Bright Azure ── 輝ける碧【DQ5主フロ】 作:サクライロ
かくして、僕達一行は──何故かビアンカを加えて、水門の向こうに向けて山奥の村を出発した。
正直、こちら側の事情をよく呑み込んでいるであろうクラウスさんにビアンカを紹介しなければならないことが一番頭が痛かった。クラウスさんはルドマン家に仕える方であり、その当家の御令嬢に求婚を望んでおきながら、道半ばにして余所の女を連れてくるとは何事かと。物腰柔らかな御仁だが、こればかりは怒鳴り飛ばされても仕方がない、と僕は内心びくびくしながら船へと戻った。
「ただいま戻りました」
できるだけ平静を装い、操舵室で休息を取っているであろう航海士を探し出して声をかける。
「ああ、お帰りなさい。随分と早かったですね」
「いえ、そんな。──あの、ご紹介します。水門の管理人なんですが、偶然、僕の幼馴染が務めていたようでして」
僕が言い終わらないうちに、背後からひょこっと顔を出したビアンカが明るい笑顔で自己紹介を捻じ込んできた。
「初めまして! ビアンカ・ダンカンと申します。昨年からこちらの水門の管理を任されておりますの」
「おお、これは。ご足労いただきありがとうございます。テュールさんのお知り合いなのですかな?」
「はい。昔、夜毎一緒に冒険した仲ですわ!」
にこにこと楽しげに宣うビアンカに僕は大慌てで「子供の頃です、子供の!」と補足する。嘘は言っていない、が、何故こうも誤解を招きかねない言い方をするのか。
クラウスさんは穏やかながらも一瞬怪訝な色を覗かせたが、それ以上の追求はせず「それは、懐かしい方と会われたのですね」と微笑むだけにしてくれた。
ルドマン家に関わる面々はなんとなく僕に甘い気がする……のは気のせいだろうか。お家柄なのか、冒険家というものに寛容なのかな、という気もするが。
「それで、その……、ビアンカが、リング探しに同行すると言ってきかなくて……」
いよいよ萎れながら僕がそう言うと、さすがのクラウスさんも目を丸くしてビアンカと僕とを見比べた。
「ごめんなさい、お邪魔でした? 実は人数的にこれ以上は船に乗れないとか……そこまでは考えていませんでしたわ」
これまたあっけらかんとビアンカは言ってのける。いや、ビアンカ、今絶対に悪いと思ってないだろう。
「いえ、そんなことはございませんが……女性には些か危険が過ぎるように思います。恐らく何日も船上でお過ごし頂くことになってしまいますし、ご家族も心配なさるのでは」
「それでしたらご心配には及びません。家には父親が一人いるだけですの。私も普段からちょくちょく家を空けておりますし、父も私の不在には慣れておりますもの! ──それより私、テュールのことをどうしても手伝いたいんです。テュールの初恋が報われて欲しいんですもの」
いや、どう見てもダンカンさんは心配だと思うんだ。だって身体を壊して静養中なんだよ? あんなに咳込んでいたんだし──などと言うのは外野の言い分であって、本当のところは実際に共に生活している本人同士にしかわからないのかもしれないけど。
しかもさりげなく人の羞恥ポイントを抉ってくる。いい性格していると思うよ、本当に。
「ビアンカ、さりげなく僕をダシにしないでくれない?」
「あらやだ。してないわよ? テュールには心から幸せになって欲しいって思ってるだけ!」
いつもの調子でばっさりと言い切られてしまえば、僕に反論の術はない。情けない目でクラウスさんに助けを求めることしか最早出来ることがないのである。
「……そういうわけなんです。水門を開けられるのも彼女しかいないもので、その……」
奥歯に物が挟まった言い方しかできない僕に、クラウスさんの視線が次第に同情に満ちたものに変わっていく。このなんとも言えない表情、ついさっきも見たばかりな気がする。
「……な、なるほど。ま、こちらはろくにお構いはできませんが、テュールさんがよろしいのでしたら、私に異論はございません」
本っっっ当にすみません。
若干引き攣った愛想笑いを浮かべてくださるクラウスさんに心の奥でひたすらに手を合わせ拝み倒し、僕は溜息混じりに、後ろに立つビアンカを向き直った。
