甘き夜明けよ、来たれ   作:ノノギギ騎士団

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匿名希望の檻頭からの依頼
大広間外廊下の掲示板に張り出された正四角形の依頼書。
──手に入れば、それでよい。
学徒には、そう考える者もいる。



互助拝領機構杯準備(上)

 

 クィディッチで負けようと箒が折れようと日常は続く。

 ハリーはルーピンが吸魂鬼防衛術を教えてくれる約束をしたので、やや気分が明るくなってきた。いつか寝室に収めている今は亡き戦友ニンバス2000を葬ることができるかもしれない。そう思える程度には。

 その日の夕食時のことだった。

 ハリーとロン、ハーマイオニーが玄関ホールを通りがかると掲示板の前に人だかりが出来ていて、彼らは羊皮紙のチラシを見ているようだった。一目見てそれが新しいクラブである『互助拝領機構』のものだと分かったのは珍妙な格子状のシンボルが見えたからだ。ハリーの隣を歩いていたロンがプスッと気の抜けた笑いをこぼした。つられて笑いかけたハリーだが、すぐに奇妙さよりも不思議に思う気持ちが上回った。

 今の時期に『互助拝領機構』がチラシを作るのは、かなりおかしなことだ。

『互助拝領機構』の第一回の集会冒頭に参加したハリーとロンはその理由を知っていた。主宰、ネフライト・メンシスの言葉が今も正しいとすれば、彼らの活動は初回のみ新規参加者を受け入れ、後から参加する際は加入者の紹介制という、やや変わったルールを設定しているクラブなのだ。

 

「何の掲示?」

 

 そのことをロンは忘れているのかもしれない。面白がるような顔で背伸びをしてチラシを見た。ちょうどチラシの前に立っていた生徒が興奮気味に友人の背を叩きつつ退いたので、ようやく見ることができた。

 

『「第1回互助拝領機構杯決闘大会」開催のお知らせ』

 

 遊びのないカッチリとしたブロック体の太字で描かれている言葉にハリーとロンは口を開けた。彼らのすぐ隣を一年生や二年生の生徒が「決闘だって! 決闘!」と言い合い、大広間の道に戻っていった。

 二人はすぐに隣にいるハーマイオニーを見た。

 

「ハ、ハーマイオニー、これ知ってる?」

 

「当然、知ってるわ。第二回の集会の時にアナウンスがあったの。『互助拝領機構』では希望者のみ実技を取り扱うカリキュラムがあって」

 

 ──私は行ってないわ。とっても忙しいから。

 話の半分はペチャクチャとおしゃべりする生徒の群れのなかに消えてしまったが『決闘』という言葉には、興味を惹かれる生徒が多いようだった。同じ気持ちを昨年度のハリーとロンも抱いたものだった。言葉をきく度に、あの出来事は思い出さずにはいられない。昨年十二月に行われた『決闘クラブ』のことだ。それは決闘の練習をする活動だったのだが、最中にハリーが蛇語を使えるということが分かり、決闘の練習も何もかもがうやむやになったのは苦く、驚きに満ちた経験だった。

 

「『互いを高めるため、競い合う試みは一〇世紀以上行われてきた。ゆえに「互助拝領機構」は寮間の相互理解努力を促すため、新たな活動を提案する。異寮結束による決闘大会である』。……異なる寮の結束?」

 

「あれにルールが書いてあるわ」

 

 人だかりが出来ている理由がまさにそれだった。

 掲示板に紐付けられた冊子がルールブックになっているらしくチラシを読み終わった生徒は『互助拝領機構杯決闘大会の規則及び運営について』と冊子を読んでいるようだった。

 

「じゃ、読んだのは君だけだ。どういうこと?」

 

 ロンが手早くハーマイオニーに聞いた。ハーマイオニーは「冊子を読んだら?」と言いたげな雰囲気だったが、その冊子はいま集まった生徒の手の中でもみくちゃにされているところだった。

 

「出場するのならちゃんと読んだ方がいいわ。いろいろと細かいルールを知っておいた方がいいから。けれど大枠を説明するとしたら、違う寮の人とペアを作って二対二で決闘するのが、この大会のルールで異寮結束の重要なところなのよ」

