甘き夜明けよ、来たれ   作:ノノギギ騎士団

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守護霊の呪文
パトローナスチャーム。
守護霊は身を守る盾となり、時に言葉を伝える。
しかし、生半可な腕では扱えない。

彼らには、まだ早いのだろう。



互助拝領機構発表会

 

 クィディッチ競技場において。

 今期最後の試合となるグリフィンドール対スリザリンの戦いが行われていることだろう。

 同時刻。

 クルックスとセラフィは『必要の部屋』で『互助拝領機構』の活動を行っていた。セラフィは椅子に腰掛け、彼が借りてきた本、その一項を熱心に読んでいた。

 

「守護霊の呪文。これがあれば吸魂鬼の影響を免れるのか。……ふむ。夏休みの間にクィレル先生から学びたい。ネフや君はクィレル先生にいろいろと依頼しているようだ。最近では、草を送ったようだね」

 

「草。君は魔法薬の材料で使う植物のことを『草』と言うのをやめたほうがいいぞ。『魔法薬学』でスネイプ先生が何とも言えない顔をしていることがあるからな。……俺の用事は、ポリジュース薬だ」

 

「ポリ……薬……? 何の薬?」

 

「人の姿形を変える薬だ。君は昨年度──いや、もう一昨年になるか──君の姿をしたハーマイオニーを見たと言う。その時に使われた薬だ」

 

「ああ……そういえば、そんなこともあったね」

 

 セラフィは、思い出すように視点を遠くに移した。

 ハリーといつもの三人組はポリジュース薬を使ってスリザリン生に変身し、マルフォイから情報を引き出そうとしたことがあった。

 

「テルミの悩みをほんのすこし軽くしてやろうと思ってな。……それにヤーナムでの試行だ。深刻な問題が発生しても全て夢に出来る。作るのに時間がかかるそうなので手順書と材料を送った。他にも材料が必要なのだが、それは夏休みに入ったらダイアゴン横丁の薬問屋で揃えようと思う」

 

「テルミは君に化けてお父様とお話をするのか。果たして気付かれるかな……?」

 

 セラフィは薄く笑った。

 クルックスは気付かれないと思っている。

 

「お父様が苦手とする『少女の姿』でなければ問題ないのだろう。君とは普通に話をしているのだし……あー……割と」

 

「お父様と挨拶以上の会話なんて数えるほどしか交わしたことはないが、そんな僕はテルミよりマシなのだろうね。僕の場合は、この顔のせいで……いいえ、僕の体に恥ずべきことはないのだけど……」

 

「すまない。不用意なことを言った」

 

「気にしないでくれ。──さて、夏休みのクィレル先生には君からの依頼を頑張ってもらいつつ、僕も相応の謝礼を送って特別授業をしてもらおうかな……」

 

「それには及ばない。俺も学びたい。ネフやテルミも必要だろう。また四人で謝礼を用意しよう。食料でも書籍でも何でもいい。気を病んでしまわない程度の娯楽も必要だな。チェスくらいはヤーナムにもあるが……。ふむ。しかし」

 

 クルックスはセラフィが見ている本を逆さまに覗き込んだ。

 

「難しい魔法なのか?」

 

 もしも、この台詞をネフライトが聞いていたらN.E.W.T、イモリを越えるレベルの呪文の理解についてクルックスを懇々と説教したかもしれない。

 

「指導を受けないと難しいものだろうか。俺は、いま取り組んでも構わない。後回しにする事情があるのか?」

 

「ひとつ、僕はホグズミードに行かないので吸魂鬼と会敵する理由がない。ふたつ、他に取り組むことがある」

 

「俺はそろそろ質問することに劣等感を抱いてしまいそうだ。しかし、訊ねよう。他とは。何かあったか?」

 

「『狩人の戦いに魔法を取り入れるとどうなるか』とは、僕らの自主課題であったろう」

 

 二人で思いついたものの「いつか時間があるときにやろう」と先延ばしになっていた課題をクルックスは思い出した。そして、努力して忘れようとしていた理由についても。

 

