街からさほど離れていない山寺にお経が響く。
和尚さんがお経を唱えて、お弟子さんたちが刃物やお湯の入った桶などを準備している。
赤ん坊はなにも分からず、笑っている。
ただ、海美の腕の中でなく、冷たい畳の上。和尚さんの後ろに寝かされている。
海美はじっと赤ん坊を見ている。
そして、今までの出会いから今までを回想していた。
あの峠でお母さんから赤ん坊を受け取った時
あの宿で、脱衣婆から赤ん坊のあやしかた、育て方を教わった時
泣くのをあやしながらモノと戦った時
駅でごはんを食べさせている時
まつりが目の前に現れた時
列車に乗って少しだけ眠った時
思い出せば思い出すほど離れるのが辛くなりそうな大切な思い出だ。
その時、小僧さんの一人が走ってきた。
「海美さん。大変です。山門のところで鬼が大騒ぎしています。しかも、あなたの姿をお付きの人間に見られてしまいました。」
「来たか…」
海美はゆっくり立ち上がる。
「あなたは、直ちに裏山から逃げ…」
海美はそのまま靴を履き、外に出て、山門に向かう。
「小僧さん。ありがとう。」
海美は小僧さんにお礼を言うと、歩こうとする。
「ちょっと待ってください。海美さん。そっちには鬼が…」
「…人間がいるんじゃ、このまま乗り込まれる可能性があります。私が倒します。」
「そ、そんな。」
「あっ!そうだ!」
海美は、身につけている肌着を引っ張り出した。
「これを赤ちゃんに。これから赤ちゃんは、幸せになるんだけど。絶対親がいないことで悩むだろうから、私があなたを守ってた。ってこれで伝えてあげて。それと、泣いたらこれを嗅がせてあげれば泣き止むから。それじゃ。」
そう言うと海美は山門に向かった。
小僧さんは肌着を受け取ると、赤ん坊の隣に丁寧に置いた。
なんか人の気配がして振り向いた。
振り向いた。
なんとかお経の声が聞こえる。
杖を抱いて、お寺の方向に手を合わせる。
「待ってたぜ。」
山門の奥に片腕の鬼がいる。
一人だけじゃない。
お父さんの右手王。
10人の人間を連れている。
竹でできた盾、長い棒…弓か。弓を持っている。
それと、盾の後ろにいるから良く分からないがもう一人いるように思われる。
それに対してこちらは、仁王像すらない。
「おい。青髪。さっきは蹴って悪かったな。しっかり赤ん坊は育ててやるからこっちによこせ。」
「…………。」
「それ以前に、貴様は選挙会場を襲ったそうじゃないか。それについて、選挙管理委員会がブチギレているようだ。それについても謝罪しろ。人間の分際で!」
「…………。」
「…この人間が、いつまでも調子に乗ってるんじゃないぞ。」
「…うるさい。」
「なに?聞こえない。」
「…あなたじゃなく、ここに赤ちゃんを預けたから、もう私の赤ちゃんでもない。取り返したければ自分で行けば?」
「なんだと?」
「まぁ、いこうとしても全力で邪魔するけど…」
そう言いながら海美は杖を構えて、体制を低くした。
「…いちいちいちいちムカつくやつだな。」
右手王は刀に手をかけた。
「気をつけろ。あの口車もあいつの得意技だぞ。」
片腕の鬼が言う。
「なんだって…」
慌てて刀から手を外す。
「それと、雄鬼も前に出さない方が良い。裏切るかもしれないからな。」
これは小さい声でアドバイスした。
「よし。弓隊。山成に構えろ。」
5名が弓を空に向かって構える。
「放て!」
一斉に弓から手を離す。
ヒューっと飛んで、海美の目の前あたりにドスドスと刺さった。
海美は一瞬矢を見る。
しかし素早く正面を向く
「もう一度、今度は真っ直ぐに…撃て!」
「危な!」
海美は素早く転がりながら、山門に隠れる。
「盾隊前進。弓隊は山門の両側にも放て!」
海美は山門の向かって左側から様子をうかがう。
しかし、弓を持った人間と目が合った。
その人間は門の外側に向かっても矢を放つ。
「ちっ…」
海美はそこに落ちていた石を拾って投げる。
しかし、竹の盾が右へ左へ受け流し、ダメージを当てられない。
「バカめ。いいきみだ。」
「もう一ついいことが分かったぞ。」
「なに?」
「この山門には仁王像がいない。だから、我々も入れるぞ。」
「それは良いことを聞いた。あいつらがいるから、我々地獄道が入れないんだ。存分に寺域内で暴れられるぜ。」
盾の隊が、山門の下にたどり着いてしまった。
海美は距離を取るしか無い…
「観念しろ。」