Bright Azure ── 輝ける碧【DQ5主フロ】   作:サクライロ

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#20.5 呪いの伝承~side Juno

【side Juno】

 

 そもそも、確実に継承できるのが男子だけだった。

 通常の魔力とは違い、伝説の姉妹の力────特に先を視通す占の力は女にのみ発露する。だが、女の力は必ずしも子に遺伝しない。母子間では凡そ三割程度の確率で稀少な力が削ぎ落とされる。永く血を守ってきたテルパドールの民はその事実に気づいていた。更に女は妊娠すると遺伝に因るものか、一時的、もしくは永久にその力を失う。だからこそ国は女王が守るが、その実子が直に玉座を継ぐことはあり得ない。女が重用されることの多いテルパドールだが、長い目で見れば、最も守るべきは最古の血統を継ぐと言われる家系に生まれた男子なのであった。

 実際テルパドールには継承力の高い旧い家系が多数存在する。血の近しい者同士で繋いでいった結果、子が奇病を患い夭折することも多かった。そういった子らを忌み子と呼び、淘汰した時代もある。一説には強すぎる力を受けきれず器が『変形』するのだとも言われる。王家に血筋を限定しない理由の一つでもあった。

 力の現出の仕方にもばらつきがありすぎた。例えば力ある母、優良な因子を持つ父を双方同じくする、血を分けた姉妹であっても、その力が発現するか否かは神の気まぐれに委ねるしかない。

 安易に血を絶やしてはならぬ。呪いとも呼ぶべきその力を、この大陸の民は愚直に繋いできた。モンバーバラの姉妹達の遺志を継ぐ者として。

 シューレン家はテルパドールに於ける中流階級の家柄だ。祖先に多少力の強い者を輩出したこともあったが、両親は至って普通、特筆すべき能力はなかった。ゆくゆく女官長として女王を支えることになるユノはこの家で第二子として生を受けた。他に歳の離れた姉と、王城に出仕した後誕生した身体の弱い弟がいる。

 彼女は生まれつき、類稀なる魔力の持ち主だった。占術は並みの技量だったが、伝説の竜の魔術師マーニャを彷彿とさせる強力な炎魔法を操り、わずか十歳にして集落を襲った魔物の群れをほとんど一人で壊滅させた。大人数人いれば問題ない程度の脅威だったとは言え、十になったばかりの少女が一人で魔物を殲滅したという噂は心ばかりの畏敬、それと好奇と畏怖を伴って、たちどころに近隣に広がった。

 程なく、当時既に高齢であった前女王の女官従きとして召し上げられるが、彼女の能力を買ったある名家がシューレン家に縁組の打診をした。既にユノの出仕が決まっていたシューレン家は一度は断ったが、相手方の熱意に負けて代わりに適齢期の姉を輿入れさせた。姉には他に結婚を望む相手がいたとかいないとか、両親がユノに直接話したことはなかったが、聡い彼女の耳にはそういった聞きたくない話もぽろぽろと漏れ聞こえたものだった。

 姉が嫁いで数年後、生まれたばかりの子と共に若き命を散らしたと、王城に仕えるユノの下に報せが入った。

 この時初めて姉の夫という男が訪ねてきて、舐めるような眼で自分を品定めしていったことをユノは覚えている。両親は姉の死について以外何も伝えて来なかったが、男は、もしもユノが近い将来王位を得られなければ官を辞して嫁ぎに来い、と平然と言い放った。元々お前が欲しかった。子を産めるうちに決断しろと。

 莫迦莫迦しい。ユノは一蹴したが、姉と赤子の葬儀が終わってしばらく経った後、両親からひどく歯切れの悪い打診が届いた。そこでユノはやっと、全てを理解したのだった。自分達姉妹はその男に買い叩かれ、姉が負債をただ一人その身に負って嫁いだのだということ。ユノに証明された力を次代に遺せる可能性が高い『弟』を生き存えらせるため、その治療費をシューレン家の私財、ユノの給金だけでなく、姉の結納金をも注ぎ込んで賄っていたということ。姉亡き今も継続して援助してもらっていること、姉が嫁いだ後も二人目の妻としてユノを寄越すよう執拗に求められていたこと。────姉が、忌み子を産んだが故に無惨にも縊られたかもしれないこと。

 絶対に受け入れられないと思った。この婚姻を回避するには、女王の座を手にする以外ないのだと思った。

 それから二年、女王崩御により次代女王の選定が為された。果たして選ばれたのはユノ、ではなかった。黄金のサークレットと銀のタロットを戴き、新たな砂漠の守護者となったのは、彼女より数年早く城に上がった先達であり、彼女に何かと目をかけてくれていた四歳年上の占術師の娘────アイシス・フォルセティだった。

 

 

 

 

 

