Bright Azure ── 輝ける碧【DQ5主フロ】   作:サクライロ

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#4. 宝石採集

 相変わらずの茹だる熱気。先日訪れた時より外気温そのものが上がっている所為だろうか、そして先ほどの夕立の所為もあるのか。ねっとりと手足に重たくまとわりつく湿気が疲労を誘う。どこからともなく吠え声のような低い地響きがこだまする洞穴の入口付近で、僕達はしばしば休息を挟みつつ魔物の気配を探していた。

「あの踊る阿呆だけをうまく誘き寄せて狩れればよいが。そう上手くはいかぬな」

 いかにも苛立だしげなピエールの呟きに思わず失笑が漏れる。ただでさえ暑苦しい溶岩の洞窟で、魔物寄せの餌を撒いてもつられてくるのはマドルーパーやホースデビル、そして炎を纏った人型の魔物ばかり。宝石袋の魔物もこれまでに五、六体は狩れたが、拾えた宝石は微々たるもので、この調子では宝石を集める前に僕達が干上がってしまいかねない。

「──うん、一度馬車に戻ろうか。飲み水がなくなる前に」

 所々を溶岩が流れる洞窟内は、その高温の所為もあってか、全体が不思議と朱く染め上げられている。滝の洞窟が一面真っ青だったのとは対照的だ。その溶岩の熱にあてられたのか、色白のはずの頰を緋色に染め、やや息が上がった妻の様子が気にかかった。かくいう自分もここに入ってからというものずっと蒸し風呂状態で、顎や髪からは汗がひっきりなしに滴っている。ちょくちょく水分は摂っているけれど、脱水を起こして倒れては元も子もない。

 今回は他に探索者も見当たらなかったので、洞窟の入口すぐのところに馬車を止めた。中でガンドフとプックル、そしてホイミンがトヘロスで馬車を守りつつ、留守を預かってくれている。

「おかえりなさ〜い! ほうせき、とれた〜?」

 出入口に近づくと、夜の涼しい外気とともにホイミンがいつもの癒し全開で出迎えてくれた。が、探索組の表情は明るくない。

「とけるううぅー! もうとけちゃうー! スラりん、つぎはるすばんしてるー!」

 真っ先に幌の中へと逃げ込んだのはスラりん。洞窟の中でも青い身体をたるんたるんに弛ませ、今にも溶けてなくなりそうな様相でバテていた。苦笑しつつ、手桶に少しだけ水を張って「ほら、ここに入ってていいよ。お疲れ」と声をかけたらどこにそんな力が残っていたやら、目を輝かせたスラりんが瞬時に手桶に向かってばしゃあん! とタックルをかます。「うわぁん、いきかえるー! ありがとうごしゅじんさまー!」と元気にわめくスラりんにくつくつと笑いつつ、残る探索組の面々を振り返った。

「みんなも水の補充をしておいて。少し休んでから、もうちょっとだけ潜ってみよう」

 各々が疲れた様子で頷き、馬車の周辺の岩場に腰掛けていく。みんなの間を心配そうにふよふよと漂うホイミンには「なかなか、難航しててさ」と苦笑してみせ、やはり岩場の一つにくたりと座り込んだフローラの隣に腰を下ろした。

「……顔、赤いね」

 汗の為か、しっとり湿った頰をなぞるとやはりいつもより熱い気がする。

 急に触れられて驚いたらしいフローラが目を見開いた。

「少し、暑かったから……火照っているのだと思います。こうして涼めば、すぐに落ち着きますわ」

「うん。──もう夜だし、このまま休んでいてもいいよ? 僕がまだ動けるから行こうかなって思ってるだけなんだ。スラりんも留守番するって言ってるしさ」

 言いながら仲間達の顔を順繰りに見遣れば、ピエールは参ったと言わんばかりに首を振り「全く、目を離すと何をしでかすかわからぬ方ですからな」と溜息混じりに嘯く。マーリンもまた「奥方様が参られるならば、私めも」と静かに答えた。ガンドフとプックルも同行の意思を示してくれたが、馬車が手薄になりすぎるのも良くない。今一度フローラの顔を覗き込むと、彼女は長く逡巡した後、遠慮がちに言った。

