呪いもらいます   作:zumin

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おばあさんと人形

 朝、カタカタという音とともに僕は目覚める。

 

 なんだか電車の中で愉快な人達と遊んでいる夢を見たような気がするが、まあよくある事だろう。

 

 うーん!と腕を上げ、背伸びをする。布団から出てカーテンを開け、薄暗い部屋に陽の光を入れる。

 

 そうして露わになる僕の友達、棚に置かれたいくつもの人形、壁にたてかけられた仮面その他諸々。

 

「おはようみんな!今日もいい朝だな」

 

 僕が皆に向かって挨拶すると、カタカタカタ、と元気よく挨拶を返してくれた。

 

 今日も僕の呪いに囲まれた日常が始まろうとしていた。

 

 

 

 僕は今一人暮らしをしている。僕の地元は見渡す限り田んぼと林と民家しかないほどのド田舎だった。人口は少なかったが不思議な事に昨今の限界集落のように少子高齢化だったり人口が減少したりだとかはしなかった。

 

 僕は別に地元が嫌いというわけではなく、そのままいてもいいかなと思っていた。だが、僕の村には十五歳になったら外の世界へ旅立つという掟というか伝統というかそういったものがあった。

 

 そのため、僕は今一人暮らしをしているのである。

 

 そんな僕であるが、一人暮らしにあまり苦労は感じていなかった。

 

 なぜならそれは、

 

「おはよう神羅、ご飯できてるよ」

 

 僕の世話を焼いてくれる幼馴染がいるからである。

 

 彼女の名は七雲彩(なぐもあや)サラサラとした黒い長髪とおっぱいの大きい少女だ。着物を着たら大和撫子間違いなし。ついでに中身も大和撫子だ。

 

「今日も友達と話してたの?」

 

「うん、皆の話は面白いからな。特に呪物になった経緯は愛憎乱れるストーリーで続きが気になって仕方ない」

 

「あはは、相変わらずだね。それじゃあ食べようか」

 

「「いただきます」」

 

 両手を合わせてしっかり挨拶。

 

 今日の朝食は白米、わかめの味噌汁、鮭の塩焼き、そして漬物少々。

 

 いつも通りの味とおいしさに実家のような安心感を覚える。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

 両手を合わせてしっかり挨拶。

 

 食器を片付けた後、彩は食器を洗い僕は部屋で朝のニュースをぼーっと眺めている。

 

「そういえば、依頼がきてたよ」

 

 手を動かしながら何気ないように彩は言う。

 

「依頼!どんなの!?」

 

 僕はテレビなど見ている場合じゃないと、彩を見つめる。

 

「詳しくは読んでないからわからないけど、確か人形の話だったよ。手紙はテレビの前にあるから」

 

「人形かー。よくある呪物だけど、だからこそたくさんの話がある。今回のも面白そうだな」

 

 独り言を呟きながら手紙を読む。

 

 簡潔に内容を説明すると、バザーで買った人形が夜な夜な泣いているらしく気味が悪い、といった感じらしい。捨てようにもなんだか状況が悪化しそうで怖いため、今回依頼したそうだ。

 

「よし!早速今日の放課後にでも行ってみるか」

 

 僕はワクワクしながら手紙に書いてある電話番号にかける。

 

「本当に、呪いの事になると相変わらずだね」

 

 彩は呆れたような、されども慈母の微笑のような、なんとも言い難い顔をした。

 

 

 

 放課後、家に帰らずそのまま依頼者の家に向かうことにする。

 

 最寄駅から電車に揺られること数十分、そこから歩いて十数分、そして現在目の前に平屋の家がある。

 

 ピンポーン、インターフォンを鳴らす。

 

 バタバタと足音、そして玄関の扉が開かれる。

 

「こんにちは。朝電話した八雲という者です」

 

「ああ、はい今回はよろしくお願いします」

 

 そう言っておばあさんは僕らを家の中に招いた。

 

「粗茶ですが」

 

「あーどうもありがとうございます」

 

 おばあさんの淹れたお茶を一口飲み心を落ち着ける。

 

「それにしても少し驚きました。電話の声から若い人だとは思っていましたが、まさか高校生だなんて」

 

「いやーすいません。頼りないかもしれませんが、頑張ります」

 

「いえいえそんな、寧ろ安心しました。怪しい人だったらどうしようって少し心配してたんですよ。最近詐欺とかも多いでしょう」

 

 そんな世間話をしながらおばあさんとの最低限の信頼関係を築いていく。

 

 お茶が飲み終わったところで早速本題に入る。

 

「それで、人形はどちらに?」

 

「ああ、それなら私の寝室に置いてあります。今とってきますね」

 

 そう言っておばあさんは居間から出ていく。

 

「…なんか思ったよりも元気そうだな」

 

「そうだね。今まで何度かこの手の依頼を受けたことがあるけど、大体暗い雰囲気だったからちょっと気になるね」

 

 しばらくするとおばあさんは手にガラスケースを持ってきた。

 

