互助拝領機構杯決闘大会
『互助拝領機構』の主宰、ネフライト・メンシスが主宰する決闘大会。
──勝敗に意味はない。
──ただ、経験を提供する。
──せめて有意であれ。主宰はそれを望む。
時は半年ほど遡る。
ビルゲンワースの学舎にて。
「──ネフ」
名前を呼ばれ、ネフライトは「はい」と応えた。
名前を呼んだのは父たる狩人だ。
ビルゲンワースの一室でネフライトが調整したタイプライターを見つけた彼は、使い方の説明を受け、たっぷり楽しんだ。
「ありがとう。とても面白い。そして便利だ。これからの報告書はこれで書くとよいだろう。新しい発明品を使うのは、楽しいことだな」
「はい。見所があります。楽しい。ええ。楽しい」
「ああ、楽しいな。さて、楽しいことのお礼をしなければ──」
「いいえ、いいえ、お父様。お父様がお楽しみになったのならば、私にはそれで十分です。私の全てはお父様のためにしていることなのですから……」
「それでも礼は必要だ。君にはいろいろと気遣いをさせてしまっていることだしな……」
狩人は衣嚢から、手のひらに収まるほどの小さな木箱を取り出した。
「ダイアゴン横丁は素晴らしい街だった。これは、とある雑貨店の割引ワゴンの中にあった。君にあげよう」
ネフライトは箱を受け取った。小さな木箱を開くとトランプカードが収められていた。カードを手に取り、ススと開いた。
「鬼札、ジョーカーが欠けています。割引の理由はこれですね」
「トランプとは不思議なものだ。どのカードも同一のものはない。唯一のものだというのにジョーカーが欠けてしまうと途端にトランプとしての価値を失うような感覚になる」
「独特な絵柄ですから使用者の印象に残りやすいのでしょう。しかし、なぜこれを私に?」
「君が一番上手くトランプを使いそうだからな」
「は、はぁ……? 分かりました。使い時を探してみましょう」
「一枚引いてくれ。占ってみよう」
再び狩人の手に渡ったトランプは細かく、パラパラとシャッフルされた。そうして彼はカードの背を扇のように広げて見せた。
「では、これを」
ネフライトは、たまたま正面にあったカードを引いた。
「スペードの六です。……ところで何を占ったのでしょう?」
「幸運とかラッキーナンバーとか。六か。俺達は、まともではない数字に縁があるようだな」
狩人は微かに笑った。
トランプカードをネフライトに渡し、指の数を数えた。
「俺の手の指は五本。君の手の指も五本。カードは六。──フフ、おかしいな?」
ネフライトは彼の言うことが理解できなかった。また彼も理解を求めていないようだった。
「も、申し訳ありません。まだ瞳が足りないようです」
「謝ることはない。楽しい学校生活を送りたまえ。クルックスにも伝えたことだが……ヤーナムには存在しない平和。それは束の間かもしれない。しかし、得難い時間だ。人々を尊ぶことだ」
狩人はネフライトの頭をポンポンと軽く叩き、手をヒラヒラさせて去って行った。
彼が去った後、ネフライトはタイプライターに遺された文字を見た。
「青ざめた血」を求めよ。狩りを全うするために
Handwritten scrawl: Seek Paleblood to transcend the hunt.
この言葉の真意は、父以外誰も知らない。
しかし、捨てることは躊躇われ、ネフライトは紙を取り外すと衣嚢にしまい込んだ。
■ ■ ■
「なんだ、スゴいじゃないか」
平凡な感想だが、それを話すセドリックの目の輝きは憧れを見上げる眼差しだった。
壇上のネフライトはフリットウィック先生の杖の動きに機敏に反応した。もはや誰の目から見ても疑いようがない。最初に呪文をかけたフリットウィック先生の『武装解除呪文』を防いだのは『まぐれ』ではない。『まぐれ』は五度も起きないからだ。
──エンゴージオ 肥大せよ!
