ネタが浮かんだので次話投稿です。前回より野球色が硬め・濃い目・多めです。
先日の宝塚記念、それとメジロマックイーンの希望で寄った甲子園球場でのプロ野球観戦から一週間が経った。既に関西を後にし、今は東京は府中のトレセン学園に戻ってきている。
次の目標は秋の天皇賞。レースを終えたばかりということもあり、まずは軽めの調整からと、自身の担当ウマ娘とは話し合いをしていた。
「そのはずなんだけどなぁ」
トレーナーのボヤく声が響く。その視線の先には、ターフを激走するメジロマックイーンの姿があった。
元々スタミナに任せた走りを得意とはしていたが、それにしても速い。どう見ても軽めの調整の走りではなかった。少々飛ばし過ぎでは、と声を掛けてみたのだが、当の本人が「シーズン90登板した時のクボタの疲労に比べればどうということはありませんわ」と、疲れているのか疲れていないのかの判断に非常に困ることを言うので、とりあえず彼女の言葉を信じて走らせている次第である。
とはいえ、そこで思考を停止するようではトレーナー失格である。考えることはただ一つ、ここ最近のマックイーンの落ち着きの無さだ。
元々から穏やかな気性であり――甘味さえ関わらなければ――基本は冷静沈着を地で行くようなウマ娘なのだ。これまで手を焼かされた記憶だって無いに等しい。
それだというのに、ここ一週間はどこか浮き足立っているというか、変に力が入り過ぎている。常時ランナーズハイといった状態に近い。サポートする側からすれば、ハッキリ言って好ましくはない。
心当たりはといえば、残念ながらあった。というか、最近のことでマックイーンから落ち着きを奪う理由などアレしか考えられなかった。
「やっぱり甲子園かなぁ……」
自分の担当するウマ娘の可愛いおねだり。それを叶えた結果、このような事態を引き起こすなど誰が想像できただろう。
「やはり甲子園ですか。いつ出発します? 私も同行します」
「マックイーン」
そして、そんなトレーナーの心配など知ってか知らでか、甲子園という単語を耳聡く聞きつけたマックイーンが、いつの間にか側に立っていた。
このウマ娘もはや隠す気が無くなってきたな、と若干白い目を向けるトレーナーである。
「いや、別に甲子園に行く用事とかないから」
「そうなのですか? なら用事を作ってしまえばいいのです。例えば、私がたまたま、たまたま阪神競バ場が舞台のレースに参加することになったとか!」
その提案に、トレーナーは頭を抱えた。阪急電車があるから京都競バ場もアリです、とか聞こえたが、そういう問題ではない。
担当のウマ娘がアホになってしまった。この絶望はトレーナー本人にしか分からないだろう。
もはやマックイーンの中で野球は、スイーツと同列の存在に昇格してしまったと見ていい。もし、野球とスイーツどちらを取るか、と問い掛ければきっと、「スイーツを食べながら野球を観ますわ!」と返してくるに違いない。
これは推測ではない、確信である。
「ダメだよ。次は秋の天皇賞って決めたでしょう。マックイーンにはそれだけに集中してもらいたいの」
「で、ですが! それでは甲子園は……」
甲子園、また甲子園である。このウマ娘の頭の中に、甲子園の魔物でも住み着いてしまったのだろうか。
しかし、だとしたら納得である。こちらがいくら言葉を投げ掛けても、トンネルしたり落球したりファンブルしたりとエラーを連発されては響くものも響かない訳だ、とトレーナーは思った。
「この前みたいなときならともかく、特に用もなく甲子園に寄るなんてしません」
「そんな! トレーナーさんは野球が嫌いなのですか!?」
「いや、そんなことはないけど……」
まるで突然別れ話を切り出された交際相手みたいな反応をされて、思わずたじろぐトレーナー。念のために言うと、トレーナーはそれなりの野球好きである。観るのはもちろん、実際に身体を動かすのも嫌いではない。
甲子園名試合に必ず挙げられるタナカとサイトウの投げ合いは二日間とも最後まで視聴したし、第一回WBCでフクドメが起死回生のホームランを打った瞬間は家族全員で肩を抱き合って喜んだりもした。
また、トレーナーらしくセイバー信仰にも厚く、長打率を「二塁打以上のヒットを打つ確率」などと紹介したテレビドラマには大層憤慨した過去を持つ。その程度には本人も野球好きのつもりではある。
とはいえ、それはそれ、これはこれ。トレーナーの仕事は、ウマ娘を導くことである。
「マックイーンを指導するのが仕事だからね。締めるところは締めなきゃ、マックイーンが苦労する訳だし」
「それはそうですが……」
「天皇賞、春秋制覇するって家族の人とも約束したんだよね?」
「うっ。そう、ですね……」
