『コーリンの人員はここ数ヶ月でおおかた検挙しました。特に1ヶ月前にNo.3と目された鉤手のマルスの一味を検挙した事で、首魁のカマリタは身を隠さざるを得なくなったと思います。次の報告書について……』
コーリン撲滅の為に集まった警察署のほぼ全ての人員を前に、清蔵はチビりそうになりながらも表情は変えず、これまでの経緯と報告をまとめたものをテイルに読ませる。順調にコーリンの構成員達は検挙し、目的は確実に達成されようとはしている。しかし不安要素が同じ治安を守る者の中にいると言う現実に、清蔵は顔の表情を変えられずにいた。ワフラが目星を付けていた三人の様子を伺いながら、清蔵は黙したままの状態を維持した。
(報告書の読み上げ中にワフラの言っていた三人の様子を見ているけど、今のところ特に変わった所は無いな。此方から炙り出すにしても露骨過ぎると要らぬいさかいを招くし、どうしたもんかねぇ?)
清蔵は胃が痛む程悩みに悩んだ。いさかい……警察署に志願した若者の中には、いまだに強硬な者もおり、取り調べに不向き過ぎて開拓課に回って貰う者もいる。強硬派のたちが悪い所は、何故自分が花形である検挙や取り調べに回らないのかと不満を述べるばかりで、何故そう言った位置に回っているのかを考えない所、早い話が志は良いのだが直ぐに結果を出したがる若さ故の暴走を危惧しているのだ。
そう言った若者の精神は案外脆く、ちょっとした誘惑に弱い為、ヤヌスと繋がりのある者達に唆されかねないのだ。清蔵は精一杯若手に警察のノウハウを教えてはいたが、血の気の多い人間が結構多い為に道徳的な部分に関しては芳しくなかったと言うのが彼の評価だった。
(なぁワフラ、どうする?)
視線は皆の方を向けたまま、聞こえぬ程度に、口も殆ど動かさずワフラに意見を求めた。
(まだ慌てなさんな、報告書の読み上げと現在の対策の読み上げが終わって質問に入る時、そこまで待つば。)
(了解。まずは落ち着いて静観だな。)
各々緊張の面持ちで、ある者はメモを取りながら、ある者は同僚と見識を交えながら報告書を聞いている。疑惑の三人は席をそれぞれ離して座っており、メモを取りつつ、近くの巡査達と話していた。
(あからさまに距離を置いている訳でも無く、自然と空いている席に座っているな、流石に馬鹿正直に怪しまれるような挙動はしないか。)
清蔵とワフラは悟られぬよう、会議室の様子を見ている。三人は全く不審な挙動を見せない。むしろ熱血系な若巡査辺りの方がソワソワしていて非常に目についた。ワフラが後で〆とくばと小さく言ったので清蔵はやんわりと制した。
『以上で報告書は終わりです。次は明日の検挙対策について今作成しているものの報告をします。』
そうこうしている内に報告書の読み上げが終わり、対策についての現案読み上げに移っていた。勿論警察内における極秘案件であるから、ここに内通者がいれば筒抜けとなる。三人の動きにも相変わらず変化は見られない。
(おい、奴らに動きは無いぞ?あの様子だとあからさまなカマかけしたらアリバイを何の違和感もなくベラベラしゃべってかわされる。つうか俺が喋ったらボロ出そう……こう言うの苦手なんだよなぁ。)
(心配には及ばん、清蔵どんはテイルが終わった後にちょいと一言言って、後は俺どんに任せればええ。)
清蔵は参謀たるワフラの存在に感謝した。80歳、ヒューマで言う40歳に当たる彼は酸いも甘いも経験した、守衛所の顔であり、同じ町を守ると言う清蔵から見て、警察の頼れる先輩だ。清蔵はワフラの言葉を聞くと、
(分かった、宜しく頼む。)
そう言うと、視線を再び前へ戻した。会議は質問の時間に入るまでは、肉体系の若手にとっては苦痛の時である。こと難しい専門用語が飛び交い、集中力を削いでいく。かく言う清蔵にとっても警察官になった当初から会議は嫌いだった。長い、小難しい、眠くなると三拍子揃ったこの時間が一番の拷問だったりする。
(いかん、眠ぃ……気を張りすぎて疲れが……テイルちゃんの可愛い声が子守唄に聞こえて仕方ないぜ。)
会議と言っても、前回の内容に少し足された程度のものだったので、同じ内容を聞くと余計に眠気に見舞われるのだ。清蔵は太ももを思い切りつまみながら眠気を堪えた。
『以上で対策の内容の報告を終わります。』
20分程が経過し、清蔵は一呼吸置いてその言葉を発する。
『テイル警部補、ご苦労様。では、今の報告に対して質問は?なお、質問の回答に対しては副署長に任せるよ。では副署長、宜しく。』
『了解した。』