放り投げたカードに呪文が当たると途端に大きくなり、ネフライトとフリットウィックの間に壁のように立ちはだかった。
「フリットウィック先生を壇上から押し出す気だ……!」
フリットウィック先生が杖の一振りでカードを真っ二つにした。だが、その手はネフライトに読まれている。視界が開けたと思った瞬間『武装解除呪文』が飛び込んできた。フリットウィック先生が初めて無言で『盾の呪文』を使った。
「すごい……! 先生、呪文を唱えなかった!」
ハリーが言った事と同じことを見ている生徒は一斉に話し出し、興奮気味にフリットウィック先生を応援した。
フリットウィック先生を応援しているセドリックがフリットウィック先生の口に注目するように指を差した。
「あれは無言呪文と言って六年生の『闇の魔術に対する防衛術』でやる内容だよ。あそこまで完璧に出来るのは大人でも少ないと思うけどね。いや、彼も使っているか──」
女子生徒の悲鳴が上がり、その声を聞いた他の生徒が何事かとハリーの周囲では何人かが跳び上がった。彼女達が指差す先を見れば、床に散らばり欠けたカードがひっくり返るなり、大小さまざまな大きさの蜘蛛になり、フリットウィック先生めがけて行進を始めた。もしも、舞台の近くに立っていたらカサカサという足音が聞こえたかもしれなかった。
蜘蛛が苦手なロンは大丈夫だろうか。ハリーが見るとロンはダメになっていた。嫌悪そのものの顔をしている。けれど勝負の行方は気になるらしく、薄目で舞台を見ていた。
「魔法とは、想像力だ!」
オーケストラの指揮者のように杖を振り、ネフライトが拡声器を使わず声を張り上げた。
宙を漂うカードのせいで『武装解除呪文』は彼まで届かなかった。
大広間の全てに向かい、彼は言った。
「魔法はどこからやって来る!? 呪文の発音か! 否! 杖の振り方か! 否! そんなものは技術の小手先、補助輪に過ぎない。人の願いを杖は伝え、魔法は起こる! 願え、想像しろ! 魔法という人知により魔法族は進歩する! 望みより遙か高く、想像の果てまで! さぁ、信じさせてくれ。私にさえ疑いようのないほどに。──オパグノ 襲え!」
「エバネスコ 消失せよ!」
まったく信じがたいことが起きた。
フリットウィック先生の呪文を受けた蜘蛛が瞬きの間に消えた。
「消失呪文だ! 生きているものを消失させるのはスゴく大変で、実は僕はまだ出来ていない。無脊椎動物なら脊椎動物より簡単だけどあの数は、さすが先生だよ。刻んでも吹き飛ばしても今より小さい蜘蛛になって襲ってくるのなら完璧だ。あれ見なよ、マクゴナガル先生が大興奮だ──!」
五年生の『変身術』で学ぶという消失呪文は、OWL──五年生で受ける普通魔法レベル試験だ──でも頻出の呪文らしい。マクゴナガル先生が教職員用テーブルで立ち上がり拍手をしていた。
ネフライトが「チッ」と言いたげに口の端を歪ませた。
大広間に風が吹く。彼は緑色の瞳を動かして状況の把握に努めているようだった。
フリットウィック先生の杖の動きに合わせ、砕けたカードの残骸が二人の頭上に渦を描くように集まり、一斉にネフライトに向かった。
たぶん、一般的な学生なら『盾の呪文』で防御を試みるだろう。だが、彼は咄嗟に避けた。
「──ぁ」
自分では避けるつもりはなかったが、咄嗟に体が動いて避けてしまった。そんな目をした。だが、彼はすぐに気を取り直した。もう『盾の呪文』で防ぐ余裕は二人にない。一直線上に並ぶ二人が、同時に唱えた『武装解除呪文』は、果たして、ネフライトの杖だけを弾き飛ばした。
すると彼の周囲をくるくる回っていたカードが大広間の床にカタカタと音を立てて落ちた。
