恐らく、私の故国は恵まれていたのだろう。あるいは、ただ生かされていただけなのだろう。
その国は魔法の研究が盛んであり、様々な分野において日常レベルで魔法が使われていた。
湯を沸かすという生活の基本から、国作りの土台である冶金、果ては建築や修繕までもが魔法で行われており、国民に魔法を使えない者など誰一人いなかった。
魔法という世界の法則を意のままに操る技術が当たり前の国であったからこそ、国は富み、政治に不満はなく、国民は当たり前にそれを享受していた。
だからこそ、私は異端だったのだろう。
私が常々疑問に思っていたのは、「何故誰一人として戦闘技術に魔法を使わないのか」ということだ。
如何に我が国が争いと無縁であろうが、周囲を取り囲む自然には野生の動植物が存在し、彼らを糧とする役割を担う者も存在した。
だがそこに魔法が使われることはなく、魔法によって作られた武器が狩人の手足であった。それが私には非効率に思えてならなかったのだ。
たとえば湯を沸かす魔法に指向性を持たせ、高温の蒸気を噴射する魔法を作れば、安全な場所から一方的に狩りを行える。狩った獲物を消毒する手間も省けるだろう。
少し発想を変えれば簡単に至る結論も、現実には非効率な集団による狩りのみが行われ、時には怪我人も出ていた。
子供の頃、幼いながらに疑問に思ったそれを親にぶつけたことがある。返ってきたのは怪訝な表情とただ一言。「そんなことを考えてはいけない」
当時の私に反論するだけの知識はなく、「そんなものなのか」と疑問を心の隅に追いやるのみだった。
疑問は歳を重ねるとともに大きくなり、教養課程を経て魔法研究に従事するようになってからも蓋を持ち上げ続けた。
あるとき、私の上司である教授に尋ねた。「何故誰も攻性魔法を開発しないのか」
教授は、私の親と同じ表情を作り、お決まりの文句を返した。――今から思えば、そのときから私はマークされていたのだろう。
子供の頃と違い知識を持った私は、それで納得できるわけがなかった。さりとて、教授を説得する術も持ち合わせていなかった。
だから私は、表向きの研究とは別に、この国の誰もが禁忌とする攻撃用の魔法を自力で開発することにしたのだ。
果たして、研究はある程度の実を結んだ。研究テーマとして掲げていた数多の魔法の裏で、幾つかの実用に足る攻撃魔法の開発に成功した。
表向きの研究を疎かにしなかったのは、当時の私に「こちらが本筋なのだ」という意識があったからだが、今から思えばいい目眩ましになっただろう。
私の研究は国をさらに豊かにし、こっそり作った攻撃魔法は少しだけ皆の意識を変えるだろう。
本気でそう思っていた。
「宮廷導師見習いの――を国外追放刑に処す」
謁見の間に呼び出された私に下されたのは、寝耳に水の判決だった。
普段通りに研究所に出勤した私は、上司から王の呼び出しを聞き、衛兵の案内に従い、王に臣下の礼をした後、耳を疑う言葉を耳にした。
傍白。しばし脳が考えを放棄し、王の言葉を理解し得なかった。
「罪状は禁忌とされる攻撃性の魔法を複数開発したこと。申し開きがあるならば、この場で聞こう」
「……、はい。確かに私は、敵性体を攻撃するための魔法を開発しました。しかしそれを公にしたことはなく、今後も表に出す意志はありません。それでも罪に問われるものなのでしょうか」
「作ったという事実が重大なのだ。……法務大臣」
王の指名に従い、後ろに控えていた初老の男性が一歩前に出る。その手には分厚い法律書が掲げられており、その最初の頁が開かれていた。
「この国の憲法第三条・魔法行使についての条文には「魔法は国家の平和維持のために使用すべきである」とあります。貴殿の行為は、明確にこの条文に違反しております」
「それはあまりにも拡大解釈しすぎでしょう。攻撃魔法はこの国の一次産業を補助しうるものです。もしこれが平和維持を妨げるとするならば、それは使い手側の問題でしょう」
「不和の芽となる可能性がある、それ自体が問題なのです。この国の民を疑うのは心苦しいことですが、もし悪意ある者の手にあなたの魔法が渡れば、大惨事を引き起こすことだってあり得る」
それはその通りだ。だが、規制をすることで災禍を防ぐのがこの男の役割ではないのか。
私の反駁に法務大臣の男はこう応えた。
「あなたの作った魔法のために新たな法律を作るのに、どれだけの時間がかかると思いますか。それまでの間、あなたの魔法が引き起こす事態を抑止する法は存在しないのです」
そして――私は悟った。
