本官、異世界で署長になりました!   作:劉鳳

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第43話 英雄譚の半分は、虚しさで出来ている

 

 

 

食事を終えて、幾分落ち着いた清蔵、町長、カグヤの三人。カグヤはニコニコと笑顔を見せていた。彼女本来のものであろう愛らしい笑顔に、二人は安堵の表情を浮かべた。

 

『どうもありがとうございます…封印が解かれた後、直ぐにこちらに来ましたので、衛兵用の携帯食位しかお腹に入れて無かったんです…』

 

『ふふっ、向こうで食事をしなかったのは何かしらの負い目か、あるいは複雑な感情があったと見えるな。皇帝一家は十英雄の一人の末裔でもあるからの……カグヤ嬢、もし良ければ、貴女の昔話を聞かせて貰えないじゃろうか?我々としてもこれ程の酒の肴は無いと思っての。』

 

『そうなんですか……わかりました、お二人が退屈しないのならば私の話せる限り話しましょう。』

 

カグヤは少し思案すると、快くその頼みを受け入れた。清蔵もやや身を乗り出してそれを聞こうとしている。

 

『二十五年続いた戦争の内、私が参加したのは戦争後期からでした。何しろ私は戦争開始時には生まれてませんので……ただ、戦争の始まり、切欠はタイラーさんから直接聞いていましたので、大まかな事は私も知っています。』

 

カグヤの言葉を聞くと、清蔵はまだかまだかと彼女の話を待っていた、清蔵は英雄譚が好きだった。特に清蔵が好んでいるのが、悪法で民を虐げてきた独裁者に立ち向かう、レジスタンスが活躍する話である。レジスタンス……それは、法治国家においてのテロリストを指す事もあるのだが、国家が独裁の場合は英雄と呼ばれたりもする。武力をもって達成する者、民の支持を受けて武力以外の方法でそれを達成する者、その工程は様々であるが、英雄とは多くの支持を受ける反面、反発する者も多く出るものである。

 

独裁社会の打倒後に平穏を取り戻した国もあれば、新たな独裁体制に入り、民にとっては変わらない状況と言うものもある、いずれにせよ、文武のバランスが保てなければ、長い太平はあり得ない。特に、一定の偏った思想の下に執り仕切られた治世は長続きしない。その一方で、宗教が政治に深く関わっている国等は、意外な事に長続きしているケースもあり、政教分離の観点や民主主義等はあくまでも一つの治世のケースであると言わざるを得ない。

 

様々な観点から見て、清蔵達の世界が、この世界に比べて優れている点は、余り無い。肌と顔つき以外特に大きな特徴が無いが、多種多様な言語が飛び交い、同じ国の中でも言葉が通じないと言うケースも珍しく無い。言葉の壁と言う点で見れば、この世界はそれらが払拭されており、多少の訛りはあるものの、全世界共通の言語が存在する。文化交流は格段にしやすい中、それでも各国で習慣や生活様式に大きな違いが出るのは、どの世界でも人間は多様な考え方を持っている事を示している。

 

是正者に関しても、この世界の君主達は比較的穏やかな部類と言える。清蔵達の世界にかつて存在した、あるいは現存している独裁者のえげつなさに比べれば、最悪の治世と呼ばれたユナリンですら、まだマシに見えてしまう。帝辛、始皇帝、煬帝、毛沢東、ヒトラー、スターリン、ポル・ポト、ミャンマー軍事政府、金一族等々……この世界にも悪辣、暗君と称される指導者は存在するが、清蔵達の世界に存在した者の諸行の数々と比べると穏やかな部類である。そんなこの世界でも、その清蔵達の独裁者らの諸行に類する殺戮の嵐が、400年以上もの昔、13もの国、二億もの人間を滅ぼした魔法・鉄器大戦と言う形で存在した……十英雄達は英雄と名はついているが、他の側面から見れば、人々を扇動し、二億もの人間を死に追いやった虐殺者とも捉える事も出来る。

 

『そうですね、ある意味では私はどちらとも取れるような行いをしてきた、否定出来ない事実です。私は、特にトマヤシア連邦に住んでいた人々からは単なる人殺しとして認知されていましたから。』

 

