Memory'sOff ─Innocent Fille─ REMAKE 作:キラトマト
「ごめん、待たせて」
彼女の顔を見ると、俺の心に万力の痛みが走った。鞄のこと、神崎さんとの取引のことなど、嘉神川さんは知る由もない。その隠し事をしているという事実が、俺の心を深く傷つけていた。
「いえ……仕方ありません。それに、待つのは嫌いじゃないです。来てくれる、と分かっているなら」
そんなこと言われたら……。
「ますます申し訳ない気持ちになるよ」
「でも、楠瀬さんもきっと待ってくれますよね、同じ立場なら」
「それはそうだけど」
ちなみに、この言葉に嘘偽りはない。せめて、会話だけでも嘘はつきたくないのだ。
「ちなみに、何分なら待てますか?」
「俺は……いつまでも、かな。待たせるより待つ方が気が楽でいいしね」
「わたしも……です」
嘉神川さんは俺の言葉に同意する。
「お互いに来たことに気づかずに待ってる、とかね」
その言葉に、嘉神川さんは少し笑いながら答える。
「ふふっ。背中合わせで、ですね」
そして、でも、と言って言葉を続ける嘉神川さん。
「きっとわたしの方が先に気づきますよ。それは自信があります」
「楠瀬さんが近くにいると、わたし、分かるんです。超能力みたいに」
「ええっ? ま、まさか俺そんなに臭いのか?」
俺は一応念の為に服の匂いを嗅いでみる。
「ち、違いますよっ。むしろ、いい匂いがします。気のせいかもしれませんが」
「で、でもだったらどうして……」
「それは、ヒミツです」
嘉神川さんはいたずらっぽく笑みを作った。
────そんなやりとりをしつつ、ふたりだけの穏やかな時が過ぎた。俺は、そんな時間が、限りなく好きだった。時々沈黙が入るが、それすらも良い。しかし、楽しい時間というものはすぐに過ぎてしまうもので……。
「あの……わたし、そろそろ帰りますね」
「ああ、もうこんな時間か。じゃあ駅まで一緒に行くよ」
俺は、街中の雑踏に入った嘉神川さんを、見えなくなるまで見送った。
12月25日。待ちに待った『クリスマスの集い』当日。
そして、嘉神川さんの問題の解決の日。
────少々トラブルもあったが、嘉神川さんと神崎さんは寿奈桜ちゃんを挟んで話し合い、これまでの誤解を解いて、謝罪し合った。神崎さんは葛原と三浦のふたりにも、余計なことはしないよう伝えると言ってくれた。結局のところ、元々の性格の不一致。そんな、直接話してみれば簡単なこと。でも、それが出来ないから人はすれ違い、間違いを犯してしまう。みんな、不器用なのだ。それは俺も含めてだけど……。そして、その中でも飛び抜けて不器用な女の子を……俺は、好きになってしまっていた。もう……これは確定したことだ。
「嘉神川さん……怒ってる、よね?」
元はと言えば俺がこんな懺悔室などという部屋に招いたことで、互いの気持ちのぶつかり合いが起き、そして、嘉神川さんを傷付けてしまった。解決はしたとは言っても、心の傷は本物だ。
「……」
「償いを、させて欲しい、俺に」
「……」
「返事、待ってるから」
「失ったものは戻らない。でも、新しく同じものを買い直すことは出来る」
既に、今までの作戦の概要は嘉神川さんに説明してある。寿奈桜ちゃんに協力してもらったこと。鞄を持ち出してあのふたりを誘導したことまで、全て。そしてその結果、嘉神川さんは呆れてものも言えないといった態度で……俺に背を向けてしまった。
「楠瀬さん」
「……はい」
ようやく彼女は立ち止まり、こちらを向いてくれた。
「それ、約束ですよ」
「……勿論だ」
「それから……ありがとうございました」
「え? 俺は何も……寿奈桜ちゃんのお陰で……」
「いいえ、もしわたしたちだけだったら、お互いのことを誤解したままだった気がします。だから、ありがとうございます」
「仲良く、なれるといいね」
「さあ……それは、まだ分かりません。でも……今日はクリスマスだから、祈る価値はあります」
