Memory'sOff ─Innocent Fille─ REMAKE 作:キラトマト
「さっきから思ってたけどさ、今日のルイ気持ちわりーぞ」
昼飯を食べている最中、リーチが突拍子もないことを言ってくる。
「うっせ。……別にいいだろ」
「まぁね。でもルイがそんな顔になるところ、初めて見たからさ」
「そうなんだ。嘉神川さんのこと、幸せにしてやれよ」
リーチのその冗談とも、本気ともとれる言葉に俺は動揺してしまう。
「バッ……そんな関係じゃ……ない……まだ」
「ふ~ん、"まだ"か」
「別にいいだろ!」
そんなわけで、俺は嘉神川さんと浜咲で待ち合わせることにしたので、学校が終わるとすぐにそこまで走って向かう。
「はぁ……はぁ……」
俺がスマホで時刻を確認すると、約束の30分前だった。
────体感で10分ほど待っただろうか。それくらい経ったぐらいで、嘉神川さんがやって来た。
「すみません……待たせましたか?」
嘉神川さんが謝罪の言葉を述べてくれる。
「いや? 今来たところだよ。それに、約束の時間より早いんだし」
俺は嘉神川さんに心配させまいと、嘘をつく。恐らく嘉神川さんも分かっているのだろうが。
「それじゃ、ちょっと早いけど行こうか」
実は待ち合わせを決めた後、『今日は芦鹿島に行ってみよう』と、ちょこを交わしていた。芦鹿島はここから歩いて行ける距離にある観光地だが、俺は今まで行ったことがなかった。
芦鹿島へは、長く大きな橋を渡る必要がある。潮の香りを肌で感じながら、嘉神川さんと歩調を合わせるように、少しゆっくりと歩く。最初は肌寒いかと思っていたけれど、歩いているうちにすぐ、そんなことは気にならなくなっていた。それよりも、こうやってふたりきりで歩いていると……どうしても、隣の彼女のことが気になってしまう。
「嘉神川さんは、芦鹿島はよく行くの?」
「いえ……まだ一度しか。観光地って、地元に住んでる人はなかなか行きませんよね」
「確かに」
地元の人にとっちゃ、日常の風景だし、どちらかといえば他所から来た人が集まる所だ。
友達や、彼女と一緒でもない限りは……。
「楠瀬さんは、初めてなんですよね」
「うん。一度は行ってみようとは思ってたけど、一人で行くのはなんか……さ」
「誰かと一緒に────」
俺は途中で失言をしかけたことに気が付いて無理矢理話を切り替える。
「ってぇ、そうじゃなくて、今日は俺のことはそんなにどうでもよくて……嘉神川さんへの誕生日プレゼント探しが目的だから」
危ない危ない。誰かと一緒に行きたい、とかそんな小っ恥ずかしいこと、嘉神川さんに言うところだった。
「でも、本当にそんなの別に……こうして一緒にいるだけで……」
嘉神川さんのそんな言葉に、俺の心拍数が上がった……気がした。素直にそんなことを言ってくれるのは、本当に嬉しい。
……でも。
「いや、そういうのはダメだってリーチにも寿奈桜ちゃんにも怒られた。大丈夫、お金のことは気にしなくていいから、さ」
「はあ……」
何故か嘉神川さんがため息をつく。
芦鹿島に渡ると、思った以上に多くの人が集まっていた。お土産屋さんや名物の飲食店なども賑わっていた、あちこち行列が出来ている。
「平日のこの時間でも、結構混んでるんだね」
「外国からの観光客が多いですね」
嘉神川さんの言う通り……
「言われてみると……お年寄りか外国の人が多いな」
ツアーなどの団体客も多いのだろう。時々、小さな旗を掲げたガイドさんのような人も見かける。
「それにしても……」
「しらす丼にしらすコロッケ……は分かるけど、しらすソフトクリームやらしらす饅頭。いくらしらすが特産でも、何にでも入れすぎじゃないか?」
「でも美味しいですよ、コロッケ。買ってもらっていいですか?」
そう言って微笑まれて、断れるわけがない。俺たちは数人並んでいた、しらすコロッケの列に並ぶことにした。しかし……
「ちょっと待って、……一応言っておくけど、これは誕生日プレゼントじゃないからね?」
「……分かりました」
嘉神川さんは少し残念そうな表情をし、その後に俺に対して少しの笑みを向けてくれた。
────無事にコロッケを買うことは出来た。出来たのだが……
「ラスト一個……か」
「いいですよ、楠瀬さん、上げます」
そう言って嘉神川さんは丸々一個俺に差し出そうとしてくる。
「いや、いいよ。第一、今日は嘉神川さんのために来たんだから、さ」
「……では、これがプレゼントということでいいのですか?」
少し意地悪な笑みを浮かべて嘉神川さんは言う。
「い、いや、じゃあさ、半分こにするっていうのは」
俺は差し出されていたコロッケを手に取って半分に割る。
「……仕方ないですね。これで勘弁してあげます」
嘉神川さんは少し笑ってそう言う。
そして嘉神川さんが半分のコロッケを受け取る。俺たちは、特に座る場所などもなかったので、マナーがなっていないとは思いながらもそのまま歩きながら頬張る。
……うん、なかなか美味い。外はサクサク、中のしらすは少ししょっぱく、食感も面白い。俺はそんなテレビに出てくるグルメリポーターのような感想を心の中で述べていると……
「あふっ……」
嘉神川さんは熱さからか、むせ返っていた。
「大丈夫?」
「あ、私のことより、気をつけて……!」
「え?」
何に? 俺はそうやって頭の中で思考をグルグル回しているところだった。
「わっ!?」
何かが上空から、俺のコロッケを持って飛び去った。
「この辺、トンビが多いんです。油断していると、食べてるものを持っていかれます」
