本官、異世界で署長になりました!   作:劉鳳

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第41話 俯瞰する者(の内のたわけ成分)

 

 

現実は非情、そう言う者もいる。現実は小説よりも奇なり、そう言う者もいる。実際に奇怪な現実に直面している者からすれば、客観的な物言いではあるが、感情を逆撫でしかねない物言いでもある。転生転移者のその後は幸せかと言うならば、やはり殆どの人間にとって不幸が先行している。今日までにやって来た転生転移者数、凡そ数百人。この内の約半数がやって来た一ヶ月の内に死亡している。環境の違いに対応出来なかったと簡単に言うかも知れないが、その多くは運が無かった、そう結論するべきである。

 

例えば、あなたはこんな状況下で対応出来るだろうか?転生転移した場所が必ずしも足をつけれる大地ばかりでは無い事を。全体の一割もの人間が転生転移した場所とは、海や川、或いは湖と言った水の中であったり、溶岩著しいマグマの上であったり、切り立った崖の上であったりと、開始から即死になる状況であったのだ。また、他の例を出そう。この世界は清蔵達の住む世界とは生態系が大きく異なる危険生物の巣窟であり、それらの生息圏に降りてしまい、死んだ者が後をたたない。では、人里に降りたのならば、どうか?残念ながら良心的な人間と接触出来なかった者が大半だった。結論から言えば、転生転移者の八割は既に死んでいる。

 

残り二割の者達は……その半数は世捨人か、或いは奴隷となって生きている。男は肉体的、女は性的な奴隷として。満足な栄養もなくそんな生活を強いられている彼等の待つ未来は、早い内に死亡する未来しか残っていない。奴隷の寿命は、通常の生物寿命よりも半分程しかない。不衛生、重労働、不眠不休の連続でまともに生き残れるはずも無く、絶望の中で短い生涯を終えるのだ。それでも、一割もの人間が、この世界に根付く事が出来ているのは、言葉の壁が無く、基本的に人々が純粋であるからなのかも知れない。清蔵達程僥倖では無いにしろ、一般的なこの世界の住民として生きられる、それだけでも幸せなのだと。

 

 

 

異世界には魔法もあったが、清蔵達の世界でイメージするような便利なものはそれほど存在しない。あくまで包丁だったり鍬だったりと言った道具の一種と言う考えであり、魔法が使える使えないで人間の優劣がつくような世界ではない。異世界にも宗教はあるが、清蔵達の世界同様、神の実在は証明されていないし、人間が進歩或いは進化していった過程で神と言う概念を手に入れたと推論する者が既に存在している等、信仰心は言う程高く無い。この世界は神と言う存在が信仰としてはあるが、存在が実証されて無い所は清蔵達の世界と変わらない。転移者で根付く事に成功出来た者は、何処か元世界に似た柔軟さがあったからこそなのかも知れない。

 

この世界は多様な人種に満ちている。主要な人種だけで10種族、見た目の違いに至っては肌が黒いとか白いとかで戦争にまで発展していた清蔵達の世界とは比べるまでもないだろう。寿命もまちまちで、25年程で死んでしまう種族から、300年近く生きる種族までいる。尤も、奴隷等の過酷な環境下であれば、長命なエルフでも60年持たずに死にかね無い為、あくまで安定した生活の中で天寿を全う出来ればの寿命なのだが。故に、清蔵達ヒューマの特徴を持つ転移転生者は特段可笑しい所も無く溶け込めたのだろう。そう言った人類の動向を見つめる謎の人物がため息を吐く。

 

『ふぅ、観察って疲れるわぁ……』

 

上空3000m余りの所で、タイーラ連合国の調査をしている彼女、名前はチェンルン(30)。背中に大きな翼を持つ、10種族とは異なる者。彼女の種族は天族、平均寿命120年、タキアンダ台地と呼ばれる場所に住む。獣人の鳥系種族に似ているが、あちらは腕が羽根になっているのに対し、こちらは肩甲骨の先端が発達したものであると言う違いがある。彼女達は背中の羽根に魔力を込め、通常の人類では不可能な飛翔能力を有する。逆に言うなら、魔力を込めなければ背中の羽根はデッドウエイトであり、彼女達の種族は最低限魔法を行使する術を得ている事になる。

 

『長老の言った通り、禁術?の余波でこの世界にいない人が増えたと聞いてたけど、凄いわねあれ……ロストワールドの建物にそっくり……』

 

