甘き夜明けよ、来たれ   作:ノノギギ騎士団

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人、動植物に宿り心の働きを司り、生命を与えている原理。

古くより魔法族は魂の存在を認知していた。
『神秘』に属する多くを知る必要はない。だが、感じたのだろう。
彼らを死に至らしめた時に引き裂かれるような苦痛を。



ハロウィーンは去れり

 十月三十一日。

 ハロウィーンの宴の会場となった大広間では、全寮の生徒が就寝することとなった。

 寝袋のなかでクルックスは犯人とされるシリウス・ブラックのことを考えていた。

 考えているのはクルックスだけではない。周りでも皆が同じ事を話し合っていた。

 

「いったいどうやって入り込んだのだろう?」

 

 ──『姿くらまし』を使ったんだと思うな。

 そう話すのはすぐ近くで寝袋を広げ始めたレイブンクロー生だ。

 それを聞いて、腹立たしそうにハーマイオニーが「『姿くらまし』は校内で出来ません」と解説した。

 

「『ホグワーツの歴史』に書いてあるわ。ホグワーツを守っているのは城壁だけじゃないのよ」

 

 クルックスは『姿くらまし』の原理が分からない。現在の夢を見る狩人達が移動するときには必ず狩人の夢を介すが、魔法使いはそれを経ずに、しかも好きな場所に現れることができるらしい。移動中の肉体がどのような状態になっているのか。ネフライトは気になっているらしいが、クルックスも気になっている。

 だがハーマイオニーの言うとおり、学校の敷地内にかけられた魔法のため『姿くらまし』の可能性はない。また、『太った婦人』の絵画は切り裂かれていたそうだ。切り裂ける刃物を持っていたということは『杖を持っていない』という可能性があり得る。魔法の行使は現実的ではない。

 だからこそ、多くの人々には疑問なのだ。

 どうやって入り込んだのか。──クルックスは、眠気がやって来た頭で考える。

 目を閉じて、脳裏に刻んだ文字に集中する。

 連盟のカレル文字『淀み』に反応はない。

 距離が遠いせいだろうか。それとも、たかが犯罪者に虫は宿らないということなのか。しかし、大量殺人犯だとも聞く。魔法界ではいったい何人殺せば虫が宿るのか。数か? それとも殺人の質だろうか? ……ここまで考えが至ったところで『質』という考え方は、クルックスの心にどんよりと暗いシミを作った。ヤーナムで獣となり、虫を宿した人々の全てが殺人を犯しているハズがないと信じていたいからだ。

 

(魔法界で虫を宿した人は、自らの人心の淀みから発したものなのか? ヤーナムに関係ある人物という線もなきにしもあらず。お父様は二〇〇年以上、獣を外に出したことはないとおっしゃった。しかし、人は? 出入り出来た人物はいる。魔法使いは、数こそ少ないがしばしばヤーナムを訪れたと聞く。ヤーナムの輸血液は、水より手に入れるのが易い。魔法が使えれば、その辺の市民から巻き上げることもできるだろう。水と等しく必要で、時に硬貨より価値を持つのがヤーナムの輸血液だ。……しかし、訪れた魔法使いがキッカケだったとして、彼らが百年以上生きるのは稀だ。となればヤーナムの輸血液ないし『何か』が子孫に受け継がれて……?)

 

 消灯のため大広間の蝋燭の炎が一斉に消えた。

 それからしばらく、まだお喋りをしている生徒を静かにさせるため生徒の間を監督生が歩き回り注意する声が遠くに聞こえた。

 

 クルックスも寝袋にすっぽり頭を埋めて考え事をしないように努力した。

 慣れない環境でしばらくそうしていた。朝方になりようやく浅い眠りを得ることが出来た。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 翌日、シリウス・ブラックの話で城内は持ちきりだった。

 クルックスは、朝方まで寝付けなかったせいで日の光を見るだけでガンガンと頭が痛い。加えて、今日ばかりは女子生徒の高い声がキンキンと耳を刺激した。どうやら自分は寝不足になると神経過敏になる節があるらしい。

 

