難産だった上に、タイトルも思いつかなかった……
レイが三万の兵士に戦いを挑む前日、とある男が険しい顔をしながら言葉を発した。
『エウロの狂犬め、何を企んでいる?』
エウロの副都、エルリラの市庁舎に顔を出しているのは、アンブロスの宰相、エメリャー侯。表向きは友好国であるアンブロスの実務首脳である彼だが、その裏では、反社会勢力をエウロ含む数ヵ国にけしかけ、更に交友のある暴力革命集団赤旗党を近隣諸国に潜伏させ、タイーラ連合国を瓦解させようと動いていた。
彼は元々、アンブロスの大公爵家ピョトール家の人間であり、自身は大公爵オロシュミールの次男と言う立場ながら、政治家として辣腕をふるい、自ら侯爵の地位を築き上げた傑物だった。アンブロスは帝政国家だが、実務は宰相が執り、各々の県の長(上級貴族が治める)との合議制により、国を纏めている。その為、県毎に兵士(正確には貴族達の私兵)を設けており、兵士の数はそのまま政治家の影響力となる。皇帝は首都に住む皇族筋による世襲であるが、宰相に関しては軍事力を保有する上級貴族から選ばれる。エメリャー侯は一代で平均的な一国の兵数に匹敵する私兵を保有、更には独自の税収や法律の導入で外交に消極的なアンブロスの中では友好関係を各国各都市に展開する事で莫大な富と政治的発言力を得た。その結果、大公爵または公爵が治める事が慣例化していた宰相の職にそれらの身分以外で初めて就任した。
エメリャー侯のアンブロス内での評価は、エウロの公安が警戒しているのとは裏腹に、高いものであった。侯爵位に上がってより30年、侯爵領たるマナディミール県の人々は、人種による身分制度を見直し、所得別の税徴収(日本のものに近い)、この世界においては革新的医療を受けれる病院の設置、首都モスウラージとを繋ぐ街道の大工事等、県民生活の水準を向上させた名君との誉れが高かった。だが、そのエメリャー侯が変化したのは、宰相に任命されてから六年後のちょうど七年前より始まる。帝国連邦の軍拡、奴隷、特にエルフの粛清(これについてはユナリンのせいもあるが)、裏社会との繋がり(尚、アンブロス内では特に問題にすら挙がっていない)と、まるで人が変わったかのようになっていった。更に、今までは融和政策でやって来た外交も、関税を釣り上げ、タイーラ連合国の憲章にかかるギリギリの取り締まりをも敢行する等、やり方が危険になっていた。
エメリャー侯がそれだけの事をしながら今まで特に問題にならなかったのは、同じ帝政でも絶対帝政であったカン=ムのユナリンのやらかしに比べるとまだ有情に見えたからかも知れない。しかしここ二年、リキッドや康江、ノインらの活躍により、カン=ムの内政が落ち着き始めると、エメリャー侯の悪逆にスポットが集まり始める。特にエウロの公安の活躍によって、今までスルーされてきた裏の顔が暴露されてきた形となった。
最初はエウロの一保安所の諸行と相手にしなかったエメリャー侯。しかし、段々と大胆になっていくその取り締まりに遂に彼自身が表舞台に出てこざるを得なかった。首都ではなく副都エルリラに来た理由は、国境の街である事と、エルリラの現市長がアンブロス出身者でエメリャー侯と繋がりがあった為である。エメリャー侯がエウロの狂犬と蔑んだもの、それはサカサキの保安所そのものをそう呼んでいた。犯罪件数の少ないサカサキにおいて、悪即斬とも言える苛烈な取り締まりを行う様は、確かにそう映っても仕方がない。かつ、裏の顔たる公安の方も当然耳に入っており、山田がエメリャー侯の尻尾を掴んだように、彼もまた、公安の尻尾を掴んでいた。違いと言えばこちらはトップである山田まで辿り着いていない事位か。
『タンジム、エルリラの次期市長選挙も近いのだろう?協力を惜しむな、見返りはやる。』
『勿論です、侯爵。ダークハウンドと赤旗党の繁栄の為に。』
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『……ふぅ、何とかこの場はかわしました。』
そう口にするタンジム。実は彼はエメリャー侯の情報を入手する為のスパイをしていた。アンブロス出身者であったが、エメリャー侯とまともに繋がりを持っていたのは七年前以前の事であり、人が変わったかのようになって以来、上手くかわしているのだ。公安とも協力関係を築き、エメリャー侯の動きを公安に伝える役目を担っていた。
