ナハト・トゥ巡査シシ・レイジの手記
俺はワフラ副署長の特命を受けて、とある場所へとやって来た。ナハト・トゥ四番地、バー〔クンタ〕。署が来てから続けられていたギャング・コーリンの殲滅作戦。構成員の殆どを逮捕し、いよいよ親玉達を残すだけになった。署長や副署長、警部が常日頃言っている、出来る限り生きて捕まえる事……最初の頃は、何故殺しては駄目なのかと思った。悪党は殺さなければまた同じ事を繰返すのにと……
しかし、巡査として正式に警察官として働き始めると、その意味や意義を理解した。逮捕されたギャング達の多くは、これからの生活に不安を持っていた普通の人間ばかりだった。取り調べの後、奉行所で裁かれた者達は自由刑となり、開拓の仕事をさせていたのだが、彼等の表情はギャングとして非道を行っていた時よりも明るく、明日を生きる活力に満ちていた。そう……生きて捕まえる事は、そんな人々の更正の為だと。死んでしまっては更正も反省も出来ない、だから署長は逮捕術に相手を殺める技が無いのだと。俺は、言葉で言われたそれを、その後を見る事で漸く理解出来た。
そう考えていると、ギャング達に対する憎しみも検討違いだったのではと思うようになった。俺は元々、ヤマト王国の不可触民、しいたげられて生きて来た。負の感情の中で生活していた俺自身、あのままでいたらギャングに身を落としていたのかも知れない。憎むべきはギャングへと引き込む頭なんだ……
俺はクンタの前に着いた。当然不自然に立ち止まらず、中の様子を怪しまれずに見れる場所を探し、そこから様子を探る。5人の人間が見える、1人はバーテンダー、もう1人は……ゴブリン。他のゴブリン族より大きな体、オーガを凌ぐ筋肉、そして射殺すような眼光……奴が頭だと本能が察知した。奴の横にいる2人、ボディーガードか?2人共鰐型のリザード……かなり強そうだ。最後にゴブリンにゴマをするように立っているのは……元秘書?たしかテイル警部補の前に秘書を勤めていたボッラクと言う男だったはず、町長の持っていたリストに名前と人相書きがあった男だ。俺は見間違いが無いように男を確認する。奴はいつも町長の小判鮫をしていたような人間と聞いている。町長の政策を曲解して住民から不正に税を取っていた事が発覚、キスケ警部に半殺しにされ、町から追い出されたエルフの男、署にあった手配書の人相書きにも一致している。あの男、町の人間を逆恨みしてギャングに取り入ったのか……なんて最低な奴。俺は憎しみの感情を抑えて冷静になった。そして、署長の言葉を思い出す。
(罪を憎んで人を憎まず。生れた時から悪党な奴なんていない。道を外すにはそれなりの理由がある。だから殺すのではなくて、捕まえて、裁きの中で沙汰を見極める。
但し、痛い目にあっても全く反省しない、それどころか逆恨みしてとんでもない悪党に成り下がるって奴もいる。でも殺しちゃだめだ。
生きて捕まえる事で、犯罪者の繋がりを見つけられるし、捕まえた奴が反省しないならば重い罰もある。だが、捕まえて取り調べした後の仕事は俺達警察がやるものじゃない、後は町の代表たる町長に任せなさい。
命を奪うと言う事は、更正の機会を奪うと言う事。他国の軍と戦う兵士ではなく、国や町を守る警察である者が忘れちゃいけない事さ。)
署長は本当に人格者だ。最初の頃はただの
ー
バー〔クンタ〕。ナハト・トゥの7つの番地の、正門より一番奥に位置する四番地にあるバー。町長に助けられ、普通の生活を送っている者がまず近付かないそこは、ギャング〔コーリン〕の現本拠地だった。四番地は元々酒場や娼館が集まる歓楽街であったが、そこは人身売買や不正取引が横行する温床にもなっていた。
