一芸だけじゃ生き残れない   作:冥々

24 / 29
歌の練習

この前の顔合わせ配信から数日後。歌・バラエティ分野も詳細な情報が解禁されており、注目を集めている〝Under・The・VirtualWorld〟なんだが、そこで予想外の問題が舞い込んできた。

 

一体どんな問題かというと、プロジェクトの最後に参加したライバー全員で歌う事だ。

 

そこにどんな問題があるの?と思うかもしれない人もいるだろう。しかし、私が最後に歌ったのは小学四年生の始業式の時に校歌を歌った以来で、それから全く歌う機会がなかったし、歌の上手いか、下手かと聞かれたら下手と即答する程に自身の歌声は人様に聞かせられるレベルではないと思っている。なので、リスナーの前で歌が下手な所を披露したくない。因みにその話を聞いた際、枦山さんに歌わないように出来ないかと駄目元でお願いをしたが笑顔で断られた。

 

「支えるとか言ってたのに、なんで断るんだろう。私....音痴なんだけどなぁ」

 

頼みの綱である枦山さんに退路を断たれた私は、渋々諦めてVirtualサンシャインのスタジオブースの前に先客_兎月美羽先輩_が歌の練習をしていた。

 

「.....あれ?兎月先輩がいる」

 

私個人的にVirtualサンシャイン内で最も忙しそうな人だから、私みたいに一日中ゲームや睡眠しかしてない暇人とは違い、平日の昼間にスタジオで歌とダンスの練習をしているのは意外だった。入り口付近でその姿をジッと見ている私の視線に気付いたのか、イヤホンを外して声を掛けてくれた。

 

「あら?八森さんじゃないですか!この前の格付けチェック以来ですね。UTVWの最後に歌を歌う練習をしに来たのですか?」

「そ、そうですね。自信がないからちょっとでもまともに歌えるようになりたいなぁって」

 

元気よく話し掛けてくれる兎月美羽先輩にオドオドした態度を取った上に若干早口で返してしまったのは、誰かと一対一で話した経験が枦山さんとボスの二人ぐらいしか無い為、何をどう話せばいいのかが分からず、焦りに焦った結果がこの有様だ。

 

「もし八森さんがよろしかったらワタクシがご教授致しましょうか?」

「え?いいですか。忙しい中で練習をしているんじゃないですか?」

「いえいえお気になさらずに、後輩の面倒を見るのは先輩の義務ですから」

 

兎月先輩、カッコイイ!この前の格付けチェックの時は目を合わせたぐらいしかなかったのに、何という器の広い対応力を見せてくれるなんていい人なんだろう。

 

「では、最後に歌う『Butter-Fly』を練習しましょうか。この曲は他の曲より間奏が多くて、一定のスピードを保ちながら歌った方が、皆さんと息の合った素晴らしいものになると思います」

「なるほど....どのくらいのスピードで歌えばいいのでしょうか?」

「うーん。そこはワタクシも断言できないですが....これから歌いますので、これをお手本として聞いてください」

 

お手本として『Butter-Fly』を歌ってくれた兎月美羽先輩の歌声はプロ級なのでは?と思う程だった。そんな先輩の歌っている姿前に私は体育座りで眺めていた。

 

「.......どうでしょうか?ワタクシはこのようなスピード感で歌うのがいいのではないかと思います」

「兎月美羽先輩、ありがとうございます!是非とも参考にさせて頂きます!!」

「お手本しかお見せ出来なかったのですが。ワタクシはこの後案件のCM撮影がありますので、この辺で退室させて頂きます。頑張って下さい!」

 

兎月美羽先輩が両手ガッツポーズで檄を飛ばした退室する先輩の背中を見送った後は、youtubeにある『Butter-Fly』をイヤホンで聞きながら練習し始める。

 

『........ご機嫌な蝶になって♪きらめく風に乗って♪今すぐ♪キミに会いに行こう♪』

 

思ったよりも声が出せている感じしているけど、歌い声と共に歌っているからそう錯覚しているかもしれない。でも錯覚だとしても、ちゃんと歌えてると自分に言い聞かせろ。

 

『無限大な夢のあとの♪何もない世の中じゃぁ♪そうさ愛しい♪想いも負けそうになるけど♪』

 

この調子でしっかりと歌い続けてよ私!ここで躓いたら後々尾を引くぞ!

