甘き夜明けよ、来たれ   作:ノノギギ騎士団

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ラブ・レター
一般的に艶書を表す言葉。
学究の間では、用例の限りではない。



クィディッチが明けて

 

 クィディッチ戦は、グリフィンドールの敗北だったそうだ。

 クルックスは、事の顛末をディーンとシェーマスから聞いた。

 

「あれは、本当に仕方のないことだったよ」

 

「フィールドに吸魂鬼なんて。誰が予想できるっていうんだ。ハリーが真っ逆さまで空から落ちてきたときは、目を覆ったよ。ダンブルドアがいなかったらどうなっていたか!」

 

 吸魂鬼の乱入により大荒れとなった試合を決着させたのはハッフルパフのシーカー、セドリック・ディゴリーがスニッチを掴んだからだという。

 

「むむっ、キャプテンのウッドは試合中止を申し出なかったのか? 吸魂鬼の乱入は中止に値する珍事だろう?」

 

「ハリーが落ちた直後にディゴリーがスニッチを掴んだから、もう中止にする時間がなかったんだ」

 

「フェアだった。ウッドも認めたよ」

 

「そうだったのか。負けたのは残念だろうが、命に別状がなくてよかったと思う。それに、まだ優勝杯の敗退というワケではないのだろう?」

 

「ああ、ハッフルパフがレイブンクローに負けて、グリフィンドールがレイブンクローとスリザリンに勝てば、あるいは……」

 

「あとは点差も重要だよ」

 

 ディーンとシェーマスが点数差を議論している後ろで、ロンとハーマイオニーがずぶ濡れの雨合羽を抱えてやって来た。

 クルックスは彼らの議論から抜け出すと暖炉の前で身震いしている二人のそばに立った。

 

「やあ、ハリーは起きたのか?」

 

「ええ。なんとか」

 

「ハリーの前で箒の話をしないでくれよ。ニンバスが折れちゃって落ち込んでいるんだ」

 

「ああ、気を付ける」

 

 二人は、水気の一滴もないクルックスを頭の上から靴先まで見た。

 

「クィディッチの観戦に来なかったの?」

 

「ああ。宿題が……うん……俺は遅いからな。ほら、『闇の魔術に対する防衛術』で代わりに来たスネイプ先生が課題を出しただろう? あれは手こずりそうだからな」

 

 正確には、取り組んで終わった課題だった。

 平日の最終日、深夜の勉強会で『きょうだい』が集まった時にほとんどの時間を費やして片付けた課題だった。

 

「もう書いた?」

 

「なんとかな」

 

「ちょっと見せてほしいなって……」

 

 ロンは、チラッと隣のハーマイオニーを見た。ハーマイオニーはまるで聞こえなかったよう振る舞い、濡れた髪に引っ付いた小枝を暖炉に投げ入れた。

 今学期が始まって数ヶ月が経つ。その間、昨年には見られなかった彼らの不仲をクルックスは目の当たりにすることが増えた。論争のほとんどはハーマイオニーの飼い猫、クルックシャンクスがロンのペット、スキャバーズを襲っていることについてだった。

 

「貴公らは、猫とネズミのこと……まだ喧嘩をしているのか?」

 

「クルックシャンクスは、女子寮にいます。ネズミは安全でしょ。飼い主がキチンと管理していればね」

 

 ロンが反論しようとしたが、クルックスが気付く方が早かった。

 

「──君の猫、そこにいるぞ」

 

 談話室のザワザワとした人の動きが気になったのか、クルックシャンクスが女子寮から音もなく忍び下りてくるところをクルックスは指差した。

 

「クルックシャンクス! どうして出てきちゃったの?」

 

 顔面にパンチを食らったように潰れた顔面をもつオレンジ色の猫は、すぐにハーマイオニーの両腕に捕まった。

 

「早く野蛮な獣を連れてってくれよ」

 

「待て。猫は野蛮な獣ではない。聞けば猫は元は愛玩用で、食料庫に発生するネズミを狩るために人間が飼い始めたものだと聞く」

 

「野蛮じゃないか!」

 

「野蛮ではない。猫がネズミを追いかけてしまうのは本能的なものだ。狩人が獣を狩るのと同じくらい普通のことだろう」

 

「じゃあ諦めてスキャバーズをクルックシャンクスの夕食にしろって?」

 

「まさか。猫の本能とはいえ食事に困っていなければ餌にはならないだろう。だから互いに慣れる時間が必要なのかもしれないと思ってだな。……とはいえ、食べる。その手もあるか」

 

「ないよ!」

 

 ロンは肩を怒らせて男子寮に去って行った。

 残されたハーマイオニーが責めるようにクルックスを見た。

 