 

「どうやって選ぶの?」

 

 もしも、同じ寮でペアを挑むことが可能だったらハリーはロンを誘ってみたかもしれない。昨年のうやむやになった決闘の練習時間のことを新しい出来事で塗り潰してしまいたい気持ちが多少あった。

 

「抽選よ」

 

「抽選? じゃあひょっとするとスリザリンと組まされるなんてことがあるんじゃないか? 三分の二じゃないかっ!」

 

 ロンの声が玄関ホールに大きく響いてしまったので周囲にいたスリザリン生──恐らく五年生か六年生だ──の男子が厳しい顔をしてロンを睨んだ。押さえつけるような目だった。

 

「ペアを組んだ人に魔法をかける必要はないんだから、どの寮でも問題ないように思えますけどね」

 

 勝敗だけを考えた場合は当然ハーマイオニーの言う結論になるため、スリザリンの生徒は気にしないだろう。しかし、ハリーの見る限り、そのルールを知ったグリフィンドールの生徒はロンと同じく「三分の二か」という思案顔を隠していなかった。

 

「よう!」

 

「見たかよ、決闘大会!」

 

 ハリーとハーマイオニーを押しのけて、ロンの両肩をがっしり掴んだ手が二本ある。彼の双子の兄、フレッドとジョージだ。

 

「出るよな?」

 

「五〇ガリオンだぜ」

 

 笑いを堪えたジョージの声にロンが目を見開いて「はぁ!?」と言った。

 ハーマイオニーが「そんなばかな」という顔をして、チラシを見るためにピョンピョン跳ねた。

 

「賞金が出るなんてどこにも書いてないわ! ルールブックの『互助拝領機構杯決闘大会の規則及び運営について』やメンシスだって言っていなかったし……だいたい賞金付きの大会なんて学校で認められるワケがないわ! 優勝者にはトロフィーが贈呈されるだけよ」

 

 ハーマイオニーは、『「第1回互助拝領機構杯決闘大会」開催のお知らせ』のチラシに描かれたトロフィーを指した。ハリーにはどこからどうみても格子模様のチェスのルークに見えた。そして彼女の言うとおり、目を皿にして見つめたが、お知らせには賞金のことはひと言も書いていない。

 

「まさにそれだぜ、ハーマイオニー」

 

「やっこさんとうとう気が狂ったみたいだぜ」

 

 二人はにんまり笑い、『「第1回互助拝領機構杯決闘大会」開催のお知らせ』の下に打ち付けられた四角い羊皮紙を指差した。

 

 

 匿名希望の檻頭からの依頼

 人生にチェスのルークが足りていないようだ。

 解決すべくチェスのルークを緊急買い取りする。

 金50ガリオン即金可(グリンゴッツ魔法銀行振込対応可。同額物品引替可。要相談)

 

 

 ハリーは、ハーマイオニーがあんぐりと口を開けたのを見た。

 

「な?」

 

「『な?』じゃないよ! なんだよ、これ!」

 

 ロンもワケが分からず双子に噛みついた。

 

「三点方式ってヤツだ」

 

 事もなげにフレッドが言った。

 

「さ、三点方式ってなに?」

 

「ハーマイオニーにも知らないことがあるんだな。良いことだ、若者よ!」

 

「トロフィーの作成者はルーナ・ラブグッドだ。レイブンクローの変わり者の女の子だな。その子が『チェスのルークの形をしたトロフィー』を作成。それをどういう理由か分からないが手に入れようとしている『互助拝領機構』の主宰、ネフライト・メンシス。本人は大会がすっかり終わった後、偶然『チェスのルーク』を持っていた通りすがりの決闘大会の優勝者から買い取るだけなので、大会とは何ら関係のない、くすみひとつもない、クリーンな、輝くガリオン金貨が手に入るというワケだ」

 

「こんなの先生に見つかったら、大変よ!」

 

「ところがどっこい。匿名希望の檻頭なんて誰のことか分からないだろうなぁ……」

 

