八年ぶりにお母さんからの電話が掛かって来た。何でもお父さんが最近ゲームを始めたらしく、そこそこ上手くなったのを自慢したいとの事で、実家帰省する為に少しの間配信活動を休止したいと枦山さんに理由と共に話した所。
「良かったら!私も花沢さんの実家に行ってもいいですか?」
私の実家帰省に付いていきたいと来たので、私としてはどっちでもいいけれども。一応お母さんに確認を取ったら、あっさりOKを貰った事を伝えると枦山さんはウッキウキな声で有給を取って来ると言って電話を切った。
「旅行用のバックは何処に仕舞ったっけ?物置部屋だったかなぁ」
頭を抱えながら私は玄関側にある物置部屋に入る。まだ荷物が詰まっている段ボールの山と予備のパソコン画面やキーボード、マウス等の機材が置かれている中から、ずっと使い古している旅行用バックを探し出さないといけない。恐らく入っているだろう段ボールの山は引っ越し業者さんによって高く積まれており、段ボール自体もそこそこ重いから女性一人の筋力では持ち上がりそうにない。
何とか開けられるのは一番上に積まれている段ボールだが、中身はEP時代に着ていたユニフォームや優勝トロフィー等のプロゲーマーをやっていた時に手に入れた物ばかりで、旅行用バックは入ってなかった。
ここは助けがいるので助っ人を呼ぼうと、携帯電話を取り出した瞬間呼び鈴が部屋中に響き渡った。扉にある覗き穴を見ると、沢山の荷物を背負っている枦山さんが立っていた。
「えぇ?電話してから.....一時間も経ってないよね?」
電話を切ってから....枦山さんがやって来るまでの間に、やった事と言えば物置部屋で積んでいる段ボールの一番上のを中身を漁ってたぐらいで、そんなに時間が掛かるような作業を行ってない。しかし、現に枦山さんが来ているののだから、いい加減目を逸らさずに対応するとしよう。
「枦山さん、来るの早かったですね。しかも、そんなに準備して」
「とな....ゴホン。事務所に寝泊まりする事が多いので、有給届を提出後直ぐに一式を片手にやって来ただけです」
今、不穏な言葉を耳にしかけたけど、敢えての無視をする事にする。この時の枦山さんは
「早く来てもらって申し訳ないのですが、実家に帰るのは明日なのでまた明日の朝九時に来てください」
「そうですか......でしたら、今日泊めてもらってもいいですか?」
なぁ、話を聞いてたか?と口悪くなりそうだったが、抑え込んで説得を仕掛ける。泊めたら最後色々と質問されたり、よく分からない事に付き合わされるに違いない。
「ウチの汚いから、泊めるのは気が引けるんだよね」
「いや......そんなに汚くはなさそうですが?」
「玄関前は綺麗だけど、他の部屋はごちゃついてるから.....下着も床に落ちてたりしてるからね」
「そうなんですか!」
下着って単語を聞いた途端に真顔にならないで欲しいな。その挙動は完全に変態のそれだからね?.........枦山さんを帰す未来が見えてこない。しょーがないかな?これ以上抵抗しても無意味に時間を浪費するだけだし、ここは諦めて家に泊めようか。
「はぁ、ソファで寝る事になりますが、それでもいいですか?」
「ええ、勿論!大丈夫ですよ」
今日一日家に泊める事なってしまった。この後枦山さんに色々と振り回されるのではないかと、目の前にいる彼女の一挙手一投足に警戒をしながら渋々家の中に招き入れる。
「既に何度か訪れて知ってるかと思いますが、軽く部屋の紹介をさせていただきますね」
「はい!お願いします!」
偶にこういう時に枦山さん対策マニュアル本が欲しくなるが、何時もの真面目な枦山さんにはお世話になりっぱなしなのでそこは何とか我慢する。部屋を紹介している間ヤバそうな表情を浮かべる枦山さんを見た気がするが、気のせいだろう。とりあえず一通り部屋の紹介を終えた私は質問はないかと問いかける。
「何か気になる事はありますか?」