「最早異論はないようだな。宮廷……否、元宮廷導師見習い――への国外追放刑を確定とする。執行は今より48時間の後、それまでの間に身辺を整理するがよい」
返答の気力すらなく、王への無礼も理解して、私は何も答えずその場を去った。
国は、私を捨てた。そして、私が国を捨てたのだ。
祖国は確かに豊かだっただろう。だが、豊かすぎたのだ。そして、静かに腐っていた。
熟れ過ぎた果実が腐敗するのと同じように、私たち国民の知らぬところでそれはじわじわと広がっていたのだ。
大臣はおろか、国王すら法と現実の矛盾に気付いていなかった。先代より受け継がれたものをただ続けるだけで、変化を受け入れる土壌は既に存在していなかった。
沈むことが分かった船に乗り続ける意味はなく、降りることを向こうが強要したのだ。だから私は、私の開発した魔法のすべてを残すことなく、国を出た。
ほどなくして、祖国は亡国となった。
「聞いたか? あの魔法大国が滅んだらしいぜ」
とある町の酒場にて。冒険者まがいの放浪を続けている中で、客の会話が耳に入った。
「嘘だろ? あの国って、国民全員が魔法使いっていう化け物みたいな国なんだろ。どんなことしたら滅ぶんだよ」
「それがよぉ、あそこに隣接してた騎士の国あるだろ。攻め込んだのはそこなんだけど、魔法の方から出てきた兵士はみんな普通の武装兵だったらしくてよ。開戦したその日に陥落だよ」
「はぁ? どういうことだよ、魔法使いなら魔法で応戦するだろ普通」
「いや知らねえよ。俺だって又聞きでしかねえんだからよぉ」
――なるべくしてなった結果だ。この世界にある国は、何も祖国だけではない。先に出たような武に長けた騎士の国もあれば、貿易で中立を保つ商人の国もある。
人が二人いれば、友好を結ぶことも争うこともできる。善性のみを前提に行動を起こせば、悪意一つで簡単に引っくり返される。
あの国の法律は、悪意を想定していなかった。もししていたとしても、それはごく狭い範囲のものでしかなかった。
悪意に対して抵抗する手段を持たないというのは、餓えた獣の前に肉をぶら下げて丸腰で立つようなものだ。結果、魔法大国という御馳走は騎士の国という獣に平らげられてしまった。
「マスター。あそこの二人にエールを。俺からの奢りだ」
「……あいよ」
銀貨を2枚テーブルに置き、私は席を立った。
もしかしたら酒場のマスターは、今ので私の素性を理解したかもしれない。……そろそろ次の町へ向かうとしよう。
私は故国に捨てられたし、私自身故国を捨てた。だからと言って、彼の国に愛着がなかったかというと、そんなことはない。
私だって魔法を高度に発展させた豊かな暮らしを享受していたし、その文明に誇りも持っていた。それを踏みにじられて何も感じないわけではない。
だからと言って仇討ちをしようとは思わない。それをしたところで――地図から二つの国が消滅するだけで――何も得られない。無意味なだけだ。
だったらどうすればいいのか。それは……まだ私の得ていない答えだ。
「いやぁ、あんたが参加してくれて助かったよ。魔法使いってすげえんだな」
野営のテントの前で火の番をしているとき、軽戦士の男が話しかけてきた。金髪で明朗快活そうな表情に違わず気さくな性格をしているようで、常にフードを目深に被り顔を見せない私にも警戒をしていない。
今回の依頼は複数パーティ合同での魔物退治。大森林の増えすぎた魔物を間引きすることで、人里に被害が出ることを未然に防ぐためのものだ。
普段は単独で旅をする私だが、こういった依頼で路銀を稼ぐのも初めてではない。そういった中での他人との会話も当然経験がある。
「魔法使いというものがすごいかどうかは知らないが、俺のやり方はあまり一般的ではないだろうな」
「それ自分で言っちゃう? まあオイラもあんなの初めて見たけどさ」
国の外に出て、「一般的な魔法使い」がどういうものなのかはある程度見ている。魔法行使の技術のみで言えば、祖国基準に照らし合わせると「初等教育課程レベル」だろう。
何度か見た彼らの魔法は、数秒かけてマナ操作を詠唱の補助を得て行い、10に満たない数の火球を生み出す程度のものだ。
あの国では、詠唱など複数人で行うような大規模魔法にしか使われない。純粋なマナ操作のみで陣を生み出し、秒もかけずに魔法を行使する。それが「一般人」なのだ。
そして私はそれを「敵を倒すために」使用する。その光景は、彼の言うとおり早々お目にかかることはないだろう。
何がおかしいのか、彼はクックッと笑う。フードの中で、疑問で眉をひそめる。
「気に障ったなら謝るよ。けど笑うしかないって。ざっと100はいたはずのゴブリンが、10秒しないで肉の塊だぜ?」
