Bright Azure ── 輝ける碧【DQ5主フロ】   作:サクライロ

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#9. 独白

 僕の、消え入りそうなほど小声になってしまった告白に、ビアンカは束の間言葉を失ったようだった。

 気心知れた幼馴染に求婚のことを伝えてしまったという事実に、じわじわと恥ずかしさがこみ上げる。多分また思いっきり赤面してしまっていることだろう。せめてもと顔を背け、片方の掌で熱を持った頰を覆い隠した。

「…………きゅう、こん?」

「あの、花のじゃなくてね」

「分かってるわよ! そんなの間違えないってば!」

 ついふざけた返しを入れてしまうものの、こちらも恥ずかしさを誤魔化したい一心なのだが。僕以上に動揺を隠さないビアンカがすかさず大声で叫び返す。

 そしてまた、時計の秒針がチクタクと時を刻む音ばかりがしめやかに流れて。

「──結婚、するの? テュール」

「え……あ、いや、えっと」

 ぽつり、とビアンカにそう問われ、しどろもどろになりながら言葉を探す。

「多分、すぐには……無理だと、思ってるけど……でも、──うん」

 ああ、やっぱりこういう話題にはどうしても耐性がない。人のことは聞き流せば良かったけれど、自分のこととして話すのはどうにも落ち着かなくて駄目なのだ。大体、この気持ちを自覚したのだって本当につい最近で、ほとんど誰にもこんな話をしたことはないのだから。ますます熱の上がっていく顔を木卓に突っ伏し、腕に埋めて隠した。一言、ビアンカに答えるたびに自分の鼓動がうるさくなっていく気がする。

 もうちょっと、堂々と自分の気持ちを言葉にできるようにならないと──この想いと向き合う勇気を持たないと、あの人に伝えることなんていつまで経っても出来そうにない。

 自分の小心ぶりに密かに溜息をついていると、

「……ね、どんなひと?」

 突っ伏したままの僕に、優しく。

 ビアンカが更に問いかけて来る。

 熱い顔を少しだけ、彼女の方に向けると、ビアンカは頬杖をついたまま穏やかに僕を眺めていて。

「やぁだ。耳まで真っ赤」

「うるさいなぁ」

 茶化すようにくすくすと笑うビアンカに、僕は精一杯の悪態をつく。

「どんなひとなの? 聞かせてよ。ねっ?」

 小さな子供に言い聞かせるような、その穏やかな声音に、僕は懐かしい記憶を垣間見る。

 昔、父に連れられて泊まったアルカパの宿屋で。僕は当時サンタローズの家のことを何でもしてくれていたサンチョに会いたくて、恋しくて泣いてしまったことがあった。

 早く帰りたくて駄々をこねた時、ビアンカがいつもこうやって、優しい声で背中を撫でてくれた。

 ──サンチョさんってどんなひとなの? お姉ちゃんに教えてよ。

 埋めた腕から顔を持ち上げて、そっとその表情を窺えば、あの頃より大人びたビアンカが優しい眼差しで僕を見ている。

 その、何もかも抱きとめてくれそうな優しさに誘われるように、僕は思いつくまま、躊躇いがちに言葉を紡ぐ。

「碧くて、白い……ひと。すごく、澄んでて……、なんていうか、清らかな魂を持った、ひと」

 僕の辿々しい言葉に、ビアンカは「詩人ねぇ」と小さく笑う。

「でも、領主様のところのお嬢様だなんて、すごい人に申し込もうと思ったものね。怖いもの知らずっていうか。それでそんなに真っ赤になっちゃってるんだからさ、大胆なんだかそうじゃないんだか」