清蔵はワフラに意志を送り、ワフラも応える。清蔵が再び視線を戻すと、皆難しい顔をしながら、それぞれの疑問をまとめて挙手した。ワフラは一呼吸置いて、最初の人間を指名した。
『コモド巡査、どうぞ。』
血気盛んなリザードことコモド巡査(15歳、カメ型のリザード)が起立する。前回の時は清蔵が帰ってきた直後に思いを聞かされていた為に皆と納得してはいたが、実際は彼自身も少し懸念を抱いていたのだった。
『はい!あくまで自分の考えではありますが、敢えて言います。カマリタら四名だけが署を襲う事に関しては、流石の連中でも多勢に無勢、故に、他の協力者の援護の可能性を疑います!』
真っ直ぐな目でそう言う彼。ワフラはほぅ?と言うような反応を見せる。勿論協力者の有無に関しては頭にあるし、現に目星はついているのだが、此方から言うのは危険だ。内通者は馬鹿ではないだろうから、此方が勝手に自壊するのを狙っているはずだからだ。
『援護する者か……じゃが具体的にはどんな連中か?町民的にはコーリンからとてつもないショバ代をふっかけられ、自分の娘息子を取られたりしたと言う者達が殆どば。奴らにそれほどの協力者がいるとは思えんがな。』
さも気付いていないように振る舞うワフラ、長い間町の悪党を相手にしてきた彼はそういった振る舞いをする事も自然と出来る。勿論これはこの会議室にいる内通者の動揺を誘う為ではあるが、その為にコモド巡査にもその囮になってもらおうと敢えて否定的言い方をする。年若く直情的な彼は二の句が出ない。
『……はっ!失礼しました、自分の質問は以上です。』
『次は……カール巡査長。』
項垂れるコモド巡査。しかし彼の心は後々大捕物の確保の時に復活するであろう事が予想出来たので、ワフラは次の質問者に回す。カール巡査長、歳かさの行ったヒューマの男(43)は、旧守衛所組のワフラ派閥の人物である。彼はワフラ達の動きから何かを察したのか、質問を繋ぐ形を取った。
『えー、先程のコモド巡査の懸念について付け加えます。協力者の存在については確証はありませんが、我々だけで不安な面があります。つきましては、もしもの時に備え、守衛所と連携すべきではと考えています。』
守衛所と言うワードに、例の三人が僅かに反応を示したのを横目に見ていた清蔵は確認した。今は駐在所の人間で警察側のはずなのに何故反応を見せるのか?静観を決め込んだ清蔵は動向を見極める為ワフラの言葉を待つ。
『守衛所か……その点に関してはおいおいする。人員は持ち場を離れられぬ者を引いても十分にいるのでどう動くかは当日になるでな。町の治安維持と言う共通の考えはあるが、署長流の逮捕に拘るのは変わりないんでな。』
『了解しました、私からは以上です。』
(揺さぶりって程の事はしていないけど、言葉を少しずつだしながら動かして行ってるな。流石に場数踏んでるだけあってもの言いが堅実だ。)
まあ相手は僅かに動揺した位のものだったがと一人言い聞かせ、次の質問者の話しを聞く。
『アンベ巡査です。ここ1ヶ月四番地巡回を主任務としとります。コーリンの推定構成員数に迫る逮捕者が出たにも関わらず、四番地周辺の雰囲気はコーリン撲滅を実施してからも変わらんとです。これは暗にコーリンの関係者がいる事を指しとります。具体的には我々の側にそれがいるのではと。特に守衛所所長と繋がりの深い連中は四番地を良く回っとったので怪しかと思うちょります。』
オーガの中年アンベ(50)が内通者がいると言っているような言い回しで攻めてきた。彼は守衛所組の無派閥で、ある意味では中立的立場でものを見れる為、普段の動きも良く見ていた。更に彼は守衛所所長を名指しした。これにより内通の疑いのある者達が一様に動揺した。
『守衛所連中がグルと言うんか?証拠は?もしあるならば発言を求める、ただしでっち上げは許さん。』
ワフラはこれも敢えて突っぱねるような言い方をする。アンベは呼吸を整えると、それについてこたえる。
『はい。具体的に言えば、四番地の娼館に真夜中入って行く非番の警察関係者と守衛所関係者の目撃情報が入っとります。気になっていたので独自に調べを進めとりました。
娼館はここの所、風営法導入の関係で娼館の親父は名簿を逐一残しとったそうです。カマリタらコーリンの連中と会っている所も目撃しとります。四番地周辺は今だコーリンの報復を恐れて、明確に我らに付き合うのを避けちょりますが、娼館の親父は少しずつではありますが、証拠を取ってくれたようです。』
そこまでの発言が出た時、疑惑の出ている三人の体が震えているのが見て取れた。
(迂闊な……風営法の決まりごとで夜のお仕事の顧客情報は店側が保護するように義務化してんのは地域課の常識だぜ?)