「俺は……君と戦うのは訓練であっても気が進まないのだ」

 

「それでは困る。僕と君でどちらが優れているのか、そろそろハッキリさせる必要があるだろう」

 

「俺は必要を感じていない」

 

 セラフィの挑発をかわしつづけてもう三年が経とうとしている。

 あらゆることに執着の薄い彼女にしては熱心な要求だった。

 

「魔法を知り、実験を出来る『狩人』は限られるだろう。使えるものは全て使うのが狩人だ。ヤーナムの狩りに魔法を使うことは検討していないが、聖杯くらいなら問題ないだろう。結果次第ではお父様に嘆願することも視野に入れてもいい」

 

「アメンドーズの巨体に『失神呪文』が効くとは思わないが、試してみる価値はある……? あるか……?」

 

 セラフィは、するりと衣嚢から落葉を取り出した。

 

「待て。真剣は危ない。君を傷つけたくはないのだ。──というワケで。禁じられた森の周辺に落ちていた、いい感じの木の棒を使うぞ」

 

 クルックスは仕舞うように指図すると代わりに部屋の隅に置いていた木の棒をセラフィに二本渡した。

 

「君には鴉羽の騎士様と同じ趣味があったのだね。鴉羽の騎士様もレオー様もいい感じの木の棒を拾って歩くのがお好きだ。市街からカインハーストへの帰り道のことだよ。僕にはよく分からない趣味だが、きっと男の子だね」

 

「『きっと』ではなく見てのとおりの男の子だ。ともあれ、ただの模擬戦なのだ。これでいいだろう。あ、銃の弾は抜いてくれよ。音が響くとマズいからな」

 

「分かった。ヤーナムに戻ったら実戦してもいいだろう?」

 

「だから……俺は君と争いたくないのだ」

 

「僕は君より強いことを証明してしまいたいのだ。いいえ、証明するまでもなく僕の方が強いのだけど」

 

「俺には証明の必要は感じられない。この話は終了だ」

 

「そうか。では仕方ないな。──ステューピファイ! 麻痺せよ!

 

 不意打ちに始まった戦闘をクルックスは意外に思わなかった。セラフィは、もう杖を抜いて暇そうに弄んでいたからだ。そのためクルックスもすぐに応戦した。

 

プロテゴ! 護れ!

 

 呪文同士の結果を見ずに二人は走り出していた。

 互いの間合いをつかむため、数秒ステップと併走を挟む。先に踏みだして仕掛けたのはクルックスだった。仕掛け武器代わりの木刀を振るった。

 

「銃撃ならば二、三喰らったところで止まらないが、魔法は一撃食らったらそれで終わりだな。意識を奪われることは避けたい。──エクスペリアームス 武器よ去れ!

 

 赤い閃光はセラフィに掠りもしなかった。

 

(まったく。カインの騎士らは本当に速い)

 

 瞬きの間にセラフィの姿は、間合いの内側に入っていた。

 ステップの勢いのまま、長い手足に遠心力が乗った重い一撃を躱し位置を入れ替えるように押し切った。

 

「魔法使いと戦うならこうして接近戦に持ち込んで仕留めた方がよさそうだね。ただの魔法使いなら蹴りだけで殺せるのだ」

 

 互いに組み付いた状態でセラフィの飛び膝蹴りがクルックスの顎を掠めた。

 

「──レオー様もそうだったが、君達は近接において惜しげなく足技を使う。俺がもう少しナイフと親しければ切り飛ばせるだろうか。いいや、それより俺も連盟の長から官憲仕込みの徒手格闘を学ぶべきなのだろうか……」

 

 軽いステップで互いの間合いを測っているとセラフィが床に杖を向けた。

 

グリセオ! 滑れ!