以前は町長が守衛達を使ってそう言った犯罪の摘発をしてきたのだが、コーリンの頭カマリタは中々に狡猾で捕まる事は無かった。かつ人口の半数が町長の恩義で生きているとは言え亡命者と言う関係上、同じく亡命者だったコーリンらをただ排斥しようとすると、暴動が起きてしまう。町民全体が学を学ぶ機会の無い奴隷階級や不可触民故に、極端な行動は極端な結末しか迎えないのだ。
しかし、情勢は変わった。清蔵がナハト・トゥに来てから、意識改革の一環として、彼等に文字の読み書きと道徳、法律を分かりやすく教えるようにした。当然無料で開放している。警察の地域課に所属する、文字の読み書きが出来るフラノ巡査長やミハイル巡査がその先頭に立った。警察組織全体としても、識字率を上げる為、文字の読み書きが出来ぬ者に一時間程度の学習時間を設けている。この事により、町長が町民に出していた法律を理解させる事に成功し、コーリン殲滅作戦の方も順調かつ潤滑に進んでいったのだ。
コーリンは最早風前の灯だった。コーリンの頭、カマリタは、幹部である元秘書ボッラクと、構成員二人、そして準構成員たるバーテンダーの5人になってしまった現状を会議していた。
『自警団、今は警察と名前を変えているが……奴らの行動が非常に統率が取れて来ている。しかもだ、捕まった連中は殺さず奉行所って所で裁きを受けて、労働に従事するだけで命を取られて無い。だから本来ならここに戻って来て俺らの組織は安泰となるはずがそうはなっちょらん……きさん、相手を見誤ったなボッラク。』
ボッラクはガタガタと震えていた。目の前の男、カマリタはファミリーを瓦解させた責任を自分に取らせようとしたのだ。清蔵達の活動により、町民の判断力は上がり、四番地周辺のコーリンにしっぽを振らざるを得なかった人々もその手から離れた。ボッラクが吹聴していた町長への悪評も、法律を読め、理解出来た者達からすれば何の根拠もない嘘と看過される事となった。
『先ず、ここに住む人間達……俺と同じ流れ者、しかも人間扱いされなかった者ばかりだ。法律も字もろくすっぽ出来ぬ者を侮った、それは俺を侮辱したに等しい。俺も出自は同じだからの。
第二に、清蔵と呼ばれる者の存在を軽く見た事、これについては俺にも非がある事を前提に話すが……奴を仕留められなかった事。奴はヒューマであり、エルフの優男たるきさんでは対処出来ぬのは目に見えていた。しかし奴は俺達が考えていた以上に強かった。武装したファミリーを最小限の動きで封じ、生け捕りにしていった。』
カマリタは淡々と話すが、ボッラクにとっては死の宣告の条文を読まれている気分だった。カマリタは殺生を好まぬゴブリン族であり、構成員にも無闇な殺しを禁じていたのだが、組織を壊滅に陥らせた者に対しては決して容赦はしなかった。現に組織での殺しを働いた者は、彼の農場の養分にされてしまっているのだ。
『そして第三に……ボッラクよ、きさんが町長を過小評価していた事……町長の政策は決して悪いものでは無かった。惜しむらくは識字率が低いと言う事を頭に入れていなかったが故に、治安が安定せず、俺が実質的に法律を作ったがな。
本来なら、直ぐにでもきさんを畑の養分に変えてやる所だが……俺はもう、疲れた。ボッラク、きさんは出頭するか町から消えるか、どちらかを選べ。』
カマリタは相変わらず淡々と話すが、ボッラクは状況を飲み込めないでいた。死の宣告では無く、生殺与奪を自分で選べると。しかしボッラクにはそれでも死ぬ事と同義だった。ナハト・トゥに農場主として昔から住んでいるサマエル家の次男として生まれた彼は、豪農だった家の次男と言う立場、多数の農場に仕える使用人の存在により、何不自由無く暮らしていた。
