メジロマックイーン、甲子園に行く   作:津乃望

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怪文書をリスペクトして書き殴ってできた怪文書らしき何かです。
いわゆる阪◯ファンのマックイーンというネタが苦手な方はご注意を。またお話の性質上、野球ネタが多分に含まれます。
トレーナーの性別は皆様のイメージで補完ください。


メジロマックイーン、甲子園に行く

「トレーナーさん、お願いがあります」

 

 宝塚記念のその日、メジロマックイーンは自身のトレーナーにそう話を切り出した。

 この日の阪神競バ場は雨が降る中のレースではあったものの、無駄のないコース運びによって先頭に出たマックイーンが、後方から追い上げるイクノディクタスを躱して見事1着となった。

 恒例のウイニングライブも盛り上がりを見せ、マックイーンもそれに応える最高のパフォーマンスを見せていた。舞台脇から見守っていたトレーナーは自身の指導するウマ娘の姿を見て頷き、マックイーン本人にしてもファンにしても、これ以上ない週末の締め括りになったと確信をしていた。

 そうして、ウイニングライブを終えたマックイーンの控え室を訪ね、宿泊先のホテルへと向かおうかとしていたところ、彼女から声を掛けられたのである。

 彼女からのお願いという言葉に、トレーナーは珍しいなと思う。そろそろ数年の付き合いになるが、マックイーンの我慢強さ――スイーツに限ってはその限りではないが――は知っている。他者には寛容、それでいて己には厳格という、少々ストイックに過ぎる性格なのがメジロマックイーンというウマ娘である。

 そんな彼女が、自分に対してお願いがあるというのだ。これまで頑張り過ぎなくらいに頑張ってきたこの娘の可愛いお願いの一つや二つ叶えてやらねば、トレーナーの中ではそんな変な使命感すら湧いてくるのも無理からぬことであった。

 

「いいよ。何でも言ってみて」

 

 何でも、と口にしたところ、マックイーンの目が一瞬だけ鋭い眼光を放った気もしたけれど、きっと気のせいだろう。

 彼女はいつもの淑女然とした態度はどこへやら、もじもじと歳相応といった仕草で自身のお願いを口にする。

 

「その、トレーナーさんは、私が野球好きなのを知っていますわね……?」

「うん。応援歌を歌いながら野球中継見てるのも知ってるよ」

「んなっ! 見ていましたの!? いつ、どこで!?」

「いつどこでと聞かれたら、移動中とか休憩中とかにしょっちゅう? ワンセグで観てるよね?」

「……抜かりましたわ。メジロ家の令嬢である私がそのような失態を知らず犯していたなんて……どうかこの先に口にすることと併せて心の内に仕舞っておいてくださいまし」

「あ、うん」

 

 どうせ自分以外の人も知ってると思うけど、という言葉は呑み込む。口にすれば、きっと話が進まないだろうから。

 

「そのですね、今日の用事はもうこれといってないのですから、これから後の時間は自由時間といたしません?」

「何だ、そんなこと。もちろんいいよ」

「っ! で、でしたらトレーナーさん! 私と一緒に甲子園に行ってくれませんか!?」

「……へ? 甲子園?」

 

 マックイーンからのまさかのお願いに、うまく話を飲み込めないトレーナー。

 一緒に甲子園に行く、という言葉から連想されるのは二つだ。一つは、地方の高校野球大会を制して高校球児たちの聖地である甲子園に赴くこと。しかし、これは現実的に不可能である。

 まず、人のスポーツの大会に人より身体能力の秀でたウマ娘は出場できない。そして、とっくの昔に高校を卒業しているトレーナーに高校野球に参加する資格はない。つまり、この可能性はゼロだ。

 となると、答えは必然的にもう一つ。言葉の通り、甲子園球場まで一緒について来て欲しいということだ。

 

「あぁ、そういえば今日はテイカーズの試合があるんだっけ」

 

