トレーナーたちとウマ娘たち 作:メンタル弱々マン
ゆるして、くだされなす。
トレーナーさんと出会ったのはもう、いつのことか覚えていない。
ただあの時、私の走りを見て彼はこう言った。
『君ならば何処までだって行ける』
私はその言葉を、信じた。
私もきっと彼となら先頭の、更にその先の景色を見える。
そう思った。
その日から一緒に走って来た。
あの人の隣の景色は変わることはなかったけど、あの人と一緒に走って来た景色は目まぐるしく変化した。
レースでの勝利を重ね、重ねて、何度も辿り着いて。
気がつくと、日常生活に於いても、欠かせない人となっていた。
ああ、きっとこれからもずっと、こうして歩いて行くんだな、そう思った。
「……とれー、なー、さん?」
その最期の姿を見るまでは。
その日は天皇賞・秋、私とトレーナーさんが今まで一緒に目指して来た場所だ。
果てしない景色を見るために、ここでの勝利は欠かせないものだった。
勝てた先に待つ未来はどんなものなのか。
トレーナーさんは一体、なんて言ってくれるのか。
しかし朝一番に、電話が掛かって来た。
寝起きながらにその電話に答えてみたら、掛けてきた相手はトレーナーさんだった。
そこであの人は、私にこう言った。
「スズカ。走るな」
「え?」
酷く苦しそうに、酷く悲しそうに。
そして、辛そうに。
私に向かってそう言った。
「あの、どうしたんですか? トレーナーさん」
「……頼む、今日は、棄権してくれ」
「え、でも……」
「……ああ、いや。そうだな。すまない、急に変なこと言って」
そう言って突然電話を切った。
私も寝起きだったから、聞き間違いでもしたのだろうかと思った。
その時、既におかしくなっていると気付いていれば、ああはならなかったのだろうか。
レース場に向かう途中、あの人の顔色は悪かった。
昨日とは打って変わって、あまりにも変わりすぎていた。
急にやつれていたものだから、私はつい、声をかけた。
「トレーナーさん……大丈夫、ですか? 顔が真っ青ですよ?」
「あ、ああ……スズカ。俺は、大丈夫だ。それよりも……今日の天皇賞、出るのか?」
そこであの時、聞いたことは聞き間違いでも勘違いでもないことに気づいた。
けれど、そこを追求しようと言う気にはなれず、それでも走らなければいけないと思って。
私は答えた。
「はい。トレーナーさんと一緒に決めたじゃないですか。この天皇賞は勝ち抜こうって」
「あ、ああ……そう、だったな」
そう言って作り笑いを浮かべた。
レース場について別れ、そこから数分後のことだ。
私は最後の確認を取るために、トレーナーがいるであろう控え室へと行った。
そこで見たのが彼の最期の姿だった。
「あの、じょ、冗談、ですよね? と、トレーナーさん。イタズラ、好きですし。ですよね?」
最初は信じることができなかった。
いや、既に心のどこかで彼はもう生きていないと気付いていたかもしれない。
既にその予兆はあったのだから。
「トレーナー、さん?」
ぶらぶらと風に揺れるあの人の体にはもう、命なんてものはなかった。
その時点で理解したくないものを理解した。
瞬間、何で、何でなんでなんでなんで、と。
そんな言葉が頭を埋め尽くして行く。
言葉は次の思考へと結びつける。
なんで死んだのか、なんで死ななきゃいけなかったのか。
混乱する中、あの人の言葉が浮かび上がる。
『走るな』
聞きたくなかった言葉が、今になって鮮明に蘇る。
あの言葉の意味は、どうしてそんな言葉を。
私のせいなのか、私が追い詰めたのか。
あの人はいつも笑って、その笑いすらば作り笑いだったのか。
私が、あの人を、殺したのか。
「たすけて……」
気づけば私の口から、そんな言葉が漏れていた。
そして私は、逃げ出した。
もはやなにもかも放棄して逃げ出したくなった。
学校も、レースも、先頭の景色も。
あの人がいなければ意味はない。
もうなにもかも、どうでもよかった。
あの日から一ヶ月。
私の足は動かなくなった。
色んな人から連絡が来るけども、返す気にすらなれなかった。
スペちゃんからの連絡だって、どんなものかすら確認していない。
私はもう、それでよかった。
なにもかも失って空虚に生きれれば、それでよかった。
あの日あの時、私は全てをあの場所に置いて、殻に篭ったのだった。
トウカイテイオーAfter
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