「──初めてなんだよ。こんなの……仕方ないだろ」

 もう、どうとでもなれだ。半ば自棄っぱちな心情で僕は頰を抑えたままそっぽを向く。荒療治と思ってこの場を乗り切ろう、と心密かに決意して。

「へぇ。初恋?」

「悪い?」

「やだ、開き直らないでよー。それで? そのお嬢様とは、もういい仲なわけ?」

 だがしかし、話術はどうしたってビアンカの方が一枚上手らしい。拗ねる僕にころころと楽しそうに笑うと、木卓の上で腕を組み僕の方へと身を乗り出した。

「いい仲って、ビアンカ、その言い方おばさんっぽいよ」

「うるさいわね! こういう話は冷やかす方は楽しいもんなの。──で、どうなのよ? お嬢様とは」

「どうって……まだ知り合って数日だし、どうも何もないよ。……僕が一方的に、────すき、……なだけ」

 ささやかに反撃を試みたものの、やはり呆気なく切り返される。せめてこれだけは卒なく言おうとしたのに、ほら。

 羞恥のあまり、好き、の一言をどうしても言い澱んでしまって。気持ちを振り絞りなんとか口にしたもののその瞬間、今日一番に顔が熱く火照り出すのを感じた。

 どうして、想いを言葉にするのはこんなにも難しいのか。

 そういえば、アンディと死の火山で言い合いになった時。あの時叫んだ言葉も、勢いで出たものだったとはいえ僕を縛るには十分すぎるまじないだった。

 ──とっくに、逃れられなくなっているくせに。つくづく小心者だ。僕は。

 さっきからばくばくとうるさく動悸する心臓がもうそろそろ口から飛び出てしまいそうな気がして、目の前のミルクを急いで飲み干し顔の熱を誤魔化した。

「ふ──ん、そっかぁ」

 人の気も知らず、ビアンカは少し拍子抜けしたように宙を仰ぐと、背もたれに体重を預けてキィ、と椅子を鳴らす。

「そういうことなら、明日はそんなにゆっくりしてられないね。先に他の人にリングを見つけられちゃったりしたらテュール、泣きそう」

「泣かないよ! ──……一応、もう一つの指輪は見つけてあるから……そうならないといいなとは思う、けど」

 反論ついでにうっかり口を滑らせた僕に、またしても興味津々という目つきで「もう一つって何? なぁに?」とビアンカが聞き返して来る。

 こんな流れ、つい最近他にもあったような気がするな。

 結局僕はビアンカに押されるがまま、先に炎のリングという指輪を見つけてあること。実はその二つを結婚指輪として持ち帰ることが求婚の条件であること──を、洗いざらい話させられた。もう、結婚だの求婚だのと口にするだけで顔から火が出そうだったが、ビアンカはそんな僕を楽しそうに、でもどこか寂しそうに眺めながらも僕の話を聞いていた。

 そうしてだいぶ夜も更けた頃、明朝必ず水門を開けてくれるとビアンカと約束をして。

 僕はビアンカの、少し小さいベッドを借りて就寝した。

 

 

 

 久々に、胸が重苦しいような気配を感じて身じろぎをした。

 ぼんやりとした視界を凝らすと、殺風景な石造りの、洞窟みたいな天井が暗く映った。

 現実感のないその光景は、僕がもう長いこと見続け、見飽きたものだった。

 ──夢、かな。

 多分そこは、僕がまだずっと幼い頃、閉じ込められ逃げ出せなかった大きな暗い、暗い牢獄。

 あそこではすぐ近くにいつもヘンリーがいてくれたけれど、他の、周りに居た者たちは誰も彼も恐ろしくて仕方なくて、でも夜が来て眠ろうとすると父さんの最期の叫び声がどうしても耳から離れなくて。

 こうやって、夜中に何度も一人で目を覚ましては、声を殺して泣いたりしていた。

 どうしても心細い時、薄すぎるぼろぼろの毛布を固く握り締めながら目だけをぎゅっとつむっていた。

 そうして時間が過ぎるのをただ待っていると、あの子が迎えに来てくれる気がした。

『テュール。ねぇ起きて、テュール』

 真っ暗に寝静まった夜の部屋に、忍び込んでは僕を起こしてくれた小さな手。

 真っ暗な部屋でもわかってしまうくらい目をキラキラさせて、『さ、行きましょ』と手を引いてくれた彼女。

 どうしているだろう。今も、お転婆ばかりでおじさん達を困らせたりしているだろうか。

 たった今この場に起こしに来てくれることはないと、幼いながらにきちんと理解はしていたけれど、僕はいつしかビアンカとのその思い出を夜、眠る時の支えにしていた。

 あの小さな手を、あの輝く瞳と金の髪を忘れなければ、僕はどんな暗闇に捕まっていても自分を見失わないでいられる。

 そう、何度も何度も言い聞かせて。

 