『通信使に伝える、この書簡を公安に一字一句違わず伝えよ。ゼロ、くれぐれも命は大事に……』
山田に伝えられた情報は、直ぐに公安を伝ってエウロの全保安所へと伝搬していった。
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『親玉たるエメリャー侯が率いる本体が、街道沿いを来るか。内約は本体が四万、対して別働隊が三万か……タンジム市長によると、本体の兵士よりも別働隊側の兵士の方が手練れを擁しているらしい。先大戦以来の兵器を多数運用しているとの情報も耳にしている。』
山田はそれらを聞き、エスワンことレイに別働隊を叩くように頼んだのだ。先大戦の兵器の脅威について、この世界の人間にはもう馴染みがないのだが、山田には、元世界に似た兵器が存在する事を知っており、危険性を知っていた。
『奴らの保有している兵器、恐らくは俺らの世界で言うロケット弾に相当するもの……激しい光の尾を放ちながら、かなり遠くの固い目標を爆散させる歩哨兵器と行ったらあれしかない。まさかこの世界に存在するとは……出し惜しみせず銃を量産すべきだったか。』
山田は手持ちのオートガンをこの世界では製造してもらっていない。重火器の類いがもたらすのは、夥しい殺戮の様相、特に歩兵が銃で武装する事の恐ろしさは、元世界の戦争の歴史が証明していた。しかし、ここに来て、保安所の職員にだけでも持たせておけばと後悔の念が出た。幸いにも、本体はそれらを保有していないとの情報を得ていたので、別働隊を叩く強力な切り札が欲しかった。
『レイーラ、済まない。サカサキをはじめエウロには保安所以外の武力は保有していないのだ。それに、エウロ全保安所の職員が仮に出動したとして十万、かつ、先大戦の兵器に対応出来る程の練度は無い。済まない、捨て石のような戦いを頼んでしまって。』
山田は、サカサキの、ひいてはエウロの平安に関わる事態の打開の為、敢えて過去の英雄に命を捨ててくれと言う苦渋の決断をする事にしたのだ。
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『ケイショウ……私は既に覚悟していたさ。だから気に病まずに、誇りを持って生きろ……ヴァルトゥアン・エフェ……分身せよ、我が命を以て!』
レイは詠唱すると、自らの体を百数十体に分身させた。実体を持った分身を作り出す禁術、嘗ての大戦では、高位の魔法使いがこれを用いて多方面への攻撃を可能にしていたが、作れる分身の数は精々三、四体が関の山であった。しかし、レイは史上最強とも呼ばれた魔法使い、作り出す分身の数が桁外れであった。
『我が命を懸けて、要らぬ戦の根は、ここで断つ!』
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『大将!上空より無数の飛翔する人間を確認しました!』
アンブロスからカン=ムのダイゴを経由して兵を進めていた別働隊は、目の前に現れた宙に浮く人間に驚愕した。
『狼狽えるな!発破矢で沈黙させろ!』
別働隊の指揮官は、清蔵達の世界でロケットランチャーと呼ばれる武器に似たそれを、空中にいたレイと分身に向けて発射した。しかし、それを自由落下と飛翔の魔法を切り替えながら巧みにかわすと、レイは手のひらに炎の玉を作りあげ、分身と共に一斉発射した。火の玉は兵士に当たった後、爆散した。通常の魔法使いが行使する火の玉を放つ魔法は、炎が当たった兵士のみにしか作用しないが、レイのそれは、所謂手榴弾と言うべきものであり、標的に直撃した後、半径5mの物体をズタズタにする。しかし、それでも守備隊の持つ特殊盾により、被害は見た目程出ていない。
『火球の魔法だと?!先大戦時から使われている複合装甲盾が無ければ、被害が甚大になる所だった。』
『く……流石は鉄器兵団の流れの者達の子孫が多く残るアンブロスの人間、容易くは通らぬか!』
レイは今の攻撃で百も兵士を倒せなかった事に歯噛みした。空中にいれば相手武器の有効射程距離外から攻撃が可能であるが、先大戦の対魔法防御手段は衰退しているとは言え残っているのだ。苦戦は必至だった。
『ならば物理的触媒を行使させて貰う!ガヤード・モラ……隆起せよ!』
