マコトが普通の人間じゃない事を知ったのは、マコトと知り合って暫くした後の事だった。
当時は――いや、今もそんなに変わらないけど、マコトに守られてばかりだった僕の目の前で見せてくれた魔法みたいな力。
しかもその赤い龍の力には意思があり、渋い声色の――なんだかオッサンみたいな声まで聞こえるという、今にして思えばマコトってこっちの世界で生きている方がなんら違和感も無い力を持っていた。
もっとも、マコトの身体能力はその神器の力のお陰でって訳でなくて素であんな感じだった訳で、マコトと遊んでいる内に僕もマコトのトレーニングに付き合わされた結果――ああ、人間って案外簡単にアニメのヒーローじみた身体能力程度は身に付くんだなーと悟らされたのは良い思い出だ。
つまり、何が言いたいのかというと、マコトは乱暴な口調でガサツかもしれないけどとても強くて、それでいて受け入れた相手に対しての面倒見がとても良い子なんだという事。
マコトに宿る神器の意識である赤い龍――つまりドライグ曰く、
『そこまで他人を受け入れたのは両親を含めてもお前ぐらいしか居ない。
まあ俺は最初からコイツの相棒だから例外だがな』
との事らしい。
若干自慢気に自分はそれよりも更に上だけどと自慢された時はイラっとしたけど、僕以外に友達なんて居ないと言っていたマコトの言葉が本当だと思うと……ちょっと嬉しい。
僕もマコトしか親しい友達はいないし、正直言ってしまうとマコトのキャラが濃すぎてマコト一人が僕の友達であるのなら他は要らないと思えるからさ。
だから僕は、マコトと知り合い、マコトに『精神の力』を教えて貰い、マコトに少しずつ鍛えられてきた今でも、僕にちょっかいをかけてくる『他人からの悪意を』甘んじて受け入れられる。
勿論、マコトが守ってくれるからって理由じゃない。
やり返さないのもマコトが教えてくれたコレをそんな事に使いたくなかっただけ。
もっと感覚を掴み、何時かマコトの後ろをついていくのではなく並んでみせる為。
その為に他人の小さな悪意程度に構ってなんていられないだけなんだ。
「一人じゃない、か。
ハジメに言われる日が来るとはね……」
「今度は僕も戦うよ、マコトの後ろじゃなくて、隣で……!」
「………へへ、聞いたかドライグ。
あの時得られなかったものがやっと得られたってこういう事だったんだな?」
『そういう事だ。さあ、構えろマコトに小僧――いや、ハジメ』
「よっしゃあ!
ならひとつ、教えてやろうじゃねーか、ドライグ――そしてハジメェ!!」
「『おうっ!!」』
マコトの
異世界で戦闘訓練をすると思わなかったというのがマコトとドライグの感想だった。
もっとも、ハジメと共に過ごしたあの世界も二人にとってすれば異世界ではある。
つまりやることは何時もと変わらず、マコトはここ二週間の間もハジメに『我流の戦闘術』の稽古をつけていた。
早い話が単なるチンピラの喧嘩殺法だったりするこの戦闘術は、思いの外ハジメにも馴染んでくれたらしく、最近は錬成技術と組み合わせたお陰で、余計チンピラの喧嘩っぽく見えてきたのはご愛敬だ。
「だぁっ!!」
訓練相手の名も知らぬ兵士の顔面を一発殴ってから、手首をスナップさせる。
そして今度は兵士の肩を掴んでからまた殴り、屈んだ瞬間背中に肘を入れて膝を付かせる。
「がはっ!? ま、待て――げばっ!?」
想定外の強さに一旦中止を告げようとした声も空しく、兵士さんの顔面はサッカーボールのように蹴られてしまう。
「ふんっ!! ラァッ!!」
「そーそー、相手が動けなくなるまでは、絶対に油断せず追い込めよー?」
それでもハジメは後ろで満足そうな顔して見ているマコトの言うとおり、完全に動けなくなるまで攻撃の手を緩めることはしなかった。
「な、なぁ、南雲ってもしかして喧嘩強かったんじゃねーか……? あの騎士団の人を一方的にボコしてるし」
「ん、んな訳ねーだろ……! 南雲ごときが……!」
「なんて野蛮な……まるでチンピラじゃないか」
「だがアイツ、ちょっとはやるかもしれないぞ……」
「でもちょっとやり過ぎな気が……」
「兵藤さんが多分教えたんだと思う、じゃなかったら優しい南雲君があんな事しないもん………」
ちなみに普段のハジメの性格上を考えたらあまりにも似つかわしくない喧嘩術を見てしまった檜山達はマコトが居る手前何も言えずに睨む事しかできないし、倒れた相手の脇腹を追い討ちで蹴り飛ばすハジメの姿に光輝といった面々はあまり良い顔をせず、香織は―――絶対にマコトが教えたせいだとマコトに対して黒い念を増幅させるのだった。