既に、新雪が降っている中、俺はまだひとつの悩みを抱えていた。もうすぐ、トクトク制度の期間が終わり、故郷へと戻らなければならない。でも、俺はまだ……欲を言えばずっと彼女と一緒にいたかった。でも、そんな簡単なことを、俺はまだ、彼女に伝えられないでいた。
『クリスマスの集い』の片付けが終わったところで、俺は嘉神川さんを誘って中庭に出た。少し雪を纏っている木々は、神秘さを感じさせる。
「綺麗だな……」
「そうですね……」
そう言って光を見つめる嘉神川さんに、俺は思わず見惚れる。
「良かった……ね」
「はい……」
「ところで、この木の飾り付けは片付けなくてもいいのかな」
「はい。毎年、25日いっぱいは灯りを点けたままにしておくそうです」
「点けたまま、とか電気代がバカにならないことになりそうだな」
「ふふっ……」
「え?」
「いえ……ふふっ、楠瀬さん、変なところを気にするから」
「あ、あぁ、そう、だな」
本当は、嘉神川さんに見惚れてテキトーなことを言ってしまった、などとはさすがに言えなかった。
「それに、実はわたしも同じことを考えてたので」
「え? ははは……そうなんだ」
「ふふっ……変なふたり、ですね」
「いいんじゃない、かな。俺はそう思うよ」
「あの……楠瀬さん。ひとつ、お願いがあります」
急に嘉神川さんが改まって俺に話をしてきた。
「ん? あ、そっか。クリスマスプレゼント……」
「違います……あ、いえ、違わないかも」
「つまり、何か、欲しいってこと?」
「はい。でも欲しいのは物ではなくて、許可……です」
、
「許可……?」
予想外の言葉に、彼女の顔を覗き込む。しかし……。
「ええと、その……」
彼女は頬を染めて視線を外す。
「累さん」
「え……」
「累さん……って、呼んでいいですか」
「それは……うん、もちろんだよ」
これは……チャンスか?
「本当ですか? よかった……」
嘉神川さんは顔をパァっと明るくする。
「累……さん」
「やだ、やっぱり恥ずかしい……」
「恥ずかしながら言われると、こっちまで恥ずかしくなるよ……」
「それなら、あの……、もう一つだけお願いしてもいいですか?」
多分、俺の願いと一緒だろう。
(……よし)
「いいよ……ノエル」
「ぇ……っ、どうして分かったんですか?」
「それは……なんとなく……かな。ノエル……うぅ、やっぱり恥ずかしいから────」
「あっ、今から戻すのはダメですよ? 累さん……」
「ん……うん、分かった。頑張るよ……ノエル」
「累さん、わたし、累さんに会えて、とても良かったです」
「……うん、俺もだ、ノエル」
「だからこそ、離れるのは寂しい、ですよね?」
「……うん」
「忘れてしまうかもしれない。でも、だったら、わたしを忘れないように、忘れられないように」
「ノエル……」
「わたし、結構我儘だって、知ってました?」
「そう、なの?」
「そうです。クリスマスプレゼントだって欲しい。……いえ、ちゃんともらいます」
「それがさ、何も用意出来て────」
俺の眼前に嘉神川さんが現れ、そして唇を近付ける。
「累さん……」
まだ周りには人がいる。だから、俺は引き離した。
「……だめっ、まだ……」
「ん……だれか、見てるかも」
「ん……それ、何か問題ですか? …………」
「問題っていうか…………」
「今度は、わたしが……あなたの心を変えてみせます。覚悟しててくださいね」
翌日、俺は寿奈桜ちゃんに怒られていた。
「ちょっとルイ兄! 今度はそれで嘉神川がいじめられたらどうすんだし!」
「ふふっ、大丈夫だよ? ナオちゃん」
「そうなっても……うーんと……ちゃんと、責任とってもらうから」
「ね? 累さんっ」
翌月、結局俺は、そのまま北海道へと帰ることになった。でも、そのかわり、ノエルとは毎日のようにちょこで連絡している。大学は、東京にある大学にするつもりだ。ちょうど、ノエルが行くと言っていた大学。正直、どちらかが落ちるかもしれない。でも俺は、その可能性にかけて見ようと思う。