アラガミがなぎ倒し、ぽつぽつと枯れた木が残るだけとなった、森の跡地。そこで、数人の男女がキャンプをしていた。
皆両手に腕輪をしている。AGEだ。
「今日が、お前との最後の食事になるかもしれんな。」
飯盒の火を眺めながら、顔に傷のある、紫色の髪の男が、反対側にいる少女にそう言う。
「少なくとも、しばらくは食事を共にできません。」
「……だな。」
機械的に答える彼女に、男は顔を上げる。
「上層部うえの考えが分からん。お前より俺が適任だろうに。」
「彼らは、師匠よりも私の方が見た目的に同情を引きやすいと言っていました。」
「つくづく思うな。俺たちの命を、連中は何とも思っちゃいない。」
「そうですね。」
ため息を付く。
「ネームレス・ワン。」
ネームレス・ワン。それは、彼女が今回の任務を行う際の特殊コード。
「お前の任務、しかと果たせ。いろはは叩き込んである。」
「了解です師匠。」
そう言って一礼する少女――ネームレス・ワン。
「しっかし、こういう時くらい俺に飯を作らせてくれてもいいのではないか?」
「師匠の料理の技量には問題があると感じざるを得ません。」
きっぱりと真顔でそういう彼女に、男は苦笑する。
「この馬鹿弟子が。こういう時は世辞の一つも言うものだ。その愚直さは評価できるがな、対応力が無ければ、臨機応変には動けないぞ。」
「了解しました。気を付けます。」
そう言うところが愚直だというのに……。とため息を付いた男は立ち上がる。
「行くぞ、撤収だ。」
と、周囲のAGEに声をかけ、
「それじゃあ俺はもう行く。バランに有益な情報を持ってこい、ネームレス・ワン。」
「はっ。」
そう言って敬礼する、ネームレス・ワン。
「……頑張れよ、ルル。」
「はい。」
最後にそう言って、男は去っていった。
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「そぉらよぉっ!!」
ワタシのチャージグライドがバルバルスのドリルを貫く。
『バルバルス、結合崩壊とダウンを確認、一気に仕留めてください!!』
クリサンセマムのオペレーター、エイミーの声が響く、
「畳みかけるぞ!!」
「任せなぁ!!」
コウとジークがそれに便乗して渾身の連撃を見舞い、バルバルスは倒れた。
『アラガミの活動停止を確認。流石ですね、皆さん!!』
エイミーの嬉しそうな声が聞こえる。
「これで、今日のアラガミは排除完了か。」
そう言ってバスタードソードの切っ先を地面に下ろすコウ。
「つっかれたー。」
ジークもハンマーを肩に担いでそんな声を漏らす。
「さ、帰ろうぜ。下宿先によ。」
クリサンセマムの航路開拓の手伝いとして、ルート上のアラガミを排除する日々。それは、AGEがどうとかという話もなく、充実した日々だった。
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『お帰りなさい、皆さん。今日もお疲れ様です!!』
帰ってくると、エイミーのそんなアナウンスがワタシらを迎える。
「く~っ。やっぱあったけぇよなぁ。こういう挨拶。」
「俺なんて驚いたぜ? そんな文化があるんだってな。」
「フン。」
ワタシとジークの言葉に、つまんなそうに鼻を鳴らすコウ。まぁ、コイツなりに喜んでるあかしだけどな。
「おう、お疲れさん。」
先に帰還してたユウゴが声をかける。
「そちらはネヴァンだったな。どうだった?」
コウがそう言うと、
「ああ。危うく翻弄されかけたが、ルカのおかげで何とかなった。」
なるほど、ヴァリアントサイズの拘束力に助けたわけか。
「お疲れ様です、皆さん。任務が終わったそうですね。」
すると、そんな声はエレベーターの方からした。
「おう、コジョウ。丁度な。」
歩いてきた男、コジョウ・クリサンセマムに手を振る。
「すみません。本来なら私が皆さんを助けるのがよかったのですが、」
「全治三か月。それまで戦闘は厳禁、か。」
「はい。リハビリやトレーニングにはいそしんでいますが、皆さん、ご迷惑おかけしています。」
ホント、コイツは腰が低いな。
「いや、ケガならしょうがねぇ。そういうのに目くじらを立てるほど、俺達の心は狭くないさ。」
ユウゴが頭を下げようとするコジョウを手で制する。
「報酬はもらっているからな。」
「そうですか、それでは、ご飯にしましょう。」
「おっ、今日のメニューは?」
「ミソラーメンです。ホープさんからいい商品が手に入ったんですよ。」
ホープってのは、各地を転々として商品を売り歩く行商人だったな。因みに、クリサンセマムにはもう一人フェイスっつう商人がなぜか住み着いている。
ホープんとこみたいに珍しい商品こそねぇが、その分品揃えが安定してる
そしてコジョウの飯は旨い。ただし、麺類に限るが。