尤も、風営法について頭に入れているのは、清蔵達上級官以外では四番地周辺の巡回をきっちりしているアンベのような者達だけであるが。こと綱紀粛正については敢えて弛めにしていたのが功を奏した。アンベはワフラのような仕事人間故に気を弛める事無く職務についていた為頭にあったと言う所か。
『カマリタと共に守衛所所長とこの場にもいる警察関係者三人の名があったとです。ここに娼館の親父から名簿を借りさせてもらっとります。署長、副署長、一度お目通しをお願いします。』
『ああ、分かった。』
清蔵はアンベからそれを受け取り、目を通した。清蔵はアンベに耳打ちする。
(巡査、何故今まで言わなかったんだい?)
(署長、あんた方の心中を察したからです。それに内通者を捕まえるなら丸腰で……副署長さんからの言伝です。署長には悪いとは思いましたが、何卒お許しを。)
(成る程、既に折り込み済みか。ならば俺は何も言うまい。いい仕事をしてくれた、ご苦労様。)
アンベに礼を言いながら、清蔵はワフラに目線で合図を送る。ワフラは頷くと、ワフラは手を上げ合図を送った。内通者三人の後ろにシシ、ロウラ、フラノが脚のホルスターから銃を抜きながらつき、手を上げるよう促す。
『……残念だったの。話は取り調べ室で聞くば。お前らには当然弁護士も呼ぶし、黙秘権もある。但し、証拠は十全であるから、それ相応の覚悟をしとくんじゃな!』
三人は手を上げ、近くにいた巡査達が彼等を取り押さえた。三人は諦めた様子のまま連れて行かれる。清蔵はそっと胸を撫で下ろしながら、
『ふぅ……力の解決に近いのが気になったけど、証拠を押さえてた人間がいたのが救いかな?もとより平和的解決を望むのなら放置は出来なかっただろうし。』
内通者とは言え、共に仕事をしてきた人間を捕らえるのは抵抗があった。しかし事は部下達の、ひいては町民達の命がかかっているのだ。清蔵は気を取り直して会議を続けた。
『先程の案件で分かったように、内通者の存在があった事が判明した。つまり昨日までの動きはどの時期からかは分からないが筒抜けだった事になる。同じ町の治安を守る人間がコーリンと関わっていた事は俺としても悲しい。だが、仕事として任務を行うのならば、手心は無用だ。よってこれより、真の対策会議に入りたいと思う。』
ー
深夜の時間帯、四番地の娼館にカマリタとヤヌスの姿があった。当然ながら、目的は女を抱く事ではない。警察署から帰って来ない三人の部下の動向について話しあっていた。
『我々を裏切ったか、あるいは始末されたか……やはり向こうも決して無能じゃないな、ヤヌスの旦那。』
カマリタは何処か達観したように話す。元々たった四人であろうとも襲撃は行うつもりだった。しかし大将首を確実に取りたいが為、旧知の仲であるヤヌスを頼る事にしたのだ。しかし内通者が呆気なく捕まった様子を察した彼は、内部からの切り崩しも出来ず、当初の予定通り正面から襲撃せざるを得なくなった事を悟る。もはや刺し違えてもいいとまで覚悟は出来ていた。
目の前にいるヤヌスはと言うと、彼もまた、動揺はしていなかった。彼自身、警察署に属する事は無かったが、彼らの動きをよく見てきた。何も知らない相手に襲撃をかける訳では無いと。
『カマリタ、守衛所が関係している事が奴らに判明した今、我々もまた町の逆賊となった。人員的不利は承知している。しかし、奴らと我々で決定的に違う事がある。それは命を奪う事に対する戸惑い……
奴らは生け捕りに拘っちょる、つまりは意識的に手加減せねばならん。勝算が無い訳ではないっちゅう事だな。』
『あの組織にいる連中の大半は殺しとは関わりが無いヒヨッ子が殆ど、今までは人員の少数ずつを捕まえられていたからやられていたが、今度は向こうの3分の1の人員がおる。しかも向こうは未決囚の監視や囚人の監視に当たらねばならんから、自ずと全要員を使う事は出来ん。』