彼女達の役目は、世界の観察。不干渉を貫きつつ、世界の事柄をただひたすらに記録していくのが役目である。魔法・鉄器大戦時代以前はカン=ムを初め世界各地に存在した一種族だったのだが、大戦の血を嫌ってからは、未開の地タキアンダへとその飛翔能力を以て避難、現在ではタキアンダ台地に数万人の人々が細々と暮らしている。

 

タキアンダ台地は標高3000mを越えた険しい岩山に囲まれた台地であり、場所は大陸の北部の内陸側にあった。地理的にはアンブロス帝国に隣接しているが、年中雪に覆われたそこに足を踏み入れる者はおらず、かつ、垂直に近い断崖のごとき岩山に囲まれたそこは人を容易には受け入れない。外界の干渉を受けぬ代わりに、作物を育てるのにも苦労するタキアンダの厳しい自然に堪える為、天族は空を支配する術を極め、狩猟採集と高山農法で食を確保しながら、重要な役目を果たす。それが、世界の観察なのだ。

 

タイーラ連合国初代総長、タイドラッシュ・アトラと契約を交わした天族初代総統インシャクが、タイーラ連合国に一切関わらない代わりに、世界を観察する役目を担う事を買って出た。タイドラッシュは彼等に契約を成立させる為、ひとつの頼み事をしていた。世界の不和が最高潮に達した時、禁忌の兵器と禁忌の法術を以て世界をタイーラ連合国建国時に戻す事を。しかし、戻すといっても、死した者が生き返る訳でも無い……時を戻す法術はこの世界には存在しない。禁忌の兵器と禁忌の法術を以てしても、時空を操る事は出来ないのだ。

 

禁忌の兵器の正体、それは、タイーラ連合国の皇帝、王、貴族、それらに準ずる者のみを消す為に存在すると言う、天族すらもどう言った理屈で動いているのかすらわからない超兵器……禁忌の法術の正体、それは史上最強の魔導帝たるレイーラ・ゴラシの封印を解く術……二つの内ひとつのみ解放する力を彼等に託し、それ以来、世界の観察者としての役目を担う。

 

ユナリンの存在により均衡が乱れはじめている事を掴んだ天族は、ここ数年余りカン=ムを中心に観察を続けていたのだが、街ひとつを巻き込む召喚術の余波を捉え、それにより異世界からの来訪者の存在を知るに至った。天族の目は人の持つ力を見極める力を持っていた。それにより、この世界で無い人間を見極める事が出来るのだ。

 

『それにしても、異世界の人って割と優劣の差が激しいのね。共通するのは魔法を使わないヒューマって所かな……しっかし世界の何処でも飛んで行けるのに、見てるだけなんてつまんなぁい。』

 

観察者に選ばれるのは、ある程度の善性、魔法或いは戦闘術を有し、常識力の高い者に限られる。これは、天族が地上に干渉しない為の措置である。人を見極める力を持つ天族故に、悪意ある者は即座に省かれる。チェンルンはと言うと善性は高いのだが……

 

『うふっ、たまーになら、ね☆』

 

長老の側近の娘と言う事で裁定が甘かったのか、いや、そもそも裁定すらしていない節すらあった。箱入り娘でかなり甘やかされて育ち、常識も少々トンでいる。魔法は飛翔能力のみ、戦闘術に至っては殆ど出来ない。言うなれば馬鹿である。

 

『今誰か馬鹿って言ったでしょ……馬鹿じゃないもん!』

 

チェンルンは特にカン=ムの自治区周辺がご執心のようである。この周辺の発展度は世界的に見てもかなり高い水準で上がっている。

 

『なんか無視された……まあいっか、ちょこっとあの建物の中を覗いちゃお☆』

 

好奇心の塊であるチェンルンに罪悪感の二文字は無い。因みに不干渉の規律を破ったのは二度目だったりする……

 

 

『観察の仕事の一環、だから大丈夫、問題無い☆』

 

大丈夫じゃない、問題だ。

 

 

『んで?背中に羽根のようなものを背負ったヒューマが住居不法侵入と器物損壊の現行犯?今まで見た事の無い奴と。分かった、取り敢えず取調室に。』

 

