Memory'sOff ─Innocent Fille─ REMAKE 作:キラトマト
電車で一悶着あったその日の夜。シャワーも浴びて、そろそろ寝ようという時間……、チャイムが鳴らされる。
「誰だ? こんな時間に」
悪態をつきながら俺は扉を開ける。
「こ、こんばんは」
「こんばんは、どうしたんだ? こんな時間に」
「ゴメン……ウチ、どうしようか……ずっと考えてて」
「……嘉神川さんのことか……?」
俺は恐れ恐る聞いてみる。
「……ちょっと、顔貸して」
「はぁ……しょうがねぇなあ……」
俺がそう言うと寿奈桜ちゃんは、犬のリードを押し付けてくる。
その先にはもちろん、大きな白い犬が繋がれている。俺がそれを握ると、犬が鳴き声をあげる。
「……散歩、いこ」
「……いい、けど」
「……」
「……」
俺たちは沈黙を続けている。犬が喜んではしゃいでいるというのに。さすがに何も喋らないと言うのもあれなので、俺は一つ質問してみる。
「この犬、なんて名前なんだ?」
「シュガー」
寿奈桜ちゃんは簡潔に、名前だけを言う。
「……そうか、いい名前だな。名は体をあらわすっていうか……」
「それはよくわかんないけど、超可愛いのは分かるでしょ?」
寿奈桜ちゃんはいつものテンションでそう言う。
「チョーカワイーかどうかは、人の主観によるとしか……」
「……ルイルイは、口が上手い」
「そうか?」
「そうだし」
「というか、こんな話をしに来たんじゃないんだろ? 本題に移らないのか?」
「今からそうしようと思ってたとこだし! それに犬の話題に変えたのはルイルイだし!」
そう言って寿奈桜ちゃんは公園に向かって走っていった。
「ちょ、急に走るなよ……」
俺は急いで寿奈桜ちゃんについていった。
────辿り着いたのは、ひとつの公園。
「ここに来るのは初めてなんだけど、地図を見た限りだと、公園とは思えない広さなんだな」
「うん……だから、シュガーの散歩は大体ここ」
「でさ、その……」
寿奈桜ちゃんは少し言いづらそうだったので一旦話題を切り替える。
「立ち話もなんだし、そこのベンチ座るか?」
「……うん」
俺たちは、少し開けた場所にあるベンチに腰かけた。シュガーはリードを長めにしてベンチに繋ぎ、好きに遊ばせている。
それはさておき、早速寿奈桜ちゃんは話を始める。
「その……昨日、ありがと」
「……あ、あぁ」
「責めないの? ウチのこと」
「嘉神川さんのこと、どう思ってるの?」
「……あんなことをしておいて言うのもおこがましいけど、親友だと、私は思ってる」
「だけど、あの時は助けてやれなかった」
「……」
俺の指摘に寿奈桜ちゃんは何も答えない。
「君が親友だと思ってるんなら、君にも事情があるってことだろ。嘉神川さんだって、君を責めるそぶりすら見せない」
「そう……そうなんだ……。嘉神川は、ウチのこと……責めない……」
寿奈桜ちゃんの思っていることは分かる。罰を受けないといけないとか、そんなことを思っているんだろう。
「めんどくさい話なんだけど、いい?」
「そのつもりでここまで来たんだろ」
「うん……」
寿奈桜ちゃんは覚悟を決めたのか、今までの人生を吐露し始める。
「ウチ、今はこんなんだけど、前はすっごい地味子でさ。なんつlか……小学校の頃からフツーにイジメられてたんだ」
「その時庇ってくれたのが、昨日一緒にいた神崎美咲。美咲のおかげで、ウチは学校行けてた。だから、すごい感謝してる」
「でも、美咲は林女の偉い人の孫だから、附属の中学に行っちゃって……別々の学校になって……どうしようかって思ってたんだ」
「そしたら、そこで嘉神川と出会ったんだ。出会った頃の嘉神川は、誰よりも明るかった……いつも正しくて、すごく目立ってて……」