「どうやって入り込んだと思う?」

 

 周囲の話題に触発されたネビルに訊ねられる。

 クルックスは昨夜から用意していたことを話した。

 

「校内に入ったのならばナイフ一本あれば城壁を上ることができる。つまり非魔法族でも出来ることだ。だから城に入った方法より、吸魂鬼を出し抜く方法に注目した方が良いのだろうな。その方法は、アズカバンとかいう監獄を脱出した時と同じだろう。……シリウス・ブラックには他の魔法使いにはない、何か『とっておき』があるのだろうな」

 

「吸魂鬼を出し抜くってどうやるの?」

 

「さぁ。分からない。こういうのはルーピン先生の専門だろう。俺が思いつくのは、せいぜい、そうだな。ものすごい速さで移動する、とかどうだ? 箒とか」

 

「吸魂鬼は箒より速いと思うわ」

 

 そばで朝食を食べていたハーマイオニーが、山のように抱える本の中から『世界で最も穢れた魔法生物全集』を取り出した。

 ──誰も吸魂鬼の体重を量ったことはないが、彼らには脚が無い。人体でいうところ約三〇%が存在しない。胴体が欠けていればさらに二〇~四〇%存在しないことになる。

 

「だからたぶん、とても軽いのよ」

 

「でもハーマイオニー、フーチ先生が言っていたけど授業用の箒でも時速一一〇キロ出るんだ。ニンバス系の競技用の箒ならたぶん時速一五〇キロくらい出るだろうし、世界最高峰のファイアボルトはたった十秒で時速二四〇キロまで加速するんだ。吸魂鬼を振り切れるとは思わない?」

 

 サンドウィッチを囓っていたハリーが早口でクルックスの『箒で突撃説』を支持した。

 ハーマイオニーは鼻で軽く笑った。

 

「吸魂鬼が『ヨーイ、ドン』で競争してくれるなら、ほんの数秒勝てるかもね。でも相手は学校の周りだけでも百体以上いて、水も食べ物も要らない生き物ということをもっと真剣に考えるべきだと思うわ」

 

「なるほど。飲まず食わずではこちらが干からびるな」

 

「だいたいシリウス・ブラックが店頭に並んでる箒を買えるとは思いません。吸魂鬼も空を警戒しているハズよ。ふくろうが飛ぶより目立つでしょうし」

 

 まるでマクゴナガル先生のようにキッパリとハーマイオニーは言い切り、ベーコンサンドウィッチを食べた。正論である。

 

「じゃあ、変装とか?」

 

 ネビルが言った。それを聞いて周囲のほとんどの生徒は小さくクスクスと笑った。『まね妖怪』でスネイプをハゲタカの剥製付の滑稽な姿にしたことを皆が思い出したからだ。ネビル自身「おかしなことを言っただろうか」と不思議そうに周囲を見たが、ややあって彼も『まね妖怪』事件を思い出し、申し訳なさそうに笑った。

 

「変装は意味がないでしょうね。ホグズミード行きの時に校門を見たでしょ。ああやって吸魂鬼たちの警備が入り口全てを見張っているの」

 

「『見張る』? 吸魂鬼には瞳があるのか?」

 

「それは……さあ……?」

 

 吸魂鬼が厳密に視界だけで生活しているとは思えなかった。暗い世界の生き物には灯りが必要ないのだろうか。それとも月の光だけで十分なのか。

 

「どうして気になるのさ」

 

 ロンが眠たげに訊ねてきた。

 今度の質問は、クルックスにも答えることが難しい。感覚的なことだったからだ。

 

「吸魂鬼はボロボロのローブのようなもので全身を覆っているだろう。目があるにしては不自由な格好だ。だから、彼らにはもっと原始的なもので生物を感知しているような気がする……。なぜ吸魂鬼は、特に影響の受けやすい人を見つけ出すことができるのだろうか? 視覚に頼らない特別な感覚器官があるのかもしれない」

 

「それはあるかもね。フードの中身がどうなっているか知っている人は少ないでしょうけど……」

 

「どういうこと?」

 

 ハリーが手を止めて訊ねた。

 