カグヤが初陣を切ったトマヤシアの戦いと呼ばれる戦争は、当時最大の国家トマヤシア連邦を更地に変える程の戦いになり、当時13歳だったカグヤはこの時の戦いで五千を越える兵を討ち取った。国民皆兵のトマヤシア連邦は老若男女問わず戦争に投入され、カグヤは自らの感情を消してそれらを倒していった。辺境の地ロージア村(現在のエウロ民国領ルナウェイ地区)からやって来た大柄な少女は、この戦いにおいて辺境の女傑(後に辺境の戦乙女)と呼ばれ、その身を血で染め上げた。

 

トマヤシア連邦の魔導将軍、レイオウは、この時にカグヤと一騎打ちをしており、その戦いは三日三晩繰り広げられた。結果的にこの一騎打ちは決着が着かず、更に周辺の被害が甚大な規模となり、トマヤシア連邦と言う国の崩壊を決定付けた。人口三千万の民は、半数が犠牲となり、残りの半数が鉄器兵団を恨みながら魔法兵団よりの他国と合流し、血で血を洗う争いは苛烈さを増していった。

 

『戦争とは言え、沢山の命を奪っていきました。魔法国家トマヤシアを不毛の大地に変えて、その地に夥しい死体の山を築いたんです……』

 

『カグヤさん……』

 

『じゃが、貴女はあくまでも大戦後期に活躍したのじゃろ?大戦の切欠があったはず、聞いてはいないんか?』

 

『タイラーさん……タイドラッシュ・アトラの事です、全ては彼の家族の悲劇から始まったと聞いています。』

 

この世界大戦のきっかけを作ったのは、リュージュ王国と言う国で起こった子供の行為であった。何でも無い事でヒューマの子供をいじめ、あろう事か魔法を石の代わりに使って子供に投げつけ死なせてしまった……魔法を使える少年少女達は、善悪の判断がつかない幼児で、やった行為そのものは遊び半分の気持ちだった。強い者が上に立つと言う、リュージュ王国の法を、噛み砕いた解釈をして、魔法を使えない人間を差別的に扱っていた大人達の影響を受けただけに過ぎなかった少年少女達の行為ではあるが、そんな話で被害者側が納得するはずもなく、怒りと悲しみの感情を抱いた少年の両親と弟、その怒りに共感した者達が少年少女達の家を襲撃、一族もろとも私刑にする。この行為に対してリュージュ王国の取った行動は、魔法を扱える者は無罪と言う一方的なものであり、結果的に人口の半数以上を敵に回した。後の世が証明するのだが、魔法が使えるかどうかだけで人の優劣が決まる事等無い。リュージュ王国滅亡の遠因は、魔法は使えないが手先の器用な者、武器を扱える者達の強さを侮った結果であり、王族皆殺しと言う最悪の結末を迎えた。

 

『歴史書に書いてたのは、世の治世に反発して大戦が始まったって話だけど、事実は違うんだな。いじめから発展か……』

 

いじめ殺された少年の肉親の中にいたのは、後に連合国総長となるタイドラッシュことタイラー……当時まだ10歳の少年だった。殺された少年の弟だったタイラーは、平民階級の靴屋の息子であり、ごく普通の少年であった。魔法を使えない人間を差別する国のやり方には反対であり、むしろ、魔法が無くても、人々の為に頑丈な靴を作っている父や、勤勉で優しい兄を尊敬していたタイラーは、面白半分で兄を殺した魔法使いをこの世から消す事を誓い、大人達が少年少女を捕らえた瞬間に持っていたナイフで直接殺害した。普通の少年が世の不条理に怒りを持ち、武器を手に取り、気が付けばその手で少年少女を殺害してしまった。タイラーはそれをきっかけに兵士となり、遂には王族の人間すら直接手にかける事になった。復讐の本懐を果たしても尚、タイラーの心は晴れず、魔法使いを殺し続けた。一度出来た恨みの感情と言うものは、中々消えないものである。復讐の連鎖は、魔法使い側にも連動した。同じくリュージュに住む医師の一家が、あの事件以降魔法使い排斥の煽りを受けた者らに皆殺しにされた。一家の末っ子だった当時8歳の少年、レイーラ(以下、レイと表記)は、家族を殺された恨みを持ち、魔法医師としての治療魔法を捨て、攻撃魔法を修練し、気が付けば有数の鉄器兵を擁する隣国のカゼル共和国を滅ぼしてしまう程の魔法兵団の棟梁となっていた。恨みの連鎖反応による殺しあいが繰り返され、互いを尊重し合う事無く、世界を戦乱に巻き込んでいった。

 