 

「なにっ。あっ。また──っ」

 

 床に、まるで油でも流したかのように突然滑らかになったことでクルックスは脚を滑らせた。

 たいていの外傷に耐性のある彼でも不意打ちの痛みには、多少動揺する。たとえば、舌を噛む、とか。

 

「んん、んんんっ!?」

 

 林檎を噛むようなザクリとした嫌な感覚が脳天まで奔り、クルックスは口を押さえた。ついでに床に手をついた彼は脚を止めてしまった。

 

「隙ありだ」

 

 セラフィから銃弾代わりの木の棒が投擲され、クルックスが顔を上げた瞬間、額に命中した。そこで、きりよく模擬戦は終了になった。

 

「ぎぃ……いぃ、い……」

 

 異常な生まれの彼らにも生理的な反応は存在する。

 ひどい苦痛のためボロボロと涙を溢した。

 

「舌を噛んだのか。千切れていなければ問題ないだろう。……見せてごらん」

 

 大丈夫、と伝えきれずクルックスは口を押さえた。

 クルックスのそばにひざまずき、彼の頬に手を添えたセラフィが口を覗き込んだ。

 

「おお、ざっくり噛んだね」

 

「あ、あ、ぐぅ……う……」 

 

「『エピスキー 癒えよ』を試してみようか。──ちょっと待ってね」

 

 痛みのショックは続いている。唾液ではない液体のせいで鼻の奥が血生臭い。クルックスは、口をすすぎたかった。ゴシゴシと涙を拭っていると『必要の部屋』の扉が開いた。

 

「もー、クィディッチの最終戦くらい来たらどうですか? 普通の学生と一分話すと死ぬ病にかかっているネフはともかく。目立つことは避けるべきで──ああああ! セラフィがクルックスとキスしてるっ! 酷いわっ! 独り占めなんて! 最近、二人で一緒にいると思ったのは、そういうことだったのねっ!? イチャイチャしていたんだわっ! イチャイチャしていたんだわっ!」

 

 テルミは扉を閉めるなりピョンピョンはねた。クルックスは彼女なりに地団駄を踏んだつもりだということが分かった。それはそれとしてワケの分からないことを言っていないで舌の怪我を治してほしかった。

 

「あ、テルミ。ちょうどいいところに来た」

 

「ちょ、ちょうどいいっ!? ちょうどいいって何なの!?」

 

「いま舌を噛んでね。出血している。治してほしい」

 

「そんなっ激しいコトを……!?」

 

「事情を話すから、まずは仕事してくれ」

 

 セラフィがクルックスの言いたいことズバリを述べ、テルミの頭をコツコツと小突いた。

 

「あうっ。つつかないで。お姉様ったら酷いわ。本当に。わたしのものを取り上げるなんて。もう。──エピスキー 癒えよ

 

 舌の根まで冷えて暖かくなる奇妙な感覚があり、クルックスは口を閉じた。

 奇妙な感覚が去った後は、痛みも無くなっていた。血混じりの唾液を飲み下すと喉が熱くズキズキと痛んだ。

 

「ありがとう、テルミ。──狩人は脚が要だ。機動力を奪う手段はかなり有効だな。爆発呪文で足場を崩すとか、『変身術』で沼を作るとか」

 

 何の話かとクルックスを見上げたテルミに模擬戦の概要を説明すると彼女は大いに呆れた目をした。

 

「まぁ、困った人達です。ヤーナムでやればよいのに」

 

「試せる時に試しておくべきなのだ。学ぶことは大いにあった」

 

「そうだとしてもです。お口は? もう痛くない? ほかに怪我はありませんか?」

 

「何も問題はない」

 

 クルックスは、ズボンについた埃を払い立ち上がった。

 

「結構です。むぅ。いいですか? ユリエお姉様がおっしゃっていたようにわたし達の体のことは分からないことが多いのですから、血を流すことには慎重にならないといけません。まして、ヤーナムの外では」

 

「あ、うん。そうだな。気を付けていたのだが……」

 

「気を付けるだけではいけませんよ。実行に移すことが大切なのです。わたしのように」

 

「分かった。分かった」

 

 クルックスは、セラフィに「今日はこれでおしまいだ」と目で伝えた。セラフィも「そうすべきだろうね」と肩を竦めた。

 

「お茶を淹れよう。口の中はまだ血塗れだ」

 

