Bright Azure ── 輝ける碧【DQ5主フロ】   作:サクライロ

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#27. さよなら。またね~side Bianca【終章3】

 十年以上の久方ぶりに再会した幼馴染のテュールが、新婚ほやほやの可愛らしい奥様を連れて山奥の村を訪れたのは、あの盛大な結婚式から一週間以上経ったある日の午後のこと。

「随分と遅かったじゃないの」

 自宅の居間に二人を案内し、向かいの席に腰掛けながら冷やかすように笑って言えば、二人は顔を見合わせ、それから揃って申し訳なさそうに肩を縮める。

「申し訳ありません、ビアンカさん。色々手伝ってくださったのに、ろくに御礼も申し上げられず……」

「やだ、フローラさんはたくさん言ってくれてるわよ! ごめんなさいね、気を遣わせちゃって」

 テュールが言い訳を口にするより早く、フローラさんが真摯な声で頭を下げてくるものだから、私は慌てて首と手をぶんぶん振ってみせた。

「ほーんと、テュールには勿体なさすぎるお嫁さんよねぇ。私と代わってよ、テュール」

「……そればかりは、例えビアンカの命令でも聞けないな」

「命令って何よ!」

 まるで幼いあの日に還ったみたいにテュールと軽口を叩き合う。フローラさんは少し気後れしたように私達を眺めていたけれど、テュールが何やらひそひそと彼女に耳打ちすると、春風のようにふわりと相好を崩してくすくす笑った。

「ちょっと。何、ひとの目の前で堂々と悪口言ってんの?」

「言ってないよ。むかーし、ビアンカの命令で真夜中にお化け退治をやらされたんだよね、って言っただけ」

「だから命令してないって! 『誘った』のよ、フローラさんの前で人聞きの悪いこと言わないでよね!」

 私達のやりとりがますます可笑しいのか、フローラさんは口許を押さえたまま小さく肩を震わせている。

 うん、私も楽しい。こんな風に気兼ねなく軽口を叩きあえるなんて、何年ぶりだろう。

 ──そんな関係を、続けさせてくれたのは。

 紛れもなくこの子、なのよね。

「確かあの頃は僕の方が体も小さかったのにさ、遠慮なく僕を盾にしてくれたよね。あー、ビアンカのメラが肩をかすめて火傷したっけ、忘れてないよ」

「騙されちゃ駄目よ、フローラさん。テュールだってノリノリだったんだからね? 王妃様の幽霊に面と向かって『おばさんだぁれ?』ときたもんよ。普通は体が透けてりゃ腰抜かすわよ」

「六歳の子供に何を求めてるわけ……悪い魔物じゃなかったんだからいいだろ、別に」

 あまりに遠慮なくポンポン言い合うものだから、フローラさんが少しだけ困ったように私達を交互に仰ぎ見る。──と思ったら、テュールがフローラさんの視線を掬い取るように頰に手を添えて、優しく撫でているのが見えた。

 ──すぐ、気づくんだ。

 その光景にちりり、とわずかに胸が痛む。

 すっぱり諦めたつもりだけれど、やっぱり、何も感じないわけではないみたい。

「お二人とも、とっても仲が良くて……羨ましくなってしまいました。お二人の小さい頃のお話を聞けて、嬉しいです」

 そう言って控えめに微笑むフローラさんは、本当に、すごくいいお嬢さんだなって思う。

 そう、いい子なのよ。そりゃあもう、ものすご────く。

 多分私、ここまで素敵なお嬢さんには今まで会ったことがない。

 可愛いし、女らしいし、慎ましやかだし、上品だし、育ちの良さがその佇まいから如何なく顕れていて、それでいてお人好しだし、優しいし、身分や地位みたいなものを鼻にかけたところがちっともなくて。

 ああ、本物の淑女ってこんな人のことを言うんだ、って感動すら覚えてしまう。長く宿屋を営んできて、いろんな人を見てきた父さんでさえ、フローラさんを見た途端すっかり固まってたのが可笑しかった。

