ピーター・ペティグリュー
ハリー・ポッターにまつわる悲劇の英雄のひとり。
秘密を守り、狂人の手に掛かり死に至った。
遺った指一本さえ勲章に値する。
──そう言われていた。今日、これまでは。
クィディッチにおいてグリフィンドールが優勝したことは、グリフィンドールにとって多大な幸福をもたらすものだった。
そも寮同士の対抗意識が希薄で試合も観戦していないクルックスにとっては実感のわかないものであったが、グリフィンドール寮全体が活気づき、ニコニコ笑っている人が多い塔内は居心地の良いものだった。
やや気の早い総括をすれば今年度はシリウス・ブラックの件さえなければ、とても充実した学校生活を送ったと思う。
充実感の一角を担うのは『闇の魔術に対する防衛術』だ。
──ようやくまともな先生が来た。
クルックスも覚えるその実感は、多くの生徒と共通していた。
やがて六月、学年末試験の日がやって来た。
(『呪文学』はネフの言うとおり『元気の出る呪文』が出たな。ちゃんとやっておいてよかった。『変身術』は──ウミガメとリクガメの違いが理解できなかったが──最終的に甲羅を持つ四本足の生き物に変わったので落第点にはならないだろう。『魔法薬』は全て手順通りにやったのでスネイプ先生の説明が誤っていなければおかしな効能になっていないだろう。……でも俺が作った魔法薬はネビルのものより量が多くなっていた。いいや、ネビルが少ないのか……? 謎が増えたが後ほど再現してみよう。『魔法生物飼育学』は放置安定だ。『天文学』も書けないものはなかったので、まあまあ大丈夫だろう。『魔法史』も大丈夫だろう。ネフが俺のために作ってくれた『メンシス式・魔法史レベル別問題集』を念入りにやった。テストでは滞りなく解答を書くことが出来た。だからやはり問題はないのだ)
『闇の魔術に対する防衛術』は過去二年間でこれまで受けたことがない実技を中心とした試験内容となった。もしも、マグルのスポーツに親しければ「障害物競走のようだ」という感想を抱いたことだろう。
水魔のグリンデローが入った大きな水溜まり──『プール』と言うらしい──を渡り、赤帽のレッドキャップが潜んでいる穴だらけの地面を飛び越え、道に迷わせようと誘う『
そこでクルックスは『まね妖怪』と対峙した。
「なぜ連盟の長から君に変わったのか。あの時は分からなかったが、今なら……すこし分かる。俺の記憶とお父様の記憶が混ざってうまく読み取れなかったのだな。お父様だってほんのすこしは誰かに見放されるのは恐いのだろう」
──ねぇ、お父さん。あの人、月の花の匂いがするわ。お花畑から来たの?
少女の形をした恐怖は、そう言った。
「ああ、そうだ。俺は月のお花畑から来たのだ。リディクラス ばかばかしい」
少女は足下に突然現れた蛇に驚いて「ぴゃっ」と飛び跳ねた。
その姿は、ほんのすこし面白い。クルックスは笑った。
■ ■ ■
太陽は夏に向かおうとしていた。
晴天に恵まれ、東から青い夏の空気が運ばれる朗らかな日だ。頭の中までポカポカと温かくなりそうな日差しの下、全てのテストが終わった生徒たちは思い思いに休日を過ごし、あるいはホグズミードへ遊びに出掛けている頃。
「──ああ、クルックス。早かったのですね」
テルミが黒い法衣に銀の聖布を翻し、ウィンプルを肩に掛け、待ち合わせの廊下に現れた。
クルックスもまたヤーナムの狩装束に身を包み、小脇にトリコーンを挟んで待っていた。
「まあ、な」
ホグワーツでの日常を壊しかねない事情に手を加えようとしている。
こんなことになるのは故郷に蔓延する奇病のせいだと憎悪の片鱗を抱く一方、その因果で生まれた生命だ。全てを憎悪することも出来ない。奇妙な憂鬱に苛まれるクルックスをどう見たのかテルミが隣にやって来た。
「お父様によく似た貴方。お父様のようにお悩みの貴方。心配しないでください。何もかも、そう悪くはしませんわ」
「狩人が『悪くしない』ために夜を駆け、その結果が現在のヤーナムだということを君はもっと真剣に考えるべきだと思う。お父様でさえ現状維持がようようの状態だ。だから……なぁ、やめないか。どうせルーピン先生は頷かない。ヤーナムに人狼病を解決する手法があるワケではないのだ。そもそもヤーナムは魔法界にとって非存在を疑われている。与太話だと思われるのがオチだろう」
「ああ、その心配をしていたのですね。大丈夫ですよ」
「な、何が?」
思いつく限りの難点を挙げた心算のクルックスは、テルミがあっけらかんと言う態度が分からなかった。
「その辺りの事情は説明済みで解決済みです。ルーピン先生はスネイプ先生に話を聞いてヤーナムのことをご存じです」
「それで?」
聞きたいような。聞きたくないような。