「……できれば、あなたと一緒に行きたい、です。私もまだ、動けますから」

 微笑んで、深く頷いた。疲労は身体に蓄積する。ここまでくる間にも二度ほど動けなくなった彼女だから、自覚以上の負担がかかっている可能性は否定しきれない。けれど、だからこそ自分の限界が以前よりわかるようになっているはずだし、何より彼女の意思を一番に尊重したかったから。

「ご主人。ひとつ、宜しいか」

 自分の革袋から水をちびちびと啜っていたマーリンが、暗いマントの奥の目を光らせてこちらを見た。

「日が昇っている間より、夜から明け方の方が幾分か探索しやすいのではありますまいか。このあと潜る面々で夜半まで休息をとり、そこから探索を開始しては如何かと」

 確かに、まだ暑さは残るとはいえ日中に比べれば今の方がだいぶ過ごしやすかった。洞窟の奥に潜れば外気など関係ないが、今くらい浅いところを探索するなら時間帯を考慮する意味は十二分にある。

「言えてる。じゃあ、そうしようか? 今一、二時間頑張ってそのあと朝まで寝てしまうよりはずっと良さそうだね」

 今から一度仮眠をとって身体を休め、まだ暗い涼しいうちに起きて再び探索する。日が昇って気温が上がってきたらまた休息をとる。確かにこの方が、灼熱地獄による消耗を少しは抑えられるように思う。

 何にせよ、ここでこのまま何日も探索を続けることは出来ない。この暑さで水が悪くなる可能性だってある。飲み水と食糧が尽きるのが先か、僕達の精神力が枯渇しきるのが先か。

「それでさ、ガンドフ。良かったら一緒に来てくれる? やっぱり、冷たい息があった方が助かるなって」

 大きな一つ目に深い慈しみを湛えたこの魔物は、僕の指名に嬉しそうにその表情を緩ませ「オマカセ」と微かに囁いた。優しく穏やかなビッグアイとにっこり視線を通わせてから、改めてピエールへと向き直る。

「そういうわけで、ピエールには次は馬車を守っていてもらいたいんだけど……もちろん、仮眠を取ってもらってからね」

 そう切り出すと、彼は渋々ながらも「まぁ、奥方殿が一緒であるならそうそう問題も起こすまい」と頷いた。起こる、ではなく起こす、って。いったい彼の中で僕の信用はどれだけ地に落ちているのだろう。

 だいたい話もまとまったので、プックルとホイミンに引き続き見張りを頼んで、残りは仮眠をとることにした。岩場の上でそのまま寝る者もいたが、先ほどの夕立でそこかしこが濡れていたため、数名の仲魔達は馬車の中で寝ることにしたらしかった。それ以上場所を圧迫するのも申し訳なく、僕はフローラを誘い比較的乾いた岩場の陰に布を敷いて、その岩にもたれながら休むことにした。

「なんだか、祠に行った時を思い出します」

 身を寄り添って、毛布がわりに僕の外套を二人に掛けたところで、フローラがほんのりと微笑み呟いた。

「ほんとだ。あの時はすごい、どきどきしたな」

 ほんの二週間ほど前のことなのに、随分昔のことのように感じる。真夜中の祠で二人、並んで休息をとったことを思い返して呟くと、隣の君が少し驚いたように目を瞬いてこちらを見た。

「あんな近くに君がいたの、初めてだったから。……緊張した」

 そう、目が覚めたら肩に君の頭がもたれかかっていて、心臓が止まるかと思うほど大きく跳ね上がったんだった。

 今、またそうして僕に体重を預けてくれる君を抱き寄せて、改めて共にいられる喜びを噛みしめる。あの時はまだ、本当に君が来てくれるのか、連れ出せるのか不安で仕方なかった。

「私も、すごくどきどき、してました。……けれど、テュールさんがとっても温かくて、こうしていたら安心して眠って、しまって、……」

 どことなくとろんとした目つきでぽつぽつと囁く君は、ここに来て化粧を落としたままでいることもあってか、いつもよりずっと幼く見える。

 疲れているんだろう。頰に触れてくる君の頭が、心地よい熱を持っている。ふと、汗臭いのではと心配になったけれど、長い睫毛を落とした君はすっかり力が抜けた様子で小さくなっていて、あまりの愛らしさにそんな懸念は呆気なく吹き飛んでしまった。

