Memory'sOff ─Innocent Fille─ REMAKE 作:キラトマト
翌日、嘉神川さんからは再びちょこが届くようになった。当たり前のことだが
「こんなに嬉しいことはない……か」
相変わらずスマホの入力は苦手だけど、なるべく早く返すようにした。
{今、空港です}
{これから飛行機です}
このメッセージを見た瞬間、俺の心は弾け飛んだ。
{飛行機か}
{国内しか乗ったことがない}
{そうなんですか? }
{北海道でも遠く感じるのに}
{フランスとか}
{テレビの中の話みたいだ}
{確かに遠いですけど、少し寝たり}
{映画や本を読んでいれば着きますよ}
{そういうものか}
{そんなものです}
{でも、ちょっと}
{早めに来すぎました}
{そうそう}
{きちんとお詫びをしてませんでした}
メッセージの流れが早くて追いつけない。
{?}
{楠瀬さんが心配してたのもわかってます}
{気を使ってくれてたのもわかってます}
{ごめんなさい}
{気にしなくていい}
{帰ってきてくれるだけで、それだけで}
{それと}
{ナオちゃんから何か聞いているかもしれませんが}
{気にしなくて大丈夫です}
{そうか}
{では、飛行機乗ります}
{日本で待ってる}
……寿奈桜ちゃんから何か聞いている、か。
「なんでも、お見通しだなぁ……」
恐らく、いじめに関してだろう。自分で何とかするから、それでいい。周りに負担をかけたくない。でも……
「嘉神川さんの負担は、どうなんだよ……」
やはり、放っておくのは出来ないから、俺は寿奈桜ちゃんとのちょこを開き、嘉神川さんの事情を説明する。
「ルイルイ、ちょっと相談が」
「嘉神川さんとの、待ち合わせの時間か?」
「そうじゃなくて……それもあるけど、ちょっと違う」
部屋にやてきた寿奈桜ちゃんは、誰が見ても泣いていたとわかるぐらいに目が腫れていた。彼女は嘉神川さんのフランス行きの理由を『おばあちゃんの危篤のため』と信じていた。のだが、本当の理由はいじめや、第一には俺との交流が問題だった。……だから俺は、彼女を守るために寿奈桜ちゃんに協力を仰ぐことにした。だからそのために、事情を説明したのだ。
ちょこで、彼女は納得してくれたようだった。……だったら、先程の相談、というのはなんなのだろう?
「あのさ……もうすぐ、クリスマスだよね」
「あ、あぁ、そうだったな」
「でさ、ウチの学校、『クリスマスの集い』って行事があるんだ」
俺は相槌を打ちながらその話を聞き続ける。
「生徒は強制参加じゃないけど、当日は一般開放もするから実行委員会とか決めて、飾り付けとか色々準備もしたり……ウチの学校、ミッション系だからね、ミサとか読み聞かせとか、合唱とかなんだけど」
話の流れから、大体は察せられる。
「その、嘉神川……そのクリスマス実行委員に……されちゃった」
つまり、嘉神川さんはここしばらく学校を休んでいたせいで、『ん? 誰もいないのか。じゃあ休んでる奴……』『嘉神川で良くね?』『それな!』なんてやり取りがあったのだろう。
「これって……さ。嘉神川、帰ってきても絶対にまた……」
「まずいな……」
「……うん」
どうしたものか……。女子高だぞ? そんなところ入れるわけが無い。かといって寿奈桜ちゃんに全部任せる、というのも難しいだろう。
……ずっと考えてみたものの、最善策は浮かばなかった。
誰かに相談してみるか……。出来れば信さんには知られたくないし、兄さんはそもそもどこにいるか分からないし……
「こんな時間にどうしたんだい? ルイ」
俺はリーチに頼ることにする。
「リーチ……悪い、頼みがある。実は────」
「嘉神川さんのことだね?」
……相変わらず、話が早いとかそんなレベルじゃないくらい理解が早い。
「……どうして分かったんだ?」
だが、当然疑問も湧く。いくら親友とはいっても……
「ルイが僕に何か頼み事をしようとする。それはつまり、誰かが困っているということだよね。ルイは、いつまでも自分より周りを優先しちゃうから」
言われてみればそうかもしれないな。
「まあ、それ以前に、嘉神川さんのことでルイが悩んでいること、実は知っていたんだ。むしろ、相談してくれるのが遅いと思ってたよ」
……俺はリーチに、今の状況と、そして打つ手がないことを伝えた。もちろん、リーチといえど具体的な案が浮かんでくるとは思っていなかった。ただ、聞いて欲しかったという面もあったのかもしれない。だが……