 クルックスは、避難させていた棚から水瓶を持って来た。そうして慣れない手つきで準備する間、テルミがクィディッチの最終戦の状況を伝えた。

 

「勝ったのはグリフィンドールです。優勝おめでとう、ですね。ハリー・ポッターのファイアボルト。それは他の追従をゆるさない素晴らしい躍動を魅せました。今頃グリフィンドール塔は大盛況でしょうね」

 

「スリザリンは……どうだったかな」

 

 セラフィの質問は彼女らしからぬ曖昧さだ。もし、クルックスが回答する場合は大いに言葉に迷ったことだろう。

 

「スリザリンは、珍しくラフプレーが少なかったですね。礼儀に反する乱暴なプレーが少なかったせいでしょうか。敗者に見向きしないと思われた観客から、多少の喝采がありました」

 

 クルックスは、にわかに想像できなかった。

 三寮の生徒は、スリザリンにも喝采をしたのだと言う。

 

「……スリザリンは、もう少しだけ取り繕うことを覚えた方がいい。僕らが様式美にしがみつき、礼節を守るように。彼らが手段を選ばないのならば、目的だけは気高く尊い場所に置くべきなのだ。短慮に陥ってはいけない」

 

「難しいことを言うのね」

 

「難しい?」

 

 テルミはクスクスと笑うだけで、難しいことの理由を教えてくれなかった。

 三人分のお茶を淹れるとようやく一息吐いた。

 

「魔法を使う戦闘をしてみて思ったけれど、杖は邪魔だね。かなり集中していなければ呪文は不発になってしまう。呪文を試みる間に三、四発は銃撃できるだろう。もうすこし魔法に習熟すれば違うのかもしれないが」

 

「ええ。六年生で習う無言呪文が出来るようになれば感想も違ったものになりそうですね。知っていますか? 無言呪文。呪文を唱えずに魔法を使うの」

 

「ああ。互助拝領機構杯決闘大会で見たことがあるからな」

 

「全ての魔法を無言呪文で使えるようになるのは高望みでしょう。けれど、いくつかの呪文、たとえば武装解除や盾の呪文を無言呪文で行使できるようになれば、対人戦闘には使えると思います。わたしも今のところは銃の方が実用的だと思っていますが、魔法の方が確実に殺さずに済むので便利に使えますから」

 

「なるほど。殺さず捕まえるのが目的であれば……うーむ……そういう機会がいくつあるかという話にもなりそうだが、こういうことは考えない方がいいのだろうな。魔法により助かることもありそうだ。戦いに使えそうな呪文は今後とも探しておくとしよう。俺は『変身術』を頑張らないといけないことがわかった」

 

「どうして『変身術』なの?」

 

「沼を出したい。こう、ドバァーっと。カッコイイだろう?」

 

 テルミとセラフィは不思議そうな顔をした。

 クルックスとしては獣への足止めにも使えそうなものなので良いアイディアだと考えていた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 翌日。

 呪文学の教室で行われた『互助拝領機構』は、カチンコチンに緊張した一年生からお手並み拝見とばかりの六年生まで発表者十人が集まった。他に三人いたのだが、週一回のクラブ活動に参加しなくなった。クィディッチや他のクラブ活動で忙しくしていたようだ。ネフライトは「去る者追わずと言うだろう」と気にした素振りはなかった。

 発表者の他に見聞するだけの生徒が何人か座っている。彼らは、発表者の友人や知人といった生徒だ。発表を見物する分には、問題ないようだ。

 最も楽しそうにしているのは、クラブ活動の顧問であるフリットウィック先生で全員の手元に配られた各員のテーマと主な発表内容が書かれた冊子をウキウキと読んでいて、ときおり隣に座るスリザリンの一年生、アストリアに話しかけている。

 最も悲壮な顔をしているのは、なんとハーマイオニーだ。

 

「クィディッチ前後の騒がしさと授業の課題で忙しくて……。うまくまとめられていないかも」

 

「たった三分だろう。それに週一の進捗発表だと順調そうだったが」

 

 ハーマイオニーは肩を落として羊皮紙の束を整理し始めた。

 午前十時。ネフライトが手にした小さな鐘を鳴らした。

 