一国から生じた戦の炎は延焼の一途をたどり、遂にはカグヤの住む辺境のロージアにまで拡大していく。カグヤが大戦に参加する2年前、カグヤは10歳、少し背が高いだけのごく普通の少女だった。農家の末っ子として生まれ、両親や兄姉達の寵愛を受け、カグヤも優しい家族に大いに甘える可憐な少女だった。だが、幸せなカグヤ一家を、隣国の魔法兵団の侵攻が襲う。村人が総出で町を守ろうと武器を手に取り戦ったが、人口三百人程の小さな村に、数万を越える魔法兵団を相手する力は無きに等しく、父と兄三人はなすすべなく殺され、母と姉はカグヤを隠す為に囮となり、兵士に犯された挙げ句に惨殺された。騒動の中、小さかったカグヤはガタガタと震えながら、食料品を保管する壺の間からその一部始終を見ていた。

 

兵団が去った後、カグヤはそこから這い出て、性器を引き裂かれ、顔を潰された母と姉の姿、そして外にいた父と兄三人の、焼けただれた姿を……そして周囲の人々の無惨な屍を目にして、声にならない声を上げた。村のただ一人の生き残りとなった少女は、父が手に持っていた長柄の斧を形見に、思い出が詰まった村を出て、魔法兵団と戦いを続けているフェブロサム国軍に入り、リーダーとなっていたタイラーの目にとまり、メキメキと頭角を表した。カグヤは魔法を使う者、特にカグヤ一家を殺害したであろう炎の魔法を使う者に対して苛烈な攻撃を加えた。命乞いを許さず、斧を小枝でも振るうかのように扱い、屍を築き上げた。

 

 

『恨みの連鎖反応か……復讐は復讐を生む、他に生むのは悲劇だけ……けれど、残された者からすれば、恨みを晴らしたいと思うのはごく自然なんだろう。俺だってテイルちゃんに何かあったらと思うと、抑えられないかも知れない。』

 

カグヤの話す事にそう感想を述べた清蔵は、それでも目の前にいる女性がまだ人生をやり直せると感じていた。怒りも悲しみも知っている彼女が、戦争終結後に、自らの意思で封じられる事を望んだ……そこが清蔵の気になるポイントとなっていた。

 

『恨み続けた人々が、ごく普通の人間だった事……沢山殺した後に気付いてしまったんです。敵であれ味方であれ、多くの人は戦いよりも幸せを望んでたんだって……』

 

魔法・鉄器大戦終盤、大将たるタイラーとレイは30歳を越え、戦争後半に参加したカグヤも、気が付けば20の齢に差し掛かっていた。この時点で、既に11の国が滅亡していた。世界各地で戦いが続いた結果、略奪が横行、農業もその憂き目にあい、食料問題も発生していた。戦争が長引いた事で、人々の心は厭戦に移りつつあった。魔法兵団、鉄器兵団側双方の兵士の士気も低下し、終戦の香りが漂いはじめていた。

 

最初に終戦の交渉に乗り出したのは、鉄器兵団だった。元々鉄器兵団側は魔法を使う使えないで差別するような人間が集まっていたわけでは無く、戦争開始一年の時点から終戦或いは停戦の交渉を持ち掛けていた。しかし、それらの交渉人が帰って来ず、即座に処刑されていた為、泥沼の大戦を止められないでいたのだ。魔法兵団は、自分達の持つ力による優性学的考え方により、鉄器兵団側の話に聞く耳を持たなかった。頑なな主義主張の下に戦争を止めなかった魔法兵団の行為に、鉄器兵団もやむ無く武をもって応戦、戦力は拮抗し、多くの犠牲が出続けた。それでも、鉄器兵団側の終戦及び停戦の呼び掛けは継続していた。

 

鉄器兵団大将となっていたタイラーは、兄を殺された恨みから戦いに殉じていたが、戦いの中で、敵側の家族と接触し、敵対する者にも家族がいて、普通の生活をしている事に気付いた。後にタイラーは語る。大戦で最大の戦いだったリュージュ盆地の戦いにおいて、戦う力を持たない魔法兵団の家族の泣き叫ぶ姿が目に焼き付いて離れなかったと。それ以来戦いの虚しさを感じ、終戦の交渉を持ち掛けるようになったが、魔法兵団はそれに聞く耳を持たなかった。それでも、タイラーは諦める事なく交渉を持ち掛け続けた。タイラーの考えに、他の幹部達も同調、カグヤも現状の中で、復讐心よりも虚しさを感じ、戦いつつも可能な限り犠牲者を抑えるようになっていった。自分の家族が殺された年齢の頃の少年少女らの死んだ眼差し……それは何よりも胸に刺さるものがあった。自分と同じ不幸な人間を、自分が作ってしまっていた事実、贖罪の念はこの頃には戦いの意思よりも強くなっていった。