クルックスが重い口を開いたのは、テルミが何をやろうとしているか出来る限り予想しておきたいからだ。
「ご興味を持たれたようですが、答えは保留と。今日はお預けになっていた回答を聞きに行くのですよ。スネイプ先生は、ルーピン先生に熱心にヤーナムへ行くことを勧めていたようですが」
「あの二人は仲が良いのか悪いのか分からないな」
「ウフフ、どちらでも構いませんわ。さ、テストも終わったことです。人狼さんには首輪を付けてヤーナムまで引きずって帰りましょう」
「そんなことを言うな」
クルックスは食いしばった歯から声を絞り出した。
「ユリエお姉様は喜びますよ? 新鮮な検体ですもの」
「ユ、ユリエ様のことを引き合いに出すな。この話はしたくない。……全てルーピン先生、本人の意志の問題だ」
クルックスは『まとも』な考えの持ち主ならば、ヤーナムに近寄らないと信じている。授業を通して、もっとも獣と遠い彼が頷くとは思えなかった。そのためクルックスの主な心配事とはテルミとネフライトの思惑をどう阻止すべきか。その一点にかかっていた。
■ ■ ■
『忍びの地図』という魔法のかかった羊皮紙の存在について。
クルックスとテルミは、まだその名を知らない。
しかし、それが『闇の魔術に対する防衛術』のテーブルの上で夕暮れの日差しに照らされた時。
彼らは、古ぼけた羊皮紙の上で小さな虫が動いているのだと見間違えた。
虫を払ってやろうと教壇の羊皮紙に近寄った時、彼らはそれが地図であることを知った。
折りたたまれた羊皮紙の中央で動く文字は『ハリー・ポッター』と書かれていることが分かる。それからロンとハーマイオニーの名前も見つけた。しかし、分からない名前がある。ロンとほとんど重なるように書かれている名前だ。
「ピーター・ペティグリュー? チョロチョロ動いているコイツは何者だ? 生徒か?」
「いいえ、生徒の名前ではないわ。違うわ。だって、これは……え……そんな……」
テルミは、その人物のことを知っているのだ。
説明してくれるだろう。そんな期待をして彼女を見つめていたがポソポソと「でも……死んで……いえ……違うの……」と呟いている。
「テルミ? どうした?」
「地図に間違いがあるみたい。だって死んだ人だもの」
「ハリーとロン、ハーマイオニーが追っている。彼らの進行方向上にいる。視認出来ていると考えるべきだ。驚くべき技術の地図だ。これがあれば……。──テルミ! シリウス・ブラックがいる! ここは……校庭のどこだ?」
「シリウス・ブラック……ピーター・ペティグリュー……ああ、どうやら風聞は所詮、風聞だったってことかしら」
「どういう意味だ?」
「シリウス・ブラックとピーター・ペティグリューがグルではない限り、生きていることについてお互いに都合が悪いハズです」
「人間関係は複雑怪奇。吸魂鬼より先にシリウス・ブラックを捕まえよう!」
「……。いいえ、後回しにしましょう。ルーピン先生の接触の方が先よ。ルーピン先生は地図のどこに──待って」
その時、テルミが頭を教室の扉に向けた。その手はさりげなく衣嚢の秘薬を探り、一口飲んだことにクルックスは気付かなかった。ただ二人は息をひそめ、姿勢を低く保った。
短いノックの後で応えがないにも関わらず、扉が開いた。
床に這うクルックスは、テルミの姿が見えなくなったことに気付いた。『青い秘薬』で姿を消したのだ。
足音が近付いてくる。歩幅から推察するに大人だ。クルックスは長テーブルに隠れているが一般成人であれば背伸びをすれば見えてしまうだろう。立ち上がり正体を明かすことも検討に入れ始めた頃、唇に濡れた瓶の口が当たった。
テルミの意図を察し口を開けたが、鼻を抓まれ喉の奥まで瓶を突っ込まれた。微かに「んぶっ」と声を上げた。
来訪者、セブルス・スネイプはその声を聞きつけ、クルックスが姿を消した辺りを見つめたがその先には水魔の水槽があった。水面は波打ち、ゴポゴポと音を立て、水魔は首を絞めようと恐ろしげに水かきのついた指を曲げ伸ばししていた。
クルックスは、脳が痺れる感覚をやり過ごし長テーブルから頭を上げた。
片手でゴブレットを持って来たスネイプは教室を一瞥し、異音は水魔であると誤認した。そして、ルーピンがいないことを察したようだった。
ツカツカ歩いてきてゴブレットを教授用のテーブルへ置く。そこでクルックスやテルミが見たように彼も地図に気付いた。
古びた羊皮紙を見た彼は、目を大きく見開いた。
そして。
「シリウス・ブラック!」
いつも土気色の横顔が驚愕に彩られ、わずかに赤らむのが見えた。
育ちすぎたコウモリよりもマントを広げ、スネイプは慌ただしく部屋を出て行った。
一口分の『青い秘薬』の効果は、二人が再び教授用のテーブルに近寄って地図を確認している間に途切れた。