 遅れて、トレーナーの中で得心がいく。テイカーズはここ兵庫県西宮市にある甲子園球場がホームのプロ野球チームであり、確かマックイーンがファンのチームでもある。

 たまたま宝塚記念とホームゲームが同じ日に重なったので、生で観戦したくなったということだろう。

 

「時間は……まだ7時を少し回ったところだし、今から行けばラッキーセブンくらいには間に合うんじゃないかな」

「ですわよね! ですわよね!?」

 

 途端に喰い気味になるマックイーンに苦笑しつつ、トレーナーはスマホを片手に甲子園球場までの導線を確認する。

 阪神競バ場から甲子園球場は直線で10キロも離れていない。車を使えば約20分といったところだ。

 ここからタクシーを拾って向かおうか、そう考えていると、またもマックイーンが控え目にお願いを口にしてきた。

 

「トレーナーさん? その、よろしければ私、電車で行ってみたいです」

「え、それだと結構掛かるし、球場入りも遅くなるよ?」

「いいのです。私は一度でいいから電車を乗り継いで甲子園に行ってみたいのです。……もちろん、トレーナーさんが車の方がいいと言えば、そちらにしますが」

 

 俯きがちにそんなことを言うマックイーンを相手に「じゃあやっぱりタクシーで」なんて非情を口にできるトレーナーがいるだろうか。いや、いない。いるはずがなかった。

 それよりもトレーナーの気を引いたのは、彼女が口にした別の言葉だった。

 

「一度でいいからって、もしかしてマックイーン、甲子園に行ったことない?」

「えぇ。お恥ずかしながら、甲子園どころか地方球場にすら行ったことがありませんわ」

 

 少し寂しそうなマックイーンの様子に、それはいけないと、トレーナーは思った。

 

「それはいけない」

 

 あまりの衝撃に思わず口にまで出してしまった。

 鼻歌でライブ曲を奏でているかと思えば、いつの間にか六甲おろしにすり替わっているほどテイカーズ愛に溢れるマックイーンが、本場の球場を知らないというのだ。ウマ娘が人参の味を知らないと言うくらいに驚いてしまった。

 しかし、少し考えてみれば無理からぬことであった。メジロ家のウマ娘として期待され続けてきたマックイーンである、そのウマ娘生の大部分はトレーニングや帝王学の為に使われてきたに違いない。

 となれば必然、これまで球場に脚を運ぶ余裕も無かったのだろう。彼女にとって、野球とはテレビで眺めるしかなかったものなのだろう。

 しかし、そこに千載一遇の好機がやって来た。今日という日を逃せば、彼女の現地観戦という夢はさらに遠のく。

 トレーナーは思った。この娘の夢を叶えたいと。

 あの通路を抜けた先から一気に広がる、競バ場とはまた違った感動を覚えるグラウンド風景を。

 野球ファンたちの歓声と野次が飛び交うあの熱気を。

 そして、身体を張って白球を追い続けるプロの選手たちの勇姿を。

 メジロマックイーンという野球好きの少女に見せてあげたいと、そう思った。

 

「よし。じゃあ電車で行こうか、甲子園に」

「は、はい! では急いで準備をしますので暫しお待ちを!」

 

 了承すれば、勢いよく準備を始めるマックイーンに苦笑しながら、控え室を退出するトレーナー。

 そして数分後。お待たせしました、という言葉と共に縦縞のレプリカユニフォームと黄色いメガフォン、虎柄のタオルに応援用のカラーバットを携えた彼女に、いよいよ苦笑を深めるのであった。

 

 

 

 ⚾ ⚾ ⚾

 

 

 

「準備良すぎない?」

「これは応援時の正装。そう、正装ですから。ドレスコードのようなものですわ」

 

 微妙に目を逸らしながら弁解するマックイーン。トレーナーはドレスコードのことはよく知らないが、たぶん違うのだろうと思った。

 ついさっき通路ですれ違った競バ場スタッフなんか、テイカーズ一色のマックイーンを三度見していたくらいだから間違いない。

 

「そんなことより電車が来ましたわよ」

 

