Bright Azure ── 輝ける碧【DQ5主フロ】   作:サクライロ

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#5. 幼竜二匹

 久々に、けたたましい鶏の声で目が覚めた。

 

 おんどりの鳴き声など数えるほどしか聴いたことはないが、妙に懐かしい心地がした。ずっと船の上で過ごしていたから余計に新鮮に思える。

 恥ずかしながらそこまで寝起きが良い方ではないが、この日は不思議と様子が違った。

「…………え、何これ。すごい気力が有り余ってる感じ」

 ぱちりと瞼が開いた、その時にはもう眠気がすっきり晴れていた。掌を握って開いて、覚醒しきった身体感覚を確かめる。指先まで生命力がみなぎっているような。いつも重くまどろみの淵に引きずりこもうとしてくるあの寝起きの倦怠感を、今朝は全く感じられない。

「だから言ったろ。この樹には魔力があるって」

 いつから起き出していたのか、昨晩と全く変わらぬ様子のネッドさんが、挨拶もそこそこにひょいと顔を出した。

 と、思いきや「朝飯はいつでも出せるよ。支度したら女将に声かけな」と言いおいてまた外へ行ってしまった。朝焼けも見えないくらいの時間なのだけど、さすが、きびきびしてるなぁ……

「私も、とっても調子がいいです。今日はたくさん登れそうな気がしますわ」

 ほとんど僕と同時に目が覚めたらしいフローラも、そう言って咲き綻ぶような笑顔を見せてくれた。首を傾げた瞬間晴天の碧髪が細い肩にさらりと落ちて、何気ない仕草にどきりとする。

 朝一番に君のそんな表情を見られるなんて、今日は本当に良い旅の幕開けになりそうな気がしてくる。

 最愛の妻の可愛い笑顔を独り占めと思いきや、昨夜相部屋で休んだもう一人の男性客が、僕の背後のベッドから羨ましそうに彼女に見惚れていた。昨夜は髪を結い上げていたから、下ろした姿が新鮮なのだろう。わかります、可愛いですよね。でも、嗚呼女神様、などとうっとり呟く声が聞こえてしまうと、ほんと狭量だけど僕としては面白くない。彼女のそんな無防備な姿を見ていいのは夫である僕だけだと、本当は声を大にして言いたいのだ。

 何となく目を離したくなくて洗顔にもちゃっかりついていき、また衝立を借りて支度をする間も、自分の支度をしながらさりげなく見守っていた。

 普段なら朝食までの空き時間を使って、身体を動かしに行くところだ。過保護な僕を彼女は不思議そうに見上げていたが、有無を言わせぬ笑顔で押しきった。嫉妬深いと笑わば笑え。

「綺麗な髪なのに、結っちまうんですねぇ。何だか勿体無い」

 支度を終えて衝立から出てきたフローラを眺めて、お客さんがしみじみと零した。「この方が動きやすいのです。短くすることも考えましたが、……主人が……切らない方が良いと、言ってくれましたので」と、後半恥ずかしそうに口籠もりながらフローラが答えた時には心臓を撃ち抜かれたかと思った。何今の。主人ってちょっと、フローラに言われると仲魔達とは全然違うっていうか、可愛さが臨界点突破して正直今すぐ悶絶したい。

「朝からなんちゅう顔してんだい。そら、そろそろ飯にするよ」

 朝食をいただく前に仲魔達の様子を見る為下に降りたら、またもや通りかかったネッドさんに笑われてしまった。あの後僕が思いっきり赤面してしまったものだから、フローラまでぽぽ、と頬を薔薇色に染めて俯いていたのだった。ああ、駄目だ、幸せで口許が弛む。細かいことは聞かれなかったものの、朝の挨拶を交わした仲魔達も、皆一様ににまにまと生温い笑みを浮かべていた。

 朝食は産みたての新鮮な卵の料理と、昨日の残りのシチューをたっぷりといただいた。寝覚めの良い身体に温かい食事がしみて、活力に変わっていくのがわかる。

 食事の後は昨晩に引き続き、グランウォールやこの先の村の話、山に巣食う魔物についてなど、旅の助けになる情報を色々と教えていただいた。

「お客さんは大所帯ですし、冬の間は山を越す人間がいませんでしたから。魔物共も飢えとります。本当に、よぉく気をつけてくださいよ」

 宿の方という以上に、親身にアドバイスをくださる番頭さんの人の良さに感動すら覚えながら、何度も頭を下げて礼を言った。

 最後は隣の教会に立ち寄り、旅の安全を祈願してもらった。お祈りを終えた僕達を心配そうに見送ってくれた修道女が別れ際、扉の外側でひっそりと、声を殺して伝えてくれた。

「私は王都から参った者です。陛下が出奔なさった凡そ二十年前から、あの都は年々澱んでいっているように思います。何故でしょうか、私が発った頃にはひどく嫌な感じに満ちていて……優しい目をした旅のお方、王都にゆかれるのでしたら、どうぞくれぐれもお気をつけ下さいまし」

「……それは、どういう……一体、何があったのですか」

 ただならぬ警告に息を呑む。問い返したが、彼女はただ悲しそうに顔を歪めて首を振った。

「王都しか知らぬ者にとっては、異変ですらなかったのかもしれません。あの城塞の内側は、ある種の楽園でした。……きっと、囚われてしまえば幸せな、監獄」

 能力は高いが取り立てて地位を持たなかった彼女は、元々頻繁に王都周辺の村を支援しに訪れていたのだという。村人達と触れ合う中で、彼女は次第に違和感を強めていった。異様な選民意識、外界への無関心、時を止めたように遠い目で昔を懐かしむばかりの人々。周辺の村が必死に営んでいる当たり前の日常が少しずつ、王都から失われていく。閉じた世界を一度嫌悪してしまったら、それが形のない恐怖に変わるまで幾許もなかった。

 何が起こっているんだろう。思わずフローラと顔を見合わせたが、これまで得た情報を思い返しても、これと言ってヒントになりそうなことはなかった。

「ひとつ……伺ってもいいでしょうか。グランバニアの国教は、今も天空信仰に違いありませんか?」

 ふと気になったのは、やはり光の教団だ。ポートセルミで、ナサカで、船旅の途中で、忌まわしい痕跡を見届けてきたから。ラインハットも、今も昔も教団にじわじわ侵食されている。ヘンリー達がしっかりしているから、今度は十余年前のようにはならないと思いたいけど。

 遥か昔、もっとたくさんの国家が存在していた頃は天空神以外の神を奉る民もあったと言うが、大きな国が三国しかない現在はごく一部の部族を除いて、基本的にどこも竜神を主神として祀っている。精霊ルビス信仰は自然崇拝の類で、竜帝がこの界の守護者となるより遥か以前から存在する、万物の母と呼ばれる偉大なる創造柱だ。

 確か、国の成り立ちからして、これらの信仰体系はグランバニアも例外ではないと思う。

「国教は……ええ、もちろん竜帝を祀る天空信仰です、が……」

 驚いたシスターが瞠目し、僕とフローラを見比べた。話が早くて助かる。すぐに意図を拾ってくれたシスターに黙って首肯し続きを促すと、彼女は震える手で小さく肩を掻き抱き、懸命に言葉を紡ぎ出した。