「こう言ってくださったから……水門、開けてもらえる? 管理人さん」
人の気も知らず、この良くも悪くも太陽の如く明るさを振りまく幼馴染は得たりと笑んで言い放つ。
「ええ。喜んで!」
例の、水門横の貼り紙を見て「これ、いっそ剥がしておこっか。どうせ無駄足なのに村まで来てもらうのも悪いじゃない?」などと言い出したビアンカをクラウスさんと共に懸命に宥め諌めつつ、やっと水門の開閉装置を動かしてもらう。
なんとも先が思いやられる。それもこれも、僕がビアンカに口で競り勝てないのが悪いのだが。
「──あらっ? やだ。これ、そういえば船からは閉められないわよね?」
船に乗り込み、まさに水門を越えようというところでビアンカが船から身を乗り出して叫ぶ。
「ああ、うん。そりゃそうだよね」
「うっわ、何よその言い方! むかつくー!」
むかつくと言われても。そもそも鍵とは水門の開閉機が設置された小屋の鍵なのであり、水門自体はその機械で開閉する仕組みである。船から身を乗り出してガチャン、はいおしまい。なはずがないことくらい、水門管理人のビアンカならわかりきったことだと思ったのだが。
「ビアンカが降りて、閉めてきたらいいんじゃない?」
「その手には乗らないんだからね!」
絶妙な提案だと思ったが、すかさず全力拒否された。別に、ここまで来て黙って置いていこうなんて思ってないんだけど。僕はそこまで非道な人間に見えるのだろうか。
「じゃあ……わかった。僕が水門を閉めてくるから、装置の小屋の鍵、貸してよ」
僕がそう言って片手を差し出すと、ビアンカは何故か真顔になりまじまじと僕を見る。何かおかしいことでも言っただろうか。
「──何? 今の時期は閉めておいた方がいいんだろ。開けっ放しにして下流に万が一のことがあったら大変だよ」
「……ええ、そうね、そうだわね」
渋々といった風でビアンカは頷き、「わかったわよ。すぐに閉めてくるから、一度岸につけてくださいます?」とクラウスさんに声をかけた。
クラウスさんはすぐに巧みな舵裁きで、水門を通り抜けてすぐの岸に船を寄せてくれる。
「僕の他にも水門の先に行った人がいるって言ってなかったっけ。その人達が戻ってきたらどうすんの? ビアンカが村にいないと帰れなくない?」
僕の正論にビアンカはますます渋い顔をしたが、「まぁ、何とかなるんじゃないかしら」と言葉を濁し水門を閉めるために一度船を降りていった。
いや、鍵は君が持ってるんだろう。僕達はいいとして、本当にどうするつもりなのか。
ややあって、重たい水門が轟音と共に再び閉じられる。戻ってきたビアンカはまだ微妙な顔つきだったが「父さんがスペアの鍵持ってるし、誰かに頼めば開けてもらえるから、多分大丈夫よ」などと宙を仰ぎつつ言っていた。
釈然とはしないが、まぁそういうことなら。
「さっ、行くわよ──!」
宜候よろしく、気を取り直して舳先に足を掛け指差すビアンカの姿に、はいはい、と苦笑いしつつ僕はクラウスさんの隣に並び立つ。
「では、お願いします」
「ええ。お任せを」
クラウスさんがそう答えると同時に、向きをわずかに変えた帆が風を捌いて船体は水上を滑り始める。
未だ残る朝靄をかき分けて、領主様の帆船は緩やかに発進した。
「そっか、領主様ってサラボナのルドマン様のことなのね」
「知ってるんだ?」
「そりゃあ、有名人だもの。有り余る財力をこの辺一帯に還元してくれる大富豪だって。サラボナの街って、きれいだったでしょ? うちの村とかあの水門だって、ルドマン様が色々整備してくれてるらしいわ。直接会ったことはないけどね」
昨日と同じ穏やかなさざ波の上、僕とビアンカは甲板に出てのんびりと雑談している。
クラウスさん曰く、この湖はルラフェンの辺りまで広がっていて、ほとんど水門の対岸にあたる最遠の場所に『滝の洞窟』と呼ばれるところがあるのだそうだ。
所要日数はおよそ船で五日から八日。風と波の状態に大きく左右されるので、順調に行けて五日程度、とのことだった。
