本官、異世界で署長になりました!   作:劉鳳

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リアルが資格試験取得の勉強に専念したいので更新が遅くなるかもと思い、長編の走りの1話を早めに投稿いたします。


再集結編
第28話 諦観する者、嫌悪する者


 

 

 

人口五万人の小都市、向日葵市。清蔵が生まれ育ったこの街の警察署、向日葵市警察署。人員百名程。取り仕切る署長の名は淡島謙二警視。年齢は55歳。彼は警察組織に属する者としては異色な存在だった。姿を見せないネズミ捕りにもの言いをつけ、非協力な公安部に真っ向から意見をぶつけ、権力争いにしか興味の無いキャリア組には辛辣に言葉を発する。そのような人物だった為に、キャリアでありながらこの歳で警視に留まっている。10年前、向日葵市警察署に署長として配属された。配属と言う名の左遷であり、この10年転属命令が下らない事から閑職組である事が確定ではあったが、彼は昇進の道が閉ざされる事などついぞ興味が無く、署長の仕事を全うしていた。

 

彼が目指すはただ一つ、真の意味での警察の本分を果たす事。警察組織の在り方を常々模索していた彼は、地方の小都市向日葵市から、警察の模範を築く事で少しでも警察の浄化が出来ればと考え続けていた。そんな改革の最中、署の消失と言う前代未聞の事件が起こった。県警本部の連中はこれ見よがしに彼を糾弾しようとしていたが、彼自身は至って冷静に事をなし、一年前から移転先の新署建造が行われていた事もあり警察としての業務に支障は無かった。今回はまた県警本部が彼を呼び出す。無能無気力な癖に世渡りだけは上手い(当然仕事が出来るとは言っていない)連中が嫌がらせに毎週土曜日の忙しい時に県警本部に呼びつけるのだ。

 

既に署が無くなった経緯は各防犯カメラや署の近くを通っていた車のドライブレコーダー等から証明済みな上、彼がマスコミのインタビューで署の消失以上に清蔵が行方不明になった事が最大の損失だと訴え、世間を味方にした事で警察庁長官も裏で動き、彼に責任を追及する事を禁じていた。奴等の狙いは署長を追い詰め、組織の鼻つまみものを追い出すと言う頭だけ。本庁から離れた僻地の県故に問題が明るみになりにくいのもあってか、彼等に罪悪感等無かった。

 

『毎度毎度ご苦労様ですな署長。こうして毎度来ると言う事は治安が良いんでしょうな?お暇ならば後身の為にも、ゆっくり隠居されてはどうかな?』

 

本部の腰巾着たる県警課長がそう言って皮肉る。

 

『ええ、平和そのものですよ、部下のお陰で。それで?弱者を食い物にするだけの警察だったら無い方がかえって事件が減る。向日葵市以外の検挙数の内、不起訴案件がおいくらだったか知っておいでで?つまらんネズミ捕りに精を出している間に、随分と空き巣被害が増えておりますなぁ。』

 

『淡島、貴様ぁ!言わせておけば……』

 

『その通りだな。課長、君が慎みたまえ。向日葵署は忙しい事を知っているはずだ。』

 

そこにやって来たのは県警本部長、青木貞次だった。彼はここ1ヶ月、淡島を本部に呼びつけ、既に終わった署の消失責任問題を未だに責め続けていると言う話を耳にし、ここにやって来た。彼のあずかり知らぬ所で行われている理不尽な嫌がらせを見過ごす事は出来なかった。

 

『我が県の犯罪検挙数の九割は交通案件に集中している。それも、多くは一旦停止違反が占めている。だが半数はドライブレコーダーに記録され、違法聴取であると言う事実、更に転び公妨まで使っているとな……警備部の調べにより、証拠の隠蔽まで発覚している。

 

淡島警視の責任追及で矛先を反らしたいのだろうが、既にネタは割れている……今後、淡島警視に関する事、特に署消失事件について一切触れるな……これは本庁命令だ。判ったな?……淡島警視、一旦退室を。後で本部長室に来るように。』