百数十体の分身による地面を槍状に隆起させる魔法を放つ。大地そのものを触媒に、魔力の量に比例した数の尖った地面を浮かび上がらせる。普通の魔法使いは精々一つの隆起を1m起こさせるだけでも疲弊してしまうが、レイは2m弱の隆起を、半径100mに渡って作り出す。元々あった物質の形を変えるだけの魔法であるため、魔法防御では防げない。しかしこの攻撃も致命傷を負わせられたのは100人程……物理的に頑丈な鎧によって、隆起による刺突死者はそれほど出ない。かつ、向こう側は発破矢とは別の兵器を上空に放つ。大型の弓を数発同時に放つ、射程の長い連発式クロスボウを放って来た。分身の何体かはそれに当たり、下へと落下、続けて容赦無く地上の弓兵が矢を射る、分身は消滅した。
『不気味な程に練度が高いな……これではこちらの身が持たない。』
レイは一旦更に高い高度に分身の半分を伴って上がり、全体を改めて索敵する。そしてレイは気付いたのだ、隊の中央よりやや外れた所にいる、人ならざる者の姿に。見た目は人間と変わらない、しかし、レイの優れた透視能力は、その正体をしっかりと捉えた。透視の力は、距離が近い程に効果を発揮するが、最初の索敵ではかなりの距離があったとは言え、見逃していたのだ。レイはその存在に歯噛みした。
『何故、心を持たぬ筈の鉄器の人形がこんな事を!』
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その頃、タキアンダでは、更に深刻な事実を突き付けられていた。二つの封印が共に解けていたと言う信じられない事態に直面していた。
『なんと言う事だ……魔法兵団側の封印まで解けていたのか?!』
『はっ……チェンルンが開けてしまった鉄器兵団側の封印とは別に、あちらの方も……』
インシャクはその表情を変えた。初代はその詳細を口伝しなかったものの、仮に二つの封印が同時に解けた時、それは世紀末の世界が訪れる事を意味すると。故に、天族は一つだけ封印を解く力を与えられた。どちらかが解ければ、片方が未来永劫解けぬ強固な封印へと変質するそれへと……しかし現実は二つの封印が解けている、しかも同時期に。
『我々では、もう止められぬ。しかし、我々はあくまでも観測者、事の次第を記し続けるしかない……』
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一方、封印の解ける切欠を作ってしまった当事者の一人であるチェンルンは、町長とワフラ、未来を交えて自分の過ちを改めて懺悔する事となった。未来からの提案で、溜めていた秘密を話すようにと言われたチェンルン。仕事に支障が無いようにと気を遣っての事だった。町長とワフラは事情を知っている為にその懺悔を聞いておきたいと快く申し出た。
『チェンルン……じゃなかった、あたしは、知っていると思いますが……天族です。天族はあくまでも観測者、ほんとは地上にいる誰とも関わっちゃだめなんですけど……ここに降りる七年前にロストワールドに降りちゃいました……』
未来に話した経緯と大方同じ事を話した。ロストワールドと言う単語を聞いて、ワフラは予め用意しておいた古い地図を取り出した。高祖父の代に使われていた世界地図は傷みが激しく、全く同じものの写しではあるが、そこに描かれている大地は、現存する国の集合体であるタイーラ連合国とは別の国が13も描いてあった。
『ロストワールドとは、現在不毛な大地と化しているこの辺り全てを差す言葉。人が住める大地の半分にあたるこの地は、魔法・鉄器大戦によってろくに草木も生えぬ死の場所となった。』
更にワフラはロストワールドにマークされている二つの場所を指差した。
『この二つの場所……ワシも高祖父の残した手記を調べていて気付いたんじゃが、一つは偉大な魔法使いたる魔法兵団の総帥、レイーラ・ゴラシを封印した場所、来るべき時の為に自ら封印を願い出たとあった。もう一つは……現存する国の皇族王族及び指導者の人間を抹殺するように造られた、鉄器人間と言うべき世界の更新者、ノヴァ・レギエンドを封印した場所ば。ノヴァ・レギエンドとレイーラ・ゴラシは、どちらか一方だけを封印解除出来るよう、タイドラッシュ初代連合国総長の頼みによって天族が封印解除の禁術を託されたもの……そう記してあるば。因みに二つの封印が同時に解かれぬように保険はかけていたと記してあるのだが……』