 せめて、もうちょっとでも嫌な子だったら、私ももう少し意地を張れたのに。

 ──なんて、そんなの言い訳に過ぎないんだけど。

 少なからず男前と呼べる部類の人間とはいえ、彼女を見事射止めた幼馴染には改めて畏敬の念すら抱いてしまう。ほんとすごいよ、テュール。

「テュールの昔話だったら、これからたっぷり聞かせてあげる。今夜は泊まっていくんでしょ? 宿とった?」

「いや、もう少ししたら行くよ。また旅に出るから、今日は挨拶に来ただけなんだ。これからポートセルミに行って────」

「は? 今から? フローラさんも一緒に⁉︎」

 当然宿泊していくものだと思ったら、散歩にでも行くみたいにさらりととんでもないことを言い出すから、思わず変な声が出てしまった。

「もうすぐ日が暮れるじゃない。よりによって今から? ポートセルミまで何日かかると思ってんの? あんたフローラさんにどんだけ無茶な旅を強いるつもり⁉︎」

「違うって! ルーラですぐに行けるから‼︎」

 渾身の人でなし呼ばわりを、これまた全力で否定するテュールの悲痛な叫びに、あ、そっか。と腑に落ちる。そういえばテュール、不思議な魔法を習得してたんだったっけ。

「ああ、あの……ぶっ倒れちゃったやつ」

「それ、人数と回数が多すぎただけだからね?」

 相槌に憐みをこれでもかと込めてやったら、恨みがましげに受け流された。フローラさんの前で言うなってか。はいはい。

 まったく、ちょっと見ない間に随分仲良くなっちゃってさ。

 恐らく平静を装っているものの、フローラさんはさっきからすごく私に気を遣ってくれている。

 多分、私が傷ついた素振りを見せたら、真っ先にいたわってくれるんだろうな。

 フローラさんは、きっとそういう人だもの。

「あ。じゃあ、温泉! 入って行かない?」

 ふと、我が山奥の村一番の名物を勧めてなかったことに気がつき、ぱちんと手を打ってフローラさんの方へと身を乗り出す。

「この間少し話したでしょ? この村に来たからには、やっぱり温泉に浸かって行かないとね! ここの温泉は気持ちいいわよー。滋養強壮に疲労回復はもちろん、美肌にもいいって評判なの。山の空気を胸いっぱいに味わいながら入る露天風呂! 最っっ高よ。あ、テュールには言ってないから。ねね、フローラさん、どお?」

「ビアンカさん。おたくのところの温泉、確か混浴じゃありませんでしたでしょうか」

 幼い頃からの宿屋業で磨いた私の唄うような口上に、すかさずテュールが冷や水をぶちまける。大方フローラさんを他のお客に見られるのが嫌なんでしょう。気持ちはわかるけど、狭量ってもんだと思うわ。

「ちゃんと貸し切ってもらうってば。魔法ですぐ行けるんだったら時間だって大して気にならないでしょ? 女二人、水入らず! ね?」

 貸し切れるのかよ、聞いてないよ! と目で訴えてくるテュールを無視してフローラさんの華奢な手をとりずずいと迫ると、彼女は気恥ずかしげに頬を染めて目を泳がせ、答えに窮するように口籠った。

 か、可愛い。

 女の私でもくらりとくる可愛らしさ。

 多分フローラさん、こういう、温泉みたいに他人と浸かるようなお風呂って入ったことないんだろうな。初めてだとちょっと抵抗あるわよね。うんうん。

 サラボナのお嬢様が病弱らしいって噂はこの村にも聞こえていたし、もし療養に来ることがあればお目にかかっていただろうから、少なくとも私がここに越してきてからのご来訪はなかったはず。

 だったら尚更、ここの温泉の良さを知ってもらわなくちゃ!

