Bright Azure ── 輝ける碧【DQ5主フロ】 作:サクライロ
これで良かった、と思わなくては。
私を選んでくださったあなたに、
祝福してくださったビアンカさんに、
そのお気持ちに報いなくては。
長年私を想い続けてくれた、
アンディの気持ちに応えられなかった。
きっと、私がアンディと一緒になることを望んでいらした、
おば様のお気持ちにも。
痛いほどに伝わってくる、ビアンカさんの想いすら踏み躙って。
────嬉しかったわ。残酷なほど、ただ純粋に嬉しかった。
目を開けるのが怖くて怖くてたまらなかった私の前に、
あなたは立ってくださった。
手を差し伸べて、私を妻にと、望んでくださった。
悦びのあまり、のぼせ上がってしまった自分が憎い。
そのお気持ちだけを信じていられたらよかった。
醜い私など、気づきたくなかった。
式の準備中、ビアンカさんはずっと忙しなく動いてらして、
でも目が合うと必ず、太陽のような微笑みを向けてくださった。
どうしてそんなに、魅力的でいらっしゃるのかしら。
彼女の笑顔を見ていると、何故だかひどくほっとする。
それと同時に、もっと濁った、澱んだ想いが、
私の胸の奥底にじわりと溜まって、広がっていく。
⋯⋯私よりずっと、素敵な方なのに。
私よりずっと、あの方にお似合いでいらっしゃるのに。
あの方もきっと、心を許していらっしゃるのに。
どうして、私だったのかしら。
思いつける理由は一つしかなかった。
まさか、と思いながら、今はその考えを追い落とす。
答えが『それ』だと理解したのは、婚礼のほんの直前。
ラインハットから遥々お越し下さった、彼のご友人でいらっしゃるヘンリー殿下から問い質された、あの時だった。
曰く、彼は天空の武具を求めて旅をしていると。
知っていることがあれば教えてやってほしい、と。
全身が、身体をめぐる血が、一瞬で凍りついた。
全てが腑に落ちてしまったあの瞬間、
私は自分の気持ちがわからなくなった。
泣きたいのか、怒りたいのか、笑いたいのか。
どうして、
今になって知らされなくてはならないの。
ここまで来て、後戻りできないこの時に。
もっと早く、私が提言したあの時に言ってくださっていれば、
父に盾のことを相談することだってできたのに。
今すぐにこのドレスを脱ぎ捨ててしまいたい。
このドレスを着るべきなのは私じゃない。
そんな、幼稚な衝動を必死にこらえて、微笑んだ。
「⋯⋯それでしたら、もう、あの方のものですわ」
うまく、笑えただろうか。
ヘンリー殿下が頷いてくださってほっとした。
私たちから距離をとって話を聞いていらしたビアンカさんが、
どこか切なげなお顔で私を見つめていらした。
────ビアンカさんは、ご存知だったのね。
痛い。
胸が、痛い。
ごめんなさい。
何も知らない愚かな花嫁で、本当にごめんなさい。
こんな私が今日、花嫁になるなんて。
あの方を、この素敵な方から奪ってしまうなんて。
本当に、本当に、本当にごめんなさい。
「⋯⋯フローラ?」
微かな呼び掛けと共に、船室で眠っていた彼がこちらを見た。
咄嗟に微笑みを繕って覗き込む。
「はい。ここにおります」
「うん。⋯⋯ごめん、もしかして僕、倒れてた?」
「はい。随分消耗されていて⋯⋯もう少し、横になってらした方が。今、医師を呼んで参りますね」
立ち上がろうと腰を浮かせたら、隣に控えてくださったマリア様が微笑んで私を押し留め、代わりに部屋を出ていかれた。
「⋯⋯どうしたの。フローラ」
マリア様が去られ、閉じられた扉をぼんやりと眺めていたら、まだベッドの中に横たわったままの彼が、ぽつりと私に問いかけた。
「────え?」
「何か⋯⋯、悲しそうにみえた」
どうして、そんなにも優しいの。
お前の所為で望まぬ結婚をするのだと、
詰ったって構わないのに。
込み上げかけた涙を喉の奥深くに押し込めて、
精一杯、微笑んだ。
「いいえ。⋯⋯何も。きっと、あなたが気がつかれたのでほっとしてしまったんだと、思います」
「そっか。心配かけて、ごめんね」
いいえ、ともう一度答えた声は力なく溶けて消えた。
ベッドに肘をついて身を起こし、改めて私を見つめた彼が、ふわりと照れ臭そうに微笑んで、言ってくださった。
「⋯⋯すごく、綺麗だ。夢かと思った」
これで良かった、と
思わなくては。
きっと良い妻になる。そう言ったのは、私。
ならば精一杯、自分にできる精一杯で、夫となってくださるこの方に尽くそう。
ビアンカさんには遠く及ばなくとも、私なりに誠心誠意、この方に尽くしていこう。
しん、しんと、
昏く澱んだ呪いが、私の中に積もっていく。
そんなものは欺瞞にすぎない。
私が報いる方法は、ただひとつ────
あの方に、彼をお返しすること、ではないの?
結婚式には間に合わなかった。
知るのが遅すぎて、頭の整理もつかなかった。
今、旅立たれる前の今、
覚悟を決めるなら今しかないのではないの?
恋、などという浮ついたものより、大切なものがある。
守らなくてはならないものがある。
わかっていたのに。ずっとそうやって、自分を戒めて生きてきたのに。
天空の盾のためだけに生きることを、覚悟してきたはずなのに。
きっとこれは、恋に溺れた愚かな私へ、私の半身が与えた罰なのだ。
数日、共に過ごして、共に船で父の遣いに出て、
その中でまた、幾度となく、自分の至らなさを思い知らされた。
なんの役にも立てない。足手まといにしかならない。
彼の優しさに触れるたび、罪悪感で押し潰されそうになる。
気を遣わせてしまうたび、情けなくて消えてしまいたくなる。
滔々と積もり続ける鬱屈した感情は、
ますますビアンカさんに縋るように、この心を向かわせる。
ああ。────私、
お二人のように、なりたかった。
泣くな。
私が泣いてはいけない。
何も知らなかった私に、お二人をきっと苦しめた私に、
泣く権利など欠片もない。
さよならを、言おう。
優しいあなたを、今度こそ自由にして差し上げたい。
あの夜誓ったように、精一杯笑って、祝福をしよう。
ビアンカさんがしてくださったように。
私もただ、お二人の幸せを、願おう。
これで良かったのだと、思おう。
夢を見られて幸せだった。
大好き、だった。