Memory'sOff ─Innocent Fille─ REMAKE 作:キラトマト
────その日、俺は夢を見た。とてもとても辛い夢。大切な人が目の前で死んでしまう夢。そのせいで、朝の目覚めが悪い。
「はぁ……」
携帯を見てみると、リーチからメールが来ていた。
〘午後から柚莉のステージがあるから遅れないように〙
(とりあえず朝飯食べたら出かけよう。生活用品の買い出しもしないと)
──モノレールに揺られ、浜咲までやって来た。ここなら定期も使えるし、周辺に店も多く、買い物には都合がいいらしい。
確かに、休日とはいえまだ午前中なのに駅前には人も多く、賑わっている様子が伺えた。そんなことを考えていると、なにか怪しげな会話が聞こえてくる。
「ねぇ、いいでしょう? 悪いハナシじゃないんだから」
声の方を向いてみると、嘉神川さんが知らない女の人と話しているのが見えた。
「……」
「貴方にとってもチャンスだと思うの。わたし、こんなことで嘘なんてつかないわ」
段々と嘉神川さんが後ろに下がっているのが見てとれる。
(嫌なんだろうな)
今日は寿奈桜ちゃんも一緒ではないようだ。
このまま放っておくのも気分が悪い。
俺がそんなことを考えていると、寿奈桜ちゃんを含む同じ制服を着た生徒たちの一団がやってきた。
(ま、後はあの子らに任せるか)
そう思い、その場を過ぎようとしたときだった。寿奈桜ちゃんはまるで嘉神川さんから目を逸らすかのように一緒にいた生徒たちとそのまま駅のほうへと行ってしまった。
「はぁ……しょうがねえなぁ……」
俺はそう呟き、二人の方へと歩いて行く。
「あの……ちょっといいですか」
「……何?」
「…………!」
女の人と方は怪訝そうな目を、嘉神川さんは驚愕の目をこちらに向けてきた。
「その子、見ての通りまだ学生です。お金とか、そんな持ってないですよ」
「え? え?」
女の人は、困惑するが、そんなこと気にせずに話を続ける。
「少し行くと交番もありますし、詳しい話ならそちらで」
「ちょっと待ってちょっと待って! あなた、なにか勘違いしてる!」
「……というと?」
「わたし、キャッチセールスとかじゃないから。ええっと──はい、こういう者です」
彼女は名刺を取り出して俺の方へと差し出す。
〘フリーライター/エディター 久世奏波〙
「ライターの、久世さん……」
「そそ。澄空アルーキーズってタウン誌で書いてるんだけど、知らない?」
「いや、すみません。知らないです……」
「ふーん。それじゃ、これあげる。時間ある時に読んでみてね。毎月25日発行で、フリーで駅とかに置いてあるから」
そう言って久世さんはカバンから取り出したタウン誌を差し出してきた。
「はぁ……」
「それでね、ノエルちゃんには『街で見かけたイチオシのあの子!』みたいな感じでモデルになって欲しいのよ。で、今はその相談をしてたってわけ」
「あ、ちゃんとモデル代出すわよ? ……あんまり高くは払えないけど」
「いや、その……嘉神川さんはそれをやる気は……」
「……ありません」
嘉神川さんは俺の言葉に続けて言葉を発する。
「大丈夫。その制服、林女でしょ? 地域活性化ってこと学校側には話ついてるし、先輩たちもたくさん出てるから」
「いや、許可とかそれ以前に嘉神川さんが嫌がって────」
「分かった、お姉さんにあと30分だけちょうだい。これで最後にするから。ね? ね?」
「ここちょっと行って角曲がったところにね、いい雰囲気のカフェあるのよ。わたしも先輩に教えてもらったんだけどね?」
久世さんは続けざまに言葉を放つ。
「……」
(嘉神川さんも困ってるじゃないか)
「もちろん彼氏も一緒でいいから。君、名前は?」
「楠瀬ですけど。それと俺は彼氏じゃ」
「細かいことはいいから! さ、行きましょ!」
久世さんはこちらの言葉を遮り、強引に嘉神川を連れていく。嘉神川さんを放っておく訳にもいかず、俺も成り行きで着いてくしかなくなった。