「吸魂鬼の顔を見た人は、もうまともじゃなくなっているの。悍ましいものだわ。……魂を吸い取るなんて」

 

「たましい!?」

 

 クルックスは、声を裏返して繰り返した。

 

「ひょっとして魂があると信じているのか? 魂? そんなものが存在するのか?」

 

『魂』という概念は知っている。しかし、それは言葉の意味を知っている程度のものだ。人の肉体に宿るとされる霊魂。似たような概念をヤーナムでは遺志と呼ぶ。決して魂とは呼ばない。同一視されていないからだ。

 

「魂が、本当に? 君達にも?」

 

 クルックスは隣に座るハーマイオニーを見つめた。

 

「魂はどこにある? 君の、君達の──」

 

「ちょっと」

 

 ハーマイオニーは分厚い本でクルックスの視線を遮った。クルックスはハーマイオニーのスカートを熱心に見つめていた自分に気付き「すまない」と目を逸らした。

 

「し、失礼した。だが、俺は──死体でも、あ、いや──魂なんてものを見かけたことがない。君達は見たことがあるのか?」

 

「ないわよ。でも実際にそれを吸い取るモノがいるなら、あるんでしょう」

 

「おいおい、吸魂鬼の吸『魂』鬼を何だと思っていたんだい?」

 

「ものの例えかと思っていた……。魂は実在するのか……? なんということだ。では、ひょっとして、ひょっとして、魂は、俺にもあるのだろうか……? いや、まさか……そんなハズは……」

 

「吸魂鬼に聞きにいかないでくれよ」

 

 ネビルが、かなり心配そうに言った。

 ばたばたと気だるい朝食を終えると半日ぶりに寮へ戻った。教科書を取りに行くためだ。

 昨夜、切り裂かれたという『太った婦人』の肖像画は取り外され、代わりにずんぐりしたポニーに跨がった『カドガン卿』の肖像画が掛けられた。

 これには寮の全員が大いに困った。合言葉は複雑になり、少なくとも一日に二回は合言葉を変えたからだ。

 それから数日後。

 とある夕食後、寮に出入りする生徒が減った頃を見計らいクルックスは談話室を出た。

 インク壺を持ち、ペンを咥え、小脇には手記を持って『カドガン卿』の前に立った。

 

「ええい、卑怯者! 戦え、若人よ! これは互いの名誉ある決闘ぞ──」

 

「キリがないのだ。合言葉がこうも変わるのでは。……まあ、一応の礼は尽くさねばな」

 

 狩人の一礼をしてから、クルックスは勇ましく宣戦する『カドガン卿』の言葉を遮った。

 

「ドウドウ。騎士なる御仁、今週使う合言葉を全て教えてくれ」

 

「汝、知を求めし者であったかっ! よいぞ! しかと我が言葉を聞くよい『秋に寄せる、ヒバリの囀り。君を鳥と呼ぶ、思われ人よ』」

 

「秋に寄せ……ん? ちょっと待ってくれ、カドガン卿。これは四日分か?」

 

 フンフンと鼻を鳴らし、手記に合言葉を綴り始めたクルックスは目を瞬かせた。

 

「おおっ若人よ! 明日の午前中の合言葉である! 明日の午後の合言葉は『湖の畔、イカの──』」

 

「待て待て、まだ書いていないぞ! ヒ、ヒバ、ヒバリの囀り……うん? ヒバリって何だ?」

 

 クルックスは三〇分かけて今週の合言葉を聞き取り、書き上げた。

 えらく手間だが、聞いておいて良かったという気持ちだ。知らない間に合言葉が変わって授業に遅れそうになったことが何度かあった。

 

「ふぅ。ご協力ありがとうカドガン卿。次回はもう少し短い合言葉にしてくれ。俺にはとても覚えられない」

 

 すぐに「軟弱者めがっ!」という叱責が飛んでくる。

 この調子でクルックスはカドガン卿が壁に掛かっている間、休日明けに一週間の合言葉を聞き取ることになった。

 いちいち反論するのも煩わしくなり「俺は貴公のように勇敢ではないからな」と下手に出てみた。

 