何でほんとこいつは麺類だけ職人顔負けのクオリティの癖に目玉焼きの一つも作れねぇんだ? 誰か教えてくれ。
「そういう事なら、ルカを呼んでくる。」
そう言ってユウゴが行こうとする、せっかくだから、
「たまにはワタシらが言ってくるよ。」
「私……ら?」
コウがピクリ、と眉を寄せる。
「おう。コウも来るだろ?」
「はぁ!? 何で勝手に決めるんだ!!」
「別にいいだろ? 減るもんじゃねぇし。」
「ふざけるな!! 確実に時間と体力が減るだろうが!!」
というコウの声を無視して、ワタシはコウを引っ張ってエレベーターに行き、貨物エリアを選択する。この時間なら、ここにいるだろ。
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《No side》
「じ―――ッ。」
「…………。」
クリサンセマムの貨物エリア。そこにはフェンリル本部からの積み荷とされるコンテナがあり、そのコンテナに続く扉の前では一人の少女、クレアがそのコンテナを守っている。
ルカはそのクレアが立つ場所の近くの壁のくぼみに腰かけて、そちらをじっと見ているのだ。
「じ―――ッ。」
「…………。」
クレアにとってこの
ここに初めてルカが仲間と来た時、クレアはルカたちを冷たい態度で突っぱねたのだ。
それがムカついているのだろう。
「じ―――ッ。」
「…………。」
とはいえ、彼女も人間だ。彼女だってイライラすることはあるし、そもそも基本的にここに立っているのが彼女の任務だ。
見張りというのは暇な物で、職務上それは結構なことだが生物上人間はそれに納得できる生き物ではない。
「じ―――ッ。」
「いつまでそうしてるつもりですかッ!!」
よって、こんな声が上がるのは当然だろう。すると、ルカはにっこり笑って。
「やった!!」
「は?」
と、立ち上がってガッツポーズをした。
「やっと話してくれたね!!」
「は? ちょ、どういうことですか?」
ルカの言葉に、戸惑いを隠しきれないクレア。
「初めて会った時、ジークが貴方の態度がどうとか言った時あなたが私達にかけた言葉、覚えてる?」
「え? 言葉? えーっと、」
クレアは記憶の箱をごっそりとひっくり返す。
「確か…………。」
『第一私とあなた方は無関係です。任務が終われば船からいなくなる関係です。礼儀云々ではなく、そもそもコミュニケーションをとる必要もありません。』
と言ったはずだ。そう言うと、
「うんうん。そうだったよね。」
「……それが何か?」
そう聞くと、ルカは笑みを浮かべて、
「私の方から一方的に話しかけても、それは関係とは言えないなって思ったの。でもねでもね、貴方の方から私に声をかけてきてくれたら、それって立派な関係せいじゃない?」
「へ?」
つまり、無関係だから、とか言われたのが癪だったから関係を築きたかった、という事だろう。
「いやいやいや!! そんなのこじつけじゃないですか!! それに、そんな関係たとえできたとしても意味が」
「でも、関係は関係でしょ? それに、関係に意味なんて求めちゃいけないよ。」
と、ルカは言う。
「関係っていうのは、人と人とを繋ぐ糸だから。そこにあるだけですっごく大事だと、私は思うな。」
「大事って……たとえそれがいい関係とは呼べないような険悪な物だとしても、ですか?」
「険悪、かぁ。すっごい険悪だったり、相手が悪い人なら別だけど、意外と、そういう関係でもどっちかがどっちかを助けるようなことが起こるかもよ?」
いやよいやよも好きの内、とかいうじゃない? ホントに心から憎んでたりしない限り、分かり合えると思うんだ、と答えるルカ。
「その言葉はセクハラの免罪符では?」
「かもねー。」
愉快そうに笑う彼女を見て、クレアは思わずクスリ、と笑った。
「あ、そうだ。あなた名前は!?」
そう問いかけてくる底抜けに明るい笑顔に、クレアは、こんな関係なら、悪くないな。と思った。
「私はクレア。クレア・ヴィクトリアスです。」
「クレアちゃんか~。私はルカ。ルカ・ペニーウォート。よろしくね!!」
「ええ。よろしくお願いします。」
そう言って手を出してくるルカの手を取ると、別の所から声が響いた。
「ほらなコウ。やっぱいただろ?」
「チッ。だからって俺はお前が俺を連れ込んだことに納得しているわけじゃないぞ。」
そう舌打ちして歩いてくるコウと、うれしそうなリツ。
「ルカ~、飯だってよ。コジョウのラーメンだぜ。」
「ホント!? そうだ、クレアちゃんもいこ!?」
顔を輝かせた彼女は、そう言って握ったままのクレアの手を引っ張る。
「ちょ、ちょっと!! 私は警護が……。」
「ダイジョブダイジョブ!! お昼休憩だよ、それにここ悪い人いないし!!」
「限らないじゃないですか!! それにそう言う問題じゃ……。」