 

一方の魔法兵団大将レイーラことレイは、タイラーと考えを同じくしてはいたが、魔法兵団の幹部に多い、優性種論により、彼等が一向に戦いを止めない事に悩んでいた。自身も、武装した鉄器兵千人と互角と言われる豪の者ではあるが、敵対する者の家族を殺し、犯している兵士の姿を目の当たりにしてから、戦いの意義を考え直していた。戦いの推移を冷静に見てきたレイは、魔法兵団と変わらぬ数で互角に戦いを続けている鉄器兵団の様に、魔法の有無で違い等無い事を早くから感じていた。

 

だが魔法兵団幹部は、足並みが揃っている鉄器兵団とは対照的に意見が分かれていた。優性学主義を進めていたラン、ミクニ、インシャクらの強硬派と、レイ、レイオウの穏健派は、会議の度に険悪なムードになっていた。魔法兵団側は、一人で四人相当の鉄器兵を蹴散らせるとされる魔法兵の質の有利とは裏腹に、相手側の研ぎ澄まされた戦いの前に互角か、あるいはそれ以上の被害が発生していた。

 

『潮時が来ている、もう、我々に戦う意義は無い。世界の半数の国が滅び、民の多くは戦を止めろと訴えている。』

 

そう戦友たる四人に語りかけるレイだったが、強硬派である三人の意思は固かった。三人はレイやレイオウと違い、外見がこの世界において特殊な部類に入り、それによる差別を戦争以前から受けて育ったのだ、頑なな意思はその時に受けた差別による恨みが消えなかった事によるもの……特にインシャクは天族の特徴たる背中の翼を持つ故に激しく差別されていた。

 

『レイ、あんたはヒューマだから分からんだろう!背中に羽根が生えているだけで俺を罵った奴等を、魔法も使えぬ下等な連中により受けた暴力を!俺は奴等を根絶やしにするまで許さん!敵にいいやつもいるだと?死んだ人間が敵のいいやつだ!』

 

『私も戦争を続けるわ……魔神の私は、体の模様だけで悪魔と言われて虐げられてきた。レイ、それにレイオウ、貴方達のように普通の見た目の人間にはこの苦しみ、理解できないでしょうけど……』

 

『ピクシーのあたしは身体が小さいってだけで馬鹿にされてたし、謂れの無い暴力に曝された……あたしはピクシーをおもちゃにした全てを滅ぼすまで、終戦交渉する人間を許さないから、和平を望むのなら諦めなさい!』

 

レイはもう彼等を説得する事は叶わぬ事を悟った。三人が去った後、ただ一人残ったレイオウは、レイの気持ちを察していた。

 

『レイ、彼等には我々と違い心の傷が深く、故に虚しさを感じ無いのかも知れぬ。強硬派が優勢で向こうに比べて兵士の好戦意欲が無駄に高い。しかしこのままではどちらかが滅びるまで戦いが終わらない、世界の終わりが来るぞ!』

 

魔法兵団の幹部で唯一普通の人間の中にいたレイオウは、他の幹部とは一歩下がった考え方をしていた。最初の一年が過ぎた頃には戦争から虐殺に等しい状況になっていた事も知り、鉄器兵団側の使者が早い段階で停戦の交渉に来ていた時、レイオウは話を聞こうとしていた。しかしその使者は、インシャクらの部下によって話を聞く事も無く殺された。それ以来、何度も停戦の交渉の使者が来ては殺される状況に我慢出来なくなったレイオウは、自らの部下を特使として派遣しようと目論んだが、ランやミクニの放った暗殺部隊により阻まれた。それならばとレイオウは強硬に過ぎる彼等を止めようとしていたが、やはり聞き入れては貰えなかった。三人の心は頑なな迄に殲滅戦を望んでいた。レイオウの心を察したレイは、考えを彼に伝える。

 