「定刻となった。──諸君、クジを引きたまえ。順番が書いてある」

 

 ネフライトがカップに木の棒を入れた物を差し出した。

 共同作業をしていたクルックスとセラフィは代表してセラフィがクジを引いた。

 

「五番だ」

 

 まぁまぁの順番だ。

 共同作業していた生徒はクルックスとセラフィだけではないので、後半にあたる順番だ。それまでの発表を見て、場の雰囲気を掴むことが出来るだろう。

 一番を引いてしまった一年生のハッフルパフ生、オーエン・コールドウェルが身を縮めた。

 

「気にすることはない」

 

 今日も今日とてメンシスの檻の中にいるネフライトは、さらりと言った。

 大いに気にすることだ、と言いたげなオーエンが檻頭を見上げた。

 

「活動の進行を務める私が先だって発表するので、君はまだ座っていていい」

 

 全員が着席したところでネフライトは教壇に立った。そして、ヒョイと杖を振った。白いチョークが踊り、ネフライトの手癖の文字で『未確認魔法生物の捕捉の必要性』が書かれた。

 

「すでに発表者には伝えてあるが、発表の時間は三分。二分三〇秒で一度目の鐘を、二分五〇秒で二度目の鐘を鳴らす。延長は認められない。ゆえに発表者は内容を精査し、理解に易しい言葉で伝えることを目指されたし。発表後は、発表者に対する質疑応答の時間となる。──疑問は、攻撃ではない。……苦しむことはない。気負わずに答えてほしい」

 

 前置きが終了して彼は話し始めた。

 内容を要約すると。

 

 魔法生物を捕捉する意義は、魔法族が持ちうる資源を把握することにある。

 彼らの存在により飛躍する分野があるだろう。まずは道具となり得る資源を把握することだ。そして捕捉できた生物の精密な研究を行うべきだ。ダンブルドア校長がドラゴンの血の十二の使用法を発見したように。

 

「こんなところだな」

 

 メモのためペンを走らせていたクルックスは、隣に座るセラフィに紙を見せた。

 

「何か質問するかな」

 

「うーむ。ハッキリ言って俺がネフに質問するのは気が引けるな。……彼は頭がいいからな。俺など……」

 

「──ハイ!」

 

 質問を受け付けた途端、天井に向かってまっすぐ手を伸ばした生徒がいた。

 

「ラブグッド」

 

 ネフライトが指名した。

 

「良い考えだと思うな。ラックスパートはいるけど、まだ認められていないから。もっといろんな人が知れば耳に気を付けて歩くと思う」

 

「その発言は、同意と受け取った。現在、我々の常識は魔法動物学者で『幻の動物とその生息地』の著者であるニュート・スキャマンダー氏の発見と分類によるものである。かの図書は権威的な本だ。世界的ベストセラーにもなった。だが魔法族は、それで満足をしてはいけない。学究の後進である魔法族は新たな発見を模索し、また、発見は検証されていくべきなのだ。他に質問は? 無し、と見た。以上。発表終わり。──次、登壇したまえ」

 

 ハッフルパフのオーエンは登壇したが「先に発表すればよかった……!」と思っていることだろう。今の彼を突けば、緊張で顔から火が出そうだ。クルックスも同じ気分だった。

 

 緊張による言葉のつまずきはあるものの、発表は概ねトントン拍子で進んだ。

 オーエンの『ファイアボルト登場によるクィディッチ・ワールドカップの展開予想』は、聞く人が聞けば興味深い内容だったのだろう。クルックスとセラフィはクィディッチのことはルールさえ認識が怪しい状態なので、オーエンが熱心に語った箒の加速度がフォーメーションに与える影響と最も利となる世界にあるクィディッチ・チームの予測は、右から左へ聞き流す状態だった。

 発表後、クィディッチに興味の無いネフライトもコメントに苦労をするだろう、とクルックスは我が事のように心配していたが、彼は杖を振ってファイアボルトを図示しながら感想を述べた。

 

