甘き夜明けよ、来たれ   作:ノノギギ騎士団

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休暇
公の休み、余暇。
自由な時間をどう過ごすかは自由だ。
ゆえに人は、大切なものにこそ費やすのだろう。



休暇前夜

 

「ひどいじゃないか。これまでずっと内緒だったなんて!」

 

 談話室に向かう途中の廊下。

 ロンが双子の兄たちに何事か非難している声が聞こえた。

 ウィーズリーの双子が騒がしいのは今に始まったことではないが、いつもからかわれるばかりのロンが噛みついているのは珍しい。

 クルックスは衣嚢から青い液体の入った小瓶を取り出した。ヤーナムにおいて『青い秘薬』と呼ばれるものだ。一息にグイと飲み干し、痺れるような感覚を堪える。身震いをしながら壁に身を寄せた。

 

「『忍びの地図』のことさ。ハリーにあげるなら僕にくれたってよかったのに!」

 

「ロニー坊やが、いつもお下がりは嫌だって言うからさ」

 

「必要なのはハリーだ。わかるだろ? ちょっとホグズミードに行くくらい構わないだろ。クリスマスだぜ」

 

「ハリーが必要なら僕からハリーに貸したよ。僕に秘密にしていたのにハリーには教えるなんて。弟なのにあんまりじゃないか!」

 

 双子はそろって「ふぅーん」と肩を竦めた。

 ──しょうがないだろ。

 彼らは、そんな顔をしているのだろう。クルックスは、ありありと思い浮かべることが出来る。ロンは二人の答えを待たず、肩を怒らせて談話室へ入っていった。

 これから双子の会話があるのではないかと思い、クルックスはそれからしばらく待っていたが、彼らは会話することなく去って行った。双子同士、話すまでもないことだったのかもしれない。

 

(嫉妬だろうか。それとも別の……? 兄弟は親しい仲であれ心砕くことが多く、大変なのだな……)

 

 クルックスは談話室に戻る気分になれず、薬効が切れるまで散歩しようと思った。

 回廊に飾られた絵画の人物たちは姿の見えない足音に気付く者もいる。彼らは顔を上げて左右を確認したが、足音の主の姿は見えないため、やがて不思議そうにブツブツと言った。

 

(俺は『きょうだい』の差異を妬むことはないが、容姿と性格ゆえにお父様から避けられているテルミなどは思うこともあるのだろうな。解決法……とはいえ、お父様を変えるのは難しいだろうな……)

 

 ならば、ならば、と。

 何となく首を回し考えているとスネイプ先生の研究室まで来てしまった。

 パチンと頭のなかで思考の泡が弾けた。

 

「あ。解決法ならば──そう──煎じれば良いのか」

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 深夜。

 明日からはクリスマス休暇が始まる。

 そんな夜の談話室で夜更かしをする学生は、ごく少ない。もし、そんな生徒がいるとしたら帰宅の必要がない学生か、列車を心待ちにしていない学生か、居残る学生に付き合って夜更かしをする付き合いの良い人物に違いなかった。

 いいや、ここにひとつ。例外があった。

 談話室の最も奥まった席で五年生の男女がイチャイチャ──それはどこからどう見ても傍目も憚らないイチャイチャであった──をしている。

『余暇』という存在は、素晴らしい。

 心身のゆとりがあるからこそ人間は他者に寛容になれるのだ。セラフィは、休暇前の人々の挙動を学習している。

 

「アストリアー、まだ終わらないの?」

 

 セラフィの近くにある一人がけのソファーに座り、腕を組んだまま半分眠っていたダフネはカクンと頭を振ったついでに訊ねた。

 

「終わらないのです」

 

 暖炉のそばで必死にペンを走らせているのは彼女の妹、アストリアだ。

 その彼女がいまかかり切りになっているのは──。

 

「互助拝領機構が、そんなに熱心な活動を参加学生に強いているとは知らなかったわ」

 

「強いるとは誤解だ。自主性が何より大切だからね。アストリアが課題として取り上げている『四寮の理想的な生徒像の考察』は、とても興味深いものだ。組分け帽子にインタビューを決行したのも面白い着眼であると思う。なるほど、あの帽子ほど四寮の精神を理解しているモノはない」

 

「ダンブルドア校長が許可を出すとは思わなかったわ。スネイプ先生が取り次いでくれるとも思わなかった」

 