久世さんに連れてこられたのは、『シーサイドカフェYuKuRu』と書かれた店だった。
「いらっしゃい」
「マスター、こんにちは。三人で!」
「久世さんか、今日は取材?」
マスターと呼ばれた男の人は、知り合いのようで、久世さんと会話を続けていく。
「ですです。モデル頼んでるとこで」
────────────────────────────
久世さんが席を立って、俺も学校へと向かわないと、と思っていると、嘉神川さんが何か言いたげな表情をしていることに気が付く。
「……? どうかした?」
「……さっき」
「どうして……」
どうして助けたのか、着いてきたのか、それを聞きたいのだろう。
「……嘉神川さんが、困ってそうだったから」
「確かに、俺と君の間にそこまで深い感情があるわけでもないし、そもそも昨日あったばかりだ。でも、困ってる人を見捨てるようなことはしたくなかった」
「……それだけ」
俺はあえて寿奈桜ちゃんの名前は出さないでおいた。
「あの……ありがとう、ございます」
「えっと……Du rien」
俺はあらかじめ覚えていたフランス語を口に出す。
「……え?」
嘉神川さんはどうやら予想外だったようだ。俺がフランス語で返すことが。
「どういたしまして、かな」
俺がそう答えると、マスターが誰かが入店してきたことを言葉で伝える。
「いらっしゃ──ああ、おはよう」
「おはようございます、店長」
「何度も言って悪いけど、俺は店長じゃなくてマスターだって──」
「君、うちの生徒に何をしている」
入って来た女性は、俺たちの姿を見た途端、俺に話しかけてくる。
「いや、何って……あなたは──」
その人に顔を向けると、見覚えのある人が立っていた。
「私が、何か?」
昨日、嘉神川さんたちと一緒にいた林女の生徒会役員──確か、日紫喜さんだったっけな……
この店でバイトをしているのか?
「日紫喜先輩……」
「なぜ君がここにいる。何をしている。ノエルとはどういう関係だ。なぜ並んで座っている」
日紫喜さんは矢継ぎ早に俺に問いかける。
嘉神川さんは、それを聞いても、我関せずと言った顔で紅茶をすすっている。
「なぜ、ですか……まぁ簡単に言うと、嘉神川さんが街中で絡まれていたのを助けたの、かな」
「……助けて欲しい、とは言ってません」
「それはそうだけど……」
「つまり、助けた礼にと無理矢理彼女をこんな所へ連れ込んだ、ということか」
はぁ……エロ同人の読みすぎでは? 日紫喜さん。とは思っていても絶対に口にはしない。
「こんなところ……」
マスターは残念そうな表情をしてそう言う。
「そんなこと、絶対に……というか俺はただ──」
「……ただ?」
「ただ彼女を助けようと────」
「それは既に否定されている。ノエルによって────」
「いや、そうじゃなくて……つまりは……もういいです! 嘉神川さん説明お願いします。俺は人を待たせてるんで」
「待って。まだ話は終わっていない」
「……」
このままだと間に合わない。俺は日紫喜さんの言葉を無視し、店を出る。
「ま、またのご来店を~……」
俺は店を出ると、急いで学校へと向かった。
「悪い……! ちょっと変な人たちに捕まってて──」
どうやら、柚莉の出番には間に合わなかったようだ。仕方ない、俺は嘉神川さんが心配だったのだから。
「何それ? どーゆーことか、お姉さんにちょっと説明しなさい」
「……しょうがねえなぁ」
隠していても仕方がない。俺は街で絡まれていた嘉神川さんを助けたこと、そこで時間を食ってしまって間に合わなかったことを説明した。
──俺の話を聞き終わった柚莉は、大きく息を吐いた。
「なるほどね……」
「じゃあ、許す!」
「ありがとう……って、随分上からだなぁ」
「人の晴れ舞台に遅れた人に、人権はないの」
「それは本当に申し訳なかった」