 ガラスケースの中には、古びた市松人形が入っている。

 

「何というか、いかにもって感じがしますね」

 

 彩は人形を見て率直な感想を言う。

 

「この人形が夜になると泣くんですか?」

 

「ええ、私が寝ているときに。いつも泣き声が聞こえるんです」

 

 僕は市松人形をガラスケースから取り出して、ジッと視る。

 

 確かに、この人形には普通の人形よりは力を持っている。恐らくそれなりの年月を色々な人の手を渡ってきたのだろう。しかし、現実に影響を及ぼすほどの力を感じるかというと、それほどではないと言える。

 

「視た感じ、この人形にも多少は原因があると思います。しかし、どちらかというとそれ以外の要因の方が大きいかと」

 

「それ以外の要因…というと?」

 

「そうですね…例えば、近くにある他の呪物の影響を受けているとか、他の人の念の影響を受けているとかそんなところです」

 

「はぁーなるほど。そしたらどうすればよいのでしょうか?」

 

「まあ原因究明をするために、実際に泣いているところを見るのが手っ取り早いですね」

 

「それでしたら今夜は泊まり込みですか」

 

「可能でしたらその方がいいのですが、よろしいのですか?」

 

 彩がおばあさんに問うと笑って答える。

 

「ええ、特に予定もないし。それに夫に先立たれてから一人で寂しくてね、こんな状況だけど少しだけ嬉しいですよ」

 

 なるほど、おばあさんの夫、つまりおじいさんはもう亡くなっているのか。

 

「そうですか。それではお言葉に甘えさせていただきます」

 

 彩の言葉におばあさんは笑顔で返した。

 

 

 

 食事と風呂も用意してもらい、済ませた後お茶を飲みながら雑談をしていた。

 

「そういえば、亡くなった旦那様はどんな人だったんですか」

 

 彩の問いにおばあさんはそうねぇーと言って少し考えた後答える。

 

「とても穏やかで優しい人でした。よく地域のぼらんてぃあなんかにも参加して人のためによく働く人でしたね。ちょっと臆病な性格で、でもそこが少し可愛くて、それから………」

 

 それからもしばらくおばあさんはおじいさんの話をしばらく続けた。話を聞くだけで、どれだけおばあさんがおじいさんのことを愛していたのかが十分すぎるほどによく伝わった。

 

「あら、ごめんなさい。ずっと私ばかり話してしまって」

 

「いえ、大丈夫です。おばあさんの旦那様への愛はよく伝わりましたから」

 

「ふふ、なんだか照れくさいわね。それじゃあ私はそろそろ寝ますね。それではよろしくお願いします」

 

 おばあさんはそういうと寝室へと入っていった。

 

「さて、それじゃあしばらくは見張りだな」

 

 僕はテーブルの上に置かれた市松人形を見て言う。

 

「彩は寝ててもいいぞ。見張りは二人もいらないし」

 

「神羅が起きてるなら私も起きてるよ。寝落ちしないか心配だし」

 

 ……まあ確かに大丈夫だとは言い切れない。

 

「わかった。ああ、明日の学校は睡眠授業確定だな」

 

「ふふ、それはいつもだと思うよ」

 

 こんな雑談をしながら僕達は時間を潰した。

 

 

 

 それは何の前触れもなく突然起こった。

 

 丑三つ時、基本的に不吉な時間と呼ばれる時。

 

 シクシク、静かな泣き声が確かに聞こえる。

 

 人形を見ると、感情のない瞳から液体が頬を伝い流れている。

 

「ようやくか」

 

 僕は人形を視る。確かに先程見た時よりもずっと強い力が人形に宿っている。

 

「アア…カナシイ…アア…サビシイ…アア…」

 

 人形は口を動かすことなく語る。

 

「悲しい、寂しいか。誰かの強い感情の影響を受けているのか。でも他の呪物の可能性もぬぐい切れないか。彩、ちょっと人形の様子を見ててくれ」

 

「わかった。気を付けてね」

 

 

 

 家中の怪しそうなところを視るが、原因そうな呪物はない。

 

 そして残すは寝室のみとなった。

 

「やっぱりここが一番怪しいよな」

 

 僕は寝室の扉を開ける。中は特別変わったところなどなく、おばあさんが布団を敷いて寝ているだけだ。あえて特徴を挙げるとしても、写真がなんだか多いなと思うくらいだ。

 

 部屋中を視るが怪しい物はない。

 

 ここまで探してないと、呪物の可能性はなさそうだな。

 

 僕は居間に戻る。

 

「彩、何か変化あったか?」

 

「いえ、特になかったよ。神羅は?」

 

「僕も同じく」

 

「これからどうするの?」

 

「まあ十中八九人の念による影響なのはわかった。んで、この人形と関わりのある人物といったら一人しかいない」

 

「…やっぱりおばあさんだよね」

 

「最初からそんな予感はしてたけどな。今日のところは人形が泣き止むまで様子見だ。何もないとも限らないし」

 