「王都の、教会内部では……もう随分前から、異教を重んじて信仰する者が増えていたように思います。私も、何度も勧められて……それも、苦痛で」

 長年転属を願い出ておりました、と彼女は怯えきった様子で呟いた。辛いことを聞いてしまっただろうか。フローラがそっと側に寄り、震える肩を優しく支えて立つ。

 魔物がはびこる山越えは無論恐ろしかったが、それ以上に王都に居続けることが怖かったのだと彼女は言った。道中、魔物に喰われて落命するかもしれない恐怖よりも。

「申し訳ありません。お辛いことを思い出させてしまったみたいで……もう一つだけ伺いたいのですが、その異教は『光の教団』と呼ばれるものではなかったでしょうか」

 異教と聞いて思いつくのは一つしかない。ほとんど確信した上での問いだったが、意外にも修道女は少し驚いたように顔を上げた。記憶の淵を探って何度も首を傾げ、彼女はさも自信なさげに、その答えを捻り出す。

「……いえ。違います、確か……『イブール教』と言ったかと、思います」

 

 

 

 昨夜まで続いていた雨はすっかり上がって、今は爽やかな朝風が木々を揺らしていた。穏やかな春の始まりの日だった。まだ肌寒く、少し地面は湿っているようだが、これから陽が昇れば馬車も動かしやすくなるだろう。

 出発の準備を全て整えると、宿の皆さんが総出で見送りに出てきてくださった。

「ここはキメラの翼が使えるから、どうにもならなくなったら死ぬ前に戻っといで」

 餞別だよ、と言ってネッドさんがキメラの翼を渡してくれた。ルーラが使えるから町標があることさえわかれば十分なのだけど、そのお気持ちが嬉しいので、ここは素直に受け取っておくことにした。

「有難うございます。使う機会はない方がいいですけど、もしもの時の為にいただいて行きますね」

「素直なのは良いこった。気をつけるんだよ。いつかまた、こっちにも顔見せにきておくれ」

 あたしが死ぬ前にね、などと縁起でもないことを言われて顔が引き攣る。素直な奴は嫌いじゃないよ、とネッドさんがまたからから笑った。

「道中お気をつけて。お客さんのご親族にご縁があります様に」

「娘に会えましたら、何卒、よろしくお願いいたします」

 お世話になった番頭さん夫婦も声をかけてくださり、フローラと並んで頭を下げた。もしチゾット村でお嬢さんにお会いできたら渡せるよう、お二人から手紙を預かっている。こういう機会でもないと、この地では手紙のやり取りもままならないから。

 この大陸で初めて出会った人達が、この方々で良かったな。

 ざわざわと胸を侵食していた故郷への不安が、素朴で温かいもてなしのお陰で薄らいだ。

 最後、教会で聞いた『イブール教』だけが引っかかったけど。イブールという名に聞き覚えはないし、シスターも光の教団のことはご存知ないようだったから、ひとまず今は、記憶の片隅に置いておくことにする。

 もしかして、光の教団の他にも怪しい宗教が増えていたりするのかな。天空信仰の要である天空城が地上のどこかに落ちて久しく、代わりに信奉するものが求められてるってことなんだろうか。外との関わりが断たれているグランバニアだから、それこそ王都内で興った独自の宗教なのかもしれない。シスターをあんなに怯えさせる教義なんて、どのみちろくなもんじゃなさそうだけど……

 宿の皆さんと教会の神父さん、シスターに並んで、一晩屋根を共にしただけのお客さんもひらひら手を振って見送ってくれた。

 もう一度、深く頭を下げてから。手綱を引いて、僕達は木漏れ日の降る優しい場所を後にした。

 

 

◆◆◆

 

 

「山の頂上が霞んで見えませんわ。ここを越えて行くのね……」

 大樹の宿を後にし、森を抜けた僕達が見たものは、灰色の雲に飲み込まれていくように聳え立つ巨大な山影だった。

「昔は皆さん、この山をひと月もかからず越えていたんだって。すごい健脚だよね」

 茫然と山を仰ぐフローラの隣に立ち、同じく目いっぱい首を上向けた。

 どれだけ見上げても空との境目が見えない。この雲の中に人の住む村があるなんて、ひどく不思議な感じだ。

 ああ、でも、天空人と呼ばれている人達がもし本当にいるのなら、きっともっと、雲より高いところに住んでいるのだろう。

「ええ。私達も、負けていられませんわね」

 今更ながら、フローラは高いところがひどく苦手だ。怖いのではと少し不安に思ったが、意外にもフローラは力強く答えると、僕を振り返って気丈な微笑みを見せてくれた。

 ほえー、と同じく口を開けて山を見上げているスラりん達を笑って促し、しばらく歩くと程なく、つんと鼻孔の奥を突く異臭が漂い始めた。

 宿で教えてもらった、山道を塞いで広がる澱んだ毒の沼だ。

 汚染は思った以上に広範囲に渡っていた。向こう岸まで直線距離で、歩いて十歩と言ったところか。周辺の木々が毒を吸い上げ、半端に溶けたように朽ちた姿が見られる。ネッドさんはああ言ったけれど、やはりいつかはあの大樹にも被害が及んでしまうのでは、と心配になる。

 枝を差し入れて深さを測った感じ、確かに僕のふくらはぎまであるようだ。中の方はもっと深いかもしれない。

「ブーツだとぎりぎり中に泥が入っちゃいそうだね。やっぱり、布を巻いて通るのが一番良いか……」

 濁った緑に澱む沼を見つめて独りごちる。隣で覗きこんでいるフローラも、きゅっと唇をかみしめて何やら考え事をしていた。

 素足じゃ多少怪我するかもしれないけど、渡ってしまえば治癒できる。フローラと、体重が軽い仲間達には馬車に乗ってもらって、僕とプックル、ガンドフでパトリシアを先導しながら越えればまだダメージを抑えられるんじゃないだろうか。必要に応じて解毒しながら、とにかく沼を渡る面々が途中で倒れないよう気を配る。これが最善手のように思われた。

「……うん、最悪解毒しながら進むしかないかな。フローラとスラりん、ピエール、あとマーリンも馬車に乗って────」

「あの、テュールさん。ここは私にお任せくださいませんか」

 そうと決まれば手早く済ませてしまいたい。仲間達に指示を振る僕を、どこか硬い声が遮った。

「フローラ?」

 驚いて振り返ると、妻がひどく緊張した面持ちで両手を握りしめ、食い入るように僕を見ていた。思わず気圧され息を飲む。その緊張を何とか弛めるように、フローラは僕に向かってぎごちなく微笑んでみせた。

「いつかお役に立つのではと、勉強していた魔法があるのです。結界魔法の一種で、トラマナというのですが」

 トラマナ?