「すまない。猫とネズミの関係を伝えたかっただけなのだが……。俺はきっと余計なことを言ってしまった」

 

「あなたって本当に……タイミングが良くないわ。言われなくたってロンも分かっているわよ」

 

 ハーマイオニーは腕の中でもがき始めたクルックシャンクスを抱えて女子寮の階段を登って行ってしまった。

 ロンも分かっている。──猫がネズミを追うことを、という意味だろう。

 クルックスは、近くのソファーに座り、溜め息を吐く。猫がネズミを追う理由が常識として知られた事実だったとは知らなかった。クルックスは猫という存在を今年になって初めて間近で見聞したのだ。ネズミには並々ならぬ因縁があるのだが。

 金輪際、もう何も言うまい。そう出来たらどんなにいいだろうか。ネフライト並の天才的頭脳の持ち主でもなければ、寮生活では必須のコミュニケーションは存在することを彼はもう嫌となるほど知っていた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 休日が明けた。

 クルックスは出来る限り学業に打ち込んだ。もとより意識していなくとも増え続ける課題に目を回していたこともある。だが、辛くはなかった。同じように宿題にネビルと苦しみを分かち合うことが出来た。──今年になり実感を深めたことだが、ネビルは『薬草学』に対して並以上の成績を持っているようだった。緑の草は全て同じに見えてしまうクルックスにとって彼の知見は、とても参考になるものだった。

 クィディッチに負けた影響は、生活の端々に現れた。

 

「──やめないか。見苦しい。純血の御曹司にしては品位に欠ける行いではないのかな。ホグワーツまでの列車の中では君に笑ったり泣いたりする余裕はなかったと聞いたが?」

 

 たいていのことがどうでもいいと言って憚らないセラフィがマルフォイに対して放った言葉に『魔法薬』の教室の約半分が振り返ったと思われた。

 ヒッポグリフの一件で怪我をしていたマルフォイはとうとう全快した。包帯を取り去り両手を完全に使えるようになった彼は、この時、ハリーが箒から落ちる様子を嬉々として真似していた。まさか身内の寮から口撃されるとは想定していなかったのだろう。かなり驚いた顔をしていたが、その後、すぐに気を取り直した。

 間もなく吸魂鬼を真似し始めたマルフォイにキレたのはロンだった。咄嗟にテーブルの上にあったワニの心臓を握り、投げつける。それは──ヌルヌルする心臓のせいで手元がおかしくなったのだろう──マルフォイの一列前に座っていたセラフィの横面にぶつかり、パァンと小気味よい音を立てた。

 ──これにはスネイプ先生が黙っていないぞ。

 一部始終を見てしまった多くの生徒が、そう思い一斉にスネイプ先生を見つめた。クルックスの見間違いでなければ、かの先生はセラフィに直撃する瞬間を見届けた後、わざわざ背中を向けた。そのため多くの生徒は、数秒間壁際で横歩きの奇行をするスネイプ先生を目撃した。

 壁から生徒へ視線を移したスネイプ先生は、それから教室をズイと見渡して言った。

 

「グリフィンドールの品位欠ける振る舞いに対し、五十点減点する」

 

 何人かの生徒が妥当だと頷いた。

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「ビックリしたなぁ」

 

『魔法薬学』の半地下の教室から解放された後は『闇の魔術に対する防衛術』の授業だ。

 その道中、シェーマスがスリザリンの集団をチラチラと振り返りながら言った。セラフィは教科書の詰まった鞄を友人に渡し、すぐに手洗いに行ったようだ。魔法を使う方法もあるだろう。けれど、水でさっぱり洗い流したい、という気持ちは多くの女子生徒に理解されたようだった。

 

「スネイプの教室で、いつもよりも調子乗ったマルフォイにあんなこと言えるなんて。話したところをあまり見たことなかったけどイカしてるね」

 

「彼女は、吸魂鬼が好きではないからな」

 

 たまたまシェーマスとディーンの後ろを歩いていたクルックスは、コメントを差し挟んだ。

 二人は教科書を抱え直し、振り返った。

 

「そういえば、クルックスと友達だろう? なんで?」

 

「な、なんで? それはだな、俺と彼女は親戚の間柄だから何でも何も、だ。ちょっと、いいや、かなり手段を選ばないだけでまともな女性なのでぜひ話をしてみてほしいものだ」

 

 クルックスの隣でネビルがコクコクと頷いた。

 

「この前、ホグズミードでチョコレートをもらったよ。そういえば蛙チョコレートのカードでカーミラ・サングイナ婦人が出たんだけど、彼女は蛙チョコレートを集めている?」

 

「集めていないから貴公が持っていて構わないと思うぞ。不要なら、交換会に出しても構わない。ところでカーミラ・サングイナ婦人とは誰だ」

 