「効率を重視した結果ああなった。あれを手で一つ一つ対処するのは、多少なりとも危険があるだろう」
「おかげで誰も怪我せず済んだわけだし、感謝してるよ。ハゲのオッサンは文句言ってたけど、あんなの冗談みたいなもんだから」
今はテントの中で休息を取っている強面の重戦士からは「儂らの仕事を残せ!」と言われた。そこに不快の色は感じられず、ただ驚いただけだったようで、彼の言うとおりなのだろう。
ちなみに私がとった方法は、環境への影響も考慮して「大量の水でゴブリンの群れを押し流す」というものだ。ただの水と侮るなかれ、それが視界を覆い尽くすほどで指向性を持てば、水圧だけで生物は死ぬ。
私の作った「攻撃魔法」ではなく、国で使われていた生活用魔法の規模を拡大しただけ。……あの国の法がどれだけ矛盾したものだったのか、計らずも裏付ける結果となった。
「あんたぐらい凄腕なら、食いっぱぐれることもないんだろうなぁ。オイラ達って、いつもカツカツでさぁ」
「そうでもない。旅を始めたばかりの頃は右も左もわからなかったからな。死にかけたことも何度かある」
その経験から、私はフードを外さなくなった。今なら襲われてもどうとでもなるだろうが、面倒がないに越したことはない。
「へー」と、彼は呆けた表情を返した。……本当に警戒心のない男だ。
「それに俺は一つ所にとどまる気がないから、そのたびに信用を稼がなければならない。信用のない相手に割のいい依頼は出してくれないだろう」
「確かに。実績言っても聞いてくれないんだよな、酒場のオッサンども。横のつながりはあるみたいなのになぁ」
酒場が提示する依頼は、定職につかない者(彼らは「冒険者」と自称する)への救済措置だと私は考えている。そも、酒場という形でちゃんとした収入があるのなら、わざわざ「冒険者」を相手にする必要などない。
単に「冒険者」が最も寄りつく場所が酒場であり、そこを救済場所とする何がしかの方針があるのだろう。彼の言う酒場同士のつながりというのは、同じ業種としてのつながりだけなのだろう。
……そうでなかったとしても、素性を明らかにせず顔を隠して依頼を受ける私は、信用を共有してもらえることなど期待するべきではない。ある意味ではこの方が好都合なのだ。
「一か所にいないってのはあれか、旅をするのが冒険者やってる目的ってこと?」
「……目的を探すこと自体が目的、と言ったところだな。他に方法がないから旅をしているだけだ」
抽象的な返答は、さすがに彼の理解を超えたようだ。腕を組み唸り始めてしまった。
「俺の事情に深入りする必要などないだろう。俺とお前たちは、この依頼限りのパーティなのだから」
「……いやー、ははは。あわよくば勧誘を、とか。……ね?」
これも今までに何度かあった。私の魔法の技術は、少なくとも国外においては一級品に相当する。そもそも魔法使いの絶対数が少ない国外において、珍重される存在だ。
そして、私の答えもいつも決まっている。
「誰かと一緒に旅をするつもりはない。一人が性に合っているのでな」
「あー……それ言われちゃうとどうしようもないなぁ。無理強いもできないし」
彼が善性の人間であることは少し察していたが、かなりお人よしの部類のようだ。それ以上話題を引っ張ることはなかった。
数度話題が切り替わったところで重戦士が目を覚まし、私は交代でテントに入った。
テントの中で、私は決して気を緩めることなく、浅い眠りに就いた。
依頼の最終日。これまでに討伐した魔物は、私たち以外の班も合わせて1,000を超える。ゴブリン600強、コボルド200強、オーク100強。あとは雑多な弱小の魔物だ。
これだけ間引きをすれば、この近隣で魔物の氾濫の危険はほぼないだろう。最終日は、見回りのみということになった。
私は依頼中同じ班となっている軽戦士と重戦士のペアとともに、森林を歩いた。
「ふわ~……なんか眠くなってきたなぁ」
前を歩く軽戦士は既に緊張感などなく、うららかな陽気につられて大あくびをした。当然というかなんというか、重戦士の大男に小突かれる。
「あくびしてんじゃねえぞ小僧! まだこの辺にゃ魔物がうろついてんだ!」
「つってもさぁ。かれこれ小一時間、遭ったのなんてリスぐらいのもんだぜ? オイラの勘も危なくないって言ってるしさぁ」
「それで気を抜いていい理由にはならねえっつってんだよ! 依頼の最中だぞ!」
軽戦士が緩み過ぎなのは確かだが、重戦士は必要以上にピリピリしている気もする。あの見た目で小心者なのだろうか。