その直後。爆発的な拍手と歓声があがった。
ネフライトの杖を拾い上げたのはルーナだ。
「ぐぅ……。ちゃんと制御が出来ていたのに……! 勝てたのに……勝っていたのに……! 消失呪文を受けたら十倍に増える呪文を下地に使っておくべきだった。炎対策は万全で燃えると三倍速で動く呪文を使っていたから『インセンディオ』を使わせる手を先に打っておくべきだった……!」
「反省会は後だよ」
「ぐぐ。その通りだな。後で考えよう。こうして私の思考課題は増えるのだ。ハァ。──レパロ 直れ、アクシオ 来い」
トランプカードは全てネフライトの手元に戻った。
「模範演技はここまで。なお、杖以外の持ち込みは禁止だ。今のは、持っていたトランプをうっかり溢してしまっただけなので何の問題もないのだ。不意打ちにも負けないレイブンクローの寮監、フリットウィック先生がスゴいことがあらためて知れ渡ったので私はとても嬉しい──」
ネフライトは悔しそうな顔をした。ハリーは突然、彼に奇妙な親しみを抱いた。
彼は、いつでもどんな時でも落ち着き払った人物であるという印象が強かったせいだろうか。
それが今。
「派手にというご注文は果たせたようでよかった。──諸君、先生へ喝采を!」
拍手を受けて、フリットウィック先生は軽く一礼した。
それから。
「ミスター・メンシス」
名前を呼ばれたネフライトが腰を折った。
差し出された手を彼は軽く握った。
「貴方も健闘しましたよ」
「けれど、先生は本気ではなかったでしょう」
「本気でしたとも! 半分ほどね!」
ネフライトは目を細めた。
「ではフリットウィック先生は私と解説席へ。第一試合は間もなく始まる! ──さて、参加の生徒は参列を! 観客の生徒は着席を! 礼節を保ち、粛々と進めよう! ……全ての企み事をね」
ネフライトは始めた時と同じように丁寧な礼をした。
■ ■ ■
互助拝領機構杯決闘大会とは。
十六チーム。計三十二名が争う決闘大会である。一度の試合毎にチームは減っていく。
「それじゃ優勝までに必要な回数は?」
「四回だ。どう、やれそうかい?」
「やるだけやるよ。セドリックはどう?」
「こういうとき、目標は高くなくちゃいけない。目指すは優勝さ」
二人は作戦を立て終わるとお互いの友人に呼ばれて一旦分かれた。戦いの時に会おう。約束を交わした。
ハリーはロンのことが気がかりで探そうとしたが、先にハリーを見つけたのはハーマイオニーだった。
「ハリー! セドリック・ディゴリーとの作戦会議はどうだった?」
観客席に座れなかった生徒は立ち見で大広間の四方の壁に寄りかかり、いよいよ決闘大会が始まった舞台を見ていた。
口々に「今の技はいい」、「よく防いだ!」、「ハッフルパフもなかなか」と評論を交わし合っている。
「ハーマイオニーは、アンソニー・ゴールドスタイン? 僕は話したことないな。どんな人?」
「いい人よ。ユーモアのセンスは無くて、ちょっと理屈っぽいけれど」
ハリーは、似たもの同士なのかな、と思ったが何も言わなかった。あるいは、ハーマイオニーにとってセンスあるユーモアに求めるレベルがロン並になっていてセンスの基準が高すぎるのかもしれない。
「──あ、ロンだわ」
人混みのなかで観客席のなかに行こうとするロンをハリーはつかまえた。
「ロン、どうだった──」
振り返ったロンはひと言で言ってしまうと悲壮だった。
夕食時に皿いっぱいのドラゴン糞の大盛りが出てきたってこんな顔はしないだろう。ハリーはてっきり怒っていると思っていたので「どうしたの」ともう一度問いかけた。
「あいつ、棄権するんじゃないかと思っていたんだ……」
あいつ、とはもちろんロンのペアであるドラコ・マルフォイのことだ。
