Memory'sOff ─Innocent Fille─ REMAKE 作:キラトマト
ふぅ……どうしたものか。嘉神川さんからは連絡が返ってこないし、何の手がかりも得られないままだ。っと、忘れていたが、俺は記憶を取り戻したのだった。────それは、昨日の夜。
業火に焼かれる一軒の家屋。その中で俺は、ある少女のことを助けられなかった。その少女の名前は────琴里。だが、彼女は生きていた。俺の叔父はその事を隠していた。そして、それを知った父さんが止めようとしたが、俺の目の前で殺された。そのショックによって俺は記憶を失ってしまった……らしい。
勿論、俺はそれを言うつもりは無いし、聞かれても答えない。でも……彼女なら……
そんなことを考えていると、電話がかかってくる。知らない番号からだ。番号の頭には、+33とかかれている。日本ではまず見ない番号、ということはつまり、海外からの着信。と、なれば、自ずと正体は見えてくる。
「嘉神川さん?」
「え、あっ、はい! 嘉神川ですが」
しかし、電話の主は嘉神川さんではなかったようだ。
「……あ、なるほど。ごめんなさい。楠瀬さんですか? 私、嘉神川クロエといいます」
クロエ……あぁ! 誕生日パーティーのか。
「もしかして、かが……ノエルさんのお姉さんですか?」
『ノエルさん』と改めて口にしてみて、少し気恥しさを覚える。
だが、今はそんなことは関係ない。
「ふふっ、がっかりさせちゃいましたか?」
いたずらっぽい声に耳をくすぐられる。
「ごめんなさい。でも、あなたと一度お話をしてみたかったの。少し、お時間頂いてもよろしいかしら?」
「はい、問題ありません」
無論、イエスに決まっている。わざわざ俺に連絡してきたということは、嘉神川さんに関わることで間違いないだろう。
「良かった」
クロエさんは言葉を続ける。
「では、さっそくなので……スマホの画面に『ビデオ』というアイコンがあるでしょ? それと、『音声』というアイコン、タップしてみて?」
マイクのアイコンと、カメラのアイコンをタップする。……これでいいのか?
「もしもーし。見えますか?」
画面に、誕生日会の時に少し見た、嘉神川さんを大人にして……もう少し明るくしたような女性が映し出された。俺に向かって、画面の向こうで手を振っている。そして、その涼やかな声がスピーカーから発される。
「は、はい……見えて、ます」
「あら、眠そうな顔ね」
……言われないだけで皆もそう思っているのかもしれない。
「顔を見ながら、お話しましょ」
面と向かって、って、画面越しなんだけど、そう言われると恥ずかしい。
「……分かりました」
俺は少し声が上ずった気がする。
「まずは、先日のノエルの誕生会。ありがとうございました。あなたが準備してくれたのでしょ?」
「あ、はい……皆で協力しましたけど」
確かに配置等は俺が考えたが、設置をしてくれたのは皆だ。俺一人の力というには大袈裟かもしれない。
「あの子が、日本でも友達を作れたことが分かって、嬉しかった」
そうか、その辺のことも、嘉神川さんはお姉さんに話していたのか。
「だから、安心していたのに────」
クロエさんの声が沈む。
「……」
嫌な沈黙が流れる。けれど、今は戸惑っている場合じゃない。俺は思い切って話を切り出す。
「あの……嘉神川さん……ノエルさんは、今」
「あの子、今は随分と弱ってしまっているの」
「……」
やはりいじめ……いや、もっと残酷ななにか、それのせいで間違いないだろう。そう、思ったのだが────
「鍵の掛かった部屋は安全なの。誰も入ってこないし、出て行く必要もない」
意図は分かる。確かに、出会ったばかりの彼女は、寿奈桜ちゃん以外に誰も寄せ付けない壁を作っていた。
……でも、いつの間にか、それは無くなっていた……気がする。
「でも、その鍵を開けて入ってくる人がいたら……」
クロエさんが目を細める。
「俺が……余計なことをしてしまった、ですか?」
「あの子はね、そんなに強くないの。……言っていること、分かっているかしら」
分かる……分かるけど……!