 露骨に話を逸らしに掛かるマックイーン。これ以上は突いても不機嫌になるだけだろうし、電車がやって来たのも間違いないので、トレーナーは従うことにした。

 やって来たのは関西ではお馴染みの阪急電車。マルーンカラーと呼ばれる濃い茶色をした車両が特徴的だ。まずは阪神競バ場のある仁川から阪急今津線で西宮北口駅へと移動する。

 西宮北口駅といえば某SOSな団――アリスの方ではない――の集合場所としても有名な所である。大阪、神戸という主要都市の中間に位置しているため非常に利便性が良く、また構内には55◯もあるのでタマモクロスもニッコリの駅となっている。

 西宮北口駅へ降りると、西宮◯ーデンズへ向かう方面にあるホームから阪急今津線に乗り換える。次の目的地は今津駅だが、一駅しか離れていないため、席に座ったかと思えば、すぐに降りることとなる。

 今津線に降りるとまた乗り換えである。それも阪急電車ではなく、阪神電車の方だ。

 この辺りになると縦縞のユニフォームを着た人が増え始める。行き先を同じくする人が目に見えて増えてきたからか、マックイーンが一層ソワソワし始めた。

 

「マックイーンとお揃いだね」

「えぇ。皆、私と同じ血を分けた兄弟ですわ」

「いや、それは違うんじゃないかな……」

 

 どうやら目的地が近付いてきたことで、テンションがおかしくなってきたらしい。メジロ家の血を安売りし過ぎである。

 さて、阪神今津駅から甲子園駅も同様に一駅しか離れていないので、移動時間も僅かだ。

 

「あっ」

 

 吊り革に捕まって電車の揺れに身を任せていたトレーナーの耳に、マックイーンの小さな声が聞こえた。座席に座るマックイーンの視線は、トレーナーの後ろの方にあった。

 視線を後ろに移せば、そこには煌々とナイターの明かりに照らされる甲子園球場が見えた。あくまでマックイーンの付き添いのつもりであったが、それでもトレーナーの中でにわかに興奮が沸き立った。野球場とは中に入らずとも人を興奮させる何かがあるらしい。

 山陽新幹線に乗っているとき、広島駅から◯AZDA Zoom-Zoom スタジアムが見えると、そこに用が無くともテンションが上がるのと同じ原理である。

 

「あぁ、あれが本物の甲子園……」

 

 (いわ)んや生粋のテイカーズファンであればこの通りだ。マックイーンは、天皇賞で1着になったときでも見せたことのないような恍惚とした表情を浮かべていた。

 その蕩けた顔があまりに艶っぽく周囲の目の毒となりそうだったので、トレーナーはそっと彼女の前に立って壁役に徹することにした。

 そうしているうちに、遂に甲子園駅に到着する。すると、車両の中にいた人が一斉に降りていく。マックイーンと同じく縦縞のユニフォームを着ている人から、今の今まで働いていましたと風のスーツ姿の人まで、皆どこか浮き足立った様子でホームへと向かっていた。

 その流れに遅れること少し、正気を取り戻したマックイーンに慌てて引き摺られるような形でトレーナーも下車した。

 甲子園駅の西口改札から出ると、イ◯ンとテイカーズのグッズショップの横を通り過ぎ、さらに阪神高速の高架下を通り抜ける。すると、甲子園はもう目と鼻の先にあった。

 

「…………」

 

 マックイーンは本物の甲子園球場を前にして無言だった。

 今まで映像越しでしか見れなかった本物の光景がそこにあった。

 球場の外壁は本当に蔦でいっぱいに覆われていた。

 夜だというのにナイターの明かりで昼のように明るかった。

 自分と同じテイカーズファンたちがたくさん歩いていた。

 テレビでよく聞くウグイス嬢が選手の名前を読み上げる声が聞こえた。

 地鳴りのようにチャンステーマを熱唱するファンの声援が外まで響いていた。

 そんな「本物」に浸る彼女を、トレーナーは黙って見守っていた。

 どれくらいそうしていたか、マックイーンがポツリと口を開いた。

 