「今も、眠っていいんだよ。……お休み」

「……おやすみ、なさい」

 髪を撫でると、甘く優しい声が小さく返事をしてくれる。

 それだけで僕はすっかり幸せで満たされて、子供のように温かな手をとり指をそっと絡めた。微かに感じる息遣いと心地良い花の香りの中、僕は束の間の眠りへと緩やかに意識を落としていった。

 

 

 

 周囲が動く気配に目を覚ますと、先に起き出した面々が次の探索の準備をしているところだった。

「お幸せそうな寝姿でござった。いやはや、声をかけては無粋かと」

 声音ににやにやと笑いを含ませたピエールがここぞとばかりに冷やかす。僕は黙って聞こえないふりをしたが、一緒に目覚めたフローラは素直にも顔を赤らめ俯いていた。

 寝ずの番をしてくれていたプックルとホイミンを労い、軽食で小腹を満たしてから洞窟探索を再開した。

 やはりガンドフがいてくれると暑さが大分和らぐ。場所が場所だけに炎に強い魔物ばかりなので、彼の吐息は抜群の効果を発揮した。魔物を狩りやすくはなったが、やはり中々踊る宝石には遭遇しなかった。そろそろ夜が明けてしまう。何かもう少し良い方法はないかな、と思考を巡らせたその直後。

「────きゃ……っ!」

 火の粉が舞った。岩棚の上方に潜んだ魔物がフローラめがけて躍りかかる様が視界に飛び込んだ。咄嗟に両腕で頭を覆ったフローラを引き倒し抱き止めた瞬間、一筋の青い光が視界を凪いだ。

 え?

 思考の前に、雪混じりの凍てつく風が吹き荒れ火勢を緩ませる。ガンドフの息とは違う、吹雪か? そう直感した瞬間にも奇襲を阻まれた魔物達は激昂し我先にと飛びかかってくる。ガンドフの息と風魔法で応戦しつつ、慌ててマーリンを振り仰いだ。

「マーリン! 今のは」

「指輪か。気づかなんだ」

 無感情に言い捨て、彼は一際大柄なホースデビルを強烈なメラミで射抜いた。グガァ‼︎ と絞り出すように吼えた、馬面に山羊の角を持つ悪魔は筋肉質の腕を大きく振りかぶりガンドフの脳天を割ろうとした──のをぎりぎり滑り込み剣の柄で受けたが、重すぎて耐えきれない。このままでは折れる、その直感と共に衝撃を右肩に逃がしたのとマーリンの追撃が入るのがほぼ同時だった。

「テュールさん‼︎」

 澄んだ、悲痛な声が響いた。焔玉に呻いたホースデビルが前のめりに倒れ臥す。岩のような拳がみしみしと右半身にめり込んだ。歯を食いしばって身を屈め、渾身の力で剣を薙ぎ腹を蹴り上げて、力の逸れた方へと身体を逃した。ズシン、と重い音を立てすぐ横に崩れ落ちた魔物を視界の端に確かめて、よろめくままに膝をつき顔を上げる。

 ほとんど無意識のうちに右肩に回復魔法を施し、荒く息を継ぎながら辺りを見回した。炎の魔物はほとんどガンドフが処理してくれていて、幸運にも宝石袋の魔物も二体ほど狩れていたようだった。背後に倒れたホースデビルも事切れているらしい。──苦悶に歪んだその顔に、ずっと昔目にした馬面の魔物が脳裏を掠めて怖気を感じたが、瞼を閉じて振り切った。父の剣が壊れていないことを確かめて安堵したところで、フローラが駆け寄ってきて泣きそうな顔で回復魔法を施してくれた。

「だ、だいじょうぶ……、ですか」

 応急処置的に治癒したから直後の痛みはだいぶ治まっていたが、フローラのベホイミはひどく温かく損傷に沁みていく。

「大丈夫。本当、昔から頑丈だけが取柄だから。……でも、真正面から受けちゃだめだね、やっぱり」

 彼女の前では格好つけていたかったのにこれでは、さすがにばつが悪い。思わず自嘲気味に笑って言ったけれど、彼女は涙を堪えるように黙って唇を噛み、今一度の回復魔法を僕に施した。

