Memory'sOff ─Innocent Fille─ REMAKE 作:キラトマト
「いらっしゃい。今日はふたりかい?」
俺たちの様子を伺って、マスターは察してくれる。
「……ふむ」
「窓際の、とっておきの席に案内しましょう」
俺たちはそこに案内され、そこに座る。
「……」
「……」
俺たちの間に沈黙の時間が過ぎる。お互いに距離を測りかねている、と言ったといった状況であった。
「……」
俺は耐えかねて口を開く。
「……ごめん」
「……何を謝っているのですか?」
「この空気……かな」
「気にしなくていいですよ。わたしは待ちますから」
「……」
(なんていい子なんだ……!)
だからこそ、俺は話そうと思った。
「……聞いて、貰えるかな」
リーチや柚莉にも言っていない、正真正銘の秘密。
「他の人には、黙っていて欲しい」
「他の人……」
「俺と嘉神川さん、二人だけの秘密」
彼女が無言で俯いたのを確認すると俺は、ぽつりぽつりと話し始める。
────俺が中学からの記憶しか持ち合わせていないこと、倒れていた時の夢に出てきた男のこと、そして、歩道橋の上にいたその男がいたこと。最後に、俺の父さんのこと。
話をしながら、俺の気持ちが昂っていることに気が付いた。これはリーチにも話したことがない。自分の奥深くに隠していた、封印していた物を無理やり掘りおこす。そんなことをしてでも、俺の心は微塵も傷つかなかった。それは、俺の事を全て受け入れてくれるような、そんな翠色の瞳が、彼女の顔にふたつ、輝いていたから。嘉神川さんはそれに口を挟むこともなく、ただ静かに、頷いて聞いてくれた。
「結局、俺は、過去に囚われたままなんだ。父さんのことも、俺はまだ知ろうとしている」
俺は自分の話を締めくくった。
「……」
嘉神川さんは、しばらく考え込むようにしてから、少し躊躇いながら話を始めた。
「楠瀬さんのお父さんのことは、知りません、それに楠瀬さんの過去だって」
「……」
「……ん……でも」
「……でも?」
「その男の人、見ました。わたしも」
「……え?」
俺は、嘉神川さんの言葉に動揺してしまう。彼女の視線がいたって真剣なのが、より現実味を足していく。
「どこで」
「楠瀬さんが後ろを向いて、そのままその場に立っていた時です。気になったので、その視線の先を見ました」
「歩道橋の上、海陵の制服を着た女の子の横で、その男の人らしき人が立っていた……と思います」
「夢の……男だ」
「……かもしれません」
「違う、かもしれません」
「あぁ、……そうか」
「楠瀬さん」
「確かめに、行きませんか?」
「え……?」
俺はその突拍子もない提案に困惑する。
「今からもう一度、同じ場所へ。しばらく待っていれば、同じくらいの時間になります」
「……同じ……場所?」
「怖い、ですか? 確かめることが」
「そんな……ことはッ……!」
「……でしたら」
「ッ……分かった。行こう、嘉神川さん」
俺たちは席を立ってマスターに会計を頼む。
俺は店を出た後、嘉神川さんと一緒に西澄空へと向かった。
「あの歩道橋の上、でしたね」
「ああ。でも、嘉神川さんも見たなら、やっぱり……」
「楠瀬さん。それを、確かめに来たんです」
「……そうだったな。今更言うのもなんだけど、こんなことに付き合わせて、ゴメン」
「いいえ。わたしも気になるので」
これが気を使ってなのか、本心なのかは本人しか分からない。でも、今の俺には、そんなことは関係なかった。
俺と嘉神川さんは、コンビニ前のベンチに腰を下ろして無言のまま待ち続けた。
────日が沈んでゆく。人通りも少なくなってきた。しかし、彼の姿は現れない。やっぱり……いや、嘉神川さんだって見たんだ。そんな中、嘉神川さんは声を上げた。
「ふぅ……」
「なにか飲み物、買ってきます」
「ああ。というか、もう遅いし────」
「帰りませんよ?」
その時の嘉神川さんは、いつもよりも、ずるい様に見えた。
「……わかった」
嘉神川さんは他にも買い物があると言って、目の前にあるコンビニではなく向こう側のスーパーへ向かったまま、まだ戻らない。
一人になった俺は、万が一あの男が現れた時に見失わないように、集中した。
「────ッ!!」
歩道橋の上を向いていると突然、あの男と、そしてその前にはあの時もいた女の子が現れた。
その男は女の子に手を伸ばす。女の子はそれに気付いていないのか、動く気配はない。
「待っ────」
俺は気持ちがはやり、足がもつれてしまう。そして慌てて立ち上がり、歩道橋の上を見ると、先程までいた二人が見えなくなっていた。
「向こうです! 楠瀬さん!」
「なに?!」
嘉神川さんがモノレール沿いの道の方を指さしていた。
その先には────
「?!」
逃げるように走る海陵の制服姿、そしてそれを追うように走る男の後ろ姿があった。
あれは間違いない……!
俺はそれを追いかける。
────追いかけた先には、その場で倒れ込んでいる海陵制服と、それ前に立っている男がいた。これは……
「嘉神川さんッ、スマホ、持ってる?!」
俺は自分の懐にスマホがないのを確認すると嘉神川さんに聞く。
「はい……!」
嘉神川さんはスマホを取り出して、110番に電話をしようとする。──だが、彼女がスマホを取りだしたのを見ると男はその場から走り去っていった。俺はアイツを追うかどうか迷ったが、結局その女の子を助けることを優先した。
「大丈夫か?!」
俺はじっくりと観察してあることに気がつく。
「────って!? り、リーチじゃねぇか?!」
「え……?」
隣にいた嘉神川さんが困惑の声を上げる。
「お前……女装────」
「違うよ?! まったく、ルイったら、勘違いするなんて」
結局俺たちは、男を捕まえられず、ただリーチが危険な目に遭っただけの結果に終わった。リーチはその女装していた女の子に面識があったみたいだが、俺にそんな記憶はなかった。だから、俺は適当に話を合わせて気付かれないように努力した。
嘉神川さんは、成果がなかった俺の事を決して責めるようなことはせずにただ、「楠瀬さん、いるってことが分かっただけでいいじゃないですか」と、励ましかどうかも分からない言葉を俺に掛けてくれた。