 思いつきを最後まで実行することはないだろうと思っていたダフネは、むにゃむにゃと口を動かした。だが、数十分の仮眠の効果で目は冴えを取り戻しつつあった。

 

「自主性を妨げることはしないのだろう。もっとも、断られたとしてもアストリアは──」

 

「夜警様に馴れ馴れしく呼ばれる筋合いは、あまりないようですけれど?」

 

 アストリアは、ぴしゃりと言った。

 彼女の羊皮紙を覗こうとしていたセラフィは「おやおや」と首を引っ込めた。

 互助拝領機構杯決闘大会以降、アストリアは自分に自信を持つようにしたらしい。

 

「アストリア嬢は、僕にお手厳しい。反面、校長室の合言葉は易しいと聞く。何にせよ、諦めることはしなかっただろう。僕のようなトカゲや蛇もどきとは違う。正真正銘のスリザリンの蛇だからね。獲物を見つけたら一直線だ」

 

「違うわ。ワニの心臓を串焼きにしている人と一緒と思われたくないだけよ」

 

「おや」

 

 アストリアは、やや引き気味の顔で暖炉のそばで作業するセラフィを見ていた。

 

「頑張っている君のために僕は夜食を用意してあげようと思っているのだが、どうか」

 

 衣嚢から取り出した串でワニの心臓を突き刺し、積み上げた本の上に串を置き、更にその本の上に別の本を重ねて肉と火の高さを調整した。その手つきは、妙に慣れている。

 

「これでよいだろう。火の調子からみて、ふむ、じっくり焼いて二十分」

 

「ダフネ姉さん。本当にこの人はダフネ姉さんのお友達なの?」

 

「そのハズなのだけど、最近は自信がなくなってきたわ」

 

「なんだい、我慢が出来ないのかな? 表面を削ぎながら食べていくのもよいだろう」

 

「やよ、そんなシュハスコ」

 

 組分け帽子のインタビューの内容を整理しているアストリアはそう言ったが、香ばしい匂いに目が泳いでいた。しかし、その後にセラフィが言う「いいね。爬虫類の心臓が焼ける匂いがする」とか「肉食性の生き物は草食性の生き物に比べて、美味しくないと聞くがこれはどうだろうね」とか「きちんと血抜きがされているようだ。ところで心臓の袋は三つしかなかった。人間は四つなのに。不思議だね」という感想にそのうち食欲の一切を削ぎ落とされた顔をした。

 

「姉さん、わたしはもう終わりますから」

 

 そう言った彼女はそれから、ぎりぎり二十分もかからない間に自分の走り書きのメモからレポートの草案を終えた。

 

「とっとっと。これでよし。──セラフィ、これ。忘れずにネフライト主宰に渡してね。返信は学校のフクロウを使ってわたしに送るのよ」

 

「承ろう」

 

 下級生の頼み事であっても二つ返事で、しかも見返りなく受け入れるのはスリザリンのなかで彼女しかいないだろうと思われた。

 

「熱心な生徒だとネフが喜ぶだろう」

 

 セラフィは薄く笑み応えた。

 互助拝領機構は、概ね盛況と言えた。皆がそれぞれの興味のあるものを題材に調査や発表のために資料を集めている。一年生や二年生であれば、題材についての本を読み、本それぞれの立場と内容をまとめることが出来れば上出来だと言ったのは互助拝領機構を主宰しているネフライトだ。実際に、一年生や二年生はそうした手法でレポートを作る者もいる。それをヨシとしなかったアストリアは、ネフライトと何度かの相談の上、現在の課題となったと聞く。

 

「切羽詰まっているワケではないでしょう? 休暇に入ってからでもよかったじゃない」

 

「でも、インタビューは今日してきたから今日のうちにまとめないと忘れちゃうわ」

 

「熱心なこと。あっちも熱心ね。何を課題にしているの?」

 

 小難しい顔をしたまま、力尽きたのだろう──寝落ちしていた男子生徒──セオドールが全身を震わせてソファーに座り直した。

 

「は──っ!? 階段から落ちたかと……」

 

「食べるかい?」

 

 セラフィは、ちょうどよい焼き加減になった肉を一口サイズに切り分けて、皿に並べセオドールに差し出した。

 