「あいつだって僕と組むのは、そりゃあ嫌だろうって。でも──」
ロンとマルフォイは、誰しも想像したとおりに言い争いになった。その諍いを止めたのは隣にいたスリザリンのセオドール・ノット──ではなかった。ハッフルパフのテルミ・コーラス=Bだ。小さな体の同級生はロンの兄の双子の一人、ジョージ・ウィーズリーとのペアでもあった。
「──ウフフ、あなたのこと、セラフィがよく話すので知っていますわ。ミスター? ドラコ・マルフォイ。誇り高い純血のお貴族様だって。小市民相手に尻尾を巻いて逃げ出すなんてことないのでしょうね?」
「当然だ」
そう言ってしまってから、マルフォイはちょっとだけ後悔しただろう。
悔しそうな顔で彼は言った。
「今日の君の敵は、あっちだ。僕じゃない。いいか。間違えるなよ!」
「間違えるワケないだろ! 隣に攻撃する必要はないんだからな……!」
こうしてロンとマルフォイは、本日のみ不戦の約束をすることになった。
「え? それだけ? 作戦は?」
「なーんも」
「今からでも遅くないわ。時間はまだあるから作戦を立てるのはどう?」
ハーマイオニーの提案にロンは「とんでもない!」という顔をした。
「いいかい? 僕は一回戦で負ける。そして君達とフレッド、ジョージ、ジニー、ついでにパーシーを応援する。これで決まりだ。……うん。ゼロより確実な一ガリオンでいこう……」
ハリーは「オーケー」と応えた。マルフォイと共闘が約束できただけ良かったかもしれない。ハリーは心配しているハーマイオニーの脇腹を小突いた。ロンが緊張や神経質でピリピリしていないのでハリーの気分は楽だった。
「えーと、ハリーの方はどう? セドリック・ディゴリーだって? パパから聞いたことがあるよ。父親が魔法省の……なんて言ったっけ……事故……いいや、違うな……えーと『魔法生物規制管理部』に勤めていて、ウチとそう遠くないんだ」
「セドリックってオッタリー・セント・キャッチポールに住んでいるの?」
「まあ、隣の家ってワケじゃないけど。半日も歩かない距離にあるんだってママが言っていた。ひとつ村を挟んだ向こう側らしい。行ったことはないけどさ。どんな人? ハッフルパフのシーカーだろ。ウスノロじゃなさそうだけど」
お互いのペアについて話をしているとあっという間に時間が過ぎた。
舞台の上でハッフルパフのアーニー・マクミランの杖が天井まで高く飛んでいった様子を見て、ハーマイオニーが立ち上がった。
「そろそろ行くわね」
「あー、相談なんだけど、ハーマイオニーも『山分け』しない?」
もしも優勝したらトロフィーを換金するという話は、ハリーはもちろんジニーとパーシーも最終的には同意したが、ハーマイオニーだけはその話題になると決まって唇を固く引き結び、マクゴナガル先生が不適切な生徒に向ける「破廉恥な」という目をするのだった。当日の熱気がハーマイオニーを変化させるのではないかと期待してロンは声をかけたようだが、ハーマイオニーは振り向きもしなかった。断固拒否。そんな言葉が背中に書かれているようだった。
大広間には解説の声が響いていたが、そのうちのひとつが突然耳に飛び込んできた。
「──グリフィンドール、ジニー・ウィーズリー選手の杖さばきは上級生にも劣らないものと見ていますが、フリットウィック先生の評価はいかがでしょう?」
ハリーとロンは、すっかり始まってしまった試合を見た。
「ええ、彼女には若い魔法使いにありがちな杖を大袈裟に振り回す仕草が全くない。スマートかつエレガントな速射ですな。『闇の魔術に対する防衛術』という教科は、低学年のうちは実技の機会が少ないため、実戦経験においては高学年に劣るというのが一般的です。だが、ここに例外が存在する。──あああ! 見ましたか、今の! 見事な『足すくい呪い』で相手の機動力を削ぎました! 棒立ちを強いられるミスター・カーマイケルには、奮起して欲しいところです」
