Bright Azure ── 輝ける碧【DQ5主フロ】 作:サクライロ
Ⅲ2Dリメイクきましたね〜!これは子供達と一緒にやりたい!
5s来たら嬉しいんだけど、絶対小説に影響くらう自分は来たらどうしようまだ待って…と祈りながら見てました。いや来たら嬉しいけど!その前に9を、フローラ改悪なしでお願いしたい。天空エディションはそのあと欲しい、連携技と着せ替え実装、みかわしの服フローラとポートセルミのテトラポッドでまったりデート…実現させてくださいお願いします後生ですから……………………(超切実に合掌)
遥か南方の砂漠の国、テルパドールと呼ばれる異郷の城に、伝説の勇者を祀る墓があるという────
真偽はともかく、自由の身になってから幾度となく耳にした噂話だった。とはいえ、それを確かめるにはテルパドールは遠すぎて。これは埋もれた昔話の類ではなかったし、実質テルパドールへと渡る手段もなかったから、地図を見比べた結果、伝説の盾があると噂されていたサラボナを優先した、という事情があった。
今となっては、あの瞬間にサラボナを訪れたことは僕にとってかけがえのない僥倖となった。ヘンリーの異母弟であるデール王には感謝してもしきれない。
「村と呼ぶにも小規模ですが、あちらの大陸には砂漠の中に集落が点在しています。気候によって極端な暑さ、または寒さに見舞われる土地です。なるべく過ごしやすい時間帯を見極めて、集落間を移動する形で歩を進められるのがよろしいでしょう。可能でしたら、港かどこかで案内人を雇われることをお勧めいたします」
「大変有益なご助言、痛み入ります。心づけはどのくらい用意すればよいでしょう? あちらでゴールドは如何程の価値を持ちますか?」
「そうですね。城や港ならまだしも、集落では貨幣は余り意味を為さないやもしれません。あちらにはいない魔物の結晶や宝石を持っていくほうがよろしいかもしれませんね。小さいものでも喜ばれるかと存じます」
その日は朝からポートセルミ港に停泊した大型客船、ストレンジャー号の船長室にて、白髭の船長をはじめ数人の航海士と共に海図を睨みながら、次の長旅についての相談をしていた。
港町ポートセルミに入ったのは昨日のこと。三日ほど前、サラボナを発った僕らは一度ビアンカの住む山奥の村を訪れたあと、このポートセルミに魔法で移動してきた。ルドマン卿所有の船を訪ね、これから世話になる旨を伝えて乗組員の皆様に挨拶させてもらった。夜は酒場で歓迎の宴を開いてもらい、やや酔いを残しつつも翌朝改めて場を設けてもらって今に至る。
テルパドール城のある大陸まではまっすぐ行ければおよそ二ヶ月程度の道程だが、昨今の海の魔物の危険性や、海流の関係や物資の補充といった問題もあり、どんなに早くとも三ヶ月半は見積もりたいとのことだった。僕もできれば途中の村々でもっと話を集めたいところだし、初めて旅に同行するフローラも一緒だから、あまり焦らず進められれば良いと思う旨を伝えた。
「今が六月ですから、あちらの岸に着くのは早くて十月半ば頃。比較的過ごしやすい季節の筈ですが、朝晩は特に真冬の如く冷えることもあるとか。くれぐれも準備を入念になさってください」
あちらの港についても、城に行くにはまず一度岩山を迂回せねばならず、その真西に数百キロの距離。恐らく数週間は馬車を引いて歩くことになる。砂地はひどく足を取られるというから、地図で見れば半月程度の道のりでも、倍以上かかるとみていいだろう。船長の真摯な眼差しに僕は黙って頷いた。
「僕達を下ろしていただいた後、皆さんは如何なさいますか? 単純に港と城を往復したとして、二ヶ月以上はかかってしまうと思います。その間ずっと砂漠の港で待っていていただくのは忍びないのですが」
僕の提言に、航海士の面々は揃って目を見開き、ちらほらと顔を見合わせる。
「……そうですね、二ヶ月ではさすがに大きな町との往復はできませんし……その場でお帰りを待つことになるかと。まぁ、何とでもなりましょうよ」
やや歯切れも悪く航海士の一人が答える。それも想定のうちなので、頷いて更なる提案をする。
「実は、僕は転移魔法を使えます。過去に訪問したことのある大きな街なら、ある程度魔法だけで行き来が可能です。例えば、テルパドールでの諸用が済んだらサラボナへ戻ることもできます。およそ二ヶ月見積もれば、テルパドール岸からサラボナのあたりまでお戻りいただくことができるかと思うのですが、いかがでしょうか?」
今度こそ、航海士達の目の色が変わった。別の場所で合流できれば、今回の長い船旅を、例えば交易に活用してもらうことだってできるだろう。僕としてもこれほど立派な船を遊ばせておくのはもったいないし、どうせ船を出すなら何かしら成果を持ち帰っていただく方がいい。テルパドール岸から二ヶ月程度の距離なら、サラボナ周辺での合流が妥当かなと思う。