『数的有利はむしろ此方にか。故に中からの切り崩しが出来たならば完全に我々の勝ちだったが、そこは致し方あるまい。どのみちこのまま動かなかったら、捕まって死を迎えるのみだった。そこは私も覚悟してるさ。』
『ならばこれ以上、言葉はいらんな?よし、決まった。最後の最後まで、奴らに死の恐怖を与えてやっぞ。』
二人はそれから黙して語らず、娼館の主に宛がわれた娼婦を抱いて、別れていった。
(ふぅ、何とかギリギリ不安材料に対する対策は出来たな。)
清蔵は三人の取り調べより、あらかたの事を割り出す事が出来た。コーリンの残りの構成員4名の他に、準構成員に相当する協力者達の存在と、何名が関わっていたのかが判明した。
『守衛所の人間12名、娼館の主と従業員が10名、それにコーリンに連なる店の従業員が10名、計36名か。奴らの話によれば、準構成員は皆暗黒街出身と言う話だ。つまりは奴ら、人を殺すのに躊躇いがほぼ無いと見た。
対する此方は全職員合わせて95名だが、全ての部署を空にするわけにも行かず、最大限集めて55名……中々厳しい。』
数的にはこちらに分があるものの、清蔵は決定的な差について頭を悩ませていた。警察署は若手ばかりなのだ。かつ、血の気ばかり多くて体の錬成がなっていない人間には肩紐装備、つまり拳銃の携帯を許可していないのも大きい。若手、それも素行的に誉められない者がそれらを持つ事は、土壇場で強い流れに呑まれ反逆される危険性を孕んでいる。清蔵は出来れば将来ある若者をその手で打ちたくはなかった。
『銃の携行を許している巡査はいない。かつ、機動隊装備一式は10名分がやっと完成したばかり。警察署の保管所の拳銃は巡回の頻度と人員の関係か100名規模なのに20丁しかない。と言うか出来れば使わせたくない。』
聡明で優秀な人材に持たせるべきと言う考えであるため、銃を妄りに持たせないようにしている。銃を撃つ際には周りに気をつけなければならない。誤射で町民に被害が出たら大事であるし、同僚を誤射と言うリスクも頭に入れなければならない。一応、対策会議でそれらの事に関する策は講じてはいるが、人員が人員だけに、頭が痛かった。そうして署長室で頭を抱えていた時、ドアをノックする音が聞こえた。
『どうぞ。』
『せぞさん、お疲れ様♪飲み物持ってきたよ。』
深夜帯に仕事をする清蔵に気を遣って、テイルがこの地で取れた茶葉で淹れられたお茶を持ってきた。彼女自身も目の下に隈が出来ている。有事の時は眠れない日々が続くものだが、それは彼女も同様だった。ほんの一昨日までデートし、夜を共にしていたのが嘘のように、仕事に追われ、かつ朝には命懸けの大捕物をしなければならないのだ。
『テイルちゃん、何だか一昨日までの事が、嘘みたいだね。』
『うん……そうだね。でも、せぞさんと過ごしたあの夜の事は、一生忘れないよ。』
ニコリと笑うテイルの顔を見て、清蔵は再びやる気を出した。事件を無事解決して、また二人の時間を作りたい。口に出すとフラグっぽいなと思い、清蔵は言葉には出さなかったが。すると、テイルは清蔵の後ろに周り、優しく抱きしめながら、
『この事件が終わったら、パパに会って欲しいの。パパから正式にお付き合いするって伝えたいとよ。』
『オフッ!そそそそだね、そうですとも!』
テイルがフラグ的言葉を放った為に慌てる清蔵。だが、だからこそ死ぬ訳には行かなくなった。
(俺は生きる、生きて……やっぱり言葉に出すの恥ずかしい!けど……)
『その為にも、明日頑張ろうね!』
これが、今の精一杯だった。
†
書いてて色々ムズムズしました。まず旅行の辺りから殆ど時間が経過してないってのがそれでしょうか?次回には何とかコーリン編を締めたいと思います。長編はだいぶ後に書く予定ではありますが、一話完結方式で話が数話出来てるので、そちらが終わってからの構想になります。