「あんたもなんか言ってくれ!」と後方に同行する私に意見が求められる。……私に注意をしろと言われても困るが。
「二人を足して割るぐらいでちょうどいい。今日は見回りのみという話だ。無論、魔物と遭遇すれば戦闘になるだろうが、それは避ければいいだけだ。一応、俺の方で索敵用の魔法は使っている」
これは癖になっているだけだが、私はフードの中に陣を作って魔法を行使するようにしている。詠唱が当たり前になっている国外の魔法使いが念頭にある相手ならば不意打ちになるからだ。
今も、全身を覆い隠すフードの下に小さな陣が浮かんでいる。マナから超音波を生成し、周囲の地形を把握する工作用魔法だ。
本来は地図の作成や建築物の構造把握のために使われる魔法も、野外ならば危険生物や敵性体の探知用に早変わりする。……あの平和に熟れた国で、どれだけの人間がこのことに気付いていただろうか。
「索敵って、あれか。魔力を飛ばして敵を見つけるってやつ。……にしては何も感じないんだけどなぁ」
どうやら世間にはマナそのものを飛ばして同じことをする魔法が存在するようだ。軽戦士の彼は、過去にその魔法を見たことがあるのだろう。
彼の言うように、その方法はある程度マナに感受性のある者ならば発動を感知できるだろう。基本的にマナ感受性が高いとされる魔物相手には悪手となり得る。
重戦士の方はあまりマナ感知能力が高くないようで、その発言にも首を傾げた。数日をともに過ごしたことで、彼らの人格も少しだけ理解できた気がする。……だからどうということもないが。
「魔力ではなく特殊な波……人間には聞こえないレベルの小動物の鳴き声に擬態した音を使っている、というのでわかるか? 魔力型の探知魔法は魔物に気付かれやすい」
「へー、そうなんだ。……あー、だからあのとき魔法使いの人が言った場所じゃなくて、少し離れた場所に魔物がいたのか」
「……やっぱり魔法はさっぱりわからん! いいから行くぞ!」
重戦士は短気。それも理解している。彼は私の説明への理解を放棄し、軽戦士を追い越して先へと進んでしまった。
軽戦士は私の方を振り返り、肩をすくめて軽く笑った。私は、フードの中で表情を変えなかった。
それからしばらく森を進み――唐突に空気が変わった。
「止まれ」
先を行く戦士二人に制止をかける。私の声にこもった緊張に気付いたか、彼らも表情を真剣なものへと変化させる。
私は、短く告げる。
「ワイバーンだ。引き返そう」
それは小さな脅威の名前。空飛ぶ竜を意味する名を持つが竜ではなく、トカゲが竜に進化する過程で分岐した亜竜と呼ばれる存在だ。
竜のような膨大なマナこそ持たないものの、それでも強靭な体と機敏に飛翔する翼は厄介なものであり、人が相手をするには相応の準備が要る。
最も厄介なのがその生態であり、魔物としては中級に分類される癖に警戒心が強く隠密性に長けている。棲家として選ぶ場所も身を隠せるならばどこでもよく、こういった森でも不意に出くわす可能性があるのだ。
このため、森や岩山で依頼をこなす冒険者が不意に出くわし大怪我を負う被害が稀に発生するらしい。この魔物が比較的臆病な性質なのもあってか、命を奪われるまでに至ったケースは今のところ聞いたことがない。
なんにせよ、避けられるならば避けるべき相手であることには変わりない。
「えっ。いやそれって、放置したらやばいやつなんじゃ……」
「ワイバーンは放置推奨だ。あれは人の住む場所には近寄らない。これ以上近寄って刺激する方が危な……」
「なぁにをぬかしよるか!」
「ひっ……」
唐突に、重戦士が吠えた。森の静寂が裂かれ、私も思わず硬直してしまう。
「魔物を前にして逃げ出すなど戦士の恥! ワイバーンなど恐るるに足らず! 儂が退治してやるわ!」
吠えるだけ吠えて、私の忠告など一切無視し、重戦士の男は森の奥へと駆け出してしまった。
その足は決して速いものではなかったが……軽戦士の彼も、呆然として見送るしかなかった。
たっぷり10秒は経ってから、彼が小さくため息をついて頭をかいた。それで私も、ようやく硬直が解けた。
「……オッサンさ。以前の相棒をワイバーンに引退させられたらしいんだよね。歳に差のあるオイラがパートナーやってるのも、それが理由でさ」
「……ワイバーンと聞いて、矢も盾もたまらず、か」
「多分そう。オイラはあんたの話を信じるけど……やっぱパートナーは見捨てられないっしょ」
「諦めた」という苦笑とともに、彼は鞘から刃を抜く。重戦士の向かった先を見て――私に背を向け。
「オッサンの怒鳴り声に驚いたときのあんたの声、可愛かったぜ。無事に帰れたら、フードの中も見せてくれよな。絶対美人だから」
