ボッラクの身を移した後、息つく間もなく、コーリン残党の襲撃に備える会議に出席するため会議室へと歩く清蔵。大方の準備は既に整ってはいるものの、不安要素が一つ、しかもその不安要素に対して今まで議題にすら上がらなかった事を違和感として感じていた。
清蔵は今の今まで異世界の人間を真の意味で疑う事は無かった。清蔵の生きていた世界よりも遥かに純粋な人間ばかりだと……しかし、信用ならない人間が混ざっていると言う疑念を今更ながらに感じていた。今までは誰一人として死者はおろか負傷者すら出していなかったから考えた事も無かった。だが今、妙な胸騒ぎがしているのだ。警察署の取り仕切りが一息ついた頃に、ワフラから聞いた旧守衛所組の話を。
旧守衛所組……現在は12名が警察署に属さず、独自の動きをしている。旧守衛所組を統括しているのがヤヌス・ワドナーと言う人物。ナハト・トゥ移民者の中の最古参で、元町長の加護を受けていた人物であった。かつては隣国アンブロスの暗黒街で用心棒をしており、コーリンの首魁カマリタとは旧知の仲と言う噂もあった。守衛所時代、ヤヌスとワフラの二人は守衛達の中心的存在だったが、其々の派閥が出来ていた。ワフラの場合は自分から派閥を作らず、彼の事を純粋に尊敬して集まった結果の派閥だったが、ヤヌスの派閥は、アンブロス時代からの部下や下僕のそれであり、妙な纏りがあった。ワフラとヤヌスは水と油の関係であり、ワフラは特にヤヌスの汚職スレスレのやり方を嫌っていた。一方のヤヌスも、ワフラのいささか堅物な人間性を嫌っていた。
『たった五人、いや、ボッラクが出頭したから四人か……本当にそれだけの人間相手にワフラ程の人間が殺気立つものなのか?つまりは守衛所組の連中が警察署を襲う可能性、それを考えてるのだろうか?』
会議室の手前まで、その事を考えていた。すると、ワフラも丁度今から会議室に入る所だった。
『ん?どした清蔵さん。』
『ワフラ、ちょっと良いかな?』
清蔵は隠し事は良く無いなと心に言い聞かせ、ワフラと共に、少し離れた武器保管所に移動して話をした。
『ワフラ、単刀直入に言う。警察署襲撃、コーリンの四人だけだと思う?俺、疑いたくないんだけどさ……なんか引っ掛かるのよ。』
いつにない神妙な表情で話す清蔵を見たワフラは、ため息を一つ吐きながら、
『四人だけでノコノコくればいいんじゃがのう、コーリンのカマリタは強かば、最後の手段に数を揃える為に協力者と手を組むのが容易に見える……清蔵さん、その顔を見るに、あんたも気付いちょったんか?』
『まあアンポンタンだからほんのさっき気付いたばっかだけどね……なんてな。本当の事を言うと警察署の宣言の日に薄々は感じてはいたんだけど……』
『ヤヌス、あん奴の事か?』
清蔵は頷く。町長の許可を得て、旧守衛所組に監視をつける事を決めたのは、ワフラだったが、清蔵も賛同していた。コーリンの構成員はもう四人の筈なのに、四番地の治安だけは余り変わっていない。昼夜とパトロールをしているのだが、他の番地と違い、四番地は混沌とした雰囲気が中々取れない。署の周辺の新町に四番地からの移民希望者だけがいない。明らかに、コーリン以外の者が圧力をかけてきているのだ。
『ヤヌス……昔からいけ好かん奴じゃった。暗黒街の用心棒上がり、アンブロスのギャング粛正の煽りでこのナハト・トゥに来たって点ではカマリタと境遇は同じば。
と言うより、カマリタはヤヌスの部下だったんじゃ。基本的に町長の意向で移民希望者の過去は詮索しない方針で、周りにはあくまでそう言った噂があると言う程度の認識じゃが、真相はその通りば。』
清蔵は暫し無言になった。町の治安を守る側に、黒い繋がりがあった事にも驚いたが、それ以上に、警察のやり方に不満はおろかクーデター騒ぎに発展しかねない事態を企んでいたと言う事実、そちらの驚きが強かった。