それに、これなら砂漠を歩くのも行きだけで良くなるし。特に旅慣れないフローラにかかる負担を減らしてあげたい、という思惑も大いにあった。
初めての砂漠は無理をせずゆっくり歩を進めて、テルパドール首都にも数日滞在し情報を集める。大体それで一ヶ月半から二ヶ月かかるくらいだろう。テルパドールがルーラで転移可能な場所なら、約束の二ヶ月後に何か用事ができて間に合わなかったとしても連絡を取り合うことも可能だから。
「確かに、それは我々としてもありがたいご提案です。若旦那様方はテルパドールへ行った後のご予定は特に立てられていないのですかな?」
「ええ。何にせよ、一度どこかの街に戻った方がいいかとは思いますので……それならサラボナが良いかと考えた次第です。ポートセルミの方がご都合が良いようでしたら、そこまでお戻りいただいても構わないのですが」
その場合は僕達が少し船を待つことになるだろうが、ルーラで他の街を周りながら時間を潰すのも悪くはない。
呼び捨てで良い、と言ったのに、律儀に大仰な呼び方をしてくださる船長に恐縮しつつ答える。船長もまた首を振り、地図を辿ってサラボナからずっと東の岸をとん、と指し示した。
「サラボナに港はございませんが、我々が船をつける時はこの辺りが多いです。地形が少々ややこしいのですが。大旦那様へのご報告も兼ねて、我々も数名サラボナに入ろうと思います。ですので、街で合流いたしましょう。その後の進路については合流後改めて相談、ということで」
「それで結構です。よろしくお願いします」
何とか無理なくまとまった今後の予定にほっと胸をなでおろし、頼もしい航海士の面々に深く頭を下げた。これから軽く半年間はお世話になる方々だ。ルドマン卿の口添えとはいえ、僕のような若造の要望を受け入れ、危険と言われる今の海でこれだけの長期間船を出してくださる。正直、頭が上がらない。
「何、これも不思議なご縁です。お父上の探し物への道筋が今度こそ、見つかると良いですな」
まるで父のような、温かくも低く響く船長の言葉に、また深く頷いた。
信じ難い話だが──僕は昔、この船に乗ったことがあった。ストレンジャー号と呼ばれるこの船は、もう三十年ほど稼働し続けているルドマン卿所有の豪華客船である。かつては卿を乗せあらゆる場所を訪れた船だが、ここ十数年で海の魔物の活動が活発になりすぎて、大陸間の行き来が思うようにできなくなった。昔は定期的に出ていたというビスタ港との連絡船も、今は年に数えるほどしか出ていない。その船でさえ、つい最近まで偽太后の手に落ちていたラインハットの圧力も重なってほぼほぼ廃業状態だった。そう考えれば逆に、ストレンジャー号が航海を控えたのは当時のラインハットに目をつけられることを恐れた、というのもあったかもしれない。というのも、この船の乗組員はどこの傭兵にも負けず劣らずの屈強な猛者揃い。少しくらい魔物に襲われてもどうということはなさそうな布陣なのである。
船長をはじめ、さすがに乗船員すべてが当時と同じとはいかなかったが、今の船長もまた二十年来この船に乗り続けているベテランだった。勿論、父と僕のことも記憶してくれていて、前の船長が話してくれていたという父の話まで聞かせてくれた。他にも数名、僕を覚えてくれていた年配の船員が気安く声をかけてくれたのがありがたかった。
「確かにここ数年、凶暴な魔物が増えた印象はあります。陸のことはわかりませんが、どうもこの辺りで沈む船が非常に多い」
船長が指差したのは、カボチ村のあたりからずっと東の内海だった。その北西には先日結婚式を執り行ったカジノ島が位置している。なかなか危険なところでやったものだ、と今更ながら肝が冷える。
「すみません。ここには何があるのでしょう?」
たった今船長が示したすぐ東側、地図の中心部分に、山を示す記号を見る。見る限り随分と高い山だが、よく見るとその山を有する大陸内の殆どに特記がない。地名らしきものややは勿論、使い込まれた海図なのに走り書き程度の筆跡すら見当たらないのが不思議だった。
「神々の住む地、と言われておりますわ」
ぽつりと答えたのは、隣から覗き込んだフローラだった。
「神々の……」
振り返った僕に、彼女はいつものように、聖女と見紛う優しさに満ちた微笑みを見せる。
「はい。古くからの神を祀る部族が住んでいると、以前読んだことがあります。その大陸はとても不思議な場所だそうで、南に森がありますでしょう? 何度入っても奥には進めない、奇妙な森なのだそうです。その地図もどこまで正確に地形を拾えているか、わからないそうですよ」