最後にそう言って、走り去った。
「言うだけ言って、あの男は……」
誰もいないのに……誰もいないからこそ、私は一人ごちる。
この感情はなんなのだろうか。好意なのか嫌悪なのか判断がつかず、ただモヤモヤした。私の故国への感情と同じように。
「わかりやすいフラグを立てて何考えて……って、国外(こっち)にはないのか、そういう考え方」
あんな、「この戦争が終わったら結婚するんだ」みたいなことを言われて不安にならないほど、人間性を捨てた覚えはない。
……ここで彼らを見捨てたところで、重戦士がよほどの無茶をしない限り、命を落とすことはないだろう。だから私は安全な場所で戦闘が終わるのを待って、彼らを回収すればよい。
搬送も、非力な私の腕では無理だろうが、魔法を使えばどうとでもなる。運搬魔法は故国でも緊急時の救急搬送用に使われることがあった。
何も問題はない。だから今私のしようとしていることは……冷静な判断とはちぐはぐで、問題しかなかった。
「……私がたどり着くまでの短時間で怪我でもしてたら、一生笑ってやる!」
そう、きっとこれは班員が怪我をすることで依頼の報酬が減ることを危惧しているだけなのだ。
自分で自分に言い訳をしながら、私は呼吸補助魔法をかけ、彼らの後を追った。
予想通りというか、彼らは苦戦していた。ワイバーンは彼らの武器が届かないところで甲高い鳴き声を上げており、興奮状態だ。
ワイバーンの体にまだ新しい傷が複数あるところを見るに、善戦はしているようだ。……これまでの依頼で彼らの全力を見ることはなかったが、そこそこ腕の良い戦士ではあったらしい。
「この臆病者が! 降りてきて正々堂々勝負せんか!」
「無茶言うなってオッサン! 相手は魔物だぜ!」
重戦士の言葉に反応したわけではないだろうが、ワイバーンが急降下による攻撃を仕掛けて来た。
罵声を浴びせていた重戦士はすぐさま大盾を構え、鋭い爪の一撃をいなす。それを見ると同時に盾の影から軽戦士がぬるりと現れ、空へ逃れようとするワイバーンに一太刀を入れる。
二人に今のところ怪我はなく、それでもこの戦法は体力も神経も削るようで、ともに息を切らせて汗を滴らせていた。
確かにダメージは与えているが、ワイバーンの体躯を考えればあまりに微量だ。たとえるなら、一軒家を解体するのに果物ナイフを使っているようなものか。
「ワイバーンを討伐するなら最低でもバスタードソードを用意しておくべきだ。片手剣で対処できる相手ではないぞ」
「っ!? あんた、来ちまったのかよ!?」
「ぬぅ!? 小僧、危ない!」
軽戦士の注意がそれた瞬間を狙って、ワイバーンが再び攻撃を仕掛けてくる。慌てて重戦士が防御しようとするが、咄嗟だったため体勢が悪い。
……無論、何も考えずに声をかけたわけではない。こうなることは目に見えていた。だから私は、既に魔法を発動している。
『グギィィィ……!?』
「うわっと! ……? ワイバーンが飛ばされてる……?」
「気流操作で乱気流を生み出した。揚力で飛ぶタイプの魔物には有効な手だ」
故国では室内換気のために使われていた送風魔法の威力を上げただけ。ただそれだけで、空中のみならず地上の相手の体勢を崩すことだってできる。
どれだけ無害に使われている魔法であっても、敵意を一つ込めるだけで「攻撃魔法」になる。そんな単純な事実を、故国の法は無視し続けたのだ。
「己の矜持に従うのは勝手だが、ああも忠告を無視されると腹立たしくもなる」
「ぬぅ……悔しいが、あんたの言うとおりのようだ。まさか、助けられてしまうとは……」
「しかも女子(おなご)に……」と重戦士は項垂れた。
ワイバーンが飛べなくなるほどの乱気流。そんなものを発生させれば、当然私だってフードをかぶっていられない。
そして私は――旅の最初にさらわれかけたときの経験からして――世間から見て所謂美女であるらしいことを知っている。だから、身の安全を確保するために隠していたのだ。
今あらわになった私の姿を見て、いまだに男だと思うほど、こいつもバカではないだろう。
「男だ女だと細かいことに拘るな。そも、魔法使いは統計的に女の方が優れている者が多い」
「あ、そのしゃべり方は素なんだ……」
「元は研究畑の人間だったんでな。……そろそろワイバーンが風に慣れる」
二人の男たちはハッとして上を見た。私の言葉通り、先ほどまで風にあおられるだけであったワイバーンは、次第に体勢を立て直していた。
「……あんたの魔法で、パーっと倒すってできねえかな?」