 初めて聞く魔法だ。名称だけでは全然効果がわからない。

 ちらりとマーリンを見遣ったが、彼は愛弟子の隠し玉を把握しているのか否か、相変わらずのすまし顔で僕の縋る視線を黙殺した。

 結界魔法とは通常、内外どちらかの干渉力を制限する魔法を指す。スラりんが使う硬化魔法のスクルトだとか、魔法壁を生成するマホカンタ、逆に他者の魔力を内に封じ込めるマホトーンなどもこれの類だ。でも、毒に有効な結界魔法なんてあっただろうか。解毒魔法なら僕も習得しているが、それを常時結界として漲らせるような技は持っていない。

「……あの、初めてなので……ちょっと、試させてくださいね」

 こくり、息を整えたフローラが、ひどく心許ない声でそんな伺いを立てた。試すって、一体。問い返そうとしたが彼女は僕の返事を待たず、瘴気が立ち込める禍々しい沼の前に背筋を伸ばして佇んだ。

 ふぅ、と息を整えて指を組み、よどみなく真言を唱えて魔力を集中させ始める。彼女の春空の髪に似た、青翠の光がぽわりと掌に灯った。靴を履くように彼女が自らのくるぶしをなぞれば、光はみるみるきれいな脚を包みこんでいく。

「! フローラ、待っ────」

 思わず制止したのと、彼女がブーツを脱ぎ、その華奢な足を沼へと差し入れたのがちょうど同時だった。

 細い足が汚泥に飲まれて、濁った瘴気がぼこぼこと浮かんでは割れる。咄嗟に掴んだ細い肩を、もう身体ごと沼地から引き寄せて攫った。どのみちこれから渡るにしても、すぐ死に至る毒ではないとわかっていても、妻の美しい足が毒沼に沈んでいくのを黙って見てはいられなかったのだ。

「ホイミン! フローラの足を」

「大丈夫、です。テュールさん」

 思わず叫びながら解毒魔法を灯した僕を、フローラが安堵の声で呼んだ。

 改めて視線を足に落として、目を瞠る。確かに毒の汚泥に突っ込んだその足は、さっきフローラが作り出した翠の光膜に守られてそこにあった。多少泥はついていたが、指輪の水で流したら簡単に落ちた。何より、肌が毒に侵された様子がない。血の巡りが悪くなったり、鬱血した様子も。

「フローラ、……これ」

「ごめんなさい、きっとそんなに長くは保たないので……順番にかけますから、かけたらすぐに渡っていただけますか?」

 固い表情で僕を遮り、フローラはそう真摯に訴えた。思わず言葉を呑み込んだ僕から目を逸らし、彼女は労うように丹念に、まずパトリシアの脚から結界魔法を施していった。

「全身に結界をかけるのはちょっと難しいので、太腿から上はなるべく沼に触れないようにしてくださいね。プックルちゃんとガンドフさんには、何とか頑張ってみます」

 荷台ができるだけ軽くなるよう、パトリシアの負担が少なくなるよう考えてくれているのだ。その意図がすぐ察せられたから、黙って深く頷いた。続けて施術してもらい、小柄なスラりんとピエールだけ馬車に乗ってもらって、パトリシアを先導し素足で沼を越えた。何を踏んでいるやら、沼底の感触がにちゃにちゃして気持ち悪いが仕方ない。しびれんとホイミンがふわふわ見守る中、残った仲魔達が次々魔法をもらい沼を渡って来た。まだ光が消え切らないことを確かめてから、最後に沼に踏み込んだフローラの手を取りに急いで戻った。

「……すごいよ。フローラ、いつの間に────」

 フローラが出してくれた指輪の清らかな水でそれぞれが足を洗い、全員で毒消しの薬を飲む。瘴気が呼気と共に体内に入るとじわじわ冒されてしまうから、念の為だ。それにしても、時にはあっという間に皮膚を腐らせてしまうような毒に触れたにもかかわらず、特に処置の必要がないほど守られているとは。この光を纏った部分に関しては、完全に毒を無効化しているように見える。

 改めて、この結界魔法についてマーリンとフローラに説明を求めたら、施術者であるフローラが遠慮がちに切り出した。

「以前、火山で溶岩の沼を走って渡られたと……仰っていたでしょう? またそんな状況になったらと思って、勉強していたのです。わずかな間ですが、毒気や過度の高温、冷気が身体に作用するのを防いでくれます」

 ────それ、炎のリングを取りに行った時の……!

 遠慮がちに語られるそれは僕の急所を的確に突く痛い記憶で、途端に顔から火を噴きそうになる。以前ホイミンがバラしたあの黒歴史を、そんなにも気にしてくれていたとは。思わぬところで蒸し返されたことは思いっきり恥ずかしいけれど、同時にフローラらしい心遣いだなと思ったら、たまらなく愛しい気持ちが溢れ出た。

「お役に立てたなら、よかった……です」

 とどめにそんな、遠慮がちにはにかんだ笑顔を向けられてしまったら。

 もう、衝動に任せて思いきり抱きしめたかったし、キスもしたくて仕方なかったけど。まだほんの一歩目なんだ。山道に入る為の初めの関門を越えたに過ぎなくて、いよいよこれから険しい山を登って行こうというところで。仲魔達も、終始にやにやとこちらを眺めているものだから。

 理性、理性とひたすら自分に言い聞かせる。落ち着け。うん、今夜休む前にこっそり、みんなの目を盗んでちょっとだけ甘えよう。そうしよう。

「フローラのお陰で、初っ端から消耗しなくて済んだ。……本当に、ありがとう」

 なんとか自制しきって、精一杯の想いを込めて滑らかな頬を撫でた。さすがに消耗したんだろう、空気は冷えているのにフローラの額はしっとり汗ばんでいる。無骨な手になぞられ、くすぐったそうに、首をすくめて微笑んだ。

 愛くるしい君の存在が、何度でも僕に幸せを知らしめる。

 誰より大切な君が、こうして困難を共に越えてくれることが、どれだけ僕に、前に進む力を与えてくれているか。

 もう一度、愛しく視線を交わし合ってから、僕達は改めて王都に向けて、未知の山道を歩き出した。

 

 

◆◆◆

 

 

 出だし好調と思えたものの、グランウォール越えはやはり決して楽ではなかった。

 毒沼を越えた向こうは美しい渓谷になっていた。崖下を流れるせせらぎの音は場所にそぐわないほど心地良いが、澄んだ響きを打ち消すように彼方此方から魔物の唸り声がする。

 案の定、歩き出して十分もしないうちに周りを囲まれ、そのまま長丁場の戦闘に突入した。

 斬り伏せる間に次々他の魔物が寄ってきて、逃げ場もない狭い山道では態勢を立て直すのがやっとだった。事前に聞いていた魔物の特性もどれがどれだか、思うように捌けなくて何度か追い込まれたりもした。特性といえば以前オラクル屋で買った魔物図鑑があったな、と思い出したが、ゆっくり眺めている余裕もない。

 フローラの結界魔法のお陰で、毒の処置に力を割かずに済んで良かった。それにしても、ここまで湧いているとは。以前からこうなのか、この辺りの人々はどうやってこの山を行き来していたのだろう。

 結局、群れを捌ききった頃には仲間の大部分が消耗してしまっていて、休憩を挟みながらその日はもう半日だけ歩いた。起床時にはあんなに元気だったのに、なんとも情けないことである。

 出発する前、ネッドさんに頼んでざっくりと山道の地図を書いてもらっていたが、崩れて通れなかったり馬車を通すのは難しい道だったりで、都度、迂回路を探すのにも手間取った。

 四、五日ほど登ったところに、山頂へと続く長い洞窟の入口があるという。昔は採掘に使われたという、山を所々貫いて掘られた坑道だ。そこからは地図も頼れなくなるが、順調に進めればひと月もしないうちに山頂のチゾット村に着くだろう、とのことだった。昔はその途中にもいくつか集落があったが、今はどこも廃村になっているとも。