 

『了解しました、本部長!』

 

淡島は敬礼し、部屋を後にし、青木も続いて退室する。残された幹部らは課長をはじめ、その場にいた全員が青ざめた顔でその場に崩れた。

 

 

『淡島、難儀だったな。』

 

『本部長……』

 

『今は青木で良い、二人になった時位は肩肘を張らず、だろ?』

 

本部長室に来た淡島は、青木にそう言われ、一息呼吸を整えた。

 

『青木さん……』

 

青木は淡島と同郷の先輩であり、旧知の仲だった。署の消失の時に本庁に寛大な沙汰の是非を訴え、かつマスコミを動かした人物だった。裏で公安や県警幹部が自分を通じずに事を揉み消す事を察知し、情報の詳細をあらゆるメディアにリークした。

 

『青木さんがいなければ、今頃俺はいいサンドバッグのままだったでしょう。』

 

『私は淡島のような人間がいなければ、警察組織が腐った人間の温床になってしまうと思ってるよ。キャリア組は特にひどい。皆赤門出で頭だけは切れるが、肝心の警察としての体裁は屑にも劣る。あんな調子で民を押さえつける位なら、自衛隊に治安を任せた方が数段マシだ。』

 

かく言う彼自身もキャリアで階級は警視長であるのだが、淡島同様心に警察としての矜持を持っている数少ない人間だった。彼の言うように世間一般の警察のイメージは悪い。不祥事のデパートだと……事実である。しかし無能では上に上がれないと言う人間もいる、それも事実である。だが、確実に無能な人間が増えていると言う真実を擁護派は話さないと言う事実もあるし、不祥事を起こさず警察の模範を地で行くものもいると言う事実もある。単純な話、警察もただの社会人の一種だと言うだけだ。

 

『問題は、不都合な事実を隠したがる人間に、上の人間が多すぎると言う真実……呆れたものよ。だからこそ、淡島……お前のような人間がいなければならない。』

 

『先輩、俺はもう老いぼれに差し掛かっていますが、向日葵署の連中は優秀に育っています。彼等が警察の見本となる日は、そう遠く無いでしょう。』

 

『そうだな……しかし、オカルトな事件に遭遇しながらも、冷静沈着に事をなせるあたり、お前さんは素晴らしいな。』

 

人は、非現実な事が起こった場合、冷静に対処出来ないものである。だが淡島は、変り者と称される存在故に、対処が出来たと言えるのだ。署の消失から殆ど間を空けずに滞りなく新署に移行する判断力の早さ。これが、奇人とあだ名された男だった。

 

 

県警本部から戻った淡島は、署長室に戻り、手元の端末を開いた。そこには、国家公安委員会が公にしていない、計三十件に渡る失踪事件についてだった。共通する内容は目の前にいた人間が突然何の脈絡もなく消えたと言う証言。その中には、若いキャリア組の人物の名前も載っていた。この内容を閲覧出来るのは、国家公安委員会所属、つまりキャリア組でかつ警視以上の人物に限られた。淡島はまさに該当者である。

 

『……児玉と同じような案件だな。決定的に違うのは、児玉だけ建物と共に消失した事か。興味深いな。』

 

淡島はそう呟くと、手元にある端末にカードを差し込み、それらの事件に関する深部のデータへとアクセスする。彼等彼女等に関する項目……10代から30代の人間、出身地はバラバラ、職もほぼバラバラなので何かしらの関連性は少ない。

 

『山口と児玉が偶然この県出身で警察官、年代も似ている、と言う点位だが、消失地点は違うし、消える時の時刻も違う。何処かに共通点は無いか……何れにしても人為的なものを感じるのだが、糸口が掴めん。』

 

 

『うっ?!今度は署長の……凄い事を知ってしまった……30件?つまり俺みたいに生きてこちらに来たのがそんなにいるのか!更に死んでこっちに来た転生者まで合わせると、どんだけ来てるのか……署長は人為的なものを感じるって言ってたけど、一体……』

 