二人の顔に浮かぶのは同じ困惑だ。
「シリウス・ブラックの捕獲は先生に任せた方がいいだろう。ヤーナムから生きて帰れるほどの先生だ。たかが犯罪者、遅れは取るまい。……ルーピン先生は校庭だ。テルミ。……テルミ?」
「んー……?」
テルミはスネイプが置いていったゴブレットを手に取っていた。
今にも口に含みそうなほどゴブレットを傾けるためクルックスは目が離せなかった。
「何をしている」
「これは……薬のようですね。トリカブトの匂いがします。ネフの言っていたトリカブト系脱狼薬かしら?」
『脱狼薬』という言葉はクルックスにとって聞き慣れないものだが、テルミやネフライトは異なる感想があるのだろう。望もうと望むまいと人間と狼を行き来する人狼は特異な存在だ。彼らが調べなかったハズがない。クルックスは思う。──俺でさえ存在を知ってからは書籍をあたったのだ。彼らは諳んじることができたとして何ら不思議はなかった。
「何が問題なんだ? ルーピン先生が薬を飲むのはおかしなことではないだろう。むしろこれまで問題にならなかったことを肯定するものだ」
「ええ。けれど薬を飲むべきルーピン先生が見当たらないのは『ちょっとした』問題かもしれないわね」
いつも笑みを絶やさない彼女は、真顔でゴブレットを掲げた。
常とは異なることの多くは異常である。
クルックスは確認のため訊ねた。
「一応、聞くのだが……飲まないとどうなる?」
「人としての自我がない狼になりますねえ」
クルックスは太陽と地平線を見て日没までの時間を測った。
「二時間だ。それまでにルーピン先生に会い、薬を飲ませれば問題ない。そうだな?」
「ええ、そう。そうです……。間に合うかしら」
「間に合わせよう。ルーピン先生は地図のどこにいる?」
二人で地図をくまなく探し、間もなく『暴れ柳』に向かう通路を歩いているのを見つけた。
「よし、行くぞ」
「……。人手は多い方がいいわ。ネフに応援を頼むわ。よろしくて?」
「ああ、急いでくれ」
「お父様の使者たち、これ、ネフに見せてくださいね。絶対ですよ」
テルミは走り書きの手記を呼び出した使者たちに渡し、テーブルのゴブレットを手に取った。
二人は夕暮れの廊下を走った。
「あとはルーピン先生にそれを飲ませるだけだ」
暴れ柳。
それは校庭に植えられた凶暴な動く柳なのだが、クルックスにとって馴染みはない。
よって地図の先、描かれていない暴れ柳から続く道が何のためにどこへ繋がるものなのか。彼は解し得なかった。
ただ分かるのはその先の道にハリー達とシリウス・ブラック、そしてルーピンがいることだけだ。
シリウス・ブラック。
今年は、彼の存在があちこちにちらつく。彼に狙われたハリー達と助けに行った格好のルーピンは、まだ生きているだろうか。経験豊かな『闇の魔術に対する防衛術』の先生であるルーピンが間に合えば、何とか、という具合だろうか。それにシリウス・ブラックは杖を持っていない。杖を持っていない魔法使いは、素手の狩人よりも脅威度は低いだろう。そう期待して二人は廊下を越え、校庭に飛び出した。
■ ■ ■
目まぐるしく状況は変わっている。
ハリーは何が何だか分からなくなりそうな目の前の現状に必死だった。
バックビークの処刑を前にハグリッドを一人にしておけないと思って向かった先の森番小屋では、死んだハズのスキャバーズがいた。そして、死神犬グリムが現れ、スキャバーズを握ったロンごと暴れ柳に引きずっていった。
今。
暴れ柳の地下から続く道の先は、ホグズミードにあるイギリスいち怖い幽霊屋敷と名高い『叫びの屋敷』に繋がっていた。
黒い大きな犬に連れ去られたロンを追って、そこに辿り着き、そして、その二階で恐れで強ばった顔の彼を見つけた。
「犬じゃない。ハリー、罠だよ。あいつが犬なんだ……! あいつは『動物もどき』なんだ……!」
ロンは、ハリーの肩越しに何かを見つめ、指差して恐怖した。
その男は二人の入ってきたドアの影の中で静かに佇み、ドアを閉じた。
ハリーとハーマイオニーは振り返り、息を呑んだ。
シリウス・ブラック。
犯罪者のマグショットで見た時よりも、彼は痩せ、ひどく血の気が失せている。だが暗く落ち窪んだ眼窩の奥で瞳だけは、ぎらぎらと奇妙な熱と光を放っているようだった。
ハリーとハーマイオニーが杖をあげたが、ブラックの方が早かった。素早く唱えた「エクスペリアームス! 武器よ去れ!」でハリーとハーマイオニーの杖は飛んでいった。
「君なら友を助けにくると思った。君の父親もわたしのためにそうしたに違いない。君は勇敢だ……」
かすれてしゃがれた声は、彼が長らく声を出していなかったのではないかとハリーに思わせた。
