさずに、いつでも出撃できるように頑張っています。周辺の戦況は今は落ち着いてはいるものの、そちらと同じくいつまた反撃があるかわかりません。そんな時が訪れないことを願いながら、毎日万が一に備えています。

 シェルブールはとても素敵な街です。休日にはよく公園やシアターに出かけたりしています。貴女の暮らす呉という街も素敵な街でしょうか。気になります。

 もしよろしければ、お返事をください。このやりとりから、仲良くなれたらと思っています。

 それでは、お元気で。

 

 シュルクーフ

 

    ◇

 

「――フランスにいる『もうひとりの自分』、かぁ」

最初に口を開いた衣笠先輩が、そう呟きました。

「そのお手紙の差出人のシュルクーフさんといおなさんは、また違うのですよね?」

「はい、私は彼女とは違う世界から来たみたいですから……」

「違う世界、ね。不思議なものね……」

赤城先輩は私の言葉に何か考えるところがあるのか、それっきり思考の世界へと入って行きました。

「あれ、いおなちゃん封筒の中にまだ何か残ってるよ?」

封筒の中身に気がついたしおいが封筒の中に手を入れ、その中身を取り出しました。その手に握られていたのは、一枚の写真でした。

「これが、そのシュルクーフさんかしら?」

「よく似ていますね、髪の長さは違いますが」

私はしおいからその写真を受け取り、そこに映しだされたものを目に入れました。

 恐らく所属しているシェルブール軍港の岸壁を背景に撮影されたその写真には、少しぎこちない笑顔を浮かべながら収まるひとりの少女の姿が映っていました。白い肌、青い瞳、そして『私』と違ってボブカットにした金髪。恐らく潜水時に着るのであろう競泳水着のようなものを身につけた彼女こそ、周りにいる他の艦娘と同じ世界に生きていた以前の私であるシュルクーフの艦娘としての姿でした。

「本当、そっくり……」

口に出した感慨は、思った以上にシンプルなものでした。似ているけど、やはり別の道を生きているふたり。それでもどこかで繋がっている。そのことを、私はこの一枚の写真で感じ取ることができました。

「どうするのいおなちゃん、返事書くの?」

しおいのその質問に対する答えはひとつ。

「うん、書くよ、返事」

遠い向こう側、椰子の実が旅立った椰子の木のある国へ、手紙を書こうと思います。

 書きたいことは山のようにあります。生まれてからこの呉の街に来るまでの事、呉を守ったこと、友人がたくさんできたこと、いろいろと。

 

「さぁさぁその前に皆さんで写真撮りましょう!」

直後、大淀先輩が開けっ放しにしていたドアから新たな艦娘が現れました。

「青葉ッ! あなたどこから湧いてきたのよ!」

「湧いてきたってちょっとヒドくないですか? たまたま廊下を通りかかったら声が聞こえてきたから来ただけですよー」

姉妹のやり取りが続く中青葉は早くも首に提げていたカメラを手にいつでも撮影ができるようにポジショニングを始めていた。

「ささっ、せっかく集まってますし集合写真で行きましょう! いおなさん前列で、そのとなりにしおいさんが並んで、あとの皆さんは後ろに並んでもらって……、そうそうそんな感じで!」

実に慣れた様子で全員を整列させる青葉先輩の手際に感心しながら、私はカメラのレンズに顔を向けます。

「それじゃ撮りまーす! はい、チーズ!」

 

 

    ◇

 

 

 夕方、自分の部屋の中。同室のしおいは図書室から借りてきたマンガをベッドで横になりながら読んでいます。私は机に向かい、その上に広げられた便箋に筆を走らせようとしていました。傍らには先ほど青葉先輩が撮影した写真が置かれています。その写真をもう一度眺め、手紙の内容を決めた私は、ペン先をそっと便箋の上に下ろし、最初の一文を書き始めました。

 

 拝啓 シュルクーフさま

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。