その場所が水のリングの在り処ではないか、とルドマン卿が言っていた、と先程、クラウスさんが舵を握りながら教えてくれた。
「それにしても、すごい船よねぇ。さすがルドマン様の船、って感じだわ」
船縁に肘をつき、帆を仰いだビアンカが感嘆の声を漏らす。
実際、僕も詳しくはないけれど船は小ぶりな割に設備も充実していたし、どこをとっても立派な造りだった。クラウスさんの勧めで、ビアンカは普段卿が使っている一等立派な船室を貸し与えられることになった。つくづく僕はこの方に頭が上がりそうにない。
「ルドマン様からこんな立派な船を使わせていただけちゃうなんて、早くも将来性ありありなんじゃない? すごーい、テュール」
「あのさ、僕がすごいんじゃなくてルドマン卿がすごいんだからね?」
「そうよねぇ。いくら娘の結婚相手候補だからって、普通はこんなに簡単に船を貸したりしないと思うわ。でも、ルドマン様だもんね。懐の大きい方だとは聞いてたけど、ほんとみたいね」
ビアンカの言葉に僕は深く頷く。実際、酒を飲み交わしてみればルドマン卿は人情に厚い、本当に度量の大きい方だとわかった。その懐の大きさで、一人娘に厳しくも、深い愛情を持って接しているのがよくわかる。
僕に良くしてくださるのも、娘を託す相手としてある程度信頼してくださっているからだろう、と思うと何だかくすぐったい気持ちになる。
そうして、他愛のない話をビアンカとしている間にも、舳先よりずっと北のほう、火山で感じたものとはまた違う清涼な気配に喚ばれていることに、僕はなんとなく気づき始めていた。
多分、こちらであってる。──そして、まだ誰の手にも渡ってはいない。
「修道院に寄付とかもしてらっしゃるんだって。あれ、そういえば一人娘が修道院に行ってるって聞いたけど、テュールが好きなのってその人のこと?」
「うん、そう。ルドマン卿が結婚のために呼び戻したって聞いたよ」
「なるほどねぇ。──ちょっとは慣れてきたじゃない。にやけちゃって、あーやだやだ」
ぱたぱた、とこれ見よがしにビアンカが掌で顔を仰ぐ。そりゃね、昨夜からあれだけ冷やかされてれば図太くもなるよ。
しかし、にやけてるか? 僕はやっと赤面症が治まりつつある自分の頰をむにっとつねってみる。
「ほーんと、お熱なのねぇ。私も会ってみたいなぁ。リング見つけたらすぐにサラボナに戻るんでしょ?」
「……そうだけど、その前にビアンカを家まで送るよ?」
「えぇー? 要らないわよぉ、一人で帰れるもの。それよりサラボナ! 行きたいなぁ。久々の街歩き! ああ、ワクワクしちゃう!」
「嘘だろ。そこまでついてくるつもり⁉︎」
ビアンカの無茶ぶりにもだいぶ慣れてきたつもりだったが、さすがにこの発言は看過できない。この調子だと、フローラに会うまで帰りそうにないじゃないか。
「ついていくんじゃなくて、行き先が同じなだけよ。ねー」
「……すごいね。物は言いようだね」
そんな調子のいいことを楽しそうに言い、ビアンカは傍らに跪いているプックルに同意を求める。いつもは雄々しいばかりのプックルが、今はガタイの良い猫にしか見えないのはなぜだろう。
そして、僕なりに思いっきり嫌味を込めて言ったのに、ビアンカは相変わらずころころと笑っている。
プックル以外の仲魔達はと言えば、一つ大きめの船室を充てがわれていてそこで休息をとっている、ということもあるのだが、やはり僕とビアンカの無遠慮な応酬に若干ひいているようで、皆いつになく大人しくしていた。口を挟んでくる余地がないというか、僕も気心が知れている分ぽんぽん言い合う形になってしまっていて、みんなを置いてけぼりにしている感は否めない。
そうこうしているうちに日は傾き、僕達は船に積んだ携帯食料で簡単な食事をとった。
これは本当にすごいと思うんだけど、この船、キッチンはもちろん、シャワールームまでついているのだ。汲み上げた水を加熱して真水に変える仕組みを備えているらしい。これは飲用には適さないものの、洗濯や浴用にならば必要十分な水質らしく、おかげで僕達は問題なく湯を使わせてもらうことが出来た。ビスタ港からポートセルミ港まで乗った時も数日かかったが、あの時は海水を汲み上げただけの風呂が使えるだけだったのでひどく体がべとついたものだった。傷があるとしみるしさ。
