トレーナーたちとウマ娘たち 作:メンタル弱々マン
誰か助けて。
ください。
あの日のことはよく、よく覚えている。
私が私であることをやめた日だ。
あの時の、トレーナーの顔は今でも夢に見る。
「ッ……!? ……ゆ、夢、なのか……」
飛び起きた私の冷や汗を垂らした姿は、はっきりと近くの鏡に映っている。
恐怖で怯えたような目、見たくない現実を叩きつけられた顔。
そして、あの日から背負い続けている重圧を。
朝だと言うのに、実に気分が優れない。
あんな夢を見てしまったからだろうか。
悪夢だ。
悪夢を見るのだ。
あれから、何年経ったか。もう覚えていない。
だと言うのに、あの日の景色は悪夢になって出てくるほど鮮明に覚えている。
きっとあの人はこの重圧を一緒に背負ってくれない。
「カイチョー……?」
あの日私が見たものは、一人部屋の中に佇む会長、シンボリルドルフの姿だった。
トレーナーは何も話してくれなかったが、他のウマ娘たちは言った。
『会長はもう二度、走ることはない』と。
あの日見た彼女の顔は、とても悲しそうだった。
悲しそうだったのに私のことを見た瞬間、それを覆い隠すように、明るい顔を取り繕った。
それに酷く、ショックを受けたのを覚えている。
ああ、私には何も教えてくれないのだ、と。
「やぁ、テイオー……来てくれたのか」
「ほ、本当にもう、走らないの?」
「……ああ。私の足はもう、ダメになってしまったからな」
そう言って彼女は悔しそうに自身の足の姿を見ていた。
私は何を言おうか戸惑って、悩んで。
そしたら彼女はこう言った。
「実はな、私のトレーナーが田舎で一緒に暮らさないか、と言ってくれててな」
「トレーナーと? ……カイチョーはそれで、それでいいの?」
「……もう、走れないからな」
暗く、微かな明かりしかない外を窓から見て呟く。
こちらからは見えなかったが、その時きっと悲しそうな顔をしていたと思う。
それが理解できたからこそ、それを見せてくれないことが辛くなっていた。
私には、どうしてもそれが辛かった。
「エアグルーヴにはもう既に伝えてある。逃げるようで、申し訳ないと思うが、私がいなくなった後に伝えてもらう予定だ」
「本当に、もう走れないの? もしかしたらカイチョーがそう思ってるだけで、頑張ったらボクみたいに……!」
「もうだめなんだ。私は」
私の言葉を遮ってそう言った会長の声は、絞り出して出した声だった。
私はその声を、それ以上遮ることなんてできなくて、もう黙るしかなかった。
「……テイオー。君に、後を任せても構わないか?」
そんなこと、そんなこと言うなんて予想だにしていなかった。
いやそもそも、彼女がそう言うはずなどなかった。
当時の私にはその言葉の意図が全く理解できなかった。
でもそれだけ言って、彼女はその場を去って行ってしまったのだ。
立ち去った後で、一つだけ理解した。
私はもう《帝王》ではないのだと。
あの人のような、《皇帝》にならなくてはならないのだと。
数分後、既に遅かったがトレーナーは現れた。
だから私は、ボクは、トレーナーにこう言った。
『……ねぇ、トレーナー。ボクは、ううん。私は、あの人の代わりになれるかな?』
そう言った時のトレーナーの顔は、酷く苦しそうだった。
日常は毎日のように過ぎ去る。
トレーナーが消えて数年経った今も変わらない。
昔とは違うが、今はトレーナーがいる。
「トレーナー。次のトレーニングは」
「も、もう次に行くのかい!?」
「ああ。私はこんなところで止まれないからね」
新しいトレーナーは少し頼りなさそうな顔をしている。
メガネをかけて、いつも忙しそうにあっちこっち走っている。
彼を選んだのは、その頼りなさそうな顔が、あの人を思い浮かばせるからだ。
そう、私は単純に、あの人の代わりが欲しかった。
「次は、街の方でトレーニング施設を借りて練習かな」
「借りれたのか?」
「ギリギリなんとか、予約もいっぱいだから、有馬記念までに間に合わせるのはキツかったけどね」
そう言ってあはは、と笑う姿なんか、特に似ていた。
だからこそ、彼を感じれば感じるほど。
そこにいる新しいトレーナーに申し訳なく思っていた。
街中、最近では常に私のニュースが流れる。
三冠を取った時以上、あの日から常に無敗を取り続けているが故だった。
「トウカイテイオーって、雰囲気変わったよな」
「なんと言うか、シンボリルドルフみたいになった? って感じ」
そんな声だって聞こえた。
あの人のように、そう言われると更に辛くなる。
そうなるつもりはなかった、あの人と並ぶつもりはなかった。
ただ、あの人を目指しただけなのに。
「……」
ふと、一つの声が聞こえた。
「なぁ、トウカイテイオー」
その声は、何度も聞いた声だった。
あの日、いなくなってしまった日。
あの人に、もう一度会って聞きたかった。
今の私は正しいのか。
「トレッ──!」
「お前は一体。何を目指しているんだ?」
振り返って聞こえた声は、それだった。
そして見た先には、私の探し求める人はいなかった。
「と、トウカイテイオー?」
振り返った先には、今着いてきてくれているトレーナーしかいなかった。
かつてのあの人はどこにもいなかった。
だと言うのに、私にはその声が幻聴のように思えなくて。
小さく呟いた。
「……トレーナー。私は、私はっ!!……間違って、いたのか?」
答えを、答えを聞きたかった。
本当に今、私は正しいのか。
ここに立っているのは正解なのか。
一つわかることがあるとすれば、今聞こえたかつてのトレーナーの声は、あのときのように、酷く、苦しそうだった。
そのトレーナーは、信じることができなかった。
そのウマ娘は、強くいることができなかった。
次、誰がいい?
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