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同時刻、エルフランドでは古文書を読み漁るノインの姿があった。リキッドに頼まれて、地図に記された場所についての詳細を調べる事になった。
『封印されし者、レイーラ・ゴラシ……タイドラッシュ・アトラと並ぶ先大戦の首魁……戦後、後の世の乱れが訪れた場合に備えて自らを封印する。封印のキーはもう一つの封印されし者たるノヴァ・レギエンドとのどちらかを解放した時、一方の封印を永久に解く事は出来なくなる仕掛けになっている。もしも仮に二つ同時に解かれる事があった場合、個人であるレイーラはともかく、人造兵器たるノヴァに少なくない不具合が発生し、埋め込まれた記憶以外の行動を為す恐れがある。世界の安寧を真に願うのならば封印に触れる事すらするべからず……
陛下の禁術実験による影響、確実に言える事と言えば、レイーラ・ゴラシの封印は既に解かれてしまったと言う事ね……今の世を見て仮に絶望する事があれば、破壊的衝動にかられる事も無いとは言い切れない。不安だわ……現に贖罪から封印の道を選んだカグヤ・ミトヅキも復活したし、このまま何か起こったら……』
その懸念は、現実となっていた。しかし、その現実が起こっても稀有になる程には現存の良心的人々が多く存在している事を、彼等は知らなかった。
ー
ワフラ達が色々と話を進めていると、不意にドアをノックする音が聞こえた。町長が入る事を許可すると、そこにはカグヤが立っていた。
『カグヤ嬢、どうなされたか?』
普段は軽装で町を散策しているカグヤが、初めてナハト・トゥに訪れた時の姿になって町長達の前に現れたので困惑していた。普通の人間ならば振り回す事も出来ない長柄の斧を片手で軽々と保持する姿に、未来やチェンルンは身震いし若干半泣きになっていた。そしてワフラすらも無意識に警戒し、いつでも臨戦態勢に移れるように構えた。その様子を見たカグヤは、足元に得物を置いて丸腰になり、出来る限り怯えさせないように言葉を発した。
『町長、昔の知人の事で、少しお暇を頂きたいのですが……』
『ちょっとその前にいいか?そなた、何故殺意のような圧を身体に纏っておるば?』
可憐な声は、何処か覚悟の籠った印象を与えた。悪意は無く、彼女自身は限りなく善性である事はワフラも感じてはいるのだが、そんなワフラが警戒してしまうのは、彼女の身体を覆う、殺気のようなものだった。ワフラは取り繕う言葉無しに直球でそれを問うた。恋仲にある未来を怖がらせた事に対する苛立ちもあったのか、語気は強めである。カグヤは、目の前にいるワフラが、かつての戦友に何処と無く似ていたからか、はたまたワフラの雰囲気と機嫌を察したかは分からないが、正直に答えた。
『先日私の元に、封印の眠りについていた筈のレイーラ・ゴラシが現れました。あの人が何故現世に目覚めてしまったのかは分かりません。ただ、今の彼は、何か死に急いでいるような感じがしたのです。こうも言っていました、もし自分が過ちを犯した時に止めて欲しいと……』
レイーラ・ゴラシの名前を聞いて、皆絶句していた。チェンルンとワフラから聞いた、二つの封印の一つが、既に解放されている事を嫌がおうにも悟った。カグヤが纏っていた殺気とは、即ち、これからレイーラを止めに行くのだと言う意志の表れなのだと。一同が沈黙する中、町長はふぅとため息を吐いた後、カグヤに伝えた。
『良いでしょう、どちらにせよ、伝説の英雄を止める事は数千もの人間を集めねば無理ですからな。ただ、これだけは約束する事が条件です。必ずナハト・トゥに帰って来なさい。贖罪の念があるならば、死なずに、生を全うしなさい。』
町長の真っ直ぐな目は、かつての戦友であるタイドラッシュ・アトラを思い起こした。カグヤはその言葉と眼差しに、ハッキリと答えた。
『はい!約束します!』
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バトル描写下手ですみません(。´Д⊂)無双嫌いな性分がバトル描写を邪魔しているのと、頭が悪いから展開が中々難儀してるのがもろ出てますね……後二話位かかりそう……