清蔵は自宅のベッドで夢として、現在の元世界の人間の視点を見る事となった。今までの中で一番立場の高い淡島のそれを見てしまった清蔵の衝撃は、計り知れなかった。自分が定年まで警察をやったとして絶対に見ることも出来無いであろうデータを夢越しに見た……清蔵は不安を押さえられなかった。更には、山口……データベース上の顔は、木尾田の彼女だった康江その人だった。彼女までこちらに来ている事実を知った清蔵は、最悪の事態も考えていた。

 

『この世界は中世ヨーロッパレベル、治安が悪い所が多い……もしかしたら、何処ぞの野党に捕まり、娼館に売り飛ばされているって可能性も高い。くそっ!』

 

清蔵は、改めて思う。何処の誰かは知らないが、異世界に引摺りこんで何かを企んでいる者がいるのではと。

 

 

その頃、カン=ムの首都、エルフランドでは、不安を抱えたまま将軍として働く康江の姿があった。彼女は一万を超える部下、それを従えて首都防衛隊を指揮している。地方大学からキャリアとなっただけあり有能に働いてはいるが、そこにはかつての氷のロリータの姿はない。一人の悩める日本人女性としての不安の中に、彼女はいた。

 

『もう、なんなのよあれ……』

 

彼女は首都エルフランドで最近噂になっている、革命運動ゲリラの鎮圧を任されている。同じ将軍のリキッドと共に任務は遂行しているが、ゲリラの言葉に頭を抱えているのだ。

 

(贅の限りを尽くし、隣国との外交関係も悪化させ、訳も分からぬ術の為に血税を貪る皇帝一族を許すな!)

 

『一体どんな事やらかしたらあんな声が出てくんのよ……と言うか術って何の事?』

 

気になった康江は、リキッドに頼み、税金の使い道について教えて貰う事にした。品物の消費税20%、一般市民からの税金は所得の30%、医療費については中流階級以上や将軍等上級武官は無料だが、一般市民からはかなりの額を取っているらしい。康江が知る類いの保険なんてものは無く、特権階級だけが好き好んで生きられる状況……そして極めつけがこれだった。

 

『異界の賢人を召喚する儀式……陛下はそれを趣味として行っているんじゃ。全ては自分の力を見せつける為に。じゃが、何度やってもその場に召喚出来た試しが無い……』

 

康江は喉をごくりと鳴らしながら、リキッドの言葉を聞く。

 

『召喚の儀式には生贄がいるんじゃ、最初は首を切り落とした罪人を生贄にしていた。召喚そのものは成功したんじゃ、召喚に使役する魔人がそう言っているから間違いない。しかし、何処にその者が来るかまでは今の今まで制御出来ん。1年前に至っては反感を持つ豪族の領土に大掛かりな陣を描いて召喚をしたんじゃ。巻き込まれた人間は、確か80人……領土ごと消えて無くなったんじゃが、召喚された者がエルフランドにいなかった。と言うよりも召喚された人間に会う事すら出来んかった。生贄の肉体はどうやら完全に消えて無くなり、代わりに召喚された者が来る。召喚の為の等価交換らしいが、制御出来んのでな。

 

しかし、最後に召喚をした時は、このエルフランドの、しかも謁見の間に召喚する事に成功したんじゃ。騎士のファーレンと言う男が、皇帝暗殺未遂で生きたまま捧げられた。ファーレンの体と引き換えに、待望の目の前に召喚されたのが……康江、お前じゃ。俺も後で知ったんじゃがな……召喚の儀式に成功してからは飽きたのか、今度は別の禁術に手を出してるようだが……康江、すまなんだ。』

 

康江は言葉が出なかった。自分を引摺りこんだ犯人が、皇帝ユナリンであった事に。呆然としたまま、康江は異世界の空を見上げ、静かに涙を流した。

 

『神様なんて、やっぱりいないのね……』

 

 