「道具を改良することにより、使用者である魔法族に変化が起きることは好ましい変化だ。もっとも、効率を求めることで娯楽としての『楽しみ』を削いでしまわないかどうか心配だ」

 

「心配するのなら、いま約七〇〇ある反則が、さらに、増えることだと思います」

 

 三分間ギリギリで発表を終えた後のオーエンが、息切れしながら答える。ネフライトは、斜め上に視線を向けた。

 

「それもそうだな。審判が見えないところで行われる反則に関する条項が増えるかもしれない。──さて、質問の時間だ。発言者に質問のある者は、挙手!」

 

 ネフライトがパンと乾いた音を立てて手を叩いた。

 これにはパラパラと手が上がった。ネフライトの話に比べれば、今回がクィディッチという魔法族ならば馴染み深い話題だからだろう。一方で、オーエンはこんなに反応があると思わなかったのか不安そうな顔をしてネフライトを見た。

 

「フリットウィック先生、ご発言をどうぞ」

 

「一年生ながら立派な発表だった。そこでちょっとした質問をさせてほしい。──君は来年のクィディッチ・ワールドカップに言及したが、ズバリ勝つのはどこだと思うかね?」

 

 何人かはフリットウィック先生が聞いたことをそのまま質問してしまいたかったようだ。オーエンを見つめる目が増えた。

 

「す、すでに出場が決まっているチームならトランシルバニア……」

 

 実際のところ。

 彼の予想は外れていた。しかし、後にトランシルバニアはイングランドに三九〇対一〇という大差をつけて大勝したので、あながち的外れな予想ではなかった。──とはいえ、全て未来の話だ。

 パラパラという拍手に見送られ、オーエンは降壇した。

 次に登壇したのは、レイブンクローのルーナ・ラブグッドだ。

 砂時計に手を置いたネフライトが、ルーナの準備が出来ても経ってもひっくり返さないので彼女は振り返った。

 

「どうしたの?」

 

「話が脱線しなければ三分で話せるだろう。そういう構成をしている。……しているんだからね?」

 

「大丈夫だよ。心配してくれて嬉しいな」

 

「心外だ。始めたまえ」

 

 ネフライトはひらひら手を振った。クルックスは彼がルーナが話を始めた後、話題がしっかり話すべきことであるのを確認した頃に砂時計をひっくり返したのを見た。それを目撃されていたことに気付いた彼は、けれど何事も無かったかのように目を閉じて発表に耳を傾けていた。

 

(露骨な贔屓をするのだな)

 

 彼の意外な一面を見たような気分になり、クルックスは知らず固まっていた頬が柔らかくなった。セラフィがよく笑うようになったのと同じ変化が彼にも起きていたようだ。それを指摘したらきっとムキになって反論するのだろう。

 クルックスが、互助拝領機構とは全く異なることを考えているのには、ネフライトの珍しい態度以外にも理由がある。

 ルーナの発表テーマは『レイブンクローの失われた髪飾り』のことだ。

 つい先日、一足早いクリスマス・プレゼント代わりに父たる狩人宛てにそれを発送した身としては、余計なことを考えて無関心を装うに越したことはない。隣に座るセラフィは「ヘェ?」とか「フゥン?」と言っているが、白々しいのでただちに止めるべきだとクルックスは思った。

 

「レイブンクロー寮の談話室に立っているレイブンクローの像から身体の比を計算すると寮祖ロウェナ・レイブンクローはだいたい二メートル三〇センチの長身で髪飾りの大きさはだいたい二〇センチだったことが分かった。──発表を終わるよ」

 

 クスクス笑いがさざめきのように起きてルーナの発表は終了した。ネフライトが小さな鐘を構えているところを見ると二分五〇秒ギリギリだったらしい。砂時計をゆっくり逆さまにした甲斐があったことだろう。

 