清蔵は空から飛んできたと宣う被疑者を現逮(現行犯逮捕)したと聞き、その本人を連れて来るように促す。因みに本部長になっても現場仕事は相変わらず続行している清蔵であった。数分程して、清蔵は呆気に取られる事となる。

 

『放してよ!あたし何も悪く無いもん!』

 

『つってもお嬢ちゃん、人ん家の壁壊して中に勝手に入っちゃったんだから犯罪だよ?取り敢えず弁護士さんも呼んでるから、取調室に連れてくから大人しくしてね。』

 

『お嬢ちゃんじゃないもん!ちゃんと大人だもん!』

 

『うちの小さい妹もそんな事言ってたなぁ……まあ落ち着きなよ?』

 

『……ねぇ、何あれ?』

 

清蔵の第一声はそれだった。

 

 

本官驚いております!ええ、背中に羽根の付いたコスプレしたお嬢ちゃんが器物損壊と住居不法侵入の被疑者?!喋り方からして馬鹿そうなんだけど。

 

『ちょっとおじさん!今馬鹿って思ったでしょ!馬鹿じゃないもん!』

 

うん、思ったよ……後君位の年の子が俺らの年代の男の人に対しておじさんと言うのは女の人の年齢を聞いて笑うのと同様失礼だと知りなさい。

 

『騒ぎを聞いて来て見れば、清蔵どん、これは凄い事かもしれんば。』

 

ワフラ、いつの間に?と言うか何か知ってんのか警視正!

 

『ムカつくから階級で呼ぶな……ちょっとこっちに……お嬢さん、少しここで待ってなさい。』

 

『ほぇ?』

 

あざてぇ……テイルちゃんと違ってわざと臭ぇ感じ……こらっ、口をネコにすんな!なんかムカつく!

 

 

ワフラは清蔵を連れて取調室を離れた。その行動に何か理由があると知っての事である。ワフラが意味も無く動く人間でない事は、この二年余りで理解していた。

 

『清蔵どん、この世界で羽根の生えた人間を見た事はあるか?』

 

『鳥系獣人のトリバリー巡査位かな?でも彼は腕が羽根状だから身体構造的には違和感無かったな。ってあの背中の羽根、モノホン?!ピクリとも動かなかったからコスプレかと思ったけど、マジで?』

 

ワフラは首を縦に振った。この世界は多様な人種がいるが、基本的に生物的な進化(あくまでこの世界のだが)上、極端に可笑しいものはない。故に、腕が羽根化している訳でも無い背中の羽根化等、異端に感じてしまうのだ。

 

『高祖父の代だったか……背中に羽根を持った種族が存在しとったと言う話を聞いた事がある。手記も遺していたな。魔法・鉄器大戦の時代よりその存在は遥か高い天空の地に消えて行った……おとぎ話のような事を言っていたそうだが、ワシの家系はおとぎ話を信じるような人間はおらん、つまりは本当にいた種族と言う事ば。』

 

清蔵はこの世界で起こったと言う世界規模の大戦の話を勉強がてら聞いていた。10種族は鉄器兵団、魔法兵団両陣営に其々分かれ、現在タイーラ連合国に属する10の国以外の13ヵ国が滅びる程の戦いが繰り広げられたと言う。その時代、空を自由に飛び回る羽根を持った種族の存在が戦争終結時に姿を消したと語られている。

 

その時代を知る者は、比較的長命なエルフですら寿命で既にこの世にはいない。巨人族程の寿命があれば現役の頃を知る者はいるであろうが、巨人族と直接関わりを持つ種族はいない上、大戦には関わっていない為、やはり生きた体験談を知る術は無い。

 

しかし、大戦以前には存在していた彼等の生きた足跡は伝承と言う形で残っている。ワフラの高祖父は、大戦時エルフランドで記録員として働いており、手記としてまとめていた。

 

『高祖父の遺していた手記、確かこう書いてあったば。天族の兵士達は戦いから逃げ、タキアンダ台地へと移り住んだと。タキアンダ台地とは、アンブロスのツァワー山脈の上に位置すると言う広大な盆地………険しく、かつ大陸北部の内陸部と言う寒さ甚だしいそこに好き好んで行く人間がおらんから、それ以上の事はわからぬがな。しかし、天族か……我々10種族とはまた異なる種族は確実にいた、記録員をしていた高祖父だからこそ信憑性が高い。』

 