 ひとまずはその洞窟を目指して、僕達は黙々と山道を登り続けている。

「山道って、大変、ですのね。私、さっきからずぅっと、斜めになっている気が、して、きました」

 登り始めて三日目、ようやく渓谷を抜けて深い山の中に入った。伸びっぱなしの草を掻き分け、すっかり息が上がった様子のフローラが呟く。彼女らしい物言いに思わず気持ちがほぐれる。斜面に抗って前のめりになり、遅れないよう懸命に歩く彼女にさりげなく歩調を合わせて頷いた。

「そうだね。結構登ってきたかな? ほら、ネッドさんのところの大樹があんなに小さく見える」

 視線を遥か下に流すと、見晴らしの良い山肌の麓、広い空と海の手前に森が見える。よくよく見ないとどれが大樹かわからないが、宿屋の煙突から上がる微かな煙がその場所を教えてくれる。

「あ、ごめん。見下ろさなくていいよ」

 うっかり促してしまったが、フローラは筋金入りの高所恐怖症だ。遠景を眺めて少し青褪めた彼女を抱き寄せ、ぽんぽんと肩を叩いた。腕の中に捕まえられたことで安心したのか、僕を見上げたフローラが微笑んで頷いた。

 が、ぎごちない微笑みは次の瞬間、ふっと色を失いよろめく。

 ラリホーだ。眠りに落ちたフローラを抱き留め「プックル、ピエール!」と叫んだ。呼び終わる前に幌から二匹が勢いよく飛び出す。ほとんど同時に、薄気味悪い細い声をあげながらダックカイトが数匹滑空してきた。

「小賢しいよな、飛んでてくれればこっちもすぐ気づけるのに……さ!」

 視線を走らせると、ホイミンもぺしゃりと眠ってガンドフに拾われている。術を免れた面々に安堵しつつ、力一杯剣を振り抜いた。飛膜を一閃で裂かれ、ギャア‼︎ と叫んで旋回した魔物をマーリンの炎が無情に焼いた。

 やっぱり、父さんの剣が一番しっくり手に馴染む。

 この山には空にも魔物がいる。ダックカイトというアヒル頭にムササビの飛膜を持つ魔物と、リントブルムという蛇の舌を持つコウモリの魔物だ。この二種族はそこそこ大きな体躯で木々の隙間を縫うように飛んでいるが、たまにこうして木陰に潜んでは奇襲をかけてくる。嫌なことに、ダックカイトはこうして誘眠魔法を使う。突然強烈な睡魔を感じたら、大体こいつが近くにいる。

 不意の誘眠で全滅しないよう、交代で馬車に控えさせておいたのが功を奏した。群れを成して現れた魔物達から馬車を庇い応戦する。ガンドフとしびれんが息の技で足止めしてくれた隙に、馭者台にフローラを横たえた。小回りの効く仲魔達が地上の魔物を蹴散らしてくれるが、同じだけ援軍が湧いて出る。埒があかないな。唇を噛んだ瞬間、リントブルムが三匹、上空から突っ込んでくる。二匹落として一発喰らう、瞬時に剣筋を弾き出し叩き落とした僕の傍から突如、疾風の刃がぶわ‼︎ と舞って魔物を煽った。

 驚いて振り返ると、肘をついて上体を起こしたフローラが天罰の杖を掴み、リントブルムに鋭く差し向けている。

「……す、みま、せん」

「フローラ! 無理しなくていいから」

 魔法で眠らされた後は頭がひどく重くなる。無理に覚醒させたら辛いだろうに、懸命に頭を持ち上げた彼女は至近距離の僕に掌を向け、口早に呪文を唱えた。被術者に無比の力を付与する、筋力増強の補助魔法。

「────助かる!」

 バイキルトがかかった瞬間、全ての血が湧き立った。フローラが退けた一匹を素早く斬り捨て、一気に敵前へ躍り出る。

 詠唱中の魔法爺は俊敏な仲魔が薙ぎ倒し、駆けつけてきたオークはマーリンのベギラマが焼き払った。振り返ったところにドラゴンマッドが二匹、高らかに吼えながら鋭い爪を翳して待ち構えている。振り下ろされたそれを間一髪交わし、横っ腹に体重ごと剣柄を叩き込む。呻いたそいつを蹴り飛ばし、もう一匹の狂ったギョロ目を見据えた。激昂した魔物が雄叫びを上げながら再び前脚を振り上げたが、瞬時に滑り込んだプックルの体当たりで均衡を崩し、ズシンと重く地に伏せた。

 息のあった連携でみるみる数を減らし、残った魔物は次々泡を食って逃げ出していった。

「……もういいかな。お疲れ、みんな」

 ようやく剣を納め、仲魔達を労う。それなりに負傷した者もいたが、士気を保っていることにほっとした。いや寧ろ、ピエールやプックルに至っては戦闘を重ねるたび活き活きしてきているような。戦闘生物とも言うべき魔物の性なのだろうか、狭い船内に閉じ込められて鬱憤が溜まっていた分、やはり制約なく伸び伸び戦えるのは楽しいのだろう。縦横無尽に暴れ回る彼らを見ているとそんなことを思う。

「テュールさん、申し訳ありませんでした。……また、ご迷惑をおかけしてしまって」

 馭者台にはいつの間にか目覚めたホイミンに寄り添われ、フローラが力無く座りこんで僕を見つめていた。残留する魔力の所為でうまく動けないようだ。急いで駆け寄ると目を伏せ、痛々しく謝罪を口にした。

「全然迷惑じゃないよ? あんなの運みたいなものだから。それより、援護ありがとう。お陰で一気に片がついた」

 項垂れたフローラの頭をそっと撫でる。本当に全く、気にすることないんだけどな。そろりと上目遣いに視線を返してくれた妻に、つい苦笑しながら言葉を続けた。

「僕だって何度か寝落ちてるし、お互い様だって。ダックカイトはなるべく先に倒すようにしてるけど、万が一全員眠らされたらたまったもんじゃないからね……」

 そう、それが一番怖い。殴られて目覚めればいいけど、重ねがけされてもっと深く眠ってしまうこともある。眠らされてる間に全員惨殺なんて、そんな死に方、絶対にごめんだ。

 魔法が効かない体質の仲魔はさすがにいないから、まとめてやられないよう分散して歩くとか、先程のように主力を幌の中に隠しておくくらいしか対策を取れない。あとはもう、ひたすら運に頼るしか。

 実際、誰かが眠らされると必然的にそちらを庇いながら戦うことになるから、眠ってしまって居た堪れない気持ちはものすごくよくわかる。

「ホイミンもねちゃったか〜ら〜、きにしな〜い!」

 幸いというか、同じく眠らされたホイミンが明るくフォローしてくれて、フローラの硬い笑顔がほんの少し柔らかくなった。

 杖も、咄嗟に使ったんだろうけど。良いタイミングだったと思うよ。

 そう声をかけようかと思ったが、やめた。現に一撃はもらうつもりで動いていたから、その一体を的確に狙った杖の威嚇はものすごく有効だった。けど、何となくフローラは、攻撃手段を杖や指輪に頼るしか出来ないことを気にしているように見えたから。

 いよいよ攻撃魔法の実践に移る、と話していたフローラが一向にそれを試す気配がないことに、何となく気付いてはいた。思ったより山登りで負担がかかっているとか、周辺の魔物が強くて詠唱する余裕がないのかなと勝手に思っている。