 回復術は怪我に反応して魔法をかける手に熱が返る。治癒の反発が大きいほど──つまり大きい怪我を治すほど、より熱く強い衝撃が手元に返る。逆に治ってしまえば熱は感じないから、重ねがけすると言うことは一度で治癒の熱が消失しなかった、と言うことで。

 思った以上の損傷を負っていたかもしれない。何より、フローラに無様なところを見せて、心配までかけてしまった。

「……ごめんね。ちょっと、過信しすぎた」

 もうちょっと早く反応できれば受ける前に斬りつけられたし、受け流して斬り返すこともできた。未熟と慢心の証拠だ。うろ覚えの父のスタイルをなぞって習得した独学の剣技は防御には向かない。早い斬り返し、数歩先を読む判断で常に先手で敵を薙ぐ。大人になり自由を手に入れてから改めて再現しようとしたあのスピードは最低でもこの要素を踏襲しないと成り立たない。まだまだだな、と思いつつ、やはり心配そうに僕を見上げる瞳を見下ろして微笑んだ。

 せめて、安心してほしかった。

「あ、そういえばさ」

 施術を終え、僕の肩に添えられた華奢な手を取った。左の薬指には白銀に蒼の瞳が美しい細身の指輪が、変わらぬ清廉な輝きを放っている。

「さっきの吹雪……、この指輪が?」

 黙ってフローラの施術が終わるのを待っていてくれたらしいマーリンが、静かに頷きながら歩み寄った。

「恐らく。発動の直前、その石が光りました。魔道具の一種なのでしょう。ご主人の指輪も何がしかの力を秘めておられるのでは」

「全然気づかなかった……こういう魔道具って使ったことがないんだけど、かざすだけじゃ何も起こらないよね? いわゆる魔導の杖みたいなものなのかな。使い方がわかるなら教えてほしい」

 ただ手をかざしただけでいちいち魔法が発動していたら大変だ。婚礼会場や別宅が恐ろしいことにならなくて本当に良かったと思わなくては。

 今回だって、フローラは意図して発動させたわけではなかっただろう。不用意に発動させないためにも、また今後有用にしていくためにも扱い方を知っておきたいのだけれど。

「そうですな……私も杖、といったものはあまり使ったことはありませぬが。魔力や契約を必要とせず、思念で発動させるものと聞いたことはあります」

「……思念? ごめん、いまいちイメージが……あ、イメージしろってことかな? 頭の中に思い描く、ってこと?」

「恐らくは。キメラの翼なども簡易な魔道具の一種ですが、あれは着地点を思念で探りますな。あの感覚に近いかと」

 同じく真剣に話を聞いていたフローラと、神妙な面持ちで顔を見合わせる。マーリンの言うことはなんとなく理解できたが、こればかりは使ってみないと感覚が掴めないという気がした。

「魔物の気配がしたと思ったら、頭上から炎が……それで焦って、身を庇ったのだと思うのですけれどよく覚えていません。どうしてあそこで発動したのか……」

「イメージっていっても、そもそも魔法が発動すること自体知らなかったんだしね。何だろう、炎だったからかな? ほとんど無意識に消さなきゃ、って思ったとか」

 フローラは尚も首を傾げつつ「そう……かも、しれません」と頷いていた。そうなると気になってくるのは僕が身につけている炎のリングだ。どうしたって炎なのでここではあまり意味を為さなそうだが、どんな魔法が秘められているのか正直すごく興味があるし、楽しみでもある。

 でも、──そうか。

 僕とフローラの繋がりを示す一対の指輪。水のリングを見つけた時にはまるで指輪に君を封じ込めたかのように、君の気配を掌の内に感じた。君のためにと手にした指輪が今、君を救うために秘められた力を発現させてくれたのだと思うと。

 にやけてしまっていたのに気づいたんだろう、フローラが不思議そうに僕を見上げた。苦笑して頭を振り「ありがとう。すっかり良くなった」と囁いて、手を引いて立ち上がった。