「カード裏の説明によると『若さと美しさを保つため、命を奪った相手の血を満たした風呂に入った』女性の吸血鬼だって」

 

「血を風呂に? はぁ? ずいぶんと無駄なことをするのだな……? お貴族様ではあるまいに……」

 

 そんなことを話しているうちに『闇の魔術に対する防衛術』の教室に着いた。

 グリフィンドールの生徒が皆教室の前で立ち止まり、教室のなかを見ようと首を伸ばしている。

 誰かが「大丈夫そうだ」と言った。

 何が大丈夫なのだろうかと不思議に思いつつ、教室に入ると理解した。

 

「やぁ、皆」

 

 ルーピン先生が復帰していた。目の下にくまができて、雰囲気が全体的にくたびれていた。

 ──本当に病気みたいだ。

 人混みのざわざわしたなかでそんな言葉が交わされ合った。いくつかはルーピン先生にも聞こえたようだが、彼は「まぁね」と曖昧に微笑んだだけで取り上げることはしなかった。そんなことよりも彼には重要なことがあった。

 

「スネイプ先生がヒドいんです!」

 

「狼人間について! 羊皮紙二巻なんです!」

 

「代理だったのに宿題を出すなんて!」

 

 誰かともなくルーピンが病休の間、スネイプが教室でどんな態度を取ったか不平不満をぶちまけた。

 

「君達、スネイプ先生にまだそこは習ってないって、そう言わなかったのかい?」

 

「言いました。でもスネイプ先生は──」

 

「耳を貸さないんです!」

 

「羊皮紙二巻なんです!」

 

「よろしい。私からスネイプ先生にお話しておこう。レポートは書かなくてもよろしい」

 

「そんなぁ。私、もう書いちゃったのに」

 

「なんと、なんと」

 

 がっかりした顔をしたのはハーマイオニーとクルックスだけだった。

 授業は、病休前と同じくらい楽しく興味深いものだった。

 ルーピン先生はガラス箱に入った『おいでおいで妖精』(ヒンキーパンク)を持って来ていた。一本足で鬼火のように幽かで、儚げで、害のない生き物に見えるが、旅人を迷わせて沼地に誘う魔法生物だという。ガラス箱の中に入った『おいでおいで妖精』はピョンピョンはねてそのうちガラス箱のなかでぶつかった。

 終業のベルが鳴り、荷物をまとめて出口に向かう皆の流れに逆らう者が三人いた。ハリーとハーマイオニー、そしてクルックスだった。ハーマイオニーはせっかく書いたレポートを提出したいのだろう。クルックスも同じ用件だ。ハリーだけは先生に呼ばれたので教室に残った。彼は、なぜ呼ばれたのか分からず怪訝そうな顔をしている。

 

「先生、スネイプ先生が出した課題のレポートです。先生に見ていただきたいので提出します」

 

「ああ、構わない。ただ返事が遅くなってしまうよ」

 

 ハーマイオニーは「問題ない」ことを伝えるとぱたぱたと忙しく教室を出ていった。

 クルックスも教壇にレポートを提出した。

 

「俺もハーマイオニーと同じですが、狼人間について本で調べただけだと分からなかったことがあります。出来れば、お返事をいただきたいです」

 

「ああ。あわせて返事をしよう」

 

 クルックスは一礼すると鞄をつかんだ。

 

「ハリー、この前のクィディッチの試合のことを聞いたよ。箒は修理できないのかい?」

 

「はい。出来ないくらい砕けて……。暴れ柳にぶつかってしまいましたから」

 

「そうか──」

 

 彼らの会話を背中にクルックスは教室を出た。

 

 

■ ■ ■ 

 

 

 

「ラブ・レターかな、それは」

 

 高いキーキー声に訊ねられ、ルーピンはいつの間にか近付けすぎていた羊皮紙から顔を上げた。

 ──ラブ・レター?

 いつもよりすこしだけ高い声になってしまったルーピンは、言葉を繰り返しながら紅茶を一口飲んで喉を潤した。ルーピンの知るラブ・レターの定義の場合、放課後の職員室にそぐわない単語だった。

 

「おや、違ったかな。我が寮のネフライト・メンシスからの果たし状かと思ったのだがね」

 

 ルーピンはフリットウィックに詳しく事情を伺った。この時まで彼は知らなかったのだ。ホグワーツの教授の間で『ラブ・レター』と呼ばれる物があることを。

 差出人はいつもネフライト・メンシスだ。

 一般的に「愛を告白する手紙のこと」を指す語は、ホグワーツ教授陣の間では「果たし状」と同義であった。羊皮紙を開けば、レイブンクローの奇才からの質問がビッシリとしたためられている。迂闊な返事をしたら最後、倍の質問を受けてしまう。