「マグルみたいに筆跡から特定する必要があるだろうなぁ……」

 

「そんなの詭弁だし不健全だわ!」

 

 ハーマイオニーは双子を睨んだが、当の本人達は「文句なら匿名希望の檻頭に言えよ」の構えだ。これもまた正論だろう。

 ハリーの隣でロンがお知らせチラシを見ながら腕を組んだ。

 

「五〇ガリオンか……ペアだから半分でも二十五ガリオン……」

 

「本当に賞金が出るの?」

 

 ハリーは双子に尋ねた。

 ハリーの知るところ、五〇ガリオンとは大金だ。これまで三年間のホグワーツの学生生活のために使った学用品、ペットのふくろうと杖を合計すれば同じくらいの額になるだろう。ホグワーツの授業料は無償だが、学業に付随する貴重品と消耗品が三年分まかなえる金額と考えれば、一般的な感覚でも大金と言えそうだ。それをトロフィーと言い張る鉄の塊のためにネフライト・メンシスは「出す」と言っている。本気だろうか。どうしても信じがたいと思ってしまったからだ。

 

「主宰のメンシスに訊ねたが返事はハッキリとは言わない」

 

「じゃあ、やっぱり誰かの冷やかしなんじゃない?」

 

 ハーマイオニーの考えは真っ当だ。

 五〇ガリオンで買い取ると書いたのはネフライトではないかもしれない。

 

「書いたのは『匿名希望の檻頭』と名乗っている」

 

「そりゃあハッキリとは言えないよな?」

 

 つまり『書いたのは私ではない』とネフライト・メンシスがハッキリと発言しなかった時点で彼が書いたと認めたようなものだと彼らは判断したようだ。

 

「それに前例が無いワケじゃない。──同郷のクルックス・ハント。コリン・クリービーに四〇ガリオン分の菓子をポンと気前よくプレゼントするヤツだ。同郷の変人が五〇ガリオンを積んでもおかしくないと思うね。それに、俺達の親父にふくろうの郵便の受け取りだけで十ガリオン気前よく払うような人が連中の保護者代表だ」

 

 ジョージから最も説得力のある話が飛び出した。これにはハーマイオニーも反論が見つからなかったようだ。

 十月の末。一回目のホグズミード行から帰ってきたクルックスが、談話室にいたコリン・クリービーに対し「写真のお礼だ」と言って、ハニーデュークスの棚をまるまる買い占めてきたのかと思えるほどの菓子を謝礼として渡したのは、寮でちょっとした話題となった。その後、コリンは同級生の二年生と後輩の一年生達にその大量の菓子を振る舞い、ハニーデュークスに夢を見る生徒が増えたのは言うまでもない。

 ロンは「うーん」と唸り、ハリーを見た。ハリーもロンを見ていた。

 

「──もし、僕が二十五ガリオン持っていたら」

 

 ハリーは、そう言って、ニヤッとロンに笑いかけた。

 

「持っていたら?」

 

 ロンは、つられて笑った。

 

「『ハニーデュークスの店のお菓子を全種類二個ずつ買ってきて!』って君に頼むよ」

 

「……うーん。決闘の練習にもなるだろうし、やってみてもいいかもしれないな……」

 

 全員がどんな呪文を使って決闘するかをお喋りしながら、夕食の席に行くとクルックスが食事をしているところだった。いつものように彼の前に置いてある皿は何もかも量が多い。

 暗い目はいつものとおりだったが、彼がただ暗いだけの人物ではないことをハリーとロン、ハーマイオニーは寮の誰よりも知っていた。

 

「──やぁ、クルックス。ちょっといい?」

 

 互助拝領機構杯決闘大会のことについて訊ねると彼は皿に山盛りにしたポテトを食べる手を止めた。

 

「おお、大会に参加してくれるのか。参加者が増えるのはよいことだ。ネフもきっと喜ぶだろう」

 

 ──そんなことはないと思う。

 ハリーはなぜか確信を持ったが、それはさておき、互助拝領機構杯決闘大会の詳しいことを聞きたかった。

 