 それに、この機会を逃したらもう一生、伝えられそうにないもの。

「ビアンカ、僕のいないところでフローラに何を言うつもりだよ……」

「失礼しちゃうわねえ。あのね、私とフローラさんだからこそ一対一(サシ)で話したいことがあるわけよ。当事者なんだからそれくらいわかるでしょ?」

 別に今更、回りくどい言い方しなくてもいっか。ぴしゃりと核心を言ってのけると、不肖当事者のテュールはぐっと言葉を詰まらせ、悔しそうに私を軽く睨めつけた。いい気味だこと。

「私に妙なこと吹き込まれたくなければ、大事に大事に閉じ込めてこんなところに連れてこないことね。過保護も度を越すと鬱陶しいわよ! ──さ、フローラさん行きましょ? 露天だから陽が傾くと寒くなっちゃうもの。テュールは父さんの相手でもして待ってて!」

 言いたいことだけ一気にまくし立て、私はフローラさんの華奢な腕をとる。ほんのりと頰に紅をさし、あの、と尚も夫の答えを伺うフローラさんに、テュールは如何にも苦々しい笑みを向ける。

「──まぁ、フローラも……入りたいって言うんなら……」

「決まりね」

 肝心のフローラさんの返答は聞いてないけど、腕をするりと絡ませて戸外へ向かうよう促す。と、フローラさんはますます頬を赤らめて私を見た。えっ、私?

 どうやら嫌がられているわけではないらしい反応に私はちょっと気分を良くして、フローラさんを自慢の露天風呂を備えた宿屋へと意気揚々ご案内したのだった。

 

 

 

 ────っていうか、気づきなさいよ! あンの安本丹ッ‼︎

 

 他のお客様を追い出し……こほん、出払ったあとの温泉でフローラさんと二人きり、浴布を巻いて丁度良い熱さの湯に浸かりながら、私は心の中で激しく毒づく。

 初めはフローラさんが髪を結い上げた時、首筋にうっすら浮かぶ赤黒い斑紋を見つけてしまって。

 病弱とは聞いていたけれど、何か厄介な皮膚の病だったりするのかしら。あら? でも先日、結婚式の準備で髪を整えた時には見かけなかったわよねぇ。そんなあさってなことを考えつつも、とりあえず何も聞かずに案内したのだけれど。

 温泉の地面が滑りやすくて、よろめいたフローラさんを支えた時に気づいてしまった。

 彼女の肌に浮かび上がる無数の痕。あれは────

 フローラさんの肩を支えたまま、はだけた胸元をがっつり凝視してしまった私を見て、フローラさんもようやく気づいたみたいだった。あわあわと身体中を真っ赤にして、何故か必死に謝られながら半ば温泉に身投げをされて今に至る。

 や、天然というか、仕方ないでしょこれ。多分、そういう知識はお持ちでなかったんだろうし。フローラさんを見ていればなんとなくわかる。

 あの子も、ただ単にわかってなかったんだろうけど。多分、やっぱり想像もしなかっただけなんだろうけど。

(がっつきすぎでしょ、あの莫迦……っ‼︎)

 色々話したいことがあったのに、これのお陰でどう話しかけていいかわからない。見るからに初心(うぶ)で無垢なお嬢様に、あんたなんってことしてくれてんのよ‼

 ああ、ほんと、一発くらい殴ってもいいかしら。

 結婚できるほどには二人とも大人なのだし、テュールだけを責めるのは理不尽かもしれないけど。……でも、あの痕をつけたのは十中八九テュールな訳で。フローラさんが自発的につけられるような場所にはどれもついてない訳で。そういうのをさ、これでもかとつけておきながらよ? 私がフローラさんを温泉に誘った時点でフォローしきれてなかったって言うのは……