「さっき看板にトンビ注意とはあったけど、本当なんだね……」
「というか、持ってかれちゃったな……」
俺は再度買いに行こうとするが、もう売り切れであることを思い出す。
「……あげますよ? 楠瀬さんがお金を出してくれたんですし」
「いや、でも悪いよ……」
「全部とは言ってませんよ? はい」
そう言って嘉神川さんは半分の半分を手渡してくる。
「……うん。ありがとう」
俺は感謝の言葉を述べると、感謝の念を込めながら一口で口に入れる。
「……」
「ん? 今なにか言った?」
「……いえ」
嘉神川さんが少し顔を赤らめている気もするが、気のせいだろう。
「はぁ……はぁ……」
「あの、大丈夫ですか?」
俺たちは観光客で賑わう通りを抜けて、見晴らしが良さそう島の頂上を目指していた。しかし……余計なお金を使いたくなかったのと、ここの階段を甘く見たのが、運の尽きだった。
わざわざ有料のエスカレーターがある時点で気付くべきだった。そんなものがあるほどぐらい、階段が長くキツイということを。俺は、瞬発力はそれなりにあると自負しているつもりだが、持久力は人並み以下と自覚していた。していたつもりなのだが……
「あ、あぁ……ごめん。嘉神川さんは平気なの?」
「はい。わたしの方が、楠瀬さんよりちょっぴり若いですし」
たった一年だろ、というツッコミは胸の奥にしまっておく。
「これは若さの問題じゃないような……素直にエスカレーターに乗ればよかった」
「……せっかくですから、展望台も見ていきますか?」
「階段……じゃなければ」
展望台の上は、日が暮れて寒くなってきたせいか思ったより人が少なかった。
「結構高いな……風も出てきたし、寒くない?」
「はい……」
「もう少ししたら、完全に日が落ちて夜景が綺麗なのかな」
「でも、今も十分綺麗です」
そう言って彼女は、遠く海の向こうを見つめていた。そんな自然な仕草が、思わず見惚れるほど……絵になっていた。
お前はいつでも最高に綺麗だよ。……とは、さすがに言えない。でも……もう少し、彼女と近づくために……。
俺はこの前の信さんの言葉を思い出す。
『いや、この呼び方ってのが──』
『距離感がだいぶ変わってくる』
『例えば……ルイは今、ノエルちゃんのことも名字で呼んでるだろ?』
『思い切って名前で呼んでみたらどうだ?』
(よし、言うなら今だ!!)
俺は嘉神川さんに半歩程近づいて声をかけてみる。
「あ……あの……嘉神川、ノエルさん」
……ミスった。
「……え?」
キョトンとした顔をされてしまった。当たり前だ。なにか誤魔化せるものは……あれだ……!
「あ、い、いや……そこにさ、ネームを入れてくれるキーホルダーが売ってる……ね」
「……じゃあ、それがいいです。お誕生日のプレゼント」
状況を誤魔化すつもりで言ったそんな言葉、グッズに、思いがけず嘉神川さんが食いついた。
「え? でも……」
「それがいいです」
にっこりと微笑む嘉神川さん。
少なくともこの場には、その笑顔を否定できる者はいなかった。
「……わかった。記念にもなるしね」
キーホルダーはこういった観光地ではよく見かけるもので、最初に名前を入力すると機械が自動でそれを彫ってくれるというものだ。
NOELLE
彼女の名前を刻むと、俺はそれを手渡した。すると……
「次はわたしが」
どうするのかと見ていると、嘉神川さんは俺の名前を入力し始めた。
KASANE
そう刻まれたキーホルダーを手渡される。
「交換しましょう。お互いの、お守りに」
「そういうことか……うん、そうしよう」
俺は嘉神川さんの、嘉神川さんは俺の名前の入ったキーホルダーを手にした。なんだろう……ただ、それだけのことなのにとても嬉しい。
────それは、嘉神川さんも同じようだった。その華奢な指先で、キーホルダーの名前が刻まれた部分をそっと撫でていた。最初はこんなもので……と思っていたけど、彼女がこんなにも喜んでくれているようで、俺の気持ちは天にも昇る勢いで舞い上がった。
「それじゃ、そろそろ降りようか。寿奈桜ちゃんがタコせんべい買ってきてくれってさ」
「あ、それ知ってます。美味しいんですよ。わたしも家に買って帰ります」
「なんだか、あっという間だったな……今度、休みの日にまたゆっくり行こうか」
「はい。今度はしらす丼食べましょう。あと……ちゃんとエスカレーターも使って」
う……それを言われたら、なぁ……。
「そうだね。あ……しらすと言えば、帰る前に猫の方のしらすに会ってみようか」
「はい」
……? スマホが震えたので見てみると、リーチからのちょこが来ていた。
{これから遊びに行っていい? }
{というかもうモノレール乗ってる}
{というか次、西澄空}
「相変わらず勝手なやつだな……」
俺が愚痴を吐くと、心配そうに嘉神川さんが顔を覗き込んでくる。
「どうかしましたか?」
「いや、実は……」
俺はリーチから来たちょこの内容を伝えた。
「でしたら、今日はここで」
「でも、送っていくつもりだったのに……」
「大丈夫ですよ。今日はもう十分、楠瀬さんと一緒に過ごせましたから」
「楽しいことも腹八分目がちょうどいい……と、信さんが前に言っていました」
「はは……じゃあ、さ」
「?」
「一回リーチに話つけてからもう一回来るからさ、先にしらすによろしく頼むよ」
「はい、それでは」
「じゃあ、また後で」
俺は全速力で家に帰ってから、リーチに速攻で話をつけて、家にいておくように、と釘を刺しておく。