Bright Azure ── 輝ける碧【DQ5主フロ】   作:サクライロ

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#22. 悔恨

 結婚式の翌日、見事に寝過ごした僕は、友人達の出発をことごとく見送り損ねるという失態を犯した。

「申し訳ありません、テュールさん。やっぱり無理にでも起きていただいた方が良かったでしょうか……」

 僕の代わりにヘンリーらラインハットの一団とビアンカを送り出してくれたらしいフローラが、酷く恐縮して小さくなるのを懸命に宥めた。

「いや、気にしないで。多分だけど、寝かせておけってみんなが言ってくれたんだろ?」

 僕の言葉に消極的に同意するように、フローラが上目遣いに僕を見上げる。

 ビアンカは、朝一番の定期船でサラボナを発ったらしい。

 家に残してきた父親がそろそろ気になるから、と笑っていたという。昨日はあまり話す時間をとれなかったが、商魂逞しい彼女は街の人々を相手に村の温泉を宣伝していたのだそうで、意気投合した何人かと連れ立って船に乗っていった、とフローラが教えてくれた。もういっそ宿屋の女将にでもなればいいのに。

 ヘンリーとマリアさんは護衛の兵士らと共に、サラボナのずっと東の岸に着けたという自国の船へと戻っていったそうだ。「あなたが起きる前に出ないと、またルーラを使わせてしまいそうだから、と笑っていらっしゃいました」とすまなそうに伝えてくれるフローラに、然もありなんと息を吐く。ヘンリーらしい。

 まだ少し頭は痛かったけれど、胸のむかつきは幾分ましになっていた。遅めの昼食の前に湯浴みを勧められ、若干の緊張を誤魔化しつつ浴室を使う。湯を浴びてさっぱりできたのは良いのだけれど、正直全ての着衣を脱いだ状態の今、この同じ屋敷にいるのはフローラだけだと思うと、やはり心が落ち着かない。

 ……落ち着け、まだ何もしてない。

 それもまた情けないような気がするが。昨夜、せっかくの初夜に本当に何もなかったのだと知ったら、ヘンリーは盛大に笑うだろうか。

 なし崩し的に新婚生活を始めさせてもらっているが、昨日天空の盾を譲り受けてしまったからには、今の僕にはこれ以上、この街に留まる理由もない。

 ──天空の盾は、フローラのもの。

 昨日、卿に告げられた言葉を思い出す。……どういうことなのだろう。さすがに、彼女自身が伝説の勇者、ということではなさそうだったが。

 いずれフローラが話してくれると言っていた。ならば、その時を待つのが僕にとっての最善なのだろう。

 ……本当にそれだけでいいのか。まさか、と嫌な想像が脳裏をかすめていく。今回ルドマン卿が結婚相手の条件を出したのは、より勇者に近い存在に……否、できれば勇者自身に、彼女を嫁がせたかったからではないのか。

 もし今、僕達の目の前に『勇者』が現れてしまったら。

 まだ見ぬ勇者たる青年に謂れのない嫉妬を覚えていることに気づき、必死で思考を振り切る。勇者の盾が導く縁。そこに、僕が割り込んでしまっただけだとしたら。

 どうしようもない苛立ちを、頭からシャワーを浴びることで必死に鎮めた。

 そんなこと、考えるな。結婚の許しをいただいたのも、今、彼女の伴侶となったのも僕なのだから。

 無性に、彼女を抱きしめたかった。けれど理由もなくそうする勇気があるわけもなく、また溜息をつき、湯を止めた。

 ……結婚、したのに。いつまでこんな想いを抱えていくのだろう。

 自分の意気地のなさが原因なのはわかっているが、ではどうしたらもっと近づけるのか、それがわからなかった。婚礼より前に比べたら信じられないほど、フローラと共に過ごす時間は増えている。幸せなのに、これ以上に距離を詰める方法がわからない。

 そうだ。答えを、出さないと。

 ほとんど心は揺れるままに決まっているようなものだったが、念のため仲魔のみんなにはちゃんと相談しておきたい。フローラを僕の旅に同行させても良いかどうか。とりあえず話して来よう、と心に決め、僕はやっと着替えに手を伸ばした。

 

 

 

 僕が湯を使っていた間、食事の準備をしてくれていたフローラに礼を言って、申し訳ないが仲魔のみんなにも食事を渡したい旨を伝えた。

 髪が濡れそぼったままの僕を見て、フローラはほんの少し目を瞠り、目許を赤く染めたように見えた。そうして目を逸らされると、なんだかこちらまでどぎまぎしてしまう。

 ……少しは、意識してもらえてると思っていいかな。自意識過剰にも、そんなことを思う。

「昨日、あなたの馬車をこちらの庭にひかせていただいたので、お仲間の皆さんも庭にいらっしゃると思います」

 微笑んでそう教えてくれたフローラが「でも、もし皆さんがお嫌でないなら、こちらで一緒にお食事させていただくのも賑やかで良いかもしれませんね」などと言ってくれて、ますます胸がいっぱいになる。