しかし、そんなことはどうでもよくなった。自分の父親と母親が死んだ原因のひとつが、目の前の男なのだ。
──杖が欲しい。
傷つけて、殺すために。ハリーは初めて杖を必要とした。
拳を強く握ったハリーを見て、ハーマイオニーが腕をきつく握った。
「待て! ハリーを殺したいのなら、僕たちも殺すことになるぞ……っ!」
ロンが激怒し立ち上がったが、脚の痛みで顔を白くして物陰によろめいた。ロンの手の中でスキャバーズがますますキーキーと声を上げた。
「座っていろ。怪我が酷くなるぞ。……今夜はただ一人を殺す」
「──ッ!」
ブラックがニヤリと笑った、その瞬間、ハリーはブラックに殴りかかった。ブラックは、痩せているが背丈はある。そして何よりハリーにはない杖を持っている。だが構わなかったハリーは殴りかかり、痩せた頬げたを殴りつけた。
ブラックは、恐らくこんな強硬で愚かな真似をハリーがするまいと思っていたのだろう。杖を上げ遅れ、二人はもつれるように床に転がった。
痩せた胸を跨ぎ、杖を奪ったハリーはブラックの顔に杖を突きつけた。
「ハリー、わたしを殺すのか?」
「おまえは僕の両親を殺した」
「否定はしない。しかし、君が全てを知ったら──」
「僕の両親をヴォルデモートに売った。それだけ知ればたくさんだ!」
ブラックは命乞いするだろうとハリーは思った。しかし、次に呟いた「聞いてくれ」という声には、懇願より純粋な緊迫があった。
「聞かないと、君は後悔する。君には……わかっていないんだ」
いったい何がわかっていないと言うのだろう。
──両親をヴォルデモートに売ったこと? その動機? 両親に最も信頼されていたこと? それとも、母親がどんな言葉でヴォルデモートに命乞いしたか?
何もかもが言い訳のように聞こえてハリーは杖を持つ手が怒りで震えた。
その時だ。
誰かが廊下を駆け上がってくる音が聞こえた。
いったい誰が、いいや、誰であれ、これが最後のチャンスだ。吸魂鬼ではない。自分の手で、両親の仇を取るんだ。
決意はあった。覚悟もあった。しかし、人の気配にもがくブラックに杖を向けたまま、ドアを蹴破られるまでハリーは呪文を唱えることができなかった。
ドアが勢いよく開いた。
「エクスペリアームス! 武器よ去れ!」
誰かの呪文でハリーの杖は宙を舞った。
今年度ですっかり聞き慣れてしまった声だ。ハリーは振り返った。
まさか。
ハリーは目を見開いた。
蒼白な顔で飛び込んできたのは、ルーピン先生だった。
■ ■ ■
「……ネフ?」
夕日が沈みかけている。
微かに他我の境界を浮かび上がらせるオレンジ色の光が消えれば、夜が来る。
夕暮れの彼方からやって来たネフライトは、二人へ右手を挙げて「やあ」と告げた。
返事をしたのはテルミだけだった。
「参加してくれて嬉しいわ。ルーピン先生のことで貴方の意見を──」
クルックスは歩み寄りかけた脚を止めた。
ネフライトの緑色の瞳は、いつになく真剣な光を宿していたからだ。それは殺気に近いものだ。
「おおよそ事情は把握した。夏休み中に旅行をしようと思っていたのだが、問題が発生したのであれば幸いだ。手間が省けるからな」
「あら。策があるのね?」
「なかったらここに来ていない。君と無策のまま手を組むなんてごめんだからな」
クルックスは、自分の隣を通り過ぎていくテルミの手を握ろうかどうか迷った。
引き留めることを迷い、結局握らなかったのは二人を信じていたいからだ。想像を裏切ってほしいからだ。
「話を聞かせて欲しい。穏当な案なのだろうな」
「クルックス、君はときに面白いことを言う。──もはや礼節が必要だろうか?」
想像は現実のものとなるだろう。
クルックスは、駆けてテルミの手を掴んだ。
「わっ。クルックス、どうしたの?」
「下がれ。下がってくれ。──ネフ、お願いだ。互いの信頼を損なう発言を控えてくれ」
ヤーナムにおいて狂信とは、常に輝くものだった。
クルックスもその片鱗を知っている。
かつて見た光とは違うが、似た熱狂をネフライトは抱えているようだった。
彼は常に見られない鷹揚とした仕草で地面の土を踏んで平らにした。
「二人の想定していた交渉の必要はない。薬は不要になった。──シリウス・ブラックが現れたことによるイレギュラーならば乗りこなして見せよう。ルーピン先生には、このまま獣となり行方不明となってもらう予定だ」
「……? 何を言っている……? 何を言っているんだ、ネフ」
「狼人間の存在は、我々にとって貴重な知見だ。あれはヤーナムに資するべきものだ。その顔は何だね? 物覚えが悪いな。ビルゲンワースの学徒、コッペリア風に言えば『手術台の栄誉を賜す』というものだ。髪の一本、骨の一片、髄の一滴、血の遺志に至る全てをヤーナムの進歩のために差し出してもらう」