最近町役場が騒がしいな……町長も深刻な顔してるし。俺は今、町長に呼ばれて役場まで来てるんだけど、町長の顔がいつになく険しい。目の前には、役場の全責任者が集まっていた。奉行所次官、弁護士事務所所長、風紀係長、そして、警察署長の俺。みんな町長の顔に緊張して表情が固い、うう、居心地悪ぃ……

 

『皆に集まって貰ったのは他でも無い。先日、首都エルフランドにいる娘から手紙が届いてな。娘はエルフランドの政務官をしているのだが、カン=ム皇帝が自治区から税金を取るようにしようとしているらしい。一週間後に特使が来て話し合いが開かれる。

 

みんな……わんはこの町が好きじゃ。小さいながらも風情溢れるこの地は、カン=ムの一部ではあるが、今までエルフランドの連中が見向きもしない土地だった。今上陛下は乱心に過ぎる。みんな……わんはどうしたらよいか……』

 

本気でキレちまいそうだぜ、我慢できん!

 

『首都の連中が何だって?今までナハト・トゥを片田舎扱いして、首都圏の連中だけカン=ムの領地みたいな事抜かしやがって!圧政で税金が欲しいから今まで放置と言う形で自治区をさせてた奴らが金を寄越せ?虫が良すぎるだろが!』

 

頭に来た。自分らの都合でそこの領土まで目が行かないから自分達で町作ってね、代わりに何あっても知んないからってやったと思ったらそれかよ!勝手な連中だ!

 

『清蔵どん、ごもっともじゃ……エルフランドはあそこだけで800万もの人間が住んどる。そして税収対象地域は国の九割強。対して、周辺の自治区は全部合わせてもたったの20万じゃ。ワシらの地域から取るだけ取ったとしてエルフランドの人間の税収一万人分もなか、嫌がらせ以外のなにものでも無いのじゃ!』

 

だと思ったよ。地方と都市部じゃそもそもの物価価値も所得も違う。世界的に格差が小さい日本ですら、首都東京と地方の格差はかなり大きい。周辺の自治区は全部合わせても首都の一万人分、しかも取れるだけ取ってそれだけ……是政者は馬鹿の中の馬鹿だな。民を食い物にして何が陛下だ!

 

『それで町長、特使が来たとして、奴らが脅し文句言う確率はどの位でしょうか?』

 

弁護士事務所所長がそう言うと、町長はふーっ、と息を吐くと

 

『十中八九言うじゃろう。武力を持ってわからせると……どうやら特使は将軍の一人らしい。』

 

腐ってやがる、手遅れだな。俺は貧しい暮らししてたから、民の声を聞かない政治家や、自分でやりもしてないのに揚げ足取りばっかしているような奴らが嫌いだった。〇〇〇〇〇(ガチの公安監視対象組織の為お見せできません)、てめぇらだよ!

 

俺は決意した。この町を守り抜いて、自治区として維持すると。町長もその目が物語っている、民の為に身命を捧げると。ほんとに素晴らしい人だ、〇〇〇〇〇(ガチの公安(ryとは大違いだ。俺は決意した。ちと早い初陣になりそうだけど、機動隊の出番が来るかもな。

 

 

鬼軍曹、キスケ機動隊隊長の手記

 

 

機動隊の設立から僅か4ヶ月、まさかこんなに早く出番が来るとは……錬成期間がもう少し欲しい。エルフランドの状勢は前々から芳しく無い事は聞いていたが、まさか自治区にまで税の徴収を迫るとは……あの若作りのババア、何を考えてやがる。〇ねばいいのに。

 

設立から1ヶ月の間に、現警察署所属出身者12名と、こちらから直接募集して集まった80名、計92名がやって来て、残ったのが40名……清蔵さんは凄い残ったねと言っていたが、あの人の世界の人間は軟弱なのか?いや、違う。清蔵さんの世界の機動隊員は皆正式に警察官として下積みを重ねて集まった猛者達、こっちは正規から来たのがたった12名だから、いきなりの訓練からこれだけ残ったのに対して驚いたと言う所か。その40名は着実に成長している。最初は盾も持たず手ぶらで町の外壁一周も走る事が出来なかったひよっ子達は、今では機装一式を装備して軽く三周は涼しい顔でこなしている。体術も中々呑み込みが早いし、何より素直に動く。あいつらは週三で一緒に参加している清蔵さんから逮捕術と骨法と空手の手解きを受けているが、真剣な目で習得に励んでいる。流石に清蔵さんや俺と組み合って勝てる奴はいなかったが、磨けば輝く事は確信している。