「……トレーナーさん。私は今、猛烈に感動しています」

「うん。見ていれば分かるよ」

「私、こんなに感動したのはノウミサンとマートンが歴史的和解を果たしたとき以来かもしれません……」

「そんなに? いや、あのときのお立ち台は確かに名シーンっていえば名シーンだけどさ」

 

 せめてそこは天皇賞の盾を獲得したときとか言えないものだろうか、ウマ娘的に、などと悩むトレーナーである。

 

「やはり刺身と野球は生に限ると、そういうことですわね!?」

「そんなドヤ顔で言われても……いやもう入場しよう? ここでずっと立ち止まるのもなんだから、ね?」

「えぇ、えぇ、無論そうします。時は金なり、時間は有限。高校球児が黒土を持ち帰るが如く、一分一秒でも長くこの場の空気を吸って帰るべきですわ」

 

 どうにも深窓の令嬢に生の甲子園は刺激が強すぎたらしく、口にする言葉が段々と支離滅裂になってきていた。

 初めは◯っともっとフィールドあたりから慣らすべきだったかと悔やむトレーナーであったが、エンドオブスカイしてしまいそうな程に足取り軽やかなマックイーンを見ると今さら引き返す訳にもいかなかった。

 人並みに従ってそのまま入場してしまいそうなマックイーンを捕まえ、何とかチケットを購入――8時を回っていたから遅割が適用されて内野席が千円だった――する。

 そうして手近なゲートで手荷物検査を済ませ、色々なグッズや料理がを売っている店が連なる通路を抜けた先に、別世界が広がっている。

 

「ここが、甲子園……!」

 

 まず目に入ってくるのは、なんと言っても土と芝に覆われた広大なグラウンドだ。そんなグラウンドを、そこに立つ資格を持つたった十数名が占有している。

 そんな彼らを後押しするのが、グラウンドを囲うように座る観客たちだ。360度、上から下までほぼ埋まっている光景は圧巻の一言に尽きる。

 見た目は競バ場に似ているところもあるが、大きく違うのはやはり応援だろう。ラッパや太鼓といった楽器が派手に鳴らされ、中には応援旗を大きくはためかせている者もいる。選手の名前を繰り返し叫び、贔屓のチームを鼓舞している。

 そこに男も女も関係なく、ファンたちはグラウンドの選手たちと同じくらい全力で応援していた。

 

「どう? やっぱりレースの雰囲気とは違う?」

「……ここまでの騒々しさはありませんもの。同じことをされたらきっと気が散ってしまってレースどころではなくなってしまいます」

「だよね。そんな中で試合ができるんだから、やっぱりプロってすごいね」

「えぇ。そしてこうまで応援してもらえるあの方たちが少し羨ましいです」

 

 そう言って、マックイーンは微笑んだ。

 さて、いつまでも通路に突っ立っている訳にもいかず、ついでにマックイーンが応援したそうにしているので、指定の席へと向かうことにした。この時間に残っているような所なのであまり良い席とは言えなかったが、それでもマックイーンは満足げである。

 しかし、どうやら席に着いたタイミングでテイカーズの攻撃は終わってしまったらしい。鳴り物を用いた応援は基本的に攻撃の時だけなので、マックイーンが思い切り応援できるのは、相手チームの攻撃を凌いでからになる。

 

「うぅー……」

 

 尻尾と一緒にしょげかえるマックイーン。そんな彼女の姿が妙にツボにハマって困ってしまうトレーナーであった。

 

 

 

 ⚾ ⚾ ⚾

 

 

 

「お待たせ」

「あ、おかえりなさい。すみません、買いに行かせてしまって……」

「いいよいいよ。せっかく来たんだからゆっくり見ないと損だし。はい、遅くなったけど今日の夕飯」

 

 テイカーズの次の攻撃までの間、トレーナーは買い物に出ていた。

 忘れているかもしれないが、今日は宝塚記念当日であり、レースからライブまでぶっ通しだったマックイーンは今の今まで胃に何も入れていない状態だったりした。ついでに、マックイーン以上に緊張して食欲を無くしていたトレーナーも同様である。