ヤーナムの獣の病の進展のために人狼が欲しいのだ。
クルックスは、叫んだ。
「ま、巻き込むつもりか!? ルーピン先生は『先生』だ! 獣ではない! ……たしかに患っているが、それはヤーナムの病とは違うだろう! 不可逆な変態ではない! 狩人は必要な状態ではないとお父様も理解をして……。貴公、血迷ったか!? いったいどこが同じ症状だと言い張るつもりだ!」
「同じとは言えまい。だが類似症例として比較する必要がある。『不可逆と可逆の差異はどこにあるか』という観点において我々が知るべきことは多くあるハズだ」
「何にせよ、君の一存で決められる話ではないのだ。独断は昨年度のバジリスク騒動で懲りたのではないか?」
ネフライトは軽く両手を広げ、肩を竦めた。
「事後報告すればそれでよい。まさか君、ヤーナムに利することだというのにお父様が私を咎め立てると思っているのか?」
「お父様のお心を分かった心算になるなよ。お父様はヤーナムの外の人々を招くことをお望みではないのだ」
「それが何か? 結局は大望に適うのだ。お父様の、学徒の、ヤーナムの病み人全ての救いの階だ。これ以上の会話は不要。君らしくない言い訳を並べるためだけに留まっているのならば、口を慎み、去りたまえ。ここから先は医療者の仕事だ。人狼を獣ではないと言い張るのであれば、連盟員の仕事はここにはない。寮に帰れ。帰るんだ」
ネフライトとの言い争いにクルックスは勝てない。
奥歯を噛みしめてそれを実感していると隣でテルミが揺れた。
「テルミ! ネフを説得してくれ、このままでは──」
「クルックス、ごめんなさいね」
テルミはゴブレットの薬を放り投げた。
この姿をクルックスは以前見たことがある。夏休みの休暇で海へ行ったときだ。飲み干したジュースの空き缶をゴミ箱に投げ捨てた軽々さで彼女は今、ルーピンの薬を放り投げた。
「馬鹿な真似を──!」
クルックスは駆け出した。
ゴブレットが落ちる寸前にヘッドスライディングを試みたが、クルックスの指先はゴブレットの冷たい金属を掠めただけだった。
薬は森の湿った土の上にぶち撒かれた。
高学年ならば魔法でどうにかなる事象なのかもしれない。だが、クルックスにはどうしようもなかった。歯噛みして地面に拳を叩き付ける。そして立ち上がった。
「ぐぅぅ……! テルミ、自分が何をしているか分かっているのか!? ああ!?」
「怒らないでくださいね? 今回ばかりは、ネフが正しいと思っただけですよ。新しい試行として狼人間を招くことがあってもよいでしょう。それにこのままでは先生は狼人間だと露呈するわ。知っているかしら? 魔法族の社会で狼人間は生きていけないのですって。爪弾きの除け者よ。いつかバレて失職するのなら、今夜ヤーナムに来るのは悪い選択ではないと思うの。説明は後からすれば大丈夫でしょう」
「本気で言っているのか? 本当に本当にヤーナムのためになると思っているのか?」
「もし、違ったら『ヤーナムのためにならない』とわかるだけです。いったいわたし達に何の不利があるでしょう?」
「でも、しかし、先生は先生だ。到底許されるべきではない。巻き込むべきではない! 彼は、まだ、ただの人間だ。人間だろう。俺達がそうであるように。ああ、違いない。どうしてだ。なぜ分からないんだ?」
「クルックス。病は人を選ばない。ならば、どうして機運を選んでくれるというのか。君はリーマス・ルーピンを知りすぎたな。──私は君に警告する。退け、瞳を閉じよ。枝葉の隣人、同胞よ、君を傷つけることを私達は望まない」
「ならば武器を取れ、ネフライト。──俺は君達を止めなければならない。お父様は……いいや、お父様は結果さえあれば君達を咎めないのかもしれないが……」
クルックスは両手を見下ろした。
父たる狩人のことを引き合いに出されると頷きたい気分になる。
しかし、それではいけない時もある。まさに今、こういう時だ。
「……分かっているのなら私達が争う余地はないハズだ」
「それでもルーピン先生は善い先生だ。ヤーナムとは関わってほしくない。ヤーナムの夜は深く、血に塗れている。彼が虫に近付く全ての可能性を排する。──俺は連盟員、クルックス。連盟の使命により彼方の同士に報うだろう。ゆえに、俺は君達と戦えるのだ」
クルックスは衣嚢から回転ノコギリを取り出し、構えた。
テルミはクルックスの手をふり解くと距離を取るようにステップした。
「あらあら。クルックスは、わたし達よりルーピン先生のほうが大切なのかしら? 困った人ね?」
チクリと針で胸を刺す痛みがあった。
クルックスは、できるだけ感情を込めずに伝えた。
「俺は、君とそういう話をしたくはない。淀まない生命の尊厳は守られるべきだ。連盟員の立場により敵対する。連盟員のお父様ならば、俺をご理解くださるだろう」