「互助拝領機構杯決闘大会──長いな──決闘大会と呼称する。ルールは簡単だ。二人組のタッグで戦い、杖を取り上げた数が多い方が勝ちだ。二対二、トーナメント制かつ時間制限がある。お知らせチラシのとおりだな」

 

「時間制限あり? じゃあ攻め得だな?」

 

 ミートボールを取っていたジョージが訊ねた。

 クルックスが「そう」と頷き、ポテトを一口食べた。

 

「呪文の手数がものを言う。その側面はあるだろう」

 

「じゃあ『武装解除呪文』を連発すれば勝てるってこと?」

 

「理論上は。当然、相手も妨害する。『盾の呪文』は知っているか?」

 

「知っている」

 

 そう答えたのは双子とハーマイオニーだった。

 クルックスは三人を見て「ふむ」と言ってから、ハリーとロンを見つめた。

 

「『盾の呪文』とは一時的に自分の周りに見えない壁──つまり盾だ──を作る呪文だ。弱い呪いなら呪文を跳ね返すことも出来る。武装解除の呪文と盾の呪文が出来ることが決闘で善戦するための条件になるだろう。敵の攻撃を『盾の呪文』で防ぎつつ、隙を突いて『武装解除呪文』で杖を取り上げる。これが基本だ」

 

 自信がなさそうな顔をしているロンを見て、クルックスが励ますように「あ、でも」と言葉を付け足した。

 

「ジニーはとても上手になった。同じ学年で彼女ほどうまく出来る学生はいないだろう。君も練習すれば上手に出来る」

 

「ジニーが?」

 

 ロンが、そして双子の二人が「信じられない!」という顔をして、長テーブルの離れた場所で同級生の女の子達とお喋りしているジニーを見た。

 ハリーは兄妹の関係でも知らないことがあるのだな、と不思議に思った。

 

「それとチラシに書いてあるが……大事なことがひとつ」

 

 クルックスはそう言ってポケットをゴソゴソ探り、折りたたまれた互助拝領機構杯決闘大会のお知らせチラシを出した。

 

「ネフがルーピン先生の協力を取りつけた。先生が事前講習の監督をして下さることになっている。決闘大会で死傷者を出すワケにはいかないし、昨年のように何だかよく分からない間にうやむやになってもいけない。特に今回は『大会』なのだから。粛々そして整然と行わなければならないとネフは考えている。運営の『互助拝領機構』は当然努力するが、参加者側の生徒にも協力してもらわなければ大会は成り立たない。参加者側の協力として、決闘大会に参加する生徒は必ず講習会に出なければいけない決まりになっている」

 

 人混みでよく見えなかったお知らせチラシには、たしかに事前講習会の日付と時間が書いてあった。

 事前に練習する機会があると分かり、ロンの顔色がすこし自信を取り戻した。

 

「事前講習は誰でも受けれるってことは、ジニーも出られるってことだよな?」

 

「まさか一年生も出られるのか?」

 

 双子は「高学年だけだと思っていた」と言う。

 

「事前講習さえ受ければ誰でも参加できる。だが、俺達が一年生や二年生と組む確率は低いだろう」

 

「それはなぜ?」

 

 これはハーマイオニーも知らなかったようだ。

 クルックスは、ハーマイオニーがポテトにケチャップを掛けているのを見て目を丸くしていた。

 

「調味料。それはきっとブルジョアの嗜好品。──え、ああ。組み合わせは抽選を行うが、それにしても学年による実力差は存在する。その格差是正のために一年生や二年生は七年生や六年生と組み易くなる仕組みを取り入れる予定だと言っていた」

 

「つまり?」

 

「組む相手によるが、ジニーは強敵になるかもな。あとスリザリンのアストリア・グリーングラス。彼女もなかなかだ」

 

 クルックスの言葉に双子は手を打った。

 

「石頭・パーフェクト・パーシーを引っ張ってくる必要がある。全員で山分けして五ガリオンになってもいい」

 

「ああ、ゼロより確実な五ガリオン。これで決まりだぜ」

 