「ハハハ! 役に立てたのであれば騎士の誉れであるっ! いざ行かん、若人よ!」

 

「ああ、はいはい。おやすみだ」

 

 クルックスは手を振った。自分で書いた長い合言葉の群れを見て「一刻も早くネタ切れになってほしい」と強く思った。

 寮へ戻ろうとしたところでネビルが階段を昇って来る様子が見えた。

 

「入らないの?」

 

「ああ、今週使う予定の合言葉を聞いていたんだ」

 

 ネビルと共に寮に入ってから彼に頼まれた。

 

「合言葉、写させてもらえないかなぁ……あんなに長い合言葉、覚えられないよ」

 

「構わないぞ」

 

「ありがとう!」

 

 ネビルが羊皮紙に合言葉を書き写している間、クルックスは談話室のソファーに座ってネフライトから頼まれていた父たる狩人へ提出する書類を読んでいた。夏休み中にダイアゴン横丁で購入したタイプライターで書かれた文章はブロック体の視認性の高い文字で綴られていた。

 ネフライトはどのような時間の使い方をしているのか分からないが、毎週決まった文章量の論文を書き上げていた。彼の頭には、いつも色とりどりで温度さまざまな言葉が飛び交っているらしい。異なる神秘に対する興味のネタには尽きないのだろう。クルックスも彼の興味がどこにあるのか、いつも気になっている。

 今週の論文も興味深い。ちょうど『闇の魔術に対する防衛術』の授業で取り組んだものだった。

 

「人狼か……」

 

「人狼がどうしたの?」

 

「『闇の魔術に対する防衛術』のルーピン先生の代わりにスネイプ先生が来て授業をしただろう。興味深い話だった。人狼とは、人間と狼を行き来する存在だと聞く。──『人間になり損った獣か? 獣に堕ちた人間か? どちらで認知されているのか?』」

 

 ネフライトの論文が投げかけた疑問を、クルックスはネビルに提示した。論文はその後、人狼の定義からはじまり社会的な存在の考察まで行っているようだ。それはそれとして、実際に魔法界で生きる人々の認識はどうなっているのか、こうして聞き込みをすることは貴重な情報となるだろう。

 ネビルは曖昧に唸り、何と言うべきか言葉を探しているようだった。

 

「どちらでもない、かな。可哀想な人たち……だと思う」

 

 可哀想、という感想は、どう扱ってよいものか。

 彼は聞いておきながら持て余した。

 

「……。人狼は、人狼となった者に噛まれることで伝染するものだとも聞く。……血液感染。身に覚えのあることだ。ここにもあるのだな」

 

 半分ほど独り言だったが、それを聞いたネビルはギョッとした顔で身を引いた。

 クルックスはすぐに言葉足らずだったことに気付き「俺が人狼に噛まれたことがあるワケではなく」と言い募ろうとしたが、やがて口を閉じた。

 誰しも命の危険がある存在に近付きたくはない。

 その心理はクルックスにも分かる。死にきれない身を持つ者といえど見え見えの罠に飛び込んでいく愚は、ごく少ない。彼の反応が特別に異常や臆病だとは思わなかった。

 危険を恐れる時、人は無意識の心で危機の先にある死を見つめている。そのため危機に対し身構えるのは、あまりに普通で正しい反応だ。クルックスは衝撃をもってその事実を受け止めた。狩人は、しばしば危険を危険と認めつつそのなかに飛び込んでいく必要があるからだ。危険の前で立ち止まることが、いかに『まとも』であるか思い知らされた気がした。

 

「よく考えてみたら、君がいなかった日はないから人狼ではないよね。ああ、ビックリした」

 

「ネビル、君は、とても素晴らしい。……俺は魔法族の常識が欠けていることが多いが、実は、人間としても早熟なのだ。知らないことがたくさんある」

 

「ほ、褒めてるの?」

 

「褒めていない。事実を述べているだけだ。──さて、問題は人狼だ。まあ、言葉にしてもらわなくとも人狼がどういう扱いの存在であるかは分かった。つまり狼人間とは『できるだけ死んで欲しい生き物』ということだな」