 

しかし、実戦にはいささか早すぎる。あいつらはまだ殺し合いを生業にする者との戦いを知らない。帝国の兵士達は錬度が余り高くは無いが、命のやり取りを大なり小なり経験している。そして数も多い。戦なんて起こらなくていい、機動隊の出番が無い事こそが真に望まれる事なのだから。

 

 

数日前

 

エルフランド。皇帝ユナリンは若作りの秘術(と言う名のアンチエイジング運動)をしながら、それに付き合わされてる康江を呼んだ。

 

『ねぇヤスヤスゥ、頼みがあるんだ。ナハナハ?じゃなくてナハトなんとか自治区からも税収取る事にしたから、特使として行ってきてぇ☆返事が悪かったらそれはそれでいいからさ、そのうち滅ぼしちゃうぞ☆って脅しかけとけば良いだけだから。地方からの税収なんて見込んで無いけど、力は示しとかなきゃねってアピールしといて☆』

 

『マジですか……まあ良いですけど……ダメだったらまあ何かうまそうな土産買って帰りますわ。』

 

『うん、それいいかも☆エウロのサカサキ近いから彼処の銘菓を宜しくね☆』

 

『はいはい、ユナちんとりあえず行ってきますね。』

 

康江は目の前にいる自称永遠の45歳、他称自堕落帝の事が大嫌いだった。ずっとこのノリで贅沢三昧を繰り返し、訳の分からぬ召喚術で何人も生贄に捧げる名目で、自分の気に入らない人間を消しているのだ。

 

(夏桀殷紂ここに極まれりなババァね……どちらかと言うと末喜や妲己の方だけど……魔法の力が無駄に強いから声に出さないけど、とち狂ってるわね。)

 

皇帝の間からそう心に愚痴りながら出て行く康江は、正直乗り気ではないものの、妙にユナリンに気に入られてしまい、厚待遇で食うに困らない扱いをしてくれた恩もあり、逆らう気力も無かった。

 

ユナリンの人間的性格が分かり、扱いにも慣れたのか、フランクに話しながら上手くかわせるようにもなったが、一応行ったと言う事実を証明せねばならない。勿論他の地域なんて良く分からないので、土地勘がある部下を数名連れて行く事にした。政務官や秘書官の待機している部屋に行き、康江はそれを伝える。

 

『えーと、みんな聞いて?あのババ……じゃなかった陛下がナハトなんとか自治区からも税収を取る事にしたとか行ってきてさぁ……』

 

『閣下、それは誠にございますか?!』

 

目の前にいた実直そうな女性政務官が目を見開きそう詰め寄った。

 

『うっ、うんほんとよ(どうしたんだろ?ノインさんがこんなに動揺しちゃうなんて……)』

 

将軍になってから康江がまともに話せる人間は皇帝とリキッドの他には政務官、秘書官の10人程で、特に目の前の女性であるノイン・ナイトは数少ない初対面から好意的に接してくれた人物だった。優しくて聡明、そんな彼女が目を見開き動揺するなど、初めてだった。

 

『閣下……ナハト・トゥは、私の故郷なんです。』

 

『そっ、そうなんだ……ごめんね(うっ、地雷だった、どうすんのよこれ!)』

 

康江はどう声をかけていいか分からずそれ以上の言葉が出ない。しかし、目の前の女性は思いをこらえて言う。

 

『ナハト・トゥについてなら、私が一番詳しいですから、私を連れて行って下さい!彼処の町長は、私の父ですから!』

 

(ッエェェ、っちょっ、ッエェェ?!なんていらない偶然なのぉ?!)