 初めて魔法を行使する時は、きちんと精霊と契約するためにも特に正確に真言を唱えなくてはならない。ここで『ご機嫌を損ねる』と習得を足踏みする。慣習で何となくそう呼んでいるが、要は本人の修練不足だったり、単に感覚が掴めてないとか、適性が思ったほどない場合が多いんじゃないかなと思う。

 そもそも精霊が本当にいるのかも僕は知らない。マーリンに訊いたらばっさり切り捨てられそうだ。実感としては、大気の中から特定の属性の魔力を身の内に共鳴させる感覚を『精霊』と呼ぶんじゃないかな、なんて思ったりしている。

 意外にもマーリンが急かす様子もないし、僕自身、フローラには補助魔法で援護してもらえれば十分だと感じているから、正直現状に不満はないのだ。寧ろ、無理しないでいてくれる方がずっと有難い。さっきだってバイキルトをもらった途端、あっという間に片がついたんだしさ。

「いけない。のんびりしてたら、さっき逃げた奴らが戻って来るかもね」

 回復魔法が行き渡ったところで、核化してゆく魔物の残骸を拾っていた仲魔達に声をかけた。

 ピエールには散々甘いと諌められているが、逃げる魔物まで追いたくないし、倒れた敵にいちいちとどめを刺したいとも思わないのだ。そりゃフローラを狙うような明確な敵に温情は要らないけど、この辺りの魔物は恐らく、本当に教団の手先ではない。この山を根倉にし、極偶に手に入る人間の荷に味をしめただけの、ごろつきみたいなものだ。

 それが人間なら同種族のルールで裁く道理もあるが、単にグランウォールに棲む魔物の生態なのだと思えば、彼らの生活を徒に乱すこともしたくない。あちらから見たら異物は僕の方なのだから。人間を脅かすからって、じゃあ正義感一つでこの山の魔物全てを掃討できるのかと言ったら、絶対に無理なわけで。

 精々神経を逆立てないよう、けど譲れないところは譲らずに。極力穏便に突破するのみである。

 ……結局、なんだかんだと戦闘にもつれ込んでるけどさ。

 全員を馬車の前に集め、今度はガンドフとマーリン、フローラに中に乗るよう促した。ようやく感覚が戻ってきたらしいフローラは歩きたそうな顔をして僕を見上げたが、魔法の影響は自覚以上に身体に残るものだ。特に彼女は昼食の後からずっと歩き通しなこともあり、少しでも休ませてやりたかった。

 改めて、荷台に乗って欲しい旨を伝えると、杖を握りしめたフローラが渋々頷いた。

 荷台に乗り込む彼女を見守っていた、その時だった。

 

 馬車の向こうの叢の中、青い山がむくりと盛り上がった。

 

 真っ先にそれを目にしたフローラが「きゃっ」と短く叫んで硬直する。怯えた彼女を咄嗟に引き寄せ、背に庇い立って息を殺した。仲魔達も静かに武器を構える。さっき気絶させた魔物が目を覚ましたのだろう。

 四つの角がついた、大きな頭を持ち上げた青い竜肌の魔物は、僕と目が合うなりグアオォン! と驚いたように吼えた。その声に呼応して、隣で昏倒していた一匹も前足をついて起き上がる。剥き出しの白眼が四つ、空を塞いで並び立ち、威嚇するように唸りながら見下ろしてくる。ドラゴンマッドを初めて間近に見たフローラは僕の背中に縋りつき、すっかり震え上がってしまった。

 無理もない。普段は絶対前に出さないよう、後方に留まらせて守っているから。

「フローラ、大丈夫。……襲うつもりはないみたい」

 肩を軽く叩いて落ち着かせながら、思わず苦笑した。

 これは、違う。

「……いいよ、行って。他の仲間は逃げたと思うよ」

 言葉が通じる気はしなかったが、努めて穏やかに語りかけた。

 ドラゴンマッドと呼ばれる青い竜肌のこの魔物は、総じて知性があるとは言い難い。魔法は一切使わず、手当たり次第に掴んで投げ飛ばしたり、その鋭い爪の前足で殴り込むといった暴れ方をする。その凶暴性は目鼻立ちといった造作にも非常に良く表れていて、名に冠した『狂気』とは特に、彼らの表情から呼ばれたものではないかと思う。

 とにかく焦点の合わない白眼が狂気的、猟奇的にしか見えないのだ。ここに彼らの感情を見出すのは確かに難しい、けど。

「────行かないの?」

 見開かれた瞳に、澱みは全く見えなくて。

 わかっているのかいないのか、二匹とも首を左右に傾げながらこちらを見下ろしている。時折グオゥ、と唸るが、まるで喋るみたいに意向を問うような響きであって、剣呑な色はどこにも見えない。

 先刻、襲撃のとき瞳に宿っていた狂気の光も、今はない。

「……んー。とりあえず、僕らは移動しようか」

 暫し、見つめあったまま考えを巡らせたけど、すぐには決断できなくて。固唾を飲んで見守るみんなを振り返り、改めて先を促した。

「良いので?」

「うん、話せないみたいだし。気になるならついてくるんじゃないかな、多分」

 念の為ガンドフに手綱を任せて、僕は馬車のすぐ後方についた。荷台に乗せたフローラがわずかに幌を開け、心配そうにこちらを見守っている。同じく気にしてくれたらしいピエールも、僕の隣に並んで進み始めた。

 果たして、ドラゴンマッド達はのそりと立ち上がると、迷わず僕らを追ってきた。歩幅は大きいが、追い越さないくらいの速度でゆっくり、休みながらついてくる。何となく雑談は消えて、妙な緊張感を漂わせながら、僕達は山登りを再開した。

 これまでも時折、僕の力が作用して魔物が戦意を喪失することはあったのだけれど、最近はその地に思い入れがある者が多かったのか、特に魔物がついてくることはなかった。僕としてはそれで全然構わなくて、邪気の消えた彼らがスラりんの言う「楽」な気持ちで過ごしてくれたら良いな、と思っていたぐらいだったのだけど。

「ピエールはさ。どうして、僕と来ようと思ってくれたの?」

 ズン、ズズン、とゆったり重い足音が後方からまばらに響く。意外にも一定の距離を保ったままついてくる二匹の竜属を盗み見ながら、傍らを跳ねるスライムナイトに声をかけた。

 鉄仮面の頭を傾く夕陽にきらめかせ、彼はふむ、と小さく唸ってから答える。

「はて、何故かな。……当時のことは曖昧ゆえ、拙者にも正直わかりかねる」

 ピエールがそういう物言いをするのは珍しく、へぇ、と思わず相槌を打った。わりと何でも見通す慧眼の持ち主だから、普段そうやって濁した言い方をすることは少ない。

 続きを期待して尚も覗き込んだ僕を見上げて、ピエールがふ、と苦笑する。

「あるじ殿がどう理解なされているかはわからぬが、少なくとも拙者という魔物は、ヒトよりずっと空虚な存在である」

 そう、かな?