「失われた髪飾り。宝物に心惹かれる学生は多いのだとか。自分の物でもないのに欲しがるのは度し難い。しかし、大鷲の賢者の智慧は魅力的だ。その智慧で空から大地を見下ろした魔女の秘密は、探れるならば探っておきたいところだ。とはいえ、古今東西、人々は身に余る智慧を欲し、終いには身を滅ぼすのだ。求める者よ、自惚れることなかれ。誰も彼も自分の身には不幸が見舞わないと信じているが、特別など何もないのだ。そう、何も、誰も。──さて。非魔法族で言うところの数学を用いたロウェナ・レイブンクローの身体に迫る研究だった。現代的に言えば、ややスレンダー気味で形の整った頬骨がよく見える顔だったようだな。レイブンクローの像は、かなり本人に近い人相を捉えていると考えてよいだろう。他の寮生はレイブンクローの像を見たことがないのだろう。顔はこのような感じだな」

 

 ネフライトが杖を振ると黒板を滑る数本のチョークがみるみるうちにロウェナ・レイブンクローの顔を描いた。

 

「わたしのスケッチより、よく出来ているね」

 

「褒めても何も出ないぞ。いや、批評が出るか。──質問の時間だ。発言者に質問のある者は、挙手!」

 

「はい」

 

 挙手したのは、クルックスが話したことのないグリフィンドールの五年生の女子生徒だった。

 

「ロウェナ・レイブンクローが二メートル三〇センチだったのは、いくらなんでも、あー、大きすぎるんじゃないかなぁと」

 

「計算で導いた最大値ってことでいいよ。それに大鷲も翼を広げればそれくらいになるからちょうどいいと思う」

 

 質問者は、口をパクパクさせて着席した。

 このまま終わっても良かった会話を拾い上げたのはネフライトだ。

 

「感覚としての『おかしい』を私は否定しない。しかし、『おかしい』だけで議論を進めることは難しい。それは自分の常識を他者へ押しつけることになる可能性がある上、たいてい普通の見識であるからだ。学徒に必要なものは、いつだって常識を打ち破る想定なのだよ。そのため質問をする時は、出来る限り予想される回答を想像してからすべきだろう。──ちなみに大鷲の翼幅は二メートルから二メートル五〇センチであることを補足する。ただし、イギリスには生息していないようだ。恐らく、象徴となったのはイヌワシと思われる。そのイヌワシでも翼幅は一六〇センチから二メートル二〇センチある。私には、どちらの鷲であれ世界を俯瞰する大きな存在として自らを定義していた女性に思える。以上だ」

 

 彼が総括して話題を終わらせた。

 クルックスは彼が言葉の弾みで口を滑らせるのではないかと一時も目が離せなかったが、落ち度は何もなかった。

 次の発表者が登壇する頃。

 観覧者のうち何人かは、発表者よりも発表を受けてネフライトが話すことの方が興味深いと気付いたようだった。

 ワクワクした顔をする生徒を見ているとなぜか手足がむずむずした。そして突然、ネフライトには一年生の時のように虚空に向かってブツブツ独り言を話していてほしい気分になった。彼が評価されるのは喜ばしいことだが、彼を都合良く使おうとする輩が増えるのは好ましいことではない。

 ──考えすぎだろうか?

 クルックスは、深呼吸をして自分を落ち着かせた。発表の順番が近付いてきて緊張しているのかもしれない。何度も読んだ発表資料に目を落とした。

 

(獣の前に立った時でもこんなに緊張しないのに不思議なものだ)

 

 周囲を見ればまだ発表を終えていない学生は、他の生徒の発表を聞くどころではなく資料に目を落としている。つまり、自分と同じだ。目新しく感じた『まとも』さのなかに自分がいる気分になった。

 

「何か面白いことが?」

 

 セラフィがそっと耳に口を寄せて囁いた。

 

「え?」

 

「ふふっ。君もよく笑うようになった。僕とお揃い。──ご機嫌だね」

 

 セラフィを見つめれば、彼女はゆっくりと瞬きをした。クルックスは彼女の長い睫を見た。間近で見るのは二度目だ。日の光に輝くそれは金色の光を得て輝いている。あの日、涙でとろけていた琥珀色の瞳は、眩しいくらいの午前の日差しで宝石のように光っていた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 クルックスは、その後の記憶が曖昧だ。