「ノエルさんは、初めてあった時よりも笑顔が増えました。俺は……良かったと思って、いました」
「そうね……それは、確かにあったのかもしれない。でも、あの子はこう言ってたわ」
「『大事な人が出来て、それで、気付いたこともある。楽しいこと、嬉しいこと、それから……、つらいこと、悲しいこと』って」
そして、と話を続けるクロエさん。
「今そのつらいことがあの子を塗りつぶしてしまった」
いじめが、問題の本質ではなかった。寿奈桜ちゃんのせいでもない。嘉神川さんが消えたのは────
「俺の、せい。俺が、選択を誤ったから」
俺が、彼女を変えてしまった。
「それは、今はまだ分かりません。だから責めているわけではありません」
「でも鍵を開けた人には、相応の責任はとって欲しい……かな」
責任……責任、か。俺にその資格は、あるのだろうか……。
「お願い出来るなら、またあの子の状況を連絡しますね」
出来る、とかじゃない。出来なければ最悪……彼女を喪ってしまう。もう俺は、手が届くのに、それなのに放すのは、二度とゴメンだ。
「分かりました。お願いします」
絶対に、嘉神川さんは、俺が護る……! これは約束なんかじゃない、誓いだ。二度と、大切な者を喪わないための……!
学校から戻った後、日が暮れる頃に約束通りクロエさんから電
話がかかってきた。
「それであの子、朝起きて来てもまだ寝ぼけてて。日本にいるつもりで『学校行かなくちゃ』とか言い始めたりして」
……可愛い。
「かと思えば、ライトの紐……ほら、あのぶらさがってる紐。あれをぺしぺし叩いてたり」
今これが、誰とも話していない状況なら可愛さのあまり……寿奈桜ちゃんみたいで使うのは躊躇われるが、キュン死していたところだった。
「やっぱり、ちょっと心配になるわ……」
「不安定……なんですね」
「この端末だって、そう。気にはしてるみたいだけれど、触ってはいない。そんなに気になるなら、見ればいいのに」
「そう……して欲しいと思っています」
でも、気にしてくれてるってことは嬉しかった。
────それからしばらく、俺はフランスでの嘉神川さんの様子を聞いた。しかし、それだけでは留まらず、小さい頃の話などに移っていく。昔から見た目は本当にお人形さんのようだったとか、意外とおてんばだったとか、よくイタズラをして怒られていたとか……。
そこには俺の知っている嘉神川さんとは違う、おそらくは"本来の彼女の姿"があった。……俺も見てみたい。本当の彼女を。
そういう風に思うくらい、俺は嘉神川さんに惹かれていた。
「ということで、ノエルはやはり可愛いと思いませんか。天使と言っても過言ではないわ……はぁ、愛らしい。正直日本に返したくないのだけれど?」
「あの、それは……」
それは困る。が、俺のせいでこうなったというので、素直にダメとも言えない……。
「それで、思ったのだけれど……楠瀬さんがこっちへ、ストラスブールまで?」
プランBが提案されたが、否定せざるを得ない。少なくとも、今の俺には。
「……難しいです」
「あら……不可能だとは言わないのね?」
言わない。言いたくない。
「でも……学生なので金銭的な問題があります。勉強もしないといけないので、バイトもなかなか難しくて」
トクトク制度によって北海道からこっちに来ていることを、簡単に説明した。品行方正さや、スポーツ、成績の向上が他の人より求められる。勝手に休学したり、不登校なんてのは以ての外だ。
「それでも、困難は乗り越えるためにある。乗り越えた先にこそ、真実の愛がある。そう思いませんか?」
「……っ、否定はしません。ただ────」
言葉を終える前に、向こうからスマホがぶつかる音と、クロエさんの悲鳴が聞こえてきた。
「きゃっ!」
「おねえちゃん!」
……!? 今、嘉神川さんの声が聞こえてきたような……。
「あ、ノエル」
「おねえちゃん、勝手なことしないで!」
久しく聞いていなかった彼女の声は、明らかな怒気をはらんでいた。