『俺だって彼等のように怒りから戦いに参加したさ。しかし、血で血を洗う状況のままでは、新たな悲しみしか生まない。敵は化け物じゃない、血が通った人間なんだ……だからレイオウ、君に頼みがある。これから俺が直接交渉に行く。使者を送ればあの三人が部下を使い妨害し、無駄な血が流れるが、俺だけならば要らぬ犠牲は出ずに済む。レイオウ、君は俺が帰って来なかった場合の大将として、三人をまとめて欲しい。』

 

『そんな……レイ!君がいなくなったら、抑えがきかなくなるぞ!今の危うい状態を保てているのは、最強たる君の存在があるからなんだぞ!』

 

『安心してくれ。幸い俺にはインシャクすら振り切れる飛翔の魔法が使えるから後れは取らない。三日だ、三日……それで帰って来なかった場合、俺を裏切り者に祭り上げ、スケープゴートにして、皆をまとめて欲しい。』

 

『分かった……だが向こうの大将タイドラッシュは生半可な人間ではないと聞く。もしもの為に、転送の魔法の触媒と陣を描いた布を渡しておく、死なないでくれ、生きて帰って来い!』

 

レイはその日の未明、夜空を流れる星の如く、タイラー達のいるフェブロサムへと飛んだ。三人の放った刺客は当代最強の魔法使いの全力の飛翔魔法を捉える事も出来ず、それ以前に気付く事も出来なかった為、裏切りの報すらあげられなかった。

 

 

『リアルチートっすね……頭抜けた魔法の使い手とか想像しただけで怖いわ。』

 

飛翔魔法であれよと鉄器兵団本部へとやって来たレイは、鉄器兵団の兵士に身分を明かした。最初は警戒されたものの、無抵抗の意思表示に自らの持つ杖を渡し、丸腰となる事でその警戒を解いた。鉄器兵団の多くは嫌戦派が占めていた為、終戦の受け入れには即座に応じる空気が出来ていたのもある。レイは誰も傷付ける事もなくタイラー達との交渉のテーブルにつく事に成功した。

 

『私の名はレイーラ・ゴラシです。交渉の使者が悉く同胞に殺され、私の送った使者も、そちらへたどり着く前に殺されてしまい、泥沼の戦争を止める交渉を妨害した事、非常に申し訳無い。』

 

『あなたがあの魔導帝……私は鉄器兵団総帥、タイドラッシュ・アトラです、よくぞこの場へおいでなられた。』

 

二人はどちらとも無く手を差し出した。タイラーの側には、カグヤ達鉄器兵団の四天王(ナスターシャは怪我の為欠席)が並んでいた。レイの声を聞くまでは警戒心を解かなかったが、レイの言葉を聞いてからは各々リラックスした形をとっている。目の前にいる男の、史上最強の魔法使いの生きた姿を目の当たりにし、その男の目が、決して憎しみに囚われていない事を悟ったからだ。

 

『我々魔法兵団は、足並みが揃わず、いたずらに戦渦を広げてしまいました。元々の事の発端は貴君の兄上を殺した少年少女達の愚行から起こったと知った時、私は……両親を殺された憎しみに囚われた自分への虚しさが沸いて来ました。』

 

『私も兄を殺された恨みを持ったまま、いたずらに命を奪い過ぎた。その結果、あなたのご両親を奪う事になった……復讐がまた新たな報復を呼び、気が付けば世界の半分の国が滅亡してしまった……』

 

お互いに思う所があったのだろう、自然と言葉に虚無感があった。恨みを向けた相手は、極悪非道の徒ではない、話の通じる人間だったのだ。言葉が通じない相手ではない、同じ言語を喋り、同じように悩む生きた人間同士……互いの間には溝はあれど歩み寄れる程に近い存在だった。

 

『レイーラ、あなたが直接こちらに来てくれた事、僥倖にございました。我々鉄器兵団側の民は、長い大戦に疲弊し、農耕もままならず、飢えで多くの人間が死んでいきました。御大層な大義を掲げながら国が滅びてしまえば本末転倒も良いところ、気付いた時には後戻り出来なかった。しかし、魔法兵団の大将たるあなたがこちらに来て、本心を話してくれた事で、まだ間に合う事を教えてくれた。私としては、もう戦は終わりにしたい。これ以上、あの頃の自分と同じような少年少女が泣く姿を見たくはない。』

 

二人はまた、どちらとも無く、抱擁を交わした。憎しみに囚われて殺しあった互いの後ろに転がるのは、必要以上の犠牲。互いに心を痛め、虚しさを感じた、四半世紀に渡る戦いは、終局へと向かって行くのだった。