 

 

特使が来るまで一週間、清蔵は首都エルフランドの事について詳しく聞く事となった。

 

『清蔵どんはそう言えばエルフランドについては全然聞かなかったな。』

 

『そりゃあ俺にとってはこの町が全てだからかな?大都市も割と近くにサカサキがあるし、話題にも上がらなかったよ。それに自称永遠のなんちゃらとか言ってる時点で皇帝にも興味無かったしね。』

 

そう言う清蔵に、ワフラは少しずつ噛み砕きながら話す事にした。カン=ムの首都エルフランドは、名前が示す通り、エルフの皇帝一族が住む。先々代皇帝クダル・レイオウ・カン=ムエルの時代は魔法・鉄器大戦の時期であり、彼は魔法軍側の将軍であった。四半世紀も続いたこの世界大戦は、幾つもの国家を人が住めぬ程に荒廃させ、人口の六割に及ぶ人類を犠牲にした。両軍の大将は戦いの愚かさを悟り、残った国家を纏めて現在のタイーラ連合国が誕生した。

 

クダルは現在の地であるカン=ム地方の人々を取り纏め、その地方の言葉で首長を意味するエルを、地方名と合わせ、カン=ムエルを名乗った。これがカン=ム帝国の始まりである。クダル時代の治世は善政であり、国内は非常に穏やかな時代だった。クダルが崩御した後に、ユナリンの兄、シェイワ・プーム・カン=ムエルが即位、彼もまた父の治世を継承し、エルフランドは人口800万を誇る大都市へと発展した。だが、シェイワは病弱だった為に、エルフとしては短命な100歳で崩御する。その後に即位したのが、当時45歳、ヒューマで言う12歳位の年齢であったユナリンだった。ユナリンはまだ若かった為に、従兄弟のテンジャが摂政として20年の間に政治を代行し、その間にユナリンに帝王学を学ばせる等、やれる限りの事をした。

 

『……それが何で過去最悪なんて呼ばれる事になったのかな?』

 

『実は摂政殿下が政務を行っている間に、陛下は魔法に没頭するようになったば。元々皇帝一族はエルフの突然変異であるハイエルフと言う種でな、魔法を操る事に長けていたのだが、学ぶ魔法がよりにもよってろくでもないもんばかり学びおってな。』

 

ユナリンは魔法・鉄器大戦時代に使われたと言う禁術を研究していた。禁術は他の魔法と違い、高価な、或いは倫理に反するような触媒を必要とする為、裏で財政を圧迫する程の散財っぷりでテンジャの胃を痛ませた。テンジャは国民生活の圧迫を防ぐ為に、ユナリンに進言したのだが、ユナリンは、

 

『テンちゃん兄、うるさいからポイね☆……公文書に載っている正式な摂政殿下を解任時の言葉だそうだ。更に摂政殿下をとある禁術の生贄に挽肉にしたんだと。因みに禁術は失敗した、その時に癇癪起こして、数名の人間が首を物理的に飛ばされたらしい……』

 

『サイコパスかよ……その手の奴って変な頭の切れ方してるからタチ悪いんだよな……』

 

ユナリンは良心の箍が外れている。皇帝の一族と言う恵まれた出自で何不自由無く生活し、かつ、エルフと言う長命な種族故に長い間好き勝手に生きた事で元々薄かった他者への気遣いと言うものが無くなっていたのだ。摂政無き後のユナリンが民の生活を鑑みる事など無く、外交の場でも隣国との協調等考えず失言を飛ばしてばかり。生活は贅沢を尽くし、禁術の実験は辞めず、財政を圧迫しまくった上に、圧迫した財政の責を国民に押し付けていった。

 

『思いっきり男女平等パンチ食らわしたい……ヤヌスの極刑に複雑な思いをした俺でも流石にその皇帝に関してだけは殺すなと言う自信が無いよ。』

 

