Bright Azure ── 輝ける碧【DQ5主フロ】 作:サクライロ
翌朝、まだ辺りが薄暗い頃、僕らはサラボナを出発した。
南東に進むにつれ足場が悪くなっていく。この辺りはあまり普段から人が来ないのだろう。その代わり、魔物が出る。だいぶ日は昇ってきたものの、鬱蒼と茂る木陰や草叢には飢えた魔物が潜んでいて次々に馬車を襲う。──暴れ足りないと豪語する頼もしい仲魔達のおかげで、さほど難なく撃退出来ているのだが。
「先客がおるようですな。血の匂いのお陰で魔物どもが余計に集まっておるようだ」
ピエールの言葉に僕も無言で頷き、改めて父の形見の剣を握り直した。
ルドマン卿の宣言を受け、諦めた者は多かったようだがそれでも無謀な人間は一定数存在する。僕もその一人だが。
炎のリングに認められれば水のリングへの道も自ずと導かれるだろう。ならば、と腕に覚えのある者達がここへ向かうのは至極当然のことと言えた。恐らくは、昨夜のうちに洞窟へと向かった人間がいくらか居たのだろう。──そして、血が流れた。
昨日、僕を威嚇してきた細身の青年を思い出す。彼も洞窟を目指しただろうか。苛立ちはしたが、彼に何かあっては寝覚めが悪すぎる。心密かに彼の身を案じつつ、僕らは洞窟への道のりを急いだのだった。
件の洞窟は、サラボナを出て四日と少し、馬車を飛ばしたところにあった。
日中何時間も走りっぱなしのパトリシアを労い、途中見晴らしの良いあたりや、小さな休息場を見つけては交代で休息をとった。後ろから追いついて来た見知らぬ男達と一言二言交わしたり、悪態をつかれることもあったが、ひとまずこの道中であの金髪の青年に会うことはなかった。
草地が砂地に変わってもう一日半ほど往くと、大きく深い洞窟が口を開けて僕達を待ち構えているのが見えてきた。洞窟の周辺に何頭かの馬や、馬車が繋がれているのが見える──が、そのほとんどは息がない。主が洞窟内を探索する間に魔物に襲われたらしかった。実際、僕らが到着した時にも魔物達が群れて襲いかかってきた。停められていた馬車の中はさすがに空で、見張りはそもそもいなかったか、逃げたのかはわからないが、この場に馬以外の死体がなかったことだけがせめてもの救いだった。
「馬車は入れそうにないね。……プックル、マーリン、それとスラりん。ここでパトリシアを守っていてくれないか? 今回は僕とピエール、ガンドフ、ホイミンの四人で行って来ようと思う」
洞窟から少し離れた、入り口からはすぐに見えない木陰に僕達の馬車を停め、僕は仲魔達にそう采配する。ここに隠していくのは後から来る人間に僕の仲魔を野生の群れと勘違いされては困る為。念の為三匹にしっかりと装備品を預け、最低限の装備と携帯品は多めに整えて、僕達は馬車を降りる。
「ここは御安心を。戦果を期待しておりますぞ」
「うんうん、まかせてー! いってらっしゃーい!」
「まっかせました〜! いってきま〜っす!」
賢者の風格を漂わせるマーリンはともかく、スラりんとホイミンの仲良しコンビによるハイタッチには思わずがくりと脱力しつつ。──いや、場の緊迫感にそぐわぬそのふわふわのんびり癒しっぷり、僕は君達を心から尊敬している。
「じゃあ……、プックル、頼むな」
馴染んだ毛並みを一つ撫でれば、勇ましく吼えて承諾を返してくれる。本当に頼もしい僕の親友。
隣にいなくとも、君達は必ず最善の行動を取ってくれる。
だから、安心して背後を預けていける。
大事な仲魔達と二手に別れ、僕らはいよいよ溶岩が流れる灼熱の洞窟に足を踏み入れた。
予想はしていたが、洞窟内にはとんでもない熱気が立ち込めていた。ただ歩くだけでも体力を奪われそうな、焼けたばかりの熱を放つ地面。煮え立つマグマが沼になり通れない道も所々に見受けられる。正に『死の火山』の名に相応しい場所だった。