 

 

『伝承の通り、手を取り合ったのですな……戦に出る者も、出ない者も、そこには違いの無い、生身の人間がいるだけ。』

 

『気付くのが遅過ぎましたが……』

 

『カグヤさんが気に病む事は無いさ、それに、今はその平穏な時代なんだからさ。』

 

 

レイは約束の三日に帰って来た。その時、その隣には、鉄器兵団総帥タイラーと、最年少のカグヤ、そして、後にヴァイシャ(古代カンム地方の言葉で「記す者」と言う意味)と名乗り、歴史を手記に遺すメルビン・コーブの姿があった。転送の魔法でレイオウの一室へと飛んだ四人は、目の前に待っていたレイオウに視線を合わせる。

 

『レイ、その様子だと無事だったみたいだな。そちらのお三方は……一人はいつぞやのお子様か。』

 

『子供扱いはやめて下さい……あの時の戦いから、私は自分の行いが正しかったのかと悩み続けています……』

 

『それは済まなかったな……そちらの二人は?』

 

『タイドラッシュ・アトラです。』

 

『メルビン・コーブじゃ。わしゃ記録をこうして遺す役割で来たば。元々戦いは好かん、職業軍人故にな。』

 

清蔵達の世界でもそうだが、軍人であればあるほど、戦はしたくないと言う人間が多い。メルビンは優れた戦士ではあるが、そうであるからこそ、戦争で死ぬのはあくまで兵士であり、民であってはならないと言う考えである。そして兵士であっても惨たらしく殺す事はするものではないと。

 

『お主とこちらのレイーラ、二人が穏健派と聞いてな。話を聞きたいのもあるし、頭の固い連中を諌めたいと言うんもあって来たば。』

 

メルビンは人当たりのよさもあり、鉄器兵団側のまとめ役をしていた。年齢も90歳とドワーフの年齢的にも中年であり、落ち着きもあるのもあり、交渉人達の仲介を兼ねてもいた。

 

 

『ちょっとストップ!えっ?メルビン・コーブの後の姓がヴァイシャって……まさか、ワフラの高祖父って事?十英雄の一人?ワフラの家系は英雄の家系だったのかよ?!驚きぃ!!』

 

『……あのぅ、続き話してもいいですか?』

 

『すんません、どうぞ。』

 

 

『成る程……魔法兵団の荒々しさにはそう言ったいきさつがあったのか。』

 

『元々、魔法を使えると言うアイデンティティーを持つ者の集まりだからね、魔法を使えない人間は人間じゃない、人擬きだ、そう言った頭の連中が纏まって強硬派を構成しているのさ。もっとも、魔法兵団側も現状では一般の民が大多数を占めているんだ。戦いによって食料生産がおぼつかなくなっている事態になって餓死者が出てる、故に早く戦争が終わらないかと嘆く者の方が増えたよ。』

 

レイオウはこの戦争には端から反対していた。魔法が使える者とそうでない者に別れた二極化の戦争、きっかけを作った国と人間は既にこの世から消えているのだ。大義は既に失している。

 

『戦争が起こってからの死者は、二億に達した……そのうち三割の死因は餓死ば。わしらも主らも、いたずらに無関係な人間を巻き込んでしまった。世界人口の半数を巻き込んでも、まだ下らぬ戦いを続けたいなんて事を主らが望んでいなかった事が救いかの。』

 

メルビンは戦が大きくなり始めた頃から、戦による犠牲者を記録していた。最初の一年だけで五千万の死者が出たと言う話を聞いてからは、双方の死者を記録するようにしていた。メルビンの指揮する記録員の部隊は、双方どちらにも違和感なく溶け込めるよう、ヒューマが選ばれ、全国の被害状況を記し、戦いの推移を記録し続けた。結果的にこれらの地道な行動が、実際の戦いにおいて魔法兵団と互角に戦いを繰り広げられた要因にもなった。

 

『特に最初の激戦地リョービ王国は悲惨じゃった、無数の屍が転がり、建物の殆どが潰れ、森林は焼かれてもはや人を受け付けぬ伝染病の蔓延する死の土地と化しておる。記録員の数名も伝染病で亡くなっての……わしらの作った火炎弩でそちらの民に多数の死者が出た事も記録しておるよ。家屋が破壊と火災により崩れ、逃げる間もなく死んだ者の多くが一般の人間だとは、なんたる皮肉じゃろてな。』