 

「そ、そこまでは言わないよ」

 

 ネビルの否定をクルックスはグリフィンドール生らしい良心溢れる態度と受け取った。

 そのため。

 

「遠慮することはない。そして良心の呵責も不要だ。なぜならば、人の命を脅かす獣は全て死ぬべきで殺すべきなのだからな。当然の帰結だ。そうだとも。君は俺と同じくらい正しい。自信を持つといい」

 

「危険だけ考えれば、そういう意見もあるんだろうけど。でも、ばあちゃんが言うには『あの時代、先頭に立って戦ったことで噛まれてしまった人がいる』って。勇気と名誉の負傷だから人狼を全部ひっくるめて、そんな、できるだけ死んでほしいなんて言えないよ」

 

「……では人狼は隔離されているのか?」

 

 クルックスはヤーナムの旧市街を思い出している。

 消えることのない炎から煙が漂う、捨てられた町だ。あそこでは、ヤーナムでは唯一──と言って差し支えない──獣が人間の数より多く闊歩する街だ。旧市街へ続く市街や隠し街からの道は通行不可能な場所となっており、且つ、旧市街を守る狩人が旧市街までの道を時計塔に設置されたガトリングで四六時中狙っている。不自由な地理と古狩人の命がけの献身により、ようやく存在は黙認される。獣の脅威を医療者から市民の全てが知るヤーナムにおいてはそうだ。

 

「危険な人狼といえど殺せないのなら管理されていなければならない。しかし、そのような噂は聞かないな?」

 

「管理は……されていないと思う。……人狼には、ああ、ええと……人権があるから……」

 

「じん、け……人権? 人権……? 待て。言ってくれるな。それくらい俺にも分かる。恐らく『人間であるための権利』というものだな?」

 

「違うよ!?」

 

 ネビルにまじまじと顔を見つめられた。どうやら質の悪い冗談を言っていると疑われたらしい。

 

「──たぶんマグル学の先生にそれを言ったらトロール並って言われるよ。人権って、えーとえーと、なんて言うんだろうな。人間なら、当然持ってるモノ、みたいな……?」

 

「なんと。正しく啓蒙的発想だな。……さすが二〇世紀だ」

 

 クルックスが隔世をしみじみと感じている傍らで。

 これまでの彼らの話を聞いている者がいる。テーブルいっぱいに広げた宿題片付けつつあるハーマイオニーは、鼻先がムズムズと痒くなる思いをしていた。

 ──とても会話に割り込みたい。

 まず「人権の興りとは、一八世紀に国家権力からの自由を意味するものとして出発していて、ネビルが言った当然に持っている権利という考え方は細かくは社会権の役割で……」と話に割り込みたい。そして次に人狼に対するクルックスの思考の歪みを指摘したい。親を獣に殺された過去があるのだろうか。だが席を立ち上がって聞きたい気持ちをまだ堪えていた。なぜなら、ハーマイオニーの予想が正しければ、人狼の存在は彼らが思っているよりも身近に存在するのだ。

 

「人狼が非魔法族を噛むと、噛まれた彼らは失血で死ぬらしいな」

 

 クルックスは、鞄から教科書を取り出して後ろの項を読み始めた。

『動物もどき』と人狼の違いについて書いてある。そのなかのひとつに発生方法があった。

 

「魔法使いであれば、銀粉とハナハッカによる特別な対処が必要だが生き延びることもできる。もっともスネイプ先生に言わせれば、人狼になることを拒み『死なせてくれ』と嘆願する悲話もあるそうだが」

 

「つまはじきにされるのに耐えられないんだろうね。……家族があれば家のなかにいても周りの目が、きっと気になってしまうだろうから……」

 

「……?」

 

 クルックスはビルゲンワースの学舎という禁域の森の中に住んでおり、実感し難いことのため理解に時間を要した。

 さまざまな理由で孤立した場所に住む人々は、魔法族にも非魔法族にも存在する。使う技術の系統が違う彼らには、共通する問題がある。人間が生きていくために必要な要素。即ち、衣食住だ。特にも生命維持に必要な『食』に関することは、大切だ。