 

『steyしがちなイメージだらけの♪頼りない翼でも♪きっと飛べるさ~♪On~My~Love~♪』

 

久しぶりに歌うから歌い声付きでやってみたけど、ちゃんと歌えてたかな?

......いや、そこまで歌えてなかった気がするから、誰かしらにコーチング、もしくは聞いて貰ってアドバンスとか欲しいなぁ。もしくはYoutubeに上手に歌えるようになれるコツを教えてくれる動画とか転がっていないかな。

 

「良かったら私がコーチしましょうか?」

「枦山さん。もしかして、最初からいました?」

「..........いや?」

 

この間の長さは絶対に最初からいた反応ですよね。だって、私がスタジオに入る時に枦山さんを見かけたし、当然あっちも私を視界に捉えている筈だ。このまま追及して認めさせようとするのもいいけど.....ただでさえ歌った後に余計に疲れる未来しか見えなかったので、素直にコーチしてもらうことにした。

 

「では、コーチをお願いします」

「はい!お願いされました!」

 

うーん、ここ最近の枦山さんに対する印象が真面目そうなキャリーウーマンからただの厄介オタクみたいな人に変わっちゃった気がする。買い物した時が顕著に出てたんじゃないかな?そんな枦山さんがコーチとなると一抹の不安がある。どのくらい歌......延いては音楽に対して造詣があるのかを聞く。

 

「教えてもらう身として聞くのもなんですけど、枦山さんってコーチ出来るくらい歌上手いの?」

「両親が音楽作家と歌手の影響で音楽を他の人より嗜んでいましたので、教えるくらい何ともないくらいには上手いですよ」

 

音楽方面には詳しくないけど、そっち側の人間だったら誰しもが知ってる有名人なのかな?......でも、この際プロの娘である枦山さんにコーチングしてもらえるのはとてもありがたいことだ。

 

「枦山さん、ご教授の程お願いします!」

「ではまずはかかとを少し開いて、腰から下をグッと踏みしめて下さい」

「え....っと?こんな感じでいいですか?」

 

言われた通りの体勢を取った私の下半身を触り始める枦山さん。恐らく私がちゃんと力を込めて踏みしめているのかを触って確かめているのだろうから、こそばゆいのを我慢していると.....

 

「ぐへへ、花沢さんの生足...じゅる」

「枦山さん?少し触り過ぎではないですか?」

「はっ!すいません.....しっかりと力が入ってたので、その調子でお願いします」

 

枦山さんが一瞬変態みたいな声を上げてたのバレているからね?そして、声を掛けた途端に真面目顔で答えるのは幾ら私でも少し引いちゃうからね。

 

「次に上半身の力を抜いて目線だけ上に.....そこで注意すべき点はつられて顎が上にならないように」

「はい、しました」

「その状態を保って歌うのが基本ですね。次のステップへと移りましょうか」

 

普段ゲームや配信している時は指先と眼、口ぐらいしか使ってない分、より足腰の負担とかが人一倍キツく感じる。そして何よりもこの姿勢を維持して四分弱歌い続けるのはキツイし、さっき歌った影響もあってか足がプルプルし始めた。

 

「.....と思いましたが、小休憩しましょう。スポーツ飲料を買ってきますので、座って休んでて下さい」

「あ、ありが...とう...ございま......す」

 

私が床に座るのを確認した枦山さんはスポーツ飲料を買いに廊下に会った自販機へと向かっていた。

 

「ハァ....ハァ.....ここまで体力なかったけ?」

 

いつも毎日12時間以上の配信をしている私がたかが三十分の間歌の練習しただけで、ここまで疲れ切っているのはおかしい。だって、過去に最長四十八時間もゲームした事があるから、歌の練習だって....最低で5時間ぶっ通しで出来る体力はある筈だよね。

 

「はい、アクエリアスを買ってきましたよ」

「あ、ありがとうございます」

 

あまりの疲れにいつの間にか帰って来た枦山さんに気付かなかった。一言お礼を言ってぐびぐびと水分補給をするのだった。




誤字報告ありがとうございます!

sk005499様
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。