「おい髭。」
と言うと、知らない人はうれしーのことだと思うでしょうが、実際は魔神のことだとお知らせいたします。
「…………」
海美は山門から距離を取るしか無い。
海美の後ろはもう医師の階段で、そこを登られると本堂に辿り着かれてしまう。
「おい。お前!もう一度言うぞ。俺の赤ん坊をよこせ。そうすれば、お前の命と坊主たちの命は助けてやる。」
右手王が言った。
片手の鬼は、焦っている。
そんなことを海美が承諾すると、ここで海美を殺せなくなってしまうからだ。
「……逆に聞く。私が捕まれば、赤ちゃんは捕まえないか?」
「なに!?…何言ってるのか分かっているのか貴様は?」
「百も承知。あなたには絶対赤ちゃんを渡さない。あなたみたいなのを、親とは認めない!」
風が吹き、木々を揺らす。
それは海美の燃え上がる闘志か、はたまた右手王のイラつきを表すようであった。
右手王が刀を抜く。
「良く分かった…「良く分かった!」」
どこからか右手王の言葉に被せる声がした。
カカッ!
ドンッ!
ドン!
ドン!
ドンドンドンドンドンドンドンドン……
ドン!
「伏せろ!海美!」
海美の後ろ、石段の上から声がした。
確認したかったが、圧迫感を感じて素早く身をかがめた。
すると、頭上を風車が山門に飛んでいく。
「なに!?」
「なにが!?」
風車が盾に直撃する。
「なに!?…なになに!?」
風車が回転して、竹の盾をメリメリと破壊する。
「ありゃあ…」
完全に破壊しきったら、風車が止まる。
シュルシュルシュルシュルっと風車が戻っていく。
一同黙って風車を見送る。
石段の一番上まで風車が戻っていく。
一番上には、太鼓を持った獅子…いや、フェイスシールドを外して顔が見えるようになっているナポレオンが立っている。
「あいつは…」
「新聞を読んでないあんたには分からないだろうが、あれが選挙会場を襲撃した一人だ。」
「奴の仲間か?」
「そうだ。」
この話をしている間にも、盾を失った人間たちがワッと逃げていく。
弓隊は矢をつがえて、ナポレオンに狙いを定めている。
まつりは海美から丸見えになった。
「!……」
海美は驚いたように目を見開いた。
まつりは動かない。
なにせ、片手の鬼の隣で、動けない。
まつりの前の弓隊が矢を引き絞る。
矢が上でなく、正面を向いている。
「海美を狙ってる…」
なんだこのモヤモヤは…海美は私を置いていった。片手の鬼がいることが分かって逃げたはずなのに、なんだこのモヤモヤは…
苦しい。
海美を助けたい。
海美、死なないで!
右手王が得意げに鬼に話しかける。
「…へっへへ。あの新聞には確か、三人で襲撃したってあったろ?あと一人は?」
「あと一人は…」
鬼が、ドスン!と棍棒を地面に突き刺し、まつりを引き寄せようと手を伸ばした。
いちいち物を置かないとなのでとてもめんどくさそうだ。
手を伸ばすが空を掴む。
まつりがいない。
右手王にカッコつけて見ないで引き寄せようとしたためだ。
「あれっ?」
右側を見る。
雄鬼がいない。
ハッ!と前を見る。
目を疑った。
弓隊がオロオロ困っている。
弓の弦が切られている。
「しまった。」
慌てて棍棒を掴もうとする。
しかし棍棒がない。
ドーン!
と、後方からなにか大きな石が落ちたような鈍くて太い音がした。
鬼は後ろを見る。
「なんの音が鳴ったんだ?」
不自然なところを探す。
すぐ分かった。
「俺の棍棒…」
あんなところにぶっ刺さっている。
でも、なんであんなに遠くに…
「貴様!裏切るのか!」
右手王の言葉にまた正面を向く。
雄鬼が、山門の真下でこちら向きに刀を抜いて立っている。
あの一瞬で、あの長さの刀を抜いて弦を切り、棍棒をあちらへ投げたのか…
本当は、投げたのではなく、野球のバッターの要領で棍棒をフルスイングしたのだ。
「…やっぱり、私は、」
頭から隠している毛布を外す。
「あの女…青髪と一緒にいた人間…」
「私は、人として生きる。あの人と…青髪と一緒に行く!邪魔するな!」
「なに!?青髪はお前を置いていったんだぞ!」
片手の鬼はジリジリ下り、棍棒を取りに行こうとする。
「例え、一見私を捨てたようだけど、私は捨てられてない!」
「なに…」
右手王が刀の鯉口をきる。
弓を持つ人間、盾を持ってた人間が逃げる。
右手王が抜き、近くを走り抜ける人間を斬りつけた。
「自分の部下をなんてこと…」
「うるさい…とっとと俺の赤ん坊を連れてこい。すれば、斬るのを辞めてやる。もしくはそこを退け。この人間が!」
右手王の声が震える。
今まで、自分の言うことを聞かなかった人間を見たことなかったからだ。
「ちっ…」
まつりは山門の寺側まで下がる。
「まつり!」
後ろから誰かに抱き抱えられた。
とても優しかった。
「来てくれてありがとう。
怖い思いさせちゃってごめん。
あなたは見捨てたりしないから。
一緒に戦ってくれる?」
見なくても分かったが、風が吹いて、彼女の綺麗な青髪が目にとまる。
「もちろん。」
見なくても答えられる。
「ところで、あの状況からどうやって刀を抜いたの?」
「…分からない。いつももたつくんだけど、ものすごいスピードで刀が抜けた。」
「そっか…」
もう一度、顔を毛布で隠す。
肩を抱えている腕があたたかい。
体温ではなく、心があたたかい。
右手王が睨む。
周りにもう部下はいないらしい。
「…もう、彼に部下はいない。まつり。右手王を絶対お寺に入れないで。少なくとも私が片手の鬼を倒すまでは。分かった?」
「分かった。」
「お願いね。」
海美は山門の外側に回り込む。
まつりは真っ直ぐ突っ込む。
今度はまつりが右手王を挑発する。
「あなたは、あなたを信じてくれる人はいた?」
「うるせえ!」
刀同士ぶつかり合う。
しかし、驚くことに衝撃は互角。
まつりの刀は長さと重さから、剣も盾もまとめて斬ることが出来るのだが、そうはいかなかった。
ああ見えて、右手王は剣の使い手らしい。
ものすごい衝撃で、刃の破片が飛び散る。