 あれはそういうことだったのか。なんら疑いなく授業への質問だと思い、回答し続けてきたが他の先生にも同じような質問状が届いていたとは。

 

「ああ、でも今日は彼ではないですよ。グレンジャーとハントです。……彼らは、どういう生徒ですかね」

 

「グレンジャー、あぁ、グリフィンドールの誇る優秀な生徒ですな。もっとも、最初の一ヶ月ですぐに分かったとは思いますがね」

 

 まるで自分の寮の生徒であるようにフリットウィックは嬉しそうに頷いた。

 

「もし、総合的な学年の主席を決める機会があれば四寮一致で彼女に決まりでしょうな。ハントは……真面目は真面目だが、あまり印象に残らないね。トロールをミンチにすることにかけては学年トップになれるでしょうが──」

 

 ルーピンは再び聞き返した。

 自分がホグワーツを卒業して何年か経った、現在のホグワーツの教授職の間では『トロールのミンチ』を意味する暗喩があるのだろうか。そんなことを疑問に思ったからだ。

 

「いえ、いえ。言葉のとおりです。『ヤーナム』という、どこにあるかも知れない片田舎から出てきた彼は、あー、ちょっと特殊で、うん、鉄棒一本あればトロールに引けを取らない力を見せますよ。それ以外は誰ともトラブルを起こすこともなく静かな生徒ですな。後は校内をパトロールでうろついている以外は特に……。小テストの回答は、ときどきトンチンカンな回答もありますが」

 

 もしも、フリットウィックから話を聞かなければ、悪い冗談だと思ったかもしれない。

 

「『ヤーナム』とは聞いたことがない街の名前ですね。……いったいどこの街です?」

 

 その質問をしたときフリットウィックの目が、ほんの数秒、数メートル先のスネイプの背中を見た。それを見てしまったルーピンは、彼に悟られないようにあたかも紅茶の水面に浮かんだ茶の葉の屑が気になっていたように振る舞った。

 フリットウィックは目だけで左右を確認し、周囲の先生が小テストの採点や明日の授業の準備で忙しいことを確認した。

 

「……二年前に『闇の魔術に対する防衛術』の担当をしていた人は知っていますね?」

 

「ええ、クィリナス・クィレル。仕事を受けるときに彼の来歴から彼らの末路まで、校長先生から聞いています」

 

「ヤーナムは、今は亡き彼が見つけた秘匿の街です。住人の彼ら曰く『秘匿されていない』とのことだが、魔法省は辿り着けなかった。誰も。今のところ辿り着いて帰って来たのは二人。そのうち生きている者は、ただ一人だけ。イギリス魔法界の膝下にあって見落とされた街なのかもしれませんね。熱心に興味を持って調べているのは『マグル学』のチャリティ・バーベッジ先生らしいですが──」

 

 意味ありげなフリットウィックの視線の意味をルーピンは理解した。情報を並べてみるとヤーナムという存在は、得体の知れない謎めいた気配があった。けれど、謎めいた気配の奥にある不穏をフリットウィックは、ぼんやりと分かっているのだろう。不思議だ、と感想を述べるだけでそれ以上を踏み込むことはしていないようだった。ルーピンもそれに倣うことだろう。しかし。

 

「──獣に何か恨みがあるのだろうか?」

 

 ルーピンは、クルックスの提出用紙を見た。羊皮紙に綴られた言葉の端々には憎悪を感じる。

 ただの独り言だったそれにフリットウィックは答えた。

 

「さあ。古くからの民間療法の弊害で奇病が蔓延しているそうですな。マグルの病気と言えば媒介はネズミと相場が決まっている。……総じて獣は嫌いかもしれませんな」

 

 ルーピンは、彼の質問文を見つけた。

 

『人狼とは、人間ですか。獣ですか。私は獣だと見なします。異なる価値観があるのならば知りたいです』

『知ることは、狩人の私を鈍らせるかもしれません。狩人の私は知るべきではないのかもしれません。それでも、私は知らずに敵対したくないのです』

 




誠実に
 クルックスは、出来る限り誠実であろうとします。それは獣であっても、獣だからこそ、変わらないものなのかもしれません。


ルーピン先生の返答
 いつか相応しい時期に答えることでしょう。それにはまず、彼らがどんな価値観を持っているのか知らなければなりません。……しかし、それを知る機会はいつになることやら。気を長くして待ちましょう。


次回より『互助拝領機構』回となります
 本編にしては珍しくハリー視点が多くなります。本編のハリー主観がどのような感じなのか、見ていただければ幸いです!
 

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