Memory'sOff ─Innocent Fille─ REMAKE   作:キラトマト

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第三十話 Innocent Fille

「ごめん、待たせて」

 

 彼女の顔を見ると、俺の心に万力の痛みが走った。鞄のこと、神崎さんとの取引のことなど、嘉神川さんは知る由もない。その隠し事をしているという事実が、俺の心を深く傷つけていた。

 

「いえ……仕方ありません。それに、待つのは嫌いじゃないです。来てくれる、と分かっているなら」

 

 そんなこと言われたら……。

 

「ますます申し訳ない気持ちになるよ」

 

「でも、楠瀬さんもきっと待ってくれますよね、同じ立場なら」

 

「それはそうだけど」

 

 ちなみに、この言葉に嘘偽りはない。せめて、会話だけでも嘘はつきたくないのだ。

 

「ちなみに、何分なら待てますか?」

 

「俺は……いつまでも、かな。待たせるより待つ方が気が楽でいいしね」

 

「わたしも……です」

 

 嘉神川さんは俺の言葉に同意する。

 

「お互いに来たことに気づかずに待ってる、とかね」

 

 その言葉に、嘉神川さんは少し笑いながら答える。

 

「ふふっ。背中合わせで、ですね」

 

 そして、でも、と言って言葉を続ける嘉神川さん。

 

「きっとわたしの方が先に気づきますよ。それは自信があります」

 

「楠瀬さんが近くにいると、わたし、分かるんです。超能力みたいに」

 

「ええっ? ま、まさか俺そんなに臭いのか?」

 

 俺は一応念の為に服の匂いを嗅いでみる。

 

「ち、違いますよっ。むしろ、いい匂いがします。気のせいかもしれませんが」

 

「で、でもだったらどうして……」

 

「それは、ヒミツです」

 

 嘉神川さんはいたずらっぽく笑みを作った。

 

 ────そんなやりとりをしつつ、ふたりだけの穏やかな時が過ぎた。俺は、そんな時間が、限りなく好きだった。時々沈黙が入るが、それすらも良い。しかし、楽しい時間というものはすぐに過ぎてしまうもので……。

 

「あの……わたし、そろそろ帰りますね」

 

「ああ、もうこんな時間か。じゃあ駅まで一緒に行くよ」

 

 俺は、街中の雑踏に入った嘉神川さんを、見えなくなるまで見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 12月25日。待ちに待った『クリスマスの集い』当日。

 

 そして、嘉神川さんの問題の解決の日。

 

 ────少々トラブルもあったが、嘉神川さんと神崎さんは寿奈桜ちゃんを挟んで話し合い、これまでの誤解を解いて、謝罪し合った。神崎さんは葛原と三浦のふたりにも、余計なことはしないよう伝えると言ってくれた。結局のところ、元々の性格の不一致。そんな、直接話してみれば簡単なこと。でも、それが出来ないから人はすれ違い、間違いを犯してしまう。みんな、不器用なのだ。それは俺も含めてだけど……。そして、その中でも飛び抜けて不器用な女の子を……俺は、好きになってしまっていた。もう……これは確定したことだ。

 

「嘉神川さん……怒ってる、よね?」

 

 元はと言えば俺がこんな懺悔室などという部屋に招いたことで、互いの気持ちのぶつかり合いが起き、そして、嘉神川さんを傷付けてしまった。解決はしたとは言っても、心の傷は本物だ。

 

「……」

 

「償いを、させて欲しい、俺に」

 

「……」

 

「返事、待ってるから」

 

「失ったものは戻らない。でも、新しく同じものを買い直すことは出来る」

 

 既に、今までの作戦の概要は嘉神川さんに説明してある。寿奈桜ちゃんに協力してもらったこと。鞄を持ち出してあのふたりを誘導したことまで、全て。そしてその結果、嘉神川さんは呆れてものも言えないといった態度で……俺に背を向けてしまった。

 

「楠瀬さん」

 

「……はい」

 

 ようやく彼女は立ち止まり、こちらを向いてくれた。

 

「それ、約束ですよ」

 

「……勿論だ」

 

「それから……ありがとうございました」

 

「え? 俺は何も……寿奈桜ちゃんのお陰で……」

 

「いいえ、もしわたしたちだけだったら、お互いのことを誤解したままだった気がします。だから、ありがとうございます」

 

「仲良く、なれるといいね」

 