 夢のような地下庭園の、その更に地下へと長く続く階段を下りきったところに牢獄がある。

 宴の音も届かない、御廟と同じく深く潜った先にある、寒々しい地下の檻。

 二日、三日。凡そそれくらいの時間が無為に過ぎているが、今のユノにとっては心底どうでもいい。

 神という名の異形を飼うことを持ちかけた、あの男達が近い牢に入れられた気配はなかった。敢えて遠い牢に繋がれたのかもしれない。彼らは狡猾なようだったから、うまく逃げ果せたのかもしれない。

 つまらぬ生の終焉を待つだけの自分には関係のないこと。

 天空の兜を護る、その使命すら煩わしかったのは本当だ。

 正直何もかも呪ってやりたかった。否、ユノは間違いなく呪っていただろう。魔王も、魔族の脅威も、偉大な祖先が託したものすら何もかもどうだっていい。何千年と地上に現れていない『勇者』だって然り。そいつらの為に、たかだか人間の……赤の他人の生きる場所を守るためだけに、何故こんな犠牲を強いられなくてはならない。ただの身勝手を、神話の御伽噺を大義名分に掲げて正当化するような輩のために。

 いっそあの兜があるからこそ、自分達のような苦しみが永遠に終わらないのだと。

 この憎しみが覆ることはない。だからこそ、もうどうだっていいのだ。処刑して欲しい。躊躇わず厳罰に処して欲しい。女王に仇なした者を無罪放免にするなど赦されない。配慮も手心も無用だ。わかっているはず、結果シューレン家が断絶したとして些末なことだ。元々体が弱かったあの子を、無理に生かそうとしたことがまず歪みの始まりだったのだ。

 だからアイシス、情けなど要らない。

 貴女の英断を信じている。

 かつん、と遠くから硬い靴音が聞こえた。何人かが連れ立って階段を降りてくる気配がする。巡回にしては人数が多いから、いよいよ処遇が決まったのかもしれない。

 そう思うと、不思議と心が落ち着いた。思ったより早くて良かった。解放の瞬間に焦がれながらも眼を閉じて待っていると、足音が二つ、次いでもう一つ分、階段を降りたあたりで止まった。尚も近づいてくるのは小さく響く一人分と、重く床を踏みしめるもう一人分。

「……貴女、だったの」

 そう、最期の期待だったのだから。胡乱げに瞼を上げた瞬間、うっかり落胆が溜め息ごと漏れてしまったところで、責められることではないと思いたい。

 牢と外を隔てる格子から二歩分ほど、距離を保って自分を見つめていたのは、目の醒めるような碧髪が可憐な乙女だった。あの夜、賊が捕らえていた人物だとすぐにわかった。前に見た時とは違い、薄く上品な化粧を施した彼女は、あの晩のあどけなさとは違う不思議な色香を漂わせていたものの、少し不安げに揺らめく瞳や花びらのような儚い唇はよくよく見覚えのあるものだった。

 思ったよりも若かったらしい。もう少し、大人びた人だったような気がしていた。

 彼女の後ろには深い紫の外套をまとった黒髪の青年がぴたりと付き添っている。やはりあの夜と同じであまり感情を露わにする様子はなかったが、少女を見遣ったときちらりと視線が交錯した。その不思議と深い瞳に、本当に微かに、険しい色がかすめたことに驚くほど安堵した。

 少女の瞳に、自分を責める色が欠片も見えないことがひどく、居心地悪かった。

「……ユノ、女官長、様」

「もう女官長ではないと思うのだけれど」

 淡々と言い捨てれば、格子の向こうから呼びかけた純朴な少女は睫毛を伏せて黙り込む。

 何をしに来たのだろう。誰を寄越そうと、誰にも何も話すことなどないというのに。

 早く見切りをつけて立ち去ってしまえばいいのに、碧い少女は黙りこくったまま鉄格子を握りしめて自分から一寸も目を離さなかった。男の方も気が利かない。早く彼女を連れて去ねと罵ってやりたくなる。あまりに無垢な眼差しが肌に刺さる砂のようにちくちく痛くて、これはこれで拷問だと密かに思う。

 目を向けてやるつもりもなかったが、は、と空気を震わせた微かな吐息につられて顔を上げてしまった。刹那、翡翠の澄んだ瞳とぶつかってしまい、逸らすに逸らせなくなる。

 一生懸命、何か言おうとしては言葉を呑み込む彼女を見ていたら、薄気味悪い沈黙にじわじわ耐えきれなくなって、つい、自分から声を発してしまった。

「何故、私を助けたの」

 びく、と極々小さく彼女が震えた。先に話しかけられるとは思わなかったのだろう。いっそ恐れを抱いてくれればと思ったが、同時にこの娘は自分を怖がらないであろうことも、頭のどこかで確信していた。