 うん、やっぱり後で一発はたこう。

 心密かに私がそう決意するのと、フローラさんのか細い声が聞こえたのはほとんど同時だった。

「……あの、……ほんとに、お恥ずかしいところを……」

 なるべく肌を隠そうとしているんだろう、真っ赤な顔を口許近くまでお湯に沈めながらフローラさんが呟く。

「い……いいの、いいの。私こそごめんなさいね、あんな風に見られたらそりゃ恥ずかしいわよね」

 なるべく優しく、これ以上怖がらせないように言ったつもりだったけど、そりゃあ……

 私でもこんな状況、悶死するわ。しない方がおかしい。

「い、いえ、ビアンカさんは何も……本当に、なんて言ったらいいのか……」

「わ、わかったわ、わかったから少し風に当たりましょ。大丈夫よ、私達以外来ないから! そんな風に浸かってたらすぐにのぼせちゃうわ」

 私の言葉に、フローラさんは首まで浴布を巻き直し、きゅっと肩を抱いたまま少しだけ顔を持ち上げる。

「普通にしてて、大丈夫だから、ね?」

 なんだか、フローラさんがずぶ濡れで怯えている子犬みたいに思えてきて、とにかく早く安心して欲しくて、私は懸命に言葉を選んだ。

「……ありが、とう、……ござい……ます……」

 ますます消え入りそうな声で真っ赤な顔を湯の中へと沈ませる彼女を慌てて押し留める。

 ああもう、こんな可愛い子にここまで恥ずかしい思いをさせて。

 つくづくテュール、赦すまじ。

「……あとで、私からも言ってあげるからね。今度からはせめて、もっと見えにくいところにしてもらうのよ?」

「っっ──────」

 ぱく、ぱくと言葉もなく唇を震わせながら、フローラさんがついに固まった。ありゃ失敗したかな? と思いつつも、知った以上は同じ轍を踏ませるわけにはいきませんから。

「ほんと、ごめんねぇ……不肖の弟が。もう夫婦なんだから好きにすればいいとは思うんだけど、やっぱりこんな風に恥じらうことになるのは女の貴女なんだから。やらかした張本人が全く気付かないってのは、さすがにどうかと思うわ」

 溜息とともにそんな風に詫びると、フローラさんはまだ頰を紅潮させたまま、ほんのわずかに目を瞠った。

 やっと目が合って、私は彼女に微笑みかける。

「無理に、連れてきてごめんね。どうしても貴女に……言いたいことがあって」

「……?」

 小首を傾げる可愛らしい彼女の、碧い瞳を真っ直ぐ見つめて。

 ずっと、伝えたかった言葉を解き放つ。

 

 

「……チャンスをくれて、ありがと」

 

 

 本当はね。とっくに分かってたの。

 テュールが、私と再会したあの時には既に、貴女を選んでいたって。分かってた。

 私と話しているくせに、見え隠れする貴女の影。

 私と居るくせに、ここには居ない貴女に想いを馳せてるテュールの瞳。

 無理を通して、水のリングを探す冒険に同行させてもらったけど、テュールの想いはちっとも揺らがなかった。

 貴女に夢中だったからなのか、私はテュールの恋愛対象にすらなれなかった。

 水のリングを手に入れた瞬間に見せた、とろけそうなほど甘く優しい面差しは、今も鮮明で忘れられない。

 貴女とは出会ったばかりで、まだろくに話も出来ていないって聞いて、なんでもっと早く再会できなかったんだろうって思った。

 私が先に会ってさえいれば、テュールは私を選んだんじゃないかって。

 こんなに気があうのに、仲が良いのに、私より相性の良いひとなんているのかって。

 テュールが求婚しようとしているフローラさんを、一目見たかったのは本当。どんな人なのか知りたかったのも、本当。

 でも、本当の奥底には、もっともやもやした気持ちがあった。

 私の方がテュールに相応しいって思いたい、気持ち。

 もしもフローラさんが高慢ちきで嫌なお嬢さんだったら、私が助けてあげなくちゃ。

 もしもフローラさんに他に想い人がいたら、傷つくであろうテュールを私が慰めてあげなくちゃ。

 遅い初恋にのぼせているだけかもしれないんだから、危なっかしいテュールを私が見ていてあげなくちゃ。

 そんな、打算があった。綺麗事の裏に隠し通した、私の醜い、どろどろした感情。

 

 貴女が私を引き留めた時、

 敵わないって、直感した。

 