「へぇ……」
フローラの言葉に相槌を打ちながら、再び地図へと視線を落とす。同じ世界に在るのに、そんな場所があること自体ひどく不思議に思えてならない。
勇者がいないと入れないという魔界にも似た、神域とでも呼ぶべき場所なのだろうか。
──古い神を祀る部族、
という言葉に引っ掛かりを覚えた。
『……何が光の教団じゃ。儂らは、あやつらが来るまでこの地で平和に暮らしていたのに』
さも悔しげに吐き捨てた、ぼろぼろの布を纏い倒れ臥したご老人。
『今の儂らには、何の自由もない。かつての我らが神を崇めることさえ許されぬのじゃ』
あの忌まわしき場所から逃れた折、耐え難い汚臭と振動に意識が朦朧とする中、ひどく高いところから落下した感覚。
「フローラ。……この山の名前、知っている?」
自分の中で殆ど答えは出ていたが、恐る恐る、隣に佇み地図を見下ろす博識な妻に問うてみた。
きっと、君ももうわかっているんだろう。哀しげな眼差しが一瞬、僕の眼前を過っていく。
……引導を渡されるなら、君がいい。
「確か、──セントベレス山、と言ったかと……思います」
予想を裏切らない妻の答えに、僕はひたすら苦い味の吐息を漏らした。
◆◆◆
かつて伝説の勇者が使ったと言われる盾を求めて、西の大陸にある街、サラボナを訪れたのが今からおよそ二ヶ月ほど前のこと。
その街で、僕は運命とも呼べる邂逅を得た。
生まれて初めて、恋を知った。欲深い自分を知った。嫉妬も、葛藤も、身を焦がすばかりの愛しさも。懐かしい人にも再会した。僕を取り巻く人達の優しさ、尊さに改めて気づかされた、そんな日々。
託してくれる人もいた。応えられないことも、あった。それでも僕は、彼女の手を取ることだけを希んで。
そっと傍に視線を落とせば、欲してやまなかった君が静かに寄り添ってくれている。
誰よりも愛しい君が今、隣にいる。
「準備をしないとね。二週間、忙しくなるよ」
華奢な掌に指を絡ませ、軽く握って声をかけると、君はどこか嬉しそうに微笑み、頷く。
朝一での船上の会議を終え、今は人気の無い埠頭の一角にてフローラがストレンジャー号のキッチンを借りて用意してくれた手弁当を広げて、仲魔達と共に昼食を取っている。
心地よい六月の陽射しが降り注ぎ、潮の香りのする風が鼻先をくすぐっていく。晴天の下、みんなで賑やかにバスケットを囲めば、ピクニックでもしているようで朗らかな心地になる。
出航は二週間後に決めた。船長も言っていた通り、今回は砂漠という未知の場所へと赴く上、長い船旅になる。船出の前にしっかりと準備を整えておかねばならない。
義父であるサラボナの大富豪、ルドマン卿がフローラの持参金として、決して少なくない──それこそ家を一軒建てられそうな金額を持たせてくれていたが、それに頼りきってしまうのは情けない。出立までに少しでも小金を稼いでおきたいとも思う。定職を持たない僕の場合、金になりそうな魔物を狩る、くらいしか金銭を得る手段がないのだけれど。
「確か、火山に宝石を落とす魔物がいたよね? 滝の洞窟でも見かけたけど、あっちは遠すぎるから」
火山に同行したピエールに話を振ると、あそこでの一件をまだ根に持っているのか、露骨に嫌そうな気配を醸しながら頷く。
物理的にも常に鉄仮面を貼り付けている彼だが、割と喜怒哀楽を表に出してくるのが面白い。
「斯様な無茶はなさらぬとお約束くださるなら、お供致そう。確か、サラボナから馬車で数日かかりましたな」
「大丈夫だって、もうそんな奥に潜る必要ないし。入り口の近くで値のつく結晶とかだけを集めてくるつもりだから」
言いながらも、首筋にちくちくと純真な視線が刺さる。フローラが隣から心配そうに僕を見上げているのが、気配だけでわかってしまう。
「あのね〜、ようがんがみちをふさいでてね〜、とおれなかったからね〜、ごしゅじんさまがはしってとおりぬけたの! ホイミン、やけどにたっっっくさんベホイミしたよ〜〜〜!」
いつか言われるとは思っていたが。フローラのサンドイッチを次から次へと頬張りながら、ホイミンが大得意で僕の黒歴史を暴露してくれた。へーすごーい! とやんや喝采するスラりんに鼻高々といった風情のホイミンは、あくまで自分の武勇譚を披露したまでのようだったが、案の定フローラはすっかり身体を強張らせて言葉を失ってしまう。
「もう、しないから。ほんとに……約束する」
申し訳なさのあまり恐る恐る血の気の引いた顔を覗き込んで、その頰を包むように撫でると、彼女はまだ不安そうに僕を見上げていたものの、やっと少しだけ息を吐いてくれた。