そんな彼も、エルフの成人年齢(精神年齢だと60歳で成人)である50を迎えた時、家督相続権の無い次男である為、別の仕事を探さなくてはならなかった。当時は人口千人程だったナハト・トゥにおいて、しっかりした職を探すのは困難を極めた。かといって街に繰り出すにも成長の遅いエルフが簡単に就ける職と言うのも存在しない。大きな戦争にも巻き込まれ無かったナハト・トゥに暮らしていたボッラクは魔力も無かったので兵士として仕事をするのも厳しかった。
中々職を見つけられないボッラクは日々職安に足を運んではトボトボと帰ると言う行為を繰り返し、次第に路頭に迷っていく。そんな彼を拾ったのが、当時18歳になったばかりのアール・ナイト、後の町長だった。職安に毎日通いつめているボッラクの存在が気になった彼は、町役場の仕事を斡旋する。当時職安の方でも仕事をしていた彼がボッラクの職を見つけてくれたのだ。町役場に勤務するエルフは極めて少ない。成長の遅さによる仕事の膠着と、長寿による町長就任時の超長期在任を問題視されての事であった。しかし、アールは能力のある者に人種は関係無いと、当時の町長を説得し、ボッラクを町役場に勤めさせるよう尽力した。ボッラクはその恩義に報いるよう、一生懸命に働いた。
元より農場主の息子で、銭勘定や土地の記憶が得意だったボッラクは、エルフとしては早い10年での勘定係長に就任。先輩であり恩人であるアールはその当時町長秘書にまで登りつめていた。それから更に10年後、町長が高齢の為に勇退し、アールが新町長へと就任。アールは勤勉なボッラクを秘書に就任させ、町の行政のトップになった。
(あの時は本当に良かった……ボンボンで世間を知らなかった私に、あんたは色々世話してくれた……)
アールが町長に就任してから、町の改革が進んだ。奴隷階級及び不可触民に対し身分を一律に与えた。当然ナハト・トゥ内のみの法律ではあるが、これにより他国より逃げ延びて来た彼等を積極的に受け入れ、町の人口は二千人に増えた。
(身分なんて関係無い、あんたの口癖じゃったな……そのおかげで随分な人間が助けられた……目の前におる、カマリタもかつてはそうじゃった筈。じゃが、やはりいい部分だけじゃあなかった……)
ボッラクは過去を、これから自分が堕ちていった軌跡を回想していた。かつてはまだ善良だった自分が、何故ここまで堕ちたのか。それは目の前のカマリタも同様だった。
カマリタは首都エルフランドの奴隷階級で、当時は生きて行く為に夜盗に身を落としていた。襲うのは市民階級以上の者に限り、分け前を奴隷や不可触民にばら蒔いた。本来彼らゴブリンは血を嫌い、温厚な種族であるのだが、カマリタは環境の悪さから夜盗に身を落としてしまった。ただし、みだりに命を奪う事はせず、取るものを取ったら逃がしていた。
しかしそれが災いとなる。被害にあった者達が夜盗の、特にカマリタの特徴を伝えたが為に、エルフランド兵士による夜盗狩りによって属していた夜盗は壊滅、命からがらナハト・トゥに流れてきたカマリタは、アールと顔を合わせ、町の為に働く事を約束し、ナハト・トゥに身を下ろす。カマリタは四番地で用心棒をしながら働く事になる。持ち前の威圧感と強さ、かつ店の客には優しく接すると言う様から彼は知らず知らずの内に四番地の夜の顔となっていた。
(定職に就いて仕事するのも、しっかりとした場所に根付いて生きるのも初めてだった。そして……奪う事以外の行為が素晴らしいと感じたのも。町長……あんたは俺の恩人だった。)
しかし、四番地は歓楽街と言う性質上、柄の悪い人間がたむろする。彼らを力で支配していく行程でカマリタはギャングの頭へと変貌していく。