 

メルビンの指揮する部隊は、記録員の他に、大型の兵器を扱う大規模攻撃隊が存在し、先端に火薬を仕込んだ弩弓、燃える石を飛ばす投石器、鉄の矢を一度に数発発射する連弩等、面制圧を効率的に行う兵器を投入して魔法兵団側に多大なダメージを与えた。最初期の戦いの死者の殆どは、これらの兵器による住宅街を巻き込んだ襲撃によるものだった事を知り、メルビンは複雑な気持ちになったのだ。

 

『魔法兵団の優位性は初戦から無かった、それは私も既に気付いていました。効率的な戦術、誰でも扱いやすい武器による侵攻、脅威と言う他はありません。』

 

『尤も、これらを導入した背景は、魔法兵団の横列一斉攻撃で街を破壊されたからであります。どちらにしろ、一方向に向けられた殺意程、恐ろしいものは無い。』

 

魔法兵団の中距離からの魔法攻撃は、正面からの鉄器兵団の突進を悉く崩していた。初期の戦いで魔法兵団が勝利した戦いにおいては、民の降伏が聞き入れられず、兵に向けられた攻撃が市街を襲い、夥しい死骸が転がった。メルビンはそれらを記録しながら、犠牲者の内訳を理解し、結果的に早期からの停戦及び終戦交渉と言う風潮を鉄器兵団側に呼び込んだ。

 

『他の三人とも話をしたい。勿論、嫌悪され、争いになる事も想定していますが、ここにいる二人、そして私は覚悟が出来ております、案内して貰えませんか?』

 

『ええ、勿論。もしもの時は私が死んでも貴方達を守ります。』

 

レイに案内され、三人は魔法兵団の幹部が会議をする広間へとやって来た。レイオウの方は他の幹部三人を呼びに行っている。三人は構えられた卓につき、彼らを待つ。

 

『薄汚い鉄器兵団の人間が何の用だ!』

 

やって来たインシャクの開口一番の声がこれだった。ランとミクニの二人も、嫌悪の表情を隠さない。対照的にタイラー、メルビン、カグヤの三人は、何処か穏やかな表情を浮かべていた。更に三人は丸腰である、インシャクら三人が魔法を行使する触媒や杖を持っているのとは正に対照的なそれを見て、レイは言葉をかける。

 

『下賎の者と罵るならば俺ごと殺してしまっても構わない。俺が彼らの元に行き、終戦の交渉をしに行ったのだから。』

 

レイは包み隠さずそう話す。三人は抗議の声をあげたかったが、レイの穏やかながらも覚悟を決めたであろう雰囲気に気圧された。史上最強と名高いレイが本気を出せば、三人がかりでも無事では済まない。勿論レイは妄りに殺し合いを好む人間ではないのでその心配は無いが。

 

『……下等生物が我々に何の用か、話位は聞いてあげるわ。』

 

『同じく……レイ、取り敢えず貴方への処分は後ね。』

 

『ふん、どうせ言葉も通じぬ連中だ、俺はこのままこやつらを引っ捕らえて縛り首にしたいが、レイ、貴様の面子に免じて許してやる。』

 

不服ながらも、三人は話を聞く意思を見せた。後日談であるが、何かあった場合はカグヤとタイラーが魔法を行使する前に体術で捻り上げれたらしい。

 

 

『はいまたストップ!……やっぱり魔法ってそこまで脅威じゃないのね、そして鍛え上げられた人間って体そのものが脅威なのね……すんません、続けて下さい。』

 

 

 

『鉄器兵団、総帥のタイドラッシュ・アトラです。こちらが大型兵器特化師団のメルビン・コーブ、そしてこちらが歩兵師団のカグヤ・ミトヅキです。他の師団長は農業の復興支援に当たっておりますので、本国に残って貰っています、ご了承下さい。』

 

タイラーは立ち上り、そう話す。2mを越す大きな体はそれだけで威圧感があったが、対照的に物腰は柔らかく、真摯な印象を受けた。

 

『他の幹部も呼べ、信用ならん。残った幹部を使って強襲なんぞされたらたまったものじゃない。』

 

『インシャク……ちょっと黙っててくれる?いくらなんでも言い方が悪いよ?』

 

いつも穏和なレイオウが、笑顔のまま怒りの声をあげた。流石にその空気を感じたのか、インシャクはそれ以上言葉を挟まない。タイラーはそのやり取りを見て、再び言葉を続けた。