「奥方様は如何なさいます。まだ戦いに慣れぬ女人をお連れするには厳しい場所ではありますまいか」
フローラの魔法指南を進んで引き受けてくれたマーリンは、相変わらず無表情ながらも深慮な提言をしてくれる。
「そう、なんだよね……」
顔色を失ったままのフローラをちらりと見遣り、僕も小さく頷く。正直、死の火山は内も外も危険すぎて、フローラを連れていきたいとは思えない場所だ。サラボナから距離があるから馬車がなくては移動が辛いが、洞窟内は馬車が通れるほど広くはない。探索の間は外に留めておく必要があり、しかしその馬車すら魔物に襲われてしまう。見張りを置かなくてはならないからあまり人員を割けない。街で待っていてもらうのが最も安全だけれど、待つだけでは嫌だといった彼女をいきなり一週間近くも一人、置いていくのは忍びない。
「……あの……、もう、わがままは申しませんから……」
肩を縮めた彼女が酷く申し訳なさそうに囁いたが、そんな風に言わせてしまうこと自体が辛くて。
ずっと、役立たずなのだと自分を責めていた。そんなことはないのに、何も出来ないと、僕の足手まといにしかならないと嘆いて。今ここで置いていくのは彼女の葛藤を肯定することになってしまう、そんな気がした。
「……うん。やっぱり、一緒に行こう?」
弾かれたように顔を上げたフローラの視線を受け止めて、できるだけ優しく微笑んだ。もう、不安そうな顔はさせたくない。
眼を瞠る彼女とは対照的に、心優しいガンドフや成り行きを見守っていたピエールがひっそり安堵の息を吐いている。
「フローラは魔物の気配にすごく敏感だし、回復魔法を使えるだろ? 居てくれたら有難いよ。それに、本当に奥へは入らないつもりだから。全員ちょくちょく馬車に戻って休憩も取れるし、帰りは魔法で一気に戻ってこられるから、そこまで大変ではないと思う。──暫く湯を使うことはできないけど、ね」
最後はおどけて言ってみたけど、彼女は「そんなの、平気です」と急いで答えて首を振る。僕の肩に遠慮がちに額を押し当て、噛みしめるように「……ありがとう、ございます」と囁いた。
「ありがとうございます。──少しでも皆さんのお役に立てるように、私、頑張ります」
本当に、なんと心の綺麗な人だろう。彼女の澄んだ決意が、その心根が、僕に活力を与えてくれる。
「うん。頼りにしてる。できれば僕も、君にもっといいところを見せたいし」
冗談めかしてそう告げた。肩に頭を預けてくれる君が愛おしくて、碧い髪に指を絡ませて後頭部をそっと撫でる。すぐに顔を上げた君がうっすらと頰を染めて、気恥ずかしげに言葉を紡いだ。
「テュールさんは、いつだって、……世界一素敵な御方、ですわ」
まっさらかつ直球な彼女の囁きに、僕の方が赤面して固まってしまう。ごほん! と態とらしい咳を一つかましてくれたのはピエール。「いや、今日は暑いですなぁ。暑い暑い。夏はまだだというのに一向に妙な汗が引かぬ」などといい、バスケットに残った料理を次々と平らげていく。
「あ、こらピエール! 僕もそれ食べたかったのに!」
「あるじ殿には隣にとっておきの逸品がござろうが。飯くらいこちらに融通なされ」
しれっととんでもない冷やかしをくらい、益々頭に血が上る。そんな風に言われると、真っ昼間から意識してしまうじゃないか。
ちら、と隣のフローラを盗み見れば、やはり彼女も鎖骨のあたりまで肌を薄紅色に染めて俯いていた。あまりに可憐な横顔に、すぐにでも抱きしめたい衝動が腹の底から湧いたが必死に押し留めた。仲魔達の手前、さすがにそれくらいの理性は残っている。
「おーいしかったー! ふろーらちゃん、ありがとー!」
「うむ、中々の馳走でござった。いやぁ、このような飯にありつけるのであれば、結婚というものも捨てたものではありませんな」
別に、君達の飯のために結婚したわけじゃないんだが。富豪邸の本宅で腕を奮うコック仕込みの料理の腕前は、妙に舌の肥えた仲魔達の胃袋を掴むには十分だったようだ。お互い頰を紅潮させた微妙な雰囲気のまま座り込んでいる僕達を尻目に、バスケットを空にした仲魔達は満足気に頷きあい、腹を撫でつつそれぞれにのんびりと寛いでいる。
……僕が野営で自炊していた頃には「今日は何の魔物の煮込みで?」などと口々におちょくってくれたものだが。腹さえ壊さなければ良い、という杜撰な料理だったのは否定しないが、そんなに酷かっただろうか。今後、折を見てフローラに料理の手ほどきを請うべきかもしれない。
「して、サラボナへはいつ頃?」
この言いようのない空気は誰のせいだと思っているのか。相変わらず飄々と尋ねてくるピエールに、僕は思わず苦笑いを噛み潰す。