「ノ、ノエル落ち着いて! あっ、ごめんて! 謝るから! でもね、お姉ちゃん────」
「聞かない! 裏でコソコソ……わたしがそういうの嫌いだって知ってるくせに!」
裏でコソコソ……か。嘉神川さん……分かるよ……。
息を飲んでふたりのやりとりに耳を傾けていると、スマホを拾う音がした。
「……楠瀬さんですよね」
「……ああ」
「わたし、怒ってます」
「……ごめん」
嘉神川さんの言葉に、俺は正直に謝る。
「わかってます。心配してくれていたんだって……でも、不愉快です」
彼女の剥き出しの苛立ちに、俺は画面の向こうで頷くことしか出来ない。
「わたしの知らないところで、わたしの姉と連絡を取っている……これってつまり、わたしのことを信じてくれてないってことですよね?」
「違うッ」
勿論信じている。でも、嘉神川さんの状況ぐらいは、知りたいじゃないか。
「……知っています。今のは八つ当たりでした。ごめんなさい……。わたしだって楠瀬さんに会いたいのは同じでした、でも……」
「同じ……か」
今はそんな言葉だけでも、心が安らいだ。
「それは……いいえ、違います。そういうことではなく……違わないけど、会いたいのはナオちゃんも……。それは楠瀬さんだけじゃなくて……」
嘉神川さんは言葉に詰まってしまう。
「ああ……もうっ」
「Je perds completement mes moyens」
「……」
なんと言ったのかは、分からない。でも、ニュアンスから大体の意味は察することはできた。
……俺は、彼女にとって必要な人間なのだろうか。
逆に……いや、それは考える必要は無い。彼女は、俺にとって必要な存在、いつの間にか俺を形作るなにかの一部になっていた。今更だが、分かってきた。俺が黙っていると、嘉神川さんが静かに問いかけてきた。
「ひとつ、聞いてもいいですか」
勿論イエスだ。
「もちろん」
「楠瀬さんは私に、どうしてそこまで……」
どうして……か……。
それは今この場で、遠く離れた場所から伝えてもいいのか。正直、俺の中でもまだ結論には至っていない。俺は、過去にも選択を誤って大切な者を失った。それは、忘れても忘れても思い出す、過去の幻影。もちろん、伝えたい。俺の気持ち、想い。でも、それを口にした途端に全てが変わってしまう可能性、恐怖。
血塗られた過去を、全て覆い被さってしまうような。
それは、本当に正しいことなのか。
今、彼女に伝えるべきことは……。
「みんな心配してる。寿奈桜ちゃんも、信さんだって」
「みんなが……」
「それに……」
今、言うべきなのだろうか……?
「……ふふっ」
嘉神川さんが急に笑い出した。
「そこでナオちゃんの名前が出てくるのって、ふふっ、酷い人です。もう……楠瀬さんらしいですけど」
(あの……信さんは……?)
「すみません。意地悪なことを聞きました」
「楠瀬さんの気持ち、分かります……わたしも、きっと同じですから」
同じ……同じ?!
「元々、試験前には戻るつもりでした。みんな騒ぎすぎです」
「……ひとりになりたい時って、あると思います」
「……分かるよ」
俺にも分かる。
「一応、気にしてくれていたことには……感謝します」
と、そこへクロエさんが乱入してくる。
「つまり、私も許されたのかしら?」
「許さないよっ」
勢いよく叩く音が聞こえる。
「楠瀬さんも、日本に戻ったら覚えていてください」
「じゃあ、すぐに戻ってくるんだね?」
また、クロエさんが割り込んでくる。
「ええ~!? 許してノエル、お姉ちゃん心配で心配で心配過ぎで昨日だってノエルのために────」
「離れてよっ」
「ゆ~る~し~て~!」
分かりきっていたことだが、クロエさんは生粋のシスコンのようだ。リーチと同じで。
「は~な~れ~て~! ああっもうっ! それでは楠瀬さんさよならですっ」
釈然としないまま、通話が切れた。
「覚えていてください、か……」
だったら、捨てられたらしいキーホルダー、また一緒に買いに行くか。なにより、俺は彼女の声が聞けたことが、最高の喜びだった。