「──ねぇ、三点方式による賞金が出るらしいって話だけど主宰はあなたに何て話をしているのかしら?」

 

 ハーマイオニーが咎めるような目をしてクルックスを詰問した。

 ハリーは彼が「知らない」と空とぼけると思っていた。しかし、彼は真面目なのだろう。あっさりと答えた。

 

「『クルックスとセラフィのどちらかが勝てば何も問題はない』と言っているな。『匿名希望の檻頭』の依頼は万が一の時の保険だ。ネフが本や役に立つ道具以外で何かを欲しがるのは珍しいことだ。──俺は彼の願いに応えよう。誰にも容赦はしない」

 

 彼が本気になった時の強さをハリーはよく知っていた。昨年はバジリスクに恐れなく立ち向かい、一昨年はトロールをミンチにした。だが、今回は杖による決闘だ。知らない呪文や呪いがあれば、彼でも後手に回ることがあるだろう。

 改めてお知らせチラシを見ていたロンが首を傾げた。

 

「待てよ。『組み合わせは抽選で行い、一年生や二年生は七年生や六年生と組みやすくなる』ってことは、三年生や四年生は同じ学年の違う寮の生徒と組みやすくなるってことだよね?」

 

 ロンの確認にクルックスは静かに頷いた。

 

「それってつまり……」

 

 ジニーやアストリアのように決闘に役立ちそうな呪文を使える低学年の生徒は稀だ。そんな彼女達が上級生と組んだら厄介な相手になることは確実だ。けれど、逆に考えれば脅威はこの二人だけ。他の一年生や二年生と組む確率が少ないということは、足を引っ張る相手と組む確率が低いことを意味する。そして、主宰は本心のところガリオン金貨の手出しなくトロフィーを回収してしまいたいのだ。

 

「三年生や四年生は、同じ実力程度の相手と組めるってことは……安定感のあるチームが出来る?」

 

「そのとおり。七年生や六年生は一年生や二年生を守る必要があるだろうな。守るものが多くなれば、隙も生まれる」

 

 このところロンは落ち込んだり元気が出たりと忙しいが、今が最もやる気に満ちた顔をしていた。

 クルックスはポテトのケチャップをかけ過ぎて狼狽えた顔をした。

 

「お、おぉ。や、やってしまった。ま、まあ、ともかく、そんな感じなのだ。──興味があるのだな。談話室に戻ったら一足先に『盾の呪文』の練習をしてみようか」

 

 夕食をかき込むように食べ終わるとハリーとロン、クルックスは談話室に戻り、寝室のある塔を昇った。談話室は食後で寛ぐ生徒が多くいたからだ。

 

「最初はこれでいいだろう」

 

 ベッドに腰掛けるとクルックスがスポンジで作られたボールをハリーにポーンと投げた。

 小さな子供がキャッチボールする時に使うボールのようだ。軽く握るだけでふにゃりと形を変えた。

 

「じゃあまず見本を見せよう。俺に投げてみてくれ」

 

 数メートル離れたところにいるクルックスは杖を取り出していた。ハリーは言われたとおり、クルックスに向かってボールを投げつけた。

 

プロテゴ! 護れ!

 

 ボールはクルックスの体の前で見えない壁にぶつかったように、あらぬ方向に飛んでいった。

 ロンが拾ってきて興奮気味に「すごい!」と言った。

 

「魔法に大切なのは集中力だと言う。──君達は傘を使ったことがあるか?」

 

「傘って雨の日に使う傘?」

 

 ロンが「あるけど」と言う。ハリーも頷いた。

 

「そうか。俺は使ったことがないのでイメージし難い。でもジニーはこの話を聞いてから上手くなったから、君達にもきっと効果があるだろうと期待して話をする。傘は手で、こう、開いて使うものらしいな。『盾の呪文』で作り出す盾は、そういうイメージが大切なのだと言う」

 

 話を聞くとハリーは自分が作り出そうとしている盾のイメージがわいてきた。

 敵の呪文にあわせて、手にした傘をパッと開く。『盾の呪文』で防ぐ。──そんなイメージだ。

 

「呪文は『プロテゴ 護れ』だ。じゃあハリーからやってみよう。ボールを投げるぞ。それ!」

 

 緩い放物線を描いたボールは防がなければ、ハリーの胸のあたりに当たる。ハリーは杖を上げて傘を開くイメージを集中した。

 

プロテゴ! 護れ!