「本決闘大会は『杖を飛ばせば勝ち』ですが、行動を阻害する呪文を活用することで健在なペアの集中力を削ぐことが出来るのは、これからの決闘で注目すべき戦術でしょう。おっと。ミス・パーキンソンが集中力を乱したところにミス・ウィーズリーとミス・クリアウォーターの『武装解除呪文』。二本の杖が飛んだところで試合は終了。両者、礼をして──観客の諸君は拍手を!」
グリフィンドールとレイブンクローの生徒が「ウオォっ!」と足踏みしながら喝采を送った。
「ジニーが一勝だ!」
「やるなぁ……!」
次に登壇したのはハーマイオニーとゴールドスタイン、対戦はミリセント・ブルストロードとハリーの知らないレイブンクローの四年生だった。対戦表を見るとマリエッタ・エッジコムと書いてある。
「リベンジマッチだ」
ハリーとロンはニヤリと笑った。
昨年度行われた決闘練習においてハーマイオニーはスネイプによってスリザリンのミリセント・ブルストロードと組を作って練習を行ったが、最終的にハーマイオニーはヘッドロックをかけられ、痛みでヒーヒーと喚いていた。体格が大柄で四角張り、がっちりした顎が戦闘的に突き出しているブルストロードは、たとえ同学年であってもハーマイオニーにとって脅威だった。しかし、今回は皆が見ているなかで行う決闘大会だ。今回ばかりは彼女もいきなり杖を捨てて、ヘッドロックもローキックもスリーパーホールドも出来ないだろう。たとえその方が勝率が高くとも。
「一、二、三!」
ハリーの目で見たものが正しければ、三つ数えていたネフライトが「二」と唱えた時点でブルストロードは「エクスペリアームス! 武器よ去れ!」の呪文を唱えていた。
──フライングだ!
ハリーはそう思ったが、ハーマイオニーは想定内だったようだ。『盾の呪文』を唱えて鼻先で防御したが、仰け反ってしまった。
ここぞとばかりに攻勢を仕掛けようとしたブルストロードを狙い澄まし、ゴールドスタインの『武装解除呪文』が命中して彼女の手から杖が吹っ飛んでいった。
「ミス・ブルストロードは、控えめな表現をすれば、やや焦ったようですね。それもミス・グレンジャーにはお見通しだったようですが」
「慎重かつ大胆な作戦ですな。決闘とは呪文の速さがものをいいますからね。『勝ちたい』人の心理を突いた作戦に賭け、そして彼女は見事、勝ったのですよ。呪文を唱えた後の隙を逃さなかったミスター・ゴールドスタインも素晴らしい──!」
観客席に座るレイブンクローとグリフィンドールの生徒からしきりに「やれ!」とか「そこだ!」とか声が上がった。
「が、頑張れっ!」
ロンが息を詰まらせながら叫んだ。
魔法界には『杖の数で勝負が決まる』。
そんな諺があるとロンが言っていた。その常識に則れば、二対一という状況は好ましい。勝算が高い。
しかし、非魔法族には『終わるまでは分からない』なんて言葉がある。
ハリーは、どこでその言葉を聞いたのか思い出せなかったが、ゴールドスタインが「やったぞ!」と唇を動かした時に嫌な予感がした。
「エクスペリニァ──!」
ゴールドスタインが思いっきり舌を噛んで呪文に失敗した。これにはハーマイオニーも思わず視線をエッジコムから離した。ハリーは目を覆いたくなった。
ハーマイオニーは知らないのだ。
勝負の時に相手から目を離すのは、たいてい悪い対応だ。ハリーの経験から言えば、バジリスクを除くけれど。
パチンと音がしてゴールドスタインの杖が飛んでいった。
