Bright Azure ── 輝ける碧【DQ5主フロ】   作:サクライロ

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#23.5 憧憬~side Flora

 これで良かった、と思わなくては。

 

 

 

 私を選んでくださったあなたに、

 祝福してくださったビアンカさんに、

 そのお気持ちに報いなくては。

 長年私を想い続けてくれた、

 アンディの気持ちに応えられなかった。

 きっと、私がアンディと一緒になることを望んでいらした、

 おば様のお気持ちにも。

 痛いほどに伝わってくる、ビアンカさんの想いすら踏み躙って。

 ────嬉しかったわ。残酷なほど、ただ純粋に嬉しかった。

 目を開けるのが怖くて怖くてたまらなかった私の前に、

 あなたは立ってくださった。

 手を差し伸べて、私を妻にと、望んでくださった。

 悦びのあまり、のぼせ上がってしまった自分が憎い。

 そのお気持ちだけを信じていられたらよかった。

 醜い私など、気づきたくなかった。

 

 式の準備中、ビアンカさんはずっと忙しなく動いてらして、

 でも目が合うと必ず、太陽のような微笑みを向けてくださった。

 どうしてそんなに、魅力的でいらっしゃるのかしら。

 彼女の笑顔を見ていると、何故だかひどくほっとする。

 それと同時に、もっと濁った、澱んだ想いが、

 私の胸の奥底にじわりと溜まって、広がっていく。

 ⋯⋯私よりずっと、素敵な方なのに。

 私よりずっと、あの方にお似合いでいらっしゃるのに。

 あの方もきっと、心を許していらっしゃるのに。

 

 どうして、私だったのかしら。

 思いつける理由は一つしかなかった。

 まさか、と思いながら、今はその考えを追い落とす。

 

 答えが『それ』だと理解したのは、婚礼のほんの直前。

 ラインハットから遥々お越し下さった、彼のご友人でいらっしゃるヘンリー殿下から問い質された、あの時だった。

 曰く、彼は天空の武具を求めて旅をしていると。

 知っていることがあれば教えてやってほしい、と。

 

 全身が、身体をめぐる血が、一瞬で凍りついた。

 全てが腑に落ちてしまったあの瞬間、

 私は自分の気持ちがわからなくなった。

 泣きたいのか、怒りたいのか、笑いたいのか。

 どうして、

 今になって知らされなくてはならないの。

 ここまで来て、後戻りできないこの時に。

 もっと早く、私が提言したあの時に言ってくださっていれば、

 父に盾のことを相談することだってできたのに。

 今すぐにこのドレスを脱ぎ捨ててしまいたい。

 このドレスを着るべきなのは私じゃない。

 そんな、幼稚な衝動を必死にこらえて、微笑んだ。

「⋯⋯それでしたら、もう、あの方のものですわ」

 うまく、笑えただろうか。

 ヘンリー殿下が頷いてくださってほっとした。

 私たちから距離をとって話を聞いていらしたビアンカさんが、

 どこか切なげなお顔で私を見つめていらした。

 

 ────ビアンカさんは、ご存知だったのね。

 

 痛い。

 胸が、痛い。

 

 ごめんなさい。

 何も知らない愚かな花嫁で、本当にごめんなさい。

 こんな私が今日、花嫁になるなんて。

 あの方を、この素敵な方から奪ってしまうなんて。

 本当に、本当に、本当にごめんなさい。

 

「⋯⋯フローラ?」

 微かな呼び掛けと共に、船室で眠っていた彼がこちらを見た。

 咄嗟に微笑みを繕って覗き込む。

「はい。ここにおります」

「うん。⋯⋯ごめん、もしかして僕、倒れてた?」

「はい。随分消耗されていて⋯⋯もう少し、横になってらした方が。今、医師を呼んで参りますね」

 立ち上がろうと腰を浮かせたら、隣に控えてくださったマリア様が微笑んで私を押し留め、代わりに部屋を出ていかれた。

「⋯⋯どうしたの。フローラ」

 マリア様が去られ、閉じられた扉をぼんやりと眺めていたら、まだベッドの中に横たわったままの彼が、ぽつりと私に問いかけた。

「────え?」

「何か⋯⋯、悲しそうにみえた」

 

 どうして、そんなにも優しいの。

 お前の所為で望まぬ結婚をするのだと、

 詰ったって構わないのに。

 込み上げかけた涙を喉の奥深くに押し込めて、

 精一杯、微笑んだ。

 

「いいえ。⋯⋯何も。きっと、あなたが気がつかれたのでほっとしてしまったんだと、思います」

「そっか。心配かけて、ごめんね」

 いいえ、ともう一度答えた声は力なく溶けて消えた。

 ベッドに肘をついて身を起こし、改めて私を見つめた彼が、ふわりと照れ臭そうに微笑んで、言ってくださった。

「⋯⋯すごく、綺麗だ。夢かと思った」

 

 

 

 これで良かった、と

 思わなくては。

 

 

 

 きっと良い妻になる。そう言ったのは、私。

 ならば精一杯、自分にできる精一杯で、夫となってくださるこの方に尽くそう。

 ビアンカさんには遠く及ばなくとも、私なりに誠心誠意、この方に尽くしていこう。

 

 

 しん、しんと、

 昏く澱んだ呪いが、私の中に積もっていく。

 

 そんなものは欺瞞にすぎない。

 私が報いる方法は、ただひとつ────

 あの方に、彼をお返しすること、ではないの?

 

 結婚式には間に合わなかった。

 知るのが遅すぎて、頭の整理もつかなかった。

 今、旅立たれる前の今、

 覚悟を決めるなら今しかないのではないの?

 

 恋、などという浮ついたものより、大切なものがある。

 守らなくてはならないものがある。

 わかっていたのに。ずっとそうやって、自分を戒めて生きてきたのに。

 天空の盾のためだけに生きることを、覚悟してきたはずなのに。

 きっとこれは、恋に溺れた愚かな私へ、私の半身が与えた罰なのだ。

 

 数日、共に過ごして、共に船で父の遣いに出て、

 その中でまた、幾度となく、自分の至らなさを思い知らされた。

 なんの役にも立てない。足手まといにしかならない。

 彼の優しさに触れるたび、罪悪感で押し潰されそうになる。

 気を遣わせてしまうたび、情けなくて消えてしまいたくなる。

 滔々と積もり続ける鬱屈した感情は、

 ますますビアンカさんに縋るように、この心を向かわせる。

 

 ああ。────私、

 お二人のように、なりたかった。

 

 泣くな。

 私が泣いてはいけない。

 何も知らなかった私に、お二人をきっと苦しめた私に、

 泣く権利など欠片もない。

 

 

 さよならを、言おう。

 

 

 優しいあなたを、今度こそ自由にして差し上げたい。

 あの夜誓ったように、精一杯笑って、祝福をしよう。

 ビアンカさんがしてくださったように。

 私もただ、お二人の幸せを、願おう。

 

 

 これで良かったのだと、思おう。

 

 

 夢を見られて幸せだった。

 

 

 

 

 大好き、だった。

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