「村の温泉ほどではありませんが、ビアンカさんもよろしければ是非、どうぞ」
なんてクラウスさんに言われて、ビアンカも喜んでシャワーを使わせてもらっていたようだった。
温泉といえば、確かにあの村は温泉が名物らしく、変わった香りが充満していた。昨日再会を果たしてダンカンさんの家に泊めてもらう運びになったところで、温泉を勧められてどんなところか宿屋へ覗きに行ったのだ。大きな露天の風呂は確かに心地好さそうだった。だが、混浴だなんて聞いてない。そこで初めて男女混浴であることを知り、僕はすごすごと入浴を辞退してきた。
「誰も気にしないのに、勿体ないわね。疲れとれるよ?」
そう言われましても、年頃の、経験の浅い青年に見知らぬ女性との混浴は難易度が高すぎます。せめて時間で区切るとかしてくれていたら良かったのに。結局、ダンカンさんの家でシャワーだけ借りたという顛末であった。
夜はビアンカには船室で休んでもらい、僕とクラウスさんは操舵室の中で交代で休むことにした。
船に乗ってから、僕はちょいちょいクラウスさんの指導を受けて操船を学んでいた。僕にもある程度できるようになればクラウスさんの負担が減ると思ったのと、純粋な興味からだったのだが、クラウスさんは「初めてとは思えませんよ。感覚をつかむのがお上手です」などと褒めてくれて、何度か教えてもらううちに一人で任せてもらえることも増えてきた。
その指導の甲斐あって、ほんの二、三時間ではあるが、クラウスさんにも交代で休息をとってもらうことができている。
魔物は、あまり出なかった。北から感じる清浄な雰囲気が、まるで結界となっているようだった。
──死の火山とは、あまりに対照的な。
(本当に、あっているのかな……? 実は違うものが眠っているだけなんじゃ……)
そんな不安が胸をよぎることもあったが、船は僕の迷いなどお構いなしに、導かれ引き寄せられるように真っ直ぐ、北へ北へと進んでいた。
羅針盤を、灯りにかざして。間違いないことを確認する。
喚ばれているんだ。やっぱり、あちらから。
「……不思議なものですね。まるで、風と波が我々を勝手に運んでくれているようだ」
いつの間に目覚めたのか、クラウスさんが僕の隣に立って、羅針盤と、帆がたなびく船尾とを見比べていた。
「もう起きられたんですか? もうしばらく休んでいてもらっても大丈夫そうですよ」
「ええ、そのようですね」
僕の言葉にクラウスさんは異論なく頷き、しばらく黙ってまだ暗い波間を見つめていたが、やがて畏敬すら込めた瞳でじっと僕を見た。
「──テュールさん。私は長いことこの湖を行き来していますが、こんなに順調に進んだことは今までにありません。ましてやほとんど舵をとらず、正確な航路をとるなど。……恐らくあと三日もあれば洞窟につけるでしょう。テュールさん、リングの伝承について、お聞きになったことはありますか」
クラウスさんの問いかけに、僕はサラボナに来たその日、噴水広場で聞いた話を思い出す。
「……リングは、持ち主を選ぶ。必要とする者の前にのみ姿を顕わし、その時でなくば何百人が一斉に捜索しても見つけられはしない……」
「そう、言われております」
クラウスさんは静かに首肯し、今度は船首の方角を遠く見遣る。
「旦那様と私共は、昔から何度もあの洞窟を探索して参りました。……ですが、伝承の指輪らしきものは何一つ、見つけることは叶いませんでした。──恐らくは、貴方なら」
クラウスさんの言葉に、僕も黙って肯定の意を返す。
必ず、僕が水のリングを見つけてみせる。
その為にここにいるのだから。
クラウスさんは、真っ直ぐに北を見つめる僕を傍らから見上げ、目を細めて呟いた。
「……本当に、頼もしい方だ」
そうして、穏やかな航行を続けること更に三日。
水平線が狭まり、進路の先にいつか通った大きな橋が見えてきたのは、水門を出て四回目の夕暮れを迎えるほんの数時間前のことだった。