「でも、人助けで遅れるとか……漫画じゃないんだから。でも、ルイなら本当だろうなって信じられる」
「だって、そーゆー奴だって分かってるし」
「まったく……クール気取ってる割に、不器用っていうか要領悪いっていうか巻き込まれ型っていうか」
柚莉は俺の事を酷く悪い言い方で評価する。
「大体、巻き込んでんのはお前か、リーチのどっちかだろうが」
俺がリーチの名前を出すと、リーチがやって来る。
「僕がどうかしたのかい?」
「なんだリーチ、いたのか……って、なんだそれ」
リーチは、明らかに高そうなカメラを小脇に抱えていた。
「ああ、演劇部に借りてきた。ユズの晴れ舞台だ。最高の画質で残しておかないとね」
「大丈夫、ユズが撮られていることで緊張しないようにこの望遠レンズで──」
「隠し撮りやめー! っていうか、キモいから!」
同感だ。実の妹を隠し撮りなんて理解できない。
「大丈夫、あとでちゃんと編集しておくから」
「何が大丈夫なのかわかんないよ!」
(相変わらずの息のあいよう。流石だな)
「それじゃ、この後一時間後にまたここに集まろう。ユズもまだ片付け手伝ったりするだろ?」
「あ、終わったら時間空けとけってそのこと?」
「そうそう、ルイにユズをエスコートしてもらおうと思って」
「俺が?」
「えすこーと?」
柚莉は俺の言葉に続ける。
「そうそう。お姫様には、王子様が必要なのさ」
(は? 姫とか王子とかどういうことだ?)
リーチはニヤリと笑っただけで教えてはくれなかった。
校庭では、後夜祭のダンスパーティーが行われていた。文化祭のテンションのまま、結構盛り上がってる。
俺は……こういう賑やかなのは、どうにも苦手だ。
それはリーチも分かっているはずなんだけど……
「って、あれ、リーチは?」
「あっち」
柚莉の指す方を見ると、リーチが女子たちに囲まれていた。
「はぁ……」
──無事に学園祭も終わって、柚莉と一緒に帰っていると、柚莉が夜空を見上げたまま呟いた。
「……うーん、なんだが変な感じ」
「だって、大きくなったルイが隣歩いてるのも変だし、羽幌じゃなくてここにいるのも変だし」
──そんなことを駄弁りながら歩いていると、なにかの騒動に出くわす。
「……? なんだ? やけに騒がしいな」
「……!!」
そのとき、柚莉が何かに気づいたように声を上げる。
「ルイ……! あれ……!」
「火事!?」
駅前広場から見える、道路を渡ってすぐの雑居ビルからもくもくと黒煙が上がってた。
ドゴォン、という何かが爆発するような音と共に、火が激しくなっていく。
既に誰かが通報したのか、付近からサイレンの音が聞こえてくる。
「柚莉……?」
俺が柚莉の方を向くと、その場でへたりこんで動悸を起こしていた。
「いや……いや……琴莉……」
「あつい……あつい……いたい……」
柚莉の症状が激しさを増していく。俺がどうすればいいのか迷っていると、背後から声をかけられる。
「君たち、大丈夫?」
「私、看護師なの。落ち着いて、ちょっと診せてね」
「……はぁ……はぁ……」
「過呼吸を起こしているわね……かかりつけの病院とか、ある?」
「だ……だいじょう……ぶ……はぁ……はぁ……」
「全然大丈夫じゃないだろ。病院行くぞ」
「ごめ……、こ……はぁっ……これ……」
柚莉の差し出したポーチに、何種類もの薬と共に一枚の名刺が入っていた。
『秋村メンタルクリニック 秋村司郎』
場所は……そう遠くなさそうだ。
「秋村先生のところだね。急ごう」
────無事に柚莉を病院に送り届けたあと、俺は直ぐに家に帰った。
リーチからの電話によると、柚莉はPTSDを患ってしまったらしい。どうやら俺たちは過去、とある事件によって一人の幼馴染を喪ってしまったらしい。俺が覚えていないのも、その事件による後遺症のようだ。
俺はそんなことを考えていると、次第に眠気が襲ってきて、結局、俺は夢の世界に入ってしまう。