一対一。数の有利はなくなった。
「極限の状態にこそ人間の真価は現れる。とっさに取り繕うことのできない癖が出てしまうように。これは私の持論ですが決闘においてはどうでしょう、先生?」
「コメントを考える暇も惜しい展開です。──大広間の観客生徒諸君、目を離さないように!」
睨み合いの続く状況は、そう長く続かない。
解説席に置かれた時計はチクタクと時を刻み続けている。大広間は水を打ったように静まりかえり、やがて痺れるほどの沈黙に支配された。
その空気を読まず。
「では、せいぜい期待させてもらおうかな」
ネフライトは挑発的に言い放ち、椅子の背もたれにのんびり寄りかかった。
残り十秒。ロンは目を大きく見開いて息を止めた。
残り一秒。両者は同時に動いた。
「エクスペリアームス! 武器よ去れ!」
エッジコムの呪文は──狙い過ぎたのだろう──ハーマイオニーの右腕の一拳分上に逸れた。対してハーマイオニーの呪文は、正確にエッジコムの杖を飛ばした。
ワアッと大広間が沸き立った。
「ほお。なるほど。頭だけではないようだ──」
「ミス・グレンジャー、素晴らしいコントロール! ミス・エッジコムも腕の振りは良かったですね! ただ、思い切って踏み込むべきでした……! 両者の健闘に拍手を!」
授業中なら両者にそれぞれに二十点は振る舞っていたに違いない。フリットウィック先生は頭の上で拍手した。
次の試合が始まる頃にハーマイオニーが戻ってきた。
「やったわ!」
この頃のハーマイオニーは、宿題に追われて疲れた顔やビックバークの裁判の件で追い詰められた顔をすることが多くなっていたが、ハリーは久しぶりに見る晴れ晴れしい笑顔だった。けれど、全力で廊下を走った時よりも顔を真っ赤にしていた。
「君、スゴいよ!」
ほとんどの生徒が集まる場においてハーマイオニーがこんなにも注目されたのは、きっと組分け帽子以来だろう。そのため、ハーマイオニーの手は微かに震えていた。
ハーマイオニーは頬にかかった髪を払おうとして上手く動かない指に気付いた。
「ああっ、やだ。……全然、緊張しなかったのに……今になって……」
「休んでいて。そろそろ僕の番だ」
ハーマイオニーはロンと一緒に観戦に戻った。ロンが興奮気味に試合運びについて聞いている。二人の周囲の生徒も耳をそば立てているような気がした。
決闘の舞台袖は次の選手達の待機所になっていて、ハリーが到着するとすぐにセドリックもやって来た。
「どう? 緊張しているか?」
ハリーはどう答えようか迷った。「緊張している」と答えれば、頼りないと思われるだろうか。
「えっと……」
返事にまごついているとハリーは初めてクィディッチの試合に出た時のことを思い出していた。一年生の十一月──今からもう二年前のことだ!──クィディッチのフィールドに向かう途中、キャプテンのオリバー・ウッドにも似たようなことを聞かれた。
その時の自分は「うん」とか「まあまあ」とか答えたと思う。朝食さえ喉に通らない緊張だったせいか。うまく思い出せない。
「僕は、すこし緊張している」
ハリーはセドリックを見上げ、何と言ってよいか分からなくなった。
「僕も」と言うにはわずかに遅かった。舞台上でペアの杖が飛び、試合が終わってしまったからだ。
セドリックがハリーの肩を叩いた。
「でも、これまで練習してきたんだろう? 悪い結果にはならないさ。さぁ、お互いベストを尽くそう。礼儀を忘れずにな」
「僕も頑張るよ」
ハリーは早口で言った。けれど内心は驚くほどホッとしていた。セドリックが決闘舞台の前に声を掛けてくれたことは、ハリーの緊張でさざ波たつ精神を鎮めてくれた。