ボコボコと噴き出る溶岩からは絶え間なく炎を纏った魔物達が躍り出る。ガンドフの息で冷やせば火勢が一瞬弱まることがわかり、僕達はホイミンのトヘロスとガンドフの息を頼りに慎重に歩を進めた。時折人の気配を感じ奥を見れば、先日ルドマン邸に集っていたであろう屈強そうな男達が幾人か、探索しているのが見えた。どうやらまだ誰も指輪を手に入れていないらしい雰囲気に、僕は密かに安堵の息をついた。
「ところで、あるじ殿。この度はまた何ゆえに炎のリングとやらを?」
何度目かの魔物の襲撃をばっさり斬り捨てたピエールが、彼を乗せて跳ね回るスライムを労いながら僕を振り返り不思議そうに問いかける。
「あ……えっと、何て言うか……」
僕もまた、父さんの剣を納めながら視線を泳がせた。──なんと答えたらいいのか、自分でもよくわからなかった。
「サラボナのまちに、たてがあるんでしょう〜? それをてにいれるためじゃないの〜?」
僕らの周りをふわふわと漂い、トヘロスをかけ直しながらホイミンが唄うように僕の代わりに答える。……うん、確かに、みんなにはずっとそう話してきたし、僕も元々はそのつもりだったんだけど。
今ここに来ているのは、盾のため、と言うより────
「……そうなんですか? フローラじゃなく、ルドマン家の盾が目的で?」
唐突に、棘のある声が僕の背中に刺さる。聞き覚えのあるその鋭い声に、僕は慌ててその主を振り返った。
「──アンディ、さん!」
この間と同じ、吟遊詩人のような出で立ちの金髪の青年が洞窟の壁面にもたれながらこちらを睨み据えている。やはり来ていたのか、というよりも、なんというタイミングで聞かれてしまったのか。
「誤解です。僕の話も聞いてください。僕はそういうつもりでここにいるわけじゃない」
必死に弁解を試みるが、彼の眼差しは面差しに似合わぬ苛烈さを増すばかり。いよいよ憎悪すら込めた視線を躊躇いなく僕にぶつけ、彼は──自らの憤りを落ち着かせるように──息を吐き、瞼を一度閉じてから吐き捨てる。
「言い訳は結構ですよ。ますますあなたには負けられないと思いました。あなただけじゃなく、誰にもね。炎のリングは絶対に僕が持ち帰るんだ!」
語気も荒く、心底軽蔑した表情で。──だが、僕だってこればかりは、誤解されたままではいられない。
「だから、違います! 僕は盾のために来たんじゃない。フローラさんに惹かれた。彼女を欲しいと思ったから、何もせず諦めたくないと思ったから……だからここに来たんだ‼︎」
────言霊。
言葉にしたら、もうこの想いからは逃れられない、
そんな直感に刹那、呑まれた。
僕が張り上げた叫びの余韻が、狭い洞窟の壁に反響する。
アンディは何も言わなかった。僕の言葉を聞いて、微かに瞠目したまま、ただその場に立ち尽くしていた。
そんな彼を正面に見据え──僕は、自分が放った言葉の意味に段々と、顔から火が出そうなほどの熱と、心臓が破裂するほどに暴れ出すような心地を覚えていく。
彼女を欲しい、って。
いつか、ヘンリーに発破をかけた時を思い出す。今の僕の顔は、あの時のヘンリーより真っ赤なんじゃないだろうか。
でも、やっぱりそうだ、とどこか安堵する自分もいた。
恋なんて、したことがない。愛なんて解らないから、この気持ちがなんなのか、全然自信が持てなかった。
いいんだ。彼女を欲しいと、思っていても。
そう言う気持ちだと思っていて、いいんだ。
「……そうでなくては、困ります」
長い沈黙のあと。ぽつり、と低くアンディが呟いた。
きっと酷く赤面している僕の表情を見遣る、その瞳に先程の剣呑な色はなかった。