 わかるわ。あんなに真っ直ぐ、テュールに向けられる気持ちを目の当たりにしたら。

 フローラさんは、フローラさんだってきっと初めから、テュールのことが好きだった。好きで、好きで仕方ないくせに、私の存在を誰よりも尊重したのよ。出会って数分の、その幸せに水を差しにきた女を。

 こんなお人好し、テュールの他に見たことがないわよ。

 私、自分の立ち位置を守ったまま、叶いそうになければ黙ってやり過ごそうとしてた。でも、あわよくば、って期待もしてた。──フローラさんが嫌な人だったらいいのに、なんて、私の方がずっと嫌な女だったよ。

 そんな、狡い私の気持ちを、自分の幸せなんかそっちのけで汲み取って、テュールと向き合うチャンスをくれた。

 逃げちゃ駄目って。私のために、そうしてくれた。

 だから、私はあの夜、言えずに蓋しようとしていた想いを正面から伝えることが出来た。

 だから、テュールは真摯な想いを私に聞かせてくれた。

 たとえ叶わなくても、私の、テュールの……お互いの気持ちは誰よりも深く、理解し合うことが出来た。

 それは紛れもなく、フローラさんのお人好しのお陰だった。

 

 

 今ならわかる。

 再会したのがフローラさんより先でも、テュールはきっとやっぱり、フローラさんに恋をしたのだろう。

 もし先に会っていたら、私はテュールが恋をする残酷な瞬間を、この目で見なくてはならなかったのかもしれない。

 例え、長く過ごした義理で私を選んでもらったところで、きっとテュールも、私も、フローラさんも。誰もこんな風に幸せには、なれなかったんじゃないかな。

 

 

 そう思うのは、

 今が、幸せだから──なんだよね。

 

 

「わ……、わた、しは何も……」

「引き留めて、くれたでしょ? あの場では気丈にしてたけど……フローラさんだって辛かったでしょうに」

 あの時の、呼び留めた時の凛とした姿が嘘のように今、狼狽えるフローラさんに、私は少し苦い笑みを零す。

 そう、凛として。とても美しい立ち姿だったけど、あの時もその手は微かに震えていた。

 どんな想いで、呼び留めてくれたの。

「フローラさんのお陰で、私、自分の気持ちにちゃんと決着をつけることができたの。あの時呼び留めてもらわなかったら──きっと今も、引きずってしまっていたと思う……」

 それが私の精神的に、決して良い状態ではなかったということも、今だからわかる。

 誤魔化そうとした気持ちは、いつか誤魔化しきれないほど肥大しただろう。見て見ぬ振りをした感情はいつか爆発しただろう。そうなった時、テュールとの関係はきっと、今のようでは居られなくなっただろう。