 

「──ル。起きて、テュール」

 

 耳元で甘く、悪戯っぽく名前を呼ばれ、今度こそ本当に身じろぎをする。

「おはよ。よく眠れた?」

 まだ、夢との境目がはっきりしない頭でぼんやりと声の主を見る。目に映り込んだのは暗い岩天井などではなく、窓辺から差し込む朝陽に照らされた明るい部屋。そして、傍らで楽しそうに僕を覗き込む、大人びた幼馴染の顔。

「……おはよ。ん、よく寝たよ」

 まだ半分くらい微睡みの中にいる僕は、ほとんど鸚鵡返しに答えてはにかむ。何だか、目が覚めた時に人がいる、というのがひどく新鮮で。そういえば、誰かに起こしてもらうのはヘンリーと別れて以来だっただろうか。

「なぁに? 幸せそうな顔しちゃって。いま朝食用意するから、顔洗ったら父さんと一緒に待っててあげてよ」

 目をこすりながら身体を起こすと、鼻唄でも歌うようにビアンカが肩を揺らしながらキッチンへと去っていく。言われた通り洗面台を借りてさっぱりさせた後、僕はダンカンさんの寝室を覗きに行った。

「おはようございます、ダンカンさん」

「お、おはようさん。昨夜は随分と盛り上がっていたね?」

 ダンカンさんも上機嫌で僕を迎え入れてくれる。うーん、盛り上がっていた……のかな? 思い返せば、僕が冷やかされてばかりだった気がするんだけど。

「そう、ですかね……なんて言うか、ビアンカにやりこめられっぱなしでした。情けないんですけど」

「ははは。こりゃ尻に敷かれるな。あの子は母さんに似て気が強いところがあるからなぁ」

 溜息交じりの僕の返答に、ダンカンさんが声を上げて笑う。笑った後、少しだけ苦しそうに噎せてしまったので、僕は慌てて身体を支えてその背をさすった。

「──ああ……すまんね。つい嬉しくて、年甲斐もなく浮かれてしまって」

 顔を覗き込むと、ダンカンさんは少しだけ、困ったように笑った。

「大事にしてくださいね。ビアンカのためにも」

「ああ、うん……テュール坊、そのことなんだが……少し、話を聞いてくれないかい?」

 咳が収まった様子を見て僕は頷き、ベッドの傍らに置かれた小さな椅子に腰掛ける。ダンカンさんは「有難うな」と一言呟き、一度目を閉じて長く息を吐き出した。……何から話そうか、少し躊躇っているようにも見えた。

「本当は昨日、話したかったんだがね。──坊は、ビアンカと一緒になってくれる気はないかい?」

「…………え」

 思考が、一瞬でまっさらになる。

 言葉を詰まらせた僕を見遣り、ダンカンさんは目を細めて頷きながら、もう少しだけ声を潜めた。──多分、ビアンカに聞かれないために。

「突然こんなことを言って、驚くだろうね。でも……坊なら安心してビアンカを任せられる。なんたってあのパパスの息子だし、ビアンカもずっと……おっと、これは私が言ってはいけないな」

 照れ臭そうに、ダンカンさんは笑って鼻の頭をかいて。

「もちろん、坊が旅を続けなくてはならないことはわかっているよ。だからこそ、ビアンカを一緒に連れて行ってやって欲しいんだ。あの子は外の世界が大好きだからね」

「ダンカンさん……あの」

 何とか、ダンカンさんの話の合間に言わなくては、と思い呼びかけたが、ダンカンさんは分厚い掌を顔の前にかざして僕を制止した。

「最後まで、聞いておくれ。──これはビアンカには言っていないことなんだが、実はビアンカは……、私達夫婦の、実の娘じゃないんだ」

 あまりの独白の重さに再び絶句した僕に、ダンカンさんは少し、疲れたような笑みを見せる。

「私はこんな身体だし、この先どうなるかもわからん。そう思うと、この先たった一人で残されるあの子が不憫でね……それでなくとも、ビアンカは子がなかった私と母さんにたくさんの幸せをくれた。だから、私もあの子を精一杯、幸せにしてやりたいんだよ」