「では、改めてどちらが先に炎のリングを手にいれられるか。競争ですね。……ええと」
「テュールです」
わずかに言い澱む彼に、急ぎ被せるように名乗る。以前、ちゃんと名乗れなかったことがずっと気になっていた。
好敵手として、名を知っていて欲しかった。
「……テュールと言います。サラボナには、あの日着いたばかりです。着いてすぐに……たまたま、仔犬を追ってきたフローラさんと知り合って」
「それは、恐ろしい程に幸運でしたね」
僕の言葉に、彼はどこか自嘲気味に笑って呟く。
「時間が惜しい。早く探さなくては、他の奴らに────」
そう言って一歩、踏み出したアンディの表情が苦痛に歪んだのを見過ごせなかった。崩折れかける細い身体に咄嗟に駆け寄り、その肩を支える。壁面に押し付けていたらしい腕を包んでいるはずの布地はそこになく、焼け焦げた袖口と爛れかけた腕だけがあった。
僕に火傷を見咎められ、彼は苦く笑う。
「少ししくじっただけです。これくらい……」
「駄目ですよ! なんでこれを放っておくんですか。サラボナに戻れなくなってもいいんですか⁉︎」
僕が頼むより早く、ホイミンが音もなく近寄り彼に回復魔法を施す。触手が触れた場所から赤みが徐々に引いて、それと同時にアンディが目を瞠るのが分かった。僕も彼の腕に手をかざし、ホイミンの施術を手伝う。
「……敵に塩を送るとは、余裕ですね……」
白い光が火傷を癒していくのを眺めながら、悔し紛れと言うように彼が呟く。それをちらりと視界の端に収めながら、僕も答える。
「あなたに何かあったら、きっとフローラさんが悲しむ。……幼馴染なんでしょう」
少し嫉妬が滲むくらい、許して欲しい。
その座は僕には一生得られないものなのだから。
僕が知ることのできない彼女を知っている人。子供の頃から彼女を想い続けていたなんて──想い続けることができたなんて、なんと羨ましいことか。
「魔物遣い、なんですね」
敵意を全く見せず僕らを見守る仲魔達を見遣り、彼がそう小さく呟く。
「はい。彼らに助けてもらいながら、旅をしています」
「そうでしたか。……随分楽になりました。ありがとうございます」
赤みが引き、爛れた痕も大分滑らかになった頃、彼が息をついて僕らに礼を言ってくれた。
「おにいさん、むりしないで〜。これいじょうふかいところまでやけどしたら、ホイミンのまほうもとどかないよ〜」
ほわほわとアンディの肩越しを舞い、その身体に魔物除けのトヘロスを存分に施しながらホイミンが心配そうにそう伝える。可愛らしいその小さな魔物にアンディは毒気を抜かれたように微笑み、触手を少し撫でながら頷いた。
「ありがとう。分かっているよ……でも、僕はまだ退けないんだ。多分、君のご主人もね」
彼の囁きに、僕は無言の肯定だけを返す。
そう、僕達は一緒には行けない。ここからはもう、手助けもしてやれない。
せめて、お互いが無事彼女の待つあの街へ戻れるよう、祈り最善を尽くすばかり。
「命だけは……大事にしてください」
それだけ、告げて僕は立ち上がる。僕に従う仲魔達もまた態勢を立て直した。たった今アンディが来たであろう洞窟のずっと奥を見つめ、僕はそちらに向かって歩き出す。
「──そっちは、溶岩が噴き出して進めませんでしたよ」
去り際に、アンディの怪訝な声が背後に届いて。
肩越しに彼を振り返り、静かに答える。
「でも、道があったでしょう?」
「……本気ですか」
愕然としたらしい彼に、もう僕は答えなかった。振り返らずただ真っ直ぐに見据えた、洞窟の奥深くだけを目指し足を踏み出す。
だから、最後にごく小さく呟かれたアンディの言葉も、もう聞こえないふりをした。
「……どっちが……命知らずだか」