「私の方こそ……、庇ってくださって、ありがとうございました」

 目尻をほんのりと愛らしく赤らめた君が、そっと顔を寄せて僕にだけ聞こえる囁きを返してくれた。仲魔の前で恥じらっているのか、彼女らしく控えめに示してくれる好意が嬉しくてつい、表情が緩んでしまう。

 回復術を受け指輪について話し込んでいるうちに、たった今殲滅した魔物達が身体を失い次々に結晶へと変わっていった。ガンドフがのそのそと拾い集めてくれたそれを財布代わりの道具袋に納めたところで、区切りも良かったのでみんなで休息をとることにして馬車に戻った。

 結局、ここまでで狩れた『踊る宝石』は十数体ほど。小金程度なら悪くないかもしれないが、掃討作戦には全然足りない。どれだけあっても足りないことには違いないけれど。

 今度は木陰に馬車を移して改めて野営地を作り、時折聖水を撒きつつも日が暮れるまでそれぞれのんびりと身体を休めた。

 夕方には妙案を閃くことを祈って、お陰で僕はうたた寝の最中、宝石袋にまみれて嬉しい悲鳴をあげる夢を見た。

 ……逆夢にならないことを祈るしかない。

 

 

 

 そうして、死の火山に着いて丸一日が経過した。夕刻、また雑穀粥を拵えてみんなで分けあいながら、つらつらと気になることを話し合った。

「やっぱり、踊る宝石だけ会う回数が減ってると思うんだ。前はもう少し頻繁にぶつかった気がするんだけどな……」

 魔物から得た結晶は今朝方の狩りで道具袋を一つ一杯にした。さすがに狩り尽くしたということはないと思うけど、体感として踊る宝石に遭遇しづらくなっている、という気がする。

「その、指輪がヒトの手に渡ったから、ということはありませんかな」

 物静かなマーリンの提言に目を上げると、遠慮のかけらもなく四杯目のおかわりをよそっていたピエールもまた頷いた。

「ありそうではある。とびきりの宝の気配が失せたので住処を変えている、ということも」

 思わず、自分の左手をじっと見つめた。そういえば滝の洞窟でもあの宝石袋には遭遇したけれど、それ以外の場所では凡そ見たことがない。

「あの阿呆どもの生態など拙者は知らんが、随分と宝石に執着しておるように見えたものでな」

 心底うんざりと言った風情でピエールは言ったが、僕も正直気になってはいた。例えばフローラの身躱しの服、胸に大きな橙色の宝石が飾られている。この石の魔力で身のこなしを補助する女性用の特殊な旅装なのだが、遭遇した『踊る宝石』の多くがフローラに──恐らくはその胸許の宝石に誘われるように寄ってきた、ように見えたのだ。

 だからと言って、彼女を囮にする気はさらさらない。危険に曝すことが言語道断であるのはもちろん、ああ見えて『踊る宝石』は奇術を幾つも使ってくる。もし混乱の術、メダパニをかけられてしまったら、正気に戻った時彼女はどれほど自分を責めることか。