「でも、ウチと一緒にいてくれたんだ」
明るかっ"た"、か。嘉神川さんが……
「嘉神川と一緒にいると、イジメられることもなくなった」
「ただ、ある時から……。この前見てたっしょ? 詠美ちゃんの好きだったヤツが、嘉神川に告白して……それで色々あって……」
詠美……常磐さんか。でも、別に告白ぐらい……
「嘉神川さんは、男が恐くなっちゃって……」
嘉神川"さん"か。
「嘉神川は、いつだってあの綺麗な瞳を、真っ直ぐぶつける……ぶつけてたんだ。ソレを勘違いするヤツが多くて……。分かる?」
「……ああ」
(嘉神川さんは、純粋な眼をしている。あの綺麗な色……)
「うん……それで、嘉神川は女子高に行くって言い出したの」
「だからウチも嘉神川に合わせて行けるように、超頑張ったのに……」
「昨日、美咲と一緒にいた子達って、昔のいじめっ子でさ……まさか、高校入ってからまた一緒になるとかありえないよ……」
「で、あいつら今度は嘉神川をターゲットにしたんだ。嘉神川、可愛いし大人しいし、それでいて目立つからさ……」
「美咲も嘉神川と反りが合わないっていうか、あんな感じだし……」
……ふと、手の平から痛みを感じてくる。どうやら力を込めすぎたようだ。俺はそれを服で拭って話を始める。
「寿奈桜ちゃんはさ、嫌なの? 嘉神川さんがイジメられるの」
「もちろん、ウチだって嫌だよ! 嘉神川をいじめたくなんかないし! でも……でも……あいつら……」
寿奈桜ちゃんの目から涙が溢れてくる。
「……怖い。またあんな風にされるのが……」
つまりは、嘉神川さんがいなく……いや、ターゲットから外れたら、次は自分がターゲットにされる、だから怖い、というわけか。
「それに……嘉神川が、自分はそれでいいからって……気にしないからって……」
「そんなんじゃ、いつか、限界が来る」
「わかってる……わかってるよ……」
「嫌だ……こんなの嫌だよ……でも、どうすればいい……?」
「ルイルイ、頭いいよね? ねえ、教えてよぉ……」
寿奈桜ちゃんは顔を手でおおって言葉にならない泣き声を上げている。
「俺にも、答え、正解は分からない。でも、寿奈桜ちゃんが強くなる、これは、やらなくちゃいけないことだと、俺は思う」
……俺は、曖昧な言葉しかかけられなかった。
「嘉神川さんは、十分強いさ。あんな酷い仕打ちを耐えられるほどにね。でも、耐えてるだけじゃ、いつまで経っても収まらないだろうね」
「……」
「でも、俺の想像では、それは当然寿奈桜ちゃんも傷付く結果に繋がる。だからこそ、嘉神川さんは、君がそうならないために自分が不利益を被る選択をした」
「嘉神川さんは、優しいよ。俺や、君が思うより遥かにね。だから、だからこそ俺は、確証のない言葉はかけられない」
「それに、本気で止めたい、そう思ってるんなら、嘉神川さんや、周りの人……例えばマスターとかに相談すべきだと思うよ」
「……ルイルイ」
「……ん?」
「……なんつーか、すごいな。ウチだけじゃなくて、嘉神川のことも気にかけてくれて」
「……ふたりとも、こっちに来て初めて出来た……友達だからさ」
「数年後、この出来事が笑い話になるような、そんな結果を俺は期待しているよ」
「……期待しててね。絶対に変えてやるんだから!」
笑顔を取り戻した寿奈桜ちゃんが、意気揚々とそう言う。
「じゃ、俺は帰る」
「ちょ、ちょっと待ってよ! ほら、シュガーもルイルイと一緒に帰りたがってるし!」
ふとシュガーを見ると、こちらを向いてしっぽを振っている。
「とにかく、今日はありがと! 今すぐに変えるのは難しいだろうけど……ウチらのことだもんね。嘉神川と相談するよ」
「ああ、それが一番だ」
俺は、そう言って彼女と帰路に着いた。