 そんなふうに思ったことはないけど。僕の反応は想定内だったらしく、ピエールはまたくつくつと少しだけ笑った。僕の歩幅に合わせて跳ねる緑のスライムの上で揺られながら、彼は暫し記憶を追うように遠くを見つめる。

 

「……初めて、あるじ殿と剣を交わらせた折。あれは……何と言おうか。執着、と呼ぶものか」

 

 ヒュウ、と吹き抜ける風音に紛れて消えてしまいそうな、彼の独白に耳を澄ませた。

 達観しきった彼がこうして、微かにも戸惑いを口にする様は本当に珍しく、毒気を抜かれたような心地になる。

「あれを生と呼ぶのなら、そこから離れることはすなわち、死に他ならぬ。強いて言うならば、それが答えでござろうな」

 隣を歩く僕にしかわからない、静かな静かな呟きだった。

 やはりひどく抽象的なピエールの回答は、僕には全然正しい意味を飲み込めなかった。けれど。

 そう呟いた彼の声が殊の外、嬉しそうに聴こえて、それだけで僕は言葉を失くした。

 帰りたいと思うことはあるか、訊こうと思ったのに。それすらも出来なくなった。

 初めて僕と打ち合った時、彼は一体何を見たんだろう。

 ……執着、か。

 足を止め、同じ速度でついてくる魔物達を振り返った。すぐに目が合うのは彼らがずっと、僕の背だけを追っていたからだ。

 パトリシアも歩みを止めて、馬車の中から恐々、フローラと仲魔達が顔を出した。腕一本の間合いで魔物達の正面に立った僕を見て、フローラが小さく息を呑む。

 

「……僕らと一緒に行ったら、この山にはもう、戻って来られないかもしれないよ」

 

 ゆっくり、木々の間を吹き抜ける風にのせて。

 見下ろす白眼を真っ直ぐ見つめ返しながら、告げた。

 意味が伝わらなかったのか、ドラゴンマッド達は軽く頭を傾げたようだった。視線はちゃんと交わせているのだろうか、フグゥ……と唸って首を捻り合う様はなんとも可笑しくて、つい笑ってしまった。

 寂しかったんだ。はっきり自覚するのが嫌で、考えないようにしていたけれど。どこにも居場所がなかった惨めな僕は、みんなが共に来てくれる意味もあまり深く考えず、彼らの厚意に甘えるばかりで、こんなところまで来てしまった。

 フローラに恋をして、僕の世界が鮮やかに色づいて。やっと自分を直視できるようになった。そうして彼女が、故郷をも捨てて一緒に来てくれて初めて、その決意が意味するところをまざまざと思い知った。

 みんなには住処があったのに。且て居場所があった彼らを連れ出してきたことを、今になってあまりにも身勝手だったのではないかと今更、悔やんで。

 何が起こるかわからない。ここは僕の祖国かもしれない場所だから、帰れないなんてことはないかもしれない。けど、それでもいつどこで命を落とすかわからないし、万が一僕が死んだら、ついてきてくれたみんなへの責任を負いきれなくなる。君達にとってはここを離れなければしなくていい苦労が、これから先、きっとたくさんあるのだろう。

 ────それでも、

 今、目の前にいる君達が、僕に『執着』を、覚えてくれているのなら。

 

「それでも……、来る?」

 

 静かな決意をみなぎらせ、四つの瞳に問いかける。

 二匹のドラゴンマッドはさしたる躊躇いも見せず、身体を思いきり屈めると、斜視のようなギョロ目を僕の目の高さに合わせて覗き込んできた。

 初めからそのつもりだと、言ってくれているように見えた。

「……そっか。そうだね」

 鼻先に近づいた二匹の額を撫でる。クォン、と初めて、甘えるような声でドラゴンマッド達が答えた。

 いつだって先に心を開いてくれるのは、君達の方だ。

「試すような真似をしてごめん。一緒に行きたくて、ついてきてくれたんだね」

 本当に、人の言葉を理解しているのかはわからないけど。

 僕の言葉を聞き届けた二匹が、まるで恭しく、身を屈めて僕の前に頭を垂れた。

 いつかピエールが従属を誓ってくれた時のような、

 真っ直ぐな信頼と、承服と引き換えに、

 ────今、この時から。僕が君達の存在を預かる。

「テュールさん……それでは」

「うん。一緒に来るって」

 恐る恐る声をかけてくれたフローラを振り返って、張り詰めていたものを緩ませた。同じく緊張しながら見守っていたスライム属達が、おおー、と揃って声を上げる。

 他の仲魔達も、どこかほっとした様子で僕達を見守ってくれていた。

 ようやく訪れた和やかな雰囲気が、何故か、泣きたいほど優しく、愛おしく感じられた。

 

 

◆◆◆

 

 

 それから程なく、今夜の露営地を見繕う為、僕達は夕暮れに差し掛かる山の中をうろつき始めた。

「でも、そっか。言葉喋れないんだよね。名前、どうしようか」

 歩きながらううん、と首を捻る。今までの仲魔達はプックル以外は片言でも喋れたから、本人達から名前を聞けばそれで済んだ。プックルの時はどうだったっけ、と記憶を弄ったが、確かビアンカがお気に入りの絵本から名前を羅列してくれて、その中から選んだような気がする。うん、今の僕にはあまり参考にならない。

 あ、じゃあフローラにいくつか候補を挙げてもらったらどうだろう? 博識な彼女なら好きな本の登場人物とか、尊敬する偉人の名前がいくらでも出てきそうだし。んん、でも、ドラゴンマッドか。どちらかというと武人からとった方がいいのかな。いやでも、勇者や剣士の名前っていうのもなんだかなぁ……

「ドラゴン、マッド……」

 予想外の難題に直面し、つらつら思考を巡らせながら種族名をぽつり、呟いた。字面を反芻する以外、本当に何の意もなかったのだが、ほとんど口の中だけで呟いたそれに二匹がそれぞれ鋭く反応した。

 え、とそちらを見ると、やや目を見開いたふくよかな方がさっきの語尾に反応して、ひたすら尻尾を振っている。

「え、マッド? マッド、がいいの? もしかして」

 まさかと思いながら繰り返すと、それだ! とばかりに飛びついてくる。うわわ、と襟元を引っ張られながら必死に宥めた。マッドが引いたと思ったら、もう一方のドラゴンマッドも急かすように頭を突っ込んできた。こちらはわずかだったが、「ドラゴン」の方の単語に角をピクリと震わせていたのだ。

「うわ、待って。でもドラゴンってそのまんま竜じゃ……え、ドラゴン? じゃない、ラゴン?」

 違う違うそっち! と言いたげにグァオと鳴いては頭を振る。ようやく言い当てると、満足したように鼻息をふんすと噴き出した。ああ、ひとの頭の上で暴れるから、ターバンがぐちゃぐちゃ。

「ラゴン。……君は、ラゴン? それでいい? 本当に?」

 乱れてすっかりずり落ちたターバンを外しながら問うと、どうやら気に入ったらしいラゴンは僕の黒い頭のてっぺんに顎を乗せて、グァウー! と機嫌良く吠えた。本当にそれでいいんだ。ちょっと複雑な気分だけど……ていうか、重い。

「……言ってはなんだが、あるじ殿の名付けはなかなか……」

「え、僕⁉︎ だって今、明らかに返事してたよね⁉︎」

 隣で聞いていたピエールがひたすら笑いを噛み殺している。なにそれ不本意‼︎ 今の、僕が名付けたことになるの⁉︎

 ただこの二匹が、僕が呟いたタイミングで反応して、それが良いって言いたげにしていたから確認しただけなんですけど……!