 よしんば宝石で釣れたとしても、餌として撒けるほど数に余裕があるわけでもなく。

「……あの、この石、外しましょうか」

 おずおずとフローラが申し出てくれたが、微笑んで断った。

「大丈夫だよ。フローラを守るためのものは、どんなにちょっとしたものでも身につけていてほしいな」

 これもまた本心からくる言葉だったし、殊勝な彼女もすぐに僕の願いを飲み込んでくれた。代わりに、意味のある提案かはわからないけれど、と遠慮がちに切り出した。

「宝石、でなくては意味がないのかもしれませんが……一度、私の装飾品をお試しいただくのはどうでしょうか? 耳飾りと腕輪くらいしか手元にありませんけれど」

「そうか、光り物が好きって可能性もあるよね。でも、いいの? 似合ってるのに。高価なものなんだろうし」

 率直な懸念を口にしてみたが、フローラはやはり穏やかな表情のまま首を振った。

「良いのです。魔力が込められているということもありませんし、思い出の品というわけでもありませんから。……この指輪だけ持っていられれば、私は十分です」

 そう言ってやわらかく微笑んだ彼女は、薬指の清らかな輝きを愛しげに撫でた。

 どうしてこうも健気なのか。このたった二週間程度の間にも普通では考えられないほどの苦労をかけているというのに、君は僕と揃いの指輪さえあればいいと笑ってくれるんだ。

「ありがとう。……できるだけ、傷つかないようにするからね」

 思わぬ怪我を招かないよう、彼女は指輪以外の装飾品を旅立った頃から外していた。懐からそれらを出してくれたフローラに、大事に受け取りながら言葉を返した。

 食事を終え、夜風が心地よく感じられる頃、再び洞窟探索へと繰り出した。

 今度の面々は僕とフローラ、ずっと留守番組だったプックル、そしてガンドフとピエール。マーリンも引き続き志願してくれたが、昨夜から炎魔法のみで戦い続けている彼の魔力は休息をとったとは言え万全とは言い難い。彼は何も言わないが、恐らくはフローラに魔法を実践して見せてくれているのだろう。そんな気遣いを感じられるが故に心苦しかったが、今回は馬車番がてら休んでもらうことにした。

「指輪の力を使うなとは申しませぬが、くれぐれも味方を巻き込みませんよう。魔力を要しない分、使いこなせれば有用には違いありませぬ」

 これまでの数日間で師弟としての信頼も育まれているのだろう。真剣な面持ちで頷くフローラに助言を与え送り出すマーリンの姿はすっかり、愛弟子に対する師のそれだった。

 さすがに昨夜からの探索で入り口近辺の魔物は狩り尽くしてしまったようだったので、もう少し奥の方まで進んでみることにした。

 何度か狩場を変え、見通しのよい拓けたところを選んで岩の上に布を拡げた。そこにフローラの装飾品を置く。金色が美しい繊細な耳飾りと腕輪が辺りの朱い空気を反射して輝いた。

 程なく僕らの気配に寄ってきたマドルーパーの群れに紛れて、二、三体の踊る宝石が姿を現した。相変わらずの俊敏さでプックルが次々に喰らい付き、袋に穴を開けてはぼろぼろと宝石を零していく。踊る宝石はスライム並みに背が低い上、ぴょこぴょこと忙しなく跳ねる。なぜか殺気をほぼ感じないため、いつの間にか接近されていることも多々あった。ピエールや僕にはその動きがやや捉えづらかったのだが、プックルには割とやりやすい相手だったらしい。

 袋をプックルに任せマドルーパーを相手しているうちに、地面に散らばった宝石に更につられるように宝石袋が数体顔を出した。そちらにも活き活きと噛み付いては穴を開けていくプックルが頼もしい。

 中身をほとんど失った宝石袋からひらりと地に落ちてただの布切れのようになっていく。哀愁を誘う最期に心の中で手を合わせた時、突然プックルが雄叫びをあげながら洞窟の奥めがけて駆け出した。

「プックル⁉︎」と慌てて呼ぶと足を止めたが、どこか怯えた顔で振り向き、頭を大きく振りながらこちらに飛びかかってきた。

 ────メダパニか!

 舌打ちしつつ、勢いよく跳躍してきた彼を抱き止め転がる。何とか身体の下へと組み敷いたがさすがに抑えきれず「ガンドフ、手伝って‼︎」と一際身体の大きい仲魔を呼んだ。グォオ‼︎ と肚に響く咆哮を繰り返し暴れるキラーパンサーを二人掛かりで抑え込み、急ぎ道具袋に手を突っ込んでぼろぼろのリボンを探り当てた。混乱症状に特効薬はないけれど、プックルになら。

「落ち着け、プックル‼︎」

 叫び、無理矢理に匂いを嗅がせた。それでもしばらく暴れていたが、やがてじわりと焦点を結んだプックルが鼻先のリボンを軽く食んだ。ほっとして喉元をくすぐると、リボンを離してぺろりと掌を舐めてくれる。

 ……良かった。

 安堵と同時に、やはり混乱は怖いな、と痛感する。解毒剤のようなものがないから眠らせるくらいしか対処法を思いつかないが、あいにく誰も誘眠の呪文は覚えていない。

「プックル、馬鹿力……」

 グルル、と申し訳なさげに眦を下げたプックルを、思わずくたびれた笑みと共に撫でた。一先ず大事にならなくて良かった。その頃、残党を片付けていたピエールと彼を援護してくれたらしいフローラがこちらへと駆けつけてくれた。