 

 呪文はきちんと発動したようだ。ボールがハリーの前で屈折して不自然に床に落ちた。

 

「やった!」

 

「最初にしてはなかなかだと思う。じゃあ次」

 

 ロンが杖を取り出して「んっ」と咳払いをした。

 ハリーはボールを拾い上げるとロンに向かってポーンと投げた。

 

「プ──プロテゴ! 護れ!

 

 ロンは呪文をつまづいてしまった。ボールは、ロンの前で一瞬だけ動きが鈍くなったが結局ロンのお腹の辺りにポンと当たった。気落ちしたようにロンはボールを拾い上げてクルックスに投げ返した。

 

「もう二、三回やれば上手く出来るようになるだろう。発動は何回かやれば皆出来るようになるんだ。問題は、たいていの呪文はこのボールよりよっぽど早いということだ。試しにハリー、俺に『武装解除呪文』を撃ってくれ」

 

エクスペリアームス! 武器よ去れ!

 

プロテゴ! 護れ!

 

 ハリーは一瞬、クルックスが確実に『盾の呪文』を成功させるより前に『武装解除呪文』が到達したのではないかと思ったが、『盾の呪文』が間に合ったようだ。クルックスは体勢を崩したが、手の中から杖が飛び出す程ではなかった。

 

「とまあ。このようにタイミングを誤れば『盾の呪文』は隙になってしまう。もし、決闘中でハリーのペアももう一人が『武装解除呪文』していたら今度こそ俺の杖は飛んでいただろう。『盾はよい。だが、過信することなかれ』とは、ヤーナムでもよく言われる言葉だ。避けることが出来るなら避けた方がいいだろう。俺なら避ける」

 

「僕、『盾の呪文』を練習したいな。ボール貸してくれる?」

 

 ハリーはそれからロンが『盾の呪文』を練習する様子を見守った。

 クルックスの言うとおり、二、三回繰り返す頃には『盾の呪文』が安定して出せるようになっていた。

 

「いい感じだ」

 

 クルックスがハリーをチラリと見た。

 

「すごくいい感じだと思う」

 

 ハリーも同意した。お世辞ではなかった。実際、十回ほど繰り返すとほとんど失敗することはなくなっていたからだ。ロンが自信を得た顔で頷いた。

 その時、誰かが階段を登って来た。ネビルだった。

 

「さっき呪文を唱えている声が聞こえたからもしかしてと思って……決闘大会の練習?」

 

「ああ。ネビルも出るのか? 危ないんじゃないか?」

 

 クルックスは、ハリーもロンも思っていることを率直に告げた。二人がそれを伝えるとしたら、遠回しにそれとなく伝えたことだろう。ネビルは「ぐっ」とちょっと苦しそうな声を出した。

 

「でも……頑張りたいからさ……」

 

 ハリーは、クルックスを見た。彼は一人で歩いていることが多いが、移動が必要な教室へ行くときはネビルと一緒に歩くこともあった。たぶん、一番長い時間を過ごしている友人はネビルだろう。彼はどうするだろうか。

 

「『薬草学』では助けられている。だから貴公に……いや、君に付き合おう」

 

 クルックスはまたポケットからスポンジのボールを取り出した。ロンがまだ持っていたボールについては「あげる」と言った。

 

「現状に甘んじず、新しいことに取り組むことは良いことだ。……きっと、な」

 

 そばにいたハリーだけが彼の言葉を聞き取った。

 いつもの暗く沈んだ目が微かに光っているように見えた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 翌日になると互助拝領機構杯決闘大会の噂は、瞬く間に生徒の間に広がった。