 知らない興奮と感情で不整脈に陥り、高まる緊張で記憶が飛び飛びだった。

 発表はやけに早口になってしまったような気がする。それでも一度目の鐘の音を聞いたので発言すべきことは話したようだ。

 続く質疑応答の挙手は無かった。

 ホッとしたのもつかの間で「質問とは来たら困るが、来なければ寂しいものなのだな」と感じた。矛盾した感想に自分で驚く。

 

「これは質問ではないのだが……確認なのだが……ナメクジを吐いたのはどちらだ?」

 

 ネフライトが事前配布の資料をチラと見て訊ねてきた。

 

「俺だ」

 

「知っていた気がする。それで、気分はどうだった?」

 

「最悪だ。吐き気、食欲不振、体の怠さが半日続く。肉体的外傷を残さない嫌がらせに使える呪文だと身をもって学ばせてもらった」

 

「なるほど。他にもかなり身を張った調査結果があるようだ。理性ある人間ならば、呪いをかけた後の人物の健康まで考えていたいものだな。降壇したまえ」

 

 またパラパラとした拍手が起こり、二人は席に帰ってきた。

 

「とても緊張した。記憶がない」

 

「僕もあがってしまったよ。きちんと原稿を作ってきてよかったね」

 

「事前準備は大事だとお父様も言っていた。準備八割だとか何とか」

 

「ああ、それは大切だ。先達も似たようなことをおっしゃる。武器の手入れと同じようなものだね」

 

 それから二人でハーマイオニーが話す『マグルにおける魔法使いの実在性』という発表内容に耳を傾けた。理解できるかどうかは別の話だった。開始三〇秒でもう非魔法族の常識に置いて行かれた彼らは、悲しみを覚えるほどに十九世紀の存在だったのだ。

 きっちり三分でハーマイオニーの発表は終わり、ネフライトの解説を待った。彼も十九世紀の存在のハズだが、その悲しみを一片も臭わせずに「魔法省の有能さが窺えるところだな」と皮肉なのか本音なのか分からないことを言った。

 

「非魔法族に対し魔法の存在を勘付かせないための忘却術は濫用されるべきではないという考えには同意だな。記憶とは、精密かつ相互なものだ。記憶が消え、整合性が取れたように見えても一時のこと。忘却後の脳みそを経過観察をしているワケではないため、被術者に対する影響は算定し難い。魔法族がいざこざを起こさず、うまく隠れる方が間違いのない、そして人道的なやり方と言えるだろう。だからこそ非魔法族の脳には瞳が必要なのだ。……。話が逸れてしまった。発言者に質問のある者は、挙手!」

 

 一人、また一人と発言を終えていく。時間の経過が感じられる。

 

 メモ帳代わりの手記をめくっていると、ふと学年末が近くなっていることを思い出した。

 学期末の試験が来る。それは、テルミの交渉の日取りが近付いていることを意味する。

 

 クルックスは、文字を指でなぞり音の出ない溜息を吐いて目を閉じた。

 まだ、発表は続いている。もう少しだけただの学生でありたかった。

 





『互助拝領機構』に取り組む二人
 クルックスとセラフィの小さな戦闘です。クルックスはともかくセラフィは『きょうだい』のなかで誰よりも強いことを自負しているため証明を望みました。魔法を交えての戦闘では彼女の勝利となりました。
 決闘大会において、呪文のせいで床でじたばたしていたクルックスはセラフィが例の呪文を使ったことを知らず、今回、反応できませんでした。理解が知識に辿り着き、現実を判断するのに時間がかかってしまうのは次回の反省点であるのでしょう。


発表会!
 すこし書けて楽しかったです。


聖杯で僕と握手!
 地底人は正月休暇も元気!
 教会(黒)装備でルド剣と杭、エヴェリン・松明装備でウロウロしていると思います。
 そんな暇あったら加筆修正しろって? ……そのとおりです。

 今年最後の投稿となりました。ここまでお読みいただきありがとうございます。
 来年も、あと10話ほど投稿する予定です。お楽しみいただければ幸いですよ!
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