「……明日か、明後日かな。少し準備を進めてからにするつもり。とりあえず今日は今の所用事はないから、みんなは自由にしていていいよ。僕は市場を覗いてくる」
「承知。ならば少々、腹ごなしに小物の相手でもしてくるかな」
ピエールの言葉に合わせて、彼を乗せた緑色のスライムがぴょん、と跳ねる。あのスライムが喋るのは見たことがないのだが、ピエールはせっせと飯を分けてやっているようだ。だからこそ、彼の食事量は正直半端ない。食事にこだわるのもその為かと思われる。あのスライムはスラりんとどう違うのだろう、とずっと気になっているが中々聞けずにいる。
彼に同調したらしいプックルが、のそりと立ち上がり僕に目配せをする。「うん、いってらっしゃい」と手を振ると、微かに満足げな表情を浮かべてととん、と足取り軽やかにピエールの跡を追った。
「市へ出るなら、同行してもよろしいか。古本があれば覗かせていただきたい」
「もちろん。マーリンなら好きに見ていて構わないよ。みんなは、どうする?」
「あそんでるー!」
「ホイミンも〜!」
元気に声を上げた二匹の頭をぽん、と撫で、ガンドフを振り返れば、もう眠そうにうとうとと船を漕いでいる。
「あはは、暖かいからね。んー、ここで寝かせてあげたいのは山々だけど……」
港の最端の埠頭だからそうそう人は来ないと思うが、海辺だし日が暮れてきたら冷えてきそうだ。無理にでも馬車に入れるべきか悩んだが、「スラりんたち、ここであそんでるよー!」「ガンドフみてるよ〜!」と青い二匹が言ってくれたので、ありがたく甘えることにした。
「じゃあ、夕飯前に迎えにくるね。もし宿に戻りたかったら、昨日も泊まった納屋の方に行ってくれればいいから。よろしくね」
最後に「海に入っちゃだめだよ?」と子供にする如くな念押しをして、簡単に片付けをしたあとスラりん達と別れた。
港町とはいえ、数年出航を控えてしまったポートセルミの市場は繁盛しているとは言い難かった。それでも多少物珍しい品もあり、先程船長達から聞き込んだ内容を元に店先をつらつらと覗いていく。
夏に向かうこの時期に冬物はなかなか置いておらず、特に靴を探すのが難しかった。砂が入りにくいよう、縫い合わせの少ない丈のある靴が良いと聞いたが、中々見つからない。結局オーダーで作ってくれる靴の仕立屋を見つけて相談し、二週間以内に数足、皮製の靴を仕立ててもらうことになった。
「防寒なら、アルミラージの皮がおすすめかねぇ。この辺じゃ取れないんで些か貴重でね。オラクルベリーならもう少しアルミラージ製品を扱ってるんだろうが、ここ数年はビスタ港にもろくに船が出せていなかったもんでさ」
店主の言葉になるほどと頷く。魔物が持つ素材は、魔物自体が魔力により形作られるが故に特殊な魔力を帯びていることが多い。氷冷耐性の高いアルミラージの皮なら、確かに寒さには強いだろう。
そして、オラクルベリーは世界に名高き商業都市。とても活気のある街だから、ここに劣らず品揃えもあるかもしれない。明日あたり行ってみよう、と脳裏に刻んで、もう一つだけ店主に交渉を試みる。
「アルミラージでしたら多分、伝手があるのですが、持ち込みで割り引いていただくことはできますか?」
「ほう? 面白いね。加工皮じゃなく現物でいけるのかい?」
「はい。何体くらいあると良いでしょうか」
アルミラージは角も中々良い値がつく。ヘンリーと共に父の隠れ家を探索した際、拾った角を何度か換金したことを覚えていた。
「ご注文の靴だけなら、五体もいれば充分だがね。さっきも言った通りこの辺じゃ希少な素材だ。二十くらいまでならうちで買い取ろう。何なら、他の店も紹介するよ」
こんな時、ルーラを使えて良かったと心底思う。サラボナで小金稼ぎをする前に父の隠れ家でアルミラージを幾らか狩ってこよう。ついでに、オラクルベリーにも行ってあの掘り出し物屋を覗いても良いだろう。
「では、明日には手配してお持ちします。よろしくお願いします」
前金として五百ゴールドを支払い、靴の注文を終えた。あとは衣服とテント、食糧などまだまだ大量に買わなくてはならない。水で増える穀類や数ヶ月保存可能な干し肉など、とにかく大所帯なので量も嵩張る。砂漠ではどれほど自給自足が可能なものか。
──最悪、狩った魔物の肉を食うしかないのだが、フローラにそれを強いるのは……
正直抵抗がありすぎるが、彼女はそうやって線引きをされることを望まないだろう。僕達と同じものを食べ、同じ生活をすることだけを望んでくれている。それは痛いほどにわかる。富豪令嬢であった彼女は、しかしそれまでの生活に僅かの未練も見せない。
「ふふ。そういえば、皆さんは甘いものはお好きでしょうか?」