 水と輸血液と芋だけで二〇〇年以上もの時間を人間が暮らすことを可能にしたヤーナムは、魔法族と非魔法族のどちらの尺度で測っても狂っているため、こうした問題を論じる場合は、常に論外としなければならないことをクルックスは意識して実行しなければならなかった。普通ではない状態が普通であった環境にいた彼はしばしば、この手の思考の切り替えを求められた。

 ネビルの言いたいことはつまりこういうことだろう。──一般的に食料を完全に自給自足することは難しく、人間はどこかで他者と接点を持ち、交流をしなければすぐに乾き、飢えてしまうのだ。

 

「なるほど。道理だな。人間は、人間同士の関わりがなければ生きていけない」

 

「だから狼人間は、狼人間同士でまとまって生きてるとか何とか。僕の家の近くにはいないと思うから詳しくは分からないけど……」

 

「それは幸いだ。狼人間など根絶やしにすべきだからな。獣が人間の形をすることがあるのは、お互いにとって不幸なことだ」

 

「望まずにそうなったんだから、やっぱり悪くは言えないよ……」

 

「害あるものに必ずしも敵意があるとは限らない。だが、害は害なのだ。危険を予め摘んでおくことに何の躊躇いがあるだろう? お互いに傷つけたくないのなら、せめて隔離すべきなのだ。彼らには、その理性があるのに──」

 

 ヤーナムは、棲まう上位者の思惑により二〇〇年以上そうしてきた。

 けれど、まあ──クルックスは想像力を働かせた。

 街であるヤーナムは空間的な閉鎖が可能であるが、魔法界ひいては魔法族は一カ所に集中して住んでいない。ホグズミードが唯一の例外である集落だと聞く。多くの魔法使いや魔女たちは、小さな小さな集団で生活しているのだ。そんな小さな小さな集団からも爪弾きにされ、狼人間同士の集団で生活しているとすれば、魔法省が号令を掛けたとして素直に従うとは思えない。

 やはり根絶やしが確実だ。次の被害を生み出さないためにも。──クルックスは、結局その結論に辿りついた。

 

「隔離……うーん……難しいと思うよ。危険な魔法動物は狼人間に限らないから……危険の隔離を目的としてしまったら、たぶんキリがない」

 

「それもそうだ。魔法界も危険がいっぱいだな」

 

「そうなんだよ。危険がいっぱいなんだ。正直なことを言うとヒッポグリフも僕はかなり怖い。あんなに大きいんだよ? マルフォイなんか丸呑み出来そうじゃないか」

 

 話の結末を聞いてハーマイオニーが教科書に突っ伏したのを二人は知らない。

 クルックスはネフライトからの依頼に目を戻し、やがて仕舞った。

 明日はクィディッチ初戦、グリフィンドール対ハッフルパフが行われる。即ち、ネフライトが提案した『必要の部屋』の調査日だ。

 しかし。

 

「嵐が来るな。雨はどうも好かない。目も耳も鼻も火も役立たずになる」

 

 冬に向かうにつれ、天候は崩れ始めている。

 肌と髪に感じる湿気にクルックスは目を細めた。

 





魂があるのか
 クルックスは魂のことをこれまで「あー、あの、アレ、遺志に似た感じのアレだろう」とぼんやり考えていました。実在することを皆信じて疑わないのでビックリです。ま、まぁ、魂がなくても遺志があれば何でもできるし(筋力99)。けれど、でも、皆があるものを自分が持っていないのはすこしだけ悲しい。


人狼
 子供でも噛みついて人狼にさせるフェンリール・グレイバックとかいう真性のテロリストが存在することを知ればクルックスは一気に人狼根絶過激派になるかもしれません。え、連盟の時点で過激派? そんなっヤーナムいちまともな組織団体なのに──!?


魔法省と人狼
 このあたりの歴史については旧ポタモアのエッセーが本になっているので……読もう!
 どうせ差別されるならわざわざ名乗り出るなんてアホらしいよなァ!(人狼並感想)
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