 さすがにそろそろ何か胃に入れなくてはと思い、トレーナーが買い物役を申し出たのがつい先ほど。こういう時に気の利くマックイーンは一緒に行くと言ってきたが、せっかくの初観戦なのだからゆっくりしていなさいと、やんわり断った。本人の中でも観たい気持ちが勝ったのだろう、珍しくあっさりと折れてくれて助かった。

 そんな訳で二人分買ってきたのが、名物の甲子園カレーである。球場に来てまでカレーを食べるのかと思うかもしれないが、むしろ球場だからこそ美味しさが増すのだとトレーナーは思っている。

 カレーのトレーを受け取るマックイーンも、「漫画で主人公たちが食べているのを見たことがありますわ」とご機嫌であった。

 

「ところで試合はどうなってる?」

「それが……」

 

 いつもは凛々しい眉をへりゃりとさせながら、試合展開を教えてくれるマックイーン。どうやら終盤の攻撃で相手に突き放されてしまったらしい。通りで買い物から戻っても相手の攻撃が続いている、とトレーナーは思った。

 まぁ、贔屓が調子良く点を取るときもあれば、相手に一方的に打ちのめされるときもある。それが野球であり、醍醐味でもある。

 大事なのは、贔屓が負けてても応援を続ける心だ。

 

「はい、マックイーン。準備しよっか」

 

 長く続いた相手の攻撃がようやく終わったところで、トレーナーはある物を手渡した。それを見たマックイーンが怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「それは風船、ですか?」

「ありゃ。マックイーンともあろうウマ娘が、察しが悪いなぁ。今は何回で、次はどっちの攻撃だっけ?」

 

 トレーナーの言葉に少しムッとした様子のマックイーンの視線が、バックスクリーンの電光掲示板に向かう。

 そして、それはすぐにハッとしたものに変わった。

 

「ラッキーセブン!」

「そうそう。だからこれを準備しないと」

 

 マチカネフクキタルではないが、奈々――もとい7という数字に期待しがちなのが野球ファンという生き物。ラッキーセブンと呼ばれるホーム側の攻撃の時間は、その試合で最も盛り上がる場面と言っていい。

 

「これ、意外と難しいですわ……!」

 

 トレーナーの横では、マックイーンが風船を風船を膨らませるのに難儀していた。ラッキーセブンの攻撃前には、こうして用意したジェット風船を飛ばすのがお約束なのだ。普通の風船よりも大きく膨らむジェット風船は、初めてだと中々膨らませるのが難しい。

 とはいえ、元々の肺活量が人間とは段違いのウマ娘である。コツを掴んだマックイーンは、周りの誰よりも大きくジェット風船を膨らませていた。

 得意げな顔を向けてくるマックイーンに、トレーナーは一言。

 

「割らないでね」

「わ、割りませんっ!!!」

 

 心外だという表情のマックイーンだが、いつかやりそうだなと思わずにいられないトレーナーである。

 そうしているうちに、いつの間にかスタンドはジェット風船の黄色一色に染まっていた。場内のアナウンスでも「テイカーズを応援しよう!」と呼び掛けが始まる。もうこの時点でマックイーンのテンションは最高潮と言ってよかった。

 流れ出す、プロ野球ファンであれば誰でも一度は耳にしたことがあるであろうファンファーレ。

 ジェット風船を揺らすファンたち――もちろんマックイーンも含む――の合いの手の声に、甲子園が揺れる。

 そして曲の終わりと同時、ピューッという甲高い音を響かせながら、空を埋め尽くさんばかりのジェット風船が空へと舞い上がった。

 所詮は風船、保っても十秒程しか上りやしない。それでも、その僅か十秒程度の時間が見せる光景こそが、野球ファンの心に深く深く刻まれるのだ。

 電光掲示板には満員御礼の文字。道理で気合の入った応援になるものだ。

 

「トレーナーさん」

「ん?」

 