『失念していたわけじゃ無かったけど、俺自身の見通しの甘さがあったんだな……』
『いや、まだどんげでんなるば。』
清蔵の不安とはよそに、ワフラはそう返す。ワフラは警察署の宣言から登用の際、守衛所から彼の派閥の人間を引き抜いていた。更に、内通の恐れのある人間を逐一見定めてもいた。
『ミハイル君に頼んで、警察署の内部監査をさせとった。署の人間も100名近くになったんで、全体指揮の綻びが出る可能性も増える。』
『なるほど、それでか、旧守衛所組のワフラ派閥以外の人間を巡査長以上に上げないように始末書が頻繁に出ていたのは。』
ワフラは旧守衛所組に対して、敢えてパワハラとも取れる行動をしていた。職業警察官として働いていた清蔵は違和感を覚えながらも、組織運営の手腕が高いワフラの活躍を信頼してもいた。
『俺ん派閥を含め、旧守衛所出身者は21名、うち3名に間者(スパイ)の疑惑が濃厚と報告があった。』
『3名ね……』
スパイや密告者は組織に一人でもいれば、かなりの痛手となる。警察は犯罪に対する防波堤故に、守秘義務に関わる事が多い為、密告者の存在は最も厄介だった。
『ワフラ、3名の今の階級は?』
『皆、巡査長以上ば、一人は巡査部長よ。つまりは……』
『最重要報告書に触れられる人物がいるって事か。更に皆が巡査長以上なら、中級の会議に出て内容は筒抜けって事か。』
清蔵は、出来れば信じたくは無かった。異世界に来てまで組織内の派閥だとか密告者だとか聞くのは気分のいいものでない。向日葵市署がある県の管轄は、表向きは全国でも屈指の平穏な地域、しかし、裏では所轄署同士の派閥争いが繰り広げられているような酷い有り様だった。向日葵市署は幸いにも、変り者な署長のお陰か、そう言った類いは聞かなかったが、隣接自治体の悪評は嫌でも耳にしていた為、正直頭の痛い問題だった。
『ワフラ……警察の存在って何か、改めて考えたよ。そこに住んでいる人々の安全を少しでも良くする事……だから自身の立場の保身で町の治安が悪くなったのなら意味が無いんだ。3名の事に関しては、君に任せる。ただ、これだけは守って欲しいんだ……』
『殺すな、じゃな?心得ておっば。ただ、警察流の体術を習得している奴らじゃ、中々難儀かも分からん。故に最小限の労力で確実に捕らえるならば、今から行われる会議室で捕縛が無難じゃろう。』
清蔵はワフラの言葉を聞くと、意を決して会議室へと向かった。
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旧守衛所は町長の意向により駐在所になり、警察署に属する事を拒否したグループが、駐在所の2つの建物のうち1つを承り、現守衛所として使われている。表向きは警察署と合同で町の治安を守る組織ではあるが、両者の関係は全く良好ではない。守衛所所長のヤヌス・ワドナー。アンブロス帝国出身のドワーフで、アンブロス時代の階級は中流階級でアンブロスの主要都市ミールで薬の生産をしていた豪商の出自である。親の繋がりを利用して違法薬物の取引を行い、ギャングを相手に違法な財を築き上げた。表向きは暗黒街の用心棒として本質の薬物取引を隠しながら……
若き頃のカマリタは、ヤヌスの懐刀として、対抗勢力のギャング粛正と、気に食わない同じ中流階級の暗殺を行っていた。カマリタは奴隷階級の不条理で悪に堕ちたが、ヤヌスの場合は端から堕ちていたと言える。薬物取引による暴利により、上流階級との繋がりまで強固なものにした所で、当時のアンブロス新皇帝、プーチナ・ウラジオス=アンブロシア一世の悪鬼粛正策(後の世では善政策と呼ばれる事になる)によって、カマリタと共に国と身分を捨てて逃げざるを得なくなった。アンブロスの粛正隊から命からがら逃げおおせたヤヌス達だったが、カン=ム帝国の前皇帝シェイワ・プーム・カン=ムエルが首都エルフランドにアンブロスの犯罪者、亡命者を問わず入れる事を禁じた為、更に逃げに逃げた。