「できなくはない……が、環境への影響が大きいのと、できればワイバーンの駆除は避けたい」
ワイバーンは出会えば脅威であるものの、人里に近寄らない点や他の魔物を捕食してくれる点で、半ば益獣に近い。ここでワイバーンを駆除してしまうと、せっかく減らした魔物がすぐに増えてしまう可能性が高い。
彼らの反応を見るに、このワイバーンの生態は、国外ではあまり一般的な知識ではないようだ。おそらく遭遇したときの脅威が目立って生態調査が行われていないのだろう。
……我が故国の文明は、たった一点に置いて残念なだけだったのだ。改めてそう思う。
だから私は、「攻撃魔法」を開発したのだ。
「最大10秒動きを止めろ。座標さえ固定できれば、無力化できる」
「えー……1秒でも結構キツいんだけど。オッサン、いける?」
「……もとはと言えば儂のわがままで始めた戦闘だ。死ぬ気で止めてやるわ!」
目をギラギラと輝かせ、当たり前のことをのたまうスキンヘッド。実際に死なれるのは困るが。
「もし無理だと判断したら駆除に切り替える。その際の退避は……名前を聞いてなかったが、お前に任せる」
「ロイだ。ロイ・ストランド。あんたの名前は、これが終わったら聞かせてくれよ!」
軽戦士――ロイは、そう言って重戦士の後ろに控えた。
タイミングを計るため、私は意図的に魔法を解除した。乱気流が収まったとみて、十分にヘイトをためたワイバーンはすぐさま急降下してきた。
落下位置には重戦士……ではなく、ロイ。どうやらこれまでの攻撃で彼の方に標的を切り替えたようだ。
そしてそれは、彼らにとっては好都合だった。どこまで読んでいたのか、自身が狙われたとみてロイはニヤリと笑った。
「ほい、よ!」
パートナーの盾から滑りぬける技術といい、まるで軽業師のようだ。彼は剣の腹を使ってワイバーンの爪を受けると、剣を軸にしてワイバーンの後ろ側に回り込んだ。
突然抵抗がなくなったことで思い切り体勢を崩したワイバーンの背を素早く駆け上り、ロイは亜竜の後頭部を思い切りたたく。
その程度では全く痛打にならないだろうが、ワイバーンの気を引くことには成功する。雄叫びとともに首を振り回すワイバーンから、ロイは即座に離脱した。
そして、地に足を付けた奴の翼膜に、重戦士の大剣が突き刺さる。
『ギアアアアアア!?』
「ぬう! 逃しはせんぞ!」
翼膜に痛覚があるかは知らないが、少なくともワイバーンが驚いて逃げようとしたのは確かだ。それを重戦士は、剣を地面に突き刺すことで妨げた。
片翼が縫い付けられては、いかに翼竜と言え飛ぶことはできない。必死にもがき、そのたびに重戦士は尾や逆の翼、頭などで打ちつけられ、それでもしっかりと逃がさなかった。
確かに、ワイバーンの座標は固定された。
「――遥かなる深淵より覗き見る者、仮初の瞳を今ここに顕せ」
私が普段行わない、詠唱による補助を用いた「攻撃魔法」。きわめて複雑な陣を用いても、それ単独では発動が不可能であり、そのための最大10秒だ。
そして彼らは、しっかり10秒を稼いでくれた。なら私は、求められた働きを完遂するとしよう。
呪文を紡ぐ。
「――恐慌(テラー)」
ワイバーンは一瞬、ビクンと体を震わせた。すぐ後、力なく頭を落とし、白目を剥いて泡を吹き始める。
戦っていた二人には何が起きたのかわからないだろう。突然気絶したワイバーンへの警戒を止めず、反対側の翼膜に剣を突き立てる。
それでもワイバーンは一切動かず……戦闘は終了した。
「……何をしたんだ?」
ロイがやや真剣みを帯びた瞳で私に尋ねる。重戦士の方は、一応ワイバーンを警戒しているようだ。
私も、誤魔化しはせずに答えた。
「詳しい原理は省くが、結果のみを言うと"恐怖"をワイバーンの精神に直接書き込んだ。私が魔法を解くまで、あのワイバーンが目を覚ますことは絶対にない」
「っ。そんな魔法、聞いたことねえぞ」
「当然だな。これは私が開発して……表に出すことはしないと決めた魔法だ」
技術的なハードルこそ高いものの、実現できさえすれば、そして悪用されればどんなことになるのか。私だって考えなかったわけではない。
だが、諸外国に対して魔法という優位性を活かして抑止力を得るならば、これ以上に効果的な魔法はない。狙った対象のみを確実に害することができるのだから。
そして……そんな魔法を開発できる私の出自など、軽さと裏腹の賢さを見せていたロイならば、想像が付くだろう。
「あんた……"あの"魔法大国の人だったのか」
「元、だ。滅亡以前に、私はこれが原因で追放された身だ。今はただの流れ者の一人にすぎん」