 確かに僕だってどうかと思うよ。ラゴンにマッドって、ほんとに何の捻りもないじゃん。いや当人達が満足げにしてるし、捻りがあればいいってもんでもないけどさ!

「お二方の仔の名付けは、奥方殿が今からよくよく練られた方が宜しいのでは」

「ピ、ピエールさん……っ!」

 名付けを出しにさらりと茶化され、赤面し狼狽えたフローラを見た瞬間、頭にかっと血が昇った。嬉しいとか恥ずかしいとかいう以前に、いち早くピエールを遮った彼女にまた、子供のことを言われるのは嫌だなんて思われてしまったら────

「余計なこと言わなくて良いから‼︎ …………っ、とにかく、ここから一緒に行くよ。みんなも色々教えてあげて」

 ほとんど反射的に声を荒げてしまい、咄嗟に息を飲んだ。

 何やってる、八つ当たりじゃないかこんなの。足下から駆け上った恐怖を一瞬制御しきれなかったことに酷く動揺したが、言われたピエールはさほど気にした様子はなく、僕の言葉を飄々と受け流しておもむろにドラゴンマッド達に近づいた。彼とは凡そ四、五倍ほども体格の違う二匹をしげしげと見上げながら「ほう、これは。走らせたらどちらが速いかな」などと嘯いている。

 流してもらって、安堵するくらいなら言うな。心の中で激しく己を叱咤し顔を上げた。他の仲魔達もどうやら気にした様子はなかったが、ただ一人、フローラだけが少し心配そうに、眉尻を下げて僕を見つめていた。

 やっぱり、君には気付かれてしまうんだな。

 情けない、申し訳ない気持ちを飲み込み、緩く首を振って微笑んで見せる。それでも目を合わせるのは怖くて、彼女の足下の地面に何となく視線を逃した。久々に重い自己嫌悪を覚えて小さく溜息を零したその時、「きゃっ⁉︎」とフローラのひどく驚いた声が聞こえた。

 ぱっと顔を上げると、いつの間にかマッドとラゴンが、何故かフローラを囲んで見下ろしている。

 怯えた妻との間に慌てて割って入り、匂いを嗅ごうとするラゴンを掌で制した。グォ? と不思議そうに僕らを見下ろす二匹をまっすぐ見つめて、心を落ち着かせ、できるだけ穏やかに話しかける。

「いきなり近づいたら、びっくりしちゃうんだ。特にここにいるみんなは、僕も含めて、君達をまだよく知らないから。……でも、ちゃんとみんな、仲良くしたいって思ってるからね」

 勝手に代弁してしまったが、背後のフローラが尚も緊張しながら頷いたのがわかった。その気配にほっとして、言葉を続ける。

「だから、ゆっくり仲良くなっていこう? ……大丈夫」

 とりあえず今は、いきなり顔を近づけるのはやめた方がいいと思うよ。伝わったかはわからないが、丁寧に二匹を諭してから妻を振り返った。「大丈夫?」と問うと、若干血の気が失せた顔でこくりと頷く。心配したスライム属達がぽよぽよと近づいてきて、慰めているのか、何やら口々にフローラに話しかけている。

 囲まれた時に落としたのだろう、彼女の足元に白い帽子が落ちていた。拾い上げて軽く砂埃をはたき、結い上げられた碧髪にそっと載せてやる。

「いきなり覗き込まれると、びっくりしちゃうよね。どっちも身体、大きいし。……なんか、仲良いよね。あの二匹」

 強張ったままのフローラに代わって、周りの軟体三匹がうんうんと勢いよく頷いた。さりげなくマッドとラゴンを誘導し離れてくれたピエールに感謝しつつ、ドラゴンらしさを漂わせる背中の翼を眺める。あれ、飛べるのかな。飾りみたいに小さな翼だから、少なくとも今は無理そうだけど。

 彼らは、兄弟なんだろうか。実は双子だったりして。

「……それにしても、さっきからフローラのことばかり気にしてるね。あれかな、ドラゴンマッドって何となく、幼い感じがするから」

 二匹とも、離れても尚ちらちらとフローラを覗いている。

 何がそんなに気になるのか、さすがのフローラも自分の倍ほども大きい魔物は怖いようで、ホイミン達に囲まれながら遠巻きにそちらを見ていた。僕のふとした思いつきを聞き咎め、不思議そうに首を傾げる。

 ほら、ドラゴンってすごく大きそうな気がしない? ただの主観だし実際に見たことはないけど、本物のドラゴンは僕より頭二つ分なんて大きさじゃないと思うんだよね。動きを見ていても何となく、幼い感じがする。習性なのだろうけど、知性より本能や好奇心で動いているような感じ。

 図鑑を見る限り、ドラゴンマッドが何かの幼竜だとは書いていなかったはずだけど。今度、魔物研究所に寄ることがあったら聞いてみようか。

「あ……あの、それが私と、どう」

「え? だから、フローラをお母さんだと思ってて、甘えたいのかなぁって」

 何気なく返した言葉に、フローラが音もなく固まった。

 あ、いつものフローラだ。なんて思ったらものすごく嬉しくなった。久々に耳や首まで真っ赤にして、フローラは何も言えず、目を泳がせて俯いてしまう。そこへ空気を読めないスラりんのナイスフォローが底抜けに明るく響いた。

「あっ、わっかるー! ふろーらちゃんってなんだかすっごく、あまえたくなるもんねー!」

 うんうんうんっ! と頭がもげそうなほどぷるぷる頷いたのはしびれんで、ホイミンは何やらほわほわ嬉しそうにフローラの周りを漂っている。対するフローラは頬を紅潮させたまま、困惑を隠せずにいた。大好きなスライム属達にそう言われるのは満更でもないらしい。

「そ、……そう、なの、ですか?」

 真っ赤な頬を両手で包み、フローラはおずおずスライム属達を見回した。視線を受けた青い軟体達は三者三様に喜色満面の笑みを見せ、頭をぷるぷる上下に振ってみせる。

「まえからやさしくてー、いいにおいだけどー。なんだかこのごろ、もーっといいにおいがしててねー! だーいすきー!」

 えっへへぇ、と笑顔を蕩けさせ、ぴょんと跳ねたスラりんがちゃっかりフローラの胸に飛びついた。……ああああちょっと⁉︎ 役得だなスラりん‼︎

「あ〜っ! ずる〜〜いスラりん!」「し、し、しびれんがっ、いちばん、なのっっ!」

 慌てたフローラが青い軟体を抱き止めて、気色ばんだ他のスライム属達も一斉に彼女に群がった。やいのやいの盛り上がる彼らに釣られ、四つのぎょろ目でそちらを注視していたラゴンとマッドも青い集団を再びのそのそ取り囲む。いや、青い絵面だな。狼狽えるフローラに構わず、自分達も撫でろと言わんばかりに両者ともぐいぐい頭を押しつけあっている。

 何これ、何が起きてんの。唖然とする僕をピエールがぽんぽんと叩いた。鉄壁の鉄仮面なのに、向けられているのが憐れみに満ちたぬるい笑みだとわかるのは何故だろう。いやもうほんっと腹立たしい。