「そこまでだ。
やはりお前ら二人のステータスプレートは不具合があるみたいだな。この兵士も決して弱くはない」
「は、はぁ……手加減して貰ってただけでしょうし」
「俺は訓練にあたり、加減は多少しろとは言ったが、わざと負けろとは一切部下達には命じていない」
そんな中でも、不可解なステータスの持ち主として密かにマークしていたメルドは、ハジメのステータスも表記通りではないと悟る。
ハジメ本人は謙遜しているような言い方だが、メルドにはハジメが何かを隠しているようにしか見えず、敢えて深くは追及しなかった。
(このハジメって奴もそうだが、マコトという女はもっと異常だ。
そもそも赤龍帝って天職は聞いた事もないし、あきらかにステータス0の力ではない)
それ以上に不可解かつ異質なマコトの存在もメルドは気掛かりだった。
何せ明らかにステータスがオール0な訳がない真似をそれが当たり前とばかりにやってみせるのだ。
例えば今ハジメが行ったような手合わせを他の兵士――それもメルドの部下の中では最上位の実力者を相手にさせても、一撃で殴り飛ばされてしまい、重症を負わせた。
「か……かひ……!」
「あ、やっべー……。
もうちょいセーブするべきだったのか?」
「た、多分もう二度とステーキが食べられなくなっちゃったよ……この人」
絶対に0な訳がない。
確かに天之河光輝の才能は抜きん出ているとは思う。
だがメルドにしてみれば、この二人こそが異質で薄気味悪さすら感じる。
まあ、悪い人間ではないのはやり取りをみていればわかるが……。
「こ、こらー! ダメだって言ったのにまた南雲君のお部屋に行きましたね!?」
「いや、筋トレに付き合ってて、戻るのが面倒だったからそのまま泊めて貰っただけで……」
「南雲君も! どうして女の子をそう簡単にホイホイとお部屋に入れるのですか! いくら幼馴染みでも大人になるまでいけませんよっ!!」
「す、すいません……! ほ、ほらやっぱり怒られたじゃないか……」
「怒られる理由が全然わかんねーし」
どうやらあの畑山という異世界組でも年長者である女性以外、同じ世界から来た者全員もあの二人――特にマコトに対して今の自分と同じような印象を持っている。
メルドはますますマコトとハジメを注視することを決めるのだった。
そしてその予感を確信へと変えるまで、後少し。
――という訓練を二週間続け、本日はオルクスの大迷宮なる所での実戦訓練が行われる事になった。
多くの兵士や傭兵といった者達で迷宮の入り口付近は賑わっている。
「なんだろ、思ってたのとイメージが違うかも……」
「もっと簡素な感じだと思ったよな」
その中にクラスメート達の最後尾からハジメとマコトは、イメージと違うオルクスの入り口について感想を呟きつつ……。
「ちゃんと髪をとかさないと……」
「ったく、だから伸ばしたくなかったんだ……」
髪の手入れなんて全くしないガサツの極みのマコトの背辺りまで伸びた茶髪を櫛でといてあげていた。
マコト本人は適当に水で濡らして適当にセットすりゃあ良いと言うが、せっかくここまで髪を伸ばしたマコトには是非維持して貰いたいというマコトのほんわかとした両親の頼みもあるので、ハジメはそこそこ気合いをいれて好きにしてくれ状態のマコトの髪をセットしてあげる。
手入れなんてしない割りにはフワフワとした髪質であり、中三の頃辺りからハジメがやるようになったこのやり取りは、ハジメにとっても案外好きな時間だった。
が、そんなハジメの癒しタイムは、突然やってきた彼女によって突如として終わりを迎える。
そう――昨晩マコトに泣きながら鬼の形相で掴みかかってきた香織が、とてもほんわかとした笑顔でハジメに挨拶しつつ近寄ってくるのだ。
「南雲くん! おはよう!」
「うげっ!? し、白崎さん……? な、何の用かな?」
また意味がわからない人が来たと最早このリアクションがデフォルトになってしまったハジメは、かなりひきつった笑顔で用件を訪ねつつ、マコトの後ろから髪をといてあげる。
「…………………………………。南雲くんに挨拶したいと思ったから来ちゃった?」
その時、香織の視線がポケーッとハジメに髪を任せているマコトに向けられ、凄まじく何か言いたそうな顔になったが、すぐに笑顔となってハジメに言う。
『今小娘がお前に殺意向けてたぞ』
(元の世界でも思ってたが、まさかこの子、ハジメが好きなのかねぇ?)