「ああ、ありがとう。……何の肉?」

 

「臭みがある」と言いかけたセオドールは微笑んだまま答えないセラフィを怪しみ、彼女の後方にいるダフネを見た。

 

「おい、食べちゃったぞ」

 

「ワニの心臓」

 

「な、る、ほどな」

 

「そんなに険しい顔をするほどだろうか。こんなに美味しいのに」

 

 噛みごたえがあるそれをセラフィはムニムニと食べた。

 飲み下すのに時間が掛かっているセオドールに対し、セラフィは対面の席に座った。

 

「ときに心臓は骨髄と等しく神秘が宿る気がする。病んだ臓器は貴重品だが……魔法界はどうか? 心臓について不思議な言い伝えはあるのだろうか?」

 

「心臓? 心臓ねぇ……。んん? 聞いたことは……」

 

「ないのか。心臓を食べると強くなるとかありそうなのに」

 

「父に聞いてみる。そんな魔法はなさそうだが」

 

 セラフィは「食べるかな?」とセオドールに皿をすすめたが「いらないかな」と断られた。

 

「美味しいのに。君は、美食家なのだね」

 

「そういうワケではないが……」

 

「──セオドール、私達は寝るわ。明日、汽車に乗り遅れても知らないわよ。セラフィ、貴女もそろそろ寝なさい。もう明日になってしまうわ」

 

「ああ、寝るとも」

 

 二人姉妹の姿は女子寮へ消え、セオドールも目をこすり荷物をまとめはじめた。

 セラフィは皿を持ったまま、寮を出て行こうとしたのでセオドールは声を掛けた。

 

「どこへいく」

 

「仕事だ。そういえば君は誰かに告げ口をしたのかな。スネイプ先生とは出会わないけれど」

 

「……言っていない。君の弱みを握っておくと後で役に立つかもしれないだろう?」

 

「フフフ、その考えはすこし愉快だ」

 

 セラフィは、衣嚢からトリコーンを取り出し、深く被ると鞄を持って夜の城内へ踏み出した。

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 はぁ。

 物憂げな溜息が小さな口から溢れた。

 

「どうしたの? テルミ」

 

 時刻は深夜に近付いている。

 欠伸をしながら六年生が女子寮へ歩いて行った。もうここには二人しかなかった。

 暖炉のチロチロした残り火を見ていたテルミは、数十分前まで友人達に囲まれ、気の早いクリスマスの挨拶を交わしていた。

 それらが全て終わった後。

 

「クリスマスとは、家族で過ごすのでしょう? スーザンのお家ではどうやって過ごすの?」

 

「どうって。それは……普通に家族で過ごすものよ」

 

 テルミは「それよ!」と言い、火の消えかかった暖炉の前で振り返った。

 

「家族と過ごすって……つまり、どういう感じなのかしら?」

 

「どういう感じって……美味しいものを食べて、一緒に過ごす……みたいな?」

 

 スーザンは、熱心なテルミの質問に困ってしまった。

 家族で過ごす。それは、同じ時間を共有することだ。それ以上のことは何があるだろう。まだ頭を悩ませているスーザンを見て、テルミが眉を寄せた。

 

「とてつもなく幸せってことがわかるわ。困ったわ。それしかわからないわね」

 

「ひょっとして……家族と仲が悪いの? 答えてくれなくてもいいけど」

 

 テルミは一拍の奇妙な沈黙を挟んだ。

 

「わたしは好きですよ。ええ。もちろん。でもお父様はわたしのことが苦手なの。『わたし』というか……小さい子が苦手なのよ。きっと小さくて弱くて可愛らしくて、踏みつぶしてしまいそうで怖いのね」

 

「そんなに巨大な父親……? まあ、半分くらい冗談としても。男の人なら年頃の子供に戸惑うこともあるんじゃない。私もパパのことは……うん……好きだけどママと一緒に料理する方が気楽だし……」

 

「ママ。ママですか。でも、ママはお父様のママですからね。わたしまで甘えるのは気が引けます。」

 

「それは、それは、そう、いや、違うと思う。パパのママは、ママで──えっ?」

 

「とにもかくにも、わたしとお父様は生まれた時からこの調子なのです。そろそろ我慢が出来なくなりそうです。でも嫌われることはしたくないですし……。はぁ」

 