「先に言っておくけど、難しいと思うよ? 分かってるだろうけど、いじめというものには、周囲の環境や本人の問題が複雑に絡んでいる」
「それに、何かをしたところで、余計に彼女が傷付くことだって、ルイが傷つくことだってあるかもしれない。ただの自己満足に終わる可能性だってある。それなのに────」
「いいんだ。それで」
俺はリーチの言葉を遮った。俺のリスクなんてどうでもいい、ただ、彼女に何かしてやれるなら……
「逆に、自己満足のためだって割り切った方が、彼女の負担も減らせる」
俺のその言葉に、リーチは分かっていたぞ、といった風に口を開く。
「まぁ、ルイならそう言いそうな気はしてたけど……それでも今回は、愛かな?」
「それは……今はまだ……だと思う」
「まだ、ねぇ……ってことは、可能性はあるってことだろ? ルイが新しい道を見つけて、また一歩前に踏み出そうとしている。そういうことなら、僕も全力で協力するしかない。親友だからね」
ホント、いい友達を持てたな。俺って。
「ありがとう、助かる。それで……何か妙案はあるのか?」
「すぐには思いつかないけど……とりあえず、少し時間を貰えるかな」
「……分かった」
そして深夜、帰国した嘉神川さんから短いちょこが届いた。
{ただいま}
{おかえり}
{また明日}
{うん。また明日}
今日から、嘉神川さんのいる日常が戻ってくる。そう思うと、駅へと向かう足も自然と早まった。それは、寿奈桜ちゃんも同じだったようだ。寿奈桜ちゃんには『いつも通り、自然に迎えてあげよう』と話している。だったのだが……
「嘉神川~! ほんとに良かった!! ウチ、ウチ……もう戻ってこないかもって!」
嘉神川さんに飛びつく寿奈桜ちゃん。
「な、ナオちゃん、おっきな声出さないで……。その、迷惑かけたのは……わたしの方だし」
「ううん、そんなことないよ……だって、友達なのに!」
寿奈桜ちゃんはとうとう泣き出してしまった。
「嘉神川~! ごめんね~! ホント、ウチ! もぅ~!」
まったく、黙っていようといった話も関係なくなってるな。
なんて声をかけようか迷っている、そんな最中、ふと嘉神川さんと目が合った。
「……」
久しぶりの嘉神川さんの笑顔というのは、とても破壊力のあるもので、考えていた言葉が全て吹き飛んだ。
「……おかえり、嘉神川さん」
俺はそれだけしか言えなかった。だが、これで良かったのかもしれない。無駄に長い文よりシンプルに。
嘉神川さんの目を見ると、以前のような輝きを取り戻していた。何かの決意をしたような、とても芯の通った透き通った、そんな輝きであった。
「そ、それで、おばあちゃんは大丈夫だった?」
どうやら寿奈桜ちゃんはまだ信じているようだ。その言葉に嘉神川さんも動揺をかくせていない。
「え?」
「え?」
ふたりが聞き返している。
「……ナオちゃんって、本当にいい子だよね」
次に驚いたのは寿奈桜ちゃんであった。
「……ええ!? なになになに!?」
「ううん。ナオちゃんと友達で良かったなって」
その言葉を聞くと、再び寿奈桜ちゃんは嘉神川さんに抱きつく。
「ウチもだよ~!」
「わっ!」
「もー! こっちも大変だったし! ルイルイ、嘉神川がいなくってから、おかしくなっちゃって……」
……そこは、話さなくても良くないか? とは思ったが、それよりも俺が蚊帳の外なのが腑に落ちないんだよな……。
「そ、そう……なんだ」
だが、その考えも嘉神川さんの少し嬉しそうな声で上塗りされる。
「最初は平気そうだったのに、どんどんボヤーって! もー、勉強してても全然集中してないし、スマホばっかいじってるし……ウチ、見ちゃったんだ……」
そういえばそんなこともあったな。志摩家で勉強会。
「な、何を?」
恐る恐る質問する嘉神川さん。
「ルイルイ、スマホ留学のこと調べてるし。ウチ、ルイルイまでフランスに行っちゃうんじゃないかって、不安で不安で……」
「え……?」
「あいたっ!」
俺は慌てて寿奈桜ちゃんを嘉神川さんから引き剥がす。
「余計なことを言うなよ……」
「ご、ごめん……でも、ホントにルイルイ、顔ひどかったし……」
顔ひどい、って……普通、『顔色が』だろ……。
「ふふっ」
そんな俺たちのやりとりを見て、嘉神川さんが微笑んだ。
「本当に……楠瀬さん、ナオちゃん。心配かけてごめんなさい。これからも、よろしくお願いします」
差し出された右手に、俺と寿奈桜ちゃんの手が重なる。俺たちは微笑みあい、歩き出した。