「ああ、連盟。連盟ね……。お、お、愚かしい。君はバカなのに賢い私の命令に従うことに何の異論があるのだね……?」
「えっ?」
ネフライトの率直な言葉は、この期に及んでクルックスに聞き間違いの空想を引き起こした。
呆れた顔で彼は溜息を吐いた。
「君は残念ながら頭があまりよろしくない。失言。『あまり』ではない。『かなり』だったな。なのにどうして自分の発想は私より優れていると思うのか」
「俺が賢くないなんて君に言われなくとも分かっている! 本当に残念なことだ、ネフ。俺は発想の優劣ではなく、貴賤ではなく、いつも虫の在処について話をしていたいのだ。……君は連盟を侮辱したな。もはや糞袋の汚名を免れないぞ」
「ハハハ……ハハ……ハ……」
ネフライトは、どうでもよさそうに小さく嗤った。
その後で形相を変えて叫んだ。言葉ではない。クルックスの不理解を嘆く悲痛な叫びだった。
心の奥底から感情を爆発させたネフライトをこの時クルックスは初めて見た。
「こ──の連盟の狗がッ! 自分で考える頭と言葉を持て! 卑怯者! 卑怯者! 卑怯者! 『俺のために死ね』と言え! 私のために!」
「何を言っているか理解に苦しむぞ! このッ、メンシス学派の気狂いが! お父様の差配は誤っていたと申し上げよう!」
「では私は君の過ちを証明してみようか! 君の頭を開いてな! 必要なのは手術ではない、早急に脳を洗浄してやる! 『淀み』のカレルは悪食の獣喰らいが見た幻想だったのだ! 肉体は正直だ! ならば君の病巣も誠実なのだろうよ!」
左手で寄生虫を掲げた。ネフライトの頭上に暗黒宇宙が広がり、隕石が降り注ぐ。
眩い光と闇の中でテルミが青い秘薬を呷るのが見えた。クルックスの目からテルミの姿は間もなく見えなくなった。
だが、剣が宙を切る音は聞こえる。
首を狙った一閃を躱し、掴むように左手を伸ばした。
「あら? 見えているの? 狙いがいいわね」
撃鉄を起こす音が耳に届き、クルックスは素早く樹木の裏側に飛び込んだ。
啓蒙の低いクルックスにとって今のテルミの姿は目をこらせば見えるが、すこしでも集中が途切れると途端に見えなくなってしまうものだった。枯れ葉の踏む音が聞こえ、クルックスは走り出した。その背をネフライトの弓剣から放たれた銀の矢が追った。
(二対一は……さすがに……!)
事前に準備していたかのような絶妙な攻守の連携を見せる二人を前に、クルックスが手加減できる余裕はほとんどない。
敵対を宣言したというのに矛盾した感情だが、クルックスの頭の中は獣と対峙する時ほどの冴えはなかった。むしろ鈍く、考え事がまとまらなかった。だが過去に投げかけられた疑念が、たった一つ、ようやく解けた。市街の狩人と敵対しているカインハーストの騎士、レオーが言ったことだ。
──こんなご時世のヤーナムでは、獣狩りより狩人狩りの能力の方が重要だ。
なぜ、そんなものが必要となるのか。ビルゲンワースで過ごしていた、あの時のクルックスには分からなかった。しかし、こうして樹の裏に隠れ銃弾をやり過ごし、血を流して理解した。
クルックスが我を通すために争わなければならないのは『きょうだい』だ。
古狩人は賢明だった。力は必要なのだ。意見が相容れなくなった時、こうして争う時のために。
「テルミを先に無力化して──ダメだ──ネフの射撃の精度は高い──先にネフを潰さないと──」
クルックスは、知っている。
ネフライトが退けないのはヤーナムのためだ。テルミが退けないのは愛すべきお父様のためだ。自分が退けないのは連盟の誓いのためだ。
信じるものが劣ることは、決してない。
「彼方、血塗れの同士よ、照覧あれ……!」
反転。
クルックスは、攻撃に転じた。
脚を狙ったテルミの剣を飛び越え、ネフライトが放つ銀の矢を紙一重で避けた。素早く弓を変形させ左手は杖を抜いた。
「いいぞいいぞ、来いっ! ──テルミ、背後から首を断て! 銀の皿に乗せてやろう! 望むまま口付けろ!」
「残念だな、その皿に乗るのは君の首だ!」
回転ノコギリを真っ正面から受け止めるなどという愚をネフライトは当然犯さなかった。
指揮するように左手の杖がヒュッと宙を掻いた。
肌を刺す殺気をクルックスは感じ取り、横っ飛びに跳ねた。
咄嗟に振るった回転ノコギリが火花を散らす。何かを弾いた。光り輝く軌跡を見れば毒メスが飛んでいくところだった。
「単純な魔法だが、それゆえに簡単だ」
毒メスは次々と現れた。
地面に散らばる枯れ葉の下、光を反射しない樹木の裏、そして昨夜降った雨が梢から滴るように──毒を滴らせたナイフが、クルックスの頭上の梢から落ちた。