『だろうな。悲しいかな小僧の方は『厄介事にしかならない迷惑なクラスメート』と敬遠したがっているという、笑えるすれ違いっぷりだ』
香織の笑顔を前に、他の者ならデレつくかもしれないが、ドライグの言うとおり、ハジメにしてみれば『厄介事を運んでくる不幸を呼び込む笑顔』にしか思えず、最早普通に嫌がってる反応だった。
「あ、あのさ、天之河君達なら前の方だよ? 早く合流した方が良いんじゃないかなぁ……?」
「うん知ってるよ? でも今は南雲君とお話したいなーって気分だから!」
そう言う香織は一行に離れてくれそうにない。
その時点で誰かに見られたら最悪だと考える程度にはハジメもうんざりしており、それにポケーッとしているマコトには一切の挨拶が無い事もあるし、何より昨晩マコトに掴みかかってきた事がハジメ的には『絶対に親しくはなりたくない人』認定を決定付けてしまったので、どうにかして追い払いたい。
「えっとね、僕はマコトの髪をセットしてあげてるんだ、だから――」
「……。どうして南雲君が兵藤さんの髪をセットしてあげてるの?」
「それはその……マコトはこんな感じだから自分の髪とかにすら無頓着で、寝癖とかよく放置するから……」
「だから水つけて適当に――」
「それと! 僕がやりたいからだよ……!」
「………………」
水セット万能説を主張するマコトだが、ハジメがそれを封殺してしまう。
『そんなにこだわることかよ?』と昔から変なところで頑固なハジメにぶつぶつ言うマコトに香織はぐぬぬぬと悔しがると―――
「あ、あれれー? おかしいなー? 突然の風で私の髪がめちゃくちゃになっちゃったよー?」
「「………」」
『馬鹿かこの小娘は』
多分軽い魔法でも行使したのだろう香織が、自分の髪を強い風でめちゃくちゃにするという行動に出た。
そのあからさまにバレバレな行動に、ハジメは引いてるし、マコトは『でもサラサラだから簡単に戻せそうだな』と思い……ドライグはマコトにしか聞こえない声でストレートに香織のぽんこつっぷりにあきれていた。
「こ、困ったなー? 櫛なんか持ってないし、こんな髪型だと恥ずかしくて光輝達の所には行けないよー?」
「………」
『うわぁ……』
チラチラと顔がひきつっているハジメを見ながら、何かを訴える香織には、ドライグも引いていていた。
「やってやれば?」
流石にマコトも見てられなかったので、ハジメに自分と同じようにしてあげた方が良いんじゃないのか? と提案する。
「い、嫌だよ……。
だってこの櫛はマコトの為に用意したのだし……それに怖いしあの人……」
「でもハジメにやって貰いたいからわざわざあんな小芝居までしたんだぜ?」
「し、知らないよ。
それこそ、彼女のお友だちに頼めば良いじゃないか……! 大体何故僕なのさ? 仮に了承したら、周りからまた余計な悪意を買うはめになるのはわかりきってるよ……!」
「まあ、人気者だからねあの子は……」
別の意味で怖がってる様子のハジメの拒否っぷりに、マコトもそこまで強制させる意味も無いので、自分でちゃんと断りなとハジメの背中を押しておく。
「あ、あのさ……? 僕が白崎さんの髪に触れるのはあまりにも荷が重すぎるし、君のお友だちにやって貰いなよ?」
「そ、そんな……どうして?」
ここまでやっても尚拒否られてしまったと、軽く涙目の香織。
「だって白崎さんはただのクラスメートであって、そこまで仲良くない。
でもマコトは違う、マコトとは子供の頃からの親友だ」
「それなら! 私と……友達になろうよ……?」
またそういう行動が、周りからのヘイトを買わされるはめになると、ハジメはうんざりだった。
「どうしてクラスどころが学校で一番の美人で人気者の白崎さんが、僕みたいな地味で――まあ軽くイジメられてる僕に絡んでくるのかは知らないけど、君にそうやって話しかけれるだけで君のファンに僕は睨まれるんだよ。