彼の前向きで公平な態度は安定感がある。
ハリーは、ほんのすこしだけ考えた。
五年生になれば自分より年下の生徒に同じような安心感を与えられる先輩になれるだろうか。うまく想像できない自分は、いつまで経っても彼のような人物にはなれないような気がした。ハリーはさらに考える。きっと自分の身の回りにセドリックのような人物が少なかったせいだろう。
舞台を駆け上るとハッフルパフの生徒から大きな声援があがった。
「セドリック、頑張って!」
ハッフルパフの生徒に混ざり、レイブンクローの女子生徒──チョウ・チャン、クィディッチのシーカーだ──からの声援にハリーは驚いた。しかし、考えてみれば彼のような人柄が他人から支持されるのは当然のことだ。ハリーはチラリとロンを思い出した。ロンが兄達に向ける憧れと嫉妬に似た感情をハリーは今ほんのすこし理解した。
突然、チョウ・チャンと目が合った。彼女はニコリと笑った。クィディッチの試合でスニッチを見つけた時のように彼女の笑顔はキラリと光り輝いて見えた。なぜか、笑うと浮かび上がる頬のえくぼが奇妙にくっきりと見えた。
「──ハリー、作戦通りに」
ハリーは我に返り、杖を抜いた。
舞台の反対側を見ると臨戦態勢のモンテギューとエロイーズが杖を握ってこちらを睨み付けている。まだ杖を抜いていないのはハリーだけだった。
「オーケー、セドリック。……思いっきりやろう」
二人は姿勢を正し、礼をした。モンテギューとエロイーズも礼をしたが、ハリーとセドリックより浅かった。
「一、二、三!」
開始の号令と同時にハリーとセドリックは『武装解除呪文』を放った。
まず、ハリーの呪文はビックリした顔のエロイーズの杖にあたり、真上に吹き飛んだ。モンテギューは、と目を向けると彼はすっころんでいた。ハリーはてっきりセドリックの呪文が当たったと思い、杖を下ろしかけたが、二人の顔を見るなり違うことが分かった。
「あと一人──」
セドリックがさらに杖を振る。
二対一は、やや卑怯ではないか。ハリーの思いはモンテギューを見て消し飛んだ。
「ルーモス・マキシマ 強き光よ」
二人に向かって強烈な光の玉が飛んできた。それは恐らくテニス・ボールほどの大きさの光の玉だったが、太陽のように眩しい。目を見開いてモンテギューを見ていた二人は思わず呻いて顔を背けた。セドリックが当てずっぽうで「エクスペリアームス! 武器よ去れ!」と叫んだが、杖が飛んだ音は聞こえなかった。
代わりにモンテギューが「エクスペリアームス! 武器よ去れ!」と叫ぶ声が聞こえたのでハリーとセドリックは同時に「プロテゴ! 護れ!」と唱えた。呪文はハリーを狙ったものらしい。『盾の呪文』に奇妙な手応えがあった。
光が徐々に弱まり、チカチカと黒かったり白かったりする視界が収まってきた。ハリーは杖を構えた。目を開けていられなくても声を聞き逃さないようにしっかりと杖を握った。
そんな時。
「エクスペリアームス! 武器よ去れ!」
セドリックが力強く呪文を唱えた。ワァッと歓声が上がる。
ハリーは未だチカチカする視界でしきりに瞬きをしていたが、その歓声でどうやら勝ったということが分かった。
「やったぞ、ハリー!」
目の前にセドリックの顔がアップになり、ハリーは何もよく分からないまま「やった!」と言った。
解説席のネフライトの声が聞こえてきた。
「──光で目くらましとは考えましたね。単純に松明やランタン代わり、つまりは『灯り』の代替として使っている人にとっては、発想するのが難しい呪文の使い方だったことでしょう。ええ。難しい。とても、ね。さて、いかがでしょう、フリットウィック先生?」