家族を引き合いに出すと、ようやくマックイーンの中に理性の色が戻ってきた。
「納得してくれた?」
「はい、私が間違っていました。自分勝手なことを言ってしまって申し訳ございません……」
「いや、そんな謝らないでいいから。気を取り直して練習しよう、ね?」
「はい……」
正気を取り戻したマックイーンが深々と頭を下げてきたが、その表情はさっきまでとは打って変わって暗いものとなっていた。
指導者として間違ったことを言ったつもりはない……が、選択を致命的に誤ってしまった感じが拭えないトレーナーであった。
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その後、普段通りのトレーニングを再開したものの、ショックの抜けないマックイーンはものの見事に調子を落としていた。ほんの少し前までの快走ぶりは何処へやら、重りを背負って走っているのではと錯覚した程だ。
そんな状態で走らせて伸びるものなどあるはずもなく、この日はいつもより早めにトレーニングを切り上げることにした。
「あぁ、野球……。甲子園……」
当のマックイーンはといえば、甲子園へ行けないショックか、己の不甲斐なさ故か、まるでストーブリーグに突入したときの野球ファンみたいなことを呟き始める始末だ。
あんまりにもあんまりな様子だったので、トレーナーは道中でたまたま通りがかったゴールドシップと一計を案じた。そう、野球モノマネである。それも鉄板のシモヤナギのグラブ叩きつけネタだった。
これに反応しない野球ファンはいないと思った。おまけに、イニング終了後のシモヤナギの「しょうがねえなぁ」といった表情すら再現してみせたゴールドシップは、アカデミー主演女優賞ばりの怪演といって差し支えなかった。寸劇を終えた瞬間、トレーナーとゴールドシップは「勝った」と心の中で笑みを浮かべた。
だというのに、マックイーンから返ってきたのは乾いた笑みと拍手、「素晴らしい演技でしたわ」という心の籠っていない賞賛の言葉だった。トレーナーは愕然とした。然しものゴールドシップでさえ、拙い守備を連発してしまったシュウタばりに顔を青くしていた程だ。
「困った……」
マックイーンを寮まで送る道すがら、トレーナーの胸中はこれまでにない不安に襲われていた。なまじ手のかからない
トレーナーとして、ウマ娘に関する知識はプロとして申し分ないものを身に付けてきた。しかし、それらの中に「野球にドハマりしたウマ娘を元気づける方法」というものは無かった。
どうしたものかと頭を悩ませるトレーナーと、意気消沈したままのマックイーン。そんなどん底コンビの方へと駆けてくる足音がひとつ。
「おーい、マックイーン」
マックイーンの名前を呼ぶ明朗快活といった声。そちらをトレーナーが見やると、見知った顔のウマ娘であった。
「あ、ライアンだ」
「ライアン? ……オガワ?」
「オガワでもノーランでもないよ。メジロのライアンだよ」
近縁者の言葉すら、今のマックイーンには遠いらしい。その癖、野球に関わる言葉だけは都合よく拾うのだから筋金入りである。
「こんにちは、トレーナーさん。それにマックイーンも……って、マックイーン? どうしたの?」
「まぁ、ライアン。次の登板も近いというのに、こんな所で油を売っているなんて余裕ですね。それともあなたなりの自信の表れでしょうか。何にしても楽しみです。次の神宮の試合には応援に行きますわね」
「え、うん。……え? 神宮?」
虚ろな表情をしているマックイーンを心配してみれば、何故か明治神宮球場で登板させられることになっているメジロライアンが、助けを求めるようにトレーナーを見てくる。
「あの、トレーナーさん。マックイーンのこの状態は一体……」
「話せば長いんだけどね……」
ひとまず、先日の宝塚記念の日のことと今日あったことを、ライアンに説明した。話を聞き終えた彼女は苦笑いを浮かべている。
「なるほど、納得しました。マックイーンってば野球大好きですもんね」
「ライアンは、マックイーンが野球好きなの知ってたの?」
「はい。というか、野球のルールとかを教えたのがあたしなんです」
まさかの元凶だった。
「あの頃のマックイーンは今よりも余裕のない性格をしてて、これじゃ息苦しいだろうなって思って試しに野球に誘ってみたら、予想以上にハマっちゃって」
「そうだったんだ」
「今でもたまにキャッチボールの相手したりするんですよ」
そう言って腕を振るライアンの姿は随分と様になっていて、三振がいっぱい取れそうなフォームだな、とトレーナーは思った。
「でも、あたしは嬉しいです。トレーナーさんが、ちゃんとマックイーンの理解者になってくれてて。そうじゃなきゃ、ここまでマックイーンが甘えるはずないですから」
「そう、かな?」