「……ありがとう。ちょっと、聞いてみるね」

 離れとはいえ十分すぎるほど広い庭に出ると、確かに仲間達が思い思いに鍛錬したり、遊んだりしていた。ぱっと見、街中で異様な光景かもしれない。ルドマン家の敷地内だからこそ、全く問題なく過ごせるのだろう。

「あ! ごしゅじんさま、おはよーおはよー!」

 ぴょこぴょこ走る練習をしていたらしいスラりんが、僕を見つけてすかさず軟体タックルをかましてきた。

「おはよ。ていうか、遅いよね。ごめん、また寝坊しちゃって」

「ほぅ、あるじ殿。昨晩は無事オトコをあげられましたかな?」

 魔物のくせに何でそんなこと知ってるんだ。これまたにやにやとピエールが冷やかしてきたが、憮然として首を振った。

「残念、何もありません。昨日はすっかり酔ってたし」

「なんとまあ」途端に仲魔達の目が憐れみの色に変わる。ほっといてほしい。

「我々も昨日は実に良い日であった。たんまり馳走を分けてもらいましてな」

「そうだったんだ。ごめん、ほったらかしで」

 何だかんだでご満悦なみんなだったが、主人として目を配りきれなかったことは謝らねばなるまい。そう思った故の謝罪だったが、マーリンからは「一人では何も叶わぬ人の仔でもあるまいし。我々は何とでもなります。問題はない」と、却って恐縮してしまう一言をいただいてしまった。

「ま、そのように気遣ってくださるのはありがたい。お陰で美味い飯も食える」

 相変わらず飄々としたピエールの物言いに、思わず笑いが零れる。

「そうそう、フローラがみんなも中で一緒にご飯食べないかって。どうする?」

 先程のフローラの提案を伝えると、仲魔達は一様に顔を見合わせた。

「ホイミン、たべたい〜!」

「スラりんもー!」

 青い軟体二人は揃って声を上げたが、他の面々はやや微妙な面持ちだ。あまり喜ばしくない誘いだっただろうか。

「いや、気が進まないならまたこちらに運んでくるだけだから、いいんだけど」

 そう言い添えると、ピエールは苦笑混じりに首を振った。

「新婚の、奥手すぎて奥方に手も出せぬあるじ殿の貴重なひと時にお邪魔するのは、申し訳なくてどうにも」

 ……もう本当にほっといてくれないかな‼︎

「あ、そっかー」

「たしかにね〜、わるいよね〜」

 さっきは嬉々として名乗りを上げた二人まで、何やら殊勝なことを言い始めるし。ガンドフは相変わらずどこか嬉しそうな一つ目で僕を眺め、真っ先に疲れた顔をしたプックルはやれやれとばかりに僕に背を向けて寝そべる始末。

「……じゃ、じゃあこっちに持ってくるよ。それでいい?」

 多少げんなりしつつ確認すると、皆にやにやしながら頷いてくれる。ああもう、早く立ち去りたい。

「あ、そうだ」

 聞かなくては、と思っていたことを思い出して、去り際にたたらを踏み、みんなの方を向き直った。

「ちょっと、相談したいんだ。フローラのことで」

「奥方殿が、何か?」

「うん。……彼女がね。一緒に行きたいと……言ってくれて」

 みんなはいつも通り、何という事もなく首を傾げただけだったが。僕はそれを口にした瞬間、甘やかな歓びがこの胸を埋め尽くすのを直に感じて、密かに唇を噛んだ。

 やっぱり、共に行くことを望んでしまう。僕も、いや、僕の方がきっと強く。

「簡単に頷けることじゃないのはもちろん、わかっているんだけど。正直、嬉しい……僕は。でもきっと、みんなにはそれだけ余計な負担を強いることになる」

「確かに。ま、奥方殿が常時お側に居られれば、あるじ殿の無茶も少しは収まるやもしれんが」

 先日の火山のことを言っているのか、根に持った風情のピエールの物言いについ苦笑してしまう。

「私は、異論ありませぬ。寧ろ面白い」

 珍しく眼を光らせたマーリンが、静かにそう提言した。

「……面白い、って?」

「奥方様の資質です。何なら、私が直接ご指導申し上げても良い」

 思わず眼を見開く。マーリンの言う資質、とはつまり魔法の適性か。

「このまま眠らせたままか、花開かれるかは奥方様次第。ただ、彼女は天稟に大変恵まれておる。炎、光、冥、少なくともこれらを詠みこなすことは彼女にとってそう難しくありませんでしょう。……それに、これは如何なる理由か判じかねますが──恐らくは、天属性の気も」