言いながら、私は脱げていたフードをかぶり直し、全身を外から隠す。
「俺に恩を感じるなら、今見たこと、聞いたことは忘れろ。吹聴したければ好きにすればいい。どうせ俺は、明日には違う町だ」
「言わねえよ。絶対に、誰にも言わねえ。あんたがどう思ってようが、オイラはあんたを仲間だと思ってる」
「仲間を売るような真似は、絶対にしねえ」と。短い時間ながら、その返答を彼らしいと感じる程度には、私も彼を知ったようだ。
「……聞いてもいいか。あんたこの前、「目的を探すのが目的」って言ってたよな。故郷の仇討ちとかじゃなくて」
「追放された身だからな。俺自身、故郷を誇りに思う気持ちと、意見を聞き入れられなかった憤り、結果滅んだことへの嘲りが入り混じってる。……何をしたいのかわからない程度に」
「だから、やりたいことを探してるってことか」
フードの下で、私は首肯で答えた。
私の目的に何を感じ入ったか、ロイは顎に手を当ててしばし、ほんの短い間考えた。そして、重戦士の方を向く。
「オッサン、わりい。今日でパーティ解散してくれ。オイラ、この人についてくことにするわ」
「……は?」
疑問の音は、重戦士ではなく私の口から出たものだった。
この男は今、「私の旅の同行者になる」と言ったのか? 何故? どんなメリットがあって?
「いやさ。あんた自分では気づいてないのかもしれないけど、相当な世間知らずだぜ? 危なっかしくて放っておけねえよ」
「……俺のどこが世間知らずなんだ。あいにくと、国を出てから外の常識も学んでいる」
「まずその格好で男のふりができてると思ってること。悪いけど最初からあんたが女だって気付いてたぜ。なんか事情があるんだろうと思って黙ってたけど」
なん……だと……?
「あと普通の人が知らないことを平気で話すところ。ちょっと頭回る奴なら「こいついいとこの出だ」ってすぐわかるぜ。……多分、旅始めたばっかのときの危機って、誘拐されたとかじゃねえの?」
バカな!?
「あとはまあ……自信満々な態度取ってる割に、不測の事態に素が出るところとか、可愛いとは思うけど危なっかしい。一人旅とか絶対無理」
嘘だろ……ジョータロー……(ジョータローって誰だ……)
次々と突き付けられる、何となく思い当たる節のある事実の数々に打ちのめされる。……私もまた、都合の良い現実しか見ていなかったということか……。
「まあそんなわけで……この人はオイラがそばについて見ててあげないとダメだなーって思った次第です、まる」
「……仮に。仮に!だぞ。お前の言うとおりだったとして、俺の旅にお前が随伴する理由にはなっていない。目的はなんだ」
「……んー。まあ、その。これ言うのもうちょっとムードのあるときがよかったんだけどなー……」
もじもじと気持ち悪く悶えた後、ロイは顔を真っ赤にして私に告げる。
「一目惚れしました! 生涯お供をさせてください! あわよくば結婚まで行きたいです!」
「――遥かなる深淵より覗き見る者、仮初の瞳を……」
「おわあああ!? ストップストップ! それワイバーン倒したやつ!?」
すがりつかれ、私は構築しつつあった魔法を止める。いかん、私も気が動転してしまった。
深呼吸を数度し、気持ちを落ち着ける。わたしは しょうきに もどった。
「お前……正気か?」
「正気で本気で大マジだよ! こんな気持ちになったの初めてだよ! もう何も怖くねえよ!?」
いや最後の虚勢は本気で意味がわからんが。……こんな研究畑の愛想の悪い女が好みとは、趣味の悪い男がいたものだ。
ロイの気持ちは……素直に嬉しいと思っている自分がいる。だが、私の方がどう思っているかと言えば、今のところは何もない。
彼の人格が善性のものであることは十分に理解しているが、それだけで人を好きになれるというものではないだろう。研究一筋で恋愛経験ゼロの私でも、それぐらいはわかる。
「わた……コホン。俺はお前に対して特別な感情は持っていない。それでもついてくるというのか?」
「今のでますますついて行きたくなりました! オナシャス!!」
首が取れるんじゃないかという勢いでロイは頭を下げた。これは……嫌だと言ってもついてくるやつだ。言葉ではなく心で理解した。
諦めのため息。そして私は、最大限の譲歩をすることにした。
「あくまで俺の行先とお前の行先が一緒なだけだ。その過程で、行動を共にすることもあるだろう。……そのぐらいなら、目くじらは立てん」
「っしゃオラァ! やったぞオラァン!!」
事実上の許可に空を仰ぎガッツポーズを取るロイ。……いかん、なんだか可愛い動物に見えてきた。なんだこの……なんだこれ!?