その先を聞くのも嫌になるが、清蔵はどうにか堪えて話しを聞く。ユナリンの圧政に業を煮やす者はいたが、無駄にそう言った所には頭が周り、反抗する者の家族を人質として差し出させ、反抗を無力化させてしまった。反抗する者達は生贄として禁術の実験動物として使われ、やがて人質の方も同様に使われた。中には生きたまま内臓を引摺りだされ、肉のつけ物や塩辛にされた者もいた。

 

『……ワフラ、ちょっとその辺の壁殴って気を静めるわ。あー、気分悪くなった!』

 

清蔵は内容に怒りの感情を抑えられず、壁を数回殴りつけてどうにか気を静めて再び話を聞く。かくいうワフラも座っている椅子の背もたれの支えの所をギシギシと握り締めながら怒りを抑えてはいたが。禁術の実験は全て失敗だったが、ユナリンは実験の失敗どうのには興味が無く、禁術を使う快感の為だけにそれをしているのだった。自らの失政で経済を締めつけながら、悪びれる様子等無い……自治区に税を求めるのも、特に深い考え等無いのだ。話を聞き終えた後、清蔵は暫し黙して、ワフラに呟く。

 

『ワフラ……特使ってのはどんな奴なんだ?』

 

『ユナリンのお気に入りが上級武官や貴族に任命される……つまり陛下の寵愛を受けた人間と言うわけば。』

 

『つまり、高圧的な態度に出る可能性は高い、か。』

 

『更にこの町に来るっちゅう事は、町長の娘さん辺りを連れて来るんじゃなかかと思うば。ナハト・トゥは辺境の田舎故に、土地勘を持ってる人間が少ないからの。それに、いざとなった時は娘さんを盾にする可能性も高い。』

 

『汚い、流石皇帝汚い……』

 

清蔵はやり場の無い怒りを溜め込みながら、町長が苦渋の顔を浮かべていた意味を理解していた。首都に住む町長の娘が、どのような理由でそこにいるかは分からないが、何かあれば殺される、清蔵は国家権力を盾に好き放題やっている皇帝に対し、殺意の感情を抱くのだった。

 

 

『……ただいま。』

 

『お帰りなさい……せぞさん、どうしたと?顔が暗いよ?』

 

清蔵とテイルは新町に引っ越した。ワフラが強引にテイルと非番が重なるように調整してくれたお陰で、帰る時はテイルと二人で過ごせる。いつもなら嬉々として帰って来る清蔵の顔が沈んでるのを見たテイルは、潤んだ瞳で清蔵の顔を覗きこんだ。清蔵は悲しい表情をどうにか笑顔に戻しながら、今日あった事を話した。幸せの絶頂である中で、エルフランドの特使が良からぬ勅令を携えてやって来る、つまりは清蔵達に危険が及ぶのではないかとテイルは感じ、清蔵に抱きつきながら涙を流す。

 

『せぞさん、せっかくパパに認めてもらったのに無理しないで……せぞさんにもしもの事があったら……』

 

『だっ、大丈夫だってテイルちゃん……無理はしないつもりだよ?』

 

『つもりじゃなくて無理しないで!嫌だよ、せぞさんが辛い思いするのなんて!』

 

子供のように泣くテイルを優しく抱きしめながら、清蔵はどうしたものかと悩むのだった。

 

 

やっぱ俺、無理してんのが顔に出てんだなぁ、テイルちゃんを泣かせてしまうとは……しかし解せぬ。自称永遠のなんちゃらって時点で頭イカれてやがると思っていたけど、自治区にまで手を出すとはね……

 

1週間後だから対策を講じる暇は前の時と比べて余裕があるとは言え、今度の相手は国家元首とか何の冗談だよ?異世界に来てチートで解決、そんな便利な能力ありません!俺にあるのは警察官として鍛えてきた人より強いがただそれだけの体と、半分位しか役に立っていない、元世界の知識、そして足りない頭だけだ。銃はあるけど異世界の人々が苦労してコピー及び洗練してくれたものだから妄りに使いたくない(かつ大量に生産出来ない、ハンドメイド故に)。ああ、もう!皇帝の顔面に正拳突き噛ましたい!

 

 

 

 

 

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