「そうですよ。マックイーンを一番側で見てきた、あたしが保証しますから」
そう言って、メジロライアンがニコリと笑う。その彼女の肯定が、揺らぎ始めていたトレーナーの芯を支えてくれた。
「そっか。なら、もっと甘えてもらえるようにマックイーンへの理解を深めていかないとだね」
「その意気ですよ、トレーナーさん。あ、でもスイーツに関してだけは甘やかしちゃダメですよ。一度緩んだら歯止めが利かなくなっちゃいますから」
「それについてはよーく知ってるから安心して。ところで、ライアンはマックイーンに何か用があったんじゃなかったかな?」
「あー、確かに用はあったんですけど、さっきの話を聞いた後だと出し辛くて……」
はて、どういうことだ、とトレーナーが首を傾げる。ライアンは少し気まずそうにしながら、それを出して見せた。
「その、おばあ……んんっ! とある方から頑張っているあたしたちへご褒美にとこのチケットを頂いたんです。あたしもマックイーンもここ最近は張り詰めてたんで、息抜きにどうかなって思ったんですけど……」
「あー……」
ライアンの手にあったのはプロ野球の、それもテイカーズのホームゲームの観戦チケットだった。
つまり、トレーナーがマックイーンを甲子園に連れて行ってしまったために、出し辛くなったという訳だ。図らずも、とある御方の厚意を無駄にしようとしてしまっていたらしい。
さて困ったぞ、と頭を抱えたくなるトレーナー。努力は報われるべきである。であれば、これまで頑張ってきたマックイーンにはご褒美を受け取る資格があるだろう。つい先週、彼女の望みを叶えてあげた時のように。
しかし、それを禁じてしまったのは他でもないトレーナー本人であった。心情的には行かせてやりたい気持ちで山々なのだが、即前言撤回というのは指導役として望ましくはない。
ライアンと二人、気まずい顔で立ち尽くす……と、彼女がチケットを持つ手を横から握り締める者がいた。他の誰でもない、メジロのマックイーンである。
「マックイーン!? あの、これはその……」
「言わずとも分かります。この縦縞の光を浴びたチケットはテイカーズの、それも伝統の一戦のチケットですわね?」
「え、あ、うん」
「加えて甲子園での試合となると、おそらく直近の七月九日から十一日の三連戦と見ますが、いかがです?」
「あ、合ってる……」
どうやらチケットから漂う甲子園の気配に、マックイーンの中の関西魂が共鳴したらしい。試合日程まで当てられたライアンが戦慄しているが、対戦カードから日程を逆算することなど、常にバッグの中に週ベやプロ野球選手名鑑などを忍ばせているマックイーンには容易いことらしい。
伝統の一戦とは、テイカーズと同一リーグのとある在京球団との直接対決を指す。東と西、共に熱狂的なファンを抱える両球団の対決は、良くも悪くも話題に事欠かない。マックイーンほどのファンであれば何が何でも観たいであろう試合合わせなはずだ。だがしかし……。
「マックイーン」
「分かっています、トレーナーさん。今は天皇賞に向けて集中すべき、そうですわね?」
即答するマックイーンに、意識は飛んでも記憶までは飛んでいなかったようで何よりだ、とトレーナーは安堵した。
「ですが、こうも思いません? このチケットをただ無駄にしてしまうのも勿体ないと」
「……えっと、つまりマックイーンはそのチケットを誰かに譲るつもりとか?」
「誰が譲りますかこんなプレミアムチケット私が行かないで誰が行くというのですか本当にもう察しの悪い人なんですから」
今まで聞いたこともないくらい早口でのマックイーンの反論と罵倒に、トレーナーはちょっぴり泣きそうになった。しかし、勢いで誤魔化せない問題があるため、何とか踏み止まる。
「自分が行くって、それじゃあさっきと矛盾しない?」
「私は行かないとは言っていません。天皇賞に向けて集中すべきと言いました。だから矛盾ではありません」
「あー……。まぁその、行かせてあげたいのは山々だけどさ……」
「私の言葉が信用できない、と。えぇ、今日の体たらくを見たら仕方のないことでしょう。私も簡単に許していただけるとは思っていません。ですからトレーナーさん……私も相応の覚悟をお見せします」
キッと刺すような目を向けてくるマックイーンに、その場の空気に緊張が走った。トレーナーの胃も縮む。そして、
「この試合がある日まで私は――スイーツとサ◯テレビの視聴を一切断ってみせます!!!」
瞬間、落雷でもあったような衝撃がトレーナーとライアンを襲った。
呆然とする頭の中で、何とか今の言葉を咀嚼する。あのスイーツ狂のマックイーンが数週間もそれを断つと言った。トレーナーはこれまでの彼女と過ごした日々を思い出し、それは不可能に近いと思わずにいられなかった。