首にひやりと冷たい感覚が奔る。次いで熱さ。思わず「あ……ッ」と声を上げかけた時には、狩人の服ごと首の皮膚が裂かれていた。致命的な出血や中毒症状には至らないが、場所が場所だけに彼は微かに動揺する。
それを見逃す狩人がいるハズがなかった。
発砲と同時に踏み込んだテルミがルドウイークの聖剣を変形させ、大剣とした。
全体重を乗せてテルミが刃を振り下ろした。
柄で何とか受け止めたが、脚を止められたのはマズい。ネフライトが距離を詰めてくれば対応が間に合わない。
「アハッ。素敵! クルックス、素敵よ! 素敵! 好き好き大好き!」
「君と! そういう話を! 俺は! したくないのだ!」
力尽くで押し返し、回転蹴りで首を狙うがテルミはヒラリと避けた。しかも聖剣を手放し、置き去りに後退することを躊躇わなかった。牽制の毒メスを宙でたたき落としたクルックスは、テルミが笑っているのを一瞬だけ見た。青い秘薬の効果で彼女の姿はすぐにかき消えてしまった。
「──わたし、貴方に恋をしているの!」
熱烈な告白にクルックスは銃撃で応えた。見当違いの場所へ撃ってしまったらしい。思いがけず後方から『彼方への呼びかけ』が降り注ぐ。テルミが握る寄生虫が引き起こした宇宙暗黒への接続が、小規模な爆発を呼んだのだ。
「俺に挑むとは命知らずだ、テルミ──」
傷一つ作ることなく軽いステップで小隕石を避けたクルックスは、回転ノコギリの鎚を分離させた。鎚は、出血を強いる武器ではない。単純にものを壊す道具だ。テルミの体ならば手足に当たれば折ることができるし、胴体であれば場所によって致命になるだろう。
「もはや火傷では済まないぞ。それにピグマリオンさんとの約束を破ることになる」
「ああ、嫌。ピグマリオン……大切で愛していますが、今は彼のことは言わないで下さい。お父様と『きょうだい』のことは別の話です。──別の話とします」
「別の話だと思っているのは君だけだぞ」
クルックスは薄暗くなった林に視線を移す。ネフライトは狙いにくい。特に今日は攻撃の範囲が広い。ならば弱い方から片付けたい。標的のテルミを見つけるため目をこらした彼は、一歩踏み出した。
その時だ。
脚を何かに掴まれた。──そう感じた時には、遅かった。
ネフライトが仕掛け、クルックスが誘導されたそれは獣を捕らえる原始的な罠の一つ。
一般的にスネアトラップと呼ばれる罠だ。
罠には殺気がない。存在する装置でしかないからだ。
クルックスは殺気を感じ取れるが、無機物から作為を感じることは出来なかった。
「あ──」
夏休みに脚の自由を失った市街での失態が頭を過ぎる。最近ではセラフィの呪文にハマり、脚を滑らせたことだ。
片脚が釣り上げられ、すぐさま回転ノコギリを縄に向けるが、ネフライトとテルミの方が早かった。平衡を失った瞬間を狙い済まし、二本の杖がクルックスに向けられた。
「エクスペリアームス! 武器よ去れ」
回転ノコギリと獣狩りの銃が両手から飛び立つ。
次の武器を取り出す隙は与えられなかった。
「インカーセラス! 縛れ」
杖先から飛び出した縄が体にまとわりつく。デタラメな縛り方だが、有効だった。
朽ちた葉と土のなかに倒れたクルックスは、二人を見上げた。
「ふぅ……や、やったぞ。数は正義だ。おっと。失言。信念が勝ったと言おう。信念、大事だな、信念。あと医療教会の権威。これも重要だ」
「つまり医療教会の勝利ということね。ええ、初めてにしては十分な成果よね」
すっかり息が上がっているネフライトの隣で、テルミが剣や銃を仕舞いながら言う。
クルックスは地べたに這いずり二人を見上げることしか出来なかった。縛り方は雑だが、身動きがままならない。
「離せ! ネフ! テルミ!」
ネフライトとテルミは、クルックスの言葉を無視した。
──動けない。
クルックスが自身に訪れた敗北を悟ったのは、単純に身体を拘束されたからだった。
腕や足が動かない状態では、できることが少ない。これは昨年のヤーナムで過ごした夏休みで強く感じたことだった。
「単純な罠だ。神秘も魔法も関係ない。ただの古典的な罠。人の殺意や作為に敏感な君だからこそ、よく利いたな」
ネフライトは肩で息を切らしていたが、ほとんど傷がない状態でクルックスを見上げた。
テルミとつばぜり合いになった時に距離を詰めてこなかった理由が罠の設置だったのだろう。毒メスの誘導で行動を制限させ、罠を踏ませる。誘導のまま罠に掛かってしまったと気付いたときはこうして遅い。クルックスは喚いた。
「っ……! 離せ、ネフ……! やめろ、考え直せ!」
「ネフ、可哀想よ」
テルミがクルックスのそばにやって来て膝をついた。
首の動かせる限界まで曲げてテルミを見た。
「テルミ、ネフを説得──」
「地面に置いておくだけで体はずいぶん冷えてしまうのよ。湖も近いのだし」
