「はぁ……はぁ……はぁ……」
――見えない。目がちっとも見えない。
森の奥で必死に目をかきむしる佐羽 静枝(女子5番)。彼女の視力は急激に低下していた。
理由は簡単。壁智 明流(男子16番)のあの催涙スプレー。
一般に売られている催涙スプレーなら、もうとっくに効き目は切れている。
しかし静枝が今でも苦しみ続けているのは、彼女に噴射されたスプレーが政府が特別に作らせた超強力なものだったからだ。目なんて3日あれば失明してしまうだろう。当然彼女がその事実を知るはずもない。
――今は何時かしら? あの放送があってそんなに経っていないと思うから、お昼近くよね。落ち着かないと……落ち着かないと駄目……まずは食料……
片手に銃を持ち、しゃがみながら静枝はディバッグを手探りで探し始めた。その時だった。
「?」
ふわっとした温かい風が優しく静枝の頬をかすめた。
「誰かそこにいるわね?」
じゃりっという足を止める音が彼女の耳に入る。
相手は少し驚いたのか立ち止まったようだった。
「誰? 答えなさい。撃つわよ」
静枝は見えない相手に銃を向けた。
もちろんそうは言ったものの静枝は何も見えてはいない。虚勢だけが彼女を支えていた。
――やばい、このままじゃ私の方が圧倒的に不利……どうしよう。どうすればいいの?
鼓動は大きく高鳴る。目が見えないせいか、それはとても大きな音として聞こえているような錯覚を覚えた。
「……」
返事は無い。代わりに、近くにいる【誰か】はガサガサと音を立て移動を始めた。
「!」
――恐い。目に見えない誰かが襲ってくる。
今の彼女には葉が擦れる音すら恐怖の対象なのは間違いない。
けれどその中で彼女は冷静さを取り戻そうと、必死に自分の心に語り掛けた。
――駄目、こんな事じゃ駄目。立派な記者になれないわ。耳で聞いて相手の場所を把握するのよ。
ゆっくりと呼吸を整える。落ち着いて耳を澄ます。ガサガサとした物音。不気味に足音だけが近づいてくる。
――……左!! 左だ!!
静枝は持っている銃を左に構えた。
――まだだ。相手が近づくのをもう少し待って……今だっ!!
静枝は左にいる【誰か】に向けて、思い切り銃の引き金を引いた。
弾けるような二発の銃声があたり一面に響いた。
空では無い。何かに命中したような音。弾は確実に左にいる【それ】に当たった。
自分の命が守れた事に安堵した静枝はそのまま地面にへたり込んだ。
――よ、よかった。これで私まだ生きて……
「えっ?」
静枝の口から驚いたような声が漏れる。
撃った先から聞こえてきた音は、あまりにも規則的なリズムを奏でてていた。それはまるで水の音。
――まずいっ!!
とっさに彼女の頭の中にそんな言葉がよぎった。でも、それはもう手遅れで。
「うっ」
どすっという醜い音と共に、少女の低いうめき声が響いた。
彼女の背中には頑丈な矢が一本。
「あっ……これ……矢?」
手探りでそれを触り、小さく絶望的な声を漏らす静枝。
――驚いた。まさか、私の最後がこんなところで終わるなんて……
ゆっくりと1つに結われた彼女の髪が地面へと着いた。静枝は、絶命した。
【佐羽 静枝(女子5番)・死亡】
【残り27人】
「さすが新聞部、途中までの読みは良かったね」
絶命した少女に向けて、少年は語り掛ける。
音島 清人(男子15番)。彼は穏やかな笑みを浮かべ、彼女の手に握られていた銃を優しく引き剥がした。
「でもそれ、ペットボトルの水だったんだ」
清人は木へと目を向けた。
ぶら下げられたペットボトルから、水がたらたらと滴り落ちている。
彼のやったことはシンプルだった。
ペットボトルを木に吊るし、後は彼女が反応するように石を投げて誘導するだけ。背後を見せたら最後、弓を放つ。
「君が銃を持っていることだけが、脅威だったからね。おかげで安全に狙いが定められて助かったよ。まさかこれを撃っちゃうとはね」
彼女のディバッグを漁り、彼女支給のペットボトルを手元に移す。的としてはあまりに小さいそれに清人は目を細めた。
「命中おめでとう!! 君はウイリアム・テル並の腕だ」
彼は森の中で一人、嬉しそうにそう告げた。
【残り27人】