 扉の向こう、今も家事に勤しむ彼女を慈しむように。

 ダンカンさんの瞳はやっぱり、ルドマン卿に見たそれと同じ色をしていた。

 ビアンカの幸せを、誰よりも願う親の瞳だ────

「お待たせ! さぁ、出来たわよ。……何の話してたの?」

 声かけとほぼ同時、ノックもなしに扉を開け放ったビアンカは、室内の微妙な空気に目を丸くすると怪訝な顔で僕とダンカンさんを見比べた。こんな話を聞いてしまった直後だったから、何となく気まずさを感じつつも僕は愛想笑いを顔を貼り付け、ダンカンさんもまたばつが悪そうに目を逸らす。

「なんでもない。用意してくれてありがと、ビアンカ」

「あ、うん。テュールは昨日と同じところに座ってね! 父さんもほら、食べましょ」

 僕のそれはとってつけた笑顔だったが、ビアンカはすぐに太陽の如く良い笑顔を僕に向けると、扉のそばに立って手招きをする。頷き、未だベッドに腰掛けたままのダンカンさんに手を差し伸べた。

「行きましょうか」

 立ち上がる時の支えのつもりだったが、ダンカンさんは感無量と言うように目を細めると、手を差し出した僕と、ビアンカとをしみじみと見比べた。

「坊も、父さんを亡くしたからわかるだろうが……ビアンカも本当は寂しいんだよ。なんと言っても母さんっ子だったからね」

 唐突に故人を話題に出され、僕もビアンカもなんとなく固まってしまう。それをどう解釈したものか、ダンカンさんはますます感じ入るように頷きながらも僕を見つめる。

「ビアンカもテュール坊が来てくれて、昨日から本当に嬉しそうにしとるよ。なぁ、坊。ビアンカのことを、よろしく頼むよ」

「ちょっ、ちょっと! もう、何言ってるのよ父さん」

 今度はビアンカが慌てた声を出した。動揺した風にベッドの側に駆け寄り、僕をぐいぐいと扉の方へ押しやりながら父親の腕を引っ張る。「早く食べましょ、ってば」なんて言いながら、ビアンカは──ほんの少し気恥ずかしそうな目で、僕をちらりと見やった。

「あ、うん、ごめん。居間に行くね」

 押されるがままになんとなく謝りながら寝室を出る。背後からは尚も親子がわやわやと言い合う声がする。変なこと言わないでよもう! と叫ぶビアンカと、いいじゃないかといなすダンカンさんと。仲がいいなぁ、と思わず笑いが漏れたが、そういえばさっき、ダンカンさんにちゃんと言えなかったことに思い至り、少しだけ気分が落ち込んだ。