「では樹に吊しておく。それでよいだろう」
ネフライトが何事か呪文を唱えて杖を振った。
「まぁ、縛り首かしら。縊死って苦しかったわ。殺さずとも手足を縛っておけばよいでしょう?」
「……私は最初からそのつもりだったが……。君、クルックスに首を吊らせる心算だったのか?」
「そ、そういうワケじゃないわ。でも縛り首同盟を作りたいのは本当ね」
「私が聞かなかったことにできないのは残念だ。──狩人には相応しい格好だな、クルックス」
逆さに吊り下げられたクルックスは両手の縄だけでも解けないかと動かしたが、手首が擦れて傷つくだけだった。
「ネフ、考え直せ。今ならただの秘密にできる。これ以上の強硬は、しくじるぞ。必ず、しくじるぞ」
「今は理解できなくてもいい。成果が出れば、君は考えを改めるだろう。あと重要なことだが、私はしくじりはしない。君もルーピンも悪いようにはしない。後で迎えに来る。テルミ、行くぞ」
「ああ、待って。クルックスを捕まえるなんて滅多にないことですし……。見て、こんなに可愛い!」
「ハァ?」
理解しかねるとネフライトは眉を寄せ、わざわざ振り返った。
テルミはクルックスの頭を胸に抱いた。
「いつもの貴方は素敵だけど、動けない貴方はとっても可愛いわ」
「冗談はやめろ。──君より弱い俺に何の価値がある」
苦々しく言ったクルックスにテルミは表情を無くした。
次の瞬間、テルミの左手に握られたガラシャの鉄塊は、寸分の狂いなく彼の顎を破壊した。彼は自分の体の中でバリッという音を聞いた。骨が砕ける音だった。
「テ、テルミっ!? 何をするんだ!」
そばで成り行きを眺めていたネフライトは、突然のテルミの暴挙に泡を食って飛びついた。
すぐさまテルミの両手を握ってクルックスとの間に割り込んだ。
「クルックスをガラシャで殴るなど! 傷つけない約束だったろう!」
「クルックスがわたしを傷つけるのは許すのね! 悲しい! 素敵! 残酷ね! 貴方だってこうしたかったクセに!」
「黙りたまえっ! 侮辱は、許されない!」
「冷酷な人! わたしが貴方を傷つけるのは許すのね!」
「黙れと言っているだろうが!」
二人が取っ組み合った。
ネフライトがガラシャの鉄塊を取り上げることができたのは技量でも何でもなく、ただの体格の有利だった。
「やめてくれ……! イレギュラー! イレギュラー! イレギュラー! もう、たくさんだ……っ! 私は頭が痛い! もうずっと、ずっと前から頭が痛いんだからっ!」
ガラシャの鉄塊は、枯れ葉のなかに紛れて見えなくなった。
テルミの小さな体は、触れれば爆発する火炎瓶のようにどんな刺激でも感情を破裂させてしまいそうだった。ネフライトもそれが分かっているのだろう。距離を取って吐き捨てた。
「私達が争うのは、無駄だ! 時間の、無駄だ。無駄! 君は、君のやるべきことをやれ! ルーピン先生の足跡を探すんだ!」
ネフライトが息を切らし、テルミに命じた。
クルックスはテルミとネフライトの仲は決裂してしまったのだと思った。だが、予想外のことが起きた。
テルミはネフライトに逆らわなかった。目を赤くしたまま、仕込み杖を右手に持ち、彼女は森のどこかへ消えていった。
「うー……ぐー……んー……」
声を出そうと試みるが、顎を動かすと激痛が脳天まで駆け上がった。
ネフライトが杖灯りを点すと患部にそっと触れた。
「落ち着いてくれ。慌てなくていい。ただの骨折だ。痛みは……酷いだろうな。麻酔をしようか?」
クルックスは首を横に振った。体ごと揺れた。幹が軋む。
麻酔は体の感覚が鈍くなるので苦手だ。
「そうか。……私も行く。……テルミのことを恨んでくれるな。君の言葉は過ぎた、いや、足りなかったのだ」
去り際にネフライトは、再び杖を振った。
クルックスの体は地上二メートル近く吊り下げられ、地上からは見えなくなってしまった。
「そこで大人しくしていたまえ。後で迎えに来る。……死んでいなければな」
ネフライトは杖灯りを消すと姿も消した。
目でいくら追おうにも濃くなる闇の中では足音が遠く聞こえるだけだった。
医療教会の2人組
プリキュアではありませんが、同じくらい厄介でしょう。
ちょっと距離を取ると彼方を連発してくるんだ。
それでもクルックスを捕えたのは変哲のないロープでした。罠に嵌めるのは対人戦の心得があるメンシス学派ならではなのかもしれません。カインハーストは殺してなんぼなので熱心に捕えることはしないのです。
人間と獣
クルックスは以前、人狼は絶滅すべきだと思っていましたが、今では変わったようです。
ヤーナムの獣の病と比べて『不可逆ではないから』が主な理由のようです。
ガラシャパンチ神秘99
クルックスの顎を粉砕しました。