 そんな私をテュールが選んでくれたとして、今度はテュールが、そしてフローラさんが────

 あんなにも強く惹かれ合う二人が、私の所為で結ばれず。そうして得た結末に、どれほどの幸福が訪れただろう。

 すべて、今だからこそ思うこと。

「……姉、なんですって」

 ぽつりと零したその言葉に、フローラさんが伏せていた睫毛を上げる。

「家族を亡くしてしまったから、──せめて、私には……小さい頃のことをただ知っているだけの、いつまでも甘えられる姉さんでいて欲しいんですって。これからも、ずっと」

 ちょっとだけ悔しいけれど。まだ少し、ほんのりと切ないけれど。

「そう言われちゃったら、ねぇ。何だか目が覚めちゃって」

 そう、私には、私にしかできない在り方がある。

 私のことを『大事な姉さん』と呼んだテュール。

 あんなにはっきり私を選ばない宣言かましたくせに、尚も浮かない顔で言い澱んだテュール。私に促されるまま、その胸につかえていた気持ちをやっと吐き出したテュール。

『僕がフローラを望むことで、彼女を不幸にしてしまうかもしれない。……そう思うと、──それだけが、怖くて……』

 選択肢なんて初めからないくせに、最後までフローラさんの幸せばかりを秤にかけて。

 あの子がその手で倖せにしたかったのは、初めから貴女だけ。

 ……そういう悩みを打ち明けちゃえるほど、テュールが心から甘えられる相手は『姉』である私だけ。

 悔しいから、これは教えてあげないけど。

「それに、フローラさんすっごく可愛いし? こんな妹なら大歓迎だなぁ、って」

「そ、そんなことは……」 

「あら、本当よ? だって私、フローラさんのこと大好きだもの。割と本気でテュールから奪っちゃいたいくらい」

 おどけついでに口を突いて出た言葉だったけど、何だかすごくすとんと腑に落ちた。

 ──ああ、そうね。そうだったのね。

 私、フローラさん『も』大好きなんだわ。

 反芻したらなんだか嬉しくなって、フローラさんの華奢な肩にぎゅっ、と抱きついた。

「ビ、ビアンカさん⁉︎」

「ほんっっ……とーに、テュールには勿体ない。あーあ、何で私女なんだろ。男だったら今すぐ奪っちゃうのになー」

「冗談でもやめてくれ! ビアンカが恋敵とか、勝てる気がぜんっっっぜんしない‼︎」

 せっかく気持ちよく口説いているというのに、脱衣場へ続く扉の向こうから聞こえるはずのない怒号が響く。

 反響で静まり返る湯気の中、フローラさんと私はそっと顔を見合わせた。

「……助平。何でいんのよ」

「あんまり長いから、心配で……様子を窺いに来たんだよ。中は見てないし、見ません」

「言われなくてもそろそろ出ますー。ったくもう、信じらんない! いつから盗み聞きしてたわけ? フローラさん、気をつけなさいな。テュールってば覗きの達人かもしれないわよ」

「だから何でそういうこと言うかな……!」

 憮然とした、今にも地団駄を踏みそうなテュールの声を扉越しに聞いていたら、私もフローラさんも可笑しくなってしまって。どちらからともなく笑いが零れ出す。

 ほら、いいじゃない。こんな空間も。

 ちょっと生意気な、男前の弟分と。この上なく可愛らしい妹分と。

 大好きな二人と、笑っていられるこの空間。

 お互いの大好きな人を、大切に想う者同士の、私の誰より大切な人達。

 この幸せを守れたこと。守ってくれたことに、私は感謝してやまないの。

 願わくば、それをくれた貴方達がどこまでも、末長く、幸せであってくれますように。

 

 

「ご心配ついでに言わせてもらっていい?」

「……聞きたくないけど、どうぞ」

「フローラさんに噛み痕つけるんなら、もうちょっと目立たない場所にしなさいよ。このケダモノ」

「────……ッッ⁉」

 

 

 

 

 

 いつでも、帰っていらっしゃい。

 私はこれまで通り、この静かで穏やかな村で、父と共に過ごしていく。

 いつかきっと素敵な伴侶も見つけて、二人に紹介しちゃうから。

 ──この三人の輪に入れる人なんて、なかなか見つからないかもしれないけど、ね。

 

 だから、気をつけて行っておいで。

 また無事に、逢える日が来るって、信じてる。

 

 

 

 

 信じて、いるから。

 

 

 

 




これにてサラボナ篇、完結です。
お立ち寄り下さった皆様、本当にありがとうございました!

明日は奇しくも主フロの日。幕間として、本日分のおまけにあたる記憶喪失if番外(やや長いです)を挟みまして、第二幕より、舞台はポートセルミに移ります。
物語としては実質これにて閉幕で、続きはまるごと壮大に蛇足な後日談です。
ゲームはいよいよ中盤ですけど、この話は俯瞰すればするほどここで終わるのが綺麗だなと…うん…
だというのに今も書き続けているのは、単に私がこの二人にもっと会いたいというだけのことで。よかったら続けてお付き合いを、と申すにはあまりに冗長な物語になってしまっていて、おこがましいことこの上ないのですが。
いつかまた、ちょろっと見かけられた折などに夫婦の様子を覗いて頂けたら、とても嬉しく思います。

※第二幕は朝夕の2回/日更新していきます。
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