「お手紙とか書いてみたら? ……他人行儀すぎるのかしら……そもそも……あ、ダメね、ダメダメ絶対ダメよ」

 

 スーザンは言ったものの、もしも、自分の父親に手紙を書くとしたら──想像したら恥ずかしくて何も浮かばなくなってしまい、急いで手を振って却下した。

 しかし。

 

「手紙……。何もしないよりはいいかもしれませんね……?」

 

 テルミは、しおしおとした顔で目を天井に向けた。考え事をすると彼女の目は、よく宙に浮かんだ。

 クリスマスで友人がいなくなると途端に彼女は寂しくなってしまうのだろう。それはたとえ、多くのクリスマス・プレゼントが届いたとしてもきっと消せるものではない。

 

「そんな『万策尽きた』って顔しないでよ……。ママに聞いてみようかな」

 

「参考にさせてもらいますね」

 

「あ、あまり期待しないでよ……」

 

 テルミが稀に見せる深刻な表情にスーザンは、ほんのすこし戸惑った。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「ワニの心臓。これは、とても爬虫類の心臓の味がする。心筋の味わい」

 

 夜の勉強会。それは『必要の部屋』で行われる。

 セラフィはクルックスと夜食のワニの心臓を食べていた。

 

「美味しい」

 

「ああ。かなり好きな部類だ」

 

「生気を感じる」

 

「ああ、分かる。実に分かるぞ。心臓。それは、きっと生命の味。野性味のある味が何とも本能を掻き立てる。俺達の『本能』とは一体何なのかという話題にもなりそうだが……。ああ、理屈なんてどうでもいいな。そんなことよりパンが欲しくなる」

 

「サンドウィッチに? いいかもしれない。今度、テルミに作ってもらおう。僕も手伝うだろう。料理を知っておきたいからね」

 

 二人の会話を半目で聞いていたテルミは、クルックスに「食べるか?」と言われ、差し出された皿を見て「遠慮します」と断った。

 

「ワニの心臓をリクエストされると困ってしまいますね。鶏肉でいかがでしょう。チキン・サンドウィッチということで」

 

 テルミの提案にネフライトも口を挟んだ。

 

「お茶会に出してはどうか。どうせ軽食を兼ねるのだ。食事としても構わないだろう」

 

「そういえば、今年のお茶会はどこで行うのか。諸賢、案はあるか?」

 

 昨年はスプラウト先生が管理するホグワーツの温室の一角を借りて行った。

 

「んー、この部屋でよいのではなくて?」

 

 テルミがくすぐるような声音で提案し、各々を見た。

 反対意見を述べたのはネフライトだ。

 

「学生の数が少ない日に、一見してどこにもいないように消えるのはよろしくない」

 

「どこかの空き教室でもよいだろうね。空気と景観が悪いので『魔法薬学』の教室は向かないだろう。『呪文学』の教室はどうか?」

 

「互助拝領機構の活動ですでに世話になっているのでこれ以上は……。ふむ。昨年のように温室のすみを借りるのはどうだろうか」

 

 昨年と同じ、という提案にまとまりかけた。テルミが両手を合わせて快諾した。

 

「わかりました。スプラウト先生に聞いてみますね」

 

「よろしく頼む。もし、断られたらその時は……。ふむ。この部屋の利用を検討だな」

 

 昨年も許されたのだから、クルックスの考えることにはならないだろう。──常に最悪のことを予想しようとするのは、彼らしいことだった。

 

「ん。美味しかった。さて宿題を始めよう。クリスマス休暇に宿題のことばかり考えたくはない。さぁ、諸賢。充実した休日にしよう」

 




ワニの心臓
 うまい。もう一個。


家族
 テルミにとって家族の話題は『きょうだい』のうち最も敏感な話題です。
 周囲で交わされるクリスマスの予定を聞いては、自分とお父様に置換して「ウフフ」と笑っていますが、想像供給にも限度があります。──猟……は知っている! けどスキーって何!?
 アウトドア、それも狩猟に関係するワードにはやけに詳しいテルミは存在する概念です。


ママ
 仔らを最初に取り上げた人形ちゃんが該当しますが、みんなお父様を気遣ってあまり甘えないようにしています。
 誰しも自称赤ちゃんからママを取り上げるのは……ちょっと、その……あれだし……と考えているようです。

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