どことなく楽しげに笑ったフローラが、通りすがりの店先で綺麗な空の小瓶を手に取った。
「ん? うん。お菓子みたいなもの? 好きだと思うよ」
保存食の代表格である、いつもの味気ない固いスナックを見繕っていた僕を振り返り、フローラは花のような微笑みをみせてくれる。
「良いことを思いつきました。いくつかこの小瓶を買ってもよろしいでしょうか? あと、果物とお砂糖も」
「もちろん、いいよ。何か作るの?」
「はい。でも、まだ内緒です」
僕を見上げて悪戯っぽく微笑むと、人差し指を桜貝の唇にそっと押し当てる。彼女にしては珍しい、どこか蠱惑的な表情に、どくん、と心臓が跳ねてしまう。
────ああ、もう、可愛いなぁ。
僕の邪な感情には気付かず、楽しそうに果物を選ぶ愛らしい妻の背中をうっとりと眺めていたら、マーリンが古い本を一冊携えてこちらに寄ってきた。
「ひとつ、こちらを買わせていただいた。奥方様は回復魔法以外行使されたことがないとのこと。であれば、簡単な補助魔法から練習されるのがよろしかろう」
「ああ、いいね。本当にありがとう。色々考えてくれて」
相変わらず、冷淡に見えて深慮に満ちた御仁である。それを言うと面白くなさそうな顔をされるのではっきりとは伝えなかったが、彼もまた珍しく緩い息をつき、眼を細めて買い物に勤しむフローラを眺めやった。
「育成し甲斐のありそうな素体を、一から仕込むのは初めてなもので」
……さすがは魔族と言うべきか。それでもその眼差しに少なからず慈しみを感じられるあたり、彼なりに精一杯の親愛表現なのだろう。やがて瑞々しい木苺を二包みほど選んで戻ってきたフローラが「お待たせいたしました」と僕達に並び、歩き出した。
「この後は、お夕食までご用はないのですよね。船長達との待ち合わせのお時間まで、また少し船でお料理をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「うん、もちろんだよ。そしたら僕も少し外に出て来ようかな? 今からなら十分夕飯に間に合うしね」
今夜もまた、船長達と酒場で夕食を共にする約束をしている。夕刻まではまだ数時間あるから、アルミラージくらいなら軽く狩って戻ってこられそうだ。
フローラの細腕には重すぎる、小瓶を納めた木箱をストレンジャー号まで運んでやり、夕刻迎えに来る旨を告げて再び仲魔が遊ぶ埠頭へと戻った。去り際、扉の影に隠れて触れるだけのキスを奪うことも忘れずに。
背後から無言の圧力をかけてくるマーリンに気づかぬふりをして、日向で昼寝中のガンドフを貝殻でせっせと飾り立てているらしいスライム属の二人に声をかけた。すっかりめかしこまされたガンドフを笑いながら揺り起こしたところで、ちょうどピエールとプックルも戻ってきたので、まとめて馬車に乗ってもらいサンタローズへと転移した。相変わらずの荒れ果てた様子は何度見ても胸が痛むが、昨日拵えたばかりの墓標を見つけると少しだけ、心が和らいだ。
昨日、ストレンジャー号に赴き挨拶をした後、宿に荷物を落ち着けた僕とフローラは二人きりで束の間、このサンタローズへと飛んだ。
彼女に僕の故郷を知っておいて欲しくて。ほんの小一時間のことだったが、今も荒廃が燻る村の端々で君は何度も悼ましく表情を歪ませ、黙祷を捧げてくれた。手を合わせ、幾度も頭を垂れてくれた。
当時難を逃れた僅かな人々が建てた墓標の隅に、父の名を刻んだものを並べて建てた。父の隠れ家を見守り続けてくれたお爺さんも、僕達の拙い弔いを見守ってくれた。
「一応、村長だったらしいのに、ずっとお墓がなかったんだ。生死が伝わらなかったから仕方ないけど……父さんの魂の、寄る辺になれたらいいよね」
こういう時、父の好きだったものなど供えられたら良かったのだけど、残念ながら幼過ぎて覚えていなくて。何となく酒は嗜みそうな気がしたので、持ってきた葡萄酒をひと瓶、墓前に添えた。
父の剣を墓前に掲げ、長く手を合わせていたら、どこからか君が野花を摘んできてくれて、父や他の人の墓にも供えてくれた。
「また是非、連れてきてくださいね。……きっとお義父様、喜んでくださっているのではないかしら。テュールさんのお気持ち、お義父様に届いているはずですわ」
どこまでも優しく響く君の言葉が切なくて。黙って頷いて、フローラの肩を抱き寄せた。一緒に手を合わせていたお爺さんも、涙ぐみながら頷いていた。
「辛い、時代じゃったがの。テュール坊が生きとって、こんなに大きゅうなって。今やしっかりとパパス殿の遺志を継いでくれておる。まだ終わっておらん、希望はあると、この老いぼれにも思わせてくれる。それがまことに、奇跡じゃよ」