 ──僕が今、別の女性に求婚したいと思っていること、知ったらがっかりさせてしまう、よな。

 昨夜のビアンカは僕を冷やかしてばっかりで、それはそれで大変気疲れしたものだが、ダンカンさんの方は奥さんを亡くした上、病人なのだ。

 気落ちの末にもっと体調を崩して寝込んでしまうことだってあり得そうで、僕はますます気分が重くなるのを感じた。

 ……ダンカンさんと親しかった父さんがもしここに居たら、ダンカンさんの申し出を喜んで僕に勧めただろうか。

「あら? テュール、どうかした?」

 ようやっとダンカンさんを説き伏せたらしいビアンカが彼を引きずって居間へと戻ってきた。俯いた僕の顔を覗き込み、きょとんと首を傾げてみせる。

「あ、ううん。なんでも」

「わかった。水のリングのこと考えてたんでしょ? きっと大丈夫よ。テュールならすぐに見つけられるって!」 

 朗らかな笑みと共に彼女はそう言い、僕の目の前に焼きたてのパンとスープを並べてくれる。僕も立ち上がり、それぞれのコップにミルクを注ぎ入れるのを手伝った。

「なんだい、リングって? 坊は探し物をしているのかい」

「そうなのよ。それで水門を開けて欲しいんだって。ここ数日、そう言う人が何人も来てたじゃない?」

 ビアンカの言にダンカンさんがふむ、と頷く。そして、手元のパンを楽しそうにちぎりながら、ビアンカがとんでもない提案をしてくれた。

「だからね、私もテュールと一緒に行って、リング探しを手伝ってあげようと思って!」

「は⁉︎」

 あまりの衝撃にパンの塊をうっかり飲み込みかける。げほげほ、と噎せこむ僕に、その返答がお気に召さなかったらしいビアンカが鼻白んだ視線を向ける。

「は? って何よ。いいじゃないの、私だってテュールには幸せになって欲しいもんね」

「ビアンカ? どういうことだい?」

 僕らのやりとりに今度はダンカンさんが怪訝そうに首を傾げて。ああ、これは──藪蛇だ。

「あのね、テュールったら……、結婚したい人がいるんだって!」

 彼女がうきうきと言い放ったその瞬間、居間に満ちたこの空気をなんと表現したら良かっただろう。

 さも愉しげに僕をつつこうとする幼馴染と、俯いて固まる僕と、凍りついたように僕を凝視するダンカンさんの痛いほどの視線と。

 ──混沌、とはこう言う事象ではないだろうか。余りに居た堪れない。

「水のリングっていうのを持ち帰ることが求婚の条件なんですって。だから先日から男の人が水門開けろってたくさん来てたのね! ──そういうわけだから、私も一緒に探してくるね。何日かしたら帰ってくるわ」

「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってビアンカ」

 またしても僕の意見など微塵も聞かず話を進める幼馴染に、僕は必死の思いで声を割り込ませる。

「僕抜きで勝手に決めないでくれよ。ものすごく危険かもしれないのに、連れてなんて行けないよ」

「あら、私それなりに戦えるわよ? 一人でこの辺出歩いたりしてるしね。テュールに迷惑はかけないから! ね? いいでしょ?」

「良くない。本当に、何があるかわからないんだから。ビアンカに何かあったら、僕はダンカンさんになんて詫びればいいのか」

「考えすぎよー。自分の身くらい自分で守れるってば! それに、テュールがもし大怪我でもしたら、担いで帰ってくる人間が必要でしょ?」

「それは仲間がいるから平気……ていうか、縁起でもない想像しないでくれる⁉︎ なんで僕が運ばれるのが前提なのさ‼︎」

 駄目だ、口では到底敵いそうにない。それでも僕はなんとか食い下がろうとしたが、ビアンカがちらつかせた伝家の宝刀を前に呆気なく陥落させられることとなった。

「あーら、そんな口きいちゃっていいのかしら。水門の鍵は、わ・た・し・が、持ってるんですけど、ねー?」

「…………っ」

 卑怯。この上なく卑怯だ。悔し紛れに軽くビアンカを睨めつけたが、当のビアンカは涼しい顔でミルクを飲んでいる。この押しの強さに僕が勝てる日などきっと永遠に来ないのだろう。

「ってことだから父さん、しばらく留守にするね。ご飯はいつもみたいに用意しておいたから、自分で食べられるわよね? 水門の鍵は私が持って行くから、もしこの後また水門開けてほしいって人が来たら『管理人がしばらく不在です』って言っておいて。別に帰ってもらってもいいし! どのみちリングは私達が見つけるんだから、ねっ」

 名案! とばかりにぱちんと手を叩き、ビアンカは本当に楽しそうに語る。そんなビアンカをどこか諦めた瞳で僕は見遣り、ダンカンさんはやや申し訳なさそうに肩をすくめた。

 取り残された男同士、何とも言えない表情で顔を見合わせる。

「……坊、よろしく頼むよ」

 駄目押しで、遠慮がちに頼まれてしまえば、僕にもう逃げ場などない。

「うふふっ、また一緒に冒険できるわね!」

 そんな微妙な空気など全くお構い無しで、肝の座った僕の姉貴分は眩しいほどの笑顔をこちらに向けたのだった。

 

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