「大丈夫ですか! 皆さん、テュールさんもお怪我を……」

「ありがとう。大したことないよ、少し爪が当たったくらい」

 暴れるプックルを抑えつけたから、多少なりとも引っ掻き傷が出来ている。僕らを見渡すなり、フローラは近くのガンドフから順に治癒魔法を施し始めた。起き上がったプックルと僕を素早く検分し「メダパニであったか。全く、阿呆のくせに忌々しい術ばかり使う」などと呟いたピエールはつくづく踊る宝石とはそりが合わないと見える。

 曰く、魔物だというのに戦意もない、頭を宝石に占められすぎて物事を考えもしない阿呆の分際で小賢しい術をいくつも使ってくるところが極めて腹ただしいのだそうだ。そう言われると確かに、思考のしっかりした魔物よりは本能で動く動物に近い性質なのかもな、と思ったりもする。

 ──その、白い袋の魔物が、視界の端に映り込んだ。

「待った‼︎」

 叫ぶと同時に駆け寄って、岩場の上で蠢く袋に飛びついた。うっかりプックルに気を取られている間に、岩の上に置き去りだったフローラの耳飾りを飲み込まれてしまったのだ。他にも落ちていた宝石を拾い食いしたらしいこの踊る宝石は、えらく重たく膨れ上がった身体をじゃらじゃら言わせつつ、尚も腕輪を欲して僕に捕まったまま懸命に舌を伸ばす。

「駄目だって! 今の出せって、頼むから‼︎」

 こっちも激しく気が動転している。何とか取り戻せないかと舌を出したままの口に手を突っ込んで袋の中を弄ったら、おえっ、とえづいた踊る宝石の口からどざざざざざ‼︎ と大量の宝石が地に溢れた。びっくりして一瞬固まった僕を尻目に「おお、豊作豊作」などと謳いつつ近づいてきたピエールがひょいひょいそれらを拾っていく。

「耳飾りは⁉︎ ピエール‼︎」

「……残念ながら。これですかなぁ」

 ふむ、と怪訝な声で彼が摘まんで見せてくれたのは、半分溶けて結晶化した耳飾りの残骸だった。ぞくり、と背筋に怖気が走る。踊る宝石とはもしかして、腹に入れたものを宝石に変えてしまう魔物なのか?

 咄嗟に、魔物の口に突っ込んだ掌ごと身を引いた。自由になった踊る宝石は改めて餌を求めて跳ね回る。

 手首の腕輪がわずかに変形し、まだらな石に変化しかかっていたものの、手そのものは無事だった。鉱物だけを溶かすのか、もし左手だったら炎のリングはどうなっていただろうか。今のが右手で本当に良かった。

「いっそもう一度食わせ直して、吐かせた方が役に立つやもしれんよ。奥方殿もこれでは身につけられまい」

 僕ではなく妻に承諾を求めたピエールに、彼女は迷いなく頷いたが、その表情は些か複雑そうだった。

「私は構いません、が……少し、可哀想ではありますね……」

 一部始終を固い表情のまま見守っていたフローラは、愁いを帯びた眼差しを袋の魔物に向ける。

 結果倒してしまうのならその方が哀れと言えなくもないが、その感覚は女性である所以なのかもしれない。……とはいえ、解らなくもない。この踊る宝石はどうやら本当にあまり害のない魔物だ。敵愾心剥き出しで襲ってくる他の多くの魔物とは違い、単に僕らの持ち物を餌として見ているだけだ。敵意を感じない相手に手を下すのは無益な殺生を行っているようで、正直気持ちの良いものではない。

 そうこうしているうちにフローラの腕輪をも飲み込んでしまった踊る宝石がぴょんぴょこ跳ねつつ何処かへ行ってしまいそうになったので、慌ててもう一度捕まえた。「これも食べる?」ととりあえず道具袋から魔物の核を取り出すと、べろんと器用に舌で巻き取る。あ、食べるんだ。共食い? などと思いつつ、今一度フローラを振り返った。