清蔵はワフラの話を聞いて、被疑者の扱いには慎重を期すべしと言う結論に達した。交流の無い種族との遭遇及び接触は、基本的に皆慎重になる。例えばランボウ王国に殆どの者がいる魔人等、扱いを間違えると戦乱の原因になると言われ、好き好んで火種を作る馬鹿はいない。

 

『何にしても、先ずはあの娘に接触する者を最小限にするか。でも勾留を長引かせるのは俺は嫌だし、話しながら折衷案を考えるか。』

 

 

『何よ、あたしがなんかムカつくの?顔に出てるよ?』

 

『いや、さっきはそんなんだったけど、今は全くないんだけどね……えー質問、君は何て名前?何処から来たの?言いたくない時は黙秘権を行使しても構わないよ。不当な質問の場合は横にいるムラキ弁護士が君の味方だから遠慮せず、ね。』

 

『……じーっ』

 

じーって口で言いながら顔見てくる奴初めて見た……まあやましい気持ちも無いから目は反らさず彼女の瞳を見つめる。吉岡〇帆に似てんな、あざとい仕草すると何か余計に似てて困る。

 

『ピット・チェンルン、30歳です。天族と言う種族で、タキアンダから来ました……あっ、これ言っちゃダメだった!』

 

お馬鹿系だよ確実にこの子……まあでも悪い子では無いかな?だが器物損壊と不法侵入の現行犯だからね……

 

『えーと、ピット・チェンルンさん?貴女は空から飛んできたと聞いていますが、どうやって来たのですか?背中の羽根、ピクリとも動かないのでやや疑問に思っていたんですけど。』

 

『えへへ、この羽根はね、精神力を込めて、飛翔の魔法を使わないとただの固くて重い脱げないリュックなの☆魔法を使ってこの羽根で飛んで来たの!』

 

馬鹿正直な子だな……普通は黙秘権を行使する所だけど、戸惑い無く言っちゃったよ、ムラキ弁護士も若干引いてるよ。

 

『児玉本部長、彼女が空から飛んできたと言う証言に合致する証拠としては、複数の目撃例が出ています。体長の二倍以上もある羽根を広げ、ヘーゼルさん宅の壁に激突したと言う目撃者も出ています。』

 

『ふふん、どう?作りものじゃないのわかったでしょ!』

 

ふふんじゃねぇよ!明らかな前方不注意だよ、妥当逮捕だったよ!

 

『して、チェンルンさんとやら……ワシの高祖父の手記に書いてあったが、あんたら天族は確か初代連合国総長との契約によりその存在を消し、不干渉を貫いておったはずば。』

 

『あっ……まぁその、なんと言うか、地上の観察だけだったら退屈だったんで、ちょこっと覗く位だったら良いかなぁなんて。』

 

テヘペロすんな!存在を忘れ去られる位天族の人達が約束守ってたんだろが!つまりはこの馬鹿が、約束破って地上に降りて事故起こして警察案件になっただけかよ!

 

『馬鹿って言った!馬鹿じゃないもん!』

 

うん、馬鹿じゃないね、超がつく方の馬鹿だもんね。ムラキ弁護士も流石にこいつ弁護すんのかよ、マンドクセって顔してる。まあ器物損壊と不法侵入だけなら有罪になったとしても2ヶ月間の刑務作業で終わるけども、すんませんが、ムラキ弁護士、弁護してやって下さい。

 

『まっ、まあ彼女は幸い初犯で情状酌量の余地があります、ただ、現行犯かつ状況証拠、物的証拠もしっかりとありますので、奉行所の方で沙汰待ちになりそうですね……』

 

やややけくそな感じで述べてますが、お馬鹿相手にってのがやっぱ苦労するのかな?っはぁ、最近転移者関連とかで休み取って無いのに、馬鹿まで相手にしなきゃなん無いのかよ、ご無沙汰過ぎて溜まってんだよ、休み取ってテイルちゃんとイチャイチャしてぇんだよもう!

 

 

新たな悩みの種が増え、清蔵のストレスは高まるばかりだった。

 

 





唐突に新キャラ出して大丈夫なのかと思いましたが、清蔵が基本的にナハト・トゥから動かないのでキャラが寄って来ます。盛大な設定ありますが、弁当の中のパセリ位の感じで登場する程度ですのでw清蔵としては町のお巡りさんして、テイルちゃんとイチャつければそれが一番の幸せな頭です。

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