「なんだって⁉︎」

 思いがけぬ大声が出てしまい、咄嗟に手で口許を塞ぎ館の方を振り返る。幸い窓越しにも彼女は気づいた様子がなく、変わりなくテーブルに料理を運んでくれている。ほっとしたところで彼女が僕の視線に気づき、小さく微笑んでくれた。僕も急いで微笑みを繕って返し、もう一度マーリンに向き直った。

「天属性、って。それは勇者だけが持つ資質だと確か、聞いたよ。……どうして、彼女が」

「あくまで『気配』のお話です。恐らく彼女自身に天属性は扱えないが」

 詰め寄る僕にもマーリンは動じない。感情の読めない瞳をまっすぐにこちらに向け、僕の両眼を射抜き──口端だけ、微笑んだ。

「ご主人にも、似た気配を感じます。不思議なものだ」

 詭弁ではないか。そう思ったが、これまでのマーリンの振る舞いを思い返し即座に否定した。決して根拠なく、あやふやなことを言う御仁ではない。

 ……僕にも、天属性の気が?

 そんなもの、僕自身は感じたことがないけれど。父さんが見つけた天空の剣だって、柄を持つと確かに強く弾かれる感触がある。剣が正統な持ち主以外を拒絶しているのがわかるのだ。あまつさえ柄に触れれば重力を増し、引きずることさえできないから、刃を鞘で無理矢理包んで運ばなくてはならない。

「……適性とは、魔力の可否だけではないのです。ご主人の持つ、我々を手懐ける力を見れば明らかなこと」

 言葉を失ったままの僕を静かに見上げ、マーリンは続ける。

「何にせよ、私は歓迎いたします。奥方様さえ望めば、いずれ私を凌ぐ魔導の使い手にもなれましょうから」

 マーリンの提言を、頭の中でもう一度噛み砕く。炎、光、冥。どれも僕には得難い力ばかり、これらの可能性を、あの華奢な身一つに秘めているという。

 改めて仲魔達の顔を見渡せば、誰一人異論はないというように目で同意を示してくれる。

「……マーリン、みんな。ありがとう。もう一度、フローラと相談してみるよ」

 相変わらず澄まし顔で頷くマーリンに心の中で再び頭を下げ、僕は館の中に戻った。

 

 

 

 せっかくテーブルいっぱいに用意してくれた料理だったけれど、フローラに謝りながらその大部分を庭へと運び出して、僕はまた、フローラと二人きりで遅い昼食をとった。

 みんな変に気を遣ってくれて、と言ったら、意味を理解してくれたらしく頬を染めて頷いていた。そんな表情にまた、少なからず好意を持ってもらえているのだと思うことができて、じわりと沁みる歓びと共に安堵する。

 本宅と違って、ここには僕達の他に手伝い等してくれる人はいない。

 僕はともかくフローラは育ちが育ちなので、多少なりとも人手は必要なのでは、と思ったりもしたが、実際、彼女は身の回りのことはなんでも一人でできた。「修道院では、すべて自分でしていたことですから」と、こともなげに言う。

 この料理を一人で用意してくれた、と言うのにはさすがに驚いてしまったが、「本宅のコックにはまだまだ及びませんが」と控えめに微笑む彼女をみるに、実は凝り性なのでは、と思ったりもする。

 緊張が少し解けて、昨日よりもっと美味しく感じられるそれらの料理をいただきながら、僕もフローラに一緒に来て欲しいと思っていることを伝えた。二度目のプロポーズのようでどきどきしたけれど、彼女の表情はどこか固いままで。昨日はもっと解れた笑顔を見せてくれたから、少し、引っ掛かりを覚えた。

「……僕からも、お義父さんにお願いするよ」

 父親が許さないかもしれないことを不安に思っているのか。そう思って声を掛けたが、ありがとうございます、と囁いた彼女の微笑みはやはり力無いものだった。

 いざ出立となれば怖れや不安があるものだろう。一抹の寂しさを覚えながらも、僕はそう結論づけて食事を終えた。

 

 

 後から思えば、やはりきっとどうすることもできなかった気はするけれど。

 せめて僕がこの時、想いをもっとちゃんと言葉にして伝えていれば。フローラをあんなにも追い詰め、苦しめることはなかっただろうと、僕はこの数日後、ひどく後悔することになる。

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