喉元を苦く、熱く圧迫するものを飲み下しながら、身体に染み渡るお爺さんの囁きをただ聞いていた。
僕が受け継いだものなんてほんの少ししかない。きっと、父が追っていた母の影はまだ端すらも見えていない。母を連れ去った魔の者の正体も────
それでも、意地でも終わらせない。終わったと思えるのは、いつかここに母を連れてくる時。父に全てを報告できた時、それだけだ。
作りたての墓標に昨日と同じく手を合わせて、誓いを新たにしてから洞窟へ向かった。再びお爺さんを訪ねて、近々船で南の大陸へと渡ることを話すと、感極まったように何度も頷いてくれた。
その後、全員でさっくりと数十体のアルミラージを狩り、ついでにとれたガメゴンの甲羅も幾らか馬車に積み込んでポートセルミに戻った。
正直、フローラの用事の隙間に片付けられて良かったと思う。魔物で動物のそれよりずっと大きいとはいえ、兎型の死骸を大量に運ぶところなど、フローラが見たら心を痛めるに違いない。
核を破壊すればその身をほとんど消失してしまう魔物という生き物は、形を崩さず運ぶことの難しさが一層素材としての希少性を高めている。だからこそ、僕のような冒険者らの生活の糧になり得る訳だけれど。
先ほどの交渉から数時間でアルミラージを大量に納品した僕らに、店主は目玉が飛び出るほど驚愕していた。「信じられん。旅人さん、あんた一体どんな伝手を持っとるんだ?」と声を震わせる店主に、ただ苦笑いして「……まぁ、そこは秘密、です」としか答えられない。狩場についても、迂闊に広まるとサンタローズが更に荒らされてしまいそうな気がしたので黙っておいた。
とにかく、お陰で僕達は想定外の収入を得ることができた。靴も前金の分だけで仕立ててもらえることになったし。
僕達は良く知らなかったのだが、このアルミラージという魔物は昔ラインハット王国周辺に多く生息していたものの、素材の有用ぶりから乱獲されて今はあまり見られなくなってしまったらしい。そう言えば子供の頃、外で何度か対峙した覚えがある。希少なアルミラージをまとまった数持ち込んだ者がいるということで、ポートセルミの市場ではその後しばらくあらぬ噂が回ったそうだ。曰く、ポートセルミ周辺のどこかでアルミラージが大量発生しているとか。後日噂を聞きつけた一攫千金を狙う輩がその所在を確かめにここ周辺の探索を強化したとかしないとか、その頃既に船に乗り込んでいた僕達には与り知らぬ話である。
靴屋の店主から同業者を紹介してもらい、十匹程度のアルミラージを手土産に外套の仕立ても依頼することができて、最低限の装備は整いそうなことに安堵しながらフローラを迎えに行った。
ストレンジャー号に上ると甲板まで甘い匂いが立ち込めていて、一緒に上ってきたスラりんが僕の肩の上でぷるぷると身体を震わせ、嬉しそうに声をあげる。
「わー! いいにおーい!」
苦笑しながら操舵室の下に続く階段を降りると、珍しく髪を後ろで結い上げたフローラがちょうど後片付けをしているところだった。
「お帰りなさいませ。こちらもついさっき、調理が終わったところですわ」
にこやかに首を傾げた彼女が示すテーブルには、昼にも劣らぬ手弁当の数々。どうやら今回も仲魔達の夕食を用意してくれたらしい。これを一人で、と思うとつくづく頭が下がる。
「作ってくれたんだ? 大変だっただろう。ありがとう、絶対みんな喜ぶよ」
実際、酒場の料理を適当に運ぶより、フローラの手料理の方が仲魔受けがずっと良いのだ。僕だって彼女が作ってくれる料理の方が好きだし、嬉しい。惚れた弱みもあるのだろうが、つくづく僕には過ぎた妻だと思う。
……彼女に相応しい男にならなくては、と、改めて思う。
「喜んでいただけたら嬉しいです。それと、もう一つ。お試しいただきたいものが」
はにかみながら彼女が差し出したのは、先ほど買った小瓶に詰められた、ルビーのような赤紫色の光沢が美しい木苺のジャムだった。
「これでしたら、熱湯を使ってきちんと封をすれば、普通に置いておいても半年は悪くならないそうです。修道院で教えていただいたのですが。確か、当時も旅の方の為に作っていたものでしたので、お役に立てるのではないかと」
またまた僕は感嘆してしまう。奴隷生活が長過ぎた為だろうか、普段甘味を口にする習慣がなかったので考えたことがなかったが、確かにジャムは保存性に優れていると聞いたことがある。戸棚からいつものスナックを出してきた彼女が作りたての木苺ジャムを載せて差し出してくれた。僕より先にぱくついたスラりんは一口めで瞳を輝かせ、「うわーっ、おーいしー! さいこー!」とキッチン中を跳ね回っている。
「……すごい。美味しい」