 余韻に浸るトレーナーに、マックイーンから声が掛かる。

 何やら真剣な表情を浮かべているが、少し上に視線をやれば、頭上から落ちてきたらしい萎んだ風船を特徴的な芦毛の髪の上に乗せている。

 トレーナーがそれを指摘しながら取ってやると、彼女は顔を赤くしながらも、真剣な態度を崩すことなく話し始める。

 

「今日は本当にありがとうございます」

「それは宝塚のこと? それとも甲子園?」

「意地悪な聞き方をしますのね。どちらもに決まっているでしょう」

「何かしたつもりはないんだけどなぁ。どっちの夢も叶えたのはマックイーンの努力と力のお陰だよ」

「もちろんそれもあるでしょう。けれど、私だって己の夢を他人に託したくなるときもあります。だから今日、私がこうしていられるうちの半分くらいはトレーナーさんの決断のお陰なのです」

「それは、光栄だね……いちトレーナーが片棒を担ぐにしては、メジロの夢は重すぎる気もするけど」

「ふふふ、私はまだまだ走り続けますわよ? ちゃんと最後まで担いでくださいな」

「んー、善処します」

 

 まぁそんな覚悟は彼女を初めて見たときからしてるけど、と口では弱気を吐きながらもトレーナーとしての芯は揺るがない。

 次の目標は秋の天皇賞。今のマックイーンであれば何事も無ければ問題はないと思うが、絶対というものが存在しないのが勝負の世界だ。どれだけ気をつけていても、綻びというものは生まれてしまう。

 それを事前に察知すること、そして万が一、起きてしまった場合にも何とかするのがトレーナーの仕事だ。

 また数ヶ月は気の抜けない日が続く。天皇賞に懸けるメジロ家の想いを考えるたびに胃が縮む日々がまたやって来る。正直、心が折れそうになったのは一度や二度ではない。

 それでも、

 

「きゃーっ! トレーナーさん! ユタカが! 生のユタカが打席に立ってます! あれは本物ですよね! ねっ!?」

 

 それでも、このウマ娘の少女が笑顔になれるのであれば、安い代償である。

 大人でさえ重圧に感じずにいられない責を負いながら、潰れることなく走り抜けてきた気高い彼女。そんな彼女が、こうしてほんの僅かでもその重責から解放される時間を作れるのであれば、何だって協力したい。

 次はデイゲームに連れてきてもいいかもしれない。ビジターでのゲームに連れて行くのもアリだろう。甲子園といえば高校野球も外せない。灼熱に晒されながらかち割り氷を味わうあの楽しみを教えてあげたい。

 どんな些細なことでも、メジロマックイーンという少女の糧になるならとヒントを得てきた。今もこうして止めど無くアイデアが溢れてくる。完全に職業病だな、とトレーナーは苦笑いを隠せない。

 しかし、それは今じゃなくてもできること。帰りの道にでもゆっくりと考えればいい。球場に来て野球を楽しまないなんて、選手にもファンにも、何より一緒に来ているマックイーンに失礼だ。

 今を楽しもう、ただのいち野球ファンとして。

 

「かっ飛ばせー! ユ・タ・カー!」

「かっ飛ばせー!」

 

 そしてまた二人で来よう、そう心に誓うのであった。




「やっぱり物語開始するならマックイーンが無双してた1991年がええな。阪神大賞典に合わせれば導入としては完璧やろ」

「何でこの年だけ阪神大賞典が中京開催になってんねん!!! 阪神ちゃうやん!!!」

「こうなったら翌年の阪神大賞典に……日付け見たら3月開催!! まだオープン戦の時期やんけ!!!」

「そ、それなら1993年の大阪杯ならってああああああああ!!!!(当時の開幕戦は4月10日)(143試合制に慣れ切った弊害)」

日曜日なのでデイゲームの可能性の方が高いですが、そこまでは調べきれなかったので妥協しました。話も進まないしね!



ファンの皆で大きな声を出しながら、球場で贔屓のチームを応援できる日々が戻ってくると信じて。
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