 ……僕だって、彼女と睦み合いたいのをここ数ヶ月、めっっっちゃくちゃ我慢してるんだよ⁉︎

「ストップ、待った! そういうのはせめて野営の時にして‼︎」

 もみくちゃにされかけた妻を仲魔達から奪い返し、どさくさ紛れにぎゅっと抱きしめた。え、あの、とフローラはますます困惑したが、素知らぬ顔でもっと強く抱き込む。ぶーぶー文句を垂れるスライム属達はまるっと無視して、フローラを捕まえたまま幼竜二匹と相対した。僕より頭二つ分大きい二匹はどちらもすっかり興奮して、ギャウギャウ唸りながら白い眼球を忙しなく動かしている。

「このひとは、僕の、奥さんです。僕の! 優しいひとだからって無理に迫ったら絶対だめ! 君達の方が身体、大きいから! スライムみたいに飛びついたら潰れちゃうからね⁉︎」

 ドラゴンマッド達の喚き声に負けじと、つい語気も荒く叫んでしまった。私情が混じったのは否定しない。どこまで意味が通じたかはわからないが、言いたいことは伝わったようだ。しかし普段あまり強く言わないからか、他の仲魔達も今度こそ呆気に取られて僕を見ている。さっき反省したばかりであることをはたと思い出し、思わず臍を噛んだ。

 ……莫迦! 言い過ぎだ、子供みたいだなって微笑ましく思ったくせに。二匹とも言えばちゃんとわかってくれるのに、あんな言い方することなかったじゃないか。

 あれほど興奮していた二匹が見るからにしょんぼり大人しくなってしまい、ますます居た堪れなさが加速していく。ああもう、どうして僕はさっきからこうなのか。

「…………あの、驚いてしまって、ごめんなさい」

 やっぱり謝ろう。口を開きかけたその時、そろりと僕の腕の中から顔を出したフローラが、幼竜二匹を見上げて遠慮がちに声を発した。

 りりん、と澄んだ鈴のようなその響きが、気まずい空気を嘘のように押し流していく。

「テュールさんが仰った通り、お友達が増えてとっても嬉しいです。よろしくお願いしますね。マッドちゃん、ラゴンちゃん」

 ふわり、やわらかく微笑んで。フローラが手をそっと伸ばした。恐る恐る、ざらついた竜肌の鼻筋に優しく触れると、さっきまでの興奮が嘘のように二匹とも落ち着きを取り戻す。グルルゥ、ゴアーゥ、とそれぞれ甘えるような喉声を鳴らして、白い華奢な手に大きな鼻先を擦りつけたり、ぺろぺろ舐めたりしている。

 噛まないか心配だったけど、大丈夫そうだ。くすぐったそうに笑うフローラを尚も抱きしめて見下ろしていたら、つい先日も過った疑問がうっかり、口から零れ出た。

「……これでも本当に、()が魔物遣いなんだと思う?」

 この情けない問いに返ってきたのは、各々が吐息に意味を含ませた沈黙であった。マーリンはこれ見よがしに溜息をついたし、プックルは呆れて荒々しく鼻を鳴らした。困惑し、宙を仰いだフローラの視線を受け止めたのはガンドフで、穏やかに頷くその脇に集まっていたスライム属達は円い目をぱちぱち瞬かせ、不思議そうにこちらを見ている。

 また失言だったらしい。慌てて取り繕おうとした僕を、ピエールの低い、包み込むような声がやわらかく押し留めた。

 

「主があるじ殿であればこそ、我々は奥方殿に親しむことが出来る。……ご案じ召さるな」

 

 みんながそうやって言ってくれるたび、嬉しいのと同じくらい、どうしてそれが僕なんだろうって戸惑う自分がいて。

 ただ、そんな想いに報いたいと思う心だけが本物だと。今の僕にはそれしか、自信を持って言えることがなくて。

 まるで僕の胸中を読んだかのように彼はふ、と小さく笑い「揺らがずに居てくだされば良い。他は望まぬ」と付け加えた。

 黙って淡く微笑みを返し、頷く。

 僕が僕で在るだけで良いと、君達はそう言ってくれるのだ。

 ただ主従としてあるだけでなく、友として居てくれることが嬉しい。僕だけでなく、他の人間に良くしてくれることも。こちら側にはかけらも居場所がなかったはずの君達が、いつの間にか存在感を得て活き活き過ごしている様が。そんな輪が、本当に少しずつ、広がってきていることが。

 僕と視線を交え、こうして心まで交えてくれた奇跡。

 それを守ることもまた、主人である僕に出来る、大切な務めなのだと。

 喜んで守ろう。不快ではないと、笑ってこの関係を築いてくれる君達を。魔物である君達だけれど、今の在り方が真実彼ららしいものなのだと、彼ら自身が望み、選んでくれたものであると。それを誰より、僕が肯定していられるように。

 情けない溜息を吐いて腕を緩め、ようやく妻を解放した。早速鼻息も荒く妻に甘えを乞う図体のでかい二体を見上げて、僕もそっと、青い竜肌に手を伸ばす。

「さっきはごめん。きつく言いすぎた」

 硬い首筋を撫でると、グァウ、とマッドが嬉しそうに鳴いた。誘われるようにラゴンも身を屈め、ざらつく舌でべろりと頬を舐めてくる。

 こういうスキンシップにもすっかり慣れちゃったあたり、我ながら骨の髄まで魔物遣いだなぁ、としみじみ思う。

「うん。これから、よろしくね」

 呼びかければ二匹とも、応えるように髭を振って、青い鼻を代わる代わる僕の掌に擦りつけてきた。

 ここに居るみんなとも、こんな始まり方だったかな。

 顔を擦り寄せ、親愛の情を伝えてくるドラゴンマッド二匹の首を両腕に抱き寄せて、ぽんぽんと優しく撫で返してやる。

 いつの間にか、遠く眼下の森奥に広がる海と空の境界線を、沈みかけた夕陽が鮮やかに染めていた。

 やわらかく燃えるその光が、この一瞬を鮮やかに照らし出す。

 体格の割に小振りな彼らの翼を、その背を。

 僕と、馬車と、見守ってくれる大切な仲間達を。

 誓いの時を刻むように、すべての影が一つに溶けた。

 

 

◆◆◆

 

 

 因みに、その晩の野営中は僕がさりげなくフローラの隣に落ち着こうとするたび「やえいのときにしてっていったー!」「いくら奥方殿がお優しい方だからと言って、夜な夜な迫られるのはどうかと」などと仲魔達に言質を取られて散々阻まれ、またおちょくり倒された。憮然としている間に彼女の両脇は新入りのマッドとラゴンに、膝と肩はスライム属達に占領されて、すっかり割り入る隙がない。

 頭に血が上った時ほど発言には気をつけた方がいい。そんな当たり前の教訓を僕はこの日、嫌というほど噛みしめたのだった。




今回は挿絵はお休みして、落書きをひとつぺたりと。

【挿絵表示】

テュール視点ですと語れない、赤面した時のフローラの内心です。お互いちゃんと想い合っているし、気持ちの方向性は同じなのにすれ違っていく。そういう切なさが好きなの。
両想いなのにいつまでも片想い同士みたいな二人。作中の時間では、あと二ヶ月でようやく、出逢って一年になりますね。

今回二匹仲間入りしたのは、執筆中に進めた冒険の書でたまたま二戦連続ドラゴンマッドが起き上がったからです。ほぼ同時とか美味しい!とそのままネタに変換しました。関係性はご想像にお任せします。双子フラグも美味しいですねー。
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