隣のライアンはまた別の衝撃を覚えたらしい。鬼気迫る勢いでマックイーンの肩を抱き、言葉を掛けていた。
「正気なの、マックイーン!? おっサ◯ぬいぐるみを抱いて阪神戦の中継を観るのが生き甲斐なマックイーンに、数週間もサ◯テレビ断ちは無茶だって!!」
ライアンが迫真の声でマックイーンの正気を疑う。トレーナーは、そもそも府中でサ◯テレビって視聴できたっけ、と首を傾げた。
「ライアン、私は正気です。私はこれまで抑圧していた想いを一度緩めてしまい、トレーナーさんにご迷惑をお掛けしてしまいました。メジロ家のウマ娘だというのに、とんだ失態を犯してしまったのです。私はトレーナーさんと、そのチケットを与えてくれたお方の信頼にもう一度報いたいのです。だから、私は覚悟を決めました。困難なことは百も承知です。けれど、失態を失態のままにしておかないのがメジロのウマ娘……そうではなくて?」
「マックイーン……」
マックイーンの言葉に、ライアンが感極まったような顔をしている。見目の良い少女たちが真剣に語り合う感動的な光景のはずなのに、何故か言い包められている感が拭えないから不思議である。あと、「でも、夜のスポーツニュースを梯子するのは許してくださいましね」としれっと妥協案を口にしているあたり大分強かだ。
「本気、なんだね?」
「えぇ、メジロの名に誓って」
「分かった。なら、あたしはマックイーンを信じる! ……トレーナーさんも一緒に信じてあげてください。マックイーンは絶対に約束を守ります。だから、約束を守り切ったときはどうか、マックイーンを甲子園に連れて行ってあげてください! お願いします!」
「ライアン……」
ライアンの真摯な態度に、マックイーンまでもが感極まった顔をする。トレーナーは正直、その空気に付いていけてなかったが、妙な熱を発揮するメジロのウマ娘二人の勢いに、「あ、うん」とつい頷いてしまった。両の手を取り合い喜ぶ彼女たちを前に、やっぱりダメとは今さら言えそうになかった。
「でも日程的に合宿の直前だから、行くにしても一日だけだからね?」
「存じています。トレーナーさんこそ、一緒に行くのですから準備を怠ってはいけませんわよ?」
「あ、トレーナーさんが付いて行くのは決定事項なんだ」
「当然です。私とトレーナーさんは一心同体、ツーと言えばカーと返す仲。例えるならそう、カマダとヨシダの二遊間コンビですわ!」
「いや最初から付いて行くつもりだけどさぁ、もうちょっと世代的に分かりやすい例えはなかったのかな……」
案の定、横にいるライアンは困惑している。ついでに、できれば京都銀行のような関係であり続けたいですわね、と照れ臭そうなマックイーンに謎の同意を求められてトレーナーも困惑した。トレーナーは生まれも育ちも関東であった。
とはいえ、偶然が重なった結果ではあるが、マックイーンの表情に笑みが戻った。それだけでトレーナーとしては満足である。
「ところで、チケットは何枚ありますの?」
「四枚。あたしとマックイーンとトレーナーさんは確定だけど、ドーベルはパスしちゃったから一枚余っちゃうかな」
「となると、他に誰を誘うとしましょうか。えーと、ゴールドシップは連れて行ったら試合に集中できそうにありませんし、他の人はそもそも野球に興味が薄いですし、うーん――あぁ、そうですわ! テイオーを誘うとしましょう!」
「ええっ!? でもテイオーって確か骨折してたはずじゃ……」
「えぇ、だからこそ誘うのです。ライバルにいつまでも鬱屈とされているとこっちまで調子が狂ってしまいますもの。最悪、私が抱っこしてでも連れて行きますわ」
「うーん、いいのかなぁ……」
「ライアン、本場の六甲おろしはまだ骨折には効きませんが、そのうち効くようになるのです。ですから何の問題もありません。――あら、噂をすればテイオーですわ。テイオー! 少しお話がありますのー!」
「わわっ! マックイーン、待って待って待ってー!」
何やらウマ娘二人が駆けていったが、もうトレーナーの意識には入っていなかった。既に頭の中では今後のマックイーンのことでいっぱいだ。
誘惑に強いようで案外弱い彼女である。監督役である自分がしっかり管理せねばと思いを新たにする。先ずは寮室に隠しているお菓子を回収しようと、そう決めた。
夕暮れの学園に「よし、やるぞ!」と気合いを入れるトレーナーの声と、「ワケワカンナイヨー!!」というどこかのウマ娘の甲高い声が響いたのであった。
マックイーン「クジやタイホウが好きです。ユタカはもっと好きです」
実際のマックイーンは歳を重ねるごとに落ち着きが無くなったということなので、やきうのおウマさんになっても仕方ないかなって(言い訳)
そんな訳でもう一話だけ続くんじゃ。