「いいからいいから!! こっちにおいでよ!!」
「話を聞いてない!?」
そんな悲鳴を上げるクレアをお構いなしで引っ張って行ってしまうルカ。
そのあと、なんだかんだで出されたラーメンに舌鼓を打つのも、子供たちから彼女が助けてくれたことを知ってユウゴが頭を下げ、それに彼女が合われるのも、また別の話だ。
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《Side リツ》
「なんていう事もありましたね。」
「よく言うぜ。ほんの数日前じゃねぇか。」
「そうですけど…………。」
「蒸し返す必要はないだろう? リツ。」
その後、親睦を深めるため、と称してイルダはワタシらと数回任務に出させた。この間積み荷はリカルドのおっちゃんが守ってるらしい。
グボロ・グボロとやりあう音を聞きつけたコンゴウとの激闘になっちまって余裕。という訳にはいかなかったけど辛うじて勝利は出来た。
疲れた体を休ませながらそんな与太話をしてたら、
『皆さん、救難信号をキャッチしました。座標を送ります。』
と、エイミーの声がした。
「分かった。すぐに向かう。」
ユウゴはそう頷いて、
「そういう事だ、向かうぞ。」
と、ワタシ達に言った。もちろん、頷く以外ありえねぇ。
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「ここか。」
エイミーから指示されたポイントに付いたが、
「おいおい、誰もいないじゃねぇか。」
ワタシが不満げな声を漏らす。
「ああ。妙だな。」
ユウゴがハンドサインで警戒を促す。あたりを見回した時だった。
クレアの方に、今まで隠れてた影がとびかかった。
「クレア、あぶねぇ!!」
「ッ!!」
とっさにチャージスピアで攻撃を防ぐが、その瞬間、腹を蹴り飛ばされた。
「げうっ!?」
「クレア!?」
壁に叩きつけられるクレアとは対照的に、宙返りを決めて着地したのは、赤い衣服に黒いストレートヘアの女。
「女!?」
「何を……!!」
「クレア止せ!!」
立ち上がろうとするクレアを、ユウゴが制止する。
「ユウゴ!? どういうつもり!?」
「あぶねぇって言ってんだ。アイツは、AGEだ。」
特徴的な機械のようなパーツのついた腕輪をした女AGEの冷ややかな目。そして、コイツの獲物は、二本に分離したブレード型神機、バンディングエッジ。リーチが短い文懐にもぐりこんだ際の手数の多さと爆発力は舐められねぇ。
「ルカ、挟み込むぞ!!」
「オッケー、ユウゴ!!」
タイミングばっちりで走り出す二人。両サイドからヴァリアントサイズとロングブレードの挟撃を仕掛ける。
女AGEはロングブレードをギリギリで回避。そして襲い掛かる鎌の斬撃を二枚の刃で受け止める。
スゲェ反射神経だ。バンディングエッジの機動力の高さと手数の多さであの連携を前に上手く立ち回っているが、あの二人の実力はそんなもんで押さえられるほどじゃねぇ。女AGEはだんだん追い詰められていく。そんな時だった。
「……起動。」
そう呟いた瞬間、アイツの腕輪の周りに赤い光がともった。そして、その場から、消えた。
「何ッ、ぐわっ!?」
「ユウゴ!!」
そして、背後に回ってユウゴを殴りつける。
「このぉ、よくもユウゴを!!」
キレたルカが、哮刃展開形態のヴァリアントサイズを振りぬく。それを、あの女はリボーダンスみたいに潜り抜けて肉薄してくる!!」
「フッ!!」
その瞬間、哮刃展開形態になっていた刃を引き戻す。女AGE背後からヴァリアントサイズの
「なっ!?」
「嘘だろ!?」
その迫る刃を片方の神機で防いで、もう片方の神器をまっすぐ前に向けたまま、刃が戻る勢いを利用してこっちに向かってくる!!」
「くっ!!」
それをルカは上手く持ち手で防ぐが、鈍い音がしてヴァリアントサイズが宙を舞う。
「しまっ!!」
飛び上がった女AGEは、バンディングエッジを逆手に持って振り下ろそうとしている。
その時、あの女AGEの目が見えた。
その目は、前の、あの日の私にそっくりだった。
誰かを殺さなきゃ、ワタシが死ぬ。だから殺した。
許されることじゃない。
―――わかってる。
しかもお前は、
―――ああ。コウに罪を着せようとした。
忘れるな。
―――ワタシは、自分の私利私欲で人を殺した、クソで外道な狼だ。
だから奪われる。
―――これは、罰?
私の罪に対する、正当な報い?
そんなの、そんなの……、許せねぇ。
気が付いたら、ワタシは飛び出していた。見ている間に貯めたチャージグライド。それで空中の女AGEに突撃した。
「ワタシがひどい目に合うのはいい。因果応報だ。けどなぁ、」
女AGEの剣を弾いて、叫ぶ。
「
「ッ!!」
ハッ、驚いてやがる。
「来いよ、こいつらを殺したきゃ、ワタシが相手だ!!」