(町の中に縄張りを築いていった。最初は弟分達の居場所を増やす為だったが、気が付けば非道になっていく自分がいた。俺はそこから完全に変わったのだと悟った。故に表に出なければいいと、半隠居の形を取った。)
しかしカマリタの子分達は四番地の権力者となったカマリタの威を借る事で、更に好き放題やるようになった。四番地の治安が悪くなっている事は自ずとアールやボッラク達の耳にも届いた。ボッラクはアールに直訴し、単身四番地へと赴き、カマリタと直接交渉に出て行く。
(あの時、ボッラクと出会ったんだったな。あいつは四番地の治安を良くしたい、だから舎弟達をどうにかしてくれと。俺が無くした目の輝き、それを持っていた。しかし……俺はもう引き返す事など出来なかったから答えは一つだった。)
カマリタは条件を出した。四番地の人間から税を取らない事、カマリタが夜盗を押さえるので今後四番地には口出ししない事を。ボッラクは……カマリタの子分達に囲まれながらそれを了承した。
(あの日私は屈してしまった。そして同時に、心が元に戻ってしまったのだ、農場主のドラ息子だった頃に……)
ボッラクはアールが取り決めた税を秘密裏に改竄した。他の番地の税を上げ、四番地の税を無しに。仮に問われても、四番地は積極的に開拓すべき所ではないからと口実をつけてかわしていった。週一で四番地へと赴き、カマリタの息のかかった子分達から賄賂を受け取る。ボッラクのこの行為により、町民の怒りは役場の方に向き、全体の治安を脅かす原因を作った。
(しかし……私の秘書生活は終わった。新しく役場に勤めたワフラとキスケが不正に気付き、私は半殺しにされた。アール、あんたの慈悲で村からの追放は免れたが……)
それから税は元に戻されたが、治安の悪化は勢いを増し、町に住む人々は怒りと怯えの中で生きる状態が続いていた。ボッラクはカマリタの下につき、幹部となり、四番地でひっそりと暮らしていた。だが、その生活も終わる。何処の馬の骨かもわからぬヒューマが町を立て直し、コーリンを壊滅に追い込んだばかりか、町そのものの治安を浄化に導いた。ボッラクが秘書時代に遂に叶う事の無かったそれを、僅か半年で成し遂げたのだ。ボッラクは全てを悟ったように言葉を発した。
『首領、私は投降します。次は半殺しで済むかはわからんですが、死ぬ前に、もう一度ばアールの顔を拝んどきたい。』
『覚悟は出来ているみてぇだな。ならば俺は…ギャングらしく戦って死ぬ。1週間後の昼に俺達は奴らの署とやらを襲う。お前はそれまでに投降するんだ。てめぇらはどうする?』
『頭の為にひと花さかすばい!』
『コーリンの暴れ龍、今こそ見せたる!』
『わしも同じく。元よりもうバーテンダーとして働く事は出来んでしょうから。』
ここにいる全員が各々の覚悟を決めた。その声を聞いたシシは、手帳に内容を記録すると、足音を立てずにその場から去って行った。
(1週間後の昼?……くそっ、よりによって署長のいない時に!とにかく副署長に報告だ!)
†
どうも読んで下さり、ありがとうございます。私は極端にシリアスなものを書くのが苦手な上、牛歩になりがちです。話数的に百を越える話とか書く元気が無いので、極端な冒険モノなんて書いていたら絶対に飽きるか折れるので、ナハト・トゥとその周辺をメインとした話になると思います。
異世界のバトル的な要素てんこ盛りな小説は他の作者さんの方が断然上手いので、異世界の日常、現実世界と違うけど何処か似ている日常を書いて行けたらと思います。尚、作者の体験談的部分が混ざる事が多々ありますが、やっぱり体験談を元にした方が書きやすいと言うのもありますのでご了承下さいw