「………わかりません……」

 返ってきた答えは随分と弱気な、自分を苛立たせるだけのものだった。いっそ、的外れな正義感で神経を逆撫でしてくれるくらいでちょうど良いのに。

 正面から睨んだ彼女は、まるで本当に悪いことをしてしまったかのように、贖罪を孕んだ哀しげな眼をしていた。

「貴女の魔法を封じたわ。結婚指輪も奪おうとした」

 自嘲含みの独白に、傍らに立った青年が微かに身動ぎする。

 気づかなかったの? 随分と関心が薄いのね。声には出さなかったが、口端には底意地悪い笑みが滲んでしまっていただろう。少女からちらりと視線を移せば、動揺を隠せず彼女を見つめる青年がいた。痛々しげに眉根を寄せた彼を振り返ることなく、清廉な少女はひたすらユノから目を逸らさずにぽつぽつと告げる。

「でも、それと引き換えにいましめを解いてくださいました。……あの男性達からも、庇ってくださった」

 腹が立つほど澄んだ声で、一切の責めも憤りも見せず、彼女はただ、私を慈しみ尊重するだけの言葉を、紡いだ。

「貴女だけが、あの場で、私の身を案じて……くださいました」

 やめて。

 感謝されることなど一つもない。私はただ、私の苦しみから逃れたかっただけだ。見るからに無関係の、ただ巻き込まれただけの貴女を救おうともしなかった。

「……碧い髪、だったのね」

 ここも薄暗くて、はっきりとは見えないけれど。

 あの朝、夜が明けかけた薄明かりの空の下、私を見つめた貴女はさながら、暁の空から舞い降りた天女のように見えた。

 薄れかけた記憶の中の姉とも違う、神々しい光を帯びて。

 ────救われたかった、わけではなかった。

「お行きなさい。ここは貴女が来て良いところじゃない」

 冷たく言い放てば、彼女は鉄格子に触れた白い手を小さく小さく震わせる。

 落胆すればいい。幻滅すればいい。最悪な女だったと詰って、いっそ忘れてくれればいい。

 まっとうな幸いを知る貴女を。罪深い私を見て尚汚れない純粋な貴女をこれ以上、薄暗いこちら側に置いておきたくない。

 もう、帰って。

「……今、この場で、貴女が断罪してくれるというのなら、私はそれでも良いのだけれど」

 薄く笑って投げやりに言えば、翡翠の眼差しはまた哀しみに淡く揺れる。

 それでいい。それでいいの。

 もう一言、何か言おうと少女が空気を吸い込んだ。けれど何ひとつ声にはならず、喉から漏れた虚しい吐息だけが儚く耳に届いた。ユノももう、俯いたきり顔を上げることはしなかった。

 長い沈黙の末、最後に鉄格子をぎゅっと握りしめて、苦い息を零した少女がそっと牢から離れていく。

 コツ、と軽い足音が未練を残しながら遠ざかって、黙って側に立っていた青年がその後を追った。一瞬こちらを見られた気がしたけれど、さっき彼の目に過ぎった憎しみがもしも薄れていたらと思うと恐ろしくて、やはり顔はあげられなかった。

 終わりが欲しい。自分にとって唯一の安息を。

 望んでいいなら、今はそれだけ。

 再び残酷な静謐を取り戻しつつある地下牢の片隅で、女官長であったユノ・シューレンは、椅子に腰掛けた膝の上で初めて拳をきつく握りしめた。そうして、真綿のような優しく苦しい邂逅からようやく解放された安堵を感じて、静かに息をつき脱力したのだった。

 

 

 

 貴女は知らなくていい。

 最後に会った姉はちょうど、貴女と同じくらいの歳だった。

 髪が、長くて。穏やかで従順だった姉に、貴女はひどく似ている気がした。

 解放を拒んで、自身を縛る伴侶にひどく固執する貴女を見て、少なからず苛立ちを覚えた。

 身を挺して私を庇った貴女の姿に、

 何も知らず守られていた幼かった自分を、

 その愚かしさを、思い知らされた気がしたの。

 

 初めから、貴女には何一つ関係なかったことだから。

 だから、どうか……

 私が知り得ぬその幸せを、どうか決して、手離すことなく。




ここらでテルパドール女傑の振り返りをば。

【挿絵表示】

お馴染みアイシス様は、PS版のイメージで書いておりました。アンディは圧倒的にSFC版のイメージなのですが、何故かアイシス様は黒髪が好き。


【挿絵表示】

こちらは完全にオリジナルキャラのユノ女官長です。別にジェンダー的なこととか最近流行りの男女平等云々を突っ込みたかったわけでは断じてないのですが、単に、表に語られないこういう歴史もあったのではないかな、という妄想を書いてみたかったのです。
当家テルパドール編のサブヒロインを張ってくれたリーシャには、もうちょっとだけ大事なエピソードが残っているので、そちらの投稿と同時に載せますね。

この二幕は全体的に、原作にないキャラも展開も多くて、読み難く感じられることが多かったかもしれません。お付き合いくださっている方には感謝しかない……三幕は更に加速度的に解釈がねじ曲がっていくことと思います。ごめんなさい。
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