 昨年より生徒の期待を高めているのはお知らせチラシに書いてあった『特別指導:フリットウィック先生』と『事前講習指導担当:ルーピン先生』という文言だろう。昨年度のロックハート先生主導のイベントとは異なり、半ば学校公認のイベントということで見なされているようだった。そんな彼らにとってはイベントの主催が『互助拝領機構』という、まだまだ得体の知れないクラブ活動であっても誰も気にしていないようだった。むしろ普段はしきりに独り言を呟き、視線を斜め上に飛ばしている『互助拝領機構』の主宰、ネフライト・メンシスが物事の表に立つということで注目する人も多いようだ。

 ハリーは『呪文学』までの廊下で歩く彼を見つけた。同郷のクルックスよりも遙かに暗く沈んだ目をしていて、神経質そうに眉を寄せている。ハーマイオニーが「ハリーと同じ緑色の瞳なのに受ける印象はずいぶん違うわ」と彼には聞こえない場所まで歩いた後で呟いた。彼は、いつも湿った日陰にいるのがよく似合う人物だ。もし、パーシーのような人格であったら『互助拝領機構』の主宰らしいと思う。けれど、傍目から見る限り彼はとても人の前に立つのを好む人物には思えず、また、「決闘大会をやろう!」と思い立って実現までこぎつけるような人物には見えない。人は見かけにはよらないものだ、とハリーは心底思った。

 午後の最後の授業となった『呪文学』の授業は、ハッフルパフとの合同授業だった。授業開始を待っていると後ろの席に座った誰かがハリーの背を叩いた。

 

「やあ、久しぶり。ちょっといいかな?」

 

 誰かと思えば、ハッフルパフのジャスティン・フィンチ=フレッチリーだった。彼とハリーの関係は複雑だ。彼は昨年、ハリーのことをスリザリンの継承者だと思い込み、しばらくぎくしゃくした関係が続いた。年度末に誤解は晴れたが、彼はバジリスクによって石になってしまい散々な目にあった。

 

「決闘大会のこと。君は出るの?」

 

 ジャスティンは、教室の壁に貼っている『「第1回互助拝領機構杯決闘大会」開催のお知らせ』を指差した。

 

「出るよ。君は?」

 

「僕は出ないよ。五年生や六年生には、とても敵わないからね……。でもハッフルパフは手強いからな」

 

 彼はちょっとだけ得意げに笑った。

 クィディッチでハッフルパフがグリフィンドールを破ったという事実を思い出し、ハリーは胃に重石を突っ込まれたように沈んだ。

 

「最近、よーくわかったよ」

 

 ハッフルパフは温厚柔和な寮だ。そんな寮が他寮から注目される機会は多くない。二年前から負けなしだったグリフィンドールの連勝を止めたとあってハッフルパフが大いに盛り上がったことは想像に難くない。クィディッチに続けとばかりに、ハッフルパフは決闘大会でも活躍を目指しているのだろう。

 間もなく『呪文学』のフリットウィック先生が現れた。

 いつもならばすぐに授業に入るのだが、フリットウィック先生はニコニコ笑って教室を見渡した。

 

「十二月上旬に互助拝領機構杯決闘大会が開催されます! 皆さん、もうお知らせチラシは見ましたね?」

 

 先生がキーキー声で言った。

 

「昨年は、非常に残念な、アー、決闘練習しか出来ませんでしたが──」

 

 先生がロックハート先生のことを指していると分かり、何人かの生徒がクスクスと笑った。

 

「今年は違いますよ。キチンとした決闘になることでしょう! 腕に自信のある生徒は是非参加すべきですね。参加することに意義があります。勝っても負けても真剣勝負です。学ぶことは大いにあるでしょう。そして『呪文学』の呪文のいくつかも役に立つでしょう。三年生からも多くの参加を期待していますよ!」

 

 席に座った友人同士が互いに小突き合い、囁き合う声がさざ波のように広がった。

 そんな時だ。

 

「──フリットウィック先生も参加なさるのですか? お知らせチラシには『生徒だけ』なんて書いていませんものね?」

 

 銀の鈴を鳴らすような声に教室にいる生徒の半数が振り返ったように思えた。

 この教室で最も小さな体の生徒、テルミ・コーラス=Bだ。ハリーは思わずクルックスを見た。離れた先に座っていた彼は振り返らず、フリットウィック先生をじっと見つめているだけだった。