未知の感覚に襲われ、困惑する私に、さらなる一手が迫る。
「そうだ! あんたの名前聞かせてくれよ! 終わったら聞かせてくれるって言ったじゃん!」
「いやそれはそっちが勝手に……まあ、名前ぐらいはいいか。俺の名前は……」
「待たれェい!!」
私が名乗ろうとしたところで、静観を保っていた重戦士の男が声を張り上げる。
この男の咆哮にはどうにも慣れず、思わず縮こまってしまう。フード越しだというのにそれを察したか、ロイが興奮した気がする。
私たちの会話からワイバーンへの警戒は必要ないと判断したようで、彼は私の方を見据えていた。
しばし無言の見つめ合い。そして彼は、大盾を地に突き立てて膝をついた。その姿は、まるで騎士の礼のようだった。
「その旅、儂も同行させていただく!」
「はあ!? ちょっと待てオッサン、あんたこの辺の連中の面倒見てる冒険者なんだろ! 離れていいのかよ!?」
「無論、よくはなかろう! が、問題はない! あとのことはかつての相棒に任せられる!」
まさかの丸投げである。怪我で引退したという話だが……この様子だとそこまで重症ではないのだろう。
「儂のような老人は、若人を導くことこそ本懐であると考えている! 国を失い道を失った年若い女子を見捨てて、戦士を名乗ることなどできようものか!」
「一応自分の面倒を見れるぐらいの歳ではあるぞ。……18にはなっていないが」
「17の少女が大人の助けなしで旅をしているというのか!? ぬううん、ますます見捨てることなどできぬゥ!」
いや、探せば私よりも若い旅人もいるんじゃないだろうか。少なくとも、ここまでの旅で一つ所にとどまれないこと以外で不便をしたことはない。
だというのにこの男は……はっきり言ってロイ以上に聞く耳を持たないだろう。もはや考える必要もない。
「この元騎士ベア・ガーデルマン、今は貴公を仮の主として、今一度騎士として立ち上がろうぞ!」
「オッサン元騎士だったのかよ。……ってか騎士の国って魔法大国との因縁が……」
「祖国などとうに捨てた! 民草を顧みず戦争に明け暮れる国に未練などないわァ!」
それぞれの国に、それぞれの事情がある。彼の国は軍事国家故の問題を抱えていたのだろう。
そう考えると、我が故国はよく今の今まで攻め滅ぼされなかったものだ。魔法を警戒されていたのか……あるいは実が熟すのを待っていたのか。
私が考えるべきことではない、か。事実を知ってどうなるでもなし。今問題なのは、このベアという男の申し出を断れそうにないということだ。
ロイに引き続き、私が折れるしかないのだろう。やはりため息が漏れる。
「ロイと同じ条件なら、付いてくるなとは言わない。……だがその暑苦しいのは、早々に何とかしてくれ。落ち着かなくてたまらない」
「むぅぅ。我が主の命とあらば、努力致しますぞ」
なんかもう勝手に主にされてるし。この数分で頭痛案件が重なりすぎて休まる暇もない。
三度目となるため息。……いい加減、私も名乗っておくか。
「俺……私は、ミリア・アールヴィナ・ステイタス。対外的には俺のことを……"ミタス"とでも呼んでくれ」
これは、私とロイ、お目付け役のベアの三人が、旅の果てに答えを見つけ、幸せに至る過程の物語である。
お題は「追放物」で「幸せ王子要素」。追及は受け付けません(現実逃避)
あと続きません(多分)