ヤヌスは当初エウロ民国の副都たるサカサキに逃れようとしていたが、サカサキの州総統スガワラ・ケンによる、アンブロス亡命者の犯罪者比率が高いと言う理由で(後の調査の結果、事実である事が判明)亡命者受け入れ拒否の意向を示した為、ヤヌスはサカサキの手前であるナハト・トゥに落ち着いた。当時まだ町長に就任したばかりのアールによって、亡命者は受け入れられた。ヤヌスは守衛所の兵士として、カマリタは四番地で用心棒として、其々定職に就き、暫くは真人間として生活をしていた。
この時ヤヌスは守衛所にてワフラと出会う。生まれも育ちもナハト・トゥのワフラと、没落した亡命者のヤヌスとは、当時から水と油の関係だった。小さな町たるナハト・トゥには元々10名の守衛しかおらず、亡命者の多くを伴って守衛所に来たヤヌスはたちまち派閥を形成し、守衛所の中心人物となる。ワフラを追い出し、守衛所のトップになろうと覇権争いをしようとしはじめた辺りから、町の治安維持など二の次となっていた。その点については、まだ用心棒として生計を立てていたカマリタの方がよっぽど血の通った人間らしい生活をしていたと言える。
ヤヌスは生来の支配欲持ちと形容した方がいい人間、故にワフラは清蔵にわかりあえる等と言う事は諦めろとまで言ったのだ。人は、いつかはわかり会える、それが全ての人間に適用されるとは限らないと言う例だった。先天的な異常者、あるいは後天的に異常者となった……こういった人間とわかり会えると努力する間に、普通の人間が何十何百も犠牲になる事に関しては、流石の清蔵すら『それでも』とは言わない。しかし、清蔵はあくまでも
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会議室にワフラと共に入る。警察署内の全員及び駐在所の門番以外の全員を集め、コーリン撲滅対策本部会議をこれから始めるのだ。事前にワフラがミハイル巡査とフラノ巡査長、シシ巡査、ロウラ巡査の四人に会議室の隅に待機するよう指示を出し、動向を探って貰うようにした。
彼らには拳銃の携帯を許可している。表向きは丸腰であるように見せる為、脚部の予備ホルスターにおさめた状態で。因みに入室の際、武装類を外して貰うようチェックをした。駐在所組は拳銃を持てない為、警棒を携帯していたが、会議室に武器は持ち込め無いので大人しく外させてもらう。この時点で極端な行動を抑制させる事が出来る。因みに清蔵、ワフラ両名は丸腰である。しかも会議前のチェックを一番最初に行っている。一番上の者が率先して見本を見せる事で、安心感を持たせるのだ。清蔵の世界流の警察の教えが浸透してきたとは言え、其々の警戒心が無くなるわけではない為、こういった行動には気を使う。
『これよりコーリン撲滅対策本部会議を行う。まずは現状報告から。テイル警部補、お願いします。』
こうして会議が始まった。
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リアルでもそうですが、組織に何処の馬の骨かも判らぬ奴が入って来たら、最初から歓迎されるって無いですね……ヤヌスの行動については
よそ者がトップ?やってられるか!
ギャングとのバランスを取ってたのに、余計な真似をしやがって
だと思います。まあ前者については特大ブーメランっすよねモロにwしかしコーリン編何処に落とし所つけようか悩んでます。後2話はかかるかも。