 

「いえ、いえ。今回は、指導と解説の立場で参加しますよ」

 

「あら。とても残念ですわ。先生はお若いとき決闘チャンピオンだったと聞いておりました。いつか先生のご活躍が見たいものです」

 

「大会冒頭に模範演技を行う予定です。そこですこしお見せできると思いますよ、すこーしだけですがね!」

 

 前列に座っていたハリーには、フリットウィック先生の尖った鼻の穴が大きく広がる様子が見えた。

 ひょっとするとフリットウィック先生は、昨年ロックハート先生が決闘のあれこれで注目された時、誰よりも歯がゆく思っていたのかもしれない。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 授業が始まった。誰もが目当てのページを目指し、教科書に目を落とした直後。

 教室を一枚の羊皮紙の鳥が飛んだ。それはヒラヒラと舞い落ちて、とある女子生徒の手の中にやって来た。

 

『決闘大会には出るのかしら?』

 

 手紙を受け取った生徒は、スーザン・ボーンズ。

 彼女はハッとして手紙が飛んできた方向を向いた。

 窓際の席に座る彼女は金糸の髪が午後の光に照らされて、輝く輪のように見えた。

 

 ──ねぇ。

 

 声なき声が、答えを誘う。

 テルミ・コーラス=ビルゲンワースは、出会った時と同じ顔で微笑んでいた。

 

 





互助拝領機構杯決闘大会
『互助拝領機構』ネフライト主宰の主催イベントとなります。
 Q どうして裏でガリオン金貨が動くんですか?
 A この大会はフリットウィック先生がウキウキで協力しているお墨付きの大会ですよ。謂われのない誹謗中傷はやめていただきたいですなぁ。

クルックス「俺達がいるのにガリオン保険を掛ける君はどうかしていると思う」
セラフィ「そうだぞ」
ネフ「君達だから信用ならないんだよ」
テルミ「わたしに声かけなさいよ」
ネフ「魔法界で信じられるのはガリオン金貨だけだ」
テルミ「わたしに声をかけなさいよ」
ネフ「やかましい! 君を頼るくらいなら私は真っ昼間の女子寮に突撃する!」
※こんな内容で漫画を書こうと思っていましたが、時間が足りず断念。時間さえあれば毎日挿絵付きで投稿したいです。


原作の決闘クラブ
 原作ご存じの方は(恐らく生徒で構成されている)『決闘クラブ』が存在することをご存じかと思いますが、名前だけで実態はよく分からない、というのが原作出典情報となるでしょうか。一方で、ホグミス(スマホゲーム)で少し触れられたとか何とか。とはいえ、筆者はホグミスは未プレイなので……未プレイで作品要素に触れるのもどうかと思いましたので今回の決闘に関してホグミス要素はありません。ごめんネ。
 さて『武装解除呪文』は攻撃なのでともかく。防ぐことを目的とした『盾の呪文』は、判断速度が求められるものとなるでしょう。相手が腕を上げた瞬間に(無言呪文を使わない限りは)すぐに詠唱を始めないと間に合わない素人戦がありそうです。攻め得です。
 しかし、ここに速度も威力も確実な短銃がありまして──えっ、銃弾の装填が必要? そっかぁ。こういう点は、近代兵器の長所であり短所でもあるのでしょう。


思い出深い小章
 本互助拝領機構のイベントは、ヤーナム編の投稿を終える頃に書き始めました。現在投稿しているホグワーツ編の終盤に書き上げた話になります。
 本作の各編を書き始めるとき、筆者は序盤を書きつつ、終盤を書き上げてから中盤に取りかかっています。そのため、本日から投稿し始める話は最近書いた話なので、約1年前に書き終えて塩漬けになっている物語最終話周辺を考えると「もうこの話を投稿しちゃうんだ!?」という妙に落ち着かない気分になったりします。
 つまり、この小章はわりと新鮮! 面白いものになっていれば幸いです。
 ご感想お待ちしています(交信ポーズ)
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