「じゃあ……ごめん。耳飾りも全部宝石に変えさせてもらうよ。その代わり、吐き出させたら倒さずにこのまま帰そう」

 また甘いことを、と溜息混じりにピエールが僕を見る。つい苦笑が漏れてしまうが、僕だって別に見境なく魔物を殺したいわけじゃない。フローラが可哀想と言ったのは無理矢理吐かせるという行為のことだろうけど、逃がすと聞いてそれはそれでほっとしたように見えた。

 踊る宝石の前に半分結晶化した金色の小さな飾りを転がしてやると、嬉々としてぺろりと飲み込む。

「ちょっと、ごめんね? 今のだけ返してね」

 踊る宝石には理不尽だろうが、こちらにも事情がある。無事吐き出してくれることを祈りつつ再度右手を差し入れた。やはり苦しげにおえぇと呻いた袋が、今度はぽろぽろとたった今飲み込んだばかりの異物を吐き出した。ついさっきまで装飾品や核の結晶だった異物達はどれもこれも、特に腕輪は大きさも申し分ない見事な宝玉にその姿を変えていた。

 やっと解放され、不服そうな踊る宝石が何かの術を発動させる前に空になった口へと結晶片を放り込む。むぐむぐ、としっかり反応して飲み込む姿は思いの外可愛い。「無理に吐かせて本当にごめんね。これ、お詫び」と道具袋の中の結晶をざらっと地面に撒いてやると、踊る宝石はふたたび跳ねながら結晶を次々に食べ始めた。

「あれはいいので?」

「うん。お腹空っぽにさせちゃったし……お陰でたくさん宝石が手に入ったから、これくらいはね」

 踊る宝石の食事を邪魔しないよう声を潜めて囁きあい、仲魔達の背を押して帰還を促した。折角、期せずして大量の宝石を得られたのだ。これ以上欲をかくまえに撤収してしまったほうがいい。

 そっとその場から立ち去りかけた時、ぴょこぴょこ跳ねていた袋の魔物が動きを止めてじっとこちらを見ているのに気がついた。

 ……なんだろう。もしかして、一緒に行きたいと思ってくれたのかな?

 振り返って目を合わせてみたが、魔物は感情の伺えない気の抜けた顔を一度瞬かせると、足元に転がった結晶を全て舐め拾ってから洞窟の向こうへとびよんびよん跳ねつつ消えていった。

「あれはもう、やっていけんかもしれんなぁ……」

 その背を黙って眺めていたピエールが低い声音でぽつ、と独りごちた。

「え? ……どういうこと?」

「いや。いかんせん宝石阿呆ですからな、致し方ない」

 餌付けのようになってしまったのが良くなかっただろうか。相方の言葉の意味が僕にはよくわからなかったが、もう踊る宝石は白い影すら見えなくなってしまっていたから。それ以上の縁はなかったのだと自分に言い聞かせて、僕は目で追うことを諦めた。

「……あ、テュールさん」

 洞窟の出入口に向かう途中、フローラが軽やかに駆け寄り僕の隣に並んだ。

「こちら、テュールさんの持ち物ですか」

 彼女が差し出してくれたのは、プックルを正気に戻したぼろぼろのリボンだった。大切な思い出の品をフローラが拾っていてくれたことに胸が熱くなるのを感じながら、「うん、そう。落としちゃってたんだね。ありがとう、拾ってくれて」と感謝を口にしつつ受け取った。

「……これ、ビアンカにもらったんだ。子供の頃に」

 よれよれのリボンを見つめながら呟いたら、隣のフローラがわずかに瞳を揺らめかせて僕を見上げた。

 どこか不安げにも見えるそんな彼女に、僕は精一杯、慈しみを込めた微笑みを向ける。

 君に隠すことなど何もない。君さえ嫌でないなら、知っていてほしい。僕が歩いてきた時間のこと、全部。

「あとで、聞いてくれる? プックルと出会った時の話」

 顔を覗き込んで訊いたら、優しく微笑んで頷いてくれた。

 リボンを小さく畳んで道具袋にしまい、改めて彼女と指を絡めた。軽く顔を見合わせて微笑んでから、少しずつ明るくなる空の下、僕達を待つ馬車の元へと戻っていった。

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