別にキミのせいだなんて言わないし、キミに悪意が無いのも何となくわかる……けど、僕に親切心を持っていてくれるのなら―――あまり関わらないで欲しい、お願いだから」
「」
(こんなハッキリ言うハジメも珍しいな……)
『絡まれる8割はこの小娘が理由だったからな……』
これもこれで周りからの反感を買うかもしれない。
しかし今のままの状態がグダグダに続くようならいっそ、言ってしまえ……と、マコトの性格に若干影響されているハジメは言い切った。
ショックで放心している香織に軽く同情してしまうマコトだが、ハジメがそう決めたのなら仕方ないとさっさと割り切る辺りは『一誠』の頃から変わらない。
「そういう訳だから……行こうマコト」
「本当に良いのかよ?」
「カッコつけた言い方だけど、僕と彼女は住む世界が違いすぎるんだよ」
「それは――――――悪い、引きずり込んだのはオレだよな……?」
「違う、僕が望んでマコトの側を選んだだけ」
放心のまま動かない香織に背を向け、マコトの手を引いて行ってしまうハジメ。
そう、ハジメにとって香織は厄介事を無自覚に押し付けてくるありがた迷惑なクラスメートで、それ以上でも以下でも無い。
どう想われようが、ハジメは香織を異性としては意識すらしないしできない。
「ああいう子は天之河君達と一緒にいる方がお似合いだよ」
「……まあ、キラキラオーラ出してるグループって意味でならそうだろうけどよー。本当に良いのかぁ? オレから見てもマジで美少女だし、折角のチャンスを……」
「僕はマコトの方が白崎さんより美少女だと思ってるから」
「え゛!? う、うーん、あんま褒められた気がしないし趣味悪いぞハジメ?」
「あはは! そうかもね……!」
弱かった自分を、自分の立場なんて関係ないと何時も堂々と守ってくれた幼馴染みだけで良い、それ以外の繋がりなんて薄いだけ。
美少女呼ばわりされて軽く嫌そうな顔のマコトに苦笑いしながら、ハジメはその手を離さなかった。
そう……赤髪の悪魔を守り続け、そして愛し続けたもしもの世界のマコトのように……。
「南雲! 香織を泣かせたとはどういう事だ!?」
「さっきまでアナタ達と話をしていたから、どう考えてもアナタ達が香織に何か言ったとしか思えないわ」
「事と次第によっては……」
そしてお陰で雰囲気最悪状態で迷宮へと入る事になるのだ。
「うるっせーなボケ共!
オメー等が大好き白崎お姫様が、テメーの影響力考えねーでハジメに絡むから、オレが失せろって言っただけだ! まだ文句あんのかゴラァッ!」
「!? ま、マコト!? ち、違う、言ったのは――」
「そんなにそこのお嬢さんが大事なら、温室にでもなんでもぶちこんで管理しろやテメー等がよぉ!!
そこのお嬢さんがハジメに絡むだけでくだんねー悪意ばっか向けるしかできねー能無ししかいねーしよォ!」
『……』
「ったく、胸くそ悪い。
ほら、メルドのとっつぁんよー! 行くなら早いとこ行こーぜ!」
「あ、あぁ……だが、こんな空気で行けないだろ」
終わり
『…………』
「お、おーい、皆ちゃんとついてきてるよなー? …………お、おい兵藤、どうしてくれる? お前と南雲以外の全員の視線が下を向いたままで一言も会話がなくなってるじゃないか……!」
「知るかよ。そのまま魔物に頭から食われてくたばろうが、オレは欠片の同情なんてしねーし」
「あ、あの色々とすいません、マコトが機嫌悪くなってしまったので……」
「お前等だけが色々と例外な理由がなんとなくわかってきたぞ……」
補足
まあ……その、精神構造が既に固まってるから、戦う前に終わってるといいますかなんというか……。
その2
で、案の定白崎さんが泣いてるのを見られて大騒ぎになってハジメっちが責められそうになるが、逆ギレしたマコトが即座に黙らせ、お通夜状態で迷宮入りしましたとさ。
メルドのとっつぁんはオロオロしてたとさ。