「さあ……それは、まだ分かりません。でも……今日はクリスマスだから、祈る価値はあります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に、新雪が降っている中、俺はまだひとつの悩みを抱えていた。もうすぐ、トクトク制度の期間が終わり、故郷へと戻らなければならない。でも、俺はまだ……欲を言えばずっと彼女と一緒にいたかった。でも、そんな簡単なことを、俺はまだ、彼女に伝えられないでいた。

 

『クリスマスの集い』の片付けが終わったところで、俺は嘉神川さんを誘って中庭に出た。少し雪を纏っている木々は、神秘さを感じさせる。

 

「綺麗だな……」

 

「そうですね……」

 

 そう言って光を見つめる嘉神川さんに、俺は思わず見惚れる。

 

「良かった……ね」

 

「はい……」

 

「ところで、この木の飾り付けは片付けなくてもいいのかな」

 

「はい。毎年、25日いっぱいは灯りを点けたままにしておくそうです」

 

「点けたまま、とか電気代がバカにならないことになりそうだな」

 

「ふふっ……」

 

「え?」

 

「いえ……ふふっ、楠瀬さん、変なところを気にするから」

 

「あ、あぁ、そう、だな」

 

 本当は、嘉神川さんに見惚れてテキトーなことを言ってしまった、などとはさすがに言えなかった。

 

「それに、実はわたしも同じことを考えてたので」

 

「え? ははは……そうなんだ」

 

「ふふっ……変なふたり、ですね」

 

「いいんじゃない、かな。俺はそう思うよ」

 

「あの……楠瀬さん。ひとつ、お願いがあります」

 

 急に嘉神川さんが改まって俺に話をしてきた。

 

「ん? あ、そっか。クリスマスプレゼント……」

 

「違います……あ、いえ、違わないかも」

 

「つまり、何か、欲しいってこと?」

 

「はい。でも欲しいのは物ではなくて、許可……です」

「許可……?」

 

 予想外の言葉に、彼女の顔を覗き込む。しかし……。

 

「ええと、その……」

 

 彼女は頬を染めて視線を外す。

 

「累さん」

 

「え……」

 

「累さん……って、呼んでいいですか」

 

「それは……うん、もちろんだよ」

 

 これは……チャンスか? 

 

「本当ですか? よかった……」

 

 嘉神川さんは顔をパァっと明るくする。

 

「累……さん」

 

「やだ、やっぱり恥ずかしい……」

 

「恥ずかしながら言われると、こっちまで恥ずかしくなるよ……」

 

「それなら、あの……、もう一つだけお願いしてもいいですか?」

 

 多分、俺の願いと一緒だろう。

 

(……よし)

 

「いいよ……ノエル」

 

「ぇ……っ、どうして分かったんですか?」

 

「それは……なんとなく……かな。ノエル……うぅ、やっぱり恥ずかしいから────」

 

「あっ、今から戻すのはダメですよ? 累さん……」

 

「ん……うん、分かった。頑張るよ……ノエル」

 

「累さん、わたし、累さんに会えて、とても良かったです」

 

「……うん、俺もだ、ノエル」

 

「だからこそ、離れるのは寂しい、ですよね?」

 

「……うん」

 

「忘れてしまうかもしれない。でも、だったら、わたしを忘れないように、忘れられないように」

 

「ノエル……」

 

「わたし、結構我儘だって、知ってました?」

 

「そう、なの?」

 

「そうです。クリスマスプレゼントだって欲しい。……いえ、ちゃんともらいます」

 

「それがさ、何も用意出来て────」

 

 俺の眼前に嘉神川さんが現れ、そして唇を近付ける。

 

「累さん……」

 

 まだ周りには人がいる。だから、俺は引き離した。

 

「……だめっ、まだ……」

 

「ん……だれか、見てるかも」

 

「ん……それ、何か問題ですか? …………」

 

「問題っていうか…………」

 

「今度は、わたしが……あなたの心を変えてみせます。覚悟しててくださいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、俺は寿奈桜ちゃんに怒られていた。

 

「ちょっとルイ兄! 今度はそれで嘉神川がいじめられたらどうすんだし!」

 

「ふふっ、大丈夫だよ? ナオちゃん」

 

「そうなっても……うーんと……ちゃんと、責任とってもらうから」

 

「ね? 累さんっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌月、結局俺は、そのまま北海道へと帰ることになった。でも、そのかわり、ノエルとは毎日のようにちょこで連絡している。大学は、東京にある大学にするつもりだ。ちょうど、ノエルが行くと言っていた大学。正直、どちらかが落ちるかもしれない。でも俺は、その可能性にかけて見ようと思う。

 

 

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