 その後、特に何か起こることもなく人形は泣き止んだ。

 

 

 

 人形が泣き止んだのを確認し、僕達は眠る。

 

 しかし、僕にはもう一つだけ確認したいことがあるため彩が眠ったのを確認した後居間に戻る。

 

 そして僕は人形に話しかける。

 

「どうして君は泣いてるんだ?」

 

「………」

 

「そうか、君は優しいな」

 

 今回の事の顛末が大体わかった。

 

 

 

 朝、いつもより重たい瞼を開けながら僕はおばあさんに今回の現象の原因を話す。

 

「私が原因ですか。しかし、私の何がいけなかったのでしょうか」

 

「いえ、おばあさんは悪くありませんよ。もっと言えば今回の現象に明確に悪い人など誰もいません」

 

「それでは一体どうして」

 

「それは、おばあさんが悲しんでいたから、寂しかったからですね」

 

「悲しい…寂しい…ですか」

 

「ええ、要は人形はおばあさんの代わりです。おばあさんが寝ている間に代わりにおばあさんの負の感情を発散していたんです」

 

「人形が…でもなんでわざわざそんなことを?」

 

「理由は二つですね。一つはおばあさんの念が強かったこと。そしてもう一つは」

 

 僕はチラッと人形を見てから答える。

 

「人形が優しかったからですね。なんでも、元気のないおばあさんを見るのが嫌だったらしいですよ」

 

「そうですか、この人形が…心配をかけてしまったのですね」

 

 おばあさんはしばらく人形を見つめた後、静かに語りだす。

 

「夫を亡くした後、私は生きる気力を失ってしまいました。夫がいなくなって世界が色褪せて見えて、夫のいない世界で生きていても意味がないんじゃないかと思って。夫がいないことが悲しくて、一人でいることが寂しくて。今考えると、人形を買ったのも寂しさから買ったのかもしれませんね」

 

 しばらくおばあさんは黙った後、深呼吸をする。

 

「ごめんなさい、話を続けてください」

 

「はい、それでは。僕達にできることは人形を引き取り物理的に距離を置いておばあさんと人形の関係を断つことです。そうすればもう人形が泣くこともないでしょう。ですが、それだとおばあさんの精神が以前のように悪化してしまうかもしれません。僕から提案できる選択は二つです。一つは僕が人形を引き取ること、もう一つは何もせず現状を維持することです」

 

「…少し時間をもらえますか。よく考えてから答えを出したいですから」

 

「わかりました。それでは土曜日にまた来ます」

 

 僕達はおばあさんの家を出て学校に向かうのだった。

 

 

 

 時は飛んで土曜日、僕、彩、おばあさんの三人でおじいさんのお墓に来ていた。

 

「ありがとうございます、お墓掃除の手伝いをしてもらって」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ」

 

 結局おばあさんは人形を手放すことにした。

 

 おばあさん曰く「いつまでもこの人形に甘えていられません」とのことだ。

 

 僕が今後も大丈夫そうですか?と聞いた際には「夫のいない世界は確かに嫌だけど、それでも夫との思い出がありますから大丈夫です」と返された。

 

 強い人だなと思う。

 

 お墓の前に着くと早速掃除を始める。

 

「さて、始めますか。それじゃあ私と七雲さんはお墓を拭きますので八雲さんは湯呑を洗って水を入れてきてください」

 

 というわけで僕は水場へと向かうのだった。

 

 

 

 神羅様が水場へ向かった後、私とおばあさんは手分けしてお墓を拭いていた。

 

「七雲さんは八雲さんのことを愛してるんですね」

 

 突然おばあさんは私に言う。

 

「…どうしてそう思うのですか?しかもそんな確信したように」

 

「ふふ、そうね、私と七雲さんが似ているからかしらね」

 

「私とおばあさんが?」

 

「ええ、私って自分で言うのも恥ずかしいのだけど、結構重い女だったんですよ」

 

「…それは私が重い女だということですか?」

 

「ああいや、そういうわけじゃないんですよ」

 

 おばあさんは焦ったように否定する。

 

「ふふ、すみません。少々意地悪しました」

 

「…本当に気分を害されたかと思いましたよ」

 

「本当にすみません。続きをお願いします」

 

「今回のことで私色々考えたんです。私は今でも夫を愛しています。ですが、そのせいで私は今こんなにも悲しい思いをしているのです。呪いの人形を作ってしまうほどの悲しみを。これってつまり、愛が呪いを作っているのと同じなんじゃないかって、そう思うんです」

 

「愛が、呪いですか」

 

「ええ、だから七雲さん、どうか気を付けてください。愛が呪いにならないように」

 

 おばあさんそう私に忠告してくる。

 

「いえおばあさん、心配には及びません。だって」

 

「湯呑洗ってきましたよー」

 

 私は帰ってきた神羅様を見ながら言う。

 

「神羅ならどんな呪い()でももらってくれますから」

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