「いえ、大丈夫です」
ふと、枦山さんが持ってきた沢山の荷物は何だろうかと気になったので聞いてみる。
「あの沢山の荷物って、中身はどんなのが入ってるんですか?」
「それは.....花沢さんの実家に着いてからのお楽しみです♪」
........やっぱり枦山さんを実家に連れて行くのやめればよかったかな。
翌日の朝。車の荷台にバックを積んで、運転席には枦山さん、後ろの席に私が乗り込んだ。目的地は埼玉県さいたま市緑区にある一軒家へと車を走らせる。このマンションから実家までは大体三時間くらいで着くだろう.....多分ね。世間はお盆休みとか何とかで、高速道路は2km以上の渋滞を起こしていた。
「うーん。毎回思ってるんですけど、どうして渋滞になるんですかね?事故とかが発生したのなら納得は出来るけど、何も異常事態が行ってないのに渋滞はおかしくないですか?」
「聞いた話なんですが......ある一定地点での速度低下が起きて、全部の走行車線の進みが悪くなるそうですよ」
枦山さんの渋滞に関する雑学を披露して後は、途中にあるサービスエリアで昼食を摂ってひたすらに実家へと車を走らせる。そして、しばらくの間車に揺られていると、懐かしい景色が見え始めた。
「.....あそこの店、まだあるんだ。八年も前なのに、あんまり変わってないなぁ」
八年ぶりに帰って来た地元に感慨深い気持ちを言葉にして呟く私の様子に、フフッと微笑ましそうに笑う枦山さんは当たり障りのない質問を問いかける。
「特に思い出のある場所ってありますか?」
「うーん。新都心にあるゲームセンターかな?あそこで五島さんにスカウトされてなければ、今の私はなかった訳ですしね」
「おぉ!そこがかの有名な聖地ですか!初めて知りました!」
「聖地と言える場所でした?」
あそこは確かにプロゲーマーnanaとしての原点と言ってもいい場所であるが、破天荒な片鱗が見え隠れしていた五島さんと出会った地でもあるから微妙な気持ちを抱え込んでいる。そんな私に対して枦山さんはこれでもかという程に興奮している様子で語り始める。
「あそこはですね。プロゲーマーnana原点......引いては、私がつまんない音楽業界からプロゲーマー業界に入りたいと思わせてくれた切っ掛けの切っ掛けなんですよ!花沢さんは知っているかどうかは存じていないのですが、nanaファン倶楽部というのが存在しておりまして、そこに所属するファンにとっては聖地なんです!nanaをプロゲーマーにスカウトしてくれてありがとう!知る事が出来て感謝!等といった気持ちを抱くに違いない!いや、抱かないとおかしいレベルです!なので、聖地と言わずとして何というですか!」
「ソウデスネー.....もうすぐで到着するってお母さんに電話しますね」
これ以上枦山さんと話していると私の頭がおかしくなりそうになる。とりあえず、ここは話題を逸らす為に両親に電話をすると言ってこのやばい流れを断ち切る事にした。
「あ、もしもし?お母さん」
「あら?奈々じゃない、もうすぐ着くの?」
「うん、そうだよ。後は.....丁字路の所を曲がれば着くかな?」
「本当に直ぐ傍まで来ているわね」
「あ、家が見えたから切るね。じゃあ」
「わかった」
お母さんとの電話を切ると、またしても微笑ましそうに私の事をバックミラー越しに映る姿を見ている枦山さんに二度も微笑まれた私はムッとした表情を顔に貼り付けて拗ねたような声を上げる。
「......なんですか」
「いえ、何でもありませんよ。ただ幸せだなぁ~って思ってただけですよ」
枦山さんはそう含みのある返しを追及しずらいタイミングで私の実家に着いてしまった。今この場で追及しようと思えば出来るけど、そうしたら車の外にいる両親を放置してしまうのでグッと堪える。
だって、今回の目的は枦山さんを追及する事ではなく.......実家帰省だからね。
誤字報告ありがとうございます。
sk005499様