 

『戦争開始からはや25年、全人口の約半数が死滅し、戦いによって農耕もままならず、餓死者が増えました。大戦中の死者の三割が餓死、これは後一年戦争を続ければその比率は半分になりましょう。兄を殺されてから怒りに任せて戦いに身を置いた私ですが、ここまでの戦いを望んだ覚えはありません……戦いで得たものは虚しさと夥しい屍だけ。もう、戦いは止めましょう。』

 

タイラーは必死に胸中を訴えた。野蛮だと思われた鉄器兵団の総帥は、理知的で温厚、そして自己犠牲な一介の人間である事を悟った三人は、蔑みの目から人間を見る目へと変わっていった。

 

 

『うん、やっぱりこの世界の人って物分かりがいいんだね。俺の世界だと意見のぶつかり合いの末、更なる戦乱って感じの流れが多いもの。』

 

『インシャクさんは言葉は激しい人でしたが、話合いの後は二度と戦争をしない為に種族を纏めて新天地へと旅立つ事を決めたそうです。』

 

『そしてタキアンダ台地を天族の住み処としたわけか。超強硬派故に、悟った時の行動力は凄まじいものがあったんじゃの。』

 

 

彼等が漸く終戦の宣言を世界に伝えた時、13の国が滅びた後だった。十英雄全てが現在のカン=ム帝国首都となるエルフランドに集合し、終戦宣言と、タイーラ連合国の樹立宣言を発布した。タイーラ連合国は、10の首長国が集まり、一つの共栄圏を築くと言う、清蔵達の世界で言う国際連合と同じような組織であった。国連との違いは、一部地域を除いて国を変える自由がある事、その一環として、関所の廃止を法に盛り込んだ事である。

 

『タイラー、漸く終わりましたね。』

 

『いや、レイ、これからだよ。荒廃した世界の平穏の為に先ずは復興を急がないと。』

 

タイラーは初代連合国大統領となった。停戦終戦を早くから呼び掛けていた鉄器兵団側の人間から大統領をと言う意見は魔法兵団側からも要請された為に大統領選びは早くに終わっていた。

 

『レイ、君はどうするんだい?』

 

『俺は、自らの力を、再び大戦が勃発した時の為に封印しようと思います。かつて住んでいたリュージュの地で。』

 

『そうか……インシャク殿と同様、もう二度と会う事が無いのだな。レイ、私はこの世界の末長い平和の為に、残された命を全うするよ。』

 

『世界を守る英雄の活躍、心よりお祈り申します。』

 

二人は固い握手を交わすと、レイはその場から去ろうとしたが、ふいに声をかけられ、足を止めた。十英雄最年少のカグヤだった。

 

『レイさん、旅立たれる前に、私を……封じてくれませんか?』

 

『どうして君が……』

 

『この手で幾千、幾万もの命を奪って来た、贖罪です。生きたまま、永遠の封印に……』

 

『断る、と言っても、君のその表情と覚悟は揺るがないようだね……分かった、君の望みを叶えよう。念の為に聞く。死ぬ事も出来ない、何も感じれない、それでもいいのかい?』

 

カグヤはゆっくりと首を縦に振り、レイと共にタイーラ連合国本部を後にする。魔法・鉄器大戦はこうして幕をおろした。

 

 

カグヤの話を聞き終えた清蔵と町長は、暫し黙しながら、目の前にいる十英雄の一人である彼女に言葉をかける。

 

『400年の眠りから覚め、改めてこの世界、まあまだほんの一部ではありますが、貴女はどう感じているのですか?』

 

『目覚めてから最初に見たエルフランドは、なんと言うか、大き過ぎて人の発展の怖さを感じました。しかし、ここナハト・トゥは、私の故郷に何処か似ているようで……戦争の香りがする前の世界を感じれています。』

 

何処かすっきりとした表情で、カグヤはそう率直な思いを述べた。彼女にとっての人生の思い出は幼き日の幸せな時間と、戦争に明け暮れた後半生のみ、前半生の幸せな時間をこれから取り戻せるかは分からないが、英雄から普通の女性へと戻る決意を感じた二人は、再び杯を掲げ、新しい住民たる彼女の為に乾杯したのだった。

 

 

 

 





前述したように、今回は実質番外編です。次回から本編を書きますが、警察の仕事するかは不明ですw
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