「魔法使いや魔女ならば『灯り』として使うだけではいけませんね。さて、この分野の話は、ルーピン先生やスプラウト先生が詳しいと思いますが──」
フリットウィック先生は、キーキーとした声で前置きを話した。
「光を苦手とする魔法生物はいますね。なかでも『悪魔の罠』と呼ばれる植物は有名です。撃退するには、ああした強烈な光を放つ呪文が有効でしょう。知っていれば助かるでしょう。しかし、知らなければ命の危険があります! 呪文を学ぶ時は、その効果だけではなく使う状況についても広い知識が必要ですよ。こういうことがテストに出るかも知れません!」
「実に勉強になります」
ハリーは勝利の感覚がつかめないまま、セドリックと一緒に舞台から下りた。
グリフィンドールやハッフルパフの生徒が口々に「よくやった!」とハリーとセドリックを褒め称えた。ハリーは不思議な気持ちになった。クィディッチが顕著だが、勝負の勝利とは、ハリーにとっていつも自分でつかみ取るものだった。杖を飛ばした本数は同じなのにセドリックが勝負を決めてしまったせいでハリーは勝利の実感がわかなかった。ただ、足の裏がフワフワと柔らかいマシュマロになってしまった感覚があり、歩くのがやっとだった。
「ハリー! やった!」
「『武装解除呪文』、完璧だったわ!」
ロンとハーマイオニーが駆け寄ってきてハリーの背中を叩いた。ようやく床にきちんと足の裏がくっついた。
「まぁ」──ハリーはハッフルパフの友人に囲まれるセドリックを見た──「ほんのちょっとね」と早口で言った。
「すごかったよ! 見たか? エロイーズの顔! どうして杖が飛んでいったのか分かっていなかった──」
ロンがひとしきり話し終えた後でハーマイオニーが言った。
「あなたでも緊張するのね。もうすっかり慣れているのかと思っていた」
「僕もそう思っていた。そんなことはなかったみたい」
ハリーは閃光の混乱の最中、ズレてしまった丸眼鏡をかけ直した。
手が震えている。もちろん、十二月の寒さが原因ではなかった。
それを見つけたハーマイオニーはニッコリ笑った。つられてハリーも笑った。
模範演技
模範(にならない)演技でもありました。
「杖は一本しかない。効果はたいてい一対象物に対するものだ」
そこでネフライトは考えた。
「数で倒せばよいのでは?」
しかし、優れた魔法使いは、当然そんなことは対策している。切ったら増え、燃やしたら灰が襲いかかる。そんな敵に対する戦術構築を咄嗟に実力の半分以下でやって退けた先生方はやはり侮ってはいけないようです。
「今度は脊椎のある蜘蛛を作り出せば、そう簡単に『消失』させることはできないハズ」
ネフライトが使用人をしているメンシス学派外科部門の出番かもしれません。脊椎構造のある蜘蛛になら心当たりが──頭メンシス学派かよ。
魔法は想像力
変身術では特に必要だと考えられていそうですが、魔法全般に対して大切なものだとネフライトは理解しているようです。持ち前の記憶力のせいで想像力に枷がついているネフライトにとって、一般的な魔法族が持つ想像力でさえ彼には永遠に手に入らないものです。だからこそ、彼は憧れ、見たいのでしょう。これからも魔法『技術』によって発展していく魔法族の未来を。
絶賛神秘に彩られた時代のヤーナムにいるネフライトは、しばしば人体図を見ながら「そこには横隔膜がある! 内臓に『心』なんて入り込む隙間があるワケないだろうがっ!?」と怒っています。脳に瞳はある。けれど心はないようです。
大会開始!
ハリーは誰かに助けられることは多くあれど最後には勝利をいつも自分の手で掴み取ってきました。自分以外の要因で勝敗が決まるのは、足マシュマロになるくらい初めての経験のようです。