僕も受け取って、一口食べてみた。濃厚な甘酸っぱいジャムが、固く味気ないばかりのスナックと合わさるとほろりと絶妙な味わいに変わる。普段食べているものと同じものだなんて、到底思えない。
幼い頃、こういうおやつのようなものをサンチョは作ってくれただろうか。いまひとつ思い出せないのが歯痒い。
「なんか、こう……お菓子、みたいなものって食べた記憶があまりなくて。今まで気にしたことなかったんだけど、……美味しいね」
母の記憶がないせいもあるのかもしれない。まるで幼い子供に還ったような心地で、郷愁にも似た切ない幸福感とともにジャムの甘さをしみじみと味わっていたら、つ、と頰を良い香りの指先になぞられた。つられて見下ろすと、聖母の如く慈愛に満ちた眼差しが僕を見上げていた。
「これから、たくさん作りますから。……一緒に色々、いただきましょう?」
優しく、包み込むように微笑んで、首を傾げて囁く。
こんなにも僕ばかり、欲しいものを与えてもらって。
「……うん。楽しみだな……」
しあわせすぎて、怖くなる。
頰を滑る手を取り、白銀の指輪に恭しく口づけた。
僕の女神。大事な、だいじなひと。
気恥ずかしげに首を竦めた彼女と微笑みを交わし、いくつも積み上がったバスケットを順番に外へと運び出した。船の外で待っていた馬車の面々はそれはもう凄まじい喜びよう。「納屋に着いてからね?」と念押ししつつ、昨夜と同じ宿に向かった。
その頃にはもう陽は傾きつつあって、宿の一階を占める大きな酒場には早くも人がちらほら入り始めていた。階下の大きなテーブルに船長ら見知った顔が陣取るのを見つけ、フローラの手を引いて降りた。そうして互いに今日一日の収穫を報告しあったり、明日以降の予定を簡単に話したりしながら賑やかな夕食を終えた。
明日はオラクルベリーで一日のんびり買い物をして、明後日には一度、妻の故郷に戻る。と言っても、恐らく彼女は足を運んだことがない、辺境の危険な探索地だけれど。
「────怖い?」
一緒にベッドに潜った、どこか幼く見える君の手を握り問いかけると、君は小さく首を振り、幸せそうにほんのりと微笑む。
「あなたが、いて下さるから。平気です」
その穏やかな表情に、僕も微笑んでもう一度、指を絡め直した。
いつか、君に似たあの美しい蒼の洞窟にも連れて行きたい。すぐに行ける場所ではないから今は無理だけれど、何もかも終わらせたその暁には。
化粧を落とした君は年相応のあどけなさを映していて、けれどその白い肌にかかる碧い髪にふと、数回愛し合ったあの昂りを喚び醒まされる。
いい加減獣じみた衝動に辟易しつつ、君の髪を梳いて何とか紛らわせていたら、「……あの」と腕の下からか細い声が聞こえた。
「昼間……お聞きした、火山でのこと……」
言い澱む君を覗き込むと、少し困ったように眉を寄せ視線を泳がせる。
「……うん。心配かけちゃったよね……ごめん。本当、ホイミンのお陰で全然平気だったよ。ガンドフにも冷やしてもらってたし」
こめかみの辺りを包んで撫でると、フローラはそっと瞼を閉じて、僕の紅い指輪をなぞるように掌を重ねた。
「そんなに、……してくださった、のは、……」
消灯した部屋の、窓からぼんやり差し込む薄明かりだけではシーツに顔を埋めた君の表情はわからない。けれど、きっと今、また薄紅色に頬を染めているんだろうということは何となくわかった。触れたままの頰はほんのりと暖かくて、彼女の緊張が伝わってくる気がした。
「──だって。嫌だったんだよ。……誰かが、君に求婚するのだって、見たくないって……」
その、一心だった。身勝手が過ぎたかもしれない。君の意には沿わなくても。それでも、耐えられないと心が叫んでいた。
シーツの中、柔らかな身体を抱き寄せれば、君は甘えるように僕の首筋に頰を擦り寄せてくれる。その髪から、いつものほのかな花の香りがして。
「僕が指輪を持ち帰れば、他の誰も、君には近づけない。……だろ?」
まだ恋の自覚すら覚束なかった頃、駆り立てられるように炎のリングを手に入れる為動いた。
あの時にはもう、とっくに堕ちてた。
「──テュールさん」
澄んだ、鈴のような声が、僕を呼ぶ。
細い腕が僕の背中を抱き締めて、僕もまた愛しさを込めて、彼女をそっと腕に包み込んだ。
「……大好き、です……」
儚い吐息に溶けて届いた、愛しい君のかき消えそうな告白に、理性なんてものはいとも容易く消し飛ぶ。
「僕も、だよ。好きだ……フローラ」
強く、力を篭めて抱きしめあった。滑らかな額に口づけを落とし、お互いの肩を、背を、頰をなぞり合って。港口を示す灯台の光が時折差し込む宿の静かな一室で、